日本人の英語はなぜ伝わらないのか ショーン川上が説く「論理の転換」とLAARモデル

YouTubeで開く ↗
概要

経営コンサルタントのショーン川上は、30年以上にわたり英語を使う商談や交渉の場で企業に助言してきた。その傍ら、クライアント企業の社員に英語を教えてきた。著書『英語力の核心「なぜ伝わらないのか?」を根本から解決する』を出版した川上は、PIVOTの番組で、日本人の英語が伝わらない最大の原因は語彙や文法ではなく「論理の転換のミス」だと語った。本稿では、その理由、日本人が直面する「4つの壁」、伝わる英語のための「LAARモデル」、AIを使った訓練法を順に紹介する。

24分で読めます
1:39

コンサルティングの延長で始まった英語指導

川上に声がかかる企業は、海外事業の立ち上げや海外市場への上場といった課題を抱えていることが多かった。川上は契約に関わる場面で助言してきたが、どうしても英語の問題に突き当たる。そこで企業から、朝活や夕活、週末の時間に英語を見てもらえないかと頼まれた。本人に英語を教えるつもりはなかったが、こうしてコンサルティングの延長として指導が始まり、気づけば30年ほど続いているという。

指導の形はさまざまだった。グループで受けるケースもあれば、担当部長が個人的にこっそり習いたいというケースもあった。昔は横浜や栃木まで出向いていたが、最近はオンラインで対応できるようになり、ずいぶん楽になったと振り返る。川上はこの経験を、日本人が英語に向き合うときの悩みやストレスに長く寄り添ってきたものだと表現している。

3:50

最大の原因は「論理の転換のミス」

日本人の英語が伝わらない最大の理由について、川上は自分が「1番口酸っぱく言い続けてきた」のが論理の転換のミスだと答えた。日本語は意思疎通において文脈を重んじ、相手の文脈を理解しようとする意識が強い。川上は、これは日本語の悪口ではないと断ったうえで、核心を言わずに何となく伝えることが癖になり、それが英語では足かせになっていると指摘する。

川上はこれを英語の「beat around the bush」にたとえた。藪の周りを叩いて鳥を追い出すように、本題に直接行かず周辺から攻める話し方のことだ。

番組の収録中にも、ちょうどよい例が起きた。川上のグラスに水が入っていなかったのである。日本人なら「水が入っていないんですけど」と言えば十分に伝わる。しかし川上によれば、英語圏で「I don't have a glass of water」と言うと「So what?(だから何?)」と返されてしまう。日本人の感覚では、それくらい気づくでしょう、社会人でしょう、サービス業でしょう、となる。一方、相手からすれば、なぜそんなシンプルなことを言えないのか、となる。海外で5年、10年暮らせば、日本でのコミュニケーションとは切り替えが必要だと気づく人もいる。だが日本にいたまま英語を勉強してきた人は、この足かせに気づかないまま苦戦を続けることが多い、と川上は言う。

6:26

「英語1を英語2に訳す」場面と、京都のことわざの翻訳

ロジックの問題を抜きにすると、英語学習は語彙を増やす、正しい文法を使う、正しく発音する、という方向に向かう。川上は「怒られるかもしれませんが」と前置きしつつ、その結果「英語オタク」が増えていると述べた。

川上がよく出くわす場面がある。外国人との会議で、川上がクライアント側のエージェントとして同席する。代表者が話し、その隣で社内の通訳担当者が英語に訳す。すると外国人は、通訳の英語を聞いたあとで川上に「What is he saying?」と尋ねるのだという。川上は「What he's saying is…」と、英語を英語に翻訳し直すことになる。日本語の論理のまま英語に置き換えた「英語1」を、伝わる「英語2」に直す作業だ。こうした場面がどんどん増えている、と川上は話す。

川上はさらに、京都の「娘さん、ピアノ上手ですなあ」という言い回しを例に挙げた。これをそのままChatGPTに入れれば「Your daughter plays the piano well」のような答えが返ってくる。しかし、この言葉の本当の意味はそうではない。「ええ時計してはりますなあ」も同じである。文脈や文化を抜きに記号のまま翻訳すると、相手には何を言いたいのかが分からなくなる。

8:36

「He talks English but never speaks English」

川上の友人が、ある会議のあとで慌てた様子でやってきて、ある人物についてこう言った。「He talks English but never speaks English.」

「〜について話す」なら「talk about」だし、言語を話すなら普通は「speak English」と言う。川上はこの言い方に一瞬引っかかったが、すぐに意図を理解した。ここでのtalkはベイビートークに近く、英語のような音は出しているが意味が伴っていない、という意味だと川上は解釈した。その人物の英語は流暢で語彙も豊かだったが、何を言っているのか分からなかった。慌てて話しかけてきた割に考え抜かれた言葉だったので、驚いて本にも書いたという。トークしているのか、スピークしているのかは、英語に限らず大事な区別だと川上は述べる。

では「スピーク」とは何か。川上は交渉の場で見た例を紹介した。英語力の高い若い社員が延々と話していたが、議論は1ミリも進まなかった。業を煮やした社長が机を叩き、「Price expensive. You partner long term. Risk big, you small」と話し始めた。すると相手側が身を乗り出し、「それを聞きたかったんだ」と反応した。相手も「Risk fifty-fifty, no no. Your company big, my company small. Venture, venture」と返し、交渉が動き出した。

川上は、この社長の英語は文法的には崩れていたが、交渉を動かしたのだから「上手な英語」と呼ぶべきではないかと考えたという。

11:31

同意と合意、そして「機能する英語」

川上は、コミュニケーションを段階で捉えている。何かを発信し、相手が理解する。それに対して「よかろう」と同意する。だが同意と合意は違う。川上の定義では、合意とは相手が自分ごととして納得し、腹落ちした状態を指す。本人は、この定義には異論もあるかもしれないと留保している。

同意と合意の間を埋めるのは、心理的な理解と論理的な理解だと川上は考える。言っていることは分かるが、この人の言い方や話し方がどうも腹に落ちない。そういうときは同意はしていても合意には至らない。合意すれば相手は一緒に動いてくれ、成果につながる。

川上によれば、コミュニケーションはどれほど拙くても、矢印が右に動いていればそれでいい。1センチでも10センチでも1メートルでも、動いたならそれは機能したということだ。これが川上の言う「機能する英語」である。聞き手は、きれいに整えた日本語の文章より、腹落ちした人の端的な言葉のほうが人を動かす、ということに近いのではないかと応じた。

川上は2つの理解を英語で「cognitive trust(論理的な信頼)」と「emotional trust(感情的な信頼)」と言い換えた。両輪がそろったときに、人は「よし、分かりました」と握手するのだろうという。逆に、論理が多少破綻していても、この人は面白いからやってみようと思わせる人もいる。川上が会う起業家はほとんどがこのタイプで、コンサルタントとしては大丈夫かと思うビジネスでもぐいぐい進めていく。それでも右に動いているなら、それは機能していると川上は見ている。

14:14

日本人が直面する4つの壁

機能する英語に近づくために、川上は日本人の前にある「4つの壁」を挙げた。

1つ目は先に述べたロジックの転換である。

2つ目は、良くも悪くも奥ゆかしく、「私は」「私の企業は」と自分のことを語らない傾向だ。日本人は自分の国の文化や歴史を学んではいるが、他国の人に向けて語る機会がほとんどない。その結果、そもそも言いたいことがない状態になっている、と川上は言う。英会話学校で定番の「What's your hobby?」という質問を例に挙げると、「reading books」と答える人が多い。しかし川上によれば、読書は趣味に入らない。英語圏でのホビーとは、誰でもできることではなく、バイオリンやピアノが弾ける、サーフィンをする、といった特技に近いものを指す。「reading」と答えると、相手は「それがあなたのコンテンツなのね」と少し思ってしまう。中身が足りていないということだ。

3つ目は完璧主義である。川上は、これを日本人の美徳でもあると認めている。いま多くの外国人観光客が日本を訪れるのは、街がきれいで、食べ物がおいしく、衛生管理が行き届き、建築の細部まで完璧だからだ。しかし英語では、相手はこちらが第二言語の話者だと分かっている。第二言語で完璧な人などいないのに完璧になろうとすると「変な人」に見えてしまう。しかも、日本人が目指す完璧が米東海岸なのか西海岸なのか、シカゴなのか、カナダなのかイギリスなのか、それすら定まっていない。ふわっとした完璧を追い求めるから永遠にたどり着かず、たどり着いていないからまだ話さない。その結果、ただ意見のない人と見られてしまう。

川上は対照的な例として、シンガポール人のシングリッシュや、Rの発音を気にしないフランス人を挙げた。彼らは自国へのプライドを持って堂々と話し、それで通じているし、機能している。

完璧主義は反応速度にも影響する。川上は、大阪や関西の人はテンポが速いので、本気で学べば英語が上手になるだろうと話す。英語圏では黙っていることは美徳ではなく、黙っていることは考えていない、意見がないことと同じに見なされる。

4つ目は「ネイティブ信仰」だ。そもそもどこの国の英語をネイティブとするのか、という問題である。これについては後述の単語学習の話で詳しく扱う。

川上は、日本人の「beat around the bush」の典型として「検討します」を挙げた。たいていは実行されず、事実上の断りである。「一応確認ですが」も、「一応」と言いながら実は極めて重要なことだったり、相手のメンツを潰さないためだけの言葉だったりする。これをそのまま通訳すると誤解が生まれる。

18:51

壁の背後にあるもの 危機感、教育、文化

川上は視点を一段引いて、背景にある構造も論じた。日本の英語学習市場は7900億円規模で、多くの人が長年勉強し、市場はいまも伸びている。それなのにTOEICやTOEFLのスコアでは韓国に負けており、一部の試験では北朝鮮にも負けているという。受験者数の母数の違いはあると川上は断っている。

川上が最も大きいと考える理由は、経済力による安心感だ。日本の経済力は弱まっているとはいえ、これだけの人口と経済規模があれば海外に出なくても生きていける。川上は「Not in my backyard」という言葉を引き、少子高齢化も、自分が解雇されることも、自分の身には起きないだろうと思える状態にまだ守られていると指摘する。

対照的に、シンガポールの人口は約590万人で、川上いわく千葉と兵庫の間くらいの規模だ。そうした規模の国では、外に出て外貨を稼がなければ経済が持たない。韓国も同様で、アーティスト1人を育てるにも国内だけでは採算が取れない。だから日本、インドネシア、シンガポールなどを最初から視野に入れ、ビジネス計画書のパワーポイントの最初のページが「グローバルビジネスディベロップメント」になる。日本では逆に最後のページで、日本でうまくいったら海外もあったらいいね、という程度だ。この切迫感や危機感の差が最も大きいと川上は感じている。

2つ目の背景は教育制度である。日本の英語教育は「英語について」学ぶものになっており、英語の使い方を学ぶものになっていない。

3つ目は文化的な思考様式だ。川上は人類学者エドワード・T・ホールの高コンテクスト文化と低コンテクスト文化の区別を紹介した。日本は文脈を重んじる側に属し、「好き」と言わなくても分かってほしい、という文化がある。川上は、日本語や日本文化、日本的なコミュニケーションが悪いという意図はまったくないと繰り返した。コミュニケーションはその民族の文化に最適化されるものであり、そうした思いやりのホスピタリティこそ外国人が驚いて帰っていく理由でもある。ただ、外に出たときにはそうではないと自覚していないと、英語を使うときに大きな足かせになる、というのが川上の主張だ。

22:37

「不偏」という考え方 訛りのある英語で堂々と話す

日本では日本人としてのアイデンティティを教わる機会が少ない、という話から、川上は尊敬する人物として明石康氏の『独裁者との交渉術』を紹介した。数々の和平交渉に関わった明石氏が、その経験をまとめた本である。

川上によれば、明石氏は本の中で「不偏」という言葉を使っている。偏らないという意味だ。たとえば国連でアメリカ英語を話すことは大きなリスクになる。アメリカの政治や歴史、文化、法律をよく知っているのだろうという責任を背負うことになるからだ。明石氏は生まれ故郷の秋田の訛りで、と述べていたという。自分の訛りでしっかり意見を述べ、異なる意見を乗り越えて1つの合意点に導く。それが国際舞台での自分の立ち位置だと語っていたと川上は紹介する。

川上はこれを、中立(neutrality)ではなく不偏(impartiality)として理解している。流暢な英語でその国に溶け込み、何者でもなくなるのではない。誰にも寄らないが、自分の原理原則とアイデンティティには地に足をつけている、という姿勢だ。シンガポール人がシングリッシュを直さず、フランス人も直さず堂々とプレゼンテーションするように、日本人も日本人らしい英語でしっかり話し、通用すればいい。川上は「ちょっと開き直りかな」と笑いながらも、この考え方は自分にとって大事なものの1つだと述べた。

25:51

単語を一対一で覚える弊害 haveとdog

ネイティブ信仰とも関わる問題として、川上は日本の単語学習のやり方を取り上げた。haveには「持っている」「(兄弟が)いる」「食べる」、さらに現在完了と、多くの意味がある。日本の学習者はそれを1つずつ別のフォルダーとして記憶している。しかしネイティブの頭の中には、haveに対応する概念が「with(一緒にある)」の1つしかないと川上は説明する。

たとえば「I lost my wallet」は、財布をなくしたという過去の事実を述べるだけだ。聞いた側は「それで今は?」と尋ねたくなる。一方「I have lost my wallet」は、なくした状態とまだ一緒にいる、つまり見つかっておらず悔しいということを表す。「I have a brother」も、兄弟が物理的にここにいる必要はなく、実家にいても北海道にいても「with」の関係にある。川上は、受験のためにこれを別々のフォルダーに分けて覚えさせることに、ずっと疑問を感じていたという。

さらに川上は、英語と日本語の単語が完全に一致することはほとんどないと思ったほうがいい、と強調した。その例として出したのがdogである。さすがに犬は同じだろうと思うかもしれない。しかし干支の話をしようとして「You are dog」と言うと、相手はすごく怒ると川上は言う。英語のdogには、貧乏、ケチ、ひどい、ダメなやつといった意味があるからだ。一対一で覚えると、知らないうちに相手の気分を害することがある。もっと「もわっと」覚えるべきだが、そのためにはどんどん話すしかない。それなのに日本の教育ではアウトプットがあまり求められない、と川上は指摘する。

29:47

伝わる英語のLAARモデル

これらを踏まえて川上が提唱するのが「LAARモデル」である。

1つ目のL(ロジック)については後で詳しく述べる。

2つ目のA(アサーション)は、伝えるべき中身のことだ。自分は何者か、自分の会社、自分のミッションやパッション、家族など、言うべきことを言語化して準備しておく。「What do you do for fun?」「What is your dream?」と突然聞かれても、日本ではあまり聞かれないため答えが出てこない。日本でこうしたことを語ると「よう喋りはりますな」と思われ、政治思想を語れば面倒な人だと思われるかもしれない。しかし川上によれば、日本の外では誰も英語の上手さを期待していない。「how you speak(どう話すか)」より「what you speak(何を話すか)」のほうが面白がられる。英語が上手な人はたくさんいるので、それだけでは人を引きつけない。

そのため川上のクラスでは、川上自身が受講者にインタビューしてまとめ、それを本人のコンテンツとして「弾丸のように」ストックさせ、いつでも取り出せるようにしているという。思わぬところでは、天皇とはどういう存在なのかといった質問も普通に飛んでくる。日本の良さを聞かれると、日本人の謙遜が発動して「少子高齢化で経済も沈んでいて」と自国を卑下し、笑ってしまう。相手にはそれが「自分の国を卑下して笑う変な人」に見える。他国の人々は「I'm proud of my country」と誇りを持って主張してくるので、その中で日本人は聞き役に回ってしまう。

3つ目のR(レスポンシブネス)は反応速度で、それを上げる訓練をする。

4つ目のA(アーティキュレーション)は、一般には発音と訳されるが、川上の意味では「明瞭に発音すること」である。Rが多少巻けていなくても、Tがなくても、明瞭に伝わっていればそれでいい。

33:37

英語話者の頭にある3つの型と「見出し」

Lのロジックについて、川上は難しいことを言っているわけではないと前置きし、英語を母国語とする人々の思考には3つの型があると説明した。

1つ目はロジックツリーである。小さな子どもでも「I don't want to go to school today because of the following three reasons」と言い、体育が嫌い、Bobが嫌い、ちょっと具合が悪い、と理由を並べる。母親は「そんなのは選択肢に入りません。私が行けと言っているんだから行きなさい」と返す。日本の子どもが「以下の3つの理由により」とは言わないだろう、と川上は笑う。演繹法や帰納法という言葉を知らなくても、要素を階層に分けて考える型が幼いころから身についている。そこには定量的な発想も含まれる。「今日の営業、よかったな、お疲れ」では会話が成り立たず、「成約確度は50〜60%」「残りの40%は何か」「意思決定者に会えていないからだ」という議論になる。

2つ目はマトリックス、つまり組み合わせで考える型だ。

3つ目はギャップである。コンサルタントは現状とありたい姿を明確にし、その間を埋めるために何をすべきかを考える。現状とありたい姿が明確でなければギャップはなく、ギャップがなければ悩みもない。足りないのは人なのか、物、金、情報、技術、時間なのか。自分で制御できるものとできないものは何か。そう考える癖がついている人と話すとなると、もはや英語の問題ではないと川上は言う。この型をインストールせずにやみくもに勉強しても成果は出にくく、英語と一緒に身につけるべきものだという。

日本人は起承転結で話しがちだが、相手は「Your point?」と思う。英語では、まず見出し(ヘッドライン)を求められる。川上自身、その癖は身についているつもりだった。ところがラジオ番組を始めたころ、ディレクターから「まず見出しを出せ」とよく叱られた。英語では見出しから話せているのに、日本語だと起承転結で美しく着地させようとしてしまうと気づいたという。英語は、全部が全部ではないものの、まず結論、次にその理由、そして行動という順に話すのが基本だと川上は説明した。

37:21

訓練法1 プレッシャーの中での瞬間即訳

具体的な訓練として、川上がまず挙げたのが即訳である。日本語の文章を渡し、その場で英語で話させる。ルールは止まらないこと。詰まったら「Let me see」でも「I don't know what to say」でもいいので間を埋める。伝わればいいのであって、翻訳ではない。

このとき川上は「すごく嫌な人」を演じ、「What are you saying?」「What's your point?」と問い詰める。学習者は、日本語を理解する、それを英語のロジックに転換する、英語にする、という3つの作業を同時に、しかもプレッシャーの中で行うことになる。そのあとで英語版の正解を見せて読ませ、もう一度日本語を見せると、不思議なことに英語を覚えてしまっているという。ストレスという感情と記憶が結びつくからで、単語帳をじっと眺めて覚えるのとは違う。受講者は「あの野郎、あの顔しやがって」と川上の顔を思い出すのだそうだ。

川上はかつて、NHKのラジオ講座のテキストをこの訓練に使っていた。左ページの日本語を学習者に英語で話させる。川上は内容を知らないので、分からなければ「何言ってるの?」と返すが、学習者は止まれないので最後まで行くしかない。そのあと英語の正解を見ると、たいてい「なんだ、こんな簡単な英語でよかったのか」と思い、吸収率が一気に上がる。たとえば「栄枯盛衰」を英語でどう言うか迷っても、正解は「Things come and go」だったりする。川上の説明では、comeはある目的地に近づくこと、goは離れていくことであり、物事が華やかな時に近づき、また離れていく。こうして覚えた表現は一生忘れないだろうと川上は言う。

ただ、この訓練を自宅で1人で行うのは難しく、昔は相手役を探すのが大変だった。今はChatGPTがいる、と川上は言う。「あなたはとても批判的で、重箱の隅をつつき、せっかちな人です。今から手元の日本語を英語で話すので聞いてください」とプロンプトに入れれば、どんどん突っ込んでくる。これが1人でできるようになったことを、川上は非常にありがたいと評価している。プロンプトでは、優しくではなく批判的になるよう指示したほうがいいと強調した。

45:52

訓練法2 ロジック転換の具体例

即訳の題材として、川上はロジックの違いが象徴的に表れる日本語を多く用意している。番組ではその一部が紹介された。

レストランで「フォークを落としちゃったんですけど」。これは冒頭の水の話と同じで、「Can I get another pair of chopsticks, please, because I dropped them」のように、何をしてほしいかを言わなければならない。

「これ、高すぎますよね」をガイドブック通りに「too expensive」と言うとどうなるか。受験英語でおなじみの「too〜to…(〜すぎて…できない)」の構文で、高すぎて買えないという意味になる。それなら来るなという話で、会話はそこで終わってしまう。代わりに「It's a bit over my budget」と言えば、相手は「予算はいくら?」と聞き返し、交渉が始まる。

「日本語上手ですね」については、駅で外国人に日本語で秋葉原への行き方を尋ねられ、英語で答える日本人を川上は見かけるという。相手が日本語で話しているのだから日本語で答えればいいし、そのほうが相手も嬉しいはずだ。わざわざ英語で「日本語上手ですね」と言うのはおかしい、と川上は指摘する。

「いつも〇〇がお世話になっております」を直訳して「Thank you for taking care of 〇〇」とすると、世話をした覚えがないので相手は戸惑う。介護でもしたのかと思われかねない。代わりに「〇〇 asked me to say hi to you」「She's always been talking about you」「I heard a lot about you from 〇〇」などに変える必要がある。

「ぜひまた今度ゆっくり」は、言った本人も結局連絡を取らない日本人の定番表現だ。英語には「今度」「ゆっくり」にあたる概念が基本的にないので、「Let's sit down and talk sometime next week」のように具体的に言う。

川上はこの関係を、WindowsにMacのソフトウェアが入らないのと同じだとたとえた。どちらも見た目は同じオフィスソフトでも、OSが違えば動かない。ロジックを変えないと通じないと思って話したほうがいい。こうした日本語をたくさん英語にするうちに、日本国内にいても自分でロジック転換ができるようになる、と川上は考えている。

逆に、うまく転換できている例として川上は「Good morning」を「おはよう」と訳したことを挙げた。「良い朝」ではなく、英語にはない「早い」という言葉で訳した点が見事だという。転換が難しい例は「ASAP」だ。番組のプロデューサーに「大至急、台本をチェックしてコメントをもらえますか」と頼まれた聞き手は、5分後にはやりたくなると答えた。川上の経験では、アメリカ人のASAPは2日、イタリア人では2カ月だった。間にバケーションが入っていたので、本人の感覚ではバケーションを除けばASAPだったのだという。日本人はASAPという言葉を好むが国際的には通用しにくいので、「within 24 hours」「within 10 hours」と定量的に言う必要がある。

41:08

訓練法3 定義の練習

川上がもう1つ重視するのが定義の練習だ。たとえば「山とは何か」を英語で言わせる。アメリカの小学3年生にやらせたところ、さらりと答えたという。日本語でも難しい、と聞き手は認めた。日本人はたいてい「木がある、動物がたくさんいる、森がある」といった特徴の列挙から始めてしまう。その小学3年生の答えは「A mountain is an elevated part of the earth. It's higher than a hill」、つまり「地表の隆起した部分で、丘より高い」というものだった。

「本とは何か」なら、日本人は教養や知識、視野を広げるものといった答えから始めがちだ。しかし世の中にはいかがわしい本もあり、すべてが視野を広げるわけではない。特殊性を取り除いて一般化すると「印刷物で、連続した紙がまとめられたもの」となり、いかがわしい本も含めて説明できる。

川上は受講者に、椅子やコンピューター、マイクなど身近なものから200問ほど定義をさせてきた。続けるうちに定義する力がつき、何を聞かれても定義しようとする姿勢が身につく。やがて対象は教育、仕事、政治といった抽象的な概念に移り、最終的には「あなたとは」「あなたの会社とは」にたどり着く。定義を繰り返すことで、先に述べたロジックツリーを自分で組み立てる力が身につくと川上は言う。昔は英英辞典で答えを確認し、誰かに聞いてもらう必要があったが、これもAIが相手になってくれる。

この流れで、川上は番組のテーマである英語力そのものも定義した。「English proficiency is the ability to achieve goals through English」。英語を通じて目標を達成できれば、それが英語力だ。単語をいくつ知っているか、どの資格を持っているかではない。冒頭の社長の「Expensive」「small company」のように、矢印が右に動いていればいい。

聞き手は、こうした訓練をすれば、勉強してきた白黒の語彙に血が通いそうだと感想を述べた。川上はそれに同意し、特に勉強を重ねてきた人ほど、海面の下に沈んでいた知識が活性化して浮かび上がってくると語った。

52:55

結び まずは身近なものの定義から

最後に、真面目に学んでいるが自信がないという人へのメッセージを求められ、川上は「ぜひやってみてください」と答えた。昔は練習相手を見つけるのが難しく、無責任にそう言うことはできなかった。しかし今はAIがいる。番組が終わった直後からでも、「テレビとは」「ディスプレイとは」と身近なものの定義から始め、少しずつ概念へと進んでいけばいい。ChatGPTから「それでは分からない」といろいろ言われるだろう。それでも続けるうちに、自分なりのコツが少しずつ見えてくるのではないか、と川上は締めくくった。