管理職、長時間労働、リモートワーク、上司、年収は健康と幸福にどう影響するか 佐藤豪竜氏がエビデンスで検証する

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概要

働き方の常識は、どこまで科学的な根拠に支えられているのか。慶應義塾大学専任講師で社会疫学と医療経済学を専門とする佐藤豪竜氏が、著書『働き方の科学』の内容をもとに、聞き手の市川衛氏とこの問いを議論した。佐藤氏は元厚生労働省の官僚である。管理職の健康リスク、長時間労働と昇進の関係、リモートワークの生産性、「上司ガチャ」の影響、年収と幸福の関係について、データから何が言えるのかを順に語っている。本稿はその前編にあたる。

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成功者の経験談に偏った「働き方本」への疑問

佐藤氏は本書の内容を、エビデンスを使って働き方の常識を覆すものだと一言で説明する。世の中には働き方の本が数多くあるが、多くは成功者が自分の経験をもとに語ったものだと佐藤氏は指摘する。市川氏はこれを受けて、「ハードワークすればいい」という主張はハードワークで燃え尽きなかった人が語っている可能性がある、と言い換えた。佐藤氏も同意し、生存者バイアスのかかった本が多いため、エビデンスに基づいて正しい働き方を示したいと考えたと執筆の動機を語った。

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1995年以降、管理職の死亡率と自殺率が上昇した

最初の論点は「管理職は罰ゲームか」である。管理職になりたくない若者が増えているという話を市川氏が持ち出すと、佐藤氏は、責任ある仕事にはやりがいがあると自身は感じるものの、データを見る限り正直なところ勧められる働き方ではないと答えた。

佐藤氏が示したのは、専門職、管理職、それ以外の人々について、過去20〜30年の死亡率の推移を比較したグラフである。1995年ごろまでは職位が高いほど死亡率が低く、管理職の死亡率が最も低かった。年収が上がり、権限が増えて余裕ができるためだと理解できる、と佐藤氏は説明する。ところが1995年以降、管理職の死亡率は上昇に転じた。原因として自殺に絞ったグラフでも、95年以降に管理職の自殺率が大きく上がっている。

佐藤氏はこの背景としてバブル崩壊後のリストラを挙げる。管理職の人数が減らされ、少ない管理職で大勢の部下をマネジメントしなければならない状況が95年以降に生まれた、という見立てである。市川氏が、働き方改革で一般社員に残業させにくくなった分を管理職が負担しているという話にも触れると、佐藤氏はパーソル総合研究所などの調査を引いた。働き方改革が進んでいる企業ほど管理職の負担が増えているという、政策の目的とは反する結果が出ているという。佐藤氏は、データだけを見れば管理職は本当に罰ゲームになりつつあるのが現実だと述べた。

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ストレスは「仕事の要求度」と「コントロール」で決まる

健康を損ない、自殺率を高める最大の原因はストレスであり、ストレスのかかりやすさは仕事の中身によって異なる。佐藤氏はこれを、カラセック教授が作ったモデルで説明した。仕事の要求度の高低と、自分で決められる度合い(コントロール)の高低で、仕事を4つに分ける考え方である。

要求度が高く、コントロールも高いのが「アクティブ群」で、経営層や医師のように能動的に働く人々がここに入る。市川氏は、裁量はあるがスーパーハードワークをしている経営者のような層だと言い換えた。最もストレスが低い「低ストレス群」は、要求度が低くコントロールが高い仕事である。カラセック教授によれば研究者や芸術家がここに入る。最もストレスが高い「高ストレス群」は、要求度が高いのに自分で決められない仕事だ。佐藤氏は電話オペレーターやウェイターを例に挙げた。決められた時間内に仕事をきっちりこなす必要があるのに、職場のことを自分で決めることはできない仕事だという。

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週48時間を超えると昇進確率が上がる

一方で、長時間労働にも「メリット」があることがデータで分かっていると佐藤氏は言う。紹介されたのは、アメリカでMBAを取得するようなエリート層を対象にした調査である。週の労働時間が45時間程度までは、何時間働いても昇進のしやすさはあまり変わらない。しかし週48時間を超えたあたりから昇格確率が急に上がっていく。佐藤氏はこれを、人よりかなり長く働いてやる気を見せることで上司の目に留まり、昇進しやすくなることを表すグラフだと解釈した。

市川氏は、1日8時間・週5日なら40時間なので、かなりの残業をすると昇進確率がぐっと上がるということだと確認した。そのうえで、NHKで働いていた頃を振り返り、バリバリ働く人を周囲も上司も頑張っているから評価しようという文化があったと語り、日本特有の事情があるのかを尋ねた。

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メンバーシップ型雇用が長時間労働を生みやすい

佐藤氏は、日本的な要因はかなりあると答えた。欧米のジョブ型雇用では、雇用契約の段階で何をするかが明確に決まっている。日本のメンバーシップ型雇用では、新卒一括採用で入った企業とメンバーシップ契約を結ぶため、あらかじめ職務が与えられていない。その結果、メンバーとしてどれだけ会社に忠誠を尽くし、組織にやる気を示すかで評価されやすくなる。佐藤氏は、これが長時間労働につながる土壌になっていると見る。

市川氏は営業職を例に整理した。ジョブ型なら営業担当として契約をどれだけ取ってきたかで評価される。メンバーシップ型では営業も経理も企画もありうるため、成果よりも頑張りで評価されやすく、「何でもやります」という人材が評価されやすい。ただし市川氏は、アメリカにも長時間働く人はいると指摘した。佐藤氏は、先のグラフの対象であるアメリカのトップ層も、長時間がむしゃらに働いて大きく稼ぐ働き方をしていると認めた。市川氏が、大事なのはそこに裁量があるか、自分でやりたくてやっているかではないかとまとめると、佐藤氏も同意した。

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管理職を救う鍵は「時間の柔軟性」

管理職がこれほど大変ならなりたくない、という市川氏の率直な感想に対し、佐藤氏は、管理職は組織を回すうえで絶対に必要なポジションなので改善すべきだと述べた。佐藤氏が必要だと考えるのは柔軟な働き方である。中間管理職がつらいと言われるのは、ポストに見合った裁量や柔軟性が与えられていないことが原因であり、職位が上がったからにはコントロールできる部分を増やすことが重要だという。

佐藤氏は、時間の柔軟性を実現する方法として3つを挙げた。

  1. 子どもが風邪を引いた、病院に行かなければならないといったときに、業務を誰かと分担できる仕組みを用意すること
  2. ITを使った情報共有や引き継ぎを標準化すること
  3. 対人業務で顧客を個人が抱え込まず、チームで担当できる設計にすること

市川氏は、この設計は管理職だけでなく、子育て中の人、特に日本でまだ子育てを担うことが多い女性にとっても大事だと付け加えた。佐藤氏はさらに、メンバーシップ型には別の面もあると指摘した。業務分担や引き継ぎでチームとして回すやり方は、むしろメンバーシップ型のほうがやりやすいのではないか、という見方である。無理にジョブ型へ移行するより、今の制度の中でどう柔軟性を確保するかが重要だと述べた。市川氏も、ジョブ型だと「契約外だからできない」となりがちだが、メンバーシップ型なら「一旦自分がやる」となりやすいと応じ、メンバーシップ型だからこそ可能な幸せな管理職の働き方がありうるという点で二人の意見は一致した。

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リモートワークの生産性は「比べ方」が問題になる

時間の柔軟性に関連して、市川氏はリモートワークを取り上げた。コロナ後、MetaやGoogleといった大手企業でも出社回帰が進んでいるが、リモートワークは効率が悪いのか。佐藤氏の答えは、エビデンス上は生産性を下げるどころか、在宅勤務のほうが生産性が上がるというものだった。

佐藤氏は、「在宅勤務だとサボるだろう」という肌感覚には落とし穴があると指摘する。在宅勤務を好む人には、もともと生産性の低い、サボりたい人が集中している可能性がある。そのため、在宅勤務の人と出社の人の生産性を単純に比べても意味がない。コロナで全員が在宅勤務になった前後を比べる研究も多いが、仮に生産性が下がったと分かっても、在宅勤務の影響なのかコロナの影響なのか効果が混ざってしまうという。

では、どう調べればよいのか。佐藤氏は実験をやるしかないと言う。医薬品の効果を確かめるように、ランダムに選んだ一方のグループには在宅勤務をさせ、もう一方には出社させて効果を測る。市川氏は、100人のチームならくじ引きで50人ずつに分けるイメージだと言い換えた。佐藤氏によれば、こうした実験で生産性が下がるどころか上がることがスタンフォード大学の研究で分かっている。

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ハイブリッド勤務は離職率を下げ、「少しの出社」で生産性が上がる

健康や仕事の継続についても、佐藤氏はかなり明確な結果が出ていると述べた。従業員の仕事満足度が大きく上がり、結果として離職率がかなり下がるという。佐藤氏が示したグラフは、出社勤務の人と週2回のハイブリッド勤務の人の離職率を比べたもので、ハイブリッドのほうが3割ほど低かった。

市川氏が、週1〜2回だけ出社する働き方はフルリモートと比べてどうかと尋ねると、佐藤氏は同じスタンフォード大学の研究チームが最近論文にした研究を紹介した。それによると、少しだけ出社するほうが生産性は高い。佐藤氏は、出社によって上司や同僚とのコミュニケーションが生まれ、困ったときに誰に相談すればいいかが会話を通じて分かってくるため、それが生産性を底上げしているようだと説明した。

市川氏は、これほど厳密な研究があるのに世の中が出社回帰に向かうのはなぜかと疑問を投げかけた。佐藤氏の答えは、世の中の人がエビデンスよりも自分たちの経験を頼りにしているから、というものだった。だからこの本を書いたのだと佐藤氏は語り、市川氏は管理職や経営層にこそ読んでほしいと応じた。

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上司ガチャは給与に影響する:優秀な上司は1on1に時間を割く

次の話題は「上司ガチャ」である。部下は上司を選べず、たまたま来た上司の下で働くことになる。佐藤氏は、どの上司に当たったかによって、将来の給料や健康にまで影響が出ることがエビデンスで分かっていると述べた。

佐藤氏が紹介したのは、100カ国・20万人のホワイトカラーを対象にした最近の論文である。30歳までにマネージャーに昇進するような非常に優秀な上司の下についた部下は、7年後の給与が13%高かった。その理由として、能力の高い上司は部下との1on1ミーティングにかなり長い時間を割いていることが分かってきたという。

市川氏は、出世する上司ほど自分の仕事を優先して部下の育成に気を配らない印象があったと述べた。佐藤氏は、チームの生産性を高めるには部下の適性を上司が知ることが非常に重要だと説明する。ミーティングを通じて、部下がどこで花開くか、どんな適性を持っているかが分かれば、部下は適材適所の部署に異動でき、昇進していく。佐藤氏によれば、このことが最近データで示された。

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曖昧な指示が部下のストレスを高め、心疾患リスクにつながる

健康への影響について、佐藤氏はスウェーデンの研究を挙げた。リーダーシップ能力の高い上司の下で働く人は、心疾患のリスクが20%低いというデータである。裏を返せば、決められない、リーダーシップのない上司の下で働くと心疾患のリスクが上がる、と佐藤氏は言う。市川氏は、心疾患はメタボや運動不足によるものだと思っていたと驚きを示した。

佐藤氏は、これはストレスと関係していると考えられると述べ、60年間にわたる515本の研究をまとめた最近のメタ分析を紹介した。部下が最もストレスを感じる状況を明らかにした研究である。市川氏は、無理な仕事を大量に任され、どうしようもないのに助けてもらえない状況を予想した。佐藤氏も当初は、要求度の高さや仕事量の多さが最大の原因だと考えていたという。しかし論文が示したのは、役割が曖昧であることが部下にとって最もストレスフルな状況だということだった。リーダーシップの低い上司が明確な指示を出さないと、部下は何をすればいいのか、どこまでやれば評価されるのかが分からず不安になる。そのストレスが最終的に心疾患につながる、というメカニズムがありそうだと佐藤氏は説明した。

市川氏は、自分も悪気なく「とりあえずやってごらん」と仕事を渡してしまうことがあると振り返った。佐藤氏はこれに対し、山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ」という言葉を思い出してほしいと応じた。まず自分がやってみせ、やらせてみて、褒めることが必要だという趣旨である。

24:38

年収と幸福:頭打ちはなく、ただし説明力は1%未満

後半のテーマは「結局いくら稼げば幸せなのか」である。佐藤氏は、最近の研究では稼げば稼ぐほど幸福度が上がることが分かってきていると述べた。

示されたグラフは、横軸がアメリカドル建ての世帯年収、縦軸が幸福度で、もともとの幸福度によって集団を上位15%から下位15%まで5つのグループに分け、それぞれの年収と幸福度の関係を描いたものだ。全体としては、年収が上がるほど幸福度も上がっていく。佐藤氏によれば、年収800万円を超えると幸福度が頭打ちになるという研究が一昔前に出て広く知られたが、同じカーネマン教授がより正確なデータで分析し直したところ、それは間違いだったと分かった。基本的には収入が上がると幸福も上がる、というのが佐藤氏の説明である。

一方、このグラフからは、高所得層ほど幸福度の格差が大きいことも分かる。もともと幸福度の低い人々はある程度で頭打ちになるが、上位15%の人々は年収が上がると加速度的に幸福度が上がっていくという。市川氏は、幸せかどうかは収入以外の要因でも決まるから、こうした関係が出てくるのだろうと推測し、佐藤氏も同意した。佐藤氏によれば、この論文では、収入が個人間の幸福度の違いを説明する割合は1%にも満たないとされている。収入は一定程度必要だが、高所得層ではそれ以外の要素が大きくなる。佐藤氏はその例として、大切な人を亡くすことや病気を抱えることを挙げた。

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幸福を感じる瞬間のランキング

佐藤氏は、人がどんな瞬間に幸福を感じるかをランキングにしたデータも紹介した。1位はパートナーと親密な時間を過ごしているとき、2位と3位は演劇やダンス、美術館、博物館、図書館といった文化的な活動、4位はランニングなどのスポーツである。

ワーストの1位は病気で寝込んでいるとき、2位は働いているときや勉強しているときだった。そのほか、介護、待ち時間、通勤、家事、SNSやインターネットなどが下位に並ぶ。市川氏は、世間でよくないと言われているものがやはりよくないとデータで示されていると受け止めた。

これだけを見ると余暇だけ過ごすのがよいようにも見える、という市川氏の問いかけに対し、佐藤氏は、余暇を楽しむにはお金が必要なので嫌な仕事もしなければならず、バランスが重要だと答えた。

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グロスマンモデル:健康を「資本」として捉える

そのバランスを示すものとして、佐藤氏は医療経済学で非常に有名な「グロスマンモデル」を紹介した。佐藤氏はこのモデルを、人間にとって最も幸福な1日の過ごし方を教えてくれるモデルだと位置づける。

出発点は、誰にでも平等に与えられている1日24時間である。ただし全員がそのすべてを使えるわけではない。病気で寝込んでいる時間は活動できないため、それを差し引いたものが可処分時間になる。グロスマンモデルでは、この可処分時間を3つの活動に割り振る。

  1. 労働:所得を得るために必要な活動
  2. 余暇:労働で得たお金と時間を使って楽しみ、幸福を生み出す活動
  3. 健康投資:ジムでの運動、十分な睡眠、野菜を食べることなど、時間とお金を使って健康のために行う活動

佐藤氏によれば、このモデルの中核にあるのが「健康資本」という概念である。健康を資本として捉え、投資を行うとストックとして蓄積していく。健康資本が生み出すものは2つある。1つは可処分時間で、健康であれば病気の時間が減り、将来生産的に使える時間が増える。もう1つは幸福そのものだ。佐藤氏が、病気から回復したときに健康の大切さを感じたことがあるだろうと問いかけると、市川氏は、病気になって初めて健康であることがこれほど幸せだったと思ったと応じた。佐藤氏は、それがまさに健康資本が幸福を生み出す働きだと説明した。

労働は幸福を生まないのか

最後に市川氏は、仕事で成果が出ると幸せを感じるので、労働と幸福もつながるのではないかと尋ねた。佐藤氏は、それは比較的まれな人かもしれないと答えた。幸福な瞬間のランキングで労働はワースト2位だったからである。佐藤氏は、グロスマンモデルは非常に単純化したモデルであり、労働を余暇のように楽しんでいる人も一部にはいると認めた。そのうえで、平均的には労働はお金を稼ぐ手段として割り切られている、と述べた。

市川氏は、健康投資が幸福につながるというイメージはあまりなかったので学びになったと締めくくった。前編はここまでで、後編ではグロスマンモデルから導き出される、エビデンスに基づく効率的な1日の過ごし方を取り上げると予告された。