ゲームは時間の無駄なのか 星友啓校長に聞く「ゲームとの付き合い方」

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概要

幼い頃から20年ほどゲームを続けてきた聞き手のりんたろうは、「人生で最も吸収力の高い時期をゲームに使ってきたのはどうなのか」という引っかかりを抱えている。社会人になった今も毎晩帰宅後に何かしらのゲームをしており、楽しかったと思える日もあるが、「今日もやってしまった」という後悔が残る日も多い。その時間を仕事やインプットに使っていれば、もっと成長できたのではないかという気持ちもあるという。

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この悩みを持ち込んだ相手は、スタンフォード大学オンラインハイスクール校長の星友啓である。星は著書『なぜゲームをすると頭が良くなるのか』で、ゲームの良い効果を科学的な研究から紹介している。対談で星は、ゲームは現代人の心のバランスを保つうえで必要なものになっていると述べ、問題は時間の長さよりも、生活の中にゲームをどう組み込むかにあると語った。

日本とアメリカでのゲームの受け止め方の違い

星によれば、この本を書いたきっかけは日米の認識の差にある。星は日本で生まれ育ち、大学院からアメリカに渡った。日本では世間のゲームへの印象がとてもネガティブだと感じていたが、アメリカでは受け止め方がかなり違ったという。やりすぎは困るという認識はアメリカでも共有されている。一方で、ある程度やる分には脳に良いという情報が雑誌や研究、ニュースメディアでも紹介されており、ゲームが脳に悪影響を与えると考える人は意外と少ないと星は感じた。

このギャップに疑問を持って科学的な知見を調べると、実際にさまざまな良い効果があった。星はそれを日本に伝えてゲームの印象を変えたいと考えた。また、りんたろうのようにゲームに罪悪感を持つ人に対して、そこまで感じなくてよいこと、そしてゲームとうまく付き合う方法を考えることが大事な時代だということも伝えたかったと話す。

ゲームの種類によって伸びる力が異なる

ゲームで鍛えられる力は、ゲームの種類によって異なると星は説明する。シューティングゲームのように素早く動くものを視界で捉えるゲームでは、情報処理の能力や素早く決断する能力が伸びることが分かっているという。ロールプレイングゲームでは問題解決能力が関わる。Minecraftのように、決められたミッションをこなすのではなく自分の思うようにものを作っていくサンドボックス型のゲームでは、発想力やクリエイティビティにつながるとした。

さらに、シューティングゲームやアクションゲームでは、最初はステージをクリアできなくても、練習するうちにできるようになる。星はこの体験が、能力は練習によって伸びるという「成長マインドセット」を持つことにつながると述べた。星は、脳の基礎的なレベルと心のレベルの両方で、ゲームの良い影響が確認されてきていると語る。

「全くやらない」より「やりすぎ」のほうが良い結果も

それでも、運動や勉強で同じ力が伸ばせるなら、ゲームでなくてもよいのではないかという疑問は残る。これに対して星は、最近の研究を紹介した。ゲームを全くやらない子、1日1〜2時間程度やる子、3時間以上やる子を比べ、成績や自己肯定感、メンタルの強さなどを調べたものだという。

どの指標でも最も良かったのは1〜2時間のグループだった。りんたろうは、次に良いのは「やりすぎ」よりも「やらない」グループだろうと予想した。しかし星によれば、研究にもよるものの、全くやらないグループとやりすぎのグループが同程度という結果や、別の研究ではやりすぎのグループのほうが良いという結果も出ているという。

星はこの結果について、現在の社会ではゲームをしていないことが不利になる状況があると解釈する。対象が学生の研究であり、学生はほとんどがゲームをしている。ゲームを通じてつながり、みんなで楽しい時間を過ごし、ゲームの話をする中で、全くやっていないとついていけない部分があるのではないか、というのが星の仮説である。

ゲームは心の三つの基礎的な欲求を満たす

星はもっと本質的な理由として、ゲームが人間の心の欲求を満たすことを挙げる。星が「心の三大欲求」として挙げたのは、人とのつながり、「できた」「できる」という有能感、そして自分の意思でやっているという感覚である。人はやらされている感覚を避けたいので、三つ目の欲求が生まれる。

ゲームは自分がやりたくてやるもので、やらされるものではない。クリアできれば嬉しく、ネットゲームなどで人と一緒に遊ぶこともできる。一人で遊んでいても、ゲームの中にはキャラクターなどさまざまな存在がいるため、つながりを感じられると星は言う。世の中や学生生活に悩みがある中で、人はこうした欲求を満たしてくれるものを求める。その機会がないとストレスがたまってしまう。星はゲームが社会のインフラの一部になってきており、完全に避けようとするとかなり大変だとも述べた。

やりすぎの基準は時間ではなく生活への影響

では、どこからが「やりすぎ」なのか。星は、何時間という基準は言いにくいと答える。人によってライフスタイルが違うからだ。星によれば、最近は医学的に依存症の定義が示されるようになっている。それに基づくと、やりすぎとはゲームに時間を取られすぎて、人生の中でやるべき他のことができなくなる状態を指す。楽しすぎてご飯を食べない、眠れない、仕事に行けないといった日常生活の問題が出始めたら、やりすぎだということになる。プレイ時間が長ければ他のことに影響は出やすくなるが、判断の基準は時間そのものではなく、他のことに影響が出ているかどうかだという。

星はさらに、ゲームが楽しいという理由だけでやりすぎる人は実は少ないと指摘する。人間関係の問題、仕事や勉強の不調など、生活の中に強い悩みがあり、そこから目を背けるために「逃避的に」ゲームをするときに、やりすぎに陥りやすい。つまりゲームが原因で悪影響が出るというより、もともとある悩みがやりすぎを生むという因果関係だと星は説明した。

りんたろうが「生活全体のバランスが大事だということか」と確かめると、星は同意した。そのうえで星は逆の見方も示した。ゲームをやりすぎないように生活全体のバランスを整えるという見方もあるが、逆にゲームによって生活全体のバランスが取れるのが現代の生き方でもある。手軽に心の欲求を満たせるからだ。現代を生きるうえでそれだけ必要なものだからこそ、少しやる人が最も良く、全くやらない人が下位に来るという研究結果が出るのだと星は結びつけた。

外発的動機づけの社会と、受験で削られるもの

星は本の終わりで今後のビジョンにも触れたと言う。現代社会では、物事そのものに満足する状態よりも、その結果として生まれるものに動機づけられる「外発的動機づけ」が中心になっている。仕事で数字を出せば給料や地位が上がる、といった仕組みである。お金も地位も生活に必要なので、これは社会の仕組みとして避けられない。しかし外発的動機づけをずっと続けていると、うつ病や不安症といったメンタルのリスクが上がり、体の病気のリスクもかなり上がると星は述べる。

そこで必要になるのが、やっていること自体で満足できる内発的な状態を生活に入れることである。趣味でも何でもよいが、その一つがゲームだと星は言う。多くの人がスマホにゲームを入れて少し遊ぶのは、外で仕事や資格の勉強に打ち込む現代人の心が、自然に内発的なバランスを求めているからではないか、というのが星の見方である。

星が怖い例として挙げたのが受験だ。星は受験を「外発的動機づけの親玉」と表現する。受験に取り組むとき、最初に削られるのは友達と遊ぶ時間、スポーツの習い事、ゲームなど、内発的な欲求を満たせるものだ。そうすると生活の中に内発的動機を満たす機会がなくなり、メンタルの不調につながる。短期間頑張って合格できても、その後に問題が出てくることがあると星は話した。りんたろうはこれを受けて、何かを頑張るためにも、内発的な動機でできることの余地を残しておくことが重要なのだと受け止めた。

没入感とフロー、別の場所での没入が本業に効く理由

りんたろうは、幼少期にゲームの世界へ入り込むように熱中していた感覚を振り返り、没入感を得る手段としてのゲームの評価を尋ねた。星は、それは非常に良いこととされていると答えた。心理学でこれに対応するのが「フロー」である。強く集中して周りが見えず、とても楽しい状態を指す。スポーツでいう「ゾーン」、つまりプロの選手がボールがゆっくり見えて何でもできるように感じる状態と同じものだという。星によれば、ゲームでも没入したときに同じような心理状態になるとされる。

没入体験によってストレスが解消されたり、日々の大変なことから一時的に解放されたりする。そのため心理学的には、フローを経験できている人はパフォーマンスが高いことがあると星は言う。りんたろうが「仕事とは関係ないところで没入しても仕事のパフォーマンスが上がるのか」と尋ねると、星は肯定した。

星はその理由として、ひらめきの例を挙げた。受験勉強で何時間考えても解けなかった問題が、翌日に回して風呂に入っているときに急に分かる。そうした経験は多くの人にあるだろう。仕事に没入しているときには、他の良い解決策になかなか気づけない。一度その作業から効果的に離れることで、元の作業にひらめきや創造的なアイデアが生まれることがあるという。

星は脳の働きについても説明した。休憩中はぼーっとして脳を使っていないように思われがちだが、実際には集中しているときとは別の部分を使っている。星によれば、創造的な考えが得意な人は、このオンとオフの脳の状態を行き来するのが得意だと分かっている。効率よく没入してからオフに切り替えたり、オンの状態でも別の部分の脳を使ったりする切り替えができると、創造的な発想が生まれやすい。りんたろうは、集中で使う部分、デフォルトモードネットワークのような部分、ゲームで使う部分など、脳を幅広く使うことが仕事にも生きるのだと整理し、星もその通りだと応じた。

ゲームをすると仕事の生産性が上がるのか

「ゲームをしたほうが仕事の生産性は上がるかもしれないのか」という問いに、星は、それを示唆する結果がたくさんあると答えた。断定ではなく「示唆する」という言い方である。さらに、いろいろなことを頑張っている人や第一線の人たちでゲームをしている人は少なくなく、むしろ多いくらいだと述べた。星自身が住むベイエリアでは、特にエンジニアはコンピューターを使うという事情もあるものの、ほぼ全員がゲーマーだという。りんたろうはマーク・ザッカーバーグもゲーマーだったと言っていたと付け加えた。

注意したいのは勝ち負け・点数・課金のあるゲーム

注意すべきゲームについて、星は勝ち負けや点数がつくものを挙げた。周囲との比較や評価に動機づけられ始めると、止まらなくなりやすいという。先に述べた現実の悩みからゲームに走るケースに加えて、ゲーム自体の性質としては、勝ち負けや点数のあるものは楽しい反面、やりすぎに傾きやすいので気をつけたほうがよいとした。りんたろうが挙げたランクマッチのような仕組みも、その傾向があるものに当たる。

判断材料の一つとして星が挙げたのが課金である。最近は課金のないゲームを探すほうが大変かもしれないと認めつつ、課金はビジネスなので、よりはまらせるように作られている。課金のあるゲームにはたいてい点数やランキングがあるので気をつけたい、というのが星の説明だ。りんたろうも最近ソーシャルゲームをしており、課金、ログインボーナス、デイリーミッションなどのはまらせる仕組みがとてもうまく作られていると感じていると話した。

逆説的な処方箋:ゲームを「習慣」にする

ゲームとうまく付き合うために星が勧めるのは、「ゲームの習慣を作ること」である。星自身も逆説的だと認めている。朝起きて顔を洗い歯を磨くように、習慣化された行動は、次に何をするか考えなくても、眠いまま自然に洗面台へ向かうような形で行われる。同じ状況と同じ時間が「トリガー」になって行動が起きる。

これをゲームに当てはめ、この部屋に来てここに座ったらこの時間はゲームをすると決める。1時間やったら次は何をするかも決めておく。逆に「時間が空いたからゲームをしよう」という形で始めると、はまってやりすぎてしまう。しっかりした時間の中に組み込むことが、やりすぎを防ぐうえで大事だとされていると星は言う。

いつでもできるスマホゲームは最もはまりやすいが、スマホの場合も場所を決めておけばよい。りんたろうが「帰りの電車で」と例を挙げると、星は同意した。反対に避けたいのは、仕事をするデスクでゲームも仕事もするような使い方である。そうするとトリガーがうまく働かない。ここに座ったらゲーム、立ったら仕事と状況を分けておくと、脳もその行動に入りやすいという。

場所の選び方について星は、リビングや自分の部屋など普段よくいる場所は避けたほうがよいと述べた。そこがトリガーになると、長くいる場所なのでずっとやりたい状態になってしまうからだ。電車やトイレのように、ずっといるわけではないがちょくちょく行く場所を選ぶのがよいという。りんたろうが、社会人ならゲーム機を使い、仕事が終わったらこの場所でゲームをするという習慣が良さそうかと尋ねると、星は同意し、スマホはどこでもできるうえSNSとの相性も良く、SNSからそのままゲームに流れてしまうこともあると付け加えた。

「アフォーダンス」とハードルの上げ方

星は「アフォーダンス」という言葉も紹介した。スマホが目の前にあると、触っていなくても、気にしていないつもりでも、測ってみると実は気にしている。スマホがそばにあるだけで、使っていなくても仕事の効率が下がるという話もある。一方で人間の脳は、何かをするときに少しでも障害があると、やる気がかなり下がるという性質も持つ。

そのため、寝るときにスマホを枕元に置くとつい見てしまうが、寝る場所から離し、できれば部屋の中に置かないようにすると、取りに行くのが面倒でそれだけでやる気が下がる。ゲームをやる部屋を決め、寝るときにはコンソールやスマホを自分から離しておく。ゲームへのハードルを少しでも上げることが大事だと星は述べた。りんたろうはこれを、日中の仕事を頑張ってゲームをし、寝るときは離れるという形で、生活の良い位置にゲームを配置する考え方だとまとめた。

星自身も、スマホにパズルゲームを入れると本当にやってしまうと打ち明けた。最近はオンラインのミーティング中にやっていても誰にも気づかれないので、ずっとやってしまい「やばい」となることがあるという。だからスマホにゲームを入れるなら覚悟しておいたほうがよく、入れないなら入れないと決めることだと星は話した。

逃避としてのゲームとの向き合い方

りんたろうは、意図的に仕事から離れて生産性を上げるためのゲームと、逃避としてのゲームはどう違うのかを尋ねた。星は、逃避的にやるとやりすぎになりやすいとしつつ、逃避が絶対にだめなわけではないと答えた。「これは逃避的だな」と感じたら、自分は疲れているのだと気づける。疲れているなら休めばよい。仕事の側に問題があるなら、心を癒す逃避の時間は必要だが、元の問題も解決しなければならない。そういう意識を持つことが大事だという。

ずっと逃避的なままだとやりすぎになるので、なぜこんなにやってしまうのかを考え、その背後にある悩みに気づいて、そちらもしっかり考える。そう思えるようになるための逃避であり、ゲームをしながらも根本の問題に働きかけることが大切だと星は述べた。りんたろうは、本当の目的を解決するために一時的に逃避するのはよいが、逃避そのものが目的になると危ない、と言い換え、星も同意した。

1日2時間は問題なし、長時間プレイは身体に注意

本では1日平均2時間程度が最も良さそうだとされている。社会人でもそのくらいは大丈夫かと問われた星は、大丈夫そうだと答えた。どの研究を見ても、2時間で悪影響が出ているものは見たことがないという。脳や心に悪影響が出るほどのやりすぎは、週7日平均で毎日5〜6時間を超えるような水準だと星は説明する。ゲームが好きな人なら、仕事や睡眠に大きな影響が出ていなければ3〜4時間でも問題はないだろうという見方も示した。

普段はやらないが週末にまとめてやるという遊び方もあり、それもそれでよいと星は言う。1日8時間やったからといってそれだけでだめということはない。ただ長時間続けてプレイすると、メンタルよりも身体に負担がかかる。eスポーツ選手に関するさまざまな研究を見ると、前屈みの姿勢やずっと座っていることで血流が悪くなるといった問題があるという。休日に長くやるときは休憩時間を決めること、アプリなどが立つように促してきたら従うことが勧められた。没入すると呼吸がいつもと変わったり、食事を取らなかったりすることもあるからだ。りんたろうも、呼吸が変わっているかもしれない、目が異常に疲れることもあると応じた。

本への反響と「やらせていない家庭」への答え

対談の最後に、りんたろうはゲーマーとして救われた気持ちになったと述べた。星は、本を書いてからゲーム好きの人にそう言われるのは嬉しいと話す一方で、親から「なぜこんな本を書いたのか」と怒られることもあると明かした。逆に「うちはゲームをやらせていないが大丈夫か」「やらせなければいけないのか」と不安を受け取る親もいるという。

これに対して星は、全くやらない子が下位に来るという研究結果は、ゲームをしないこと自体が悪いという意味ではないと説明した。ゲーム以外の方法で心の欲求を満たせていれば問題はない。そのうえで、ゲームに罪悪感を持っている人は多いので、そうではないと思ってもらえると嬉しいと語った。りんたろうは、ある程度ゲームをする習慣を自分の生活に取り入れてみたいと述べ、対談を終えた。