若新雄純が語る「承認中毒」からの2年間のリハビリ 出番がない自分を味わうということ

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概要

週刊誌の報道をきっかけに活動を休止していた若新雄純さんが、新R25のインタビューに久しぶりに登場した。聞き手は、かつて番組「思春期ビジパ学園」で共演していた新R25の編集長である。休んでいた2年あまりの間に何を見つめたのか。若新さんは、自分は他者からの評価や注目がないと安心できない人間だったと繰り返し認めた。そのうえで、精神科医とのカウンセリングや家族との対話を通じて、刺激に頼らずに「何でもない自分」で生きる感覚を少しずつ取り戻そうとしてきた過程を語った。本人は「治った」とは言わず、少しは冷静に分かるようになった段階だと位置づけている。

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報道直後は「自分をどうするか」を考える余裕がなかった

聞き手によると、若新さんとは約4年前に会議室でのインタビューで初めて会い、その2年後ぐらいから「思春期ビジパ学園」というコーナーが始まった。番組はもう一人の出演者の佐野さんの転職をきっかけに終わり、大々的な卒業式イベントも開いた。休止はその直後だった。若新さんはこれを「本当に人生の卒業式みたいな感じになっちゃいまして」と振り返っている。

報道が出た直後の心境を聞かれた若新さんは、身近な人に謝り、家族と向き合うことで精一杯だったと答えた。自分がこれからどうするかを考える余裕はなかったという。関係者への連絡と謝罪をひと通り終え、家族とも毎日話をしたうえで、ようやく「これから自分はどうするのか」を考える静かな時間が来た。

「特別な関係者」でありたかった

若新さんは自分の性質を説明するのに、ロバートの秋山竜次さんが歌う「関係者」という曲を持ち出した。VIPのシールを貼られて裏口から入り、関係者席に案内される人たちを羨み、どうすれば関係者になれるのかと思う。そんな業界の姿を揶揄した曲だという。

若新さんは、自分はメディアに出たから関係者になれたのではなく、もともとあの曲に出てくる「どうやったら関係者になれるんだろう」と考える少年だったと話す。控室や舞台袖は、誰かが意図して「ここは関係者用です」と作っただけの場所にすぎない。そこを通ったからといって人間の本質が変わるわけではないが、若新さんにはそう感じられたという。人にとって特別な存在でなければ自分に安心できない、不安で弱い人間だったというのが本人の自己評価である。

だからこそ、出演している番組は降板したくなかった。コンサルティング、政策づくり、大学の仕事も含め、どうすれば関係を続けられるか、何を求められ、どう振る舞えば喜ばれ、面白がられるかに執着していた。ときには自分がピエロやおもちゃになることも含めてである。報道によってその関係が突然断ち切られ、まずは一つひとつに対する申し訳なさが目の前にあったと語った。

「あなたの話は聞きたくない」という宣告と、カウンセリング

若新さんは、自分はメディアの中だけでなく日常でもずっと喋ってきた人間だと言う。幼稚園の頃から話し相手を探し、今日も誰かに話を聞いてもらえた、相手にしてもらえたということで自分を保ってきた。10年ほどは、その性質が刺激的な仕事にもつながっていた。それが一気になくなった。

そのうえで、妻から「あなた中心の、あなた都合の話は聞きたくない」とはっきり言われた。これまで自分が喋りたいことばかり喋ってきたのだから、今度は相手がどんな話をしたいのか、何を聞きたいのかを考えて、相手本位で生きてみたらどうか、という趣旨だった。若新さんはパニックになったという。問題を起こしたのは自分なので、周囲も気分よく話を聞いてはくれないし、泣き言や愚痴も増える。そこで妻が「そんなに話を聞いてほしいなら、お金を払ってプロに聞いてもらえ」と精神科の医師を探してきた。

医師は素敵な人だったと若新さんは言う(名前は本人の了解が得られていないとして伏せられた)。薬を処方するような状態ではないという判断で、カウンセリングやセラピーを通じて自分をより冷静に、ありありと捉えられるようにしていこうという方針になった。若新さんはそれまで、何かのプロや教える人が目の前に現れても斜に構えるタイプだったと認める。しかしこの医師との時間では、疑うのではなく、言われたことをいったん全部そのまま実践してみようと決めた。その時間はとても有意義だったという。

メタ認知が得意な人ほど陥る罠

最初に挙げた気づきは、メタ認知についてだった。カウンセリングで若新さんは、医師の話を聞くたびに「そういうところありますわ」「振り返るとこうで、今の状況もこうだと思う」とすぐに自分を整理してみせた。医師はそれを見て、若新さんは自分を客観視するのが得意な人だと認めたうえで、メタ認知が得意な人が陥りがちな罠があると指摘した。

罠とは、自分を客観視できているから、同じくらい自分をコントロールできると思い込むことだという。若新さんは客観視が好きで得意だったはずなのに、自分のさまざまな弱さに対して盲目的になり、止まれなくなっていた。「いざとなれば自分のことは自分で何とかできる、俺はバカじゃない」という思い上がりがあった。その思い上がりが、見たくないところを見ないようにさせ、都合のいい解釈で逃げ続けさせ、引き返せない状態をつくる。医師にそう指摘され、若新さんは「その通り」と思ったという。

カラオケと結婚式 出番を先回りして作る生き方

指摘はさらに深い部分に及んだ。若新さんは身近な例としてカラオケを挙げる。歌も目立つことも大好きなので、友人の歌を聞いているだけでは退屈で、それどころかその日の自分に価値がなかった気がして帰ることになる。自分に出番がないパーティーでも同じで、ただ呼ばれて出席しているだけ、というほとんどの人が普通に経験する状況なのに、スポットライトが当たらなかったというだけで何のバリューも生まれなかった気がしてしまう。

そうなると分かっているので、若新さんは先回りする。みんなが喜びそうな歌を覚え、曲を入れるタイミングを考え、このメンバーならこれを歌えば盛り上がるという戦略を張り巡らせる。友人や後輩の結婚式に招待されれば、頼まれてもいないのに「スピーチ準備しておく」と出番を作ってもらい、実際にきちんと盛り上げる。「また行こうね」と言われて帰ると、自分はこういう場で価値を発揮できると確認できる。

医師によれば、これこそが大問題なのだという。出番がない日もある、出番がないとはこういう感じか、出番がなかったけど一日無事に終わった、ということを味わえない人間は安心して生きられない。自分がどう振る舞えば喜ばれるかまで客観視できているから間違いは犯さないし、だからこそテレビのレギュラーも増えていった。しかしそれは、感じたくない痛い自分をずっと遠ざける行為だったというのである。聞き手の編集長も、自分も常に自分にどんなバリューがあるかを考えていて「オーガニックに生きていない」と重ねた。

若新さんの説明では、ほとんどの人は目立ちたくても目立ち続けることはできないので、目立てない日を受け入れざるを得ず、それによって健康になっていく。スポットライトが当たらなかった日でも、家に帰れば家族や恋人が待っていて、おいしいご飯と温かい風呂があり、健やかに眠る。それでも自分は生きていると実感できたときに、本当の意味での自信や自己肯定感が芽生えるのだろうと若新さんは考える。自分はそこから目を背け、「今日も若新がいたから盛り上がった」という日を際限なく作り続けていた。編集長はこれを「幸福感が幼稚だった」「ドーパミン的な世界でしか幸福感がない」と言い換え、若新さんも、何もなくても大丈夫という安心を育めていなかったと認めた。

「ミドル」「ハイ」「ロー」という見取り図

医師の細かい説明を、若新さんは自分なりの言葉で整理してみせた。精神的に健康な人の例として挙げたのは、幸せな生活や家族があっても、SNSに上げる写真は風景ばかりという人である。こうした人は何かがあるから幸せなのではなく、何でもない「ミドル」な状態で、不安や孤独感なく毎日が過ぎていく。だから何もなくても安心していて、おいしい、景色がきれい、楽しいといった感情が自然に湧き、一日疲れて眠る。「ミドル」という表現が適切かは分からないと若新さん自身も断っている。

一方、特別な出番がないといけない人は、このミドルな状態に価値を見出せない。何もない状態を空白、空洞だと感じ、出番のなかった自分にがっかりして「ロー」に落ち、鬱っぽくなる。それを避けるために「ハイ」に行こうとする。結婚式のパフォーマンスも、番組で毎回鋭い解釈を出していたことも、そのための手段だったと若新さんは言う。毎日いろいろな出番でそれを繰り返せば当然とても疲れる。それでもローに落ちるくらいなら、疲れてもハイの状態で「すごかったね」「さすがだね」と言われてほっとしていたい。そういう人間にとって、ハイを得られる仕事がすっぱり断たれれば、当然大きく落ち込む。

医師からは、いつかまたそういう仕事をする日も来るだろうから、そのときにはハイでないとダメなのではなく、ミドルでも生きていられるようにしたうえで、ハイな仕事も「楽しい」に変えないと苦しくなると言われた。編集長はこれを一種の薬物のような状態にたとえ、若新さんも薬を抜く作業と同じだと思うと応じている。

逃げずに「うわっ」と味わい切る

では具体的にどうすればいいのか。医師のアドバイスは、出番や注目がないときに「うわっ」となっても、そこから逃げずに味わい切って帰ってください、というものだった。若新さんは、味わう前に回避してしまっていたのだ。

会に呼ばれて出番がなく、つまらなかったと感じたら、塞ぎ込むのではなく、あっけらかんと「今日は寂しかった」「つまらなかった」「誰にも気づかれなかった」「自分は別にいなくてもいいのかもしれない」と思うときの感覚をよく咀嚼する。人間はそういうとき、胸なのか腹なのか分からないが、体に何かがぐわっと来る。その感じが嫌だからごまかそうとするが、ごまかさずに、いま来ているなと捉える。そういう感覚に耐性があり、ぐわっとなっても遠ざけようとせずに、いろいろなことがある日常を平然と生きられる人もいるらしい、と若新さんは語る。

編集長は、自分も価値を発揮できなさそうな場では喋るか話を振るか、無理なら早めに帰ってしまうと明かした。若新さんは、帰り続けていればまさに塞ぎ込み、ミドルでいられずにローに落ちてしまうだろうと答えている。医師の説明によれば、このそわそわする感覚は幼少期などの要因で体に刻み込まれていることがあり、それを避けようとするときに非常に大きなエネルギーが出る。そのために喋ったり、残業して頑張ったり、誰かの使い走りになったり、DVのような関係でも尽くしてしまったりと、不健全な形で逃避しようとする人がいるという。

活躍や注目を必要としない人たち

編集長は、自分が全然喋れず意味があったのかと思う場のあとに落ち込まない人のほうが少ないのではないかと疑問を呈した。これに対し若新さんは、最近気になっていることとして、自分たちはこういう仕事をしているから、活躍を求める不健全な人たちが集まる世界にいるのだと述べた。健康な人たちは、無理して活躍や注目を「いらない」と言っているのではなく、本当に不要なのだと思うという。楽しい話が聞けた、この映画が面白かった、このご飯がおいしかったで十分で、むしろ「よくそんなに頑張れますね」と若新さんたちのような人を不思議に思っているのではないか、と。

若新さんは、カンファレンスやサミットに登壇が決まったと皆がSNSに投稿し、モデレーターを頼まれると力がみなぎる、その気持ちは分かると言う。だが、そういうものがない人が皆つまらないと思って生きているわけではない。自分たちがルーティンや平坦、思考停止とバカにしているようで、実は彼らのほうがたくましく強く生きているのかもしれない。自分たちは平然と穏やかにいられないから、変わらなきゃ、突破しなきゃ、つかみ取らなきゃと言い続けている。自分は思春期ぐらいからそうだった、と若新さんは話した。

編集長は、健康になって幸福や自己肯定のハードルが下がると、自分で鞭を入れなくなり、全体のパフォーマンスが落ちるような感覚があって、それを良しとできない自分もいると率直に語った。若新さんは、そのパフォーマンスを決めているのは経済という人間が人工的に作った仕組みであり、東京という町はそれと親和性が高いと応じた。年収や再生回数のように数値化された何かがもてはやされる世界は本来の自然界にはなく、SNSがそれを加速させている。若新さんは、自分が田舎で生まれ育ち、思春期から「都会に出て中央で出番を作り続けるぞ」と思っていた時点で、ある種の健全な人生はもうなかったのかもしれないとも振り返った。

休んだ2年間で変わったこと 一人で出かけられるようになった

先生との対話を通じて多少なりとも矯正できたと思うか、と聞かれた若新さんは、一つの変化として「一人で出かけられるようになった」ことを挙げた。中学生の頃から、日々の出来事を誰かに喋って「すごい」「面白い」と言われていないと不安だった。ご飯はもともと一人でも行っていたが、今は一人でなんとなくコーヒーを飲みに行き、銭湯やサウナに行き、ドライブもする。

話し相手がいないうえに刺激的な仕事も断たれているので、運転中でも何をしていても「こんなはずじゃなかったんじゃないか」というざわざわが全身を襲ってくる。ChatGPTに話しかけなかったのかと編集長が聞くと、若新さんは、究極的に寂しいからこそ人間の温度感や質感を求めてしまい、それがトラブルの原因でもあったと思う、と答えた。そのざわざわから目を背けず、単に辛い時間だと思いながらも、自分は生きている、友人や仲間や家族がいる、ご飯もおいしい、ということを少しずつ積み重ねる。それによって平然とした状態が少し育まれた、というのが若新さんの実感である。

一方で医師からは、愛情や社会的な価値を過剰に追い求める欠落した人ほど、大きな仕事や社会的成果を上げることが多いという皮肉も指摘された。若新さんは、そういう人が世の中的に仕事をするのは事実だと思うと言う。医師は、そうした仕事をやめなさいとも、そんなものに価値はない、自然に帰りなさいとも言わなかった。人間は社会的、人工的なものを追い求めてしまうものなので、全否定するのではなく、しょせん穴を埋めるためにやっているにすぎないという自覚と構造の理解を持ったうえで、完全にはまり込まない程度に付き合う力を休みの間に養う。ただし、それが養えたかどうかはまだ分からない、と若新さんは慎重だった。こうして戻ってきたことで、また「薬」が近くにある状態でもある。日常でもつい昔のような振る舞いをしてしまい、「昔の若新さんっぽさが出てたね」と言われることもあるという。

若新さんの説明では、ハイの状態は翌日には消えてしまい、自分に蓄積されない。売れている芸能人がギャンブルや薬物にはまっていくのも、根本的な安心や自信が積み上がっておらず、毎日の注目や評価が翌日には消えて、またハイを取り戻さなければならないからではないか、と推測する。対照的に、会ったことはないと断ったうえで、タモリさんや成田悠輔さんのような人は、ハイにしがみついて生きているのではなくベースがあり、仮にすべて失われても自分そのものがなくなるわけではないという余裕があるように見える、とも語った。編集長はひろゆきさんもそちら側の人ではないかと付け加えた。成田さんが呼ばれた場で出番がなくても「今日は置き物として」と平然と帰っていけそうだという想像を、若新さんは「かっこいい」と表現しつつ、これも自分の勝手な決めつけだと念を押している。

「切り返しが速い」のは自信のなさの表れだった

復帰後、若新さんはいくつかの番組に出演し、自分の出演シーンやショート動画を見返した。進行や振りに対して間髪入れず、かぶせ気味に返している。コメント欄には「切り返し早えな相変わらず」と書かれていたが、若新さんは「違うんすよ」と言う。前のめりに返していかないと、まだ俺は出せるぞ、ちゃんとついていけているぞと示せない。その不安と自信のなさから早口と回転が生まれているのであって、視聴者の好意的な反応は、弱さを直視しないための都合のいいフィードバックだったと語る。編集長はこれを「自己肯定感の土台がないからこそできてしまった悲しいスキル」とまとめた。

さらに若新さんは、医師に聞いた話として、瞬発力が求められる場面について語った。地上波の生放送のように、わずかな隙に入っていく役割を期待されると、信じられないほど集中力が高まり、景色は鮮やかになり、音も細かく聞こえる。どれだけ寝ていなくても「本番入ります」で急に覚醒する。スタジオで誰が何を言ったかも頭の中で整理できる。しかしそれは人の気持ちに寄り添っているのではなく、自分のパフォーマンスのためだった。実際に周囲からは、討論番組では人の話を丁寧に聞いてまとめるのに、日常では他者を無視して言いたいことだけ言っている、とよく指摘されたという。

そういう働き方をしていると、何でもないときには音も聞こえず、味もしなくなるらしい。仕事が終われば物忘れもし、時間感覚もなくなる。オフになると、今日は楽しい、心地いいといった感覚が分からなくなり、次の出番が来ないと不安で仕方がない。ミドルな状態での感覚値が低下し、自然に入ってくる刺激に体や脳が反応できなくなっていた、と若新さんは説明する。編集長は「濃い味を食べすぎて薄味が分からなくなるようなもの」と言い換えた。

「本物」と、手を加えて売れる人たち

編集長は、メディアにはオーガニックなまま受け入れられて人気になる人もいるが、それはごく一部で、基本的には瞬発力とドーパミンの世界に染められていくのではないかと問いかけた。若新さんは、そうした人たちは目指してそうなったのではなく、もともと本物の才能や感性を持っていて、見つけられただけなのかもしれないと答える。売れるように自分の形を変える努力をしたわけではない。

一方、本物ではない層は「プロデュース」という概念に触れ、どうすればよく見せられるかをやっていく。しかし若新さんは、世の中の商品のほとんども同じだと指摘する。広告に一切頼らずに流通しているものは限られており、多くは誰かが加工し、演出し、宣伝して手元に届いている。それでも一定の価値はあるし、おいしく使い勝手もいい。自分たちのような人間は、何かしら手を加えて売れる世界が精一杯なのかもしれない、と若新さんは言う。

編集長は、プロモーションを頑張りすぎている商品を見ると、素の商品力に自信がないように見えて不安になり、このやり方は続かないと感じると話した。若新さんは、努力したから本物ではなかったということではないと応じる。本物とは生まれ持った才能や、その土地の自然の恵みのようなもので、それだけでは世の中の商品は足りない。テレビやエンタメ業界も本物だけでは数が足りない。だから埋め合わせようとする努力が醜いとはまったく思わない、ただ行き過ぎないよう自分でコントロールするのが非常に難しいのだ、と話した。

キャリアショックは「止まる機会」かもしれない

編集長は、勢いよく上がれば停滞や転落が待っていると分かっていても、インシデントが起きなければ人は止まれず、棚卸しもできないのではないかと問うた。この動画を見た渦中の人が本当に止まれるのか、という疑問である。

若新さんはまず、自分のケースは自業自得であり、人に勧められるものではまったくないと強調した。そのうえで「キャリアショック」という概念を紹介した。キャリアの語源は馬車の轍であり、目の前にあるロードではなく、振り返って確認するものだという。その語源からすれば、キャリアプランやキャリアアップという発想はやや屈折しており、キャリア論では偶然が重視され、多く研究されている。偶然起きたことが自分のライフキャリアにどんな意味を持つのかを受け入れられず、「こうなるはずだった」と計画しすぎている人ほど、うまくいかないときに順応できず、自暴自棄になったりやる気をなくしたりする。

キャリアショックとは、失敗、解雇、望まない配属などですべてが崩れるような出来事で、本人に非がなくても、部署がなくなる、望まない転勤、家族の事情、事故といった形で多くの人に起きる。若新さんは、みんな「これさえなければうまくいっていたのに」と考えがちだが、それはどう歩んできたのかを冷静に見つめ、盲目的になっていたり過信していたりした部分をケアできる時間なのかもしれないと語った。走りながら自力でそれをやるのは無理で、多くの人は積み上げていると思っているから降りられない。止まらざるを得ないときも含めてその人の人生であり、そのとき腐らずに、この時間に何を問われているのか、忙しくて後回しにしていたことは何かに向き合う。それは気休めや慰めではなく、人生は進んだり戻ったりしながら少しずつ形になっていくものだという感覚だ、と若新さんは言う。

ただし、こうした考えは以前から頭では分かっていたとも認めている。どんな成功者の自伝にも修羅場やハードシングスがあることは知っていたし、自分にもそういうタイミングは来るだろうと言い聞かせていた。しかし望んでいなかった出来事に実際に直面すると、最初の数カ月はそんなことを考える余裕はなかった。医師と整理していく中で、途中から、ここで恥をかき、後悔し、反省してやり直すのが自分の人生に用意されていた規定路線だったのだと受け入れられるようになった。すると日常が前向きになったという。「いつか何かあるだろう」と「今これなんだ」はまったく違う、と若新さんは話した。

「タイムマシンはない」という先輩の言葉

先に同様の経験をした先輩たちに連絡を取った中で、若新さんに刺さったのは、「しばらく反省も必要だし、ゆっくりしな。一つ教えとくよ、どんなに探してもタイムマシンはないから」という言葉だった。当たり前のことだが、毎日「なぜあの時」という「たられば」に毒されていたので響いたという。

若新さんはこう分析する。タイムマシンを探すことは、本質的には反省していないということだ。「戻れればあんなことはしなかった」と思えるのは結果を知っているからで、そもそもそういうことをしない人は最初からモラルがあり、人を傷つけてはいけないと分かっている。タイムマシンと言っている時点で、自分の過ちをなかったことにしようとしている。途中から「これが俺だったんだ」と、間違えて恥ずかしい自分をベースとして受け入れる方向にようやく気持ちが切り替わった。そして、そういうことが織り込まれた今の自分が生きていることを味わえないと、また刺激がないと生きていけない人間に戻ってしまう、と医師に教わったという。

話は厄年にも及んだ。若新さんは報道の時期がちょうど厄年だったと明かし、厄年のせいにするつもりはまったくないが、その近辺で自分のせいで起こした問題に直視せざるを得なくなったと述べた。編集長は自身の周辺でも大変なことがあったとしたうえで、個人的な捉え方として、厄年は統計的に悪いことが重なりやすい年齢に名前を付けた概念であり、そこを抜ければまた上向くという希望にもなる便利な概念だと語った。

弟の言葉 自分で自分を評価すればいい

休止中に大きな支えとなったのが、2つ下の弟だった。年の近い兄弟はタイプが違うことが多いと若新さんは言い、弟はまったく目立つことに興味がなく、SNSも見当たらないか、あっても背景写真ばかりだという。第三者から見られたい、注目されたいという気持ちが微塵もない人だ。家族はみな感情的になっていたので、若新さんは「そばにいてくれ」と弟を頼り、ずいぶん助けてもらった。

なぜそんなことになったのかと聞かれ、自分がどう生きてきたかを話すうちに、弟は「他人に褒めてもらえないとダメな人間って本当にいるんだな」と驚いたという。そして、なぜ他人に認められようとするのか、自分で自分を褒めればいいじゃないか、と言った。自分のことを一番知っているのは自分なのに、なぜ他人に分からせようと過剰な労力を使うのか、と。たとえば休止中にニュースを見て「こう言えばもっと面白いのに、出番がない」と思ったなら、そういう視点に気づいた、自分は分かっている、それでいいじゃないか。一番簡単に評価してくれる人がすぐ近くにいるのに、そうではない世界に自分を売り込もうとしている、というのが弟の見方だった。

弟はストイックで、自分で目標を決めて達成する。フルマラソンを3時間半を切るタイムで走ったこともあるが、誰かに言うわけではなく、家族が聞けば「こんなもんやった」と答える程度だという。編集長は、今はSNSに投稿するほうが普通で、投稿せず自分で完結できる人のほうが現代では異質に思えると述べた。若新さんも、投稿する人がダメだと言うつもりはないし、弟を素晴らしいと推奨したいわけでもないと断った。それでも弟は強がっているのではなく、自分で自分の価値を確認していれば、思い通りにならない他人に振り回されずに済む、と言う。見てもらいたい、ファンになってもらいたい、いいねがほしい、褒めてもらいたいというのは全部他人に期待していることで、「お前の人生は無駄な労力が多くないか」と言われたという。

若新さんは、自信とは「自分を信じる」と書くのだから、他人の評価で生きている自分には自信が根本的に薄いのだと自覚するようになった。今は毎日「今日は自分にとってこういう一日だった」と言える時間が、前より少し増えたという。以前は、何時に起きる、この仕事をここまで進めるといった、自分しか確認できない自分との約束を次々に破っていた。寝坊したがいいコメントができた、寝坊したが打ち合わせでいい企画を出せた、と他者の評価で約束を破ったことをごまかしてきた。だから永遠に自信が育たなかったのだ、と振り返る。自分との約束を守り、守れたことを自分で確認する。基準が高い必要はなく、毎朝5時にランニングでなくても、朝1分だけ何かをするといった簡単な目標でいい。そういう人は世間に見つかりはしないが、人知れず健康でたくましい人生を送っているのではないか、と若新さんは語った。

優しさも評価のために使っていた

弟を見ていてもう一つ気づいたのは、そういう人は他人に優しいということだった。弟はカメラの前でサービスするのではなく、手の届く範囲の人を大切にしている。あの人はドーナツが好きだったから買っていこう、という感覚で人と接する。若新さんは、自分の評価のために他者の気持ちや存在を使っていないからだろうと考える。

対して若新さんの優しさは、相手の期待に応えることで評価を得るためのものだった。若新さんは編集長を例に出し、自分は渡辺さんに優しく生きているのではなく、価値を発揮して役割に応えようとしているだけだと言った。帰りのエレベーターの前で「良かったよ」と言われても、「渡辺さんが喜んでくれた」ではなく「編集長の期待に応えた」と受け取る生き方をしてきた。編集長も「分かりすぎる」と応じている。

若新さんは、そのことに気づけて、自分の評価のために他人の時間や存在を使わないということを「ちょっとだけ」思えるようになったと話す。生まれ変われたわけではない、という留保付きである。弟は若新さんの存在も自分の安心や評価のために使わず、「これ好きだったやろ」と何かを買ってきてくれたという。

若新さんの見立てでは、自分の評価や空腹を最低限自分で満たし、穏やかでいられる人は、相手に「何が欲しいですか」と聞いてあげられる。自分は飢えきった子どもで、ビジネスの世界では自分だけ取ると嫌われるので「ギブアンドテイク」で成り立たせているつもりになっていた。それは飢えたモンスター同士のなれ合いだ、と若新さんは自嘲した。

関係者席とドーパミン、SNSというナイフ

編集長は、冒頭の「関係者でありたかった」という話は、自分との約束ではなく他人との関係性の中でしか自分を保てない状態だったのではないかとつなげた。若新さんは、関係者席とは、呼ばれた側は「俺は関係者だ、ただで座れる」と思い、運営側は「誰々さんが来てくださいました」と誇る、互いに褒め合わないといけない人たちが作り出した空間だと言う。キラキラして見えるが、寂しい空間なのかもしれない。編集長はこれを「ドーパミン世界への危ない入り口」と表現した。

ただし若新さんは、東京もメディアも、大学や企業も、寂しさを埋めたい、刺激がほしいという動機で勉強や仕事を頑張る人たちによって成り立っている面があり、それを全否定したら人間らしい社会はなくなると考えている。ダメだと言いたいのではなく、皆が自分ほど振り切れて壊れてしまわないよう、その感覚と上手に付き合うための指南役のようなことがいずれできればいい、と語った。

テレビや新聞しかなかった時代は、全国大会に出たり大きな賞を取ったりしなければ人に見られることはなかった。今はどこからでもバズる可能性がある。誰にでもチャンスがあるということだが、それはナイフと同じで、上手に使いこなせなければ刃が自分に向く、と若新さんは言う。SNSは一人でいられない過剰な刺激、派手な色や音で寂しさを紛らわせてくれる。自分のやってきた仕事も、顧客の要望には応えてきたが、自分にとってのパフォーマンスの発揮は寂しさを紛らわす行為だったと思う。YouTubeで動画を見て面白いと思う時点で、視聴者も何者でもない自分を少し忘れられているのだ、とも付け加えた。

若新さんは休止中の2年ほど、エゴサーチをまったくしなかった。会ったこともない人が自分をどう言っているかを完全に遮断したことで、身近な人の言葉が前よりちゃんと聞こえるようになったという。投稿の反応を気にしながら食事をしていれば味はほとんどしないはずで、安全で清潔で便利なものが増えた社会なのにその価値を感じられず、ずっと飢えたような状態になってしまう。ネットの動画の多くは、見る人を本当に幸せにしよう、金持ちにしようと作られているわけではない。幸せになりたいけれどなれない人たちの視聴回数が作り手の稼ぎになり、それを欲し続けるサイクルでエネルギーが巡っているだけだ、と若新さんは言う。行きつけの店の料理がおいしい、ここで飲むコーヒーがうまい、この時間の風が気持ちいい、といったことを味わえるようになっておくことが大事だという。

編集長は、一貫したメッセージとして、感情も含めてすべてを「味わう」ことの大切さを受け取ったとまとめた。刺激物が多い社会で舌がバカにならないよう、静かな時間を作って味覚や身体感覚を取り戻す必要がある。若新さんも、キャリアショックは自業自得でなくても誰にでも起きるので、過剰な刺激から距離を置き、何でもない自分でも平然と生きていられる感覚を取り戻す「デトックス期間」は、どんな人にもあったほうがいいのではないかと語った。

この動画をどう出すか

終盤、二人はこの動画自体の出し方を話し合った。編集長は、刺激的な編集はしたくない、あまりカットせず、装飾もせずに出したいと提案した。若新さんは、YouTubeのサムネイルにはクリックされやすいフォーマットがあるのではと問いかけつつ、ビジネスとして結果も出さないといけないのでは、と気にかけた。編集長は、今回はそれをやめて地味な写真だけにすると答えた。手を抜いたと思われるのではという若新さんの懸念には、最後まで聞いてもらえればその意味が分かると応じている。

若新さんは、誰かの結婚式で上手に歌った動画が何の装飾もないのに数万回再生されるように、狙っていないのに「いいね」と広がっていくのが本当は理想なのだろうと述べた。そういうものを素材の味として感じてくれた人が、本当に届けたい人にシェアしていく形である。そのうえで自分たちは「まだまだ」だと認めた。編集長は、互いに自分で自分を満たせるようになったうえで、改めて「関係者」として付き合っていきたいと締めくくった。