HIKAKINから届いた特製「ONICHA」はそばつゆ入りだった 開封ドッキリと、音声メディアをめぐる雑談

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概要

HIKAKINが手がける麦茶「ONICHA」の特別版が届き、二人の話者が開封して飲み比べる。同封の手紙には、中身がつゆかもしれないという予告があり、動画の前半はこのドッキリへの挑戦になる。後半は話題が変わり、「ポッドキャストはなぜ流行らないのか」という問いから、ラジオを含む音声メディアは商売として成り立っているのかという議論に進む。一人がかなり踏み込んだ見立てを話し、もう一人(ひろさんと呼ばれている)が反論したり自分の経験を出したりしながら聞く、という形だ。

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箱を持った時点で怪しんでいた

届いた箱は大きかったが、持ち上げると軽かった。開封する側はまずそこを気にして、飲み物がぎっしり入っていればこんな持ち方はできないはずだから、「例の飲み物」の割合はそれほど高くないだろうと推測する。

パッケージには話者の一人の顔写真が使われていた。本人は、こんな正面からの顔写真は自分では持っていないので、表情からしてAIで作ったのではないかと推測する。もう一人は「いつもこんな顔してるよ」と茶化した。ハートに見えたマークは、鬼にちなんだ桃だと二人は解釈している。わざわざ作られた一点物だと感心しつつ、「メルカリに」と冗談を言っては止められる、というやりとりもあった。

手紙に書かれていたONICHAの狙い

同封のメッセージはHIKAKIN名義で、味噌の次に発売する商品として麦茶「ONICHA」を送ると書かれていた。結婚して親になり、日常的に口にする飲み物は健康的なものであってほしいと考えるようになったこと。麦茶が甘くておいしいジュースのようにワクワクするものになれば、家族やみんなの毎日が楽しく健康になると思ったこと。そのために麦茶らしくない企画をし、かわいくてポップなパッケージにこだわったことが語られている。そして最後に、ボトルの中身がめんつゆかもしれないので注意するよう添えられていた。

「甘くておいしいジュースのように」という一文を読んで、一人は麦茶に砂糖が入っているのかと受け取った。もう一人は、ジュースと比べても手に取りたくなる、という意味だろうと訂正している。

同梱品にはキャラクターのクッションもあった。思ったより硬めで、話者の一人は、10か月になる自分の子どものおもちゃにちょうどいいと話す。別の人物に似ているという脱線もあったが、ここでは省く。

原材料は大麦だけ、名前はどこにもない

収録の時点でONICHAはまだ発売前だった。二人は通常品のラベルを読み、砂糖は入っておらず、原材料が大麦だけであることに注目する。飲料には保存料や香料を入れがちなのに、大麦だけというのはなかなかチャレンジングだという感想が出た。製造元がチェリオであること、カフェインゼロでミネラルを含むことも読み上げている。

パッケージのどこにもHIKAKINの名前が書かれていないことも話題になった。一人は、ファングッズではないという考えか、そう見られたくないというこだわりかもしれないと推測する。なぜお茶なのに鬼なのかという問いには「鬼の味がするんじゃない?」という冗談で返した。ペットボトルの形もオリジナルで、凝った作りだという評価だった。

おみくじは中吉・小吉・大吉

パッケージには「鬼みくじ」がついていて、二人は順に引いた。中吉、小吉と続き、特製ボトル側のくじは大吉だった。引く前には、特製版の結果は送り主が決め打ちできるので、大吉にするか凶にするかでHIKAKINが自分をどう思っているかが出る、という冗談も交わされている。大吉が出ると「優しいな」という反応になった。

特製ボトルのキャップは材質が違い、特注で作られているようだと気づく。これが一般の商品に紛れ込んで、子どもが麦茶だと思ってつゆを飲んだら大問題になるから、わざわざ作るのは当然だ、という話にもなった。

見た目では当たらず、一人が途中で見抜く

ボトルは複数あり、どれがつゆなのかを当てるのが勝負になる。二人は光に透かして色を比べるが、暗く見えたのはライトの位置のせいで、見た目では判別できなかった。一人は「3つだとわからなかった」と言い、もう一度チャンスをもらってボトルを選び直す。交換するかどうか迷う場面では、扉を選び直すと当たる確率が上がる話(いわゆるモンティ・ホール問題を指しているとみられる)を持ち出して迷っていた。結局、匂いですぐわかるだろうと、その場で同時に開けて一気に飲んだ。

麦茶を飲んだ側は、爽やかで麦の風味がしっかりすると話す。紅茶のような苦み、緑茶のような渋みがないので、ごくごく飲むならこちらが飲みやすいというのは正しいかもしれない、という評価だった。

もう一方はつゆを引いた。麦茶と誤解して飲ませる程度の薄いものを予想していたのに、中身は普通の濃さのそばつゆで、勢いよく飲むとむせるほどだったという。ただ、つゆとしての味は悪くない、いいつゆだという感想も出ている。

種明かしをしたのは、つゆを避けた側だった。キャップに製造年月の印字があるかどうかが違ったのだという。工場のラインで作ったものには自動で印字されるが、手作りのものにはそれがない。ボトルを回しているうちにそれに気づいたと説明し、これから同じものを送られる人のネタバレになるかもしれないと断っている。つゆを飲んだ側は「やりやがったな」と返した。

口をつけてしまったので、このつゆは1〜2日で使い切らなければならない。コップに注いで飲めばそのまま料理に使えたのに、と悔やむ場面や、飛行機の機内には持ち込めないから持ち帰れない、というやりとりもあった。

麦茶はどれくらい日常的に飲まれているか

麦茶の味から、普段麦茶を飲むかという話になる。フランスにいる側は、日本にいた頃もあまり飲んでいなかった気がすると言う。水出しで作るのはコーヒーや紅茶で、麦茶はそもそも選択肢に入っていなかったという。これに対してもう一人は、夏は麦茶かルイボスティーを常備しているし、麦茶のペットボトルは日本では定番だと話す。カフェインレスの飲み物がほしい時、ルイボスティーもあるが、麦茶のほうがより一般的な選択肢で、大量に作ってがぶがぶ飲めて値段も手頃だというのがその理由だった。

ポッドキャストは「すでに流行っている」という見方

ここから、収録前に出ていたというポッドキャストの話に移る。一般論として、ポッドキャストは日本ではまだこれからで、アメリカでは大きく流行っており、その理由は車社会だからではないかという説がある。話者の一人はこの説を認めたうえで、別の見方を示す。ポッドキャストは実はもう流行っているのではないか、というものだ。

その根拠は、ポッドキャストの定義があいまいだという点にある。今撮っているような雑談も、ポッドキャストと言い張ればポッドキャストになる。ひろさんの配信も、ほとんどがコメントに答えて喋るだけなので、ポッドキャストと呼べばポッドキャストで、しかも人気がある。何でもポッドキャストと呼べば流行っているとも言えるし、音声だけのものが厳密なポッドキャストだとするなら、まだ物足りないということになる。

そのうえでこの話者は、YouTubeで見ている、radikoで聞いているで十分なのだから、ポッドキャストという名前を使いたがる必要はないと言う。すでにあるものの名前を変えて「自分が流行らせた」と言いたい人たちがいるのではないか、とかなり辛辣な見方も口にした。アクセスのしやすさで言えばYouTubeに上げればいいし、ラジオもradikoで聞ける。わざわざ専用のアプリを入れるのは面倒だという。ひろさんは、YouTubeもシステム上はポッドキャストとして配信している、と補足した。

ラジオは実は聞かれていないのではないか

話者がもう一つ気になっているのは、「ラジオは聞かれている」という前提そのものだ。ひろさんは、真剣に聞く人は多くないかもしれないが、音がほしくて流し聞きしている人はそれなりにいると思う、と応じる。話者は、みんなそう言うのだと返す。

比較に使ったのはテレビだ。テレビはビデオリサーチのような調査会社がきちんと数字を取っているので、年々下がっていることがはっきり見えている。話者によれば、昔は20%台、30%台と言っていた視聴率が、今は在京キー局の番組でもワンシーズンに10%を超えればすごいほうで、一度も10%を超えていない局もある。つまり3分の1ほどに減っている。そしてラジオはもっとひどい減り方をしているはずだ、と話者は推測する。

その根拠として挙げたのが受信機だ。テレビは今でも家電量販店で売っていて、ゲームのモニターを兼ねたり、Amazon PrimeやNetflixを見たりするために買われる。一方ラジオ専用機は売っておらず、この10年で周りにラジオを買った人はたぶん一人もいないだろう、と話者は言う。ここでひろさんが、去年買ったと答える。3ユーロ(約500円)ほどのものを見つけて、まだ売っているのかと面白くなって買ったが、すぐ飽きたという。

radikoについては、アプリのインストール数はおそらく多いだろうと話者も認めている。ただ、それはワンクリックでYouTubeに移ってしまう環境の中にあるという。実家にもともとラジオがあった人以外は、基本的にラジオを持っていない。車にはまだラジオがついているので、車を持つ人には聞く機会がある。しかし深夜の『オールナイトニッポン』のような番組を、わざわざ車に乗って聞きに行く人はいない。運転中にたまたまつけて聞くくらいだ、と話者は指摘した。

はがきの聴取率調査への疑問

ひろさんは、ラジオにも聴取率調査があると指摘する。話者によれば、これは調査週間に番組がプレゼントキャンペーンを行い、はがきで応募させる仕組みで、しかもはがきの量で測られているという。何かが当たるなら同じ人が10枚でも送るので、はがきの数は多くなる。実態を調べたらとんでもない数字が出るので、実態調査をしないのではないか、と話者は見ている。

この見立てから、話者はラジオがビジネスとしては実は成立していないのではないかと考える。正確に言えば、聞かれた回数に応じた広告効果にお金を払っているのではない。ギャラが低くてもラジオなら出てもいいという出演者と、ラジオだから広告を出す、その結果何が売れたかは考えない、というスポンサーだけで回っているのではないか、という推測だ。そうだとすれば、ポッドキャストのようなものにお金をかけても、広告で回るはずがない。ラジオですら回っていないのだから、というのが話者の結論である。

ソーシャルゲームのCMが減ったことを傍証に

話者はもう一つの材料として、ネット企業の広告の動きを挙げる。以前は正月になるとソーシャルゲームのテレビCMが大量に流れていて、実際に効果があったという。ところが今年の正月はだいぶ減っていて、話者の印象ではウマ娘くらいしかなかった。ネット企業はどの媒体に出してどれだけダウンロードされたかを数字で管理しているので、ラジオが採算に合うならラジオにどんどん出しているはずだ。おそらくテストはしたうえで「ラジオはだめ」、さらに「テレビすらだめ」になってきているのなら、ラジオはもっと厳しいだろう、と話者は述べる。

音声だけにこだわる理由はあるか

ひろさんが「音声メディアはだめ」という結論になるのかと聞くと、話者は、音声メディアがだめなのではなく、YouTubeに出せばいいという話だと答える。スマホでアクセスするなら同じことで、映像を少しつけたほうが伝わりやすいものもある。たとえば今日の開封で「そっくり」と盛り上がった場面は、ラジオでは意味がわからない、という例を出した。

ひろさんは、名DJの名トークで見えないものが目に浮かぶのがラジオの良さだと返しつつ、先週の経験を話す。ABEMA Primeとradikoで同時に放送するキャンペーン企画があり、いつも通りのABEMA Primeの音声がそのままラジオでも流れた。音声しか届かないので、自己紹介を丁寧にするなど構成を少し変えたという。ところが後半のコーナーには、発音を矯正する言語聴覚士が舌と歯の模型を持って登場し、「舌がこのように横にずれることで息が漏れてしまう」と説明した。ラジオでどうするのかと思い、やはり映像がないと難しいと感じたという。これを受けて話者は、映像を使えないというデメリットには意味がない、とまとめた。

最後にひろさんが、そこまで突き詰めて考えているのに、なぜポッドキャストを始めたのかと問う。話者は「いいところに来ましたね」と応じ、その話は来週に持ち越された。