AI時代にこそ「裸の知性」を鍛える 岡野原大輔が語る教育、試験、日本の勝ち筋

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概要

AIが何でも考えて答えを出してくれるなら、暗記や受験勉強、自分の中に知識を蓄えることにまだ意味はあるのか。Preferred Networks(PFN)共同創業者で代表取締役社長の岡野原大輔は、著書『ヒトとAI』を題材にしたこの対談の後編で、はっきり「意味はある」と答えた。AIを作る側の経験から、人間自身の基礎能力はむしろこれまで以上に必要になるという立場である。話題は試験のあり方、大学の価値、「嗅覚」と価値観、哲学と倫理、さらに日本のAI戦略とエネルギー問題まで広がった。

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「知識はいらない」は違う

聞き手は著書の一節を引いた。思考のプロセスを外部化することは、同時に思考の足腰を鍛える機会を失うことを意味する、という趣旨の記述である。世間では、AIが答えを出してくれるのだから暗記に意味はない、自分の中に知識はいらない、という意見もよく聞かれる。

岡野原はこれを否定する。AIにできることはどんどん増えていくが、その結果に対する責任は人間が引き受けなければならない。AIが何をしているのかを全部は理解できなくても、どう検証するかを感覚としてつかみ、人間がベストエフォートでそれを続けることが必要だという。だから人間の側も、AIの進化に負けないくらい勉強しなければならない面がある。ただし時間は有限なので、AIを使ってより効率的に学ぶことはできる。その結果、今よりずっと多くを理解できる状態に進んでいけるだろう、と岡野原は見ている。

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暗記は思考を遠くまで届かせる

受験勉強は今後もやったほうがいいのかと問われると、岡野原は「かもしれない」と答え、基礎能力は馬鹿にできないと述べた。その根拠として、AI開発から得たヒントを挙げる。人間の教育とAIは完全に同じではないので、そのまま持ち込むのは危ないと断ったうえでの話である。

いまのAIは、じっくり考えずに一発で答えを出せる能力がどんどん上がっている。以前は時間をかけて考えれば解けた問題、たとえば暗算のようなものを一発で出せるようになると、それを足場にしてより深く考えられるようになる。岡野原は、人間も同じだと考える。暗記は意味がないように見えるが、本来なら自分で10ステップかけて到達しなければならないところを、暗記や直感で一気に出せるようになっていれば、そこからさらに遠くまで行ける。自分がどれだけ深く考えられるか、思考の範囲をどこまで広げられるかという点で、基礎能力はあらためて注目されるはずだという。

中学受験とグローバル競争

中学受験はしたほうがいいのかという質問には、「難しい質問」と前置きした。岡野原自身は福島県の出身で、塾にも行かずに育った。そのため、個人的には自由にやればいいと思っているという。

一方で、いまはAIがあり、意欲さえあればいくらでも勉強できる時代になった。日本だけでなく世界中で、インターネットとChatGPTやClaudeにアクセスできる人なら、若いうちにどこまでも学べてしまう。そうした環境で育った人たちが10年後、20年後にグローバルで競い合う。グローバリズムはなかなか消えないと岡野原は考えており、その競争を前提にすれば、基礎的な力は持っておいたほうがいいだろうと述べた。

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試験は「裸の知性」を測る場として厳格化する

聞き手は著書の論点を引き、難関試験であるほど「裸の知性」を証明する場として厳格化していく、とまとめた。岡野原もこれに同意する。

AIを使いこなす能力そのものは、車の運転や特殊な装置を操作する技能と同じように、AIと組み合わせた能力として測る必要がある。しかし、その人自身が持っている能力は別に鍛えなければならない。AIを使っていると鍛えられない能力があるなら、AIを使わない条件で能力を測る必要が出てくるかもしれない、と岡野原は言う。AIに頼らないトレーニングを皆が必死にやる世界になる、という聞き手の言葉にも「そう思います」と答えた。

外国語も同じだという。岡野原自身、翻訳ツール(自社製品も含む)を毎日使っており、英語でも中国語でも関係なく読める時代になった。それでも、グローバルな場で実際に会話し、その場できちんと議論できる能力は、今後も求められ続けると見ている。

楽観論に乗らず、歴史に学ぶ

新しい技術が出てくると楽観的な意見が必ず出てくる。聞き手がそれに従って動くのは危険ではないかと問うと、岡野原は歴史好きとしての見方を示した。産業革命やインターネットの登場時に人々が何を言っていたかを振り返ると、予測はあまり当たっていないという。

例として挙げたのがインターネットである。登場直後は、あらゆる人がものをネットで買うようになると語られた。確かにネットで買うものは出てきたが、店頭で物を買うことも当たり前に残っている。技術が社会をどう変えるかは予断を許さず、いろいろな可能性に備えながら進むべきだと岡野原は言う。

同時に、過去の人々もこの程度の変化を何度も乗り越えてきた、とも述べた。今回は変化の時間感覚が短いものの、当時の人たちがとんでもない困難に対応してきたのと同じように、きちんと対応していけるだろうという。AIは人類最大の発明で過去は参考にならない、という意見に対しては「そうじゃない」と考えている。初めて起きることもたくさん出てくるだろうが、過去もこれくらい変化してきた。岡野原はAIを最後の発明とも思っていない。仮に完璧なAIができたとしてもできないことはいくらでもあり、人間がやるべきことは今後も続いていくと述べた。

ややこしい問題だけが人間に残るかもしれない

AIで何でも最適化されていく中で、他者との摩擦や議論の場、人間同士のつながりを意識的に作ったほうがいいのか。この問いに岡野原は、著書では教育の文脈で書いたことだと説明し、次のように答えた。

世の中には理不尽なことや大変なことがたくさんある。考え方がまったく違う人たちと一緒に目標に向かったり、交渉したりする経験を積んでおくことは、今後の糧になる。むしろ、そういうややこしい問題しか人間に残らない可能性すらある、と岡野原は言う。合理的に決められる部分はAIがすべて決め、ややこしい問題だけが人間に残り、AIから頼まれて人間が何とかする。そんな世界観すらありうるので、そこを鍛えておく必要があるという。

教育は変わりそうで変わらない

聞き手は、アイビーリーグなどで行われている知識をベースに議論する教育が今も大人気であることを挙げ、教育は変わりそうで変わらないと指摘した。岡野原は、これだけ生き残っていることから、想定以上にうまくいっている部分があるのかもしれないと応じた。

ただし歴史の観点から留保も付けた。いまのような近代教育は始まってからまだ200年ほどで、日本なら100〜200年にすぎない。今後さらにアップデートされ、50年後に振り返ったとき「ここで変わった」という転換点があってもおかしくない、と岡野原は見ている。

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東大の価値はネットワークにある

東大に行ったほうがいいのか、という質問に対して、東大出身の岡野原は、良い教育を受けられることも確かにあるが、いろいろな立場の人とそこで出会えたことが今でも糧になっていると語った。今後、特に大学の大きな役割は、ネットワークを作ることになるだろうという。

社会人になってからもネットワークは作れるが、どうしても利害が絡み、それぞれの立場もある。大学というニュートラルな場で、あのとき、あの状況で生まれたつながりは、それとは別の意味で非常に重要だと岡野原は述べた。知識が広く行き渡るほどネットワーク効果の価値が相対的に上がる、という聞き手のまとめにも同意している。

実際に起きている例として、岡野原はインターンを挙げた。PFNにもちょうどインターン生が多く来ているが、いまのインターン生は世界中のトップ企業を順番に回り、その企業に入らなくても、インターン仲間とネットワークを作って情報を共有している。学校だけでなく多面的なネットワークを作る方法をうまく見つけた人が、次の世代で頭角を現すだろうという。ただし、東大を目指すことはあくまで「1つの方法」だと念を押した。

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「嗅覚」の正体は価値観かもしれない

著書で触れている「嗅覚」の価値は上がるのか。岡野原は、言語化が難しいと断りつつ、最近の数学分野の話を紹介した。数学のAIはかなり証明ができるようになってきたが、どの問題を面白いと思えるかは、なかなか説明できない。

良し悪しを判断する明確な基準があるなら、AIはかなりうまくやれる。しかし、「なんとなく違和感がある」「これはすごく深い問題に刺さるのではないか」といった、嗅覚としか言いようのない多面的な感覚を持っている人がいる。その感覚は今後も非常に重要だと岡野原は述べた。

嗅覚は科学的に分析されているのかと聞かれると、少なくとも分析はされていないと思うと答えた。そのうえで、いま思いつくこととして、いろいろな問題を解く中で研ぎ澄まされてきた価値観の部分が大きいのではないか、という見立てを示した。

哲学と倫理は価値観を鍛える場になる

価値観の基礎をなす哲学や倫理の重要性も上がるだろうと岡野原は言う。今の哲学や倫理もあくまで見方の1つにすぎないが、覚えておいて損はない。それらを一通り学んだうえで、自分の価値観を鍛える場があっていいという。聞き手が西洋哲学ならソクラテス、日本なら和辻哲郎などの古典を挙げると、岡野原は、生きていくうえでの問題は実は昔から変わっていない部分がたくさんあり、過去に学べるところは多いと応じた。

岡野原は、自分が考えすぎなのかもしれないと断りつつ、資本主義のように成功の軸が1つしかないという考え方を例に出した。他の軸もあると思って目指しても、その軸が分からずに迷ったり、変な方向に行ってしまったりすることがある。そうした疑問への答えは過去にも議論されている。それが正解というわけではないが、それを土台に自分の中で作っていけるものはたくさんあるという。

哲学・倫理ブームがさらに来るかという問いに対しては、AIが多くのことをできるようになる状況を挙げた。専門能力が自分の価値と直結している人は、AIがそれをできるようになったとき「では自分は何なのか」と問われる。岡野原は、それは生きる価値とは関係がなく、自分にとって何が価値かは自分で設定していいと考えている。そのための考える軸を与えることが重要だという。しかも、AIはすでに哲学や倫理にかなり詳しいので、AIと話し合う中で、こういう考え方の軸があると教えてもらうこともできるだろうと付け加えた。

経営者と思想

聞き手は、アレックス・カープの『テクノロジカル・リパブリック』が日本でも話題になったことに触れ、経営者が何らかの思想に基づいて動くという哲学との融合は進むのかと尋ねた。岡野原は、そうした動きは出てくると答えた。

自身について岡野原は、どれほどしっかりした思想を持っているかは分からないとしたうえで、創業当初は正直あまり何も考えず、社会の役に立てばいい、自分たちの技術が役に立てばいいという考えだったと振り返った。10数年経営を続け、社内外でいろいろなことがあり、世界の状況も変わる中で、考え方がだんだん固まってきたという。どういう考え方の軸を持っているかは、経営にとってより重要になるとの見方を示した。働く側も、どこで働くかを選ぶときに経営者の思想を見るようになるかもしれない、という聞き手の指摘にも同意した。

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日本はどこで勝負するのか

最後のパートはAIと日本である。フィジカルAIなら日本は勝てるという話がある一方、アメリカへの依存を懸念する声もある。聞き手が、結局日本はAIのどこで勝負するのかと問うと、岡野原は「飛び道具はない」と答えた。

まず、日本が世界的に競争力を持つ産業で、AIで解決できる課題があるなら、そこから取り組むべきだという。生産能力が足りないならそこにAIを使い、人手不足が問題ならそこに使う。さらに、世界で売れている製品やサービスはすでにある。コンテンツは強い競争力を持っているし、製造でも素材や製造装置など、世界のほかではなかなか作れないものを作っている会社が多い。短期的には、そうした既存の強い産業をAIでさらに強くすることに注力すべきだという。

ただし中長期で見ると、今強い産業が将来も強いとは限らない。だから新しい産業にもある程度は常に張っておき、それを支援することもしておいたほうがいいと岡野原は述べた。

最先端モデルの遅れと国産AI

最先端のAIでは日本がアメリカや中国に1〜2年遅れているという岡野原の以前の発言について、それは大きな問題ではないのかと聞かれると、岡野原は「実際、問題はある」と認めた。

とはいえ、日本は現在もアメリカや中国のAIモデルを使える。使うところは使ったうえで、国産AIを進める際には、本当に競争力の鍵になる部分に焦点を絞って差別化し、そこで世界に勝つことを目指す。岡野原はそれがフィジカルAIのある領域になると考えており、AIを開発する側としても有限のリソースをそこに集中していきたいという。ただし、すべてを日本国内で閉じてやるのは最初から無理だとも述べている。

人材はどう育てるか

岡野原のようなAI技術者を日本でもっと増やせないのか、という問いには、育てられると答えた。日本には数学や計算に強い人がもともとたくさんいて、社会で活躍している人もいる。活躍の場をきちんと作れば育てられるという。

一方で、簡単な話ではないとも強調した。アメリカや中国がAIで強いのは今に始まったことではなく、この10年、20年ずっと人を育ててきた結果である。中国では良い教科書もたくさん出ていて、切磋琢磨して勉強した人たちが経験を積んできた。だからこそ、中国のAIがアメリカと競り合い、もしかしたら勝つくらいになるかもしれないという状況が起きている、と岡野原は見る。日本も短期でやるべきことはあるが、中長期を見据えて教育の段階から種をまくことが重要だという。

具体的な種まきとして、岡野原は「月並みだが」と前置きしてまず教材を挙げた。特に専門教育での厚みがまだ足りないかもしれないという。もう1つは、教育だけで閉じず、企業と連携することだ。企業がどんな人材が欲しいかを示し、そこに向けてある程度のリソースを出して育てる。たとえば半導体を強くしようとしている今なら、どんな半導体人材が必要かを共有しながら育てることが重要なテーマになるという。

海外のAIエンジニアの報酬相場が高すぎる問題については、上げられるなら上げたいとしつつ、短期と中長期の問題があると述べた。給与はいわゆる衛生要因で、一定の金額がないと人を引きつけられない。そのため、自社としては働く環境や、会社が目指すミッションへの共感で人を引きつけることも必要だという。同時に、会社が世界で競争力のある製品やサービスを出せれば給与も上げられるはずで、そこは経営者として考えなければならないと語った。

「自国に強いAIがなければ」という危機感

政府のAI分野への大規模投資やハードウェアとの融合を受けて、日本は勝ち筋のある戦いを始めているのかと聞かれると、岡野原は「簡単ではない」としながらも、いくつかの分野では強いものが出ていると答えた。今のAIのループの中では、半導体製造装置や素材などに特に競争力があるという。

岡野原が特に危機感を示したのは、AIが産業だけでなく科学研究にも関わってくる点だ。強いAIを持っていないと科学研究でも競争力を持てない状況に実際になっていくなら、自国である程度強いAIを持ち、皆が使える状態になっていなければならない。それについて「かなり危機感としてはある」と述べた。背負っているものは大きいのではないかと問われると、先の思想の話にもつながるとして、もともとはそういうことはあまり考えていなかったと振り返った。会社として取り組んできたAIや半導体が重要になるにつれて、だんだんそう思うようになってきたという。

エネルギーという難題

最後の質問はエネルギーだった。AIの話ばかりされるが電力も重要であり、日本はどうすればいいのか。岡野原は「すごく難しい問題」と答えた。

もともと電気分野で強かった日本企業は、アメリカでも送配電や発電所といった電力インフラで重要な役割をすでに果たしており、能力を獲得しつつある。日本にも電源を作れる能力を持った企業は揃っていると岡野原は見る。一方で、原子力発電所は事故もあったことから時間がかかる話であり、核融合は夢のある話で実現は1つの目標だが、10年、20年、30年はかかるだろうという。その間にどうエネルギーを確保するかは非常に大きな問題で、ズバッとした答えがあるわけではない。ただ、加速しなければならないとは思っている。岡野原はそう述べて、対談を締めくくった。