「折り合いは高さではなく長さ」――懲罰動議最多タイの足立康史議員が語る、組織で自分を貫く方法

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概要

新R25の新番組「永田町サバイブ」は、会社での悩みや立ち回りに迷う若手ビジネスパーソンが、政界の荒波を越えてきた政治家に生き抜き方を聞くお悩み相談番組である。聞き手は新R25編集部の渡辺氏と藤野氏、政治家の紹介役はナビゲーターを務める政治ジャーナリストの青山氏。第1回のゲストは国民民主党の足立康史参議院議員だ。

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青山氏が設定したテーマは「組織の中で自分をどこまで貫くべきか」である。国会議員は一人では何もできず、政党という組織に属する。その中にも意見の違いや人間関係がある。妥協せずに自分を通すのか、どこかで妥協が必要なのか。これに対する足立氏の答えは、こだわりは持ってよいが、折り合いは「長い時間軸」でつけるというものだった。

3年で懲罰動議6回という経歴

足立氏はまず自身の経歴を紹介した。国会でも会社の懲戒処分にあたるルールがあり、懲罰動議という仕組みがある。日本国憲法ができてから懲罰動議を出された回数で、足立氏は最多タイだという。並んでいる議員は政治活動30年で6回だったのに対し、足立氏は3年間で6回。10倍のスピードで記録を重ねたが、その議員に敬意を表して「抜くことはやめた」と冗談めかして語った。

足立氏は霞が関に21年勤めた後、東日本大震災を機に政治を志し、2012年に日本維新の会から衆院選に出馬した。以後、維新の衆議院議員として4期12年を務め、政調会長という党のナンバー3にもなった。それでも最終的には維新を離れている。自分で出たのか追い出されたのかは微妙なところだと青山氏は前置きし、組織人の視聴者に向けてその経緯を尋ねた。

足立氏によれば、政調会長になったのは懲罰動議6回の後であり、懲罰が問題視されたわけではない。むしろ党内からは「もっとやってもいい」と言われたという。足立氏の考えでは、政治は見てもらってなんぼで、いくら法案や政策の議論をしても聞いてもらえなければ意味がない。だから政治には「エンタメ性」が要る。青山氏も、野党で元気の良さを売りにしていた維新にとって、やりすぎ感はあっても注目を集めることにはプラス面があったと補足した。

自分の一線は「法律の趣旨を守る」こと

では何が離党の原因になったのか。足立氏はここで番組全体のメッセージとして、人には自己実現や人生の目的があるのだから、「この一線だけは妥協できない」というこだわりはあってよいと語った。ただし「自分が、自分が」という我の強いこだわりは良くないとも付け加えている。

足立氏にとってのこだわりは「公のために働くこと」、中でも「法律の趣旨を守ること」だという。これは「法律を守ろう」とは違う。法律を破れば逮捕されるので、それを守るのは当たり前だ。足立氏が守りたいのは、立法者である国会議員として、法律が作られた精神そのものである。

足立氏はこの点で維新と衝突した。維新は「逮捕されなければ何をやってもいい政党」だと足立氏は言う。体質としても、具体的な行動としてもそうだと話す。例に挙げたのが、大阪市をなくす構想をめぐる住民投票のルールだ。従来は大阪市民に聞くとしていたが、2回否決されたので、今度は府民で決めてしまおうとしている。足立氏はこれを「勝てないから途中でルールを変える」ものだと批判する。憲法が定める地方自治の本旨には団体自治と住民自治があり、大阪市のことは大阪市民が決めるのがその精神だ、というのが足立氏の立場である。

2012年からずっと維新にいたのに、それまではよいと思っていたのかと聞き手が尋ねると、足立氏は「ずっと中で言い続けた」と答えた。言っては叩かれ、このままでは出世しないと思って主張を一旦やめ、「ごまをすりまくって」政調会長になり、またやりたいことを言っては叩かれる。その繰り返しだったという。

初の代表選と「後継指名」

最後のチャレンジが維新の代表選だった。維新は橋下徹氏が作った「オーナー政党」で、初代が橋下氏、2代目が松井一郎氏である。3代目を選ぶときに初めて選挙が行われることになった。足立氏はこれを、オーナー政党から自民党に対抗できる近代政党へ変わる機会だと位置づけていた。

ところが周囲は皆怖がり、立候補を控えるよう前代表から圧力もあったという。足立氏は、一度読売テレビの会見で出馬を表明しながら、ボスに「黙っとけ」と言われて取りやめた人物を挙げ、表に出てからやめれば誰も信用しなくなるので「ダメな社会人」だと評した。結局、代表選に出たのは足立氏と梅村氏で、足立氏によれば2人とも結果的に党を追い出された。

足立氏がもう一つ問題視したのは松井氏の振る舞いだ。党員投票による選挙なので後継指名はしないと言っていたのに、足立氏らが手を挙げると馬場伸幸氏を推し始めた。足立氏はこれを前言を翻したものとみなし、維新が「終わった」ことを象徴する出来事だったと語る。それでも足立氏は、後継指名されても、選挙に負けても、維新を諦めなかったという。

なぜ維新にこだわったのか――創価学会との関係も

維新にこだわった理由として、足立氏は「しがらみのなさ」を挙げた。足立氏の見方では、日本の戦後政治は経済団体、労働団体、宗教団体の3つに裏でコントロールされてきた。維新はそのどれの世話にもならない初めての政党で、そこに希望を託したという。今は労働組合と一緒にやっていることも自ら認めている。

青山氏はここで、足立氏の実家が創価学会であることに触れ、普通なら公明党から出るのが自然ではないかと切り込んだ。足立氏は、こうした場で聞かれたのは初めてだと応じた。昨年7月の参院選で公認を得た際、週刊文春が金銭から男女関係までスキャンダルを探したが何も出ず、唯一出たのが実家が創価学会だということだったという。足立氏は、問題のないことを書き立てられたと語る。

足立氏は京都大学で学会の学生部のリーダーを務めていた。それでも公明党を選ばなかったのは、学生時代から当時の学生部長らをつかまえて、「1セクト1パーティー」のシステムはおかしいと意見していたからだという。そうして上に意見する人間でありながら、京大の組織の取りまとめ役を任された。足立氏はこれを、信頼も勝ち得ていくというバランスを取り続けた例として挙げている。そのバランスが最後に崩れたのが維新だった。

離党の直接のきっかけ

足立氏によれば、崩したのは自分ではなく党の側だ。維新は東京15区の補欠選挙で公職選挙法に違反することをした、と足立氏は断言する。維新自身は違法ではないと言っているが、それは「逮捕されていないだけ」だというのが足立氏の主張だ。

違法なビラを配れば、配るボランティアがリスクにさらされる。足立氏は選挙中にやめようと党に言ったが、やめなかった。そこでXに「ルールはこうだから、ボランティアの皆さんはよく理解して判断してください」と書いたところ、追い出されたという。

党側は、組織内で処理すべきことをなぜ外に発信したのかと問題視した。これに対して足立氏は、公益通報者保護法の考え方を持ち出す。通報した人を守らなければ組織は悪くなる一方なので、あらゆる組織で守るべきだとされている、というのが足立氏の説明だ。外に書いたのは、ボランティアに直接伝える必要があったからだとも語った。

青山氏は、会社では言いたいことを言えない場面が多いと指摘した。そのうえで、どこまで言うべきか、言いすぎたり外に出したりするとどうなるのかという問題は残るし、組織はその人の正義を認めないこともある、と述べた。足立氏はこれを「おっしゃる通り」と認めたうえで、自分の一線は、立法者として法の趣旨をどこまでも大切にすることだと改めて語った。

聞き手の一人は、自信を持って言える一線は今はないと正直に答えた。足立氏は、自分も若い頃は言葉にしていなかったと話した。60歳になり、若い人に伝えるタイミングだから言葉にしているのであって、今言葉にできなくてもよい、という。

暴言を真似した人は「落ちていく」

聞き手は、足立氏は仲間ならいいが部下にいたら大変そうだと率直に伝え、足立氏も「大変です」と認めた。では何を真似すべきで、何を真似すべきでないのか。

足立氏がはっきり「真似はダメ」と言ったのは暴言だ。足立氏の暴言を真似する人は永田町にも時々いるが、皆潰れているという。暴言はビューが伸び、特にSNSでは過激さで勝負する人がいる。足立氏自身は、崖があるとしたらその縁を歩いている。レッドラインとイエローラインを意識し、「イエローかな、やばいな」と思いながら引き返しているというのが本人の説明だ。真似する人はその線が見えていないので落ちていく。ネットには人を過激な方向へ吸い込もうとする魔力がある、と足立氏は言う。例として、YouTubeなどでの過激な発言が名誉毀損に問われて逮捕されたガーシー氏や、友人だという立花氏の名前を挙げた。

一方で真似してほしいのは、自分なりの軸を持つことだ。筋が通っている人の方が会社の内外でリスペクトされると足立氏は考えている。そういう人の方が面白く、友達になりたいと自分は思う、とも語った。

空気を悪くしそうで発言できないとき

聞き手はより具体的な悩みを投げた。こだわりを持っていても、上司に反対されるかもしれない、ミーティングの空気を悪くするかもしれないと思って発言できない、というものだ。足立氏は自分にもそれはあると認め、「同じ人間ですから」と答えた。

足立氏のアドバイスは、バランスを取って折り合いをつけることだった。青山氏が、折り合いをつける点が8なのか6なのか4なのか、その高さが人によって違うのではないかと尋ねると、足立氏は「折り合いは高さじゃない、長さなんです」と答えた。

足立氏はこの収録自体を例に説明した。収録の中で青山氏をいじるような発言をしたが、青山氏も企画を成功させたいのだから多少は許してくれるだろうと計算して勝負している。新番組の第1回に呼ばれた以上、番組を壊すわけにはいかない。第1回でよかったと思ってもらえるパフォーマンスをするつもりで来ている。これが「この場での折り合い」であり、そのギリギリまでやっているのだという。

人生単位で折り合いをつける

足立氏にとって最終的な目標は「人生の折り合い」である。日本に生まれ、一貫して国のために公務員と政治家をやってきた。だから日本人として死ぬときに、後悔なく満足して死にたい。そこへ向けた納得感を、自分なりに作っていく必要があるという。

青山氏はこれを、党から追い出されても、その後に良いことがあれば帳尻が合うという時間軸の話だと整理し、足立氏も同意した。今会社で逆らって首だと言われても、次に何か良いことがあれば折り合いはついたことになる。足立氏自身も、誰かとの昼食は楽しく過ごし、党の会議では反発することもある。短い単位と長い単位の折り合いを組み合わせているという。

馬場氏との関係についても、足立氏は「相打ち」だと考えている。自分は選挙で負けたが、馬場氏も代表として成功せず失脚した。馬場氏ではダメだと言っていた通りになったので、自分の中では折り合っているという。

足立氏は会社員の人生にも同じ見方を当てはめる。70歳まで働くなら、20代から60代までが勝負になる。途中でベンチャーを成功させて巨万の富を築いても、破産して寂しい晩年を送る人がいる。逆に、若い頃に「お前はダメだ」と言われ続けた人が社長になることもある。聞き手は、目の前の会議で折り合いをつけることしか考えておらず、人生スパンの視点はなかったと振り返った。足立氏は、「どこまで跳ねたらやめる」という話ではなく、「跳ねてもいい」のだと語った。

究極的には失敗してもいい、それでも目指すもの

足立氏は、究極的には社会人として失敗してもよいと言う。死ぬときに後悔がないと思えれば、晩年が侘しくても構わないという。それでも社会人としての目標はあり、それは「新しい政党政治を作る」ことだ。足立氏の見方では、自民党が戦後作ってきた日本の経済社会は立ち行かなくなり、安全保障も社会保障も崩壊している。令和にふさわしく、50年、100年続く新しい政治を作るために維新を育てようとしたが、それはもうやらないと区切りをつけた。「捨てられたんだけど私も捨てた」と足立氏は語る。

今の国民民主党は、足立氏にとって「最後のチャレンジ」である。まだポテンシャルの段階だが、今の政党の中で最もポテンシャルが高いと足立氏は評価する。青山氏が、国民民主は玉木氏の個人政党のように見られることもあると問うと、足立氏は、実際はそうではないし、そうではない政党を作ろうとしていると答えた。

聞き手は、想定の「56倍濃い」と思っていた話が560倍濃かったと振り返り、具体的なお悩み相談は次回に持ち越された。次回予告では、上司の意に反する主張をするときの判断基準が話題になる。足立氏は、どちらが正しいかはその組織の未来にとってどうかで決まり、本当に会社の未来のためになることを言っているなら、まともな上司なら聞くはずだと述べた。本当に未来を見据えるリーダーは耳の痛い話を求めている、という問題提起で第1回は締めくくられた。