企画ではなく「人」で勝負する――田中渓とコムドット・やまとが語る、長期視点と発信の動機

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概要

ゴールドマン・サックスに17年勤めた後に発信者へ転じた田中渓さん(43歳)と、YouTubeグループ・コムドットで企画を担うやまとさん(27歳)の対談後編である。やまとさんは田中さんの著書を読んで自分が本で伝えたいことと重なる部分が多いと感じ、対談を申し込んだ。話題は、5人の関係を保つ方法、企画に頼らない戦略、短期的な快楽があふれる時代に若者へ何を伝えるか、そして田中さんが表に出て発信する理由に及んだ。

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軸足を一つ決め、もう一方の足はいろいろな場所へ

対談は、田中さんの著書にある「戦略的依存」という考え方から始まった。田中さんによれば、人は一つのコミュニティだけに属していると、そこで関係がこじれたときに行き場を失う。特に学校は大きなコミュニティなので、そこでつまずくと人生の大半をつらい思いで過ごすことになりかねない。だから二つ目、三つ目の居場所を持っておく。田中さんはこれを「自分の人生のハッシュタグをいっぱい持っておく」と表現する。そうすれば、仕事が嫌になって職場の人間関係が壊れても、他の場所には関係がないのだから構わない、と考えられるという。

やまとさんも同じ考えだと応じた。軸足は地元の友達で作ったチームに置き、もう一方の足はかなり自由に動かしている。外に出ることで、かえって軸足の大切さに気づかされる。だから軸足でないほうの足は積極的にいろいろな場所へ突っ込んでいけばよい、とやまとさんは話す。

20年一緒にいる5人が関係を保つ方法

田中さんは、自分は友達がいないわけではないが社交的ではなく、5人で常に一緒に活動していたら人間関係に疲れてしまうだろうと言い、どう関係を維持しているのかを尋ねた。

やまとさんの答えは「圧倒的なコミュニケーション量」である。5人は小中学校からずっと一緒にいて、相手が嫌がることも喜ぶことも分かっている。そのうえで、当たり前のことを当たり前にしないようにしようと話し合っている。「ありがとう」「ごめんね」は当たり前の言葉だが、20年も一緒にいると馴れ合いになりやすい。それをきちんと言葉にする。さらに、自分たちはただの友達ではなくチームなので、言いたくないことや気まずくなることも言わなければならない、という前提も共有しているという。

もう一つは、一緒に過ごす時間を大切にしていることだ。撮影で集まり、編集で集まる。仕事そのものが仲を深める機会になり続けている。やまとさんは、7年前には5人が別々に働いてほとんど会えなくなる可能性もあったと振り返る。今一緒にいて稼げているのは奇跡的でありがたいことだという感謝を忘れなければ、活動にのめり込むほど仲が深まっていく構図になっている、とやまとさんは説明した。

「企画自体はお粗末」――企画で勝負しないと決めた理由

田中さんは、グループに亀裂が入る典型的な場面として、ソロ活動が増えるときと、ネタが尽きて方向性の違いが出てくるときを挙げ、コムドットではどうなのかを尋ねた。

ソロ活動について、やまとさんは次のように説明する。メンバーはそれぞれ楽曲を出したり、やまとさんのように本を出したりしているが、全員の優先順位の一番上には「コムドットというチームに人を引っ張ってくる」という目的がある。その目的を達成できないものは、チームとしてはやらないと決めている。そうしないと、一人で稼ぎたいといった方向に意識がぶれるからだ。5人で統一した意識を持つために、そこはみんなで話し合って決めているという。

ネタ切れについては、やまとさんの答えはさらにはっきりしていた。企画はほぼすべてやまとさんが考えているが、「企画自体は本当にお粗末」で、コムドットがやっているから見てもらえている企画なのだという。田中さんも、サムネイルとタイトルで引き込まれても実際の内容はそうでもない、それでもこの人たちを見たいというファンがいる、と応じた。

やまとさんは活動の最初期から「企画で人を引っ張ってきたら、いつか絶対に終わる」と考え、企画で勝負しないことを7年間続けてきた。その結果、どんな企画でもある程度見てもらえるところまで来た。今は、自分たちが楽しめるものと、視聴者が見たいものを調整しながら企画を出している。企画づくりで苦労したことは一度もないという。企画は60点でよく、それを100点にするのはメンバーの役割だと考えているからだ。メンバーは企画内容を知らないまま撮影当日に来て、説明を聞いてうまく料理してくれる。そのため、企画で潰れることやネタ切れはおそらくない、とやまとさんは話す。

田中さんはこれを「究極のブランディング」と評した。世界のトップブランドは、この人たちが作るものなら無条件で買うと思わせる地位にある。二番手以降のブランドはトップを見続け、それより良いものを作らなければならず、コンテンツありきで戦わざるを得ない。やまとさんがこの方針を20歳前後で考えたことが、すべての勝因のように思えると田中さんは述べた。

後発だったからこそ長期で考えられた

田中さんは、20歳前後の若者にどう始めればいいかを聞くつもりだったが、今の話は先見の明としか言いようがないと漏らした。これに対し、やまとさんは、自分たちが後発組だったことが大きいと答えた。先輩たちが面白い企画で勝負していたので、企画で勝負しても勝てないと判断した。人で勝負すれば長期的に勝てると逆算できたのは、ある種の幸運だったという。

そのうえで、やまとさんが若い世代にいちばん伝えたいのは「長期的な目線を持って行動すること」であり、これが今の若者にとって最も難しいと考えている。世の中は縦型動画のように常にドーパミンが出るもので溢れ、努力しなくても得られる成果がとんでもなく増えた。かつては好きな人に連絡を取るにも会うにも時間と労力がかかったが、今はLINEを送ればいい。面白いものを見たいときも、アメリカの景色を見たいときも、スマートフォンの中で完結する。やまとさんはこれが人間の本来持っている能力を奪ったと感じており、強い問題意識を持っているという。

やまとさんによれば、田中さんの本にある投資的な考え方、つまり長期的に見て努力する姿勢は、ドーパミンが出るような動画にはなりにくい。だからこそ田中さんのような発信者がもっと見られるべきで、特に若者こそ見なければならない。短期的に成功している人ではなく本質的に成功している人を見て、その人が誰のために発信しているのかで情報を受け取るかどうかを判断すべきだという。そうしないと、間違った情報をもとに間違ったタイパやコスパを選び、間違った人生を歩んでしまう。やまとさんはそれがとても怖いと話した。

「ゴールドマンは初期値ではない」――魔法の杖はない

田中さんは、X上で自分について書かれた批判を紹介した。ゴールドマンで一定の地位まで上り詰めた人物が走っているから、その習慣が面白がられているだけで、無職の人が走っても何のコンテンツにもならない、という趣旨のものである。

田中さんはこれに異を唱える。ゴールドマンで出世したのは、最初に取りに行った「バッジ」がたまたまそれだったにすぎない。アスリートとして頂点を取り、そのあと会社員として上がっていく順番でもよかった。ハッシュタグを作る順番の問題でしかない。所詮は会社員だが、ゴールドマンで20年近く働けたのも、習慣や地道な積み重ねがあったからだという。生まれた瞬間にRPGの初期値として「ゴールドマン」を与えられたわけではない、ということを分かってほしいと田中さんは話した。

逆に、無職の人が毎日ものすごい距離を走り、田中さんのような生活をコンテンツにすれば、それはそれで「狂気の沙汰」として注目を集めるはずだと田中さんは見る。そのプロセスは面白いし、ファンは1000人程度かもしれないが、強い熱量で応援してもらえる。インスタントではないが、誰にでもできることだという。

ここで田中さんは「魔法の杖はない」と繰り返した。語学、ダイエット、投資で「明日すぐに何とかなる」というのは全部嘘だ、と。やまとさんも強く同意し、短期的な成功を求めさせるコンテンツ社会の中で、エンタメをやっている自分は、それを見てくれている若者にきちんと長期の目線を伝えたいと語った。

発信の動機は「手段」から変わった

やまとさんが直接聞きたかったのは、十分なキャリアとお金を持つ田中さんが、リスクを負ってまで表に出る動機だった。

田中さんは、始めたときと今とで動機はまったく違うと答えた。始めた当初、発信は単なる手段だった。ラジオという「すごくオールドメディア」でパーソナリティになりたかったが、会社員としていくら頑張ってもそこには距離がある。本を出したりメディアに出たりして顔と名前を売れば、ラジオに呼んでもらえるだろうと考えたのが最初の動機だという。

発信を続けるうちに気づいたのは、情報発信の世界があまりにも混沌としていることだった。日本でもSNS上がぐちゃぐちゃになっており、詐欺が横行し、暴力的なものも溢れている。一方で田中さんは、たまたま中立的に発信できる立場にいる。発信をやめたければ明日やめて、元の「陰キャ」として生きればいいだけだ。それでも43年生きて社会の厳しいところも見てきたので、見える世界はある。せっかく持っているなら発信し、半径5メートルか10メートルの誰かにきちんと伝わればよい。それを真似した人の周りにまた10メートルの半径が生まれ、良い連鎖が起きる、と田中さんは考えている。

この話は、投資家のテスタさんと対談したときに出た実名での寄付の話と同じだと田中さんは言う。実名で寄付をすると売名だと言う人もいるが、寄付されているのだから誰も困らない。発信についても、役に立ち、広めてもらえればいいと思うものしか出していない。思ってもいないのに「売れるから」という理由で発信するようになったら、すぐにやめたほうがいいと田中さんは話した。

学んできたことを社会に返す感覚があるのか、というやまとさんの問いにも、田中さんはそうだと答えた。自分は凡庸な人間で、ここまで来られたのは、人が惜しみなく教えてくれたからだという。お金を使ってくれた人もいれば、知識や経験を与えてくれた人もいて、人を紹介してくれた人もいた。すべてをもらってきたのに、それを返さず自分のためだけに使って死ぬのは「さすがに迷惑すぎる」。本当は1人か2人に返せばいいのかもしれないが、せっかく発信の道具があるなら、もう少し多くの人に届けばよいと考えている。

「誰が言うか」の価値と、業界から出てくる発信者

やまとさんは、これからの時代は「誰が何を言うか」の価値がさらに高まると考えており、自分というフィルターを通して何が言えるかを日々考えているという。27歳の目線で見ると、同年代で「やばいこと」を言っている人はたくさんいる。本質が分かっている人なら見抜けるが、若い人には分からない。それが悔しく、自分がこうしたメディアに出て話すことで、人生を助ける知識を得るきっかけが一つでも生まれればいいと話した。田中さんの発信は目的が他の人と違うところにあるので、受け手として信頼できる、とも述べた。

田中さんは、自分のやっていることが正しいかどうかは全然分からないとしたうえで、三浦さんという人物が2026年の予想として、一つの業界で長く働いた人があらゆるところから出てくるのではないかと語っていたことを紹介した。商社版や広告代理店版の自分のような人が各業界から現れ、業界の構造も含めて中のことをきちんと伝え、それぞれの哲学を持って啓発するようになったら面白い、と田中さんは話した。

ブックスマートとストリートスマート

やまとさんは、田中さんの本に出てくる「ブックスマート」と「ストリートスマート」を取り上げ、田中さん自身はどちらなのか、そして会社員出身の発信者が増えるのはブックスマートが活躍する時代になるという意味なのかを尋ねた。

田中さんは自分を「完全にストリート育ち」だと言う。中学受験に失敗し、その後は適当に遊び散らかしていた。大学受験もそれほど真剣にしておらず、大学に入ってからも、このままではまずいと思いながらブラックミュージックにはまり、深夜はクラブに入り浸っていた。そこで多くを学んだという。ちゃんと稼がなければだめだ、社会の構図を見て、当時の表現で言う「使われる側」ではなく「使う側」、つまりお金を持って人を使う側にならなければ思い通りにならない、と感じた。そのために必要なのがマーケティング、経営、会計、語学だった。クラブの怖いお兄さんたちにもヒエラルキーがあり、トップにいる人を調べると実はマーケティングのプロだったと知る。そこから本で大量に勉強した。目的が分かり、好奇心もあるので、それは「やりたい学習」であり、楽しくて仕方がなかったという。

これから出てくる発信者がどちらのタイプかについては、どちらもありうると田中さんは見る。例として挙げたのが経済評論家の後藤達也さんである。田中さんの見立てでは、後藤さんはブック寄りに見えるがストリートの要素もあるバランスの良い人で、日経の記者として田中さんと同じくらいの年数を重ね、企業内で実績と信頼を築いた。そのうえで、企業の枠組みではバイアスがあって発信できないことを、個人の名前で分かりやすく伝えている。

一方、田中さんがストリート派だと思っていたやまとさんは、自分はブックから入って、必要なものに気づいてストリートに出た感覚だと話した。親からは勉強するよう言われ、大学や高校の情報を見せられて育ち、高校時代から将来は商社に入りたいと考えるような「意識の高い大学生」だった。転機は中小企業診断士の勉強中に訪れた。勉強が大変すぎて、実際にやってみたほうが早いのではないかと思った。やまとさんはこれを「一種の逃げだった」と振り返る。ちょうど近くに地元の友達がいて、彼らとYouTubeを始めること自体が起業になった。当時はブックスマートやストリートスマートという言葉は知らなかったが、やりながら学ぶしかないということは自己啓発本などでさんざん読んでいた。実践だと思ってやってみて、足りない部分を本で埋めに行った、という順番だという。

田中さんは、実際にはブックとストリートの繰り返しだろうとしつつ、最初にブックがあったから長期視点で考えられたのだと指摘した。普通の人がいきなりストリートに出ると短期を追いたくなるが、本の知恵があったので最初からぶれずに長期でやれた。これには再現性がある、と田中さんは言う。自己啓発本は世の中にいくらでもあるが、大学生が明日からの行動に落とし込むつもりで読んでいることはほとんどない。「分かる」と「できる」は違うので、できる目線で読んで実行すれば、やまとさんのような挑戦の仕方になるはずだ、と田中さんは話した。

頭が良くなるほど動けなくなる問題

やまとさんは、大学にいると起業は遠いものに感じられるという問題を提起した。頭が良くなるほどリスクを計算できるようになってしまう。そこを越えるには、ある瞬間に「バチンとバカになる」か、異常に頭が良くなってリスクをすべて計算したうえでできると判断して踏み出すか、二つしかないのではないかとやまとさんは考えている。自分はバカになった側で、やりたい気持ちが先行し、それまでの勉強で得た頭の良さを全部切ってYouTubeを始められた。しかし中途半端に勉強していると、リスクを切り捨てられないのではないかと感じているという。

田中さんは、投資の世界で言われる「分析麻痺」を挙げた。分析すればするほどリスクが見えてきて動けなくなる。だから分析しすぎる前に体を動かせ、ということだ。スポーツでも、ボールの投げ方やバットの振り方、グローブのはめ方をいつまでも読んでいても野球はできるようにならない。早くフィールドに立つべきだという。

大学について田中さんは、学問の場として価値があると考えており、勉強した大学生だった自分にとっても意味があったと述べる。ただ、日本の大学のほとんどは勉強する場になっていないので、そういう状態ならさっさと辞めるか起業してもいいという。学歴偏重はまだ残っているが、大学を辞めても、卒業して思うような会社に入れなくても、今の時代にはセカンドチャンスがあり、いくらでも巻き返せる。よほどのことがなければ命を取られることもない。田中さん自身、理系で大学院まで進んだのに金融に行き、その間にスタートアップにも関わって行き詰まりを感じ、今は会社も辞めて「一人でフラフラ」している。それでもどうにでもなる。大学を出たから偉いわけでも、いい会社に入ったから幸せになるわけでもない。何とでもなるということを、ずっと言い続けるしかないと田中さんは語った。

田中さんがやまとさんに期待すること

最後にやまとさんは、人生の例がまったく違う田中さんから見て、自分に期待することや、関心を持ってほしい発信があれば聞きたいと尋ねた。やまとさんは今年28歳になり、これから30歳を迎える。

田中さんは、やまとさんたちはすでに客観的に見て一つの成功の形を極めたと評価したうえで、自分がいつも話している持論を示した。人生で幸せや豊かさを感じるのは、山を登り切った瞬間ではなく、7合目あたりで一生懸命登っているときだけだという。だから次の山を登ることが、どこまで行っても本人のためになるはずだと田中さんは考えている。

何をやるかは1人で考えても5人で考えてもよいとしたうえで、田中さんは一つの方向性を挙げた。YouTubeは大人から見ればエンターテインメントやおもちゃのような場だったが、2024年から2025年にかけて大人も見るプラットフォームに変わった。これだけの影響力があるのだから、若者の代表として、若者を良い方向へ導くようなコンテンツを今のフォーマット以外でもやってほしい。そうすれば迷える若者や保護者が導かれていく。石を投げてくる人もいるだろうが、やまとさんたちなら正しい道を進めるし、まっすぐ進む力もある。そういう活動をしてくれたら「おっさんの気持ちとしては」見ていて嬉しい、と田中さんは話した。

やまとさんは、次に何に時間を使うかをずっと考えていたと応じた。これまでの活動と、世の中から与えてもらった勉強や教育を掛け合わせて、30代では何らかの価値を世の中に提供したいと考えているという。

収録後:自己啓発本は「誰の口から聞くか」

収録後、やまとさんは改めて、田中さんの本を読んで自分が本で言いたいことを別の言い方で書いていると感じ、勝手に共感して対談を申し込んだと明かした。田中さんは、やまとさんの本を読んで「ずるい」と思ったと返した。ひと回り以上年齢が違う自分が20代のときにこう考えられていたら、この15年はだいぶ違う生き方をしていたはずだという。

やまとさんが、自分の本は自己啓発としては超入門的で他の本にも書いてあることだが、自分の名前やキャリアを通すことで若い人が受け取ってくれるだろうと思って出したと話すと、田中さんは自己啓発本についての持論を語った。自己啓発本には正直どれも同じことが書いてある。しかし全部同じということは、最大公約数として正しいことが書いてあるということだ。違いは、それを誰の口から聞きたいかだけで、イチローから聞きたいのか、宇多田ヒカルから聞きたいのか、芸能人なのかビジネスパーソンなのか、という差にすぎない。Amazonのレビューで「同じことが書いてある」と書く人は、自己啓発本を10冊ほど読んで何もしていない人だと田中さんは見る。読んで実行し成功した人は、レビュー欄には出てこない。それでも本は誰かのためになっているので、批判を気にせず書けばいいのだと田中さんは話した。やまとさんは、習慣については田中さんほどの説得力で語れる人はいないと述べ、田中さんは、それぞれ得意なところに強弱があるだけだと答えて対談を終えた。