AIに仕事を奪われない「4つの壁」――安野貴博が考える、この10年の生存戦略

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概要

「ギュられる」とは、シンギュラリティ(技術的特異点)の「ギュラ」と「奪われる」の「れる」を組み合わせた言葉で、AIが賢くなることで人間の仕事が奪われる事態を指す。エンジニアでSF作家の安野貴博は、ギュられないためにこの10年でどんな戦略がとれるかを考え、4つの方向性を示した。フィジカルで勝つ、法律の壁で勝つ、共感の壁で勝つ、そして「ケンタウロス」で勝つ、の4つである。

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安野は冒頭で、これは「2026年時点の私の仮説」として聞いてほしいと断っている。そもそもギュられることが本当に起きるのかも分からないという立場だ。別の動画で扱ったジェボンズのパラドックスのように、AIによってむしろ雇用が拡大するという見方もあるし、人手がかえって足りなくなるという統計もある。そのうえで、仮にギュられることが起きるとしたらどうすればよいかを考える。遠い未来は分からないため、対象はこの10年に絞っている。

戦略1:フィジカルで勝つ

1つ目は、AIが「脳みそ」なら人間は身体で勝とうという考え方だ。世の中には人間が筋肉を動かさなければならない仕事がたくさんある。

これに対しては、最近流行している「フィジカルAI」という言葉を思い浮かべる人もいるだろうと安野は言う。GPTやClaudeのような言語モデル、映像と言語を扱うビジョン・ランゲージモデルの延長線上に、動作まで行えるVLA(ビジョン・ランゲージ・アクション)モデルがある。これを使えば、これまで制御が非常に難しかったヒューマノイドロボットも動かせるようになり、人間の形をしたロボットが実用化するのではないか、という話である。

それでも安野は、この10年に限ればフィジカルで勝つ道はまだ残ると考える。最大の理由として挙げるのが価格の壁だ。ベルトコンベアで流れてくる荷物を裏返すロボット、服を畳むロボット、料理をするロボットの動画を見たことがある人は多いだろう。実際に今のAIモデルを使えば、こうした作業はできるようになってきている。しかし、ロボットが作れたからといって、すぐにギュられることにはつながらないと安野は言う。時給1500円や2000円で働く人より安ければ企業はロボットを買うが、高ければ導入する意味がないからだ。

安野は具体的な価格にも触れた。中国製のヒューマノイドロボットは比較的安く、Unitree社のG1は公式ストアで約200万円で買える。ただし、これは研究開発用途が中心だ。実用を期待するなら少なくとも1000万円クラスになる。その1000万円クラスでも、現時点の性能では、人間の従業員と比べてどれだけ長く動けるか、どれだけ故障しないか、メンテナンスにどれだけコストがかかるかを考えると、実用化までまだ時間がかかってもおかしくないと見ている。いつ来るかについては見立てがさまざまで分からないとしつつ、「そんなにすぐには来ない」というのが安野の見方だ。

2035年に日本で稼働するヒューマノイドは30万台程度という概算

この見方を裏付けるものとして、安野はゴールドマン・サックスのレポートを紹介した。2035年に世界で稼働するヒューマノイドロボットは約300万台と予想されている。

では、そのうち日本では何台になるのか。安野はざっくりとした推定を示した。日本は人口では世界のごく一部にすぎないが、すでにロボット大国である。IFRによると、世界で現在稼働している産業用ロボットは466.4万台で、そのうち日本には約45万台ある。日本のシェアはおよそ10%になる。この比率をヒューマノイドにも当てはめると、2035年の日本の稼働台数は約30万台になると安野は計算する。

日本の就業者は約6000万人いる。ロボット1台が人間1人分なのか3人分なのかは分からないが、全体から見れば10年後の影響は限定的だろう、というのが安野の結論だ。工場では人間が8時間ずつの三交代で働くが、ロボットなら1台で3シフトすべてを回せるので3人分になる、という議論もある。これに対して安野は、結局は性能次第だと指摘する。人間より手早く作業をこなせるかもしれないが、しょっちゅう故障で止まり、人間がメンテナンスしなければならないかもしれない。30万台で、多様なフィジカルな仕事がなくなることは普通に考えてないだろう、と安野は述べた。

AIが人間に仕事を頼む「RentAHuman」

フィジカル領域で最近面白かったサービスとして、安野は「RentAHuman」を挙げた。AIエージェントが人間に作業を依頼し、完了したらお金を払う。AIのために人間のフィジカルな仕事を仲介するマッチングサービスである。

安野はこれを「すごいコンセプト」と評した。AIには体がないので、物理的な作業はどんなに賢いAIでも人間に頼むしかない。こうした構造があるので、身体を使う仕事はこの10年あまりギュられないのではないか、というのが安野の見方だ。

ただし例外もある。安野が挙げたのは自動運転だ。自動運転が急速に普及すれば、ドライバーの仕事は一定程度奪われると考えている。同じくフィジカルが必要な仕事でも、差はあるということだ。

戦略2:法律の壁で勝つ

2つ目は法律の壁である。安野はこれも、この10年ではまだ揺らがないと見ている。ルール上、人間しか行ってはいけない仕事があるからだ。医師、弁護士、税理士、政治家などがそれにあたり、AIが代わりに行ってはいけないと法律やルールで決められている。

例として、医師法17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めている。診断や治療といった医療行為は、医師資格を持つ人しか行えない。さらに厚生労働省は2018年、医師とAIの関係について通知を出した。AIを使って診断や治療を支援するプログラムはかなり出てきているが、それを使った場合でも診断の主体はあくまで医師である。最終的な医学的判断の責任は人間の医師が負う、と整理されている。今のルールでは、AIが判断してはならず、医師が最終判断をしなければならない。

安野によれば、医師も弁護士も税理士も政治家も、基本的には最終的な意思決定をし、その責任を取る仕事である。これはフィジカルで勝つのとは違うロジックだと安野は強調する。仮にAIのほうが圧倒的に性能が高く、価格も安くなったとしても、ルール上は責任を取る人が必要なので、必ずこの人たちが必要になるからだ。

一方で安野は、この壁への議論にも触れた。守られる職業の側から見れば、法律の壁は安心できる防壁になる。しかし社会の側から見れば、人手のボトルネックにもなる。それが最適なのかという議論は当然ある。AIの性能が上がるにつれて、責任を取るモデルはどう変わるべきか。そうした議論はこれから各所で盛り上がるだろうとしつつ、安野は10年くらいはギュられないのではないかと述べた。

戦略3:共感の壁で勝つ

3つ目は、同じ人間だから、この人が言っているから価値が生まれる、というタイプの仕事である。分かりやすい例として、安野はアーティスト、タレント、コメンテーターを挙げた。歌を生成するだけならAIでもすごい歌声を作れる。しかし、そこにファンがつくかというと、そうではない。同じ人間が考え、作り、感情を込めて歌うから感動する、と安野は言う。

より極端な例がマインドスポーツだ。囲碁棋士や将棋棋士がそうで、例えば藤井聡太さんよりもAIのほうがすでに強い。藤井さん自身もAIを師匠として毎日研究している。それでも人間は、AI同士の対局よりも、羽生善治さんと藤井聡太さんの対局を見て感動する。強さでいえば全く違うのに、人間はそれを見たくなる。安野はこれを面白い話だと述べた。マラソンや短距離走も同じだ。ヒューマノイドロボットがどれだけ速く走っても何とも思わないが、ウサイン・ボルトが10秒を切ればすごいと感じる。

安野は、ビジネスの世界にも同じ構造がおそらくあると言う。この人が頭を下げて交渉してきたから応じてあげよう、この人が心を込めて謝罪したから受け入れよう、といった場面である。謝罪はネガティブな例だとしつつ、ポジティブな例もいろいろあると付け加えた。

保育士や介護士のように、人と人とのコミュニケーションや身体的なやり取りを伴う仕事もここに入る。この点は1つ目のフィジカルとも重なる。ヒューマノイドロボットでもできるかもしれないが、人間の保育士や介護士にやってほしいという気持ちは生まれうる、と安野は考える。会話も同じだ。話したいときにChatGPTと無限に話すことはすでにできるが、それとは別に、この友達と話したい、このコミュニティで話したい、という欲求がある。

安野は、4つの戦略のうちこの共感の壁が最も寿命が長いと見ている。同じ人間だからというタイプの価値は、AIやフィジカルAIがどれだけ発達しても、将来にわたってあまり変わらないのではないか、というのがその理由だ。

戦略4:ケンタウロスで勝つ――チェスの「10年間」

4つ目は「ケンタウロス状態」を生かす戦略である。ケンタウロス状態とは、人間単独やAI単独よりも、AIと人間が協力したほうが高いパフォーマンスを出せる時期のことを指す。

安野はチェスの例で説明した。チェスでは今やAIのほうが強い。安野によれば、1994年に当時の世界チャンピオンであるカスパロフがAIに負け、大きな衝撃を与えた。しかしその後、「ケンタウロス状態の10年間」が続いた。AIは人間より強くなったが、人間とAIがタッグを組むと、人間単独よりもAI単独よりも強かった。馬と人が一体になった神話上のキャラクター、ケンタウロスにちなんで、この状態はそう呼ばれる。

ただし、この状態はずっとは続かなかった。安野によれば、2004年以降は、人間が加わると判断を誤って悪さをすることが多くなり、AI単独のほうが人間とAIの組み合わせより強くなった。これがケンタウロス状態の終わりである。チェスでは1994年から2004年の10年間が、人間とAIのチームのほうが強い時期だったと安野は整理している。

チェスではこの状態は10年で終わった。しかし安野は、他の知的生産の分野ではまだケンタウロス状態が続く仕事があると考えている。例として挙げたのが経営者で、今の会社経営はケンタウロス状態にあると述べた。こうした仕事はたくさんある。ずっと続くわけではないものの、性能が大きく上がったAIを使い倒し、そのうえに人間の判断を組み合わせることで勝つ。これが1つの戦い方だと安野は言う。どの仕事でどれくらいケンタウロス状態が続くかは分からないとしつつ、「面白い戦法」だと評している。

ケンタウロス状態はどこから生まれるか――コンテキスト・アドバンテージ

では、ケンタウロス状態は何によって生まれるのか。安野はここで、AI分野の著名な研究者アンドリュー・ンが提唱する「コンテキスト・アドバンテージ」という概念を紹介した。

どれだけモデルが賢くても、文脈や背景情報を与えなければ、AIは人間より良い判断ができない。そして世の中には、AIが知らず人間だけが知っている情報が大量にある。そうした情報が多い職業ほど、人間はコンテキスト・アドバンテージを生かせるので、ケンタウロス状態の仕事になりやすい、と安野は考えている。

組み合わせるほどギュられにくい

最後に安野は、4つの戦略の組み合わせについて述べた。例えば友人同士のような人間関係がある場合、共感の壁があるからこそ、AIが知らない文脈を人間が知っている。それをもとにケンタウロス状態で仕事をすれば勝てる。これは3つ目と4つ目の組み合わせである。

安野は、医師は4つすべてを備えた職業だと言う。まずフィジカルな仕事であり、法律の壁もある。人間の医師がいいと感じる患者の気持ちもある。そして患者との人間関係から、AIに対するコンテキスト・アドバンテージが生まれるので、ケンタウロス状態にもなりやすい。

学校の先生も同様かもしれないと安野は続けた。フィジカルな関わりが必要で、制度上も人間である必要がある。同じ人間だからこそ、子どもたちが先生の言うことに興味を持つという共感の壁もある。さらに、子どもたちとの会話を通じて得た、AIは知らないが人間は知っているコンテキストがあるので、ケンタウロス状態の仕事でもある。

結び:あくまで一つの仮説として

安野は4つの戦略、すなわちフィジカルで勝つ、法律の壁で勝つ、共感の壁で勝つ、ケンタウロス状態で勝つを、あくまで「考えてみた仮説」として示した。そのうえで、AIがこれからどれだけ進歩し、それによって雇用がどう変わるのかは自分にも全く分からないと率直に述べている。的外れなことを言っている可能性もあるので、あくまで一つの参考として考えてほしい、というのが安野の締めくくりだった。