「無敵の人」はなぜ生まれるのか――要人警護の議論から社会の「排除」を問い直す

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概要

安倍元首相が銃撃された事件を受けて、話者は短い録画でこの問題を語った。報道では、警備を担った警察やSP(要人警護担当)の対応の是非が議論されるだろうと予想する。しかし話者が問題にするのは警備の技術論ではない。社会に向けて犯罪を起こす人がなぜ増えているのか、という点である。話者は、その背景に社会が弱者を「排除」する姿勢があるのではないかと述べる。

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相互信頼の上に成り立っていた日本の治安

話者はまず、事件の直前まで出演していた番組でも議論になった警備体制の話から始める。話者によれば、日本の警察の要人警護は刃物で刺してくる人をどう防ぐかを前提にしており、銃器や爆弾による攻撃は想定に入っていない。

話者はその理由を、日本社会の相互信頼に求める。自分で銃を作る人物が現れ、爆弾も市販品を組み合わせれば作れる。昭和の時代には手製の鉄パイプ爆弾による事件もあった。つまり銃や爆弾のようなものを作ることは以前から可能だった。それでも「そこまではしないよね」という暗黙の信頼関係によって、日本のセキュリティや治安は保たれてきたのではないか、と話者は考える。その前提が成り立ちにくくなった、というのが話者の現状認識である。

警察力の強化では解決しない

では警察力を強めればよいのか、怪しい人物を何かする前に撃ってしまえばよいのか。話者はそういう話ではないと否定する。それよりも、テロのような行為に及ぶ人がなぜ最近増えているのかを考えるべきだと主張する。

「無敵の人」と最近の事件

話者は15年ほど前に、死刑や逮捕を恐れずに犯罪を行う人を「無敵の人」と表現したと振り返る。そのうえで、ここ数年、年に1回か2年に1回ほどの頻度でこうした事件が起きていると指摘する。例として挙げたのは次の事件である。

  • 大阪の診療所内で火をつけた事件
  • 京都アニメーションに火をつけた事件
  • 神奈川の障害者施設で起きた事件
  • 小田急線や京王線での事件
  • 少し前の、秋葉原での事件

話者によれば、これらの事件は、金が欲しくて犯罪をする、特定の誰かが嫌いだから攻撃する、といった類型には当てはまらない。漠然とした「社会」に向けて行動を起こしている点が共通しており、話者は欧米でテロリストが起こすような事件が日本でも増えてきたと捉えている。

自殺者2万人という背景

こうした事件がなぜ起きるのかについて、話者は自殺者数を手がかりに説明する。日本では年間2万人ほどが自殺している。その中には、社会で生きていても辛いから死んだほうが楽だと考えて自ら命を絶つ人がいる。一方で、これだけ社会から疎外されているのだから一発やり返してもいい、どうせ死ぬのだから死刑になっても構わない、と考える人も少数ながらいる、と話者は見ている。

社会から人を排除すれば、排除された人は社会に牙をむく。話者は、このことがさすがに多くの人に理解される状況になってきたのではないかと述べる。

渋谷のバス停事件と「普通の人」の感覚

話者は、渋谷のバス停に座っていたホームレスの女性を引きこもりの男性が殴り殺した事件にも触れる。話者の理解では、この事件は、ホームレスがいないほうが社会にとって良いと考えた人物が実行に移したものである。

話者が注目するのは、犯人と一般の人々の感覚の近さだ。犯人は実際に手を出したから犯罪者になった。しかし、公園や駅前のホームレスが職員や警備員、警察官に追い出されるのを見ても、多くの人は当然だと思って止めたりはしないだろう、と話者は言う。目の前からホームレスのような弱者がいなくなればすっきりする、という感覚である。

排除が発するメッセージ

追い出された人は別の公園や駅に移り、そこでまた同じように排除される。話者は、この繰り返しが遠回しに「自分たちから見えないどこかで勝手に野垂れ死んでくれたほうがいい」というメッセージになっていると指摘する。社会がそうしたメッセージを出し続ければ、排除されたと感じる人が社会や社会の秩序を守ろうと思わないのは当然だ、というのが話者の見方である。

そのため話者は、人を排除するという考え方そのものを変えていったほうがよいのではないかと提案する。

簡単な解決策はない

話者自身、これをすれば簡単に解決するという話ではないと認めている。そのうえで最後に、多くの人が弱者やホームレスに対してうっすら抱いている「見ないほうがいい」「見なくてもいい」「いなくなったほうがいい」という感情が、実際の結果につながってしまうこともあるのではないか、と述べて話を締めくくった。