「モヤモヤしたまま働く」のが一番もったいない:元三井住友銀行・樋熊晃規さんが語る転職活動と市場価値の考え方

YouTubeで開く ↗
概要

大手金融企業で念願の人事部に配属された社会人4年目のあかねさんは、社内調整ばかりの仕事で市場価値が上がるのか、大手の待遇を捨ててでも人事のスペシャリストを目指すべきかで迷っている。新R25の企画「みんなの悩みインサイト」では、YouTubeチャンネル「ぼくひぐま。〜おとなの学びや〜」を運営する元三井住友銀行の樋熊晃規さんが、この相談に答えた。樋熊さんの立場ははっきりしている。転職活動の目的は転職そのものではなく、迷いを抱えたまま何もしない状態を抜けることにある。そして若手が仕事を頑張る理由は、将来の選択肢を増やすことだという。

13分で読めます

相談者あかねさんの2つの悩み

あかねさんは大手金融企業で丸3年間法人営業を担当したあと、以前から希望していた人事部に今年から配属された。配属されて間もないが、人事や組織の分野こそ突き詰めたい領域だと今は考えている。一方で、2つの不安も抱えている。

1つ目は市場価値への不安だ。先輩を見ると、職位が上がるほど組織を良くするための創造的な活動よりも、社内調整やトラブル対応といった社内でしか通用しないように見える業務が増えている。この会社に勤め続けて市場価値は上がるのか。それともこの会社での昇進を目指すべきなのか。あかねさんはそこで迷っている。

2つ目は、今の高い年収、ネームバリュー、手厚い福利厚生を捨ててベンチャーや他社に飛び込む勇気が、正直に言って今の自分にはないということだ。それでも人という分野を極めたい気持ちはあるので、人事のスペシャリストになれる企業に移る選択肢もありうるのではないか、とも考えている。

聞き手は、あかねさんの相談には年収や福利厚生、大手で働くことへの憧れといった「邪悪な夢」と、やりたいことに挑戦したいという「綺麗な夢」の両方が含まれている、と整理した。

樋熊さんの経歴と、独立直後という立場

樋熊さんは38歳で、東京生まれ、中央大学を卒業している。2010年に三井住友銀行に入行し、約5年勤めた。営業時代の話や先輩のエピソードをYouTubeで発信したところ、本人の予想以上に伸びたという。銀行を辞めたあとは人材系の仕事で転職支援や採用コンサルティングを手がけ、昨年ごろに一度会社員に戻った。しかし撮影日(4月16日)の2週間前にあたる4月3日付でその会社を退職し、独立することになった。樋熊さんは「38歳のおじさんですら人生迷っている」と自分の状況を説明している。

銀行時代に2度経験した転職活動

樋熊さん自身も、銀行にいた4年9カ月のうち3〜5年目はずっとキャリアに迷っていたという。最初の配属は豊橋の法人営業部で、その時期に名古屋の企業の転職面談を受けた。ただ、当時はオンライン面接がなく、大企業の面接は平日の日中にある。新幹線に乗って平日に面接へ行くほどの気持ちはなく、そのときは諦めた。4年目に東京へ異動し、1年ほど経ったころにもう一度転職活動をした。最終的には銀行を辞めて個人事業主に近い道へ進んでいる。

キャリア選択は「価値の優先順位」の問題

樋熊さんは、転職活動を含むキャリア選択を、価値の優先順位をどこに置くかの問題にすぎないと考えている。あかねさんの場合、企業規模、福利厚生、年収という基準がある一方で、やりたいことという基準もある。どちらかを選ばなければならない場面が来るかもしれないし、両立できるかもしれない。それは実際に動いてみないとわからない、というのが樋熊さんの前提だ。

転職活動のゴールは転職ではない

そのうえで樋熊さんは、転職活動をした結果として今の会社に残ることも選択肢の一つだと強調する。転職支援の面談で最初に伝えるのも、転職活動は転職することがゴールではない、ということだという。人材会社には、とにかく誰かをどこかに入れようとするスタンスの人が非常に多く、樋熊さんはそれが「すごい嫌い」だと話した。

例として挙げたのは、三井住友銀行の後輩の転職活動だ。その後輩は、今のままで市場価値を上げられるのか、もっと稼げるのではないかと考えて転職活動をした。内定が出た先も大手だったが、迷いに迷った末に銀行に残った。樋熊さんはこの結果を「全然良かった」と評価している。

樋熊さんによれば、一番もったいないのはモヤモヤしている状態だ。今のあかねさんは新しい環境でワクワクの方が大きいだろうが、働き始めると、もっとこういうことがしたい、年収が足りない、といったさまざまなモヤモヤが出てくる。問題はその状態で何もしないことだという。一度転職活動をして内定をいくつかもらうと、自分の実力もわかり、初めて選択肢という手札が増える。その手札を見ながら、年収、やりたいこと、転職後に得られる能力開発といった価値を天秤にかける。その結果として残ると決めたのなら、覚悟が決まって頑張れるはずだ、と樋熊さんは話す。本音の部分でやりたいことはあるけれど年収や安定が大事だと気づいたなら、それもいい選択だとしている。

働くうちに「やりたいこと」は具体的になる

樋熊さんは、あかねさんのこれからの流れをこう予想した。人事部での担当業務はまだ決まっていないが、組織まわりの仕事になるという。まずはやったことのない仕事に触れるので、そこで能力開発ができる。次の段階では、大企業の組織まわりは出来上がりすぎていて面白くないと感じるかもしれない。あるいは、コンサルタントのようにさまざまな事例を第三者として支援したいと思うかもしれない。働くうちに業務の解像度が上がり、自分がやりたいことが見えてくる、というのが樋熊さんの見立てだ。

例えば新規開拓営業の場合、「新規開拓」だけではまだ抽象的だ。働くうちに大企業相手のエンタープライズ営業をやりたいと思うようになれば、中小企業向けの商材を扱う今の部門では、やりたい能力開発ができないと気づく。そこで行動を起こすかどうかを考える。こうしたことが1〜2年働くとさまざまに出てくる、と樋熊さんは言う。

スタンプラリー理論:人事コンサルタントの事例

樋熊さんが「大好き」だというのが「スタンプラリー理論」だ。やったことのない経験を穴埋めしていくという考え方で、樋熊さん自身もそういうタイプだという。

例として、人事領域で独立し、かなり稼いでいるコンサルタントの知人の経歴を紹介した。この人は最初、大手企業で人事をしていた。大手の採用では、ある程度優秀な人が勝手に集まってくる。そのため仕事は見極めるための仕組みづくりにとどまり、自分が本当に何かを回している感覚が足りなかった。そこで次は、急成長中のベンチャーに移った。採用人数を増やし、ターゲット層も偏差値50前後からより高い学歴層へ広げようとしている会社で、新しい打ち手が必要とされていた。ここで成長フェーズの採用の仕組みづくりというスタンプを押せた。

面白いのはその次だと樋熊さんは言う。その会社の業績が大きく悪化し、今度は退職勧奨やリストラを繰り返すことになった。この人は、企業を縮小していく撤退戦の経験も積んだ。攻めと守りの両方である。

スタンプラリーの結果は、最終的に職務経歴書、つまり自分に何ができるかの一覧になる。大手、急成長ベンチャー、撤退戦のすべてを経験したことで業務の幅が広がり、さまざまな角度から仕事の依頼を受けられるようになった。その結果、市場価値として年収が大きく上がった、というのがこの事例だ。

樋熊さんはあかねさんに当てはめて、1年ほど大手の組織まわりを経験すれば、次にどんな経験をしたいかがより分解され、言葉にできるようになるだろうと話した。そのとき転職活動をすれば、それができそうな会社から内定をもらえるかもしれない。やりたいことはできるが年収が下がる、福利厚生が見劣りする、といった比較もそこで初めてできる。そのうえで残るか移るかを自分で決めきればいい、という考えだ。

後悔は20〜30年後にやってくる

こうした選択の後悔は、20〜30年後や死ぬ間際になってから来る、と樋熊さんは言う。樋熊さんが銀行を辞めるとき、上司から「俺も銀行やめときゃよかったよ」「でも時代が時代だからな」と言われたことを今もよく覚えているそうだ。その上司は銀行員として大いに活躍していたが、外も見てみたかったという。樋熊さんの見方では、上司にモヤモヤが残るのは、転職活動をしていろいろな会社から話をもらったうえで銀行に残る、という決断をしていないからではないかという。

自信のなさにどう向き合うか:仕事を頑張る理由は選択肢

あかねさんは営業時代に転職サイトを見ていたとき、受けたいと思った会社がすべて大手だったと打ち明けた。ベンチャーならさまざまなことができ、関われるフェーズも違うと頭ではわかっていても、大手志向を捨てられない。その根本には自分への自信のなさがあるという。そのうえで、さまざまな挑戦をしてきた樋熊さんがどんなスタンスで臨んでいるのかを尋ねた。

樋熊さんの答えは「仕事頑張っとけ」という話になる、というものだった。樋熊さんは銀行時代に表彰を2回受けている。職務経歴書に表彰2回と書ける経験は強い。そのため、銀行を辞めて起業に近いことをしたときも、2年ほどやってダメだったら戻れるだろうと考えていた。今はアルムナイ採用のように元社員が戻れる制度を持つ会社も多い。仮に三井住友銀行に戻れなくても、メガバンクで実績を上げていたのならどこかが採ってくれるだろうと考え、リスクを感じていなかったという。

新R25の視聴者は25歳前後の若手が中心だろうとしたうえで、樋熊さんは、若手が仕事を頑張る理由は選択肢が増えることだと述べた。社外に出る選択肢もそうだし、社内で価値を高めておけば、辞めたあとでも戻っておいでと言ってもらえる。そういう人になっておけば、究極的にはリスクはないという考えだ。

市場価値だけでなく「社内価値」も高めておく

樋熊さんは、スタンプラリーと同じように、結果を残し、外で経験を積んでスタンプの数を増やしておけばいいと言う。2〜3年後に「やっぱり大手だった」と思って戻るのもいいし、別の経験を積んでから戻るのもありだという。逆に、本気で仕事をしていなかった人は戻るのが難しいかもしれない。だから仕事を頑張る理由は、市場価値を上げることに加えて、社内価値を高めて戻れる状態をつくることでもある。

人の価値観は、結婚や子どもの誕生、家族に関わる出来事などのライフイベントで変わる。そのときに前の会社の方が働きやすいと思って戻る道があるのはいいことだ、と樋熊さんは話した。

ただし、樋熊さん自身は銀行を辞めたとき、戻るつもりで辞めたわけではない。起業には大きなリスクがあったが、当時は出戻りの仕組みがほとんどなかったので、銀行に戻ることはないと考えていた。今の自分については、発信が「尖りすぎて」しまったので、コンプライアンスの観点から三井住友銀行への復帰は無理だろうと冗談交じりに語っている。それでも、転職活動では「行きたい」「この仕事がしたい」という動機のほかに、最終的なセーフティネットとして「私は貢献できるので採った方がいいですよ」と言える領域をいくつか持っていれば、リスクはないという考えを示した。

前職を辞めた理由

聞き手から今後の分野を聞かれた樋熊さんは、まず直前の退職の背景を説明した。前職の会社の主力は組織系のSaaS事業で、会社もそこに注力する方針だった。樋熊さんが担当していたのは採用支援の領域だった。昨年末ごろから会社は大手顧客も獲得し始め、勢いをつける時期に入っていた。上場を目指すならスピードが大事なので、投資の優先順位ははっきり決まる。樋熊さんの部門は投資の優先度では後回しになり、人を増やしたい、もっと投資してほしいという思いが実現しにくくなった。会社からは残ってほしいと言われたが、やりたいこととずれが出るのであれば、と退職を選んだという。

もう一つの理由は、樋熊さんが「YouTube伸びすぎ問題」と呼ぶものだ。以前は元人事を名乗る就活系アカウントを運営していたが、前々職を辞める際にそれを無償ですべて手放している。その後、マーケティングの手段として何か持っておくべきだと考え、中長尺の語りもやりたかったので、前職に入る少し前にYouTubeを始めた。1年頑張れば登録者3万人ほどになるかと思っていたが、25万人まで伸びた。上場を目指す会社にとって、影響力が大きくなった自分自身がリスクになりうる。自分が何か問題を起こしたときに責任を取りきれない。そう考えたことも、残るより出る方を選んだ理由だという。

次にやりたいこと:難しい話をくだらなく話す

やりたいことは変わっていくもので、今の樋熊さんは教育寄りのことをやりたいと考えている。自分の得意なことは、難しいことをくだらなく、面白く話して興味を持ってもらうことだという。例として挙げたのが、いわき信用組合の約240ページの調査報告書を扱った動画だ。普通なら誰も興味を持たない題材だが、150万回再生されたという。

社会人の多くは、決算書や財務の読み方、FPに近い知識など、金融の知識を学びたいと思っている。しかし、そうした学びはどれもつまらない。だから金融やキャリアの話を面白く、選択肢が広がるように届けたい。難しいことを噛み砕いてわかりやすく発信する力をさらに言語化し、教育に近いことをやりたいという。一方で、7〜8年前に転職を支援した人から今でも年賀状が届くこともあり、転職や人材の仕事も好きなので続けるつもりだと話した。

一番しんどいのは選択肢がない状態

38歳の自分がまだこうして迷っているのだから、20代半ばの若者には選択肢も未来も、能力開発の余地もまだまだある、と樋熊さんは言う。そのうえで、あえてネガティブな話として、すべての転職希望者に伝えていることを紹介した。人が一番しんどいと感じるのは、選択肢がない状態だという。

例えば、辞めたくても辞められない、給与が非常に低い、結婚を考えているが今の収入では難しい、転職したいのにできない、といった状況だ。手札がない状態は精神的に最もつらく、そういう人は応援したいと樋熊さんは言う。ただ、突き詰めると、社会人1〜3年目、つまり20代のうちにしっかり仕事をしておくかどうかで、その後の選択肢は大きく変わる。年齢とともに選択肢は減っていくが、仕事を頑張っていれば選択肢を増やすチャンスも多い。だから頑張ってほしいと、さまざまな人に伝えているそうだ。

「今は守りを学ぶ時期」:社内調整は当たり前のスキル

あかねさんが不安に感じていた社内調整については、樋熊さんは銀行に入ったばかりのころのエピソードで答えた。非常に怖い部長に同期と2人で呼ばれ、「営業をしたいと思っているだろうが、まだできていないだろう。それでいい、今は守りを学ぶ時期なんだ」という趣旨のことを言われたという。

守りや人間関係、立ち回りがおろそかな人が、目を輝かせて新しい提案をしても、その場で潰されてしまう。社内調整や他部署との連携は、どちらかといえば当たり前のスキルになっていく。しかし、その当たり前のスキルがない人は、攻めのスキルも実はあまり花開かない、というのが樋熊さんの考えだ。話す力や営業力は後から意識的に伸ばせるスキルだとしたうえで、樋熊さんは「おじさんの好きなカラオケを歌えることが大事」という議論を持ち出し、これに近いと話した。

樋熊さんが大事だと言うのは、相手に合わせようとする努力だ。相手の知らない単語を連呼する人がたまにいるが、それは最悪だという。相手を楽しませよう、相手にきちんと合わせようという考えを頭の片隅に持っているかどうか。それが一番大きい、という指摘で話は締めくくられた。