石丸伸二さんに聞く「顔色をうかがう癖」との付き合い方:コミュニケーションは性格ではなくスキルだという立場

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概要

新R25の編集部員で、元NHK記者の十石泰誠さんが、前安芸高田市長の石丸伸二さんに個人的な悩みを相談した。相談は「人の顔色をうかがってしまい、相手に踏み込めない。その結果、人間関係が深まらない」というものだ。市長時代に議会やメディアと強く対立した印象のある石丸さんなら厳しく突き放すのではないか、と思わせる組み合わせだが、返ってきた答えは違った。石丸さん自身も相手の気持ちを読むことを強く意識してきたと言い、コミュニケーションは性格ではなく訓練で伸ばせるスキルだという立場から、具体的な考え方を順に語っている。

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相談の背景:「君は記者に向いていないんじゃないか」

収録前の編集部の雑談で、十石さんは悩みの出発点を説明している。前職のNHK記者時代には、取材相手が嫌がることも聞かなければならない場面が多かった。十石さんはそうした踏み込んだ発言がとても苦手で、取材のたびに「心がえぐられる」ような思いをしていたという。

記者3年目のころ、何度も取材して親しくしてもらっていた議員から「君は記者に向いてないんじゃないか」と言われた。厚かましく聞いてくる人のほうが記者としての取材力があり、君にはその厚かましさが足りない、いい人すぎる、という指摘だった。十石さんはこれにとても腑に落ちたという。そして、こうした踏み込む力は記者に限らず、人間関係を深めるうえでも一定程度必要なのではないかと考えるようになった。

同席した編集部員は、ピリピリした上司に話しかけるタイミングをうかがうような経験は自分にもあるが、行けるかどうかは相手によると話した。十石さんの場合は相手を選ばない。親や親戚、恋人に対しても、相手の意に沿わないことを言えないという。本人はこれを「気を使える」とは違うものだと説明している。相手の機嫌を損ねることを恐れて、無難なことしか言えなくなっている状態だという。将来マネジメントを担えばフィードバックもできず「いいねしか言えない」ことになり、致命的ではないかと十石さんは懸念していた。一方で、何でも言ってくる人も嫌われる。言うべきところで適切に言う、そのバランスが難しいという点で編集部員たちの意見は一致していた。

石丸さんの経歴と、安芸高田に戻った理由

本編の冒頭で、十石さんは初任地のNHK広島放送局にいたころ、市長時代の石丸さんの会見を一度だけ取材したことがあると明かした。当時は1年目で1対1のインタビューなどできる立場ではなく、それが転職先で実現した形になる。

石丸さんの経歴も紹介された。京都大学経済学部を卒業し、三菱UFJ銀行に入行した。銀行では全員が最初に営業を経験するため、石丸さんも兵庫県姫路で個人・法人の仕事をひと通りこなした。その後東京でアナリスト、エコノミストとして働き、ニューヨーク駐在も経験している。最も長かったのは東京での勤務だった。京都の大学を出て実家が広島だと、その中間の姫路に配属される。石丸さんはこれを冗談めかして「地方出身の人間は使われちゃう」と話した。十石さんも、大阪出身で関西に近い希望を出したのに鳥取に異動になった経験を語り、笑いを誘っている。

安芸高田市に戻ったきっかけについて、石丸さんは「NHKですよ」と答えた。東京で働いていたとき、たまたま夕方か夜のニュースで安芸高田市長選の話題を耳にした。前市長がいわゆる河井事件で辞職し、その後の選挙には副市長しか手を挙げておらず、無投票になりそうだという内容だった。石丸さんはこれを「まずい」と感じて帰郷したという。多くの人が無投票だと思っていたところに、選挙をやるために若者が戻ってきたので、地元ではかなり驚かれたそうだ。

銀行時代、誰よりも顔色をうかがっていた

十石さんはまず、上下関係の強い銀行で自分の意見をどう通してきたのかを尋ねた。石丸さんは、銀行が相当な縦社会で組織の論理が強いことを認め、その中での生き方は人によって千差万別だったと話す。そのうえで、自身は「めちゃくちゃ顔色はうかがって」いたし、もっと言えば相手の気持ちを読むことをかなり意識していたと答えた。

対象は上司に限らなかった。上司、先輩、後輩、同期、取引先に加え、ときどきメールでやり取りする程度の他部署の人まで、自分に関わるおよそすべてのステークホルダーを意識していたという。石丸さんは十石さんの悩みを聞いて、自分にも今も昔もそういう面があったと思い出したと言い、40代、50代になっても同じ悩みを持ち続ける人は多いのではないかと感じたと述べた。

読解力は反復で鍛えられる:国語の問題とのたとえ

気持ちを読む力はどう磨くのか。石丸さんが最初に挙げたのは「反復」であり、その意味するところは「慣れ」、ありていに言えば経験だった。社会人4年目の十石さんは経験の総量がまだ限られているが、それは時間とともに増えていく。この点は安心していいと石丸さんは言う。ただし、無意識に過ごして密度の低い時間を積み重ねても「スカスカふわふわ」になるだけで、一日一日を密度高く過ごすことで強固な土台ができるという。

具体的なトレーニングはやり取りそのものだ。自分の思っていることをうまく伝え、同時に相手の言っていることをなるべく正しく理解する。その繰り返しである。石丸さんはこれを大学受験の勉強の延長として捉えている。文字で考えるのが国語、数字で考えるのが数学、という程度の違いだと言う。国語の読解問題で、傍線部の筆者の気持ちを選ぶ設問の答えはひとつに定まる。それでも全員が正解するわけではなく、人間は読み間違える。同じことは日常の会話でも頻繁に起きており、国語で100点を取れる人と60点しか取れない人の間には読解力の差がある、というのが石丸さんの見方だ。

十石さんは、受験と違って社会でのコミュニケーションは点数が見えにくいと指摘した。石丸さんは点数どころか正解も書いていないと認めつつ、だからこそやり取りに意味があると答えている。相手の言葉を受けて「こういうことですか」と返し、相手が「いや、そういう意味です」と修正を入れれば、自分の理解が満点ではなく80点程度だったと気づける。これを繰り返せば10回のうち正解する回数が増えていき、社会人になっても読解力は高められる、というのが石丸さんの考えだ。吸収の速さに個人差はあっても、やるかやらないかの差は絶対的だとして、機会を恐れずに手にしてほしいと述べた。

囲み取材で質問できなかった後悔と「まずはスライムから」

ここで十石さんは、石丸さんの囲み取材に行ったとき、実は何も質問できなかったと打ち明けた。準備していた質問には突っ込みどころがありそうで、相手が何を答えればいいのかが不明確だった。ニュースとしての価値も、石丸さんに答えてもらう意味も自分でよくわからず、これは聞けないと判断してやめたという。石丸さんがきちんと答えてくれた可能性も、質問がおかしいと指摘してくれた可能性もあったのに、そのチャレンジの機会を自ら捨ててしまった、と十石さんは振り返る。当時は中国新聞とのやり取りも見ていたので、県内で一番のボスくらいに感じていたという。

石丸さんは「非常に胸の痛くなる話」と受け止め、当時の自分に囲み取材で質問するのは勇気がいっただろう、罵られる覚悟で行くしかなかっただろうと笑った。そのうえで、十石さんはその後の3年で確実に成長しており、今ならできるはずだと話す。慣れは寝ていても身につかず、外に出てトライするしかない。ただし、いきなり強い相手に挑んで返り討ちにあうと心が疲弊する。ドラゴンクエストでいきなりラスボスを攻めるのではなく、まず近くの村でスライムを倒すような鍛え方がいい。「いきなり石丸市長のところに取材に行くのはおすすめしない」とも付け加えた。

また石丸さんは、質問できなかったとしても現場に行ったこと自体がひとつの経験だと指摘した。周りの記者がどんな質問をどのようにしていたかを見られたのだから、次はああやってみようと学べる。だから無駄ではなかった、という評価である。

ぶれない姿勢の正体は「優先順位」

十石さんは次に、議会から批判を受けながらも自分を持って発言していた石丸さんの姿勢がどう培われたのかを尋ねた。石丸さんの答えは「めちゃくちゃ簡単」、イージーではなくシンプルという意味で単純だというものだった。つまり、優先順位をきちんとつけることだ。

人は昼食に何を食べるか、おやつを食べるかどうかも含め、常に意思決定を迫られている。そのたびに優先順位が必要になるので、それを明確に持つことが大事だと石丸さんは言う。市長時代については、何のために自分がいて仕事をしているのかを深く考えた結果、最初に優先すべきは「政治の再建」だったと説明した。安芸高田の政治は、お金を扱う汚職事件が起き、市民の間に政治への不信感が広がっていた。多くの市民はそんなものかと諦めていた。石丸さんはそれが安芸高田や広島に限らず全国的な状態だと考え、そうではないことをやらなければならないと思った。そのために何をするか、逆に何を我慢するかを決めただけだという。

石丸さんはこれを極端な例で説明した。世界タイトル戦に挑むボクサーは、減量の最終段階で、焼肉やビールが大好きでも試合の前日には口にしないだろう。そこまで突き詰めた人はもはや欲しくもならず、仮にひと口食べても美味しく感じるより「なんてことをしてしまったんだ」という罪悪感のほうが勝る。人の精神はそういう方向に向けられるし、肉体もそれに伴っていく、というのが石丸さんの考えだ。

罪悪感と「職業人」という意識

罪悪感という言葉について、石丸さんは幸福か不幸かを動かす要素だと説明した。罪悪感はないほうが幸せなので、自分はそれを減らしたいだけだという。ただし、人に好かれる、嫌われないといったことも幸せの要素なので、結局はそれぞれの重みの量り方の問題になる。

さらに石丸さんは、仕事には「やりたい」と同時に「やらなければならない」という使命感があると話す。やらなければならないことをやらずにいると、とても苦しくなる。企画書の締め切りが迫っているのに手をつけていない状態を例に、怒られること以上にその状態自体が嫌ではないかと問いかけた。それを重ねるうちにできるようになっていくのが社会人の成長ではないか、という見方だ。

石丸さんはよく「職業人」という言葉を使うという。市長時代にメディアに厳しく接したのも、仕事なのだから手を抜くな、いい加減な報道をするなという期待の表れだったと説明している。自分も銀行員として命をかけて働いてきたつもりなので、相手にもそうあってほしかったのだという。その姿勢に忠実に従えば仕事の質は自然に上がり、所属組織からは役に立つと評価され、業界のライバルからも一目置かれる。それが大事な価値になる、と石丸さんは述べた。

関係が深まらないのは「心理的安全性」の問題か

十石さんは記者時代にスクープがまったく取れず、企画で頑張ろうとしていたと話した。スクープを取れる記者とそうでない自分の差は、相手の心に踏み込む力にあるのではないかと考えてきたという。さらに別の悩みとして、友人はいても親友と呼べる関係ができず、浅いところで関係が終わってしまうことも挙げた。

石丸さんはここから見えてきたものとして、「心理的安全性の確保」がお互いにできていないのではないかと指摘した。友人でも取材相手でも、ここまで言っていいのかどうかを双方が測りかねている状態だという。その手がかりとして石丸さんが挙げたのが、最近親しくしている箕輪厚介さんの例である。石丸さんによれば、箕輪さんは天才的に人と仲良くなるのがうまく、しかもかなり深いところまで入り込む。石丸さんが会って話したのは10回もないかもしれないが、それでも深く理解し合えていると感じるという。

石丸さんはその理由を自己開示の力だと見ている。箕輪さんは「いきなり全裸で登場する」くらいあけっぴろげに来る。恥ずかしい気持ちもあるのだろうが、それより大事なものがあるから優先しているのではないか、と石丸さんは推測する。そこまで全部見せられると、こちらも自分の話をしたくなる。これを1対1でも1対複数でも起こせることが、箕輪さんの職業人としてのすごさの根にある、というのが石丸さんの評価だ。

自己開示とは「情報の共有」である

いきなりすべてをさらけ出すのは抵抗があるだろうから、要所要所で自分の話をしてみるといい、と石丸さんは提案する。例としてこの対談そのものを挙げた。十石さんが広島や鳥取の話をしたので、石丸さんも「僕も姫路でね」と言いたくなった。お互いの経験を共有すると心が通じている感じがしてくる。その繰り返しではないかという。

石丸さんはこれを自分なりの言葉で「情報の共有」と言い換えた。人間は言葉でしか意思疎通できない。話すか、LINEやメールなどのテキストでやり取りするしかなく、気持ちをどれだけ持っていても表現しなければ伝わらない。だからここを丁寧に一生懸命やることだ、という。

十石さんは、職場でどこまで自己開示していいのか、飲み会のような場が必要なのかを尋ねた。石丸さんは、飲みニケーションという言葉は今も生きているとしつつ、自分が銀行に入った2006年から20年ほどで時代はずいぶん変わったと話す。今は飲み会に行かなくても職場の普段の会話で情報共有をするべきだという風潮になっており、お酒を飲まなくても足りると感じているという。昔の銀行では社宅や社員寮で上司と部下が家族ぐるみで付き合い、週末は一緒にゴルフに行くのが当たり前だった。それに比べると、今は深いつながりにはなりにくくなっているかもしれない。だから時代に合わせて適当な程度を探るしかない、というのが石丸さんの見立てだ。

関係は深くなくてもいい

ここで石丸さんは「気になったポイント」として、そもそも深く付き合わなくてもいいのではないかと問いかけた。適切な距離感は時と場合による、という考えだ。

石丸さんはこの対談を例に挙げた。十石さんが事前の説明文も含めて真摯に向き合ってくれていると感じたので、自分も一生懸命考えて答えようと思って来た。仕事の場ではあるが、これはいいコミュニケーションになっていると思う。この後に飲みに行くことにはならないかもしれないが、それで何か悪いのか、という問いかけである。家族にも父母、兄弟、親戚とさまざまな関係があり、全員と同じ程度につながっているわけではない。少しだけつながっている関係もたくさんあり、それに意味がないわけではない。そういう関係ばかりだと物足りなくなって、中にはしっかりした親子関係や強い友情がほしくなるにしても、すべてがそうはならない、と石丸さんは述べた。

十石さんは、初めて取材した相手や例の議員とも1対1で飲みに行けるほど親しくなれなかったと話した。議員と1対1で飲みに行く記者を見て、自分のキャラクターに合わないやり方なら自分には向いていないのかと思ってしまう。適切な付き合い方が本当にわからない、と率直に語った。

性格や好き嫌いは関係ない:自転車のたとえと議員への指摘

これに対し石丸さんは、「奥が深い」と前置きしたうえで、コミュニケーションに性格や好き嫌いは関係ないというのが自分の解釈だと答えた。コミュニケーションはスキルでありテクニックだからだという。

石丸さんは自転車を例に出した。十石さんは自転車が「嫌いではない」程度だというが、それでも普通に乗れる。ロードバイクに乗るほど好きでなくても、乗る技術はある。コミュニケーションもそれくらいのものだという。そこに自分の好き嫌いを持ち込むと、先ほど話した職業人としてのレベルが上がらない。職業人として成長することを優先するなら、焼肉を食べたいという気持ちのような個人の好き嫌いは一旦置いておく、というのが石丸さんの考えだ。

市長時代の議会対応についても、石丸さんはこの観点から説明した。議員の良くないところは厳しく指摘してきたが、ずっとそうしてきたわけではない。おかしい、間違っていると思いながらも「まあいいか」と飲み込むこともまあまああったという。不正を見逃していたわけではなく、いちいち指摘しなくていいと判断した場面があったということだ。ここは絶対に光を当てなければならないというときにはそちらに向かう。それは意識による選別だと石丸さんは言う。十石さんが、それは相手が嫌いだからではないのかと確認すると、石丸さんは「本当にそうです」と答えた。嫌いだから厳しくしているのだとしたら危ない。それなら好きな人には手を抜くことになり、不誠実な人間に見えて信じてもらえなくなる。政治家、とくに首長としては不適切なので、自分の軸は絶対に動かしてはいけないと思っていた、と述べている。

人によって態度を変えるのは「是」、変えてはいけないのは軸

続けて石丸さんは、「人によって態度を変える」ことの是非を自ら持ち出し、自分は是だと考えると明言した。人との関係はすべて違う。初めて会った十石さんと、43年世話になった母親に同じように接することはできない。母親にビジネスのように接したら母親は驚くだろう。石丸さんは、極論だがと断りつつ、そう話した。

変えてはいけないのは自分の軸だという。たとえば石丸さんは自分の人生を大事にしており、今は仕事に一生懸命向き合っている。だから実家に帰れないことがあっても、両親は生き方を通しているのを見ているので理解してくれると思う。しかし、ふらふらして仕事も何をしているかわからず、金の無心のときだけ帰ってくるような息子なら、息子であっても許せないだろう。態度は人によるし、同じ人でも場面で変わる。たとえば広島で十石さんとばったり再会したら、新R25の話だけでなく、広島でどこに飲みに行っていたかといった別の話をして、別の関係ができるはずだと石丸さんは言う。

石丸さんは家族であっても別人格だと強く意識しているという。両親には非常に感謝しており、愛してくれていると感じている。それでも甘えて何をしても許されるわけではなく、間違ったことをすれば息子として見放されることもなくはない、と考えるくらい引いて見ている。そのほうがちょうどいい関係を築けるし、自分はそのほうが幸せになれるという。親しい友人に対しても、金を貸すとか奢るという意味ではなく、集まったときに友人としてこうありたいという理想像を意識している、と話した。

「石丸伸二」というキャラ設定

十石さんが、そういう人のほうが信頼されるし、政治家なら癒着するような人には任せられないと応じた。すると石丸さんは「語弊を恐れず言うと」と前置きして「キャラ設定」という言葉を出した。「石丸伸二」というキャラには、距離や角度によっていろいろな見え方がある。それぞれの立場の人が期待するものに、可能な限り応えたいという思いがあるという。

十石さんは、市長時代の石丸さんと今話している石丸さんがまったく違う人に見えると伝えた。石丸さんは、市の職員のように近くで、なんなら後ろからずっと見ていた人なら、今のやり取りを見ても全然変わっていないと思うはずだと答えた。メディアや外の人にはそうした部分が見えにくいのはしょうがない、という受け止めである。そのうえで、場当たり的に振る舞うと毎回様子が変わり、ふにゃふにゃしたものは角度を変えて見ると捉えきれなくなると指摘した。キャラ設定がかっちりしていれば、見る角度はいろいろでも像はひとつに定まる。それが大事なのだという。

陰キャ・陽キャという自己規定

十石さんは、陽キャ・陰キャという言葉は自分にキャラ付けをしてしまう良くない言葉だと思うと切り出した。十石さん自身は陰キャだと自認しているが、MBTI診断では「エンターテイナー」と出る。友人からは、エンターテイナーになりたいからそう出るのではないかと言われたという。陰キャと自認している自分は、相手を乗せる明るいコミュニケーションができないのではないか、という悩みもあった。

石丸さんはこの指摘に「全く同意」し、そうした自己規定に流されるのは良くない、レッテル貼りにつながると話した。「あの人はこういう人だ」なんてわけがない、というのが本心だという。逆に自分は陰キャに感じられるかと十石さんに尋ねた。十石さんは、本人は陰キャだと思っていそうだが周りからはとても陽キャに見える、と率直に答えている。石丸さんはそれを認め、自認は陰キャだがMBTIでは外向型の「指揮官」と出ると明かした。正直に回答したつもりでも、どこか自分が願っている姿が投影されている気がするという。十石さんは、それを自己実現しているから周りに陽キャと思われるのではないか、自分の目指す姿は石丸さんなのかもしれない、と話した。

石丸さんは、大学時代は本当に内向きな過ごし方をしていたと振り返る。それが今こうなっていることから、人は成長する、もっと言えば変わりうる存在だと実感しているという。さらに、たとえ自分がそれほど変わっていなくても、時と場所、TPOによって見え方はずいぶん変わる。人という存在も、その評価も「いい加減」で「適当」なものだから、陰キャだ陽キャだと自分を決めつけると損をする、というのが石丸さんの主張だった。

「人見知り」と言うのは言い訳の宣言になる

その具体例として石丸さんが挙げたのが、「私、人見知りなんです」と自分で言うことだ。石丸さんはこれを本当に良くないと考えている。話はさらに謙遜全般に広がった。謙遜は日本では美徳とされるが、時と場合と程度による。選挙に出ているのに「銀行員でまあまあやってまして」とは絶対に言わず、そこでは堂々とアピールする。一方で、飲み会の初対面の場で同じように経歴を滔々と語るのは単にうざいだけだ、と石丸さんは言う。

石丸さんによれば、「人見知りなんです」と言うのはエクスキューズ、つまり言い訳であり、「私はこれ以上頑張りません」という宣言になる。そうなると「気を使ってくださいね」という、悪い意味での厚かましさになってしまう。殻をかぶって守りに入ることは自分を大事にしているように見えるが、一方で周りを傷つけている。「自分はこうなんだ」と言うことは、「あなたに合わせる気はありません」というメッセージになる、というのが石丸さんの見方だ。十石さんは、SNSで叩かれやすい時代なので殻にこもりたくなる気持ちはわかると言い、「飲み会が苦手です」と言ってしまうのはZ世代にありがちではないかと話した。先輩に誘われて「飲み会苦手なんです」と答えたら、もう誘ってもらえなくなるだろうという。

断るときは「伝え方」を変える

石丸さんはここで補足した。飲み会が苦手だという気持ち自体はまったく正しい。とくにアルコールには体質の問題もあるので、伝えたほうがいい。問題は伝え方だという。「自分はお酒が弱くて」と言いつつ誘ってもらえたことは嬉しいと伝えるのが相手への礼儀であり、「お酒飲めないんですけど、いいですか」という言い方のほうがいいと話した。

「飲み会苦手で」と言うと、相手には「お前の誘いが嫌だ」という感情として伝わってしまう。自分の事情を伝えることはもっとしていいが、伝え方と伝わり方にもっと意識を注ぐべきだと石丸さんは言う。うまく伝われば、相手も「ごめん、お酒苦手だったんだな。じゃあカレーでも食いに行く?」と返せるかもしれない。「カレーなら行きたいです、奢ってください」となれば、とてもいいコミュニケーションになる。「ビールは飲めないですけど水でよかったら」と言えば、「じゃあノンアルで付き合うよ」という展開もありうる。拒絶の言い方をすると心の壁ができるが、ちょっとしたスキルで性格や好き嫌いは超えられる、と石丸さんは述べた。謙遜もひとつのテクニックであり、謙遜しまくれば勝ちというわけではない。やりすぎると、単に自信がない人、周りを大切にできない人に見えてしまうという。

ちなみに石丸さん自身は、お酒は好きだが大人数の飲み会は好きではないと明かした。1対1で飲みに行くほうがずっと好きで、みんなで騒ぐのもたまにならいいが、毎回だと気を使う量が多くて疲れる。若いうちの上司との飲み会もコミュニケーションのトレーニングにはなる。ただ、そこで疲弊するくらいなら、自分に必要なトレーニングに時間を割いたほうがいいという考えだった。

石丸さん自身も通ってきた道

最後に十石さんは、今回の悩みは性格の問題というよりスキル不足であり、逆に言えばいくらでも向上させられるものだと感じたと述べた。石丸さんは、自分が何か役に立つことを言えたとしたら、それは自分も同じ経験をしてきたからだと応じた。今でこそ偉そうに話しているが、20代、30代のころは自分も同じだったという。嫌な飲み会に呼ばれて、無下に「自分いいっす」と断り、先輩に「お前ちょっと待て」と怒られたこともある。あれはさすがになかった、と石丸さんは振り返った。

十石さんは、空気を読む力や自分の軸・信念の持ち方など、これまで考えていなかった価値観を学べたと話し、今度は石丸さんと飲みに行けたらと述べて対談を締めくくった。顔色をうかがう力は、石丸さんにとって捨てるべき弱点ではなかった。反復で精度を上げていく読解力であり、優先順位と軸さえ定まっていれば、相手ごとに態度を変えることも、関係を深めないことも選んでいい。これが石丸さんの答えだった。