1万人超の芸人を見てきたNSC講師・本多正識が語る「引き出し」の増やし方と「好きにしいや」の意味

YouTubeで開く ↗
概要

漫才作家の本多正識さんは、1990年から吉本総合芸能学院(NSC)の講師を務め、今年で35年目になる。担当した生徒は公式には1万人超とされるが、本人は「2万近いと思う」と話す。教え子にはナインティナインをはじめ、キングコング、ウーマンラッシュアワー、かまいたちなどがいる。M-1グランプリやキングオブコントの審査員を務め、『1秒で答えをつくる力』『吉本芸人に学ぶ生き残る力』などの著書もある。

14分で読めます

新R25の番組『バブルから学ぶZッ!』は、Z世代の若手編集部員・藤野拓郎さんが、時代が変わっても通用する「活躍する人の条件」を先輩世代に聞く企画である。今回はNSC東京校の教室の一角で収録された。本多さんは冒頭で「経験したことしか喋れない」と断ったうえで、昔と今の芸人の違い、売れ続ける芸人の共通点、そして自身の原点について語った。

昔はテレビがすべて、今は「あっちこっちに針がある」

最初の問いは、バブル期を含む昔の芸能界と今の違いだった。本多さんがまず挙げたのは、露出できる媒体の数である。30〜40年前の芸人にとって、目標はまずテレビ、次にラジオだった。劇場ももちろんあったが、メインはテレビに出ることだった。

今は1年目の芸人でも自分でYouTubeに動画を撮ってアップできる。本多さんは、それは30〜40年前には考えもしなかったことで、「とんでもない変化」だと言う。いつどこでバズるか分からないので、1年目か10年目かは関係ない。下積みを経ずに世に出る若手は、今後さらに増えるだろうと本多さんは見ている。例として、令和ロマンも以前からYouTubeに動画を上げていたと記憶していると話した。

一方で、急に売れた人ほど継続が難しい。次々に新しい人が出てくるし、観客は新しいもの好きなので、ブラッシュアップを続けなければ淘汰される。本多さんはそれを「宿命」と呼び、良い面と悪い面の両方があるとした。引っかかる場所が増えたことについては「あっちこっちに針があるから、どの針にかかるかわからない」と表現する。講師陣が「これが面白いのか」と首をかしげていたものが、大きく当たることもあるという。

指導の基本は「好きにしいや」

こうした時代に指導は難しくなったのかと聞かれ、本多さんは、NHK『プロフェッショナル』に出演した際のキーワードにもなった「好きにしいや」が今も基本だと答えた。講師を含めて誰に何を言われようと、まず自分の好きなことをやって、本当の客のリアクションを得ないと本人は納得できない。納得しなければその先に進めない、というのが本多さんの考えである。

この言葉を初めて使ったのは、野性爆弾が在籍していた13期のころ、つまり32年ほど前だという。本多さんは1期生から教えてきたが、正直なところ野性爆弾のネタをどう講評すればいいのか分からなかった。そこでくっきー(本名・川島)に「俺ようわからんけど」と率直に聞いた。本多さんは、分からないのに分かったふりをすると生徒に見抜かれるので、知らないことは知らないと言い、教えてほしいことは教えてもらう方針をとっている。聞いてみると、くっきーにはくっきーなりの理屈があった。そこで「ほんなら好きにしいや」と言ったのが始まりだった。

本多さんは、この言葉が講師にとって便利な言葉でもあることを認めている。責任を相手に預けることになり、「俺の責任ちゃうで」とも取れるからだ。ただ、やるのは本人で、どんな反応が返ってくるかも本人次第である。その覚悟をしたうえで好きなことをやらないと、「あれやっといたらよかった」と必ず後悔する。本多さんはそういう声をよく聞くので、「好きにしいや」を余計に強調しているという。客の反応が全然なければ、そこで考えればいい。自分でやりきってから変えると決めないと、すっきり前に進めない。人に言われて変えると、どこかで「俺が思てんのとは違う」という思いが残る、と本多さんは話す。

講師と生徒の違いは「引き出しの数」だけ

それでも講師として助言はする。プロの目から見てこちらの方がいいのではないかと思えば、「騙されたと思って試してみて」と提案する。ただしそれは、今のやり方を捨てて乗り換えろという意味ではない。別の引き出しとして持っておけばいい、という位置づけである。

本多さんはいつも生徒に、自分とみんなの違いは何もなく、違うのは引き出しの数だけだと伝えている。この業界に40年以上いて、NSCの生徒のネタを合わせると生のネタを30万本以上見てきた。その人間と今年NSCに入った人の引き出しの数が同じはずがない。だからこの芸風ならこの引き出しが合うかもしれないと提案する。そのうえで個性を尊重することが絶対だと本多さんは言う。何が当たるかは本当に分からないからだ。

ばかばかしいことほど一生懸命に

本多さんは、最初は何が面白いのか全く分からなかった生徒の話もした。それでも本人は楽しそうで、何より一生懸命だった。本多さんは、ばかばかしいことはばかばかしいほど一生懸命やらないと、ただのくだらないことになってしまうと言う。どれだけ真剣味があるかで見え方が変わり、ライブで見ると面白く見えてしまう。楽しそうで躍動感がある。だから生徒には「ほんまやりきり」と言うのだという。

「早くやめさせる」方針を変えた村本の例

一方で、本多さんには指導方針を大きく変えた経験がある。講師になって最初の10年ほどは、全員がプロになれるわけではないのだから、向いていないことに1日も早く気づかせたいと考えていた。言ってみれば「はよやめ」と伝え、本当に自分に合った別の道を探させることを主にしていた。

これを変えたのが、ウーマンラッシュアワーの村本大輔さんだった。村本さんは9年間で9人の相方と組み、ずっと地下にいた。本多さんは「セミでも7年や、9年も潜っとったら死ぬで」と言っていたが、村本さんは10年目に全国区で売れた。それまで本多さんは「3年は頑張り。5年やって目途が立たないなら他のことを考えた方がいいかもしれない」と話していたが、10年目で売れた人が現に目の前に現れた。そこから言うことを変え、今は「自分でもうこれ以上は無理と踏ん切りがつくまで頑張り」と伝えている。収録当日もNSC東京校のその年最後の授業で、この経緯から説明したという。やめることを講師から促すことはもうしない。

売れ続ける芸人の共通点は継続力と引き出し

本題として、昔も今も売れる芸人に共通する点を聞かれると、本多さんは、努力の仕方は人それぞれだが、努力を続ける継続力がある人しか残っていないと答えた。かまいたちのネタ作りに付き合った経験を振り返り、どれだけ稽古したかと思うと話す。

もう一つの共通点として挙げたのが、新しいものを取り入れ続けることで、その代表が山里亮太さんだという。本多さんの著書や発信で繰り返し出てくる「引き出し」の話である。引き出しの中身は普段の会話では出てこず、思い出しもしない。しかし、関係する話題になった途端に出てくる。引き出しに入っていればの話だ。

山里のマンツーマン質問とメモの習慣

本多さんによれば、山里さんはNSC22期生で、千葉出身。大阪の大学に通っていたが大阪弁は話せなかった。本多さんは「お笑い偏差値で言うと多分マイナス」だったと振り返る。サラブレッドではなく、面白いことを言うわけでもなかった。

ただ、授業で「質問あるか」と聞くと、必ず山里さんが手を挙げた。「他に」と聞いてもまた山里さんで、そのうち周りは手を挙げなくなり、最後は山里さんとのマンツーマンになった。山里さんは授業前に質問を10個、15個と箇条書きにしてきて、時間内に消化していった。今日はどこまで聞けたから次はそこから、と決めていたという。本多さんとのやり取りを周りの生徒も聞いていた。

何年か前、ABCお笑いグランプリで久しぶりに会った際に「今でもやってるか」と聞くと、山里さんは続けていると答えた。面白い話を聞くとトイレに立ってスマホに吹き込むかメモしているという。本多さんは、これを20年以上続けて独自の引き出しを増やしてきたから、月曜から土曜まで番組に出て、さらに『スッキリ』の「天の声」として何を振られても返せたのだと話す。引き出しがなければあれはできない、と。

聞き手が、質問リストをたくさん作れること自体が一つの才能ではないかと問うと、本多さんは同意した。例えば山里さんがこの番組に出るなら、まず「バブル」を調べるだろうと本多さんは言う。いつからいつまでか、何が起きたか、当時の総理は誰か。知らない言葉は全部調べる。好奇心の強さは大事な要素で、売れている人は好奇心の強い人ばかりだし、その方が伸びて引き出しも増えていく、と本多さんは話す。

療養中に漫才台本を手書きで書き起こした

本多さん自身の引き出しの原点は、長い療養生活にある。高校の夏休み、17歳で心臓の病気で倒れ、1年3カ月入院した。その後23歳ごろまでの療養は、本人の言葉では「療養という名の引きこもり」だった。

21歳のとき、ラジオで漫才台本の募集があった。今考えるとなぜ送ったのか分からないと言うが、送ってみると11本続けて採用された。「ひょっとしたら漫才の才能あるのかもしれない」と勝手に思い、21歳で漫才作家になると決めた。決断というほど大層なものではなく、体が弱く先も分からないが、仕事は漫才作家にしようと思ったという。

そこから、当時はまだビデオがなかったため、カセットテープに録音した漫才をすべて手書きで台本に書き起こした。本多さんは、聞くだけでは分からず、文字で見ないと分からないことがたくさんあると話す。なぜこの並びなのか、なぜこの言葉が必要なのか。「僕はですよ」と断りつつ、書かないと覚えられないと言う。テレビで見られる漫才師の台本のパターンをすべて覚え、医師から外に出ても大丈夫と言われたころには、吉本でテレビに出ている漫才師のほとんどについて、そのコンビがやりそうな台本を書けるようになっていた。

本多さんは、テレビに出ているネタは「加工品」だと表現する。加工品を自分の手作業で作り直してみると、自分のものになる。原稿にすると並べて眺められ、冒頭からどう展開するかを読んでいける時間が大事だという。さらに、よくウケたところに◎、ウケたところに○、面白いのにウケていないところに△、ウケていないところに×といった印をつけていった。すると、ワードは面白いのにウケていない理由が見えてくる。フリが間違っている。この振り方では受けない。ではどう変えたら受けるのか。それを療養中に考えていた。

聞き手が、入院中からすでに審査のようなことをしていたと驚くと、本多さんはその時代が財産だったと認め、病気になっていなければこの仕事は「絶対してない」と話した。お笑いは才能だけと思われがちだが、山里さんも入学当初はそこまでの才能を見せていなかった。才能がどこに隠れているかは分からないので、とにかく努力すること、引き出しを増やすことだと本多さんは言う。

一番簡単な方法は「4番が見たいなら3番と5番も見る」

では引き出しを増やすには何をすればいいのか。本多さんが「一番簡単」と言うのが、ニュースの見方である。Yahoo!ニュースで4番目の記事が見たいなら、3番と5番も必ず見る。1回で3つ読むことになる。興味があるのは4番だけでも、興味のない3番や5番を読めば知識が増える。興味のあることだけ見ていると、深くはなるが狭くなり、広がらない。

「これ何のことやねん」とクリックしてみると、「へえ、そんなことやったんか」という発見が結構ある。その記事の下に関連ニュースが並んでいるので、それも読んでみる。さらに調べてみようとなれば、興味のなかったことを掘り下げていることになる。本多さんによれば、興味のない情報を無理やり取りに行けと言ってもしんどいので、興味のあることの周辺でいい。3番なら2と4、4番なら3と5という言い方は分かりやすさのためで、人によって違ってかまわないという。

語彙を増やすためのもう一つの方法として、本多さんは今も実践している練習を紹介した。スマホの予測変換を使い、「あ」から始まる言葉を自分で順番に打っていく。50個あれば50個打ち、次は「い」から始まる言葉を50個打つ。変換すると、その続きに思いもしなかった言葉が出てくる。知らない言葉なら意味を調べる。聞き手は「寄り道力」と表現し、本多さんは寄り道を恐れてはいけないと応じた。無駄に見えることも引き出しになる。一つのことだけ追いかけていたら余計な引き出しはできない、というのが本多さんの考えである。

若い世代へ:人と自分は違うと知ること

最後に、今の若い人に伝えたいことを聞かれ、本多さんは「人と自分は違うということをまず分かっておくこと」を挙げた。そうすれば腹が立たない。「なんでせえへんの」「なんでできへんの」と思うのは、相手を自分と同じだと考えているからで、違う人なのだから自分にできて相手にできないことがあっても何とも思わない、と本多さんは言う。

本多さんはいじめをテーマに学校で講演することがあり、その際もこの話をする。「おじさんも君たちも世界に1人しかおれへんねんで」と言うと、子どもたちから「おー」と歓声が上がる。考えたことがなかったからだ。そこで本多さんはカードゲームの話をする。レアカードを知っているかと聞くとみんな知っている。大事なレアカードは引き出しや箱に大切にしまうし、捨てたりしない。「みんな1人1人がレアカード」と言うと、また「おー」と声が上がる。1枚しかないレアカードを踏んだり破ったりしたらあかん、叩いたり蹴ったりしたらあかんやんか、と続けると、小学1年生でも納得するという。本多さんによれば、1年生が40分間1人も席を立たなかったのは初めてだと言われ、校長先生も驚いていた。

誰もが自分の人生の主人公であり、他の人も主人公である

聞き手が、この話は冒頭の「好きなことをやる」「個性を生かす」とつながると指摘すると、本多さんは「繋がってるからこそ人生」と応じた。サインを頼まれると、本多さんは必ず「あなたの人生の主人公はあなた自身です。どんな時も感謝を忘れず一生懸命に頑張りましょう」と長い言葉を書く。

この考えは、吉本新喜劇の台本を書き始めたころに気づいたことだという。舞台には座長のような誰もが知る主人公がいる。一方で、最初の1〜2分だけ出てきて騒いで引っ込み、最後まで出てこない役者もいる。しかし、その人たちも自分の出番の時間は主役なのだと本多さんは気づいた。助演賞という言葉があるように、脇役がいるから主役が引き立つ。いろいろな人がいてこそ成り立つ。

自分が主役だという認識も大事だが、他の人もそれぞれ主役だと捉えれば感謝につながり、乱暴なこともできなくなる、と本多さんは言う。暴力的なことをする人たちを見ると、自分が主役という意識だけになっていると感じるという。

そのため、本多さんは映画を見たら本編の後のエンドロールまで必ず見るように勧めている。2時間半の映画なら関わった人は200人では済まないだろうし、エンドロールは5分ほど続くこともある。テレビ番組も、終わったらすぐチャンネルを変えるのではなく、最後のスタッフロールで誰が関わったかを見る。そうすれば、自分1人では何もできていないことがよく分かる、と本多さんは話した。

収録後に語られたエバースの台本の魅力

収録を終えた後の雑談で、話題は漫才コンビ・エバースに移った。芸人のネタには、ありそうな日常にありえないシチュエーションを絡めるものが多く、エバースは特にそうだと聞き手が言うと、本多さんは、あれほどありえない設定でも観客が離れないのは、ツッコミの町田さんが「必然のツッコミ」を必ず入れているからだと説明した。観客が絶対に疑問に思うことを言葉にして入れている。言葉が足りなければ観客は置いていかれるが、エバースは置いていかない。だからどんなテーマでも聞いていられる、と本多さんは言う。

本多さんは、エバースは若い漫才師にとって大いに参考になると話し、台本作家としてはエバースの台本を書きたいと思うほどだと語った。実際に台本を書き起こしてみると、「ここで絶対これを言わなあかん」という箇所がその通りに入っているという。療養中にカセットから書き起こし、ウケた所とウケなかった所に印をつけてきた本多さんの台本の読み方が、ここでも使われていた。話が佐々木さんの評価に移りかけたところで、映像は終わる。