「キラキラ生きる義務などない」――髭男爵・山田ルイ53世が語る、自分を諦めてあげる技術

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概要

新R25の動画企画で、編集部の十石泰誠さんが、お笑いコンビ・髭男爵の山田ルイ53世さんに自分自身の悩みを相談した。悩みは「隣の芝生が青く見えすぎてしまう『憧れ癖』がある自分が嫌だ」というものだ。これに対して山田さんは、自己肯定感を高めることよりも「自己否定をきちんとすること」、つまり自分を適度に諦めてあげることを勧める。話題は芸人としての経歴から嫉妬、飲み会、夢の強要、成功談への違和感にまで広がった。

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「自己啓発書」と書かれた本への不本意

きっかけは山田さんの著書『僕たちにはキラキラ生きる義務などない』(大和書房)である。帯には「元引きこもり、社交ゼロと嫉妬にまみれた一発屋芸人初の自己啓発書」とある。しかし山田さん自身は「自己啓発が大嫌い」だという。後ろからクラクションを鳴らされるような、煽られる感じがするからだ。担当編集とは昔からの付き合いだが、「そういうニュアンスは出さんといてほしい」と伝えていたにもかかわらず、最終的に「自己啓発書」と書かれてしまい、軽く揉めたと明かす。裏表紙の「生きやすくなる34のヒント」という文言も、勝手につけられたものだという。

それでも山田さんは、啓発そのものが悪いとは考えていない。問題にしているのは、これまで世に出た啓発書の多くが「煽り運転」のようなものだったことだ。だから、負けをごくりと飲み込んだ一発屋の視点からの啓発があってもいいのではないか、と話す。

聞き手の十石さんは2000年生まれの25歳で、山田さんは50歳である。十石さんはビジネスメディアで働く立場上、「雲の上にいる人たちの成功体験」を書いた本を多く読んできた。一方でこの本には強く共感し、最初の50ページで「うるっと来た」と話す。特に35ページあたりにある「人生すでに失敗した」という章が良かったという。山田さん本人はその章を「嫌じゃないですか?」と気にしていたが、十石さんはありのままに書かれている点を評価した。

相談内容――憧れ癖と、諦め方がわからないこと

十石さんの悩みは次のようなものだ。SNSを開くと、友人の充実した週末や旅行、仕事で評価されている人の姿が常に目に入る。自分もああなりたい、もっと評価されたいという上昇志向がある。一方で、自分には特筆すべき才能も実績もないと感じている。山田さんは「NHKで記者をやって、今ここで仕事をしているのだから、そんなことはない」と返したが、十石さんの自己認識は変わらない。

十石さんはこのギャップに焦りを感じている。高望みを捨てて楽になりたいという本音がある一方で、まだ25歳なのにここで降りてしまっていいのかというプライドもある。身の程を知ることが敗北のように感じられ、適切な諦め方がわからない。それが一番のモヤモヤだという。「お前はお前やぞ」と自分に言い聞かせる瞬間が、寝る前に毎回あるほどだと十石さんは語った。

十石さんは、大谷翔平選手の「憧れるのはやめましょう」という言葉にも触れた。野球を見ない山田さんがその意味を尋ねると、十石さんは自分なりの推察として、憧れると相手を超えられなくなるので、負けるかもしれないが勝つこともできる現実の相手として見よう、という意味ではないかと説明した。その言葉は胸に刺さったものの、実際には憧れをやめられていない。そこで「負けを認める強さ」と「凡人としての誇り」を持って、自分らしく等身大の人生を送るにはどうすればいいか。これが相談の全体像である。

「自分らしさ」もハードルになる

山田さんがまず指摘したのは、相談文そのものにある「トラップ」だった。それは「自分らしく生きていきたい」という部分である。「何者かでなければならない」という条件を少し緩めた先に「自分らしさ」が出てくるが、そこにもオリジナリティや、誰とも被らない唯一の個性といったハードルが残っている。山田さんは「そんなにらしくないとダメかね」と問いかける。

山田さんは「ナンバーワンにならなくてもいい、特別なオンリーワン」と歌う歌を「大好き」だと断ったうえで、特別なオンリーワンになるのも結構しんどい、かなりレベルの高い要求をされている、と話す。世の中には「こうあるべき」というマッチョな考え方が氾濫しすぎている、というのが山田さんの見立てだ。

髭男爵は「諦め」の積み重ねで生まれた

自己肯定感という言葉についても、山田さんは独自の見方を示した。「いい塩梅の自己否定をきちんとできる方が、逆説的ですけど自己肯定感が上がる」。山田さんが普段から言う「自分を諦めてあげるタイミング」のことである。その例として挙げたのが、髭男爵というキャラクターの成り立ちだ。

山田さんによると、芸人になって最初の数年は、スーツを着てセンターマイク1本で喋りだけで勝負する世界に憧れていた。当時は私服で、山田さんはOZONE ROCKS、相方の樋口さんはヒステリックグラマーを着ていた。山田さんはおかっぱ頭に短パンで、若い子に人気が出るような路線を続けていたという。しかし勝負を重ねるうちに、自分と樋口さんの「戦闘力」では、そこそこのコンビにもなれないことがわかってきた。そこで、シルクハットをかぶり、ワイングラスで乾杯することをツッコミにする貴族の漫才に切り替えた。

切り替えの葛藤は大きかったと山田さんは振り返る。自分がどんどん変なものになっていく。本当はスーツとマイク1本で勝負したいのに、シルクハットをかぶっている。一度その格好をしたら戻れない。ところが、その格好で初めてライブに出たとき、ドカーンと受けて「笑いのシャワー」を浴びた。そこでようやく報われて、「これで良かったんや」と開き直れた。

山田さんは、最初からそうなりたかったわけではないと強調する。自分の能力、環境、ライバルの能力を鑑みて少しずつ諦めていった結果、貴族になってしまった、もしくはなれた、ということだという。ただし、自分を台無しにするような諦め方や否定は論外である。仕事をしていて「これは向いていない」「これは他の人の方が得意だ」とわかる部分を、どんどん諦めていけばいい。

無限の可能性より、テンポよく潰していく

諦めた先はどうするのか。山田さんの答えは「残った選択肢でやる」というものだった。大人は子どもに「君たちには無限の可能性がある、何にでもなれる」と言いがちだ。しかし、表に出る仕事の人間は言うべきではないと前置きしつつ、山田さんは「何にもなれない人だっている」と言う。それに、選択肢が無限にあると、普通の人はどれを選べばいいかわからず、ただ立ち尽くすしかなくなる。

そこで山田さんが勧めるのは、テンポよく試して潰していくやり方だ。これをやってみてダメだった、次もダメだった、向いていなかった、と進めて、残った2つか3つの中からまだまあまあできる方をやっていく。それが凡人の場合のやり方だという。大谷選手のような人は、最初の1つ目か2つ目で野球に行き着いているのだろうと山田さんは推測する。周りから見ても明らかに得意とわかる才能だからだ。しかし自分を含めた大多数の凡人は、テンポよく可能性を潰す作業をしないと、いつまで経っても何も決まらない。

「ドリームハラスメント」への抗議

本の中の「ドリームハラスメント」という言葉も話題になった。山田さんはこの言葉について、自分で「歌舞伎町の雑居ビルに入っている詐欺会社みたいな雰囲気が漂う」と冗談めかしたうえで、夢を持てという圧力は「本当に反省してほしい」と話す。世の中は安易に夢や目標、抱負を聞きすぎているというのである。

山田さんはその感覚を職務質問にたとえた。街を歩いていたら警察官に止められて「君、夢は持ってるか」と聞かれる。「すいません、今日家に置いてきました」と答えるような状況だ。つまり夢が、身分証明書のように生活に必須のものとして扱われている。誰か1人か2人くらい夢を持っていなくてもいいと言わないと、夢を持っていない自分はダメな人間なのかと思う人が出てきてしまう、と山田さんは危惧する。

山田さんは、夢や明確な目標を持つ人を素晴らしい、羨ましいと思うこともあると認める。そのうえで、自分にはそういうものがないと言う。趣味も社交も夢もない。だから楽しくない。しかし、別に楽しくなくてもいいと思っている。「シャキシャキのおしゃれな野菜みたいな生き方じゃなくても、しんなりおひたしみたいな薄味のやつで生きていく人がいてもいい」。これが山田さんの考えだ。

十石さん自身も、出世したいといった明確な夢や目標はあまりないと打ち明けた。「目標は明確に」と言われるのでなんとなく作るものの、5年後、10年後のキャリアビジョンから逆算するのは無理だと感じている。山田さんも、逆算できる人はすごい、かっこいいと思うが、自分は違うので責め立てないでほしいと話す。自分は「いつも行き当たりばったり」だという。

養成所で知った「思っていたのと違う」

山田さんが芸人になった経緯も、この「行き当たりばったり」を裏づけている。山田さんは不登校から引きこもりになり、これではまずいと四国の大学に潜り込んだ。しかしそこでも早々に4年では卒業できない状況に陥った。そんなとき、なんとなく誘われてお笑いを始めた。その相方は辞めることになったが、山田さんはもう芸人になるつもりで学校にもあまり行っておらず、出席日数も足りなかった。そこで1人で上京したという。

山田さんは、他のことが全部ダメだった人が集まってくるのが養成所だと思っていた(途中で辞めているとも補足している)。行き詰まった人の吹き溜まりだと思ってドアを開けたら、みんな目をキラキラ、あるいはギラギラさせていた。高校時代の友人と一緒に入学したと言って、生き生きしている。「騙された」「思っていたのと違う」と感じたという。当時の同世代には、ウンナンさんやとんねるずさん、ダウンタウンさんのようになる、冠番組を持つ、と目指す人も少なくなかった。他にやることがないからやっているという感覚の山田さんには、今も「向いていない」という意識が強くあるという。

一発屋になって飲み込んだ「熱い負け」

十石さんは、隣の芝生が青く見えるのは人間の性で、若いうちは仕方ないのではないかと尋ねた。山田さんも、若いときはみんな青いサングラスをかけているようなものだと認める。あいつはライブで優勝したらしい、それに比べて自分は、といった嫉妬が山田さんにもあったという。

等身大の自分を受け入れるうえで一番大きかった出来事として、山田さんは一発屋として扱われ始めた時期のことを語った。当時はやめておけばいいのにエゴサーチをしていた。地方営業に向かう途中で検索すると、現場のショッピングモール近くに住むらしい高校生くらいの子が「今日近所のショッピングモールに髭男爵が来るらしい。でも私は行かないけど」と書いていた。フォロワーが10人ほどのアカウントで、普通に暮らしている学生である。

山田さんが引っかかったのは、その構造だった。「有名人をスルーできる自分」という、小さなコミュニティ内でのイキり方をするために、髭男爵の知名度が使われている。こき下ろす相手に頼りながら自分を上げるという、いびつな構造だというのである。

一発屋と呼ばれ始めた頃、山田さんは現実を認めなかったという。自分はこれまでの一発屋の先輩たちとは違う、ちゃんとやっていける、と自分に言い聞かせていた。しかし実際はそうではないので、しんどかった。そんなときに支えになったのがレイザーラモンHGさんだった。HGさんが開いてくれた「一発会」は、傷ついた一発屋たちのセーフティネットのような場だったと山田さんは振り返る。「面白いから売れたんだ」という励ましももらったという。見栄を張っても仕方ないと思えるようになったことに加え、長女が生まれることになったのも大きかったかもしれない、と山田さんは話す。「熱い負け」をこの時期に飲み込んだことが最初の一歩だった。

ただし、それで嫉妬が全部なくなるわけではない。同期や少し下の後輩が冠番組を始めたと聞けば、今でも苛まれることがあると山田さんは認めている。

感情のリモコンを隣の家に置かない

そこで山田さんが持ち出したのが「感情のリモコン」のたとえだ。人を妬んだり気にしたりしている状態は、自分の家のテレビのリモコンを隣の家のリビングに置きっぱなしにしているようなものだという。向こうで勝手に触られて、自分ではチャンネルを変えられない。だから、自分の気分のリモコンくらいは懐にしまって自分で管理しよう、自分に集中しよう、という考え方である。苛まれ続けて疲れ果てた末に、この考えにたどり着いたという。

同期のプロジェクトが通って自分の企画はボツになったとき、何を思っても仕方ない。山田さんは当時、嫉妬している自分を俯瞰して「滑稽だ」と思ったという。自分が勝手にライバル視している相手は、おそらく1日の中で自分のことを1回も考えていない。それなのに自分だけが時間を使い、パフォーマンスを落とし、嫌な気持ちになっている。そんな自分を「恥ずかしい、おこがましい」と思えたときに、少し軽くなったと山田さんは語る。嫉妬は、好意や競争心と同じく一種の片思いで、片思いの側はいつも滑稽なのだという。その滑稽さを頭でしっかりわかっていれば、振り回される時間は抑えられるはずだ、と山田さんは言う。

一方で山田さんは、25歳ならある程度の妬みがあってもいいとも言う。若いうちは嫉妬をガソリンにして「俺だって」と奮起できる。しかし50歳になると、荒々しい燃料をエンジンに入れたら焦げついて炎上してしまう。だから平熱で暮らそう、と考えている。ここ数年、山田さんの座右の銘は「なるべくつまらなく暮らす」ことだという。週末のバーベキューやキャンプ、最近始めたサバゲー、折りたたみ自転車を電車に持ち込んで走る趣味など、好きな人はやればいい。しかし、みんながそうでなければダメだということではない。そういうものに煽られてソワソワするのは良くない。嫉妬は完全には消えないが、とろ火程度に抑えておく作業が大事だと山田さんは話した。

「普通」は実はかなり高いレベル

本の中の「普通はレベルがすごい」という主張についても、山田さんが説明した。「普通はさ、こうじゃん」という言い方が山田さんは嫌いだという。人間はずるいので、自分が普通より少し上のセーフティゾーンにいるときに、相手に「普通」を押し付けるのだ、というのが山田さんの見方である。

山田さんは富士山にたとえる。世の中の人は「普通」と聞くと富士山の5合目あたりを想像し、半分だから簡単だと思う。しかし不登校や引きこもり、わけのわからない下積み生活で何十年も樹海をさまよっていた人からすると、5合目は結構な頂なのだという。しかも「普通」は、長さの単位のような共通の基準ではない。それぞれが感覚的に言っているだけだ。共通の普通などないのに、なぜか普通を恐れたり、普通より上に行こうとしたりする。その奇妙さを一度立ち止まって考えた方がいい、と山田さんは言う。普通でいられている時点で、もうかなり上なのだという。

質問を途切れさせない相方と、スカーフの本数

コミュニケーション術の話題では、山田さんは芸能界に向いていないと感じる理由の一つを語った。以前この番組にも出演していた渡部さんの動画で、上司に気に入られるには質問を途切れさせないことだ、という心理学に基づく話を見たという。理屈はわかる。しかし自分に置き換えると、後輩に「貴族キャラってどうやって思いついたんすか」と聞かれても、本当に知りたいのか、場を持たせるために無理しているならやめてほしい、と勘ぐってしまうという。

そこで山田さんが紹介したのが、最近の営業での出来事だ。周りは珍しく吉本の芸人ばかりで、パンクブーブーさんや村上ショージさん、吉本新喜劇の方々、そしてザ・ぼんちの師匠がいた。自分の出番を終えて駅で特急を待っていると、ホームにザ・ぼんちの師匠が来た。山田さんにとっては、幼少期にラジオで「A地点からB地点まで」と流れていた大ヒット曲の人である。緊張して挨拶だけし、ベンチでスマホに没入していた。

すると横から「漫才ブームの時ってどんだけ忙しかったんですか」と聞く声がする。見ると相方の樋口さんだった。その後も「東京に住んでた時期もあるんですか」「東京のどの辺ですか」「僕その辺住んでたことあります」と質問が途切れない。ついには「師匠ってスカーフ何本ぐらい持ってるんですか」と聞き始めた。山田さんは「お前ほんまにそれ知りたいか」と思いながらも、師匠にスカーフの本数を聞けるやつがコミュニケーションがうまいのだろうと感じたという。自分もいつか誰かにスカーフの本数を聞いてみたい、と冗談めかして話した。結論としては、そういうことができる人もいればできない人もいる、というだけの話である。

社交ゼロに至るまで

十石さんは、上司が大勢いる飲み会でお酌や会話回しを暗に求められる場面があり、やった方がいいのかと迷うと相談した。山田さんは、飲み会を悪いものだと断じたくはないし、自分もお酒は好きだと前置きした。そのうえで、自分は何年か前、コロナ禍より前から「社交ゼロ」を貫いていると明かした。

若い頃は山田さんもやっていたという。芸人の世界では、夜中の1時や2時に先輩から電話がかかってきて呼び出される。先輩ごとにお酒の割り方の配分を覚える。特に面倒だったのは合コンをしたがる先輩で、メンバーを揃えられる後輩が重宝された。山田さんは「海を漂うビニール袋が海岸に流れ着いたような」経緯で芸人になり、金も人脈もなかったので、それができずに「お前本当にダメだな」と言われたこともあったという。

あるとき山田さんは、もうやめようと自分に言い聞かせ、誘いをことごとく断るようになった。「この後ちょっとあって」と嘘をつくこともあった。厄介なのは、山田さんが表面上は気さくな人間だということだ。収録中やその前後の「仕事ゾーン」では愛想よく振る舞えるし、「ちょっと兄さんやめてくださいよ」といったやりとりもできる。しかし着替えた瞬間にスイッチがオフになり、そこで食事に誘われると面倒になる。断り続けていると「だからあかんねん」と文句を言われることもあった。山田さんは「その『だから』のエビデンスがわからない」と思いながら断り続け、ついにはスマホを鳴らす人が誰もいなくなったという。

十石さんが、喋らないと「若いくせに」と思われるのではないかという謎の恐怖があると打ち明けると、山田さんは、それは飲み会に「できる・できない」という価値観が持ち込まれているからだと答えた。飲み会での振る舞いと仕事の能力は、本来ほぼ関係ない。山田さんの狭い観測範囲の話と断ったうえで、先輩に呼ばれてすぐ駆けつける子や飲み会のセッティングが上手な子で、後に売れた人はいないという。真面目に芸に向き合ってネタを考えている子の方が売れている。たまに例外がいるとしても、その人はとてつもなくファニーな人なのだろう、と山田さんは話す。

相手を立てるのは「守りの敬意」

十石さんは、本の中で山田さんが「頭のおかしい連載記事の担当者」にも誠実に対応していた話を挙げ、相手を立てるのがうまいと評した。山田さんの答えは、相手を立てたいというより、相手に気まずい思いをさせると自分も気まずくなるのが嫌なのだ、というものだった。滑っている人の横にいると、自分も滑っている気持ちになる。だから、自分を守るためという面が正直あるという。

山田さんはその気質を、中学受験のエピソードに重ねた。家庭教師の先生が受験問題を解けなかったため、山田さんはわざと間違った補助線を引いて「先生これですか」と尋ね、少しずつ正解の補助線に近づけていった。先生をバックで誘導する「オーライオーライ」のような勉強法だった。あの頃から気質は変わっていない、と山田さんは言う。敬意には攻めと守りがあり、自分のは守りの敬意だということだ。十石さんも自分は守り側の思考で、守りがうまくなりたいと話した。山田さんは、守りがうまいということは自分に集中するのがうまいということでもあるから、それでいいと応じた。

動物ふれあいと「100%善」への違和感

世の中には「こうあるべき」という地雷が星の数ほど散りばめられている。山田さんはその一例として、去年から公言し始めたという「動物が苦手」という話をした。

家族で八ヶ岳の牧場に行ったときのことだ。晴れ渡った空の下、芝生でござを敷いてサンドイッチを食べる親子や、フリスビーやサッカーボールで遊ぶ家族がいた。山田さんはそれを見て「ほんまに楽しいか?」と疑ってしまったという。こういう場所ではこう振る舞うのがセオリーだ、というものに動かされていないか、という気持ちになる。山田さん自身はそういう場でフリスビーを投げるのがしんどい方だ。

乳牛を見る60分のツアーには、腰が痛かったこともあって参加を遠慮し、集合場所から離れた岩に座って眺めていた。するとアテンド役の中年女性が参加者にこう説明した。何年か前にこのツアーに参加した小中学生くらいの男の子が、たまたま牛の出産に遭遇して感動し、今は獣医を目指している。お子さんはどんどん吸収してどんどん成長するので、大いに学んで帰ってください。参加者は「わあ」と沸いた。離れた場所から見ていた山田さんは、ずいぶん上から目線だと感じたという。

山田さんの違和感は、動物と触れ合うことが100%善とされ、知育的な方向に結びつけられることにある。イルカは人間の子どもの情操を育てるために泳いでいるわけではないし、犬もそうだ。「子どものために犬を飼っています」という人がたまにいるが、それは本当の愛情なのか、不気味さを感じることもある。純粋な生き物への愛ではないものが入り込んでいる気がするので、声に出して言っていこうと思っている、と山田さんは話す。ただし、他人がやる分には構わない。楽しそうだなと思う。自分がそこにアジャストできないという、ややこしい部分なのだろう、と山田さんは付け加えた。

「人間のふり」をやめ、元を取ろうとしない

十石さんも、友人との飲み会や旅行で周りがテンションを上げているとき、どこかで楽しみきれず俯瞰している自分がいると打ち明けた。ライブに行くのは好きだが、周りが盛り上がっていると「こんなんやるキャラちゃうしな」と冷静になってしまう。それでも楽しまないと周りを不快にさせるのではないかと考えて苦しくなる、という。

山田さんは「ふりをしてるんですよ。人間のふりをしている。だから疲れるんじゃないですか」と答えた。山田さん自身は最近、飲み会に誘われると「僕連れてっても面白くないすよ」と大先輩にもはっきり言うという。我ながら怖いと思いつつ、ある地点ではそういう決断も必要かもしれない、と話す。

大勢で騒ぐ場の例として、山田さんは大阪万博を挙げた。閉幕間近のテレビで、何時間も並んで2つしかパビリオンを回れず、名物も食べられなかったが「来てよかった」と答える人を多く見た。山田さんは、中には元を取ろうとしている人もいるのではないかと思いながら見ていたという。本当はしんどくて何も見られず満足度は100%ではないが、行った自分を守るために「よかった」ことにしているのではないか、という推測である。山田さんは、そうした「元を取る」ことや、周りの空気を壊さないために無理して場を成立させることをやめた。そうしなくて済む環境に身を置くよう心がけているという。

十石さんのライブの話については、ちょっとは行きたい気持ちがあるのだろうと山田さんは言う。そのうえで、座って落ち着いて見たいのか、小さく手を振りたいのか、自分の気持ちに向き合えばいいと話した。周りに合わせるとしんどくなるので、周りに合わせなければならない場にいかに行かないかが大事だという。

若いうちはテンポよく負けていい

十石さんは、「頑張らなくていい」と言ってくれる人はいても、20代でそういう自分を受け入れるのは相当な覚悟がいるのではないかと尋ねた。山田さんは「20代でこんな風にならなくていい」と笑いつつ、頑張らなくてもいいし、頑張れる人は頑張ればいいと答えた。全ての人に適用できるメッセージがあると思われすぎている、メディアもそうだ、そんなものはあるわけがない、と山田さんは言う。多様性と言いながら、全く多様でないことが世の中にはたくさんある。平たく言えば人それぞれだという。

他人を気にする時間は完全に無駄だと、山田さんは「50年かけて解明した」と言う。それでも、少しのスパイスとして、燃料になる程度に妬み、「俺だって」と頑張る時期があってもいい。20代前半の若者がみんな50歳の一発屋のような考え方になったら、日本の未来は絶望だとも冗談めかした。

そのうえで山田さんは、本のタイトルは本心だと強調した。キラキラしたい人、素敵に生きたい人はそうすればいい。ただ、そうでない人が責められる筋合いはない。表に出る仕事の人や学校の先生はなかなか言わないが、何の取り柄もない人間もいる。自分も含めてだ。取り柄がなくても誰にもとやかく言われない世の中が真っ当だと山田さんは言う。夢を持っていなくても恐れないでほしい。後で持つかもしれないし、ずっと持たないかもしれない。そういう人もいる、というだけの話だという。

仕事をしていると成績などで周りを見てしまうのは仕方ない、と山田さんは認める。それでも、それが意味のない時間だということを、自分がみんなの代わりに味わっておいたので覚えておいてほしい、と話した。若いうちはテンポよく負けた方がいい、可能性を潰せるから、というのが山田さんの助言である。

成功談に「たまたま」をつけてほしい

最後に山田さんは、一度は何かを目指すのも悪くないと認めた。そのうえで、怒られるだろうと前置きしつつ「日本人は大谷翔平を見せられすぎている」と語った。子どもの頃からキュリー夫人やエジソンといった偉人の漫画に触れすぎている。さらにメディアは、ITでちょっと成功した人のビジネス書を出す。十石さんが「本当にすいません」と謝る場面もあった。

山田さんは、豊臣秀吉ならいいと言う。すでに亡くなっていて、長い時間をかけて成功が実証されているからだ。しかし、今何かで当てた人も、数年後にはどうなっているかわからない。短いスパンでの勝ち組の平均値を煮詰めて提示しないでほしい、というのが山田さんの主張である。「諦めなければ必ず」という精神論にも疑問を呈した。その例えが桃太郎だ。諦める前にたまたま桃が流れてきただけで、桃が2時間遅かったら、おばあさんは桃なしで家に帰っていた。成功談には全部「たまたま」とつけてほしい、と山田さんは言う。

他人の成功に目を奪われるより、自分のことで手一杯になった方がいい。山田さんはこの言葉で話を締めくくった。