「金利上昇よりは円安」に世論が傾くとき 唐鎌大輔氏が語る“円安慣れ”のリスク

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概要

円安と金利上昇が同時に進むなかで、世論が「円安はある程度仕方ない、それより金利を止めてほしい」と考え始めたら何が起きるのか。TBS CROSS DIG with Bloombergの番組「エコラボ」で、MCの竹下隆一郎氏が提示したのはこの問いである。解説を務めたみずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は、通貨防衛の観点からは利上げが必要だという立場をとる。そのうえで、利上げが経済に効き始め、世論が反対に転じたときに円安が新しい局面に入る可能性を、今後最も注目すべき点に挙げた。収録は2026年10月1日午前で、番組は「日米の高官発言」「世論の円安慣れ」「書評」の3部で構成された。

15分で読めます
1:12

日米高官の発言が相次いでも円高にならない

第1部では、最近の日米の政府高官の発言が取り上げられた。片山財務大臣はブルームバーグのインタビューで、自分はリフレ派ではないと改めて述べ、日銀の独立性を尊重すると語った。ベッセント米財務長官はX(旧Twitter)への投稿で、片山財務大臣と生産的な電話会談を行ったと報告した。その中で、日本の強固な経済基盤を反映した強い円が望ましいことを議論し、通貨市場について密接な意思疎通を維持する重要性も話し合ったと述べている。さらに日本側からは、アベノミクス期のリフレ政策の局面はすでに終わり、現在は金融緩和ではないという趣旨の発信もあった。

唐鎌氏は、これらの発信が「リフレをやめろ」と言われた後に相次いだという時間的な順序に注目する。市場参加者は、相当強く言われたのだろうと受け止めるはずだという。それでも一連の発言を受けて円高には向かわなかった。唐鎌氏によれば、市場は同じ種類の発言を繰り返されるほど免疫をつけて学習していく。ベッセント長官の同様の発言も含め、「どうせまた違うことを言うのだろう、今までもそうだった」と考えた参加者が安心して円を売る、という流れが繰り返されているという。

3:07

日銀「主な意見」の公表で円が急落

収録当日の値動きは、その典型例として紹介された。10月1日午前8時50分に、9月の日銀金融政策決定会合の「主な意見」が公表され、その直後から円が急落した。市場が反応したとみられるのは、内閣府の出席者の意見とされる記述である。そこには、累次の利上げが累積的に与える影響について十分点検してほしいこと、中立金利も踏まえて検討していく必要があるのではないかということが書かれていた。

唐鎌氏は、これを利上げしてほしくない意向と受け取った参加者が円売りに動いた、というのが収録時点での整理だと説明した。この出席者は担当大臣ではないかという見方も市場では出ているという。高官発言の後にこれが出てきたことで、為替市場の参加者の多くは「ほら言ったじゃないか」と感じたはずだと唐鎌氏は推測する。高官発言に合わせて円を買っていた人は大きな損失を被ったと考えられる。そうした経験の繰り返しで、円安牽制への市場の感応度は鈍くなっているという。

唐鎌氏は、リフレの定義は幅広いので「リフレ派ではない」という説明自体は間違いではないかもしれない、とも述べた。ただし「リフレではないが円安でよいと思っている」立場や、「リフレ政策は支持しないが、利上げは不適切だと思っている」立場もありうる。今回の文面は後者に見える。そう解釈されれば、市場参加者は「利上げできないなら円を売る」という行動をとるので、議論が堂々巡りになる。唐鎌氏は、為替市場には直情的な参加者が多いので、円売りにつながりそうな材料はいったんすべて箱に入れて蓋を閉めるべきだという考えを示した。怪しい材料がつきまとう限り、円売りのゲームは続くからである。

6:19

利上げ観測が後退しても円安は止まらない

今後の注目点として、唐鎌氏はまず2日に発表される米雇用統計を挙げた。統計を受けてドル円が160円で定着した状態で日銀会合を迎えれば、利上げを催促する動きが始まる可能性が高いという。もう一つの注目点はグローバルな金利上昇である。日本だけが原因ではないにせよ、ここまで金利が上がっていることは、日銀が利上げを催促されているとも受け止められる。

番組ではブルームバーグのデータが示され、10月の利上げ確率は2割を切っていた。今回の「主な意見」で利上げ観測はかなり後退したことになる。それでも円安は進んでいる。唐鎌氏は、金利先物の織り込み具合とスポットのドル円相場は必ずしも1対1では動かないと指摘した。目先の織り込みが落ちても、12月までに1回、来年9月までに3.5回の利上げが織り込まれている。この道筋が見えている限り、「金利は上がるが円安も進む」というのが市場のメインシナリオになっている、というのが唐鎌氏の見立てだ。

これを覆すには、市場の期待を超える一手が必要だと唐鎌氏は言う。市場が1回25ベーシスポイントと見込んでいるところで、たとえば50ベーシスポイントの利上げを行えば、「当分次はない」と市場に思わせることができるかもしれない。ただし唐鎌氏自身、今回の主な意見を見る限り、50ベーシスポイントの利上げができるとは思えず、現実には難しいだろうと付け加えた。

8:28

中立金利2%は本当にゴールか

第2部で唐鎌氏は、日本経済が痛むかどうかにかかわらず利上げを続けなければならない状態になっている、と現状を整理した。利上げは為替に効かなくても経済には必ず効くので、どこかで負の影響が出てくるはずだという。

市場では、中立金利と思われる2%前後で利上げが打ち止めになるという見方に集約されつつある。しかし唐鎌氏は、日銀がそう言ったわけではなく、中立金利は事後的にしか分からないので、ほかの指標も見るべきだと述べた。そこで示されたのが日米の実質10年金利である。両国の実質10年金利はほぼ同じ1%程度にある。日本とアメリカの経済の実力が同じだとは考えにくいので、日本の実質金利は高すぎるのではないか、という見方もできなくはないという。

唐鎌氏は、2022年1月から今年4月までの日本の実質金利上昇の要因分解も示した。実質金利は名目金利とインフレ期待に分けられる。インフレの寄与も大きいが、それ以上に大きいのは名目利回りの上昇分である。唐鎌氏はその原因を、日銀が国債を買わなくなったことや低金利政策をやめたことに求める。その意味で、現在の金融政策のもとで利回りはすでに十分な水準になっている、という見方もできなくはない。唐鎌氏が「できなくはない」という言い方を繰り返すのは、日本経済にとって引き締めすぎでも緩和しすぎでもない水準がどこなのか、誰にも正確には分からないからだ。ただ、アメリカと同じ実質金利まで来ている以上、今後タイムラグを伴って下押し圧力が出てくる可能性はある、と唐鎌氏は述べた。

唐鎌氏は自身の立場を明確にした。為替の分析を生業とする者として、通貨防衛の観点からは利上げが必要だと主張している。一方で、日本経済がそれに耐えられるかと問われれば「分からない」と答えるしかない。ダメージがあってもやらなければならない、というのが現在の立場だという。

11:58

世論は今は利上げ支持だが

唐鎌氏は、世論も現時点では同じ方向にあるとみる。日銀会合をめぐる世論調査として、唐鎌氏はANNの調査を挙げた。記憶の範囲として、9月の利上げを支持する回答が54%程度、反対が27%だったと紹介した。金利上昇と円安のどちらを取るかと問われれば、金利上昇は嫌だが、これ以上の円安はもっと困るので利上げするしかない、と世論は傾いていると唐鎌氏は解釈する。今後出てくる調査でも、多くは利上げ支持になるだろうという。

問題は、その支持がいつまで続くかである。利上げは必ず経済に効いてくるし、メディアが好んで取り上げる住宅ローン金利の負担も増していく。唐鎌氏は、支持と反対の比率が逆転し、たとえば反対60%、賛成20%になれば、日本ではもう利上げはできなくなるだろうと見る。政治もそうした世論を放っておかないはずだという。そのとき世論は「円安はある程度仕方ないから、これ以上の金利上昇は困る」と言うようになり、円安は新しい局面に入る。

唐鎌氏は自身のnoteに「利上げカードの浪費」と題した記事を書いている。その中では、2名の反対票が出たことで25ベーシスポイントの利上げがほとんど効かなかったと論じた。こうした状況の先に、円安容認の段階が来ることを唐鎌氏は懸念している。その段階が向こう1年のうちに来るとは思わないが、1年先は分からないという。1年後には政策金利が2%に達しているはずなので、2%より先の世界で世論がどう動くかに強く注目していると唐鎌氏は語った。

竹下氏は、最近の日銀を見ていると、世論をまったく無視して高度な経済判断だけで動くとは思えず、世論に引きずられるはずだと応じた。その引き金になるのは、生活者の財布に直結する住宅ローン金利ではないかという点で、二人の見方は一致した。唐鎌氏はさらに、そう遠くない未来の話と考える人もいるだろうと述べた。現役世代では、円安によって保有資産が膨らむ人が増えている。そうした層の中から円安を容認する声が出てくる心配もあるという。竹下氏は、それは1ドル170円、180円という話がいずれ出てきてしまう考え方だと指摘した。

15:16

「大丈夫か」を問う段階は終わった

竹下氏は、講演や経済人との面会で、日本はどこまで利上げに耐えられるのかと聞かれないかと尋ねた。唐鎌氏によれば、政策金利は中立金利の2%までは行かなければならないと話すと、最もよく聞かれるのが「そんなに利上げして大丈夫なのか」という質問だという。唐鎌氏の答えは、大丈夫かどうかを問う段階はもう終わっている、というものだ。円安を止めることだけを目的にするなら、累次の利上げが必要になる。歴史を振り返っても、通貨危機に陥った国はやりたくて利上げをしたわけではない。通貨を止めるために、痛みを伴う利上げを望まないまま続け、なんとか止めてきた歴史がある。

唐鎌氏は、日本がこれほど早くそれをやらされるとは思っていなかったと述べた。そのうえで、通貨防衛をメインテーマに置いた以上、成長は大丈夫かという問いは残念ながら論点にならない、と言い切った。ただし、世論が「通貨安で構わないから金利を抑えろ」と考えるなら、日銀の運営は変わってくる。その代わり円安は止まらなくなる、というのが唐鎌氏の整理である。

唐鎌氏は、2年弱続いてきたこの番組で何度も同じ話をしてきたと振り返った。日本は円安と金利上昇のどちらかを飲まなければならなくなるので、早めに定期的に25ベーシスポイントずつ上げていれば、円安はそれほど進まずに止まるのではないか、という話である。結局は利上げを嫌がってきたことで、より大きなものを飲まされているのが現状に見えるという。それでも政策金利はまだ1.25%で、先進国の中ではかなり低い。

17:28

情報発信は慎重であるべきだ

唐鎌氏は、政策委員には独立性があるので、0.25%の利上げに反対票を入れるなとは言えないと認める。ただ、せっかく使った25ベーシスポイントの利上げのカードを最大限に効かせるには、「影響を分析してほしい」「まだインフレは加速していない」といった、揚げ足を取られそうな発言は控えたほうがよいと考えている。

唐鎌氏は、内閣府の意見そのものが間違っているとは言わないと断っている。累次の利上げの累積的な影響を十分点検してほしいという点には、自分も同意するという。問題は、それをしかるべき立場の人が言うと、市場で「言ったぞ」と受け止められることだ。為替市場には感情的で直情的な参加者が多く、市場は常に極端なシナリオしか見ない。だから慎重な情報発信が求められる、と唐鎌氏は述べた。竹下氏も、主な意見がどういう形で出るかは関係者なら分かっており、公表のタイミングも分かっていたはずだと指摘した。唐鎌氏は、今回の値動きは反対票が出たときと似た市場の反応になったと付け加えた。

19:02

日銀が買わなくなった国債を誰が持つのか

議論は日本の家計の資産構成に移った。唐鎌氏は、金利が上がってきている背景として、日銀が買わなくなった国債を誰が買うかという問題を挙げる。需給に緩みが出ており、端的に言えば、外国人に引き受けさせるか、家計に引き受けさせるかのどちらかしかない。できれば家計が持つほうが、長期安定的な保有層になる。

日米欧の家計金融資産の構成を見ると、国債を含む債券の比率は日本が1.4%で、米国の4.6%、ユーロ圏の2.9%と比べて小さい。ユーロ圏と比べても半分程度である。唐鎌氏は、日本では30年近く金利がなかったので、金利のつかない国債を持つより決済性の預金を持ったほうがよかった、これは当然だと説明する。しかし利回りが出始めた以上、この比率は変わってくるはずだという。政府が個人向け国債の商品性改善を検討しているのも、家計部門を受け皿として期待しているからだろうと唐鎌氏はみる。銀行の人間としては業態的に良くない話だが、マクロ分析としては家計の債券保有は増える方向に入っている、と述べた。

21:15

金利に敏感になる家計

この変化で世論の金利観も変わるのか、という竹下氏の質問に、唐鎌氏は変わっていくと答えた。たとえば住宅ローンの変動金利が上がって大変だという話がある。唐鎌氏の想像では、現在の変動金利は1%台前半から半ばの人が多いだろうという。一方、9月に募集された変動10年の個人向け国債の利率は1.96%程度だったと記憶しているという。住宅ローンと同じ額の国債を買える人は普通はいない。それでも、金利上昇の影響の一部を相殺できる商品が生まれていることになる。これまでは存在しなかったものだ。海外に目を向ければ、利回りのつく選択肢はさらに多い。

唐鎌氏は、個人向け国債の話をすると買ってほしい人に見えるが、銀行の人間はむしろ買ってほしくない、と笑いを交えて断った。その一方で、自分の債務に照らしてヘッジできる手段が生まれた以上、人々の考え方は変わり、利回りに敏感になるという。普通預金のままでよいのか、債券にすべきかという、マクロ経済学の最初に出てくるような話を、普通の人も自然と考えなければならない時代になったと唐鎌氏は述べた。

日本の家計は預貯金が過半を占め、米国は1割台、ユーロ圏はその中間、という比較はよく知られている。唐鎌氏によれば、日本の現預金比率は直近で46%まで下がっており、変化が起きているのは間違いない。竹下氏は、自分の資産を見ても、これまでは円安リスクを減らすことを考えてきたが、今度は金利が上がってきたので何を増やすべきか悩ましいと語った。唐鎌氏は、国民の金融リテラシーが上がるなかで、どこまで利上げが許されるのか、あるいは許されないのかは、これまでと同じ考え方では測れなくなるだろうと述べた。竹下氏は、リテラシーが上がって政府高官や日銀の発信の意味を読み取れる人が増えていることを指摘した。そのため、政府や日銀のコミュニケーションはいっそう重要になるという。唐鎌氏も、その層は確実に増えていると同意した。そのうえで、住宅ローンの話ばかりだったメディアの報道も、違う観点からのものが増えていくだろうと語った。

25:04

書評:『「二つの人生」を生きるための経済学再入門』

第3部では、佐々木宏夫著『「二つの人生」を生きるための経済学再入門』(慶應義塾大学出版会)が紹介された。唐鎌氏は、書店の経済学コーナーには経済理論を現実に当てはめる柔らかい本、竹下氏の言う「ポップな本」が多いと述べた。それに対してこの本は、専門性を失わない学者らしい本だと評価した。

題名の「二つの人生」とは、第1の現役時代と第2の現役時代を指す。かつては55歳から60歳で引退し、残りの人生は余生だった。しかし100歳まで生きる人が増えた今、65歳まで働いた後の35年を「おまけ」にしてはいけない。第2の現役時代も長いのだから戦略的に生きる必要があり、その戦略を練るうえで経済学の考え方が参考になる。本書はそのきっかけを与える本だ、と唐鎌氏は紹介した。

唐鎌氏が良い表現だと感じたのは、経済学は常識の体系を教える学問だという趣旨の記述である。経済学をきちんと学べば、おかしな経済・金融解説に騙されることはなくなるという趣旨のことが書かれている。唐鎌氏は自分の書評でそれを「陰謀論」という言葉で表現したが、これは自分が使った言葉だと断った。本書には理論的に踏み込んだ部分もある。タイパ重視のファスト学習が重宝されるなかで、本当の入門とはこういうものだ、という点を書評では強調したという。

本書は「金融リテラシー」ならぬ「経済リテラシー」という言葉も使っている。経済活動の場である市場の仕組みや、そこでの人や企業の行動原理を正しく理解し、それを自らの人生やビジネスに適切に活用する能力、という定義だ。金利も為替も株価も経済学の法則に沿って動いているのだから、投資したい、理解したいと思うなら、まず入門的な理論の知識をつけるべきだ。おかしな商材を買っている場合ではない。本書のこうした主張に、唐鎌氏は同意する。極端な話、雇用統計やFOMCの3分解説を聞いても金融商品の仕組みは分からない、学ぶべきことはこの本にたくさん書かれている、と述べた。

竹下氏は、第2の人生では組織のリテラシーの発想も変える必要があると付け加えた。大企業のビジネスパーソンにとっては合理性やスピード、生産性が正義だが、それを地域のコミュニティにそのまま持ち込むと「うざいおじさん」になってしまう。唐鎌氏も、本書には「アンラーニングせよ」という形でそのことが書かれていたと応じた。仕事の流儀や「わしの頃は」という態度を持ち込まないことも、第2の現役時代に学ぶべきことだという。著者の佐々木氏は石垣島との2拠点生活を送っていると本書に書いており、実体験を交えた内容になっている。普段はもっと難解な文章を書く研究者だからこそ、平易でありながら良書になっているのも頷ける、と唐鎌氏は評した。

残された問い

番組の締めくくりで、竹下氏は今回の議論が金利、円安、そして人生のあり方という長期的なテーマに及んだと述べた。唐鎌氏が繰り返し示した問いは、政策金利が2%に達した後の世界で、世論が「金利上昇よりは円安」に傾くかどうかである。唐鎌氏は、そうなれば利上げは続けられず、円安が新たな局面に入るとみている。ただし、それがいつ来るのか、日本経済がどこまでの利上げに耐えられるのかについては、唐鎌氏自身も「分からない」と答えている。