「欲しいものは全部手に入れる」 板野友美が語る、30代の決断と失敗の捉え方

YouTubeで開く ↗
概要

新R25が始めた女性向けトーク番組「覚悟のち、晴れ。~30オンナの決断白書~」の初回に、板野友美が出演した。結婚、出産、キャリアの間で揺れる30歳前後の女性に向けて、聞き手のおうみゆかは、迷いをどう決断に変えるのかを尋ねた。14歳から芸能活動を始め、22歳でAKB48を卒業し、29歳の年に結婚、出産を経て現在はアパレルブランドなど2社を経営する板野の答えは、一貫していた。迷っているならどちらも取りにいけばよい。自分の気持ちに素直に決め、小さくてもすぐ動く。失敗したとしても、何を失敗と見なすかは自分で決められる、というものである。

16分で読めます

経営者として直接LINEでやり取りする

収録の前に、おうみには驚いたことがあった。出演が決まった後、「ここからは板野さんと直接やり取りする」と伝えられ、日程や入り時間まで本人とLINEで調整していたという。板野によれば、普段は事務所を通すが、会社に関することは基本的に自分で連絡を取ってしまうそうだ。おうみは「ともちん」という表示で気軽に友だち追加されたことから、自分の会社を前に進めようとする経営者としての覚悟が伝わってきたと話した。

「30歳までに結婚する」と決めていた理由

結婚のきっかけを聞かれ、板野は自分を「計画的」なタイプだと説明した。30歳までに結婚すると心の中で決めていたという。絶対ではなかったが、母が自分を産んだのが30歳だったため、母と同じくらいの年齢差で子どもを持てたらいいという意識がずっとあった。現在の夫と付き合い始めるときにも、30歳までに結婚したいと最初に伝えている。

何歳で何をするかという人生計画を大事にしてきた板野は、恋人とは結婚を視野に入れた付き合いしかしてこなかったと話す。13歳頃に初めて付き合った相手のときでさえ結婚を考えていたという。告白されたときには、30歳までに結婚したいので、結婚を視野に入れていないなら付き合えないと伝えたこともあった。

迷っているなら、どちらも手に入れる

おうみは、自分も含めて30歳前後の女性はキャリアをどちらに進めるかで迷っていると打ち明けた。結婚したくないわけではないが、今のポジションや積み上げてきたものがいったん止まってしまうのではないかという不安がある。

板野もその迷いはよく分かると答えた。自分自身も迷ったし、14歳から働いてきた芸能界には波もある。ただ、自身のアパレルブランドのコンセプトでもある「欲しいものは全部手に入れる」という気持ちで進んできたという。このブランドを作ったきっかけも、この考え方にある。仕事は大事だが、女性としての人生、つまり結婚や出産も同じくらい大事だった。友人やファンからもどちらにするか迷っているという相談を受けてきたが、板野は「悩んでいるならどちらも手に入れたらいいのではないか」という考えで進んできた。最後は「気合いがあれば」両立できるかもしれない、と笑いながら付け加えた。

板野は、周囲にどう見られるかで結婚や出産を決める必要はないが、自分がしたいことなら絶対にするべきだと考えている。こう思えるのは、母が幼い頃から自分のやりたいことに協力的で、応援してくれたからだという。不安はあっても、踏み出して後悔したことはあまりない。アイドルが今ほど主流ではなかった時代にAKB48に入ったことも含め、やりたいことを突き進んだ先に成功体験があった。そうした経験を重ねてきたので、頑張ればいいことの方が多いと感じられるようになった、と板野は振り返る。

振り回される恋愛はしてこなかった

AKB48を離れてからの20代について聞かれ、板野は「つらい恋愛はしてこなかった」と答えた。自分では「意外と臆病」だという。片思いの段階で相手をものすごく好きになったことはあまりなく、いいなと思っても「違うかも」と感じたり、相手が自分に興味がなさそうだと思ったりすると、すぐに引いてしまう。何度もデートを重ねて自分をさらけ出し、それでも好きだと言ってくれた人と付き合うことが多かった。

好きな人に振り回されると傷つくし、同じことを繰り返す自分も嫌になって自信を失う。だから、わがままを言っても好きでいてくれるような恋愛しかしてこなかったという。その方がいつも楽しく、ハッピーでいられるので、女性にはそういう恋愛を勧めたいと話した。

6歳年下の夫は、板野にとって初めての年下の相手だった。付き合っている間にいろいろな面を見せ、それでも受け入れてくれるかを「ジャッジ」したという。喧嘩したときにどう対応するかまで確かめ、「これはこうだから、こうだよね」と論理的に考えた。板野は自分を、感情よりも理屈で考えるタイプだと述べている。

子育ての現実と「誰かのために頑張る」への変化

結婚そのものは恋人同士のときとあまり変わらず、お互いに自由でストレスも少なかったという。しかし子どもが生まれると、お互いの時間が娘中心になり、我慢することが大きく増えた。家族の形を作るのは大変だと感じたそうだ。

板野は子育ての具体的な苦労も語った。2時間おきの授乳があり、夫が翌日仕事なら、夜中に娘が泣いたときは自分が対応する。睡眠との戦いが続いた。以前はどんなに忙しくても睡眠時間を確保するなど計画を立てられたが、子どもがいつ泣くか、いつ体調を崩すかは分からない。頼れる相手も基本的には夫か自分しかいない。

それでも、娘の存在は大きいという。10代からずっと自分のために頑張ってきて、自分のために頑張ることに少し疲れていた。誰かのために頑張りたいと思っていた時期に娘が生まれ、大変なことがあっても娘のために頑張っているのだと思える。自分のためだけなら「もういいか、やめようか」と思っていたかもしれない、と板野は話す。

その疲れの背景には、20代後半の立ち止まりがあった。楽しい仕事も大変な仕事も経験し、自分はこの先何を目指しているのか、これ以上どうなりたいのかが見えなくなった。ソロでの夢も含めて多くの夢が叶ってしまい、もっと有名になりたいといった欲に貪欲になれない。ちょうどそういう時期だったという。

自分の気持ちに素直でいることが幸せの要因

おうみは、大変だという言葉が嘘に聞こえるほど板野がずっと笑顔だと伝えた。板野は、悩むことはあるものの、毎日楽しいと思うことの方が多く、後悔もほとんどないと答えた。いちばんの要因は、自分の「こうしたい」という気持ちに素直でいられることだという。

周囲や親、友人の目を気にして、自分の判断ではないものを選んだことはこれまでない。「本当はこうした方が正解なのかも」と思ってそちらを選ぶと、「やっぱりこうしておけばよかった」という後悔がついてくる。自分がやりたいことを選んだなら、最悪失敗しても、そのときの気持ちに素直だった自分を認めてあげられる。板野はこの考え方によって、毎日に満足できているという。

羨ましさを分解し、リミットを見極める

他人と比べたり、この年齢で結婚した方がいいのではと流されたりする人に何を伝えるか。おうみの問いに、板野は「最終的に自分がどうなりたいか」だと答えた。

まず、なりたい姿を書き出し、それぞれにリミットがあるかを確かめる。リミットがあるなら、それを優先した方がいい。周囲が結婚や出産をしていて羨ましいと感じたら、何が羨ましいのかを掘り下げる。相手がいて幸せそうなことが羨ましいなら、結婚でなくても、恋人を作ることや犬を飼うことでも幸せになれるかもしれない。子どもがいることが羨ましいなら、「だいたいこの年齢まで」というリミットを決めて動く必要がある。自分の気持ちを曖昧なままにせず、きちんと解きほぐすことが幸せにつながると板野は考えている。

歯医者の予約という小さな行動

板野はもう一つ、行動の大切さを挙げた。やりたいと思っても、多くの人はすぐに「無理か」と結論を出して諦めてしまう。だから、やりたいと思ったときの勢いで動いてみることが大事だという。

例として挙げたのは、本人が「積み重ね理論」と呼ぶ小さな習慣だった。鏡を見て歯が黄ばんでいると気づいても、娘のこと、家族のこと、仕事のことを考えると「歯医者に行く時間はない」と諦めてしまいがちだ。板野はそう思った時点ですぐに歯医者に電話するという。ポップアップで忙しい今の期間に行くわけではないが、1か月の中には空く日がある。忘れる前に予約を入れておけば、予約したのだから行こうという気持ちになれる。最悪の場合は、事前に電話してキャンセルすることもできる。人はすぐに「今はこうだから」と言い訳をしてしまうので、とにかくすぐ一歩進むことが大事だ、と板野は話した。

「芸能人だからできた」という見方への答え

芸能人だから、お金があるからできたのではないかと距離を感じる視聴者もいるだろう。おうみのこの指摘に、板野は、知名度があるから踏み出しやすい面はあるかもしれないと認めた。そのうえで、デメリットもあると続けた。失敗が非常に目立つことだ。

板野が失敗すれば記事に書かれ、実際の何十倍もの大きさで広まってしまう。一方、有名でない人の最初の失敗はほとんど人に見えない。だから成功するまで続ければ、成功の方が目立つはずだ。特に起業したいが失敗が怖いという人には、その点では一般の人の方が有利かもしれない、と板野は語った。そんな自分でも一歩踏み出しているのだから、失敗を恐れずに踏み出してほしいという。

おうみは、「行動に移す」というと大きなことをしなければならないように聞こえて止まってしまうが、小さなことを一つずつ実行することが自信につながり、可愛くいられる秘訣でもあるのだと受け止めた。

アンチコメントと「名前貸し」批判

ネガティブな言葉をどう受け止めるのか。板野は、10代からアンチコメントを言われすぎてきたので、かなり受け入れるようになったと答えた。傷つくことは多いが、そう見られる一面もあるのだろうと考える。直せるところは直す。一方で、自分がこうありたいと納得している部分については、何を言われても気にしない。画面やネットを通すと意図と違う受け取られ方をすることも多い。一度も直接話したことのない人にそう捉えられても仕方がないとし、すべてを知っている友人や家族から否定されるのとは違う、と板野は話した。

タレント出身の経営者は、本人が実際には経営していないのではないかと言われがちだ。おうみの指摘に、板野は「分かる、言われます」と応じた。おうみは事前の下調べで、LINEでの直接のやり取りに加え、毎日朝晩のご飯を作るなど隙のない姿を知り、それでも批判されることを気の毒に感じていたという。

板野は、タレントのブランドには広告だけのもの、本人が手がけるもの、名前を貸しているだけのものがあり、見分けるのは難しいと認めた。そのうえで自分の軸を説明した。会社のメンバーや関係者から「タレントだから」「子育て中だから」「ママだから難しいんだ」と思われたくない。家族からも、仕事が忙しいせいで我慢させられていると思われたくない。100点は出せていないと思うが、体が持つ限りやりきり、妥協しないことを自分の基準にしているという。

「強くはないが、ちゃんと立ち上がる人」

おうみは前の収録で、板野を14歳の頃から近くで見てきた人物に取材していた。その人物は板野を「すごく強くはない人」だと評し、「ちゃんと傷つくけど、ちゃんと立ち上がる人」だと語ったという。

板野はその人物について、自分よりも自分のことを知っているのではないかと話した。AKB48に入ったばかりの頃は、親元を離れ、合宿のような形でミュージックビデオを撮影していた。メンバーは友達ではなくライバルだと言われるなど、それまでとは違うストレスや悩みが多く、よく泣いてはその人物に話を聞いてもらっていた。そうした経験があったからこそ今があると振り返った。

板野の考え方の土台には、最終的にいい方向へ持っていけばいいという発想がある。決断して踏み出した結果が良くなかったとしても、死ぬこと以外に取り返しがつかないことはない、と板野は言う。結婚のタイミングが違ったかもしれないと思うことがあっても、そこから「このタイミングで良かった」と思えるように頑張ればいい。頭の中で想像するだけで立ち止まるより、踏み出して「こっちじゃなかった」と分かった自分の方が成長している。悩みすぎたら、少しでも心が躍る方へ進んでみればいいという。

日常と非日常が共存していたAKB48時代

小さなことに幸せを感じられるのか、という質問に、板野は晴れていることや美味しいものを食べられたことだけでも幸せだと感じると答えた。おうみは、20代の頃は上を目指すことに気を取られ、目の前の小さなことを軽んじがちだと話し、そういう時期はなかったのかと尋ねた。

板野は、自分には当たり前のことと非日常がずっと共存していたと説明した。有名になりたいと思い、実際に大きく売れた時期は、ほとんど缶詰状態だった。スタジオから移動車で別のスタジオへ、そこからまた移動車で握手会場へ向かう。太陽を浴びられない月が続き、睡眠が3時間しかない時期もあった。だからこそ、晴れた日に歩くことや、友達とカフェに行くことが幸せだと感じられた。握手会の昼休憩に外へ出て太陽を見ただけで、光合成しているような気分になったという。一方で、センターに立つことや紅白歌合戦に出ることのように、多くの人が憧れる場面の幸せも同時に味わっていた。

そこから板野は、夢が叶う瞬間について考えを述べた。朝起きたらいきなり夢が叶っていた、宝くじが当たるようなことはない。大変なことを乗り越えた先に、気づいたら叶っていることの方が多い。だから、まず日常に満足し、幸せを感じられなければ、求めていた場所にたどり着いても「こんなものか」と思ってしまう気がする、と話した。

20代の失敗と「何を失敗とするか」

34年の人生を振り返り、20代で経験しておくべきことを聞かれた板野は、個人的な意見と断ったうえで、20代はいろいろな失敗をたくさん繰り返した方がいいと答えた。テレビ番組で歌詞を大きく間違えたこともある。自分がやりたいと言って始めたのにうまくいかず、アンチコメントで「ほら、言ったじゃん」と言われたこともあった。それでも自分はやりたかったし、失敗したからこそ気づけたこともある。今では全然良かったと思っているという。

おうみは、自分は失敗すると傷ついて終わってしまい、糧にできないと打ち明けた。MCでうまく進行できなかったとき、「駄目だな」で終わってしまう。板野は、それは誰かに言われたのかと尋ねた。おうみが自分の中での評価だと答えると、板野は捉え方の問題ではないかと返した。相手はすごく良かったと思っているかもしれないし、おうみが自分に厳しすぎるのかもしれない。自分の方が甘いのかもしれない、とも板野は笑った。

さらに、結婚して離婚したらどうしようといった先のことを心配する人に対し、板野は「それを失敗と思わなければいい」と話した。結婚して子どもに恵まれ、その子との関係が良いものなら、その結婚がなければ子どもにも出会えなかった。もし離婚したとしても、子どもにとっていい親であろう、その子が幸せなら自分も幸せだと考えることもできる。結局は何を失敗の基準にするかだという。それよりも毎日楽しく生きた方が、周りの人も楽しいのではないか。おうみはこの話を聞き、板野の「ハッピーオーラ」の理由が分かったと述べた。

30代にやりたいこと

30代について、板野は守るものが増えて臆病になるところもあると認めた。仕事では、経営する2社をチーム一丸となって大きくしていきたいという。それとは別に、いつか海外に住んでみたいとも話した。結婚前やコロナ禍の前にはよく海外へ行き、異なる文化や価値観を持つ人と話すことを楽しんでいた。天気のいい国が好きで、そういう場所に行くと力をもらえる。ただ、出産や会社の経営もあり、今はなかなか行けていない。すぐにではないが、もっと海外に行きたいし、いつかは住みたいという。

おうみは前述の取材相手が板野を「有言実行の人」「やらない理由を作らない人」と評していたことを紹介し、そのうち海外へ行くのではないかと話した。

30代の女性へ「まだ全然遅くない」

最後に板野は、30代の女性へのメッセージとしてフリップに「まだ全然遅くない。今からでもなりたい自分になれる」と書いた。

板野によれば、30代は「30代だから」「子どもがいるから」と理由をつけ、本当はやりたいことがあっても我慢してしまうことが増える時期だという。自分が我慢すれば家族が幸せになる、会社で生き残れる、給料をもらっているから、とさまざまな理由を自分に課してしまう。結婚、出産、子育て、キャリアと選択肢が多いからこそ、特に日本の女性は自分を犠牲にしがちではないかと板野は考えている。一方で海外に目を向けると、やりたいことを全部手に入れている女性はたくさんいる。もし悩みやモヤモヤがあり、本当の自分ならこうしたいと思うことが少しでもあるなら、一歩踏み出して挑戦してみてほしいという。

おうみが「小さいことでもいい、歯医者の予約でもいいということですね」と確認すると、板野は同意した。歯が白くなって毎日笑顔でいられる、少しでも外向的になれる、楽しくなれるなら、その時間は大事だと話した。

収録を終えて、聞き手が学んだこと

収録後、おうみは板野の話が具体的で説得力があったと振り返った。「思ったらすぐ行動」の例として歯医者くらいの小さなことでいいと分かり、自分に置き換えるとマッサージに行きたいし、2か月前からダンスを始めたいと思っているのに調べてもいないと気づいた。まずは収録後に渋谷のダンススタジオを調べる、と話した。先延ばしにすると、なぜあのときやらなかったのかと落ち込むことになりそうだからだ。

恋愛の話も印象に残ったという。女性は好きな相手に合わせてしまいがちだが、板野はそれで自分が嫌な気持ちになると分かっているから、そうしない。おうみはそれを論理的で冷静な判断だと受け止め、キラキラしたスター性の強い「雲の上の存在」というイメージとは違い、言語化能力が高く芯の通った強い女性だというギャップを感じた。すごいと言われる人ほど、実際に会うとその理由がよく分かる、とも語った。

番組の第2回にも、おうみが憧れている人物が出演予定だという。「まだ全然遅くない」という言葉を受け止め、女性が勇気を持てるインタビューを届けていきたいと話して、初回は締めくくられた。