「なんとなく眠い」は半うつのサインか。精神科医・平光源さんに聞く、うつ病の手前で踏みとどまる方法

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概要

社会人になってからずっと眠く、頭に霧がかかったような状態が続いている。ただ、病院に行くほどではなく、仕事も普通にこなせている。この状態は放っておいてよいのか。新R25編集部の十石泰誠さんが抱えるこの悩みを、精神科医として約25年のキャリアを持つ平光源さんに相談した。平さんは著書『半うつ 憂鬱以上、うつ未満』で、うつ病の一歩手前の状態を「半うつ」と呼んでいる。平さんは、疲労を神経伝達物質の「生産と消費のバランス」の問題として捉えている。そのうえで、休み方、比較との付き合い方、仕事以外の「島」の持ち方を具体的に語った。

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編集部員の悩み:十分寝ているのに、ずっと眠い

相談の前に、編集部の3人で悩みの中身を確認している。十石さんは睡眠時間を最低6時間、平均7時間は確保している。それでも朝すっきり起きられず、日中も頭がぼんやりした状態が続く。一方で、気分が落ち込むことはなく、日常生活も仕事も問題なく送れている。寝坊や寝過ぎのようにはっきりした異常があれば病院に行くが、「ずっと眠い」程度なら学生時代にもあったかもしれない。そう思える程度だからこそ判断が難しい、と同席した編集部員は指摘した。この編集部員自身も、忙しい時期を経験してから同じような感覚を持つようになったという。

十石さんは、この状態を改善しようと週4回、出勤前に10〜15分ほどジムに通っている。以前は夜に行っていたが、朝があまりに眠いため、体を強制的に起こす目的で朝に切り替えた。同僚たちは、十石さんが難易度の高い仕事も嫌な顔ひとつせず引き受ける姿を見て、かえって不安になると話している。本人は無理をしている感覚がまったくない。ただ、パフォーマンスが上がりきっていない感じはあるという。

本を書いた理由:井戸に落ちる前に声をかける

平さんが『半うつ』を書いたのは、外来診療で、うつ病がかなり重くなってから受診する人が多いと感じてきたからだ。平さんによれば、うつ病の人の多くは最初に体の不調を自覚する。眠れない、お腹が痛い、頭が痛いといった症状で、約65%の人がまず内科を受診するという。そこで「何でもない」と言われると、本人も家族も会社も安心してしまう。その間に症状が悪化し、入院が必要なほどのうつ病になってようやく精神科に来る人がいる。

平さんはこれを井戸にたとえた。井戸に落ちてから救うのではなく、「井戸に落ちかかっているよ」と誰かが言ってあげられる本があれば、多くの人が本当のうつ病にならずに済むのではないか。本はそう考えて書いたという。

謎の疲労感の正体:生産と消費のバランス

若い人から「謎の疲労感」や眠気を訴えられることは多い、と平さんは言う。こうした相談に対して平さんがよく提案するのが、「生産と消費のバランス」を見ることだ。

平さんの説明では、心の働きには3つの神経伝達物質が関わっている。セロトニンが減ると不安や憂鬱が起こる。ドーパミンはエンジンのようなもので、ワクワクする気持ちに関係する。ノルアドレナリンはやる気に関わる。これらが普通に働いていれば日中は活動できるが、枯渇して消耗すると動けなくなり、常に疲れを感じるようになる。

これらの物質は眠っている間に作られる。平さんはこれをお米にたとえた。起きている間の私たちは消費者で、「ひとめぼれ」や「コシヒカリ」を食べるようにこれらの物質をエネルギーにして活動する。眠っている間は農家になり、脳を畑にして物質を作る。慢性的に疲れているのは、このバランスが崩れているからだと平さんは見る。脳を休める時間が短くなり、3つのうち1つか2つが枯渇している状態が半うつだという。

半うつとうつ病の境目

では、どこからが半うつで、どこからがうつ病なのか。平さんは、本には20項目のチェックリストを載せているとしたうえで、半うつは「うつ病に向かう途中」と考えてよいと説明する。

シンプルな目安として平さんが挙げたのは、ザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』だ。番組の最後の歌で、加藤茶さんが「飯食ったか、風呂入ったか」と呼びかける。これと同じように、風呂に入れているか、ご飯を食べているか、男性なら髭を剃れているかを確認する。普段なんなくできていたことがしにくくなり、風呂に入るのが面倒、ご飯を食べるのが面倒だから済ませてしまう、という状態になったら注意が必要だ。それが2週間続くようなら、うつ病も考えなければならない。平さんはこの目安が分かりやすいとしている。

ドーパミンやノルアドレナリンがうまく分泌されていないと、外からはやる気がない、ワクワクしない、楽しくないという状態に見える。真面目な人ほど「こんな自分はダメだ」と自分を責める。しかし平さんは、それは神経伝達物質が減って枯渇しているだけの現象だと言う。「ちょっと減っているかも」と意識を向け、まずはゆっくり休み、しっかり栄養を取ることを大事にしてほしいと話した。

十石さんの状態について、平さんの見立ては「ギリギリ半うつ」だった。

仕事が頭から離れない:スマホを鍵のかかる箱へ

改善策として平さんがまず挙げたのは、精神科の認知行動療法の考え方だ。考え方や行動を変えると気分が変わる。そのために、まず自分がなぜ疲れるのかを深掘りしてほしいという。

平さんに仕事自体をどう感じているかを尋ねられ、十石さんは次のように答えた。半年前に転職し、新しい環境で仕事をしている。仕事への不満はなく、やりがいを持って楽しく働けている。ただ楽な仕事ではないため、休日も、帰宅後も、寝る前も、ずっと頭の中に仕事がある。

これを受けて平さんは、休むときは休み、食べるときは食べ、働くときは働くというメリハリをつけるよう勧めた。現代人はスマホで世界情勢をリアルタイムで見られるうえ、仕事の連絡もつい確認してしまうため、休みが取りづらい。そこで、何時以降はスマホを絶対見ないと決める。物理的に鍵のかかる箱を用意してスマホを入れるくらい思い切ってもよい、というのが平さんの提案だ。

働くことの基本原則:ディズニーランドのたとえ

十石さんは、20代は一生懸命働いたほうがいいという声が多い以上、こうした状態になるのは仕方ない面もあると感じている。それでもうつ病になっては本末転倒だとして、日々の過ごし方を尋ねた。

平さんは若い人に、仕事についての基本原則に立ち返ることを勧めている。コロナ禍で学校で十分教わっていない面もあるからだという。例に挙げたのはディズニーランドだ。1万円近いパスポート代を払った人は、ビッグサンダー・マウンテンやホーンテッドマンションを何の苦労もなく楽しめる。一方、キャストは遊びたい気持ちを我慢してゴミを掃除し、パークをきれいに保つ。その代わりにお金をもらう。楽しいことにはお金を払い、苦しいことをするとお金をもらえる。これが労働の基本原則だと平さんは言う。

とはいえ、ずっと苦しい状態で働くのはつらい。平さんが楽しんで働く「唯一のコツ」として挙げたのは、自分からは見えないけれど、自分の仕事を喜び、感謝してくれている人がいると想像することだ。平さんは十石さん自身を例にした。十石さんは「半うつかもしれない」と言われることを恐れずに自己開示し、この番組を作っている。それに共感して「しっかり休もう」と思う人がいる。十石さんに声は届かなくても、感謝したり感動したりする人がいる。場合によっては命を救われる人もいるだろう。そう想像できれば、もう少し頑張ろうと思えるはずだと平さんは話した。

弱さを認める:三つの「私」とクマの話

十石さんは、本にも書かれていた日本人特有の「恥の文化」に触れた。半うつかもしれないと気づいていても、心の不調を認められない人がいるのではないか、という問いだ。

平さんによれば、若い人には「恥ずかしい」という感覚がある。さらに「恥ずかしいと思う自分は情けない」と考えて悪循環に陥りやすい。平さんはここで「私は3つある」という話をする。頭で考える私、感情で感じる私、体で動く私だ。頭で「自分にはできない、情けない」と考えると、感情の私が強い不安を生む。動物の本能として、不安な対象に向かっていくときは立ちすくむ。立ちすくんだ自分を見て「こんなことでひるむ自分はダメだ」と思うと、不安はさらに強まり、さらに立ちすくむ。

平さんは、この反応自体は正常だと強調する。目の前にクマが現れたとき、瞬時に力関係を判断し、クマのほうが強ければ逃げる。これは生き延びるために大事な能力だ。2〜3歳の女の子が「森のくまさん」の優しいクマを思い浮かべ、「一緒に歌いましょう」と近づけば食べられてしまう。相手と自分を比べ、相手が強ければ引くのは普通の能力なのだから、まずはそういう自分を許してほしいという。

ただ人間の社会では、弱ければ逃げるというだけでなく、弱さを認めながら前に進むことが仕事や成長につながる。平さんが勧めるのは、逃げたくなる体の自分に「俺を生かそうとして逃げようとしてくれているんだな、ありがとう」と声をかけることだ。体の自分を許し、むしろ褒めながら、一歩前に出てみる。それを階段を登るように少しずつ続けると、「意外にできるじゃん」という気持ちになってくるという。

SNS時代の比較:学年を無視して比べていないか

十石さんは、本にある「現代人の5人に1人が半うつの可能性がある」という記述に触れ、要因の一つにSNSがあるのではないかと尋ねた。InstagramやXで周囲のキラキラした話が入ってくる。比較して負けを認められれば悩まずに済むが、対抗しようとすると疲弊する、という見方だ。

平さんが医師になった頃はポケベルの時代だった。スマホがない時代は友達と比べて少し悔しい、少し上だと感じる程度で、それが行動の指針になることはなかったという。平さんは、今は世界水準で比べる相手が存在してしまうことを大変だと感じている。

比較して上か下かを瞬時に判断するのは動物として正常だ。ただ平さんは、その比べ方に誤解があると言う。人間は小学1年生で足し算と引き算、2年生で掛け算、中学で連立方程式、高校で微分積分と段階を踏んで成長する。それなのに、目の前の人が高校1年生か中学2年生かを考えずに「あいつは微分積分ができて、俺は掛け算しかできない」と落ち込むのはもったいない。平さんは自分の経験も例に挙げた。25年目の平さんが若い医師にアドバイスすると、「全然思いつきませんでした」と落ち込まれることがある。しかし2年目と25年目なら、25年目のほうが知識がなければむしろおかしい。十石さんなら「入ってまだ半年だから、これくらいしかできなくて仕方ない」と冷静に自分を許してよい、と平さんは言う。

十石さんはこれに対し、学校には学年という分かりやすい段階があるが、社会人になると一気になくなり、皆が同じ土俵に立っているように感じると応じた。それが誤った比較の原因になっているのではないか、という感想だ。

思考の高速化と「踊り場」

平さんはさらに、SNSで毎日膨大な情報を入力しているせいで思考の速度がどんどん速くなり、単純化しているように感じると話した。必死にはしごを登り続けるようなイメージだという。

平さんはここで、学校の階段にある踊り場を例に出した。2階と3階の間には、少し休める踊り場がある。3階にはまだ着いていなくても、2階から見れば半分は上がっている。踊り場で一度立ち止まり、途中まで登ってきた自分を褒める時間を取ってもよいのではないか、と平さんは提案した。十石さんは、仕事でも日常でも振り返る時間を持つ機会がなかったと話した。そして、弱さを認め、自分の立ち位置を理解し、自分を認めて褒めることが、健康に生きる道につながると感じたと述べた。

心が折れる前に、複数の「島」を持つ

心が完全に折れる前にビジネスパーソンができることとして、平さんが患者によく伝えているのが「島を作る」という考え方だ。

真面目な人ほど「仕事イコール生きること」だと思っていて、仕事の島でしか生きていない。そこでソロキャンプの島、サウナで整う島、バイクの島、レゴブロックの島というように、いくつかの島を持っておく。仕事で追い詰められたらソロキャンプの島へ行く。今はクマが出て危ないと思えばサウナで整う。仕事にだけ全力を注いでいると、仕事がうまくいかないことを人生がうまくいかないことだと誤解し、仕事で何かが終われば人生が終わったと感じてしまう。人生は仕事だけではない、と平さんは言う。別の島で楽しんだりワクワクしたりして元気が出れば、また仕事の島に戻れる可能性も広がる。

平さんが「趣味」ではなくあえて「島」と呼ぶのには理由がある。仕事しかない人は「仕事の日本国」に住んでいて、そこから出られない感覚でいる。そこへ「趣味を持って」と言うと、仕事の島の中に趣味を持ってしまう。すると、追い詰められたときに趣味へ切り替えられない。だから、飛行機か船でなければ行けないくらいにしっかり区切った島を作ってほしいという。

十石さんはこれを聞き、自分は趣味が多いほうだと思っていたが、それらは仕事の島の中に点在しているだけだったと気づいた。ずっと頭に仕事があるのはそのせいではないか、と話している。

「重要な立場だから仕事を忘れられない」への答え

平さんのもとには「先生はそう言うが、自分は会社で重要なポジションにいるので仕事を忘れられない」と言う人も来るという。

平さんはこれに対し、自分も重要な仕事をしていると話す。うつが重い患者から「死にたい」と打ち明けられることは、1日に1〜2人ほどあるという。研修医の頃は、帰宅後も「あの人が死んでしまったらどうしよう」と患者のことを考え続けていた。するとセロトニンやドーパミンが消耗し、翌日も疲れが取れず、正常な判断ができない。平さんはそれを「いわゆる半うつのような状態」と振り返る。

そこで平さんは、翌日のパフォーマンスを最大限に発揮することが患者にとってベストだと腹を決めた。帰宅したらクリニックや患者のことは一切考えないと決めたのだという。仕事のことをずっと考えている自分を「責任感がある」と感じてしまうと、その思いが入り込んできて休めなくなる。だから覚悟を持って、家では仕事のことを考えずにのんびりぼーっとしてほしいと平さんは話した。

島の見つけ方:子どもの頃の「エッセンス」を振り返る

「趣味を持てと言われても、何を持てばいいか分からない」という相談も多い。平さんは、未来に向けて新しい趣味を探すのもよいが、過去を振り返って自分がどんな人間かを見る方法もあると言う。

平さん自身は子どもの頃、プラモデルを作るのが好きで、時計を分解するのも好きだった。時計を壊して親に怒られたこともある。そこから、仕組みを明らかにすることや、手元の材料を上手に組み合わせてより良いものを作ることが好きなのだと分かった。平さんはこれを「エッセンスを見る」と呼ぶ。振り返ると、今の精神科医の仕事もまさにそうだった。認知行動療法をはじめとするさまざまな技法や対話の仕方を集めて組み合わせ、目の前の患者をより良い状態にする。プラモデルやレゴでやっていたことを仕事としてやっているのだと気づけば、それを趣味にしてもよいと分かる。平さんは、人の性格や好きなものはあまり変わらないので、過去から学ぶと趣味を見つけやすいと話した。

平さんは患者の例も紹介した。その患者は花が大好きだったが、花が枯れるのがつらく、花に関わる道に進めなかった。平さんが「花を毎日眺めに行ったら」と勧めたところ、いろいろな花屋を見て回るうちにプリザーブドフラワーの講座が目に留まった。講座の先生から熱心で才能があるから先生になったらと言われ、今はプリザーブドフラワーの先生をしているという。

生きているだけですごい:震災の経験から

最後に十石さんは、うつ病にはなりたくないが、一生懸命働いて人を喜ばせ、活躍したい若手ビジネスパーソンはどう生きればよいかを尋ねた。

平さんは、宮城県石巻市の精神科病院で東日本大震災に被災した。今年の3月11日で15年目になるという。被災をきっかけに、いつ死ぬか分からないのだから、どうせならやりたいことを何でもやってみようと考えた。そうして挑戦したのが開業と本の執筆だった。

そのうえで平さんが伝えたいのは、「生きているだけですごい」という前提を持ってほしいということだ。平さんはここで、ある男性患者のことを思い出したと語った。平さんと同年代で、平さんのことがあまり好きではないのに主治医を変えられず、不機嫌な様子で通っていた人だ。治療方針で意見が対立したこともあった。その患者は震災後、半年から8か月ほど来なくなり、平さんは津波で亡くなったのではないかと思っていた。ところがある日ひょっこり現れ、東京に避難していたが仮設住宅ができてきたので戻ってきたと話した。会った瞬間、それまでのことはどうでもよくなり、お互いに「生きていてよかった」という気持ちになったという。

平さんは、上か下かを比べたり、好き嫌いで被害者や加害者になったりできるのは、生きているのが当たり前だと思っているからだと言う。世界情勢は不安定だが、日本は今この時点では平和を享受している。まずは生きているだけでよい、生きているだけでありがたいという前提に立つ。そのうえで、せっかく生きているのだからやりたいことをやってみる。やりたいことを仕事にできていなくても、仕事で得たお金でちょっとした趣味を始め、夢中になってみる。そして、自分の仕事で助かったり救われたり元気になったりしている誰かがいることを忘れずに働いてほしい。平さんはそう締めくくった。