「上司より努力してから言え」足立康史議員が語る、組織で異論を唱える条件と「信じる力」

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概要

新R25の番組「永田町サバイブ」の後編に、国民民主党の参議院議員・足立康史氏が出演した。前半は政治を若手ビジネスパーソンにとって身近なものにするための話、後半は「評価が気になって上司に異を唱えられない」という若手の悩みへの回答である。足立氏の答えは、必要なのは勇気よりも、上司以上に考え抜き努力したという裏付けだ、というものだった。話は自身が日本維新の会を離れて国民民主党に移った経緯、人生を20年ごとに区切る考え方、そして「信じる力」へと進んでいった。

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政治は「空気や水」、国民・政治・行政は「グーチョキパー」

聞き手からは、若手には政策や政治が生活にどう影響するのかがピンとこないという前置きがあった。足立氏はまず、政治や行政は空気や水のようなものであり、存在を感じないくらいのほうがうまくいっているのだと説明した。

そのうえで、日本国憲法の国民主権に基づけば、国民・政治・行政は「グーチョキパー」の三すくみの関係にあると述べた。王様や将軍が支配していた時代にはパー(王様)とグー(国民)しかなく、王様が一方的に国民を弾圧できた。民主主義はそこにチョキ、つまり政治を新たに作った仕組みだという。チョキはパーに勝つ。政治は行政に対し「そんなことをしていたら大臣を首にする」と指導できる。一方、チョキはグーに負ける。国民は政治家に「次の選挙で落とすぞ」と言える立場にある。足立氏はこれを「グーチョキパーの法則」と呼んだ。

だから若い人も政治家を呼び捨てにしていいし、「仕事を頼みたいから来い」と呼びつけていい、と足立氏は冗談交じりに語った。空気や水のような政治・行政を作っているのは政治家や公務員ではなく自分たちだ、とまず認識することが入口だというのが足立氏の主張である。

在外投票の7割が届かない問題とネット投票

足立氏が推す政策分野はデジタルである。例として挙げたのが選挙だ。足立氏によれば、海外に住む日本人は約130万人で、そのうち100万人以上が有権者である。ところが投票用紙を取り寄せた人のうち、期間が短かったために約7割が実際には投票できなかったという。

聞き手の一人もワシントン在住時に在外投票を経験しており、以前住んでいた日本の住所にひもづく選挙のため大使館まで足を運んだ、大使館から遠い人には厳しい、と振り返った。足立氏は、これを解決するには在外ネット投票しかないと話す。マイナンバーカードで本人認証をすれば、スマートフォンで投票すればよいという考えで、自身は発足当初からのネット投票推進者だと述べた。

「立会人がいない」という懸念と、コンビニ投票という答え

これに対し青山さんが欠点を指摘した。ネット投票では、カメラに映らない場所にいる権力を持つ人が「ちゃんと誰々に入れろよ」と指図しているかどうかが分からない。投票所には立会人がいて、誰かに意思を曲げられていないかを見ているが、パソコンの前では誰がボタンを押したかまでは分からない、という点である。

足立氏は、まさにそこが核心であり、立会人を置けないことがネット投票が進まない理由とされていると応じた。そのうえで、国内のネット投票については「もう答えを持っている」として、コンビニ投票を提案した。懸念されているのは、例えば宗教団体がホールに信者を集め、互いに監視させながら一斉にスマートフォンで投票させるような事態だ。それならコンビニで投票すればよい。投票所の立会人は、自治会の人などが法律上の整理のもとで義務を負いつつ立っており、地域の人の顔を知っていることが期待されている。同じように近所の人がコンビニに一人立てばよく、今のコンビニには戸籍謄本なども取れる複合機があるので、そこで投票できるようにすればいい、というのが足立氏の構想である。さらにコンビニには必ず防犯カメラがあるため、後から確認することもできると付け加えた。

在外投票ではすでに「妥協」がある

在外ネット投票についても足立氏は「答えがある」と言う。それを国会で明らかにしたのがチームみらいの安野さんだという。安野氏は、現在の在外郵便投票に立会人はいるのかと質問した。いないのである。在外投票は選挙全体を決めるものではないため、在外有権者の投票権を実現するうえで、現行制度もすでにその点には目をつぶっている。つまり制度にはもともと妥協が含まれている、という指摘だ。

足立氏はここから、制度は100点を取れないという考えを述べた。議論ばかりしていても進まないので、どこかで折り合いをつけて決める必要がある。80点の制度と90点の制度があれば90点のほうに変える。少しでも点数を上げていく営みが制度づくりだ、という。

聞き手からは、デジタル化で取り残される高齢者が出るのではないかという懸念や、ネット投票によって選挙結果が変わることを現職議員が恐れているのではないかという指摘も出た。足立氏は、その恐れは与党の自民党が抱いているとし、現在は高市氏の人気もあってあまり変わらないかもしれないとしつつ、かつての自民党が若い人の投票で選挙結果が変わることを恐れ、それゆえに進まなかった面は否定できないと述べた。そして少子高齢化と厳しい国際環境の中で日本の繁栄を続けるには、デジタルしかないというのが自身の考えだと語った。

未来を見据えるリーダーは「耳の痛い話」を求める

足立氏は、この構図はビジネスの世界にも通じると話を広げた。巨大な政党があるのと同じように巨大な企業があり、ネットやデジタルの分野では新しい企業が次々と生まれ、アメリカではGAFAMが台頭している。政党でも会社でも、次の時代も生き残らせたいと本当に未来を見据えているリーダーは、苦言や耳の痛い話を求めているはずだ、と足立氏は言う。求めていないなら、それはいわゆる裸の王様だというのである。

物を言うと出世しないのではないかという見方に対して、足立氏は自身の経験を持ち出した。党の役職にも就き、今の国民民主党でも十分に仕事をさせてもらっている、という。

維新を追い出され、引退宣言から10日で拾われた

足立氏は一昨年10月の総選挙の際に維新から追い出されたと語った。希望だと思っていた維新がもうダメなのだから、政治で何を訴えればいいか分からなくなり、「希望の光は消えた」として立候補を見送り、引退を宣言した。

ところが選挙が10月27日に終わってから10日ほど後の11月8日には、玉木さんと榛葉さんから「うちに来ないか」と声がかかったという。足立氏はこれを、外の人はちゃんと見ているという例として挙げた。拾ってもらったのだから、この党に社会人生活を捧げようと決めた、それが人生の一つの転機だった、と語っている。

上司と意見が対立したら、どちらが正しいかは「組織の未来」で決まる

ここで聞き手が本題を投げかけた。自分を評価するのはリーダーや上司であり、その意に反する主張をしたいとき、なかなか言い出せない。どうすればよいのか、という問いである。

足立氏の答えは明快だった。本当に相容れないのなら、自分か上司のどちらかが間違っている。その判断基準は組織の未来である。上司のほうが会社の未来をよく見て正しい方針を出しているのに、それを邪魔しているだけならやめてほしいとなる。逆に、本当に会社の未来のためになることを言っているのなら、まともな上司なら聞くはずだ。それを嫌がるのは役に立たない上司であり、そういう上司がのさばっている会社は辞めたほうがいい、社会人生活を捧げるに値しない、とまで足立氏は言った。ただし、自分が間違っていないかはよく吟味したほうがいい、と念を押している。

正しいか分からないなら黙れ、準備を尽くしてから言え

では、自分が正しいかどうかはどうすれば分かるのか。聞き手がそう尋ねると、足立氏は「本当に正しいかどうか分からない時は黙ってた方がいい」と答えた。水面下で10倍、100倍の努力をしてから浮上すべきだというのである。

会議で思いつきの発言をするのはやめたほうがいい、みんなプロなのだから、と足立氏は続ける。議題について考え抜き、場合によっては同僚や同期入社の人と酒を飲みながら「どう思う」「絶対うちの会社はやったほうがいいよな」というところまで議論しておく。そのうえで、同僚が「怖いから言いたくない」と言うなら「分かった、俺が代表して言ってやる」という形で発言すればよい、という。

聞き手が、下準備を怠っているのに意見だけ言いたいというのはよくある話だと指摘すると、足立氏はそういう人はベンチャーでも大企業でも公務員でも政治家でも、どこに行っても役に立たないと断じた。青山さんもメディアで活躍しているのは水面下で努力しているからであり、大谷翔平もイチローも、成功者は見えないところで100倍、1000倍の努力をしているという。

上司も努力しているのだから、努力の比較で負けているならもう言わないほうがいい、とも足立氏は述べた。自身は維新にいたとき、どの国会議員よりも自分が努力しているという自信があり、どの民主党系議員よりも仕事をしているという自信があったから言い続けたのだという。聞き手はこれを、裏に圧倒的な努力があり、同じように信じてくれる仲間がいることだとまとめた。足立氏は、みんなが賛成していても言える人は少ないからこそ、買って出て「俺が言ってみる」という発言に重みがあり、一人の思いつきで会議を乱すのは無責任だと付け加えた。

予算案をめぐる党内議論──1時間の討論と、納得しての反対

責任と根拠のある発言なら、多少全体の空気と違ってもよい。その実例として足立氏が挙げたのが、先日の予算案をめぐる国民民主党内の議論である。党は予算に反対したが、足立氏は党内で賛成すべきだと言い続けた。心の中では同じ考えの人も何人かいたと思う、と足立氏は言う。15分の予定だった会議は1時間以上に延び、その原因は自分だったと認めている。

議論は、53人の同僚議員を前に、榛葉幹事長と足立氏が何往復もやり合う形になった。対談、あるいはディベートのような状態で、全員がそれを聞いたうえで最終的に反対でいこうということになった。足立氏は、決定の際に自分も拍手したと振り返る。今でも賛成したほうがよかったと思っているが、あそこまで議論して多数を取れないのであれば、一緒に反対するという。自分が言いたいことを言い、それが通らなくても、言うことに意味があったと思えればよいのかと聞き手が確認すると、足立氏は、会議全体にとって価値ある議論にすることも努力の一つだと答えた。

聞き手が、それを許容する上司の力も大事だと指摘すると、足立氏も同意した。玉木さん、榛葉さん、浜口政調会長といった懐の深い人がいなければ不満が残ったかもしれないが、今はまったく不満がないと述べている。聞き手が、はっきりした考えを持つ足立氏なら国民民主党でも別の不満がたまるのではないかと尋ねると、足立氏は「全くない」と答え、今は丁寧にやり、情報も入るようにしていて、なんとか受け入れてもらえていると語った。聞き手からは足立氏自身が変わったのではないかという声も上がり、足立氏も「成長しましたね」と応じた。

自分の成功ではなく、政党を成功させたい

足立氏は、維新にいた12年間については、新しい政治を作るためだったので最後に追い出されても仕方ないと思っていたと言う。しかし国民民主党以外に次はないので、ここでは失敗したくない。それは自分が失敗したくないのではなく、国民民主党を失敗させたくないのだと強調した。

足立氏が作りたいのは、自民党政治に代わる、デジタルを基調とした合理的で透明で公正、公平な経済社会であり、それを担えるちゃんとした政党だという。自分は代表でなくてもいいし、執行部に入らなくてもいい、そういう政党の手伝いをしたい。国民民主党がこれまでの5年に続き、次の5年、その次の5年と進み、自民党のように70年もつ党にするための作業をあらゆる分野で尽くしている、と語った。

悪い上司の下にいる時間も無駄ではない

聞き手は、勇気を出して発言するには上の人の懐の深さや、その場所を本当に変えたいという気持ちが必要だが、若手はそもそもそういう職場にいられていないことも多いと投げかけた。入社前にどんな会社かは分からないし、ついていきたい職場をどう見つけるかという問題もある。

これに対して足立氏は、自分の社会人生活にとって維新が何だったかと言えば「素晴らしいの一点」だと答えた。維新がなければ衆議院に出られなかったし、今では反面教師になっているが、良い意味でも悪い意味でも学んだことはたくさんある。この日話したことのほとんどは、維新の中で生活しながら蓄えてきたアイデアであり、だから無駄ではないという。悪い上司に恵まれない時期も、次に向けた勉強の時間になる、というのが足立氏の見方である。

人生を20年ごとに区切る

聞き手が、足立氏の考え方はスパンが長いと感想を述べると、足立氏は人生論に話を進めた。今の若い世代は絶対に100歳を超える、平均が100歳を超えてくると思う、と足立氏は言う。そのうえで、かつて京都大学にいた数学者の森先生の、人生を20年ずつ区切ってそれぞれを一つの人生と思え、という発想を紹介した。

足立氏自身、20年勉強し、20年霞が関にいて、維新に12年、準備期間も含めれば15年ほどいたので、おおむね20年ずつだという。20年ごとにフェーズが変わっていくくらいダイナミックな人生のほうが楽しい、人生100年なら5回の人生がある、と語った。

だから、誰からも見捨てられ、お金も名誉もなく、友達も少なく「なんだ俺は」という時代があってもいいのだと足立氏は言う。聞き手が「党を追い出されても平気だと」と返すと、足立氏は、むしろそれがあったから自分を見つけてくれた有権者がいると答えた。維新を追い出されたときの顛末をずっと見ていて、応援したいと思ってくれた人がたくさんいて、先日の全国比例の選挙で12万票を得て当選できた。それが土台になって次のステップができていく。順風満帆な社会人生活はありえないし、それでは勉強できない、修羅場をくぐってこそ成功がある、と足立氏は語った。一方で、一つの会社を勤め上げる手堅い人生も、その人の価値観に合っているなら否定しないとも述べ、自身はダイナミックな人生を送って最後に勝って終わりたいのだと話した。

落ちている時に踏ん張れるのは「自分を信じる力」

聞き手の一人は、波の下にいるとき、足立氏はこの後で帳尻が合うと考えて踏ん張れるが、下にいるとどうしても落ち続けてしまうのではないか、と尋ねた。

足立氏は、言葉は悪いがと断ったうえで、それを「信仰」と呼び、自分を信じる力が大事だと答えた。日本人は無宗教の人が多いため宗教観が弱く、宗教を分かっていないから創価学会を馬鹿にしたりする、というのが足立氏の見方である。聞き手が「自分は守られているという感覚ですか」と尋ねると、足立氏は「違う」と否定し、一人ひとりの人間に価値があるという感覚だと説明した。今はこんなに苦しいけれど、自分には絶対に価値がある、だから生まれてきたのだ、と信じる力である。キリスト教でも仏教でもイスラム教でも、世界にはそれぞれの形でそれがあり、その信じる力を重視しない社会は壊れていく、と足立氏は述べた。聞き手も、自分を大切にしないと罪を犯すことも簡単にできてしまうと応じている。

足立氏は、創価学会がどうこうという話ではないとしつつ、戦後日本社会で創価学会と公明党が果たした役割は大きいと思っていると補足した。聞き手が、戦後の荒廃期に宗教に救われた人は間違いなくいたと言うと、足立氏は「救われたんじゃない、もともと力を持っているのだ」と返した。教祖や仏像、十字架に救ってもらうという発想もあるが、自分がこの日一般論として話しているのは自分自身の力のことだ、と足立氏は説明した。

父親とデジタル、そして若い世代への羨望

聞き手の一人は、300年以上生きたい、脳だけになってロボティクスでもいいから生き続けたいという思いが自分の信念だと最近分かり、力が湧いてきたと話した。足立氏も、AIとデジタルの社会がどうなっていくのかを見届けたいと応じ、今の若い世代が100歳まで生きるとしても、その間に経済社会は大きく変わるだろうから楽しみだと語った。

足立氏の両親は昭和10年、11年生まれで90歳を超えて健在であり、父親は今もゴルフをし、デジタルが大好きで毎日何かを操作しているという。昔から新しいデジタル機器が出ると買ってくる人で、足立氏自身も中学生の頃から日立のベーシックマスターやシャープのPCで機械語のプログラムを作るデジタル少年だった。父親は社会が変わっていくのが楽しくて仕方がなく、それを見続けたいから頑張って生きているという。足立氏は、若い人は消費者としてではなく作る側としてそれをリードしていけるのだから本当に幸せだ、自分は還暦だから羨ましいと語った。

足立氏は、ここまでの話をしたのは初めてだとも述べた。普段は周りが「もう終わっている人ばかり」なので聞いてもらえないが、若い人が相手だと教えてあげたくなる、と笑いを交えて話している。

締めの一言は「信じる力」

最後に若いビジネスパーソンへのメッセージとして、足立氏は「信じる力」と書いた。そのうえで、この日は自分を信じるという結論になったが、友達を信じるのにも力がいる、と補足した。上司も一生懸命やっていて、自分より時間をかけて裏で努力しているかもしれない。上司を信じてあげなければならない時、支えてあげなければならない時もある。人間にはさまざまな力があるが、すべての人に共通して必要な力は信じる力ではないか、と足立氏は述べた。

聞き手からは、意見を言わない人でも、会社がやっていることを本当にいいと信じていれば、その人の力は発揮されるという声も出た。足立氏は、会社は一つの目的を持って事業をしているのだから、その目的を信じ、会社を信じ、仲間を信じてやっていけばいいと応じた。それでも駄目なときは自分のように次のフェーズへダイナミックに展開していけばいい、いつか帳尻が合う、それも信じていくことだという。

聞き手は、冷笑的でクールな若い世代が多い中で、こうしたメッセージを直接語ってもらえたと感想を述べた。足立氏は、普段はクールでも中身は熱い人がかっこいい、冷笑的で中身も冷たいのは寂しいと語る一方で、自分たち政治家は表現するのが商売だが、皆さんは普段それを口に出して表現する必要はないと付け加えて、対談を締めくくった。