30代未婚の「寂しさ」はどこから来るのか 統計のプロ・サトマイが語る結婚の目的と自己決定

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概要

30代で独身の人は、「結婚しなくてもいい」と言われる時代の空気と、「30を超えてまだ未婚なのか」という視線のあいだで、どう自分の選択を決めればよいのか。新R25の動画で、元NHKアナウンサーで30代独身のおうみゆかが、この問いを同世代のサトマイ(佐藤舞)にぶつけた。サトマイは結婚相談所プラットフォームを運営するIBJの役員で、著書に『あっという間にお金はなくなるから』がある。サトマイも30代で独身であり、同じく元NHKの経歴を持つ。

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サトマイの答えは一貫していた。結婚するかどうかは、自分の意思で決め、そのリスクも自分で引き受ければどちらでもよい。ただし自分の本音が分からない状態では、その自己決定ができない。対話は結婚の目的の分類から始まり、友人関係の広げ方を経て、自分の感情を言葉にする方法へと進んだ。

自立と寂しさのあいだで揺れる30代

おうみはまず、自分の迷いを具体的に語った。女友達とカフェに行けば結婚の話になる。「女性も自立する時代だから結婚しなくてもいい」と言われ、自分もそう考えて仕事に熱中してきた。ところが30代に入ると、「30を超えているのにまだ結婚していないのか」という目を向けられることが正直あるという。同世代が次々と結婚し、遊んでくれる友達がいなくなる。「もう本当に1人なんだ」という感覚になり、結婚していないことを惨めだと感じる瞬間もある。

自立と寂しさの狭間で揺れるのがアラサーのリアルだ、というおうみの整理に、サトマイは「多いと思いますよ」「めっちゃ共感している」と応じた。そのうえで、今回の話を受けてから自分なりに分析してきたことを紹介した。

結婚の目的は「4+1」

サトマイは、結婚する目的や意味は「4+1」ほどに分けられると話した。根拠としては、IBJの役員としてデータに触れていることに加え、多くの人を主観的に観察してきたことや、データにはなっていない婚活事情を知っていることを挙げている。

1つ目は子どもに関わること。子どもが欲しい、家庭を持ってみたいという目的である。2つ目は体裁に関わること。結婚していないと変に見られる、所帯を持っているほうがちゃんとして見える、そういう年齢だから、といった理由がこれにあたる。3つ目は恋愛の延長で、長くパートナーがいて、年頃になったのでそのまま結婚するが、子どもが欲しいわけではないというタイプだ。4つ目をサトマイは「プロジェクト型」と独自に呼んでいる。仕事がひと通り落ち着き、これまで自分のためにやってきたが、家庭があればもう少し頑張れる気がする、人生に別の目的や目標を見いだしたい、というときに結婚するタイプである。

そして「+1」が生活のためだ。1人で暮らすより共同生活のほうが生活コストが下がる、という理由である。これを別枠にしたのは、令和の今ではこの理由がかなり少なくなったからだとサトマイは説明する。昔は多かったが、女性も働いて1人で生きていけるだけの収入を得られるようになった、というのがおうみとのやりとりで確認された理由だ。

母の姿から16歳で決めた「依存しない」生き方

サトマイ自身は、この4つのどれにもあまり魅力を感じないという。その背景として語ったのが、自分の家庭の経験である。

両親はともに高卒で、母親は25歳で結婚し、サトマイは長女として生まれた。父親は経営者で、最初は順調だったが事業がうまくいかなくなり、借金を返せない状態に陥った。サトマイが中学生のころには、借金取りがほぼ毎日のように家に来ていた。父親は逃げ回り、借金取りの相手をしていたのは母親だった。自分が被害を受けたというより、母親を見ていて本当に大変そうだったとサトマイは振り返る。

サトマイが高校1年生のときに両親は離婚した。母親はすぐにお金に換えられるような社会的スキルを持っていなかったため、パートをいくつも掛け持ちし、3人きょうだいを必死に育てた。その姿を見て、16歳のサトマイは「人生を誰かに幸せにしてもらおうと考えるのはかなりリスクが高い」と考えたという。配偶者や会社、行政の仕組みに期待して依存するより、自分の足で立てる状態のほうが安心できる。以来ずっとそういう選択をしてきた、とサトマイは話した。

寂しさは「相対比較」が鳴らすアラート

では、なぜ結婚していないと寂しさや惨めさを感じるのか。サトマイは心理学的な説明として、人が幸せかどうかを絶対比較ではなく、社会的な相対比較によって判断しているという説を挙げた。

20代までは、自立して自分でお金を稼ぎ、社会的な関わりも多い。そのため自分は社会から必要とされている人間だと思え、それで十分だと感じている。ところが30代以降になって周りが結婚していくと、自分は「結婚」というシンボルを持っていないことになる。社会的に比較したとき、それを持っていないのはまずいのではないか、というアラートが鳴っているのだろう、というのがサトマイの見立てだ。

サトマイはさらに、SNSで婚活支援をしている人たちが「このままだと子どもが欲しいときにできないかもしれない」「年齢を重ねると需要がなくなる」と煽ってくることにも触れた。これは、その人自身が社会的なニーズを失うことを恐れていて、それを見る側に投影しているのだとサトマイは考えている。社会的なニーズを失うくらいなら、家庭や子どもを持つことで「自分は誰かに必要とされている」という事実を作りたい。そういう理由で結婚する人はかなり多いと思う、と話した。

満足度を左右するのは「相手の振る舞いを許せるか」

おうみが「それはいいことなのか」と尋ねると、サトマイはどちらでもよいと答えた。人は自分が決めたことを正当化する生き物なので、結婚しない道を選んだ人も、世間体を気にして何となく寂しいから結婚した人も、最終的には自分の人生で良かったと思うようになる、という理由である。

一方でサトマイは、結婚相談所の仕事を通じて婚活のプロと接する中で聞いた話も紹介した。満足度の高い結婚生活で重要なのは、相手がどうかよりも自分の中の感覚だという。相手が客観的にはあまり良くない振る舞いや言動をしたときに、それを自分の中で許せるかどうか。これが結婚生活やその後の関係を予測するうえで最も大事らしい、とサトマイは伝聞として語った。

自立した人ほど結婚は「違うゲーム」になる

サトマイは、自立してきた女性の「あるある」として、自分がコントロールすれば結果が変わるという経験を積んできた人が多いと指摘する。自分のことは自分ででき、仕事でも成果の出し方が分かっている。しかし結婚は相手がいなければ成り立たない話で、これまでのやり方とはかなり違うゲームになる。

そこでサトマイ自身は、自分で懸命に結婚相手を探すのではなく、「いい人がいたら紹介してください」と声をかけて分散させている、つまり「気を散らしている」という。自分で探すと時間を使わなければならない。プロフィールを書くのも、LINEのやりとりも「マジでめんどくさい」ので、そこにコストを払いたくない。おうみもこの感覚に強く共感していた。

代わりに、自分のことを比較的よく知っていて人脈もある人たちに声をかけておき、合いそうな人がいたら教えてもらう。そうすると時々食事の場が設けられ、そこで気に入った人がいれば結婚しようかな、という程度の構えだという。おうみが「受け身ということか」と言うと、サトマイは「積極的受け身」「ポジティブ受け身」だと表現した。

おうみが「一生来なかったらどうするのか」と尋ねると、サトマイの答えは明快だった。紹介者は変な人を紹介できないので、声がかからないのは自分が紹介に値する人間ではない、つまり自分の魅力が足りないということだと受け止める。社交辞令で「紹介するよ」と言われていたとしても、実際に声がかからなかったなら、自分が思っているより自分の評価は低いのだと考える、と話した。

「友達の定義」を考え直す

話は友人関係に移った。サトマイは、自分の場合「友達の定義」がかなり曖昧だと言う。学生時代からの友人はほとんど結婚しており、会うのは年に数回、食事に行く程度だ。一方、普段仕事をしている経営者仲間には結婚していない人もいて、仕事仲間でありながら友人のような関係の人が多い。仕事仲間の夫婦と一緒に旅行に行くこともある。友達とも仲間とも言い切れないが、とても親しい関係だという。

おうみが「夫婦と一緒にいて、自分だけ独身だと思わないのか」と聞くと、サトマイは「全然思わない」と答えた。おうみのほうは、友人とその夫と3人で国内旅行をすることがあり、「なんで私ここにいるんだろう」という気分になるという。3人だとディズニーでも1人余る。そんなとき、自分が結婚していればよかったのではないかと考えてしまう。サトマイは、余る感じは物理的に見えるから確かにある、と認め、「ディズニーは偶数で行け」というライフハックもあると応じた。

おうみは、結婚していないこと自体はいいのだが、その絶妙な気持ちのまま宙ぶらりんでいるより、「1人でもいい」と思えるようになるのか、「やっぱり結婚しよう」と思うのか、どちらかに決めたいのだと打ち明けた。サトマイもその気持ちはよく分かると繰り返した。

『葬送のフリーレン』と、ニーズを満たす関係の「分散」

ここでサトマイは『葬送のフリーレン』を引き合いに出した。作中の印象的なセリフとして、旅をするには話し相手がいたほうがいい、という言葉があるという。

サトマイは、欲を言えば結婚して新しい体験をし、結婚とはこういうものかと味わってみたい気持ちはある、と語る。しかしそれがかなわなくても、一緒に仕事をしている仲間と体験を共有することはできる。だから、仮に結婚しなかったとしても同じようなニーズを満たせる人間関係があるかどうかのほうが大切だと考えている。しかも、そうした関係は結婚相手を見つけるよりも数を増やしやすい。おうみはこれを「分散」だと受け取った。

関係を増やす方法としてサトマイが挙げたのが、普段と違うコミュニティに顔を出すこと、そして「意外とポイント」だという趣味を持つことだ。料理教室でも陶芸でも何でもいいが、1人で完結する趣味ではなく、人がいる場所に行く趣味であることが重要だという。そこには価値観の合う人がいたりする。趣味のコミュニティ、副業関係、仕事関係、勉強関係など、職場と自宅の往復以外に、自分から出向ける人のいる場所をいくつか持っておくことを勧めた。

1人の親友に頼っている不安

おうみの趣味は、モータースポーツ観戦、アイドルや音楽のライブ、キャンプなどだ。ただ、どこに行くにもいつも同じ女友達と一緒だという。今誘えば今から来られるほどの関係で、先ほどの旅行の話に出てきた既婚の友人でもある。おうみはその1人に頼っている自覚があり、もしその友人に子どもが生まれて環境ががらりと変われば、喪失感や焦りを覚えそうだと話した。とはいえ、今からコミュニティを広げるのは少し疲れる、とも。

サトマイは自分の例として、あちこちに自分から顔を出すというより、今の人間関係の中で「今度こういうことを一緒にやってみない?」と誘われたものに、とりあえず行ってみるのだという。すると別の人がいて、友人の友人という形でつながりが広がっていく。

「壁がある」と言われる理由と自己開示

おうみはここで、自分は人との距離があるタイプだと打ち明けた。まさにその親友から、距離が近いように見えて実はものすごく壁がある、と言われたことがあるという。サトマイも「同じ匂いを感じる」と言い、自分も言われると応じた。友達はたくさんいるが、深く付き合い、本当に信用できる友達はとても少ない。ただ、それは大人になれば普通のことだとも付け加えた。

それでもサトマイは、今大事にしている友人がいなくなったときに他の人との関係を深められなければ、「結婚しないと幸せになれないのかもしれない」「1人で寂しい」という感情を持ち続けることになるのではないか、と指摘した。旅行に一緒に行くには、ある程度心を開いていなければならない。おうみにとってそれができるのは、今はその友人1人だけだという。

サトマイによれば、心理学的に壁があるように見える人は、自己開示をあまりしていないように周りから見えている。特に自立している女性は、何でも自分でできそうで弱みを見せたくないのだろうと周囲が勝手に思い、それを壁と感じる人もいる。だからこそサトマイは、そう思われる可能性が高いと分かったうえで、あえて「いい人がいたら紹介してください」と口に出しているのだという。

おうみは、自分が7〜8年間、職業柄ずっと人の話を聞く側にいて、自分の深い部分を人に話すことをしてこなかったと振り返った。サトマイは、おうみの傾聴力やインタビュー力は達人レベルだろうと認めつつ、仕事では相手の発言に共感を示すことが求められがちだと述べた。そのうえで、「いや、でも私はそこはこう思うんです」と返せるようになると、少し変わってくるかもしれないと話した。

選択を「正解」にする自己決定

終盤、おうみは結婚に限らず人生の決断について、あとから「あの選択でよかった」と思えるために最も重要なことは何かと尋ねた。サトマイの答えは、自己決定するかどうか、だった。周りに決められるのではなく自分の意思で決め、それに伴うリスクも引き受けることである。

周りに流されて選んだことは、あとで良くないことが起きたときに周りのせいにしてしまう。「あの人がこう言ったからやったのに、うまくいかないじゃないか」となる。しかし、リスクはあるかもしれないが自分はこちらに行きたいから選んだのだ、責任も自分で取る、と決めておけば、その後は自分で自分の尻拭いができる。

本音を知るために、感情の語彙を増やす

問題は、自分がどうしたいのかを把握することを苦手とする人が多いことだ。サトマイは女性はそれが苦手だと言い、おうみも「苦手です」と認めた。サトマイ自身は得意だという。

どうすれば得意になれるのか。サトマイがまず重要だと挙げたのが、感情のバリエーションを増やすことだ。感情に関する語彙の豊かさが、セルフコントロールなどのスコアと相関しているというデータがある、とサトマイは紹介した。ポジティブなときに「めっちゃいい」「最高」しか言葉がない状態ではなく、それは嬉しいのか、楽しいのか、充実しているのか、有意義なのかを区別できるようになると、「自分はこういうときに充実感を覚えるのだ」と自己分析ができる。語彙が少ないと世界も自分も大雑把にしか捉えられず、自分がどういう人間なのか分からなくなる。

ネガティブな感情も手がかりになる。怒りが湧くのは、自分が大切にしている何かが傷つけられたからだと考えられる。そのとき、自分は何を大切にしているのかを内省する。語彙が多いほど、それを表現しやすいとサトマイは言う。おうみにも、嫌なゲストの相手をしなければならない場面はあるだろうが、なぜこの人を嫌だと思うのかという感情的なサインを見つけていくほうがいい、今は言語化できていないだけだと思う、と助言した。

「全部スルーしてきたかもしれない」

おうみは、30歳になっても自分のことが分かっていないのか、と驚いた。サトマイは、意識的にやらなければ分からないものだと答えた。

おうみの周りには、男女を問わず「これがいい、これが嫌だ」とはっきり言える、軸の通った人が多い。一方で自分は、どれでもいいし、誰もが可愛いしかっこいいと思える。芸能人でも好きなタイプがおらず、「みんなそれぞれいい」という状態だ。なぜ何か1つに決められないのか、自分だけなのかと思っていたという。

サトマイは、今のおうみにはポジティブな感情よりも、押し殺してきたネガティブな感情に焦点を当てるほうが大事かもしれないと述べた。なぜそれを押し殺してきたのか、何を守るために押し殺していたのかを、玉ねぎの皮をむくように、仕事や人間関係の場面で感じた小さなイラッとした気持ちや傷ついた感覚から探っていく。

サトマイ自身の例も示された。嫌なクライアントがいたとき、なぜこの相手がこんなに嫌なのかを考え、自己分析の材料にしていた。振り返ると、自分の時間をぞんざいに扱われたことが嫌だったのだと分かった。それが分かってからは、自分の時間をぞんざいに扱うような振る舞いや言動をする人とは仕事をしない、付き合わないという判断に生かしているという。軸があれば、この場合はこうする、という選択が自分でできるようになる。

おうみは、自分はそこを全部スルーしてきたかもしれないと応じた。アナウンサーとして、人が用意してくれた番組にアサインされ、その中で泳いできた。この番組がいいからやる、というのではなく、置かれた場所で「仕事なので、よろしくお願いします」と引き受けてきた。感情としては「無」だったという。嫌な人も気の合わない人もいるが、そういうものだと割り切る力が大きくなりすぎて、何が嫌で何が本当に好きなのかが分からなくなった。話を聞いてそう気づいたおうみは、「結婚どうこうより、まずそこだ」と語った。サトマイもそう思うと同意し、対話は「嫌なことを見つける」という課題を確認して終わった。