自殺、親の干渉、性自認:子どもからの相談にひろゆきが答える
ひろゆき, hiroyukiふだんは酒を飲みながら雑談する配信をしているひろゆきが、この回では趣向を変え、子どもや若い人から寄せられた質問に一つずつ答えている。質問は自殺、学校での無視、親の干渉や暴力、進路、性同一性障害、感覚過敏まで幅広い。回答の軸は、ほぼ一貫して二つにまとまる。他人や社会は変えられないので自分の側で対処する、という考え方と、違法な扱いや話の通じない親からは児童相談所を通じて離れるべきだ、という考え方である。
「なぜ自殺してはいけないのか」
最初の質問は「なんで自殺をしてはいけないのですか」というものだった。ひろゆきは、自殺をしてはいけない理由が本当にあるかというと実はあまりない、と率直に答える。そのうえで、友達に「自殺していいか」と聞かれたら「僕が嫌だから死んでほしくない」と言うだろう、と話す。友人でも家族でも近所の人でも、誰かが自殺すれば自分は嫌な気分になる。だから止めたいのであり、それはエゴの塊なのではないか、というのが本人の説明である。
例として、以前住んでいた部屋の大家さんが亡くなったときの話を挙げた。ひろゆきにとってはかなり悲しい出来事だったが、大家さんのほうは自分の死でひろゆきが悲しむとはおそらく思っていなかっただろう、と言う。人の死と周囲の感情はそういう関係にある、という趣旨だ。そのため、知り合いのコンビニ店員や友達など身の回りの人に「死んだらどう思う」と聞いて回れば、1人か2人は悲しいと答える人がいるはずで、その場合はその人のために死なないほうがいいのではないか、と結んでいる。
無視されたらどうするか
学校で無視されたらどうするか、という質問には、まず「無視されて何か困ることはあるのか」という問いを返す。そのうえで、自分なら相手がどこまで無視を続けられるかを試す、と答えた。
具体例として、相手の机の筆箱を指して「このボールペンもらうけど、嫌だったら言ってね」と声をかけ、何も言われなければそのまま取る、というやり方を挙げている。黙っているなら取ってよいということになるので、いろいろな物を取り始めれば無視は続けられなくなるだろう、という理屈だ。ひたすらつつき続けるなど、相手が反応せざるを得ない状況を作るのがよい、というのが回答である。
親の愚痴が怖い:変えられない環境には自分を合わせる
子どもの前で親が週3〜4回仕事の愚痴を言い、声を聞くだけで怖くなるという相談には、「普通です」と答えた。子どもに愚痴を聞かせないほうがいいと考える大人もいるが、出来事や不満を口にせずにいられない人もいる。殴ってくるのでなければ、大声の愚痴が不快だという程度の話だ、という見方である。
ひろゆきは、大人になっても恋人や飲み会での同僚など、嫌な気分になることを言う人は周りに当然いる、と続ける。雨音がうるさくても雨は止められないのと同じで、人間は愚痴を言う生き物だと思って聞き流す癖を早めにつけたほうが楽だ、という。周囲の環境を変えられないなら、その環境で平気な自分に変えるほうが早い、というのが結論である。
勝手に部屋に入り物を捨てる親:「普通の家庭」は自分では判断できない
「暴力もネグレクトもない一般的な幸せな家庭」だが、親が勝手に部屋に入り鞄の中を見て、「これはいらないでしょ」と大切な物を捨ててしまう。自分がおかしいのか、という質問に対し、ひろゆきは「僕はおかしいと思います」と答えた。
まず、「これはいらないでしょ」と疑問形で聞かれた時点で、必要だ、好きな物だから捨てないで、と意思を示すべきだという。それができないのは親が怖いからではないか、とひろゆきは推測する。さらに、質問の冒頭にある「暴力もネグレクトもない」という前置きに注目した。本当に普通の家庭の人はそんな前置きを書かず、単に「一般の家庭で育った」と書くはずだ。この言い回しは親が「うちは暴力ないでしょ」と唱えている言葉なのではないか、という見立てである。
そのうえで、自分の家庭がおかしいかどうかは家族の内側からは判断できない、と説明した。例として、夕飯に牛肉を食べて美味しかったという家庭も、インドでは牛を神様の使いとするヒンズー教の価値観からおかしな家庭になる、という話をしている。文化や状況によって「普通」は変わるので、具体的に何が起きているかを周りの複数の大人に相談したほうがいい、というのが助言である。
親に進路を邪魔されたら
「親に進路を邪魔されそうで怖い。本当に邪魔されたらどうするか」という質問には、行きたい道が邪魔されるのは当然で、うまくいかないのが当たり前だ、と答えている。パイロットを目指してもお金が足りないなどの障害で諦める人は多いし、サッカー選手を目指しても同世代に優秀な人がいれば自分は選ばれない。親以外にも思い通りにいかない要因はいくらでもある、という。
むしろ親が本気で止めるのは難しいのではないか、とひろゆきは見ている。親の支援が得られないなら、児童養護施設から大学に進み、弁護士を目指したり一般企業に就職したりすることは日本ではいくらでもできる、というのがその理由だ。社会の状況も親の状況も含めて、障害を一つずつ乗り越えていくしかないという。
ひろゆき自身も、YouTuberになりたいという子がいれば「なかなか大変だよ」と止めるだろう、と認めている。止められてもやりたい人はやればいいし、周りの大人に止められてやめるならその程度の思い入れだった、という考えだ。コンビニ店員のように大体の人がなれる仕事ならともかく、なれる人が少ない進路はむしろなれない確率のほうが高いので、無理やりにでも突破するしかない、と締めくくった。
性同一性障害への学校の配慮は「べき論」で決まるか
性同一性障害について、親の許可がなくても本人が望めば、学校で着替える場所や接し方を配慮されるべきか、という質問もあった。ひろゆきはまず、トランプ大統領になる前のアメリカでは、それが国の政策として行われていたと説明する。親に相談しなくても、生物学的に男性の生徒を女性として扱い、たとえば「太郎」という名前の生徒が「花子」と呼ばれたいと望めば女性の花子として扱う、ということができたという。
さらに、思春期ブロッカーのような第二次性徴を止める薬や性転換手術まで保険で下りるようになった結果、男の子だと思って大学に送り出したら女の子になって帰ってきた、あるいはその逆のケースも起きた、とひろゆきは述べる。それはいかがなものかということで、トランプ大統領がこうした施策を止めているのが今のアメリカだ、という説明である。
したがって「配慮されるべきか」というべき論で言えば、アメリカでもトランプ政権前はそれが社会システムだったが今は変わった。性同一性障害をどう扱うかは国の文化や考え方による、というのがひろゆきの立場だ。自分の考えや行動は変えられるが、「社会全員が私をこう扱うべきだ」という形では他人を変えられない。そう扱わない人は必ずいるので、「こうされるべきだ」という考え方をしている限り思い通りにはならないだろう、と述べている。
生や死に関心を持つことと日々の楽しさ
「毎日を楽しく過ごしている人が生や死にあまり関心を持たないことを羨んでしまうのは、悪あがきか」という質問には、前提が違うのではないかと答えた。ひろゆきは、死とは何か、神とは何か、宗教とは何かといった答えのない問いを考えるのが好きだという。そして自分は毎日とても楽しい、と言う。
他の国の葬式を見に行ったり、遺体が見られると聞けば見に行ったり、ネットでそうした動画を探して見たりもするほどで、どちらかといえば死に関心がある方だという。そのため、日々が楽しいかどうかと生死への関心はあまり関係がないのではないか、というのが回答である。
精神科から戻った家で暴力を受けている:「悪いのは全て私」は洗脳か
精神科に入院し、退院して家に戻った相談者からの質問は重いものだった。入院中に家族が精神的に参ったようで、父は暴言に加えて手を出すようになり、母は依存して監視するようになり、姉からは「死ね」などの暴言を受けている。相談者は姉の受験が終わるまであと1年は自殺しないつもりで、代わりに自傷行為にのめり込んでいる。家族のことは大好きで、悪いのは全て自分だと思っている。これは洗脳か、という問いである。
ひろゆきは「洗脳ですね」と答えたうえで、洗脳かどうかはともかく、悪いのは全て自分だという考えは間違っている、と明言した。暴力を振るう父親は悪いし、母親の監視も程度はわからないがよろしくない。姉の「死ね」という暴言は法律上DV(ドメスティック・バイオレンス)に当たる、とひろゆきは説明する。暴力も含め違法行為をしてくる家族なのだから、悪いのは違法行為をしている側だ、という整理である。
そのうえで、もう家にいないほうがいいと勧めた。ネットにつながっているなら児童相談所に電話して暴力を受けたと伝えれば、児童養護施設などで暮らせるようになる。暴力や暴言を向けてくる人と関わらない生活をいったん送ったほうが楽しく暮らせるのではないか、というのが回答である。
感覚過敏を知っているのに怒鳴る大人
感覚過敏だと知っているのに大声で怒鳴る教師や親をどう思うか、という質問には、悪意の可能性もあるが、多くは忘れっぽさによるものだろうと答えた。
例として挙げたのは自分自身の癖である。ひろゆきは昔からトイレの便座を上げっぱなしにしがちで、そのたびに彼女から下げるように言われてきたが、何度言われてもなかなか直らなかったという(最近は減ったそうだ)。同じように、冷静なときに言われれば理解できても、話しているうちに声が大きくなったり、感情的になって声が上がったりするのは起きてしまう。人間が毎回行動をコントロールするのは難しい、という見方である。
そのため、ヘッドセットのように大きな音が聞こえにくくなる物を日常的に着けて自衛するほうがよい、と提案した。家や学校では着けたくないという気持ちもあるだろうが、着けないのと着けるのとどちらが楽かを、自分で選択肢として選んだほうがいい、としている。
FTMの相談者:傷つく言葉には正直に言い返すべきか
戸籍上は女性、性自認は男性で両性愛者だという相談者は、親友のJちゃんに「同性(女子)と遊べばいいのに」「そんなこと言うの男かよ」と言われて傷ついている。正直に言い返していいか、何と言えばいいか、という相談である。
ひろゆきは「正直に言い返したほうがいい」と答えた。Jちゃんは女子と遊べばいいと思ったのだから、そうしたくない理由があるならそれを伝えるべきで、そうすれば相手も「そうなんだ」と受け止められる。疑問に答えず、思ったことを言い合わない関係では親友にはなれない、というのが理由だ。
さらにひろゆきは、相談者はマイノリティ側なので、正直に打ち明けてもなお受け入れてくれる友達を作るのはマジョリティより難しいだろう、と指摘する。だからこそできるだけ正直に話し、それでも興味を持ってくれる人や気にしない人を集めていく作業をしないと、何かあったときに正直に話せる友達が少なくなってしまう。正直に言って嫌われるなら、そういう人は自分を嫌いになるのだと割り切って切り捨てればいい。嫌われないために嘘をつくほうがよろしくない、というのが回答である。
「生きることが辛い」と群発頭痛
「生きることが辛いです。もう死んでもいいでしょうか」という質問には、まず、何が辛いのかが書かれていないのでわからないと答えた。家族の問題なら児童相談所に電話して家族と離れ、児童養護施設で暮らしながら学校に通える。食べられないという問題もそれで解決する。今の状況から離れて、漫画が好きなら漫画を読み、ゲームをするなど好きなことをしていれば、一般的には辛くないのではないか、という。
そのうえでひろゆきは、どんなことがあっても死ななくてもなんとかなると考えてきた自分にも、いまだに答えが出ない状況が一つあると話した。群発頭痛である。バットで殴られたような激痛で、大人でも声を上げてしまうほどの痛みが10分ほど続く人もいれば3時間続く人もいる。いつ起こるかわからず、毎日起こる人も、1日に何度も起こる人もいる。原因もいつ治るかもわからず、治療法はないまま生きていくしかないと言われる病気だ、とひろゆきは説明する。
群発頭痛の人に「生きることが辛い」と言われたら「そうだよね」としか言えない、とひろゆきは認める。薬で意識をなくして眠り続けるとして、それが生きるということなのか、とも語った。ただ、それと比べれば他の問題はかなり対処できるのではないか、というのがこの回答の結論である。
何をしても怒鳴る親からは離れる
最後の質問は、親から命令され、従っても従わなくても怒鳴られるというものだった。理由を聞いても「あなたのためにしているんだから文句を言うな」と言われ、言い返せずに従っている。どうすればよかったか、という問いである。
ひろゆきは「答えはない」としたうえで、さっさと親から離れてください、と答えた。親はまともな人間なので何か対処すればまともな反応が返ってくる、と思う人は多いが、世の中はまともな人ばかりではない。全員がまともなら刑務所も警察もいらない。自分の欲望のために他人を利用してよいと考える人は一定の割合でいて、自分が気持ちよくなるために子どもを道具として使う親もいる、とひろゆきは言う。子どもの側からそうした親を直したり変えたりするのはかなり難しいので、離れるのが正解であり、児童相談所に電話して児童養護施設に行く道を考えるとよい、と勧めた。
配信の最後にひろゆきは、酒を飲まずにコメントもない状態で話すのはやはりあまり得意ではない、と振り返って締めくくっている。
はい、こんにちは、ひろゆきです。というわけで、おっさんがダラダラとしょうもない話をする、なんか配信的なやつをよくやってるんですけども、今日はなんかちょっと違う趣向でやってみようかなと思うんですけども。
はい、ということで1個目が、「なんで自殺をしてはいけないのですか」っていうのがあるんですけど、自殺をしてはいけない理由が本当にあるかというと、結構ないんですよね。なので、僕は友達に「自殺していい?」って聞かれたら、多分「僕が嫌だから死んでほしくない」って言うと思います。
結局、友達だったり知り合いだったり、家族だったり、近所のおじさんおばさんとかでもいいですけど、自殺した時に僕は嫌な気分になるので、なので「嫌だ」という言い方をすると思います。
例えば、前に僕が住んでたところの大家さんが亡くなっちゃったんですけど、それは僕にとっては結構悲しかったんですけど、でも別に大家さんは、大家さんが死んだことで僕が悲しむとはきっと思ってなかったと思うんですよ。でもそんなもんなので。なので、誰かが悲しむというのを嫌だから止めたいっていう、そのエゴの塊なんじゃないかなと思うので。
なので、知り合いのコンビニの店員だったりとか、友達だったりとか、周りに会うような人たちに「自殺しようと思うんだけど、死んだらどう思う?」っていうのを聞いて回ると、多分1人か2人ぐらいは悲しい気持ちになるっていう人がいると思うので、その場合はその人のために死なない方がいいんじゃないかなと思いますけども。
「無視されたらどうしますか」。無視されるというのって、小学校の頃とかあると思うんですけど、別に無視されて困ることってあるのっていう話だと思うんですけど。で、逆にその無視をするというのを果たしてどれぐらいできるのかっていうのを、僕だったら試すと思うんですよね。
じゃあ無視してるとして、そこに座ってるとして、机があって、筆箱とかあったとして、「このボールペンもらうけど、嫌だったら嫌って言ってね」って言ってボールペンを勝手に取った時に何にも言わなかったら、それ取っていいってことじゃないですか。っていう感じで割と色々なものを取り始めると、多分無視はできなくなるんじゃないかなと思うんすけど。
っていう感じで、無視できない状態にする。ひたすらつっつき続けるとかやると、多分嫌がって反応すると思うので、そういう感じで無視しづらい状況にするといいんじゃないかなと思いますけど。
「子供がいる場所で週3、4回の頻度で仕事の愚痴を言うのをどう思いますか。私は親のことを、原因はこれだけではないけど、声が聞こえるだけで怖く感じてしまいます。普通ですか」。
子供に対して愚痴を聞かせない方がいいよねと思っている大人もいるとは思うんですけど、ただ人によっては、起きた出来事とか愚痴だったりを言いたくなってしまう人はいます。で、愚痴のレベルであれば、別に殴ってくるとかでなければ、大きな声で愚痴を言ってて、それを聞くのが不快だよねっていうのはあると思うんですけど。
で、これって別に家族じゃなくても、大人になった時に彼氏がそういうこと言ったりとか、彼女がそういうこと言ったりとか、飲みに行った時に会社の同僚が言ったりとかで、やっぱりそういう嫌な気分になることを言う人が周りにいるというのは当然だと思うんですよね。
で、例えば雨が降る音がうるさいとかって思っても、雨は止められないじゃないですか。なので、もう人間って愚痴を言う生き物なんだなと思って、その音を聞き流すっていう、そういう癖を早めにつけた方が楽なんじゃないかなって思いますけどね。要は、周りの環境を変えられないのであれば、自分を変えた方が早いっていう。なので、その環境が大丈夫な自分にするという方が早いんじゃないかなと思います。
「僕の家は暴力もネグレクトもない一般的な幸せな家庭です。でも時々勝手に部屋に入ってきたり、鞄の中を見られたりします。そしてたまに『これはいらないでしょ』と言ってきて、向こうの判断で物を捨てられたりします。自分にとってはすごく大切なものだったりすることもあり、個人的には少し嫌だなと思うんですが、これは僕がおかしいのでしょうか。よろしくお願いします」。
僕はおかしいと思いますね。まず、「これはいらないでしょ」って疑問形で聞いてきた時点で、「必要です」とか「これ僕の好きなものだから捨てないで」とか、意思をちゃんと表明すべきだと思うんですよね。で、意思が表明できないのって、親が怖いからだと思うんですよ。
で、一番最初に「僕の家は暴力もネグレクトもない一般的な幸せな家庭です」って書くじゃないですか。普通の家庭の、暴力もネグレクトもない家庭の人は、まずそんな前置きを書かない。結局、普通の人って暴力がないとかネグレクトもないとかも書かずに、「一般の家庭で育ちます」みたいに書くんですけど、この「暴力もネグレクトもない」という用語を言ってるのは親なんじゃないかって気がするんですよね。「うちは暴力ないでしょ」とか「ネグレクトないでしょ」みたいな。なんで、それを唱えてるっていうだけな気がするんですけど。
で、おかしいかどうか、その家庭が変なのか、普通ではないのか、おかしいのかというのは、自分たちでは判断できません。例えば、夕飯で牛肉を食べました、美味しかったです。これインドでやるとおかしな家庭なんですよ。ヒンズー教では牛というのは神様の生き物なので、神様の使いなので、その神様の使いを食って美味しいって言ってる家族はおかしいよねっていう価値観になるんですよ。
なので、自分たちで牛肉美味しいよねって言って食ってる分には普通に見えるけど、文化とか状況によってはそれは変だよねってなるので。なので、自分がおかしいのかな、自分の家族がおかしいのかなっていうのは自分たちでは判断できないので、具体的にこういうことが起きてますみたいなのを、周りの大人とかに、複数の大人に相談してみた方がいいんじゃないかなと思いますけども。
「親に進路を邪魔されそうで怖いです。対処法じゃないですが、もし本当に邪魔された時、ひろゆきさんならどうしますか」。行きたい道が邪魔されるのは当然だし、うまくいかないのが当たり前だと思うんですよね。
例えば、パイロットになりたいとかで、パイロットになろうっていう時に、やっぱり色々な障害があると思うんですよね。お金が足りないとか。で、それでいろんな障害でなれませんでしたって人が多いと思うし。で、サッカー選手になりたいと思ってたとしても、自分より優秀な同じ世代の若い人がいたら、そのプロチームには自分は選ばれないで他の人が選ばれるみたいな。なので、親以外でも思い通りに行けない要因というのはひたすらいっぱいあるんですよ。
で、逆に親が止めるっていう方が結構難しいんじゃないかなと思ってて。例えば学業系のことで言えば、親からの支援がもらえないっていうのであれば、児童養護施設に行って大学に行って、そこを卒業して弁護士を目指しますとか、普通の一般企業のこういう仕事したいってとこに行くとかっていうのが、日本はいくらでもできるので。
なので基本的には、行きたいこと、やりたいことっていうのは思い通りにならないと。で、その中に社会の状況とか親の状況とか色々あるんですけど、それを1個ずつ乗り越えてくっていうのしかないと思うんですよね。
例えば、YouTuberになりたいっていう進路があったとして、僕も止めると思うんですよね。「いやいや、それはなかなか大変だよ」みたいな。僕も止めると思うんですけど、でも止められたとしても、それでもやりたいんだと思う人はやればいいし。で、周りの大人に止められたからもうやめるわっていうのであれば、僕はその程度のことだと思うんですよね。
なので、進路を邪魔されるというのは当たり前だし、邪魔されたからそこでやめるっていうのであれば、その程度の思い入れなので。なんで、本当にやりたいと思うんだったら、親だろうと何だろうと、どんな障害でも乗り越えるっていうのでないと、なかなか叶わないと思うんですよね。誰でもなれるような、コンビニの店員になりたいとかって進路だったら大体の人はなれると思うんですけど、なれる人がそんなにいない進路を目指すのであれば、むしろなれない確率の方が高いので、そこは無理やりでも突破していくしかないんじゃないかなと思いますけども。
「性同一性障害は、学校で親の許可がなくても、本人が望んでいれば、着替える場所や心の性での接し方などのことを配慮されるべきなのですか」。
アメリカ、トランプ大統領になる前のアメリカは、割とそういう国の政策としてやっていたんですよね。親に相談しなかったとしても、学校の中では、生物学的には男性だけど女性として扱いますとか、その人が名乗っている名前で、例えば男性で太郎って名前だったとしても花子で呼ばれたいっていうんだったら、女性の花子として扱いますよみたいなのを、親に特に何も言わないでやるっていうのができたんですよね。
で、その後に思春期ブロッカー的な、第二次性徴を止める薬だったりとか、あと性転換の手術自体も保険で下りるようにしてしまって。なので、大学に男の子だと思って送り出したら、大学卒業したら女の子になって帰ってきたとか、女の子だと思って送り出したら、大学2年になって家に帰ってきたら男の子になってたとかっていうのも起こったりしてるんですよ。
で、それはいかがなものかっていうところで、トランプ大統領はそういうのを止めるっていうので今アメリカでやってるんですけど。なので、配慮されるべきというべき論でいくと、トランプ大統領になるまでは配慮されるべきというのがアメリカでの一応社会システムだったんですけど、今は変わったっていう。なので、性同一性障害をどう扱うかというのは、基本的にはその国の文化とか考え方とかによるので、べき論でこうだよねというものではないんじゃないかなと思いますけど。
で、やっぱり自分がこう考えるとか、こうされるからこうするっていうのを自分が変えるというのは可能なんですけど、社会全員は私をこのように扱うべきであるっていうのは不可能だと思うんですよね。要は、他人を変えることはできないので。なので、べき論で「私はこう扱われるべきだ」と思ったとしても、そう扱わない人は絶対いるので、こうされるべきであるっていう考え方をしてる限りは、思い通りにならないっていうことなんじゃないかなと思いますけど。
「日々を楽しいと思えて過ごしている人は、生と死にあまり興味というか関心がないということを羨ましがってしまうのは悪癖だと思いますか」。
悪癖かどうかわかんないんですけど、僕は割と、死とはなんぞやとか、神とはなんぞやとか、宗教とはなんぞやとか、割とそういう答えのないものを考えるのが結構好きなんですけど、僕、毎日すげえ楽しいです。なので、別に毎日楽しんでる人が生とか死に興味関心がないというわけではないと思います。
むしろ僕、他の国の葬式だったり、死体が見れるって言ったら見に行ったりみたいな、そういうこともしちゃったりするぐらいなので、どちらかというと死とかには興味がある方だったりするんですけど。ネット上でもそういう動画を割と探して見てしまうっていうのもあったりするので、別に楽しいかどうかと、生とか死に興味があるかっていうのはあんまり関係ないんじゃないかなと思いますけど。
はい。「私は精神科に入院していました。その後、今は家に帰っています。入院している間、随分家族は精神をやられたようで、父は私に暴言だけだったのがたまに手を出してくるようになり、母は私に依存して監視してくるようになり、姉からは死ねなどの暴言が吐かれるようになりました。入院した私が悪いと思ってます。正直、私も入院していいことはなかったと思っています。自殺まであと1年、姉の受験が終わるまではするつもりはありません。代わりに自傷行為にのめり込んでいます。私はこんな家だけど家族のことが大好きです。悪いのは全て私だと思ってます。これは洗脳ですか」。
洗脳ですね。まず、悪いのは全て私であると思ってる時点で、洗脳なのか考え方が間違ってるのかわかんないですけど、とりあえず間違ってます。基本的に暴力を振るう父親は悪いです。で、母親の監視が、どの程度の監視なのか分からないんですけど、それもよろしくないと。で、姉は暴言、死ねっていうのって、法律上DV、ドメスティックバイオレンスに当たるんですよね。
なので、暴力とかも含めて、割と違法行為をしてくる家族ですよっていうことなので、それは悪いのは違法行為してる方じゃねって話になると思うんですよ。で、もう家にいない方がいいと思いますよ。結局、暴力を振るうような家庭の中にいると、それは辛いので。なので、多分ネットに繋がってるのであれば、児童相談所に電話して暴力振るわれましたって言うと、児童養護施設とかで暮らせるようになるので。なので、1回その違法行為、暴力だったりとか暴言だったりっていうのをやるような人たちとは関わらない生活というのをした方が、楽しく暮らせるんじゃないかなと思いますけどね。
「私が感覚過敏だと知っているのに、大声で怒鳴ったりする教師や親の方、どう思いますか」。悪意でやってる可能性もあるんですけど、どちらかって言うと、多分忘れっぽいっていうのが多いと思います。
例えば、僕、トイレの便座を上げっぱなしにするというのが昔からあったんですよ。最近は減ったんですけど。で、そのたびにうちの彼女に便座を下げろと言われていたんですけど、これ何度も言われてもなかなか治らないんですよね。
なので、感覚過敏だと知っていても、喋ってる最中にだんだん声が大きくなってしまうとか、何か感情的なことがあるとやっぱりちょっと大きめの声になったりとかっていうのが起きてしまうっていうのは、冷静な時に言われたらそうだよねっていうのはあるんですけど、やっぱり行動を毎回毎回コントロールするっていうのは人間結構難しかったりするので、悪意がなくそうなってしまうということなんだと思うんすよね。
なので、できるだけ大きな音が聞こえなくなるようにする、ヘルメットじゃなくて、ヘッドセット、ああいう感じのもあったりするので、それを日常的につけるとかの方が、むしろ自衛をするという方がいいんじゃないかなって思いますけどね。家の中ではヘッドセットつけたくないとか、学校ではつけたくないとかっていうのがあるかもしれないですけど、それどっちを取った方が得かで、ヘッドセットつけない方が楽なのか、ヘッドセットつける方が楽なのかっていうのを、選択肢として自分で選んだ方がいいんじゃないかなと思います。
「僕はFTM(戸籍上女性、性自認男性)で両性愛者です。学校でのお悩みなのですが、親友のJちゃんに『同性(女子)と遊べばいいのに』って言われたり、『なんでそんなこと言うの、男かよ』とか言われたりするんですが、僕は正直めっちゃ傷ついています。こういう言葉に正直に言い返していいでしょうか。あと、なんて言ったらいいでしょうか」。
これ、正直に言い返した方がいいすよ。結局、これで言い返さない方がいいなと思って、女子と遊べばいいのにっていう風にJちゃんは思ったわけじゃないですか。で、それは、でも同性と遊びたくない理由があるんだったら、それは言うべきなんですよ。したら、親友のJちゃんは「あ、そうなんだ、へえ」ってなるじゃないですか。
で、親友を作るためには、やっぱり自分が何を考えてるかっていうのをきちんと伝えないと親友にはなれないと思うんですよね。要は、疑問に思ったけどその疑問に答えないとか、思ったことを言い合わないっていうのは、やっぱり親友というか仲のいい友達にはなれないと思うんですよ。で、今後の人生でもやっぱり仲のいい友達は多く作った方がいいと思うので、できるだけ正直に答えてください。で、正直に答えて揉めるんだったら、もうその人とは付き合わないっていうので。
なので、どちらかというとやっぱりマイノリティ側の人だと思うんですよね、まあFTMなので。で、そうすると、自分が正直に言っていって、それでも受け入れる友達というのを、マジョリティの人より作るのが難しいと思うんですよ。なので、なるべく正直に言ってて、それでも自分のことに興味があるとか、それでも気にしない人というのをなるべく集めてくっていう作業をしないと、何かあった時に正直に話せる友達の人数が少なくなっちゃうんですよね。
なので、むしろできるだけ正直に言って、で、嫌われる人には、こういう人って僕のこと嫌いになるんだ、私のこと嫌いになるんだっていうので、しょうがないよねっていうので切り捨てるっていう話で。なので、なるべく正直に生きてて、自分の言いたいことを言ってもついてくる友達を確認する、増やすっていう作業をし続けた方がいいと思うので。なので、「なんて言ったらいいでしょうか」は、正直に言ってくださいっていう。嫌われないように嘘をつくという方が、僕はよろしくないんじゃないかなと思いますけど。
「生きることが辛いです。もう死んでもいいのでしょうか」。なんで辛いかが書いてないからわかんないっす。家族が問題であれば、児童養護施設とかに行くことはできるので、児童相談所とかに電話をして、こういう状況ですって言って、家族と隔離してもらって、そこで暮らしてそっから学校に行くとか、いくらでもできるので。で、ご飯食えないとかでも、それで食えるし。
なんで、何が辛いかによると思うんですけど。例えば今の状況が辛いとして、児童養護施設に行きましたっていうので、漫画好きですとかだったらひたすら漫画読んでればいいし、ゲームしててもいいしっていうので、とりあえず今の状況から離れるっていうので好きなことをするってやってれば、別に辛くないんじゃないかなと思うんですよ、一般的には。
で、僕、大体どんなことがあっても別に死ななくてもなんとかなるよねと思っていた派なんですけど、1個だけ僕の中で未だに答えがない状況というのがあって。クラスター頭痛っていう頭痛があるんですよ。群発頭痛というやつで、頭がバットで殴られたようなめちゃくちゃな痛みで、大人の人とかでも痛すぎて声を上げてしまうというのが、大体10分とか続くっていう人もいれば、それが3時間続く人もいるんですよ。
要は、3時間バットでずっと頭を殴られ続けるっていうのが、いつ起こるかわかんないんですよ。で、それが毎日起こる人もいるんですよ。で、下手すると1日に何回も起こる人もいるんですよっていうので。原因分かりません、いつ治るか分かりません、で、気がついたらずっとバットで殴られてるような痛みです、で、人生これ治るかどうか分からないので、人生このまま生き続けてください、治しようはありませんって言われるっていうのが群発頭痛なんですけど。
で、群発頭痛で生きてる人もいるんですけど、群発頭痛の人に関しては、生きることが辛いですって言われたら、そうだよねとしかちょっと言えないんですよね。だからもう薬中になって意識をなくして寝続ける。ただ、それが生きるということなのかとか。なので、その人たちに比べたら、他の問題は結構対処ができるんじゃないかなという風には思うのですけども。
はい。「親が私に対して、もっとあれしろ、これしろみたいに命令されてます。命令に従っても従わなくても怒鳴られます。完璧な人間なんてどこにもいないのに、なんでされるか聞いたこともあったんですけど、『そんなの関係ない、私は(名前)のためにしてるんだから文句言うんじゃない』と言われて、何も言い返せず、今も従わされています。どうしたら良かったと思いますか」。
答えはないっす。とっとと親から離れてください、以上です。親はまともな人間なので、何らかの対処したらまともなリアクションが返ってくるのではないかという風に思う人は多いと思うんですけど、世の中ってまともな人間だけじゃないんですよね。世の中全員まともだったら、まず刑務所いらないよねとか、警察いらないよねって話になって。
自分の欲望だったりを満たすために他人を利用しても良いという風に考える人というのは、一定の割合でいるんですよ。人から物盗むとかもそうですけど。で、親だとしても、自分が気持ちよくなるために子供を利用する、子供を道具として使うという人もやっぱりいるんですよ。なので、あ、そういうタイプの人間なんだよねというところでいくと、子供から親を直すとか変えるっていうのはかなり難しいので、離れるというのが正解なんじゃないかなと思うので。なので、児童養護施設に行くっていうパターンで、児童相談所とかに電話するといいんじゃないかなと思います。
というところで、なんかダラダラとしらふで喋りましたけど、はい、また次回。お疲れ様でした。なかなかね、しらふでコメントもない状態で喋るのね、やっぱり僕あんまり得意じゃないですよね。はい、失礼しました。はい。
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