自殺、親の干渉、性自認:子どもからの相談にひろゆきが答える

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概要

ふだんは酒を飲みながら雑談する配信をしているひろゆきが、この回では趣向を変え、子どもや若い人から寄せられた質問に一つずつ答えている。質問は自殺、学校での無視、親の干渉や暴力、進路、性同一性障害、感覚過敏まで幅広い。回答の軸は、ほぼ一貫して二つにまとまる。他人や社会は変えられないので自分の側で対処する、という考え方と、違法な扱いや話の通じない親からは児童相談所を通じて離れるべきだ、という考え方である。

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「なぜ自殺してはいけないのか」

最初の質問は「なんで自殺をしてはいけないのですか」というものだった。ひろゆきは、自殺をしてはいけない理由が本当にあるかというと実はあまりない、と率直に答える。そのうえで、友達に「自殺していいか」と聞かれたら「僕が嫌だから死んでほしくない」と言うだろう、と話す。友人でも家族でも近所の人でも、誰かが自殺すれば自分は嫌な気分になる。だから止めたいのであり、それはエゴの塊なのではないか、というのが本人の説明である。

例として、以前住んでいた部屋の大家さんが亡くなったときの話を挙げた。ひろゆきにとってはかなり悲しい出来事だったが、大家さんのほうは自分の死でひろゆきが悲しむとはおそらく思っていなかっただろう、と言う。人の死と周囲の感情はそういう関係にある、という趣旨だ。そのため、知り合いのコンビニ店員や友達など身の回りの人に「死んだらどう思う」と聞いて回れば、1人か2人は悲しいと答える人がいるはずで、その場合はその人のために死なないほうがいいのではないか、と結んでいる。

無視されたらどうするか

学校で無視されたらどうするか、という質問には、まず「無視されて何か困ることはあるのか」という問いを返す。そのうえで、自分なら相手がどこまで無視を続けられるかを試す、と答えた。

具体例として、相手の机の筆箱を指して「このボールペンもらうけど、嫌だったら言ってね」と声をかけ、何も言われなければそのまま取る、というやり方を挙げている。黙っているなら取ってよいということになるので、いろいろな物を取り始めれば無視は続けられなくなるだろう、という理屈だ。ひたすらつつき続けるなど、相手が反応せざるを得ない状況を作るのがよい、というのが回答である。

親の愚痴が怖い:変えられない環境には自分を合わせる

子どもの前で親が週3〜4回仕事の愚痴を言い、声を聞くだけで怖くなるという相談には、「普通です」と答えた。子どもに愚痴を聞かせないほうがいいと考える大人もいるが、出来事や不満を口にせずにいられない人もいる。殴ってくるのでなければ、大声の愚痴が不快だという程度の話だ、という見方である。

ひろゆきは、大人になっても恋人や飲み会での同僚など、嫌な気分になることを言う人は周りに当然いる、と続ける。雨音がうるさくても雨は止められないのと同じで、人間は愚痴を言う生き物だと思って聞き流す癖を早めにつけたほうが楽だ、という。周囲の環境を変えられないなら、その環境で平気な自分に変えるほうが早い、というのが結論である。

勝手に部屋に入り物を捨てる親:「普通の家庭」は自分では判断できない

「暴力もネグレクトもない一般的な幸せな家庭」だが、親が勝手に部屋に入り鞄の中を見て、「これはいらないでしょ」と大切な物を捨ててしまう。自分がおかしいのか、という質問に対し、ひろゆきは「僕はおかしいと思います」と答えた。

まず、「これはいらないでしょ」と疑問形で聞かれた時点で、必要だ、好きな物だから捨てないで、と意思を示すべきだという。それができないのは親が怖いからではないか、とひろゆきは推測する。さらに、質問の冒頭にある「暴力もネグレクトもない」という前置きに注目した。本当に普通の家庭の人はそんな前置きを書かず、単に「一般の家庭で育った」と書くはずだ。この言い回しは親が「うちは暴力ないでしょ」と唱えている言葉なのではないか、という見立てである。

そのうえで、自分の家庭がおかしいかどうかは家族の内側からは判断できない、と説明した。例として、夕飯に牛肉を食べて美味しかったという家庭も、インドでは牛を神様の使いとするヒンズー教の価値観からおかしな家庭になる、という話をしている。文化や状況によって「普通」は変わるので、具体的に何が起きているかを周りの複数の大人に相談したほうがいい、というのが助言である。

親に進路を邪魔されたら

「親に進路を邪魔されそうで怖い。本当に邪魔されたらどうするか」という質問には、行きたい道が邪魔されるのは当然で、うまくいかないのが当たり前だ、と答えている。パイロットを目指してもお金が足りないなどの障害で諦める人は多いし、サッカー選手を目指しても同世代に優秀な人がいれば自分は選ばれない。親以外にも思い通りにいかない要因はいくらでもある、という。

むしろ親が本気で止めるのは難しいのではないか、とひろゆきは見ている。親の支援が得られないなら、児童養護施設から大学に進み、弁護士を目指したり一般企業に就職したりすることは日本ではいくらでもできる、というのがその理由だ。社会の状況も親の状況も含めて、障害を一つずつ乗り越えていくしかないという。

ひろゆき自身も、YouTuberになりたいという子がいれば「なかなか大変だよ」と止めるだろう、と認めている。止められてもやりたい人はやればいいし、周りの大人に止められてやめるならその程度の思い入れだった、という考えだ。コンビニ店員のように大体の人がなれる仕事ならともかく、なれる人が少ない進路はむしろなれない確率のほうが高いので、無理やりにでも突破するしかない、と締めくくった。

性同一性障害への学校の配慮は「べき論」で決まるか

性同一性障害について、親の許可がなくても本人が望めば、学校で着替える場所や接し方を配慮されるべきか、という質問もあった。ひろゆきはまず、トランプ大統領になる前のアメリカでは、それが国の政策として行われていたと説明する。親に相談しなくても、生物学的に男性の生徒を女性として扱い、たとえば「太郎」という名前の生徒が「花子」と呼ばれたいと望めば女性の花子として扱う、ということができたという。

さらに、思春期ブロッカーのような第二次性徴を止める薬や性転換手術まで保険で下りるようになった結果、男の子だと思って大学に送り出したら女の子になって帰ってきた、あるいはその逆のケースも起きた、とひろゆきは述べる。それはいかがなものかということで、トランプ大統領がこうした施策を止めているのが今のアメリカだ、という説明である。

したがって「配慮されるべきか」というべき論で言えば、アメリカでもトランプ政権前はそれが社会システムだったが今は変わった。性同一性障害をどう扱うかは国の文化や考え方による、というのがひろゆきの立場だ。自分の考えや行動は変えられるが、「社会全員が私をこう扱うべきだ」という形では他人を変えられない。そう扱わない人は必ずいるので、「こうされるべきだ」という考え方をしている限り思い通りにはならないだろう、と述べている。

生や死に関心を持つことと日々の楽しさ

「毎日を楽しく過ごしている人が生や死にあまり関心を持たないことを羨んでしまうのは、悪あがきか」という質問には、前提が違うのではないかと答えた。ひろゆきは、死とは何か、神とは何か、宗教とは何かといった答えのない問いを考えるのが好きだという。そして自分は毎日とても楽しい、と言う。

他の国の葬式を見に行ったり、遺体が見られると聞けば見に行ったり、ネットでそうした動画を探して見たりもするほどで、どちらかといえば死に関心がある方だという。そのため、日々が楽しいかどうかと生死への関心はあまり関係がないのではないか、というのが回答である。

精神科から戻った家で暴力を受けている:「悪いのは全て私」は洗脳か

精神科に入院し、退院して家に戻った相談者からの質問は重いものだった。入院中に家族が精神的に参ったようで、父は暴言に加えて手を出すようになり、母は依存して監視するようになり、姉からは「死ね」などの暴言を受けている。相談者は姉の受験が終わるまであと1年は自殺しないつもりで、代わりに自傷行為にのめり込んでいる。家族のことは大好きで、悪いのは全て自分だと思っている。これは洗脳か、という問いである。

ひろゆきは「洗脳ですね」と答えたうえで、洗脳かどうかはともかく、悪いのは全て自分だという考えは間違っている、と明言した。暴力を振るう父親は悪いし、母親の監視も程度はわからないがよろしくない。姉の「死ね」という暴言は法律上DV(ドメスティック・バイオレンス)に当たる、とひろゆきは説明する。暴力も含め違法行為をしてくる家族なのだから、悪いのは違法行為をしている側だ、という整理である。

そのうえで、もう家にいないほうがいいと勧めた。ネットにつながっているなら児童相談所に電話して暴力を受けたと伝えれば、児童養護施設などで暮らせるようになる。暴力や暴言を向けてくる人と関わらない生活をいったん送ったほうが楽しく暮らせるのではないか、というのが回答である。

感覚過敏を知っているのに怒鳴る大人

感覚過敏だと知っているのに大声で怒鳴る教師や親をどう思うか、という質問には、悪意の可能性もあるが、多くは忘れっぽさによるものだろうと答えた。

例として挙げたのは自分自身の癖である。ひろゆきは昔からトイレの便座を上げっぱなしにしがちで、そのたびに彼女から下げるように言われてきたが、何度言われてもなかなか直らなかったという(最近は減ったそうだ)。同じように、冷静なときに言われれば理解できても、話しているうちに声が大きくなったり、感情的になって声が上がったりするのは起きてしまう。人間が毎回行動をコントロールするのは難しい、という見方である。

そのため、ヘッドセットのように大きな音が聞こえにくくなる物を日常的に着けて自衛するほうがよい、と提案した。家や学校では着けたくないという気持ちもあるだろうが、着けないのと着けるのとどちらが楽かを、自分で選択肢として選んだほうがいい、としている。

FTMの相談者:傷つく言葉には正直に言い返すべきか

戸籍上は女性、性自認は男性で両性愛者だという相談者は、親友のJちゃんに「同性(女子)と遊べばいいのに」「そんなこと言うの男かよ」と言われて傷ついている。正直に言い返していいか、何と言えばいいか、という相談である。

ひろゆきは「正直に言い返したほうがいい」と答えた。Jちゃんは女子と遊べばいいと思ったのだから、そうしたくない理由があるならそれを伝えるべきで、そうすれば相手も「そうなんだ」と受け止められる。疑問に答えず、思ったことを言い合わない関係では親友にはなれない、というのが理由だ。

さらにひろゆきは、相談者はマイノリティ側なので、正直に打ち明けてもなお受け入れてくれる友達を作るのはマジョリティより難しいだろう、と指摘する。だからこそできるだけ正直に話し、それでも興味を持ってくれる人や気にしない人を集めていく作業をしないと、何かあったときに正直に話せる友達が少なくなってしまう。正直に言って嫌われるなら、そういう人は自分を嫌いになるのだと割り切って切り捨てればいい。嫌われないために嘘をつくほうがよろしくない、というのが回答である。

「生きることが辛い」と群発頭痛

「生きることが辛いです。もう死んでもいいでしょうか」という質問には、まず、何が辛いのかが書かれていないのでわからないと答えた。家族の問題なら児童相談所に電話して家族と離れ、児童養護施設で暮らしながら学校に通える。食べられないという問題もそれで解決する。今の状況から離れて、漫画が好きなら漫画を読み、ゲームをするなど好きなことをしていれば、一般的には辛くないのではないか、という。

そのうえでひろゆきは、どんなことがあっても死ななくてもなんとかなると考えてきた自分にも、いまだに答えが出ない状況が一つあると話した。群発頭痛である。バットで殴られたような激痛で、大人でも声を上げてしまうほどの痛みが10分ほど続く人もいれば3時間続く人もいる。いつ起こるかわからず、毎日起こる人も、1日に何度も起こる人もいる。原因もいつ治るかもわからず、治療法はないまま生きていくしかないと言われる病気だ、とひろゆきは説明する。

群発頭痛の人に「生きることが辛い」と言われたら「そうだよね」としか言えない、とひろゆきは認める。薬で意識をなくして眠り続けるとして、それが生きるということなのか、とも語った。ただ、それと比べれば他の問題はかなり対処できるのではないか、というのがこの回答の結論である。

何をしても怒鳴る親からは離れる

最後の質問は、親から命令され、従っても従わなくても怒鳴られるというものだった。理由を聞いても「あなたのためにしているんだから文句を言うな」と言われ、言い返せずに従っている。どうすればよかったか、という問いである。

ひろゆきは「答えはない」としたうえで、さっさと親から離れてください、と答えた。親はまともな人間なので何か対処すればまともな反応が返ってくる、と思う人は多いが、世の中はまともな人ばかりではない。全員がまともなら刑務所も警察もいらない。自分の欲望のために他人を利用してよいと考える人は一定の割合でいて、自分が気持ちよくなるために子どもを道具として使う親もいる、とひろゆきは言う。子どもの側からそうした親を直したり変えたりするのはかなり難しいので、離れるのが正解であり、児童相談所に電話して児童養護施設に行く道を考えるとよい、と勧めた。

配信の最後にひろゆきは、酒を飲まずにコメントもない状態で話すのはやはりあまり得意ではない、と振り返って締めくくっている。