洞窟探検家・吉田勝次が語る、暗闇から「帰ってくる」ための技術とパニックの怖さ

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概要

洞窟の中では携帯電話もGPSも使えず、声も外に届かない。帰り道を見失えば、助けを呼べないまま暗闇に取り残される。国内外で1,000以上の洞窟に入ってきた洞窟探検家・吉田勝次は、洞窟探検で最も重要なのは「どこまで進むか」ではなく「どうやって帰ってくるか」だと語る。この動画では、吉田が死にかけた経験、水中洞窟での最近の危機、洞窟内での食事や排泄、洞窟の生き物、パニックを避けるための方法、遺体搬出の経験、そして未踏の場所に向かい続ける理由が語られた。

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帰り道の景色を記憶しながら進む

吉田が迷わないために続けているのは、振り返った景色を記憶することだ。初めての洞窟では、奥の様子が気になってきょろきょろしながら進んでしまう。そうすると、帰ろうとして振り返った時に初めて帰り道の景色を見ることになり、それは「見たことのない景色」になってしまう。そこで吉田は、5mほど進んだら振り返って帰り道の景色を観察し、記憶にとどめてからまた進む、という手順を繰り返すようにした。これを始めてから、ほとんど迷わなくなったという。

それ以前には危ない場面もあった。探検を始めたころ、吉田はたった1人で洞窟に入っていた。帰り道が分からなくなり、同じ場所を2時間ほど回り続け、2〜3周目でようやく同じ場所だと気づいた。しかし、なぜループしているのか、どこから抜け出せばいいのかが分からない。逆回りをしたり元に戻ったりして10周、20周と続けるうちに体力が落ち、「もうここから抜け出せないんだ」とメンタルも削られていった。簡単に諦めればただ死ぬだけなので、自分がどう動いたかを記憶で辿り直し、それを思い出しきれたから帰れた。吉田はこれを「運が良かっただけ」と振り返る。

そう考える理由として、吉田は洞窟の中で亡くなった人に何人も遭遇してきたことを挙げる。年代を調べたわけではないが、1年前の人から100年、1000年ほど前の人まで、洞窟から出られなかった人にかなりの数出会ってきたという。だから「絶対1人で入らない方がいい」というのが吉田の結論だ。

28歳で洞窟に入り、「自分で見つける」探検へ

吉田が初めて自然の洞窟に入ったのは28歳の時だった。もともと未知の世界に興味があり、アウトドア雑誌で洞窟探検サークルの案内を見つけ、載っていた番号に電話をかけたのが始まりだった。後にそのクラブの会長に「電話がたくさんかかってきたでしょう」と尋ねると、かけてきたのは吉田1人だけだったという。洞窟探検がそれほどマイナーな世界だと、吉田はそこで理解した。

先輩に連れて行ってもらう探検は面白く、仕事をそっちのけでやりたくなるほどだった。そんな時、先輩から「洞窟探検は面白いけれど、自分で見つけた洞窟を探検したら、もう君はやめられないよ」と言われた。連れて行ってもらうだけでもこれほど楽しいのに、自分で見つけた洞窟とは何なのか。その日から吉田は山を歩き回って洞窟を探すようになり、最初は1人で活動していた。

誰もいない空間に最初に立つ感動と、洞窟から出る瞬間

吉田にとって探検で最も心が動くのは、未踏の世界を見つけた瞬間だ。縦穴を降りた先で巨大な空間に出会うと強烈な感動があり、そこに誰も来たことがなく、自分が1人目として立ち会っていることに感動しているのだという。「だからやめられない」と吉田は言う。

さらに時々、「ご褒美的存在」として絶景に出会うことがある。とてつもなく大きな空間で床がほぼ平らになり、壁が結晶でキラキラ光っている場所。棚田のように段々になったプールに透明度の高い水と結晶があり、ライトアップして写真を撮るような場所。地底に溜まった美しい地下水、地下の川、滝。ただし、そうした場所はそれほど多くないので、出会えた時は「やった」と思うという。

一方で吉田は、カメラに撮られた自分の映像を見返すと、一番笑っていて一番喜んでいるのは、本末転倒かもしれないが洞窟から出た瞬間だと明かす。未知の世界に挑んで感動し続けているが、心のどこかでは帰りたいという気持ちがある。洞窟の話を突き詰めていくと、だんだん死ぬ話になる、とも吉田は話している。

天井の崩落と、頭から入った泥の斜面

真っ青になった瞬間は数多くあるという。狭い空間を体をひねりながら進むと、脆い天井に触れてしまい、崩れることがある。ある時は崩落で腰から下が完全に埋まった。たまたま後ろに仲間が1人いて、埋まった石を後ろから1つずつ取り除いてくれたおかげで帰ってこられた。1人だったら今ここにいない、と吉田は言う。石が腰よりもう少し上まで埋めていたら息ができなくなっていたので、それも運が良かった。それ以来、狭い場所では上の脆い石には触らないと決めている。

もう一つは探検を始めた初期の出来事だ。泥に覆われた45度ほどの狭い斜面を、経験がなかったために頭から進んでしまった。頭から入ったため、戻ろうとしても足で地面を蹴れない。しかも穴は先に行くほど狭くなり、体をひねったり手を動かしたりする余裕もなくなった。気づいた時には頭を下にしたまま身動きが取れなくなっていた。その時は1人だった。

体をひねってもまったく上に戻れず、動かせるのは指だけになった。吉田は指で壁を押して体をわずかに上げていったが、油断して力を抜くと、泥のせいで全部滑って元に戻ってしまう。それを何度も繰り返し、1〜2時間かけてなんとか脱出した。これを編み出さなかったら今も狭い隙間で骨になっていたかもしれない、実際にそうやって亡くなった人に洞窟の中で会っている、と吉田は語る。

中国の300m縦穴での落石

自分の判断だけでは避けられない事故もある。中国で未踏の縦穴を探検した時、吉田のチームはロープを使って約300m、東京タワーほどの深さまで降りていた。探検を終えて撤収するため、仲間が先に壁を登り始めた。その時、100mほど上にいた仲間が足元の石を蹴り落としてしまった。

石が壁に当たる「カーン、カーン」という音が聞こえ、吉田は当たる確率を下げようと壁に張りついた。2回音が聞こえてから3秒ほどで石が落ちてきて、ヘルメットの左側の縁に当たり、軌道がそれて肩を直撃した。石のスピードと重さで吉田の体は吹き飛ばされ、その瞬間「死んだ」と思ったという。左半身は完全にしびれ、何も握れない状態だった。

最初は横になっていたが、2つ目の石が来て当たれば絶対に生きて帰れないと考え、慌てて立ち上がり、片手で登り始めた。両手なら12時間ほどで登れる縦穴に、その時は30時間ほどかかったという。

登り切って「当たった、多分折れている」と説明しても、吉田があまりに元気だったため誰も信じなかった。中国の大きな町に寄った際、病院でレントゲンだけ撮ってもらい、写真を見せてようやく「折れてるね」となった。石を落とした本人からは「吉田君でよかった」と言われたという。他の人だったら死んでいた、それだけ骨折していたら本来はレスキューが必要で、自力で上がってくることはなかなかない、という意味だった。

吉田自身は、生きていれば全部オーケーだと考えている。探検を続けられるし、自分の生まれ育った世界に帰れる。怪我は探検をやっている以上仕方がない。そして、石を落とされて怪我をさせられても許せる仲間としか探検に行っていないので、わざとではない以上腹も立たず、「よかったね」と一緒に笑って終われたという。

骨折より外傷と感染症が怖い

吉田は首から下のほとんどの箇所を骨折した経験があるという。脊椎、頸椎、頭蓋骨は折っていないが、指、肋骨、肩などは一通り折っている。それでも吉田の中で骨折は怪我のうちに入っていない。骨折を何箇所しても死なないからだ。

怖いのは外傷のほうだと吉田は説明する。太い血管を切ってしまえば止血が難しいし、泥だらけの場所を潜水して戻らなければならない洞窟では感染症も心配になる。骨折ならすぐに死ぬわけでも感染症の心配があるわけでもなく、痛みを我慢して洞窟を出ることに集中すればいい。だから仲間が骨折したと聞くと、「軽傷だからラッキー」と満面の笑みで喜んでしまうという。

体の丈夫さについては親に感謝していると話す。洞窟に生鮮食料を持ち込み、肉や野菜が腐っても捨てずに食べるが、お腹を壊した記憶はない。ボウフラの湧いている水も飲む。骨折が治る前に探検に行くこともあり、ギプスをしたまま探検に出たこともある。泥と傷だらけのギプスを見た主治医に理由を問われ「色々転ぶので」と答えると、嘘だと分かっている様子で「まあいいわ」と言ってくれたという。

水中洞窟、泥で視界を失った帰路

吉田が「本当にここ2か月以内に死にかけた」と語るのは、以前から存在を知っていた洞窟での探検だ。入口から数十m進むと水没していて、当時は潜水できず未踏のままだった場所に、弟子であり相棒の竹内孝、通称「こうちゃん」と一緒に向かった。

水中の通路はとても狭く、最初からタンクを外して2本を前に持ち、タンクの間に顔を入れながら進んだ。断面で見ると30度ほどの角度で下がり、V字のようにきゅっと上に向かって進む形になっていた。怖いとは思ったが、行きたい気持ちが強すぎて、タンクを押しながら突破し、空気のある次の空間に出た。その先はさらに狭くなっていたが、潜水して土砂を掘りながら進んだ。夜中の12時ごろになり、体力も限界に近づいたので一旦戻ることにした。

ところが、掘った泥水が下流に流れ、自分たちが通ってきた狭い水路がすべて泥水になっていた。まったく見えない中を戻らなければならない。V字の場所でタンクを押しても、空間の形に合わせてタンクが回ってくれず、見えない中でいくら押しても進める場所がない。怖さのあまり、通ってきた空間が土砂崩れで埋まったのではないかと考えるようになり、一度リセットするため後ろ向きに戻って、奥の空気のある空間に引き返した。

そこで2人は、帰り道を示すラインが分かりにくい位置に来ていることを確認し、張りすぎていたラインを緩めて調整した。ただ、吉田は2回目の挑戦のほうが精神的につらいと話す。一度通れなかった場所にもう一度行くと、自分が突破できるという自信がとても小さくなる。「怖すぎて」メンタルが持たない状態になる。だから、とにかく狭い場所を突破することだけを考えようとした。

再び進むと、やはりタンクが通らない。V字に上がっていたことを思い出し、手を突っ込むと洞窟が上に続いているようだったので、タンクを差し込んでぐっと上げると、すぽんと向こうの空間に抜けた。しかし次は、タンクと天井の間に顔が入ったところで、レギュレーターにつけたゴムが引っかかり、どうしても外れなくなった。動けなくなり、恐怖がどんどん増していく。タンクの空気は多分20〜30分ほどしか持たない、と吉田は見積もっていた。

焦ると余計に怖くなるので、引っかかったゴムを外すことだけを考えた。あと5分外れなかったら、装備のナイフでゴムを切っていただろうという。結局ゴムは外れた。吉田は、追い込まれた人間は1つできないことができると、気持ちが少し楽になると話す。そこからは見えないまま、タンクを押せる方向が帰れる方向だと考え、押し続けて最後の狭い場所を抜け、生還した。外に出た2人は「怖かった」「やばかった」と言い合い、吉田はこうちゃんに、途中でアドバイスする余裕もなくお前を信じるしかなかったと伝えた。映像の中で吉田は、この探検が10年で3本の指に入る緊張感だったと話している。

食事は栄養補給であり、メンタルのリセット

死と隣り合わせの探検の中で、吉田が唯一楽しいと言えるのは食べることだという。食事は栄養補給であると同時に、同じくらい大切な意味として「メンタルのリセット」がある。精神的に追い込まれたりきつかったりしても、物を食べているうちに気持ちが柔らかくなっていく。

食材を運び込める探検では鍋を作ることが多い。吉田がよく作るのは赤味噌ベースの鍋で、白菜、ネギ、豚肉、ごぼうなどを運ぶ。洞窟にはクーラーボックスを持ち込めないため、常温で運んだ食材は数日で傷み始める。そこで腐り始めたものから鍋に入れていく。食材を運び込めない探検では、ナッツやドライフルーツ、グミ、種などを防水ケースにまとめ、休憩のたびに少しずつ口に入れる。火も水も使わず、ロープにぶら下がっている時でも食べられる。

1日の活動が終わり、乾いた服に着替えて寝袋に入る前にインスタントラーメンを食べるのが、吉田たちにとっての「洞窟のご馳走」だという。時には洞窟の中でエビを捕まえて焼いて食べることもある。焼くと売っているエビのように赤くなり、皮をむいて醤油をつけると美味しいという。ウナギを捕まえて焼いたこともあるが、それはあまりやらないそうだ。

尿はペットボトル、便はヘルメットの中

排泄物は洞窟の外に持ち出す。尿をそのまま出すと洞窟がにおい、環境破壊になるため、ペットボトルに溜めて外で処分する。各自が自分のペットボトルを使いたがるので本数が増えていくが、大きな容器にまとめたほうが運びやすい。そのため、じゃんけんで負けた人が全員分の尿を大きな容器に移し替える。この作業が一番嫌がられるので、みんな真剣にじゃんけんをする。洞窟の中で一番大声を出して盛り上がる瞬間かもしれない、と吉田は笑う。

便はチャック付きの袋に入れ、空気を抜き、漏れたり破裂したりしないよう何重にもして持ち帰る。ベースキャンプならハードケースに入れておけばよいが、移動中は入れる容器がない。そこでよくやるのが、袋に入れた便をヘルメットの内側の空いた部分に入れて、そのまま被る方法だ。これが一番身近なハードケースになるという。こうするようになったのは、以前胸ポケットに入れた便が狭い場所で破裂したことがあったからだ。吉田にとってそれは「爆発物」のようなもので、本当に嫌だがヘルメットに入れて被っている。

有機物の乏しい洞窟に暮らす生き物

排泄物を残してはいけない理由として、ナレーションは洞窟が閉ざされた環境で、一度汚染されると影響が長く残ることを挙げる。そして洞窟には独自の生態を持つ生き物がいる。

吉田によると、洞窟の生態系にはいろいろな系統があるが、代表的なのはコウモリを起点とするものだ。コウモリが外で虫を食べ、天井に止まって糞を落とす。糞が山になり、そこにカビが生え、カビを食べる小さな虫がいて、その小さな虫を食べる肉食の虫がいる。大きさはせいぜい1〜2cmほどで、洞窟には有機物がほとんどないため、少ない食べ物を分け合うか取り合うかしてなんとか生態系が成り立っている。

一方、洞窟内の水脈には意外に大きな生き物もいる。オオウナギは大きいもので3mほどになるが、それが普通に洞窟の中にいる。洞窟の水中は地上の川とつながっていることが多く、川から食べられるものが流れ込んでくるため、魚やウナギ、ザリガニのような生き物、カニなどが暮らせるのだと吉田は説明する。

太陽光が届かないため、洞窟の奥の生き物は真っ白で、内臓まで透けて見えるものもいる。吉田は洞窟の生物を大まかに2つに分けて説明した。好洞窟性生物は洞窟の環境を好むが、洞窟の外にもいる生物で、目もある。真洞窟性生物は洞窟の外に出たら死んでしまうほど洞窟に適応していて、目がない代わりに触角が10倍ほど長かったり、体のさまざまな部分で周囲を感知したり、皮膚全体で呼吸したりするものがいるという。

吉田はこうした生き物の中にまだ新種がいると考えている。実際に、カニくらいの体に蜘蛛のような長い脚を持つ生き物が水中の壁に張りついていて、近づくとさっと逃げたのを見ているが、捕まえるまでには至っていない。新種かどうかは調べていないので分からない、専門の学者が見れば「なぜ捕まえてこないのか」と言われるだろう、と話している。

パニックは「魂が離れかけている」状態

吉田が洞窟で最も避けなければならないと語るのがパニックだ。吉田はパニック寸前の状態を「魂が自分から離れかけている」と表現する。平常心の時は魂がしっかり体にくっついていて、体もマインドも自分でコントロールできる。パニックになると、自分が自分でなくなり、半狂乱で自分を制御できなくなる。

吉田の説明では、まず脈拍が速くなり、次に呼吸が浅くなる。吸ったり吐いたりが乱れ、吸い続けてなかなか吐けなくなったりする。呼吸が乱れると体が緊張し、十分な酸素を取り込めなくなってさまざまな問題が起き、ひどく疲れる。すべてが不利になっていく。だからパニックになりかけたら、全力で怖くならないように抑え込む。仲間がパニックになりかけていたら「大丈夫だよ、絶対生きて帰れるから、全然楽々だからね」と声をかけて落ち着かせる。ナレーションは、吉田によれば洞窟でパニックになった先には死しかない、とまとめている。

「メンタルの視野を狭くする」、ゆっくり動く、目を閉じる

吉田は、窮地に追い込まれた時の自分の行動を10年ほどかけて分析してきたという。最近講演で話しているのが「メンタルの視野を狭くする」という考え方だ。人は追い詰められると悪いことばかり考える。こうなったら死ぬ、こうなったら帰れない、と考えるうちに体が萎縮し、本来できることができなくなり、本来思いつくことも思いつかなくなる。そこで考える幅をものすごく狭くし、今やるべきことだけにピンポイントで頭を使う。最悪の状況については一切考えない。そうすると不思議なことに怖さがかなり小さくなるという。これは経験した人にしか分からないかもしれない、と吉田は付け加えている。

もう一つの方法は、講演の経験から生まれた。吉田は自分を緊張しやすい人間だと言い、人前で話すのが苦手だった。講演を頼まれ始めたころは緊張で記憶が飛び、原稿をものすごい早口で読んでしまって話すことがなくなった。そこで時間を稼ぐという安易な発想で、わざとゆっくり話してみた。すると終わった後に、緊張していなかったことに気づいた。

これを応用して、吉田は動作をゆっくりにすると緊張しないことに結びつけた。普段ならぱちっと外して付ける装備も、「外しました」「付けました」と一つずつゆっくり行うと、その間の緊張が小さくなる。それでも緊張はゼロにはならない。さらに緊張しない方法として吉田が挙げるのが、目を閉じることだ。視野を狭くするというより視野をシャットダウンし、入ってくる情報を減らす。言葉にすれば「現実逃避」だが、目を閉じたまま動作をすると緊張せずにやり過ごせるという。

メンタルの強さについて、吉田はミルフィーユにたとえた。ある日突然強くなるのではなく、アクシデントに遭い、なんとか切り抜けて生還する経験を積み重ねることで、少しずつ厚みが増していく。それは「絶対」だと吉田は話す。

無理をしない判断と、テレビ番組で3回死にかけた反省

吉田は、リスクは絶対にゼロにならず、100%死なずに帰れる探検は存在しないと考えている。そのうえで、リスクを減らすやり方はあるという。準備はもちろん大事だが、トラブルがあった時、たとえば装備を1つ忘れた時に代用品で済ませようとするなど、いつもと違うことはしない。少しでも気になるならリセットしてやり直す。無理をして死んでしまえば、その先には行けなくなるからだ。命をなくさないことを最優先に、今は「あっさり」戻るという。「残念ながら美味しいもの食べて帰りましょう」が一番の生き残る術だ、と吉田は言う。

この考えには反省がある。テレビ番組と組んだ探検では、バッテリーが切れて外に充電しに行かなければならない時や、忘れ物を取りに戻らなければならない時でも、撮れ高が大事なので何とか結果を出そうとして少し無理をしてしまう。吉田はテレビ番組とのジョイントで3回死にかけたと話し、それは判断を見誤ったからだと振り返る。それ以来、自分の判断を最優先して撤収するようにしている。

死生観についても語られた。人は生まれた瞬間から必ず死ぬことが決まっていて、いつ死ぬかは誰にも分からない。探検家を見て「あの人は早く死ぬ」と言う人に対しては、あなたたちも同じだと思うという。むしろ探検をしている人間は、過剰だと思われるほど事故や突発的な事態を避けることを日常生活でもしている。だから吉田は、自分は簡単には死なないという自信があると話している。

30m縦穴からの遺体搬出

吉田の死生観を形作った経験の一つとして、洞窟から遺体を運び出した出来事が語られた。10年ほど前、吉田が以前探検していた洞窟の報告書のような情報を仲間が見つけ、面白そうだと行ってみたところ、遺体らしきものを発見した。仲間からの電話に「確認したのか」と尋ねると、していないという。写真でもあれば警察に通報するなど次の行動ができるので、吉田が確認に行くことにした。

連絡を受けたのは夕方6〜7時ごろ。来られるメンバーを集めて山に登り、洞窟の入口に着いたのは夜中の12時か1時ごろだった。ロープをセットして降りると、30mほどの縦穴の先の狭い場所に亡くなった人がいた。写真を撮ったのが夜中の2時ごろ、洞窟を出て警察に着いたのは朝5時ごろだったという。

亡くなっていたのは60代の男性だった。ナレーションによれば、後に分かった状況から、男性は子どものころに知っていた山の穴を大人になってもう一度見に来て落ちたのではないかと考えられている。30m以上の縦穴で、地上へ戻る道はない。吉田は、暗闇の中で体力を失い、少しずつ衰弱していったのではないかと推測しているという。

吉田は、自分たちも洞窟で寝るので感覚的に分かると話す。洞窟で目を開けても何も見えず、探検家でも一瞬「ここはどこだ、洞窟か」と戸惑う。だから男性は、生きているのか死んでいるのか分からない状態で眠っては覚めることを繰り返し、衰弱しながら眠るように亡くなったのではないかと想像できる。苦しんで死んだ感じはないと思うので、自分たちとしては少し気持ちが楽だと吉田は語った。

警察への報告後、数日して連絡があった。警察、レスキュー隊、自衛隊にも相談したが、30mの縦穴の奥という特殊すぎる環境のため、搬出は吉田たちに任せるしかないという判断になった。男性は1年半ほど前に亡くなったと見られていたが、肉も骨も残っていた。吉田によれば、洞窟は分解するバクテリアが少ないため「ウェットなミイラ」のような状態で、1年半そのままというのは前例がないらしく、全国から鑑識の担当者が集まって調べたいと言われたという。

吉田たちは、頭や腕、胴体を分けて袋に小分けすれば難しくないと警察に相談した。しかし、鑑識の事情や遺族感情もあり、なるべくそのまま運び出したいと言われて困った。その時吉田の頭に浮かんだのがエジプトのミイラで、ガムテープでぐるぐる巻きにすることを思いついた。翌日警察にガムテープを10個ほど買ってきてもらい、巻いていく過程で取っ手もつけることにした。ストレッチャーなら持つ場所があるが、ガムテープで巻いただけでは持つ場所がないからだ。これなら狭い場所も運べそうだと安心した。

ところが吊り上げる段階で問題が起きた。遺体袋もガムテープも完全な防水ではなく、空中に吊ると体液が下に溜まり、圧力で漏れて、下で誘導していた人に降り注いだ。悲鳴が上がったが、死ぬわけではなく途中でやめるわけにもいかないので、吉田は上から「我慢しろ」と声をかけて吊り上げ続けた。さらに天井まで上げた後、深さ30mの穴の上を30〜40mほど横に移動させる必要があった。落とさないよう人間が壁に突っ張って台になり、その上を引っ張っていったため、台になった全員も体液だらけになった。搬出には20時間ほどかかったという。

吉田は、亡くなったことは悲しい出来事だが、自分たちのスキルを駆使して運び出せたと話す。家族は生死の分からない行方不明の状態で1年半を過ごしてきた。残念な結果になったが、男性の父親は「これで息子の葬式をあげられる」と喜んでくれたといい、吉田は感慨深かったと振り返る。最近、10数年ぶりにその洞窟を訪れ、自分たちのYouTubeにも動画を上げたという。

克服できないゴキブリと、天井一面のカマドウマ

命に関わらなくても、出会いたくないものはある。吉田が特に苦手なのはゴキブリで、遭遇するのが「最高峰」に嫌だという。東南アジアの洞窟にはゴキブリだらけの穴があり、探検にならない。天井や壁が遠いうちはまだ耐えられるが、通路が狭くなってゴキブリとの距離が1mほどになると、もう無理で逃げるという。ナレーションによれば、洞窟内のゴキブリは太陽光を浴びていないため、白色や飴色のような薄い体色をしているとのことだ。

石垣島では、弟子が見つけたおそらく未踏の洞窟で、吉田をパニックに近い状態にさせる生き物に出会った。弟子は入口に蜂がたくさんいて入れないと言ったが、吉田は蜂は気にならず、勢いで入っていった。水平な天井を見ると、剣山のようにとがって見える。よく見ると動いていて、天井一面にカマドウマがいた。大げさではなく数千匹だったという。

吉田は固まり、そっと外に出た。誰かが入れば少し飛んでいって減るだろうと考え、弟子たちを先に行かせた。弟子たちは悲鳴を上げながら進み、「奥は広い、これは完全に未踏だから絶対来た方がいい」と声をかけてきた。吉田は洞窟探検家として乗り越えるしかないと一大決心をして入ったが、弟子が2〜3人通った後でも天井にはびっしりカマドウマが張りついていた。低い姿勢で進むと反応したカマドウマが飛び出し、背中に当たる。傘に大粒の雨が当たる時のような感覚だったという。襟を押さえて首に入らないようにし、固まるのが精一杯で、床で跳ね返ったものが顔に当たることもあった。

映像の中で吉田は、探検人生でこれほど緊張したことはないかもしれないと話している。パニックの話を散々したが、これは少しパニックになったと思う、あれだけの数がいるとやはり人間は気持ち悪いと感じて多少パニックになるのだと分かった、と吉田は振り返った。

洞窟ではなく「未踏」が好きだった

30年以上洞窟探検を続けてこられた理由を、吉田はまず「シンプルに好きだから」と答える。しかしよく分析すると、本当に洞窟が好きなのかと疑問に思う場面が何度もあり、結論として洞窟はそれほど好きではないと思える時もあるという。では何が好きなのか。吉田がはっきり言えるのは「未踏が好き」だということだ。

吉田によれば、地球上に残された未踏の場所は深海か地底しかない。地上はGoogle Earthでほとんど見える。未踏を求める探検家にとっては、洞窟に向かうしか行き先がない。そういう状況で自分は洞窟に向かっているのだと、最近よく考えて分かるようになったという。さらに未踏を突き詰めると地球外にも広がり、月にも火星にも洞窟が見つかっている。惑星自体が未踏なのに、そこにある穴も未踏であり、きりがない。ゴールがなく、やりきれるわけがない探検をずっと続けている。探検をやめた時に代わりになるワクワクするものがあるかといえば、ない。だからこれをやるしかない、というのが吉田の正直な落としどころだという。

危険な場所に近づかなければ危険な目には遭わない。それは当たり前だが、それだけでは人生はつまらないと吉田は言う。新しいことを発見するにはリスクを伴っても前に進むことが大事で、どんな分野でも発見には挑戦が必要であり、挑戦には常にリスクがつきまとう。リスクを受けたくなければ挑戦もできず、挑戦しなければ人生はつまらなくなる。自分たちはそれをたまたま洞窟でやっているだけで、人生を楽しく面白く生きるため、発見して感動するために洞窟探検を続けている、と吉田はまとめた。

人生そのものとしての洞窟、引退の条件

最後に「吉田勝次にとって洞窟とは何か」と問われ、吉田は「人生そのものと言っても過言ではない」と答えた。洞窟に行くことがライフスタイルになり、生活の中心になっている。そして洞窟が媒体となって、いろいろなものを自分にもたらしてくれた。洞窟探検をしていなかったらどんな人生だったかと時々考えるが、つまらなかっただろうと思う。洞窟に出会えて本当に良かったと思うと、目がうるうるしてきて泣きそうになる、と吉田は語った。

引退については、死ぬか、体が完全に動かなくなって弟子に迷惑をかけ、「頼むから吉田さんもう来ないでください」と言われるか、そのどちらかだという。生きている限り続けたいので、今できることは健康管理をして元気な時間を長くすることだ。ここ3年の間に、自分のやってきたことを受け継いでくれそうな弟子ができた。吉田はその成長を見ながら、いろいろなことを伝え、体力の許す限り探検を続けていくつもりだと話している。