遺体は何を語るのか:法医学者・岩瀬博太郎が語る死後の変化、見逃される死因、死因究明制度の限界
VAIENCE バイエンス人は死ぬと体に何が起こるのか。遺体に残るわずかな痕跡から、何が分かり、何が見逃されてきたのか。千葉大学大学院医学研究院法医学教室の教授で、30年以上遺体の解剖に携わってきた岩瀬博太郎が、死後変化の実際、印象に残る事件、地下鉄サリン事件と東日本大震災での経験、そして日本の死因究明制度への強い問題意識を語った。
死の瞬間は厳密には決めにくい
医学的には、瞳孔散大、心停止、呼吸停止の3つがそろったことをもって死亡を宣告する。ただし岩瀬によれば、人が「どの瞬間に」亡くなったのかを厳密に決めるのは実は難しい。心臓は止まるといっても一度に止まりきるわけではなく、痙攣するようにしばらくピクピクと動き続けることがあるからだ。
死後、体に現れる変化
死後の体には時間の経過に応じた変化が現れる。岩瀬の説明では、1時間ほどで死斑が出始める。血液が重力に引かれて下側に集まるため、仰向けであれば背中側が赤みを帯びる。体温も1時間でおおよそ0.5〜1度下がる。12時間ほど経つと死後の変化がかなりそろってくる。体が硬くなって動かなくなる死体硬直や、黒目の部分が白っぽくなる角膜の混濁が見られるようになる。
1日ほど経つと硬直は全身に及ぶ。岩瀬はその硬さについて、頭と足をそれぞれ椅子に載せても体が曲がらず、まっすぐな状態のまま支えられるほどだと表現する。
硬直と並行して、腐敗は死亡直後から始まっている。水中でも土中でもない、家の中などで見つかる「地上死体」の場合、腐敗臭は相当きつく、岩瀬はそれを強烈なブルーチーズのような匂いだと言う。体中に腐敗ガスがたまり、腹部に溜まればパンパンに膨れる。尿は膀胱から押し出され、血管内にもガスがたまって水分が外へ染み出し、拡散していく。そのため腐敗した遺体には血液や尿が残っていないのが普通だという。夏なら1日ほどで血液や尿がなくなっている遺体もあるが、秋なら2〜3日は血液が残っていることが多いと岩瀬は話す。
溺死、焼死、そして放射線による死
水中で亡くなった遺体について、岩瀬は、多くは水を吸って肺の空気が減るため最初は沈み、その後腐敗してガスがたまると浮いてくることが多いと説明する。最初から浮いている場合もなくはない。水が喉から気道に入り、むせる反射を起こしながら意識を失っていくため、溺死は相当苦しい死に方だろうと岩瀬は考えている。一方で焼死も嫌な死に方であり、どれも嫌な死に方だと語る。
岩瀬は放射線で亡くなった人の遺体を遠目に見たこともある。1999年、茨城県東海村のウラン加工施設で起きたJCO臨界事故では、作業員3人が大量の放射線を浴び、うち2人が亡くなった。茨城県の事案なので本来は筑波大学で解剖すべきところを、なぜか東大の病理解剖室で筑波大の教授と東大の病理の医師が共同で解剖するという異例の形になり、当時東大法医学教室にいた岩瀬はそれを遠巻きに見たという。皮膚はかなりただれたような状態だった。火傷なら最初から火傷の状態になっているが、放射線障害は最初は何の変化もないところから、あちこちに障害が広がっていく。その意味で不気味だと岩瀬は述べた。
約3000体を解剖してきた経験
岩瀬が自ら解剖した遺体は、法医学に携わった30年以上でおそらく3000体ほど、同僚を指導する立場で関わったものを含めると9000体ほどになるという。解剖台の上の遺体に対しては、見たことのない人に比べれば冷静でいられるという意味で慣れている。
ただし、その慣れは解剖台の上に限られるという。解剖台に載っていれば仕事モードに入れるが、飛び降り自殺した人が転がっていたり、トイレで首を吊っていたりと、それ以外の場所で遺体に出くわすと自分も素人に戻り、強い不気味さを感じると岩瀬は話す。
体に残る生前の痕跡
遺体からは、その人がどう生きてきたかが読み取れることもある。単純な例では入れ墨だ。フルカラーで最後まで彫り上げている人もいれば、色を入れていない人も多い。後者を見ると、途中でお金がなくなったのか、何かして組から追い出されたのかと想像することがあると岩瀬は言う。
臓器にも生活は表れる。血管がツルツルしていて腎臓が大きめなら、よく酒を飲む人かと考える。肺がきれいなら田舎に住んでいた人かと思う。喫煙者や東京など都会に住んでいた人の肺はたいてい黒いという。岩瀬は東京で法医学を始めてから千葉に移ったが、そのとき千葉県の人の肺は東京よりきれいだと感じたと振り返る。ただし最近は車の性能も上がっているので分からない、とも付け加えた。肝硬変は、表面がデコボコになる形で明らかに分かり、アルコール性のものはやや黄色みを帯びるという。
覚醒剤については、日本ではなぜか昔から安定して使われているという印象を岩瀬は持っている。検死時の体温がかなり高い、錯乱状態で暴れて体中が傷だらけになっている、痩せていることが多い、といった特徴があるという。
ネット時代の死と「迷惑な死に方」
昔と比べて、若い人がオーバードーズで亡くなるケースが増えたと岩瀬は感じている。インターネットで知り合って「一緒に死にましょう」と、2〜3人が同じ部屋でオーバードーズや一酸化炭素中毒で亡くなる例も、今の時代らしい死に方だと話す。自殺者の解剖は多く、そのたびに何とかできなかったのかと思うという。
岩瀬は、人に迷惑をかける死に方も多いと指摘する。硫化水素自殺が流行した際、風呂場の入り口に「危険」と表示してマニュアル通りに行う人は多かった。しかし硫化水素は空気より重く下へ流れるため、下の階の住人は大丈夫なのかと岩瀬は問う。若い命を絶つのはやめてほしいと常々思っていると語った。
首のない焼死体と、警察の「首絞め」への先入観
遺体の痕跡は、事件の真相を明らかにすることもある。岩瀬がかつて解剖したのは、江戸川のほとりで黒焦げに焼かれ、首から上をのこぎりで切断された女性の遺体だった。証拠隠滅のために焼かれたことは明らかだった。解剖すると気管の中にすすが入っていなかったため、生きたまま焼かれたのではなく死後に焼かれたと分かった。さらに切断面が焦げていなかったことから、焼いた後に首を切ったと判断できた。
警察は殺人事件として動き始め、当初は首を絞めて殺したのではないかと疑った。岩瀬は「首絞めじゃないんですか」と繰り返し問われ、強いストレスを感じたという。最終的に1〜2か月後に頭部が見つかり、頭蓋骨が割れていた。犯人も逮捕され、バットのようなもので頭を殴って殺害したことが分かった。
岩瀬によれば、刺し傷など致死的な外傷がない場合、警察は首絞めにしたがる傾向がある。傷を残さない殺し方として一番手っ取り早いのが首絞めだからだ。死因が特定できないとき、捜査上の都合と法医学の判断が合わないことが時々ある。岩瀬は、先入観で動くと後で取り返しのつかない事態になりうると警告する。
解剖の手順と所要時間
解剖では、まず遺体の外表の所見を記録する。身長、体重、栄養状態に加え、死斑、死体硬直、直腸温を記録し、全身の傷やあざを一つずつ確認する。その後、頭部、胸部、腹部を開いて臓器を取り出し、重さを測って病気や損傷を調べる。
岩瀬によれば、腐敗していない遺体でも少なくとも2時間はかかる。傷が多いと時間はさらに延び、交通事故なら5時間、めった刺しなら12時間かかることもある。刺し傷の長さを一つずつ測って写真を撮り、それぞれの傷がどの方向に刺さり、どの臓器を傷つけているかを追いかけるためだ。
「イノシシに殺された」とされた遺体
丹念な解剖が現場の見立てを覆した例として、岩瀬は千葉県内の山中で見つかった遺体を挙げた。千葉大学から最も遠い警察署の管内の事案だった。岩瀬は、解剖する場所から遠いほど解剖率が下がることが国際的に言われていると説明し、遺体を運ぶのが大変なことがその背景にあると話す。
家族が帰ってこないため森を捜索したところ、高齢女性の遺体が見つかった。腕にはイノシシがかじったような穴が開いており、所轄はイノシシに噛まれて死んだと本部に報告した。しかし、イノシシがどうやって人を殺せるのか理解できないとして、本部の検視官が現場に向かったが死因が分からず、解剖することになった。すると頭から散弾が出てきた。捜査の結果、イノシシの駆除に来ていた猟師が物音に反応して振り向きざまに発砲し、女性を撃っていたことが分かった。相手が人だと気づいた猟師は、その場から逃げていた。
病院の診断で見逃される殺人
逆に、病死と思われた遺体に事件が隠れていることもある。歩道で人が倒れていると救急隊が呼ばれ、搬送中に心肺停止となった。病院でCTを撮るとくも膜下出血が見つかり、医師は病死と判断した。しかしこのケースでは一部始終を見ていた人がいて、救急隊に「この人は顔を殴られた後、ずっと倒れている」と伝えた。救急隊から警察に通報が行ったため、見逃しは起きなかった。
岩瀬は、本来は病院が気づくべきことだが、病院はくも膜下出血を見つけると病死にしてしまいがちだと話す。そのため、病院の診断で見逃されている殺人も結構あるのではないかと推測する。薬物を盛られた場合も病院には分からない。死因が分からないものは警察が解剖する方向に変えていかなければ、犯罪が見逃されうる。そのためには、法医学者が解剖できる環境を国が整える必要があると岩瀬は主張した。
地下鉄サリン事件:薬物を何も検査できなかった現場
1995年3月20日の地下鉄サリン事件のとき、岩瀬は28歳で、東大法医学教室に所属する法医学者になって数年目だった。事件は出勤の最中か直前に起き、職場に着くと教室員がテレビをつけて大騒ぎしていた。当初は爆破テロのような報道だったが、やがてサリン検出の報道が出て、翌日には遺体が運び込まれ解剖することになった。岩瀬はサリンという毒ガスの存在すら知らず、そこから調べたという。
解剖室には大勢の警察官がいて、臓器からサリンを検出するためと思われる科学警察研究所の職員や東京地検の検事も待ち構えていた。現場で遺体に近づいた警察官が目の前が真っ暗になって倒れたという情報も事前に入っていた。遺体の服は脱がせてあったものの、肺の中にサリンが大量に残っていたら危ないのではないかと思いながらの解剖だった。当時の恩師である高取教授が執刀し、岩瀬は補助に入った。教授が肺につながる気管のあたりを開けたときは、何か出てきたらどうしようとかなり緊張したと振り返る。
ただ、解剖所見だけではサリン中毒と断定できない。警察はサリンによる死と言ってほしい。そんな中、ある大学の教授が「自分ならサリンと診断できる」と話しているらしいと聞こえてきた。その方法は顕微鏡で神経を見るというものだったが、岩瀬によれば、サリンによる急性期の死ではそのような診断は絶対にできないという。高取教授はそれ以外の方法で意地を見せなければと考えたのだろう、と岩瀬は推測する。そして、物質としてのサリンやその代謝物を実際に検出する方法の開発から始めた。その後、被害者の組織からサリンの代謝物を検出し、死因を結びつける科学的証拠を示した。
しかし当時の東大には、薬物検査の装置がアルコール検査用のガスクロマトグラフしかなく、ほかの薬物は何も検出できなかったという。高取教授の熱意はすごいと思った一方で、国に対しては「何だここは」という思いをこの頃から非常に強く抱くようになったと岩瀬は語る。今振り返ると、昔は薬物による死を相当見逃していたはずだと考えている。
東日本大震災:身元確認と「本当に溺死なのか」
2011年の東日本大震災の数週間前、岩瀬はニュージーランドで犠牲になった日本人の身元確認をめぐり、当時岩手医科大学の法医学講座の教授だった医師とメールをやり取りしていた。ある新聞が、ニュージーランドのやり方が遅れているために遺体がなかなか日本の遺族に返されない、という趣旨の記事を出していたからだ。
岩瀬によれば、慎重に身元を特定するのは当然のことだ。他国では指紋、DNA、歯の3つのうち少なくとも1つを照合しなければならないとしている。一方、日本は遺族が顔を見て「この人です」と言えば遺体を返してしまう。しかし顔だけでは間違えることがあり、間違えれば後のショックの方が大きい。やり取りの中で、岩手医科大の教授は「いずれまた三陸沖地震のようなものが起きるだろうから、そのときはきちんと身元確認をしなければならない。千葉大の人もぜひ助けてほしい」と書いていた。その直後に震災が起きた。
死者があまりに多かったため、法医学会と警察庁が連携し、法医学者を派遣して警察の検視とともに検案を行うことになった。千葉も被災していたが、東北に比較的近く人手もある大学として、岩瀬がまず岩手に派遣された。チームは医師3人、歯科医師3人、警察官4人の計10人で、震災翌日の夜に出発した。東北道はガタガタで、高速で走っては急ブレーキをかけて段差をゆっくり越えることを繰り返した。サービスエリアはほぼ無人で、止まっているのは消防と警察の車両だけ。売れ残った商品が大量に並ぶ中でおにぎりを買い、翌朝現地に着いた。
体育館にはすでに遺体が安置されていた。卓球台を並べて遺体を見るその反対側では、遺族が本人かどうかを探しに来ていた。泣き声が聞こえる中での作業は非常につらかったという。赤ちゃんや高校生の男女も含まれていて、心理的なストレスは相当なものだった。
岩瀬が作業しながら考えていたのは、本当にみな溺死でよいのか、ということだった。溺死だとしても、助けられた溺死があったのではないか。車の中で亡くなった人も多かったが、体に傷はなく、車が水に浸かっていく中で亡くなっている。窓ガラスを割って外に出れば助かった人もいたかもしれないし、外に出たことでがれきに潰された人もいたかもしれない。それでも、何か生かせる方策を作れないのかと考えた。低体温症による死であれば、対策は大きく変わる。
実際、低体温で亡くなった人も含まれていたらしい。後の新聞記事で、陸前高田の市民会館で夜中の間に亡くなった人がいたと報じられた。その遺体も岩瀬たちが検案していたはずだが、みな溺死として処理してしまったため、どの人がそうだったのか分からなかった。岩瀬は「反省しかない」と語る。ただし個人が反省しても解決しない。災害時に全員は解剖できなくても、一部を抽出して調べれば、低体温がどの程度の割合で含まれていたのかが分かる。それが分かれば対策を立てられたし、車内での溺死なら別の方策で救えたかもしれない、と岩瀬は考えている。
研究費250万円をすべてつぎ込んだ死後CT
岩瀬が制度の不備を感じていたのは、法医学を始めた直後からだった。岩瀬は内科で1年近く研修してから法医学に来た。内科なら血液検査もCTも当たり前なのに、なぜこの業界ではできないのかと疑問に思い、新人の頃から、いずれ遺体をCTで診断してから解剖する時代にしなければと考えていた。しかしお金がなく、CTも買えない。先述の頭部のない焼死体では、後で見つかった頭部を病院のMRIを借りて撮影したことがあったが、あくまで例外で、ルーチンでCTやMRIを撮ることはなかった。
法医学10年目で千葉大学に教授として赴任すると、設備は東大よりはるかに悲惨だった。大学には解剖経費がまったく支払われておらず、すべて0円で解剖していた。しかも翌年に国立大学の法人化が迫っていた。法人化されればますますお金がなくなる一方、警察から費用を取れるのではないかとも考え、法人化後は費用を払ってほしいと要望書を出した。しかし前例主義の役所からは、今まで無料でやってきたのに今さら何を言うのか、という扱いで無視された。そのとき、ある役人が「国民が死因究明に関心がないから、財務省が予算をつけるわけがない」と言った。
そこで岩瀬は、法人化前に各教室に配られていた研究費250万円をすべて使い、5日間で250万円の移動式CT車を借りた。警察の検視に同行して回れば、心不全と診断されているものの中から脳出血を見つけ、日本の「変死体」や「異状死体」の死因が実際とは全然違うことを示せるのではないかと考えたからだ。当時、何も検査できないまま学生に法医学の面白さを教えなければならない立場に疑問を感じ、続ける意味を見失いかけていた。辞める前に一矢報いてやろう、これでダメなら本当に辞めようという覚悟だったと岩瀬は語る。
結果、2週間で4〜5例の死因が違っていた。これをきっかけにメディアが問題に気づき、その後の改善につながった。さらに時津風部屋事件という相撲部屋での犯罪見逃しが起き、国技である相撲での不祥事だったことから、国会でも死因究明制度が議論されるようになった。費用も支払われるようになり、多少の改善につながったという。現在は薬物検査もできるようになった。ただしDNA検査は、警察庁が費用を払いたくないとして途中で取り上げてしまったと岩瀬は話し、そうしたストレスを抱えながら続けているという。
CTだけでは死因は決まらない
こうした経緯を経て、死後CTは死因究明の現場に広がった。しかし岩瀬によれば、CTで診断がつくのは2〜3割にすぎず、結局は解剖が必要になる。
さらに法医学の死因の考え方は、他の医師とは異なるという。死因には直接死因と原死因がある。例えば最終的には脳出血で死亡していても、その原因が覚醒剤中毒であれば、原死因は覚醒剤中毒となり、中毒死、場合によっては覚醒剤による殺人になる。CTで脳出血を見つけて終わりではない。そのため、CTをスクリーニングに使えばよいという考えは、法医学的には実現しづらいと岩瀬は説明する。
人は簡単に死ぬのか、そして死とは何か
番組のナレーションによれば、日本では亡くなった人のおよそ8人に1人が、死因や事件性を調べるため警察の調査対象になっている。人は簡単に死んでしまうものなのか、という問いに、岩瀬は、争いごとで殺された人を多く見てきたし、事故も多いと答えた。水深数十センチで溺れる人もいれば、ほぼ無傷なのに首が折れて亡くなる人もいて、こんなに傷がないのになぜ、と思うこともある。一方で、車にはねられても死なない人もいる。それでも、危ない場所をあまり歩かない、喧嘩に巻き込まれないようにする、といったことで死ぬリスクはかなり減らせるだろうと話す。
死とは何か、という最後の問いに、岩瀬は、みな必ず死ぬのは間違いないと答えた。ただ、自殺でない限り、自分がいつどこでどう死ぬかを予測できる人はほとんどいない。だからこそ、生きている間はみんなと楽しく仲良く過ごすのがよいのではないか、と語った。
今回のバイエンスは、人が死ぬとその体には何が起こるのでしょうか?
必ずみんな死ぬんですよね。ブルーチーズみたいな匂いが。東京とかに住んでる人の肺は大体黒い。
溺死、放射線による死。
放射線で死んだ人も遠目で見たことがありますけどね。人に迷惑かける死に方も多いしね。一緒に死にましょうみたいな。
遺体に残されたわずかな痕跡は、時に現場の見立てを覆し、隠されていた事件の真相を明らかにします。
首から上がノコギリで切断されて頭がない。イノシシがどうやったら人を殺せるのか。
そして地下鉄サリン事件で突きつけられた日本の死因究明体制の限界とは。
うちの教室が大騒ぎになってて、国とかに対しては、なんだここっていうのは、あの辺りから非常に強く思うようになりましたね。
今回は法医学者、岩瀬博太郎をゲストに、皆様を死の世界へお連れしましょう。
全ての人に必ず訪れる最後の瞬間、死。呼吸が止まった時、心臓が止まった時、あるいは脳が機能を失った時、人は一体どの瞬間に死んだとされるのでしょうか?
医学的には瞳孔の散大、あと心停止と呼吸停止をもって死亡と宣告するんですけども、意外と人が死ぬ瞬間はどこなのかっていうのは難しいんですよね。心臓が止まるって言ってもですね、止まりきらないって言いますか、心臓は痙攣するみたいにピクピクしばらく動き続けてしまうんで、そういう意味で厳密にどこから人が亡くなったのかっていうのは、実は難しい問題があるんですよね。
とはいえ、人が死を迎えると体内の細胞は徐々に機能を失っていきます。そしてその瞬間から、人体には時間の経過に応じた様々な変化が現れ始めます。
1時間ぐらいすると、だんだん死斑と言ってですね、血液が重力側に引っ張られてくるので、例えば仰向けで寝てれば背中側が赤みを帯びてくるとかですね。あるいは1時間ぐらい経てば、体温が大体0.5度から1度ぐらいは下がるといった変化が出ますね。
12時間ぐらい経てば、もうかなり明らかに死後に出てくる変化っていうのが揃い始めて、死体硬直っていう、体が硬くなって動かなくなってしまうっていう変化ですとか、あるいは角膜ですね、目の黒目のところがだんだん白っぽくなってくるっていうような変化が出てくる感じですかね。
そして死後およそ1日が経つと、死体硬直は全身に広がり、体はほとんど動かせないほど硬くなります。
そのご遺体をですね、頭と足をそれぞれ椅子の上に乗っけると、そのまま体を曲げずに直立した状態で、椅子の上に乗っかるぐらいカチカチですね。
また、体が硬直していく一方で、死亡直後からすでに腐敗も始まっています。
家の中ですよね。地上死体って我々言いますけども、水の中でもなく土の中でもないご遺体が腐ると、相当匂いがきついですね。こんなこと言うと食べられなくなっちゃう人いるかもしれないけど、ブルーチーズみたいな匂いが、しかもそれがかなり強烈なブルーチーズみたいな匂いがしてきますね。
本当、体中に腐敗ガスが貯留してくるんで、例えばお腹の中に腐敗ガスが溜まると、お腹がパンパンに腫れるんですね。そうすると、例えばおしっこなんかは膀胱から出されてしまうし、血液なんかもですね、どんどん血管の中に腐敗ガスが溜まって、外に水分が染み出ていってしまって、しかも外に出ていった水分も腐敗ガス、お腹の中の例なんかと共に外に拡散していくっていうことで、意外と腐敗した死体には血液とか尿とか、残らないのが普通ですね。
本当、夏だと下手すると1日するぐらいで血液、尿がないご遺体もありますね。でも秋とかですと、2日、3日は血液とか尿は残ってることが多いかと思いますね。
法医学者として30年以上にわたり、数多くの遺体と向き合ってきた岩瀬博太郎。その1つが、水中で亡くなった遺体です。
最初は大抵のご遺体は、水を吸うと肺の空気が減るんで沈むんですよね。しばらくして腐敗してガスが溜まると浮いてくるのが多いですね。もちろん最初から浮いちゃってる人もいなくはないんですけど、やっぱり水が喉から気道に入って、最初咳き込むみたいな反射が起きながら意識を失って亡くなるわけなんで、溺死は相当苦しい死に方だと思うし、一方で火で焼死するのも相当嫌だし、どれもこれも嫌な死に方ですよね。
さらに、放射線で死んだ人も遠目で見たことはありますけどね。
1999年、茨城県東海村のウラン加工施設で発生したJCO臨界事故。作業員3人が大量の放射線を浴び、うち2人が亡くなりました。当時、東京大学の法医学教室に所属していた岩瀬博太郎は、東大の病理解剖室で亡くなった作業員の遺体を遠巻きに目にしたと言います。
場所が茨城だったんで、茨城県が解剖するんで、本来筑波大学で解剖すべきだったんですけど、なぜか東大の病理解剖室で筑波大の教授と東大の病理の先生の共同解剖みたいな、イレギュラーな解剖をやってたのは遠目で見ましたけどね。なかなか大変でしたね、あれはね。皮膚なんかがだいぶ、ただれちゃってるみたいな感じでしたけどね。
最初は何も変化がない状態から、あそこまでいろんなところに障害が出ていくっていうのは放射線ならではですよね。火傷だったら最初から火傷してるわけですけども、そうじゃないんだ。そういう意味じゃ不気味な方ですよね。
これまで数々の遺体と向き合ってきた岩瀬博太郎。それでは、その数は一体どれほどのものなのでしょうか?
自分で解剖したのは、もうかれこれ法医学やって30年以上は経つので、おそらく3000ぐらいは行ってると思いますし、同僚と一緒に、指導的な立場として解剖したのを入れると、9000ぐらいは行ってますかね。
一般の方がご遺体を見たら、おそらく見たこともないし、恐怖っていうか、そういうのを感じるかとは思うんですけど、そういう意味で解剖台の上に乗っかってる遺体、我々も仕事でやってますから、それを見たことがない人に比べれば、全然冷静でいるって意味では慣れてるんだと思いますけどね。
解剖台に乗ってる遺体と、そうでない遺体で明確に分かれてるみたいで、やっぱりいまだに、例えば急にそこに転落して自殺した人が転がってたりする時、たまにあるんですよね。あと、中にトイレで首吊ったことあるんですけども、ああいうの怖いですね。台に乗っかってると仕事モードに入るんですけど、違うところにあると素人なんですね。すごい不気味さを感じますね。
そして、その人がどのように生きてきたのかを、体に残された痕跡から読み取れることもあります。
単純な話から言うとね、例えば入れ墨が入ってる方とかもいて、そういうのを見れば、そういう仕事されてるんだなとか。あるいは入れ墨もフルカラーでしっかり最後まで入れ墨入れてる方もいれば、結構多くの方が色を入れてない方っていうのもいて、そういうのを見ると、なんかお金がどこかでなくなっちゃったのかなとか、あるいはなんか悪さして組から追い出されちゃったのかなとか。そういうのを感じたり。
あるいは解剖中に、血管がツルツルしてるな、あと腎臓が大きめだったりすると、この方はお酒をよく飲むのかなと思ったり。あるいは肺が綺麗だと、田舎の方でお住まいの方なのかなとか。タバコを吸う人と、あと都会、東京とかに住んでる人の肺は大体黒いですね。
最近はわかんないですけど、私がもともと東京で法医学を始めて、その後千葉で解剖するようになったんですけど、千葉に移った時に、千葉県人の肺って東京より綺麗だなっていうふうに最初思いましたね。ただ最近はどうでしょうね。車の性能も上がってるんで、わかんないですね。
肝臓については、明らかに肝硬変になってる人っていうのはわかります。肝硬変って普通の人の肝臓と違ってデコボコになるんですよね。なので、そういう形からして、これ肝硬変だなっていうのと、あとは色がね、アルコール性の肝硬変はちょっと黄色くなるんでね、そういうところでわかりますね。
他にも、覚醒剤は昔から安定して使われてるっていうか、日本はなぜかああいう覚醒剤系の薬がね、裏ではよく使われてるようですね。まず体温が、検視にね、解剖の時は体温下がってるけど、検視した時の体温がかなり高いとかですね。あるいは結構せん妄状態で暴れたりするんで、体中ちょっと傷だらけになってたりとか。大体覚醒剤やる人は痩せてることが多いですね。
さらに、インターネットの発達によってか、昔ではあまり見られなかったタイプの遺体が増えていると言います。
最近は結構若い人がオーバードーズで亡くなってるのは、結構昔に比べると多いですね。あとやっぱりね、これは別に特徴的でもないけど、死亡状況的に、インターネット使って一緒に死にましょうみたいなので、2人とか3人で同時に同じ部屋でオーバードーズだったり一酸化炭素中毒だったりで亡くなる方っていうのは、これもちょっと最近っていうかね、今っぽい死に方だなと思ったり。
結構うちらもね、自殺された方の解剖が多いんで、そのたびに、なんとかできなかったのかなとは思いますけどね。人に迷惑かける死に方も多いしね。例えば硫化水素だってね、流行ったけど、一応風呂場の入り口に危険、入るなみたいな表示をしてね、みんなマニュアル通りにやってはいるけど、硫化水素って空気より下に落ちていくから、下の階の人は大丈夫なのかよとかね。練炭だったら上の階の人やばいしね。そういう意味ではやっぱりやめてほしいとしか思えないですね。本当迷惑。しかも我々、解剖しなくて済むんだからね。本当、若い命を捨てるのはやめてほしいなとは常々思ってますけど。
そして、遺体が語るのはその人の生前の姿だけではありません。時には隠された事件の真相を明らかにすることもあります。
昔は江戸川のほとりで、体が黒焦げで焼かれてる女性があって、首から上がなかったご遺体を解剖したことがありますけども、首から上がノコギリで切断されて頭がないんですね。もう明らかに証拠隠滅のために焼いてるみたいな。解剖では気管の中に煤が入ってないので、生きてる時に焼かれたんじゃなくって、死んだ後に焼かれていると。しかもノコギリの切断面が焦げてないわけですね。だからこれ、焼いた後に首を切ってるみたいな状況で、おそらく殺人なんだろうなっていうご遺体でしたね。
その時に、警察の方は当然殺人事件っていうことで動き始めるわけですけども、当初は首を絞めて殺されたんじゃないかみたいな疑いを警察が持って、私の方に、首絞めじゃないんですか、首絞めじゃないんですかっていう、やたらストレスをかけられたことがあって。最終的には1、2か月経った後、頭が出てきたんですけど、頭の骨が割れてて、その犯人も捕まって、バットか何かで頭を殴って殺害したって話になって、一件落着したことがありましたけども。
基本的には体に刺し傷とかね、致死的な外傷がない場合って、基本、警察は首絞めにすがっちゃうっていうか、もう絶対殺しだよみたいな。でも殺しだとして、体に傷を残さない殺し方は何だって言うと、首絞めが一番手っ取り早いっちゃ手っ取り早いんで。意外と他の事件も含めてですけど、死因が特定できない時には、警察は首絞めにすがる傾向っていうのはどうしても出てきて、我々と時々、捜査上の都合と我々が合わないってことは時々起きるんですね。やっぱり先入観で動いちゃうと、後で取り返しがつかないような話になることはあり得ますよね。
まずは外表、死体の表面を所見として記載するんですね。
身長や体重、栄養状態に加え、死斑や死体硬直、直腸温を記録。さらに全身に残された傷やあざを1つずつ詳しく確認していきます。外表の検査を終えると、胸部や腹部、背部を開き、臓器を取り出します。そしてそれぞれの重さを測り、病気や損傷の有無を調べるのです。
腐ってないご遺体であると、少なくとも2時間はかかりますね。傷が多いと、交通事故なんかだと5時間とか、あとめった刺しとかだと12時間とかかかったりしますね。刺し傷の長さをちゃんと測って、しかも写真を1個ずつ撮っていく。かつ1個ずつの傷について、どういう方向に刺さってるのかとか、どの臓器が傷つけられてるのかっていうのを追いかけるんで、それなりに時間がかかっちゃいますね。
こうした丹念な解剖が現場での見立てを覆し、隠れていた本当の死因を明らかにすることもあります。それは、ある山中で発見された遺体のことでした。
千葉県の中でも一番千葉大学から距離の離れてる警察署であったことなんですけども、これは国際的に言われてることなんですけど、解剖する場所が遠ければ遠いほど解剖率が下がるっていうふうに言われてるんですね。持っていくのがやっぱり大変なんで。おそらくそういう背景が出やすいところだったんですけども、あるお家で家族が帰ってこないっていうことで、森を捜索したところ、おばあさんのご遺体が出てきたと。腕とかにイノシシがかじったような穴が開いてるっていうことで、署の人はイノシシに噛まれて死んだっていうふうに本部に報告したんですけど、イノシシがどうやったら人を殺せるのかって、なかなか理解ができないっていうことで。
実際に本部から検視官が見に行ったら、なんで死ぬんだってわかんないっていうことで、一応解剖になったっていう事例ですね。そしたら全然、頭から散弾が出てきちゃったっていう、弾が出てきたっていう事件ですね。
捜査の結果、駆除に訪れていた猟師が物音に反応して振り向きざまに発砲し、女性を撃っていたことが判明。相手が人だと気づいた猟師は、その場から逃走してしまったのです。一方、病死と思われた遺体に事件の痕跡が隠れていることもあります。
歩道で人が倒れてますっていうところで救急隊が呼ばれていて、病院に搬送する最中で、それも心肺停止になっちゃったと。病院でCTを撮ったら、くも膜下出血が見つかったんで、病院の先生は病死にしちゃったっていうことですね。ただ、そのケースについては一部始終を見ていた方がいて、救急隊が来た時に、この人は顔を殴られた後ずっと倒れてますって教えてくれたんで、救急隊の方から警察に通報が行くことで、見逃しが起きなかったっていうことですね。
あれはでも、病院が本来は気づくべきことでもあるんですけど、結構病院はそういうくも膜下出血を見つけると病死にしちゃうんで、病院の診断で見逃されてる殺人っていうのも、もしかしたら結構あるのかなとは思いますね。あと薬なんかで殺害されても、病院はそんな薬を盛られたとかわからないんで、死因がわからないやつを警察が解剖するように変えていかないと、結構病死に引っ張られていくんで、普通のお医者さんって。
そこをうまく利用されちゃうと犯罪が見逃される可能性があるので、もうちょっとちゃんと警察の方で解剖する努力をしてほしいなっていうか、その努力っていうのは結局、我々が解剖できるような環境を国が作らないとどうにもならないんですけども、そうしないとなかなかそういう怖い事態は解消されないなとは思いますね。
1995年3月20日、通勤ラッシュの東京を襲った地下鉄サリン事件。当時28歳、東京大学の法医学教室に所属し、法医学者としてまだ数年目だった頃の岩瀬博太郎は、事件翌日、被害者の解剖を行った経験があります。
朝、出勤してる最中だか直前に事件が起きてるんですよね。職場に着いたら、うちの教室員がテレビつけて大騒ぎになってて、地下鉄で、当初は爆破テロみたいな報道されてたと思いますね。そのうちサリンが検出されたっていう報道が出てきて、翌日にはご遺体が搬入されて解剖っていう話になっていったんですよね。全く知らなかったんで、そんな毒ガスがあるなんていうのは。なので、そこから調べましたけどね。
サリンに関する知識も、防護するための装備も十分ではない中、当時の東京大学法医学教室教授の高取健彦の補助として、その解剖を行うことになります。
すごい数の警察官がいて、科学警察研究所の方が、臓器からサリンを検出するためでしょうけど、何人か待ち構えていたりとか。あと当然、東京地検の検事さんも来るわ、かなり人がいっぱいいましたね。事前に警察官の方が、現場のご遺体に近づいて目が真っ暗になって倒れちゃったみたいな情報も解剖前に入ってはきてたんで、ご遺体、一応服は脱がしてあるんですけど、もし肺の中とかにサリンが大量にあったら危ねえんじゃねえかなと思いながら、その中で解剖したのを覚えてます。
当時の私の恩師の教授の先生が最初は解剖されて、そこに私が補助で入るっていう形でしたけど、教授が肺につながる管のところを開けた時にね、だいぶ緊張しましたけどね。そこからなんか出てきたらどうしようみたいな。
しかし、遺体を解剖しただけでサリン中毒と断定できるわけではありません。解剖で確認できる変化だけでは決め手に乏しく、死因を科学的に証明するには、体内に残されたサリン由来の物質を検出する必要がありました。
警察はサリンって言ってほしいわけですよね、死因が。そうすると、某大学の教授が、俺ならサリンと診断できるみたいに豪語される方がいて、東大なんかよりうちらで検査すればいいんだみたいな話をされてるらしいと。でもその方法については、顕微鏡で末梢神経を見ればわかるというようなお話をされていて、それって急性期って言ってサリンですぐ死んじゃうわけですけど、それは絶対にそんな診断できないような検査方法なんですね。なのにそんなことをおっしゃっているみたいな。
だから、ちょっとそれ以外の方法もあるだろうっていうのは、ちょっと意地を見せなきゃっていうふうに、多分高取先生は考えて、実際に物としてのサリン、あるいはサリンの代謝物を実際に検出するっていう方向で、その方法を開発するっていうところから始めたんですよね。
その後、被害者の組織からサリンの代謝物を検出し、サリンと死因を結びつける科学的証拠を示すことに成功しました。しかし。
だからね、あの時は本当に薬物検査の装置なんて、アルコール検査用のガスクロマトグラフィーしかなくって、何の薬物も当時東大では検出できなかったんですね。何も検査できない状況だったんで、何やってんだろうなとは思いましたね。高取先生の熱意はすごいと思いましたし、どうでしょう、政府っていうか国とかに対しては、なんだここっていうのは、あの辺りから非常に強く思うようになりましたね。だから今から思うと、相当薬物系の死因を見逃してたんじゃないかなとは今は思いますね。昔は相当見逃してるはずですね。
2011年3月11日に発生した東日本大震災。巨大な津波が東北地方の沿岸部を襲い、各地で多数の死者と行方不明者が確認されました。そして東日本大震災が発生するわずか数週間前、岩瀬博太郎は、ニュージーランドで起きた地震の身元確認を巡り、当時、岩手医科大学法医学講座の教授であった出羽厚二と連絡を取り合いました。
変な報道してますよね、みたいなところで。あたかもニュージーランドが遅れたやり方をしてるんで、遺体をなかなか日本のご遺族に返してくれないみたいな記事なんですけど、それってすごい慎重に身元を特定するから、当たり前のことなんですけど。日本は顔貌が一致するとご遺体返しちゃうっていう、実際はそんな国ほとんどない。間違えちゃうんですよ、そうすると。間違えちゃったら後でのストレスの方が、ショックの方がでかくなるし、そうあってはいけないから、必ず指紋、あるいはDNAと、あと歯ですね。この3つのうちどれか1つは合わせなきゃいけないっていうのが、他の国のやってることなんですけど、日本は顔が、ご遺族がこの人ですって言ったら返しちゃうんですね。
だから、それについて知らない新聞社が、ニュージーランドはいつになったら遺体を返してくれるんだみたいな報道をしてたんで、それについてその先生とやり取りしてて。出羽先生のメールの中では、いずれまた三陸沖地震みたいなのが起きるでしょうから、その時はちゃんと身元確認もしなきゃいけないと思っているし、ぜひ千葉大の人も助けてくださいみたいなやり取りをした直後に、あの地震が起きたんですね。
出羽先生からも発災後には個人的にも、来てくださいみたいなメールも来てる一方で、あまりにも死者が多いってことで、法医学会と警察庁が一応連携して、法医学会から人を派遣して、死体の検案を警察の検視と一緒にやるっていう話になっていくんですけど。比較的東北地区に近い、千葉県も被災してましたけど、東北地区に近い、そしてそれなりに人手がある大学だっていうことで、私がまず岩手に派遣されることになったんですね。
岩瀬博太郎のチームは、医師3人、歯科医師3人、警察官4人の計10人で編成され、遺体の検案を行うため、震災の翌日の夜、岩手県へ向けて出発しました。
行く途中で東北道がガタガタになってて、それなりに高速だから飛ばしては急ブレーキで段差をゆっくり乗り越えて、また100キロぐらいで走っちゃブレーキ踏んで遅く、みたいな、繰り返しながら行きましたね。
途中でサービスエリアとか寄りましたけど、ほぼ無人のサービスエリアで、駐車してる車両は消防隊と警察車両のみみたいな。サービスエリアにはやたら品が売れずに残っていて、そこでおにぎりとか買って、現地に翌朝着いたんですね。ご遺体が体育館にはもうすでに置かれている中で、我々も警察官、当時神奈川県が先遣で来てたのかな。神奈川県の方の検視と、我々の検案、あと歯医者さんの所見取り、歯型取りっていうのを始めたっていう形でしたね。
しかし、普段解剖台に乗っかってるご遺体とはやっぱり違う感じだったんで、我々、卓球台を衝立にしてご遺体を警察官と我々が見ている、その衝立の反対側は、ご遺族の方が顔を見てね、本人かどうか探しに来てるみたいな場所だったんで、すごい声がもう聞こえてきちゃうんですよね。ご遺体に面会した方とかはね。それを聞きながら作業するっていうのはすごい辛かったですね。あと、やっぱり若い人、赤ちゃんもいたし、高校生の女の子やら男の子やらも混じってると、相当ストレス、心的ストレスはちょっとなかなかでしたね。
疑問点が多くて、本当にみんな溺死でいいのかなとか、仮に溺死だとしても助けられた溺死があるんじゃないかとか。例えば車の中で亡くなってた方って、当然震災でも多くいたんですけど、あれはもうちょっとなんかできたんじゃないかな。傷はないわけですよ。体に傷がなくって、どんどん車が水に浸かって亡くなっていくわけですから、ああいうのをなんか、生かせる方策ってないのかなとかね。窓ガラスを割って外に出れば助かった方もいるかもしれないし、仮に外に出たら、よりいろんなものが襲ってきて潰されて死んじゃった方もいたかもしれないけど。
でも、そもそも本当に溺死なのとか、低体温だったら対策がだいぶ変わるんだけど、みたいなことを思いながらやってたんですよね。おそらく低体温で亡くなった方も混じってたらしくって、陸前高田の市民会館っていうところで亡くなった方がいて、後々の新聞記事で出てたんですけど、夜中の間に亡くなった方がいらっしゃったらしいんですね。それも我々が見てるんですよ。だけどみんな溺死にしちゃってるんで、どの方がね、そういう低体温っぽく亡くなってるんですけど、どの方だったんだろうっていうのもわかんなかったし、ああいうところは反省しかないですよね。
っていうか、我々が反省してもどうにもならないんで、本来だったらああいう災害時でも、全部は解剖できないとしても、一部抽出してどれぐらいの割合で低体温が混じってるのかっていうのはね、一部やればパーセントぐらいは出てくるから。それで何パーセントかでも低体温があるんだったら対策のしようもあったでしょうし、仮に溺死でも車の中の溺死だったら別の方策で助けられたかもしれないしとか、いろいろ思いましたね。
法医学を始めた直後から思ってたことではあって、さっきも言いましたけど、薬物検査もろくにできてなかったんですね、当時。一応、私、内科で1年近くをして、法医学に来たわけですけども、普通に内科やってれば患者さんの血液検査もするし、CTも当たり前のように撮るわけなんで、なんでそれがこの業界はできないんだろうっていうのは、入った当初から大いに疑問だったし、いずれ遺体はCTで診断してから解剖する時代にしないといけないなっていうのは、新人の時から思ってはいたんですよね。
ただお金もないし、CTも買えない。一度、さっきも出てきた、頭から上がない黒焦げのご遺体の頭の部分をMRIを撮ったことがありますけど、それは病院のMRIをお借りして撮っただけの話であって、ルーチンで当時そういうCTとかMRIなんて撮りはしないで、いずれはそういう時代が来なきゃいけないなとは思ってたんですね。
一方で10年目の時に、千葉大に教授として赴任して、千葉大の方が東大よりも設備がかなり悲惨でもあって、その原因が、とにかくお金払ってくれない。当時、大学に全く解剖経費っていうのが支払われていなくって、0円で全部解剖してたんですよね。しかも法人化が迫っている。国立大学の法人化が来年っていう時に私が赴任して、これ法人化されたらますます金がなくなる、どうなっちゃうんだろうっていう時に、でも法人化されれば警察からお金取れるんじゃねえのかっていうこともあって。
要望書を書いて、法人化されればお金払ってくださいっていう要望をしたんですけど、当然無視されるわけですよ。お役人ってみんな前例主義なんで、今までただでやらせてもらえたのに何今頃言うんだ、みたいな扱いで。その時にあるお役人が、国民が死因究明に関心がないから財務省が予算つけるわけないんだよねって言ってきたんで、ほうって思って。
CTね、5日借りると250万っていう金額でしたけども、法人化前の各教室に配られる研究費が250万だったんで、それを全部5日でつぎ込んで移動式CT車を借りて、警察の検視と一緒に回れば、もしかしたら心不全って診断してるものの中に脳出血を見つけて、日本の変死体とか異状死体って言われてるものの死因が全然違うじゃないかっていうことを示せるんじゃないかと思ったんで、その実験を始めたっていうのが、最初のCTの始まりですね。
正直、やめる覚悟があったんでね、当時。こんな何も検査ができないで、学生には法医学がいかに興味深い学問かを本来教えるべき立場じゃないですか。やってる本人が、こんなおかしい職場ないやって思ってやってるわけだから、続けてる意味も感じられなくなりつつだったし、やめようかなとも思ったけど、やめる前に本当、臭い最後っ屁でもしてやめてやろうかぐらいな覚悟でね、やったんで。もうこれでダメなら本当にやめようって覚悟で、250万つぎ込んでましたね。
この結果、20例中、4例か5例が違ってたっていうことで、そこからメディアの方も気づいてくれて、後のいろんな改善につながってはいったんですけど。さらにその後、時津風部屋事件っていう、相撲部屋での犯罪見逃しみたいなことが起きて、国技の相撲での不祥事だったんで、国会でも死因究明制度が議論されるようになっていったっていうことですね。あと、お金が支払われるようになって、多少の改善にはつながったってことですね。
そういう意味では今、薬物検査はできるようになったんですけど、さっきも言いましたけど、DNA検査は途中で警察庁がお金払いたくないって言って取り上げられちゃいましたんで、そういうストレスもかけられながらやってはいますけど。
こうした動きを経て、死後CTは死因究明の現場へと広がっていきました。しかし、CTだけで全ての死因が判明するわけではありません。正確な死因には解剖が必要となる場合も多いのです。
ただ、CTでは2、3割しか診断ができないんで、結局解剖せざるを得ない。しかも我々の死因についての考え方って、他のお医者さんとやっぱり違っていて、死因っていうのは実は直接死因と原死因っていうのがありまして、さっきも出てきたけど、例えば脳出血で最終的には死んでるんだけど、その原因は覚醒剤中毒っていう。そうすると原死因が覚醒剤中毒だから、これは中毒になる。あるいは覚醒剤殺人になるみたいな、そういうのが法医学の世界なので、仮にCTで脳出血を見つけたからおしまいではないんですよね。だから、スクリーニングでCTを使えばいいんじゃないかっていうのは、実は法医学的には難しいっていうか、なかなかしづらい話なんですよね。
解剖やCTを通して、遺体に残された痕跡から死因を明らかにしていく法医学。日本では亡くなった人のおよそ8人に1人が、死因や事件性を調べるため、警察による調査の対象となっています。人は簡単に死んでしまうものなのでしょうか?
やっぱり基本的には争い事で殺されたりしてるのもいっぱい見てるし、あとは本当、事故も多いですし、本当、たかが数十の水深で溺れる方もいたりね。頭は無事だけど首が折れちゃって亡くなったりとかね。本当、え、みたいな。こんなに傷がないのになんで死んじゃったのよ、みたいな方もいますしね。一方で意外と車に跳ねられても死ななかったり死んだりとか、いろいろですよね。ただ普通に、あんまり危ないところを歩かないようにしてるとか、喧嘩事には巻き込まれないような工夫をしてれば、だいぶ死ぬリスクは減らせるとは思いますけどね。
30年以上、解剖台の上の死と向き合ってきた岩瀬博太郎。人間にとって死とは何か?
死とは何か。必ずみんな死ぬんですよね。それは間違いないことですからね。ただ最後、自分がどうやって死ぬかって予測できる人って、そんなにいないと思うんで。もちろん自殺する人はね、自分が人為的に自分で死ぬわけですけども、そうじゃない限りはね、いつどこでどういう死に方するかって、実は意外とわかんないなとは基本的には思うし、だからこそ生きてる間は、みんなと楽しく仲良く過ごすのがいいんじゃないかなとは思ってますけどね。
全ての人間に必ず訪れる死。そして遺体に残された事実を明らかにし、同じ死が繰り返されることを防ぐ法医学。死から得られた教訓は、明日を生きる誰かへと残されていきます。
今回のバイエンスはここまで。解剖台で会わないようにしましょう。
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