毎朝9000m泳ぐ田中渓と、コムドットやまとが語る「命を燃やす習慣」と美意識の守り方
新R25チャンネルゴールドマン・サックスに17年勤めた投資家の田中渓さんと、YouTuberグループ・コムドットのやまとさんの対談である。やまとさんは著書『命の燃やし方』を出したばかりで、今回の対談は田中さんと話したいというやまとさんの希望で実現した。テーマは「常にトップを走り続けるための、命を燃やす習慣の作り方」。前半は田中さんの早朝の運動習慣とその再現性、後半は成功論がSNSで簡単に消費される時代の危うさ、お金と信頼と美意識の関係、心を健全に保つための「戦略的依存」へと話が広がった。
毎朝9000mを泳ぐ習慣と「不純な動機」
やまとさんがまず聞いたのは、田中さんの「鉄人すぎる」朝の習慣だった。この日も田中さんは9000mを泳いできたという。高校時代に水泳部だったやまとさんは、9000mは試合でひどい負け方をしたときに罰として泳がされるような距離で、それを毎日続けるのは想像がつかないと驚いた。
田中さんによれば、動機は「すごい不純」である。体を鍛えたい、大会で勝ちたいといった目的ではなく、好きなだけ食べて好きなだけ酒を飲み、それを「なかったことにしたい」。そこから逆算して距離と強度が決まった。これ以上の距離を泳いだこともあるが、日中の仕事に影響が出るうえ、早朝に4時間も運動するわけにはいかない。足し算と引き算でちょうどいいところに落ち着いたので、距離はもう増やさず、変えるとしても中身の強度くらいだという。
起床は3時45分で、運動は2時間から2時間半。やりたくない日にも行くのかと聞かれると、田中さんは、すごくやりたいと思った日はほとんど1日もないので、ほぼ毎日嫌だと答えた。ベッドから出るのも動き出すのも嫌だという。
体調を崩せないから、体調管理がうまくなった
体調が悪い日にもやるのかという質問に、田中さんは「逆」だと答えた。体調を悪くしてはいけない、という方向に習慣が働くのだという。
始めた頃は1km走る、15分歩く程度の軽い負荷だった。負荷と時間を少しずつ増やしていく途中で、調子に乗ってひどい二日酔いのまま行ったり、体調を崩したまま行ったりしたことがあった。やることは決めているのでやるが、非常につらい。そこから得たものは2つあると田中さんは話す。ひとつは、最悪の状況でもできたのだから次もできる、というベンチマークが積み重なっていくこと。もうひとつは、あんな状態でやるのが嫌すぎて、酒の量や睡眠をきちんとコントロールし、体調にも気をつけるようになったことだ。
約6年続けているこの習慣の間、「すごい嘘っぽい」が本当に、コロナにもインフルエンザにもかかっていないという。危ないと感じたらすぐに漢方などを飲んで喉をケアし、12時間ほど寝てしまえば治る、というのが田中さんの経験である。
優先しているのは運動ではなく「残りの時間」
やまとさんが、それだけこの習慣の優先度が高いということかと確かめると、田中さんは少しややこしい話だと前置きして否定した。本当に優先度が高いのは残りの時間の方だという。早起きして運動し、学習し、いくつかの仕事のルーティンをこなすのは1日のうち5〜6時間の話にすぎない。残りの20時間弱は好きにやりたいし、非日常的なこと、非連続なことをやっていたい。朝の部分をきちんと固めておけば残りを自由に使える。そのためにやっている、というのが田中さんの説明である。
「再現性はある」――習慣化と量を分けて考える
とはいえ他の人には真似できないのでは、というやまとさんの指摘に、田中さんは「再現性がある」とずっと言い続けていると返した。ただし、習慣化そのものと量の話は分けるべきだという。田中さんと同じことをいきなりやると、数日か1週間でつらくなり、最悪の場合は田中さんごと嫌いになってしまう。まずは小学生でもできるような小さなことで、習慣化の技術を一度身につける。量の調整はそこから始めればいい。田中さん自身も、最初からこの距離を10年続けると決めて始めたわけではない。小さく始め、習慣が歯磨きのようになってから負荷を上げてきた。この意味で再現性がある、というのが田中さんの立場である。
もともと体力があったのかという問いには、田中さんは、以前は自分を普通だと思っていたと答えた。体力は「中の中」くらいだったという。しかし発信を続けるなかで、体が弱いので無理だという人がたくさんいることを知り、自分は体が強い方なのだと考えるようにした。本当に無理な人がいることも分かっているので、個人差はあると認めている。自分はそこそこ負荷をかけても大丈夫で、免疫力も人並み以上にあるのだろう、と田中さんは見ている。それでも、食事と睡眠と運動の習慣を整えれば体の弱い人も必ず改善はするので、それは勧めているという。
体力は根性で広がるのか――生存者バイアスと「別解」
やまとさんは最近考えていることとして、体力は根性、つまり置かれた環境にかなり左右されるのではないかと問いかけた。田中さんは著書で、ゴールドマン・サックス時代にほとんど気絶するまで働き、酒も飲んでいた生活を書いている。やまとさんは、その時期に体力のキャパシティが強制的に広げられ、根性によって元の体力を大きく超えていけるのではないかと考えているという。
田中さんは、自分の中でも揺れている考えだと答えた。20代はがむしゃらに働け、意味が分からなくても限界までやれば突き抜けられる、質を求めずに圧倒的な量をこなせば後から質がついてきて、それがネットワークになり人生の財産になる。強い経営者たち、特に年配の人たちはよくそう言う。自分もそこを通ってきたので、それもひとつの正解なのだろうと田中さんは認める。一方で、そこには生存者バイアスがあり、生き残れない人や体力がなくて倒れる人もいる。そういう人に成功の目がないかといえば、田中さんはそうは思わない。過剰な体力で命の限り燃やし続けなくても、今は仕組みやテクノロジーがたくさんあるので、それを誠実に使えば道はあるという。
その例として田中さんが挙げたのがエンジニアの世界である。エンジニアにとって楽をすることは美学であり、それはサボることではない。できるだけ手を動かさず、体を動かさずに仕組みを作ることこそ美しいとする世界がある。そういうあり方もいいと思えないと、若い人たちにとって世界がつらくなってしまう、と田中さんは話した。
田中さんはやまとさんの本について、自分の書いたことと8割ほど重なると評価した。冒頭の章では、自分を種にたとえ、まず自分を見つめ直して見つけ、育てるように試し、土壌や環境を見つけて栄養を与える、という4段階ほどの流れが書かれている。自分をよく知れば何ができるかが分かり、試して育てたら、いい環境や人のネットワークに身を置いてさらに成長する。田中さんは、自分の本もお金の本に見えて実は半分ほどはそちら側の話を書いており、とても共感したと述べた。
完成品だけが届く時代に、あえて「量」を押し出す
やまとさんは、習慣や効率化は心から大切だと思うとしたうえで、今は成功者バイアスや生存者バイアスがかかりやすい時代だという問題意識を語った。SNSの発達で、視聴者には完成品がまず届く。未完成の段階の人は数字を持っていないので、その部分は見られない。完成したものは簡単に説明されてしまうので、こうすれば自分もお金持ちになれる、成功できると安易に受け取りやすい。その結果、実際にやってみたときの挫折が今の若い人たちにとってかなりきついのではないか、とやまとさんは考えている。
だからこそ、やまとさんはあえてハードな方を提示したいという。コムドットはYouTubeで数字を積み上げてきた結果だけを語るのではなく、その過程を全部動画に残し、きつさもセットで見せることを意識してきた。効率や習慣がかっこよくスタイリッシュに見えるのは分かるが、まず一度量をぶち込んでみないと見えてこないのではないか。やまとさんは、自分は凡人で、量をこなしてここまでたどり着いたと話す。世の中の大半は凡人であり、その凡人に必要なものとして、圧倒的に全力で物事に取り組むことをあえて押し出しているという。
田中さんは強く共感した。SNSは結果だけを切り取っており、なかでもInstagramはその象徴だという。田中さんが以前にも話したという例では、フェラーリに乗り、シャンパンはサロンを飲み、エルメスでいつでも何でも手に入れているところだけを見せている人がいた。しかし実態は全部赤字で、お金は火の車だった。新しい物を買ってはすぐ売り、キャッシュフローは回っていない。それでも動き続けないとブランド側に認知してもらえないという、涙ぐましい努力がある。見せられるのはきらきらした部分だけなので、それを羨ましく思った人が怪しい情報商材を買ったり騙されたりする。田中さんはそれを本当に不幸だと言い、プロセスエコノミーやファンエコノミーの時代になった今、コムドットのように裏側と努力の過程を見せるコンテンツがもっと発信されるべきだと述べた。
やまとさんは、この人は何のために情報を発信しているのかを視聴者が考えないと簡単に騙されると続けた。例に挙げたのは「1週間で英語を喋れるようになる」「1カ月でAIを完全マスターして副業で30万円稼げる」といった広告文句である。自分は分かっているが、学生の頃にそう言われたら魅力的に見えたはずで、頑張って貯めたバイト代を使いたくなったかもしれない。実際には、結果が出るまでに能力がまったく伸びない「絶望の谷」がある。そうした知識を、立場があったり成功を収めたりした人が伝えていかないと、若い人たちがタイパやコスパばかりに惹かれて結局何も得られないことが、この先どんどん起きるだろうとやまとさんは考えている。27歳のやまとさんは、若い学生にどういう目線で何を伝えたいかを田中さんに尋ねた。
収入を得ない発信と、「信頼」という次の時代のお金
田中さんはまず、やまとさんのような志で発信する人はとても少なく、本来それは大人の責任だと思っていると述べた。発信者の多くは、スポンサーから収益を得る、自分の持っているものを売る、何かを作って販売するなど、発信を生業にしている。田中さん自身はかなり特殊で、会社員としてそれなりに財を築いたうえで、まったく関係なくメディア発信をしている。自分が正しいと思うことを誰のバイアスも受けずに言いたいので、メディア活動では収入を得ないようにしている。スポンサーは是々非々で、物がいいと思えば受けるが、そうでない限りお金は受け取らないという。だから自分は正しいと思うことを言えばいいが、売らなければならないものがある多くの人にとっては難しいだろう、と田中さんは認める。
それでも中長期で見たらどうか、と田中さんは続けた。不思議なことに、昔のテレビではタレントや芸能人がCMに出ても嫌らしくは見えず、1本で何億円というお金が入る。一方、YouTubeなどのニューメディアで案件らしいことをやるとうさんくさく思われる。この構図は変えられない。そのなかでコムドットがすごいと田中さんが思うのは、ずっと長尺でやってきた点だという。他のメディアも少しずつ長尺化しており、インスタントなものに頼らない方が長期的にフォロワーがついてくる。お金はインスタントでテレビ的なものだが、売りたいものをその場で売りつけることをしないで得られるもの、つまり信頼のようなものが「次の時代のお金」になっている。それを作っているから今の登録者数があるのだろう、というのが田中さんの見方である。
やまとさんは、コムドットは実際に案件をほとんどやらないと明かした。2025年にYouTubeで受けた案件はおそらく1本で、自分たちがいいと思った映画をみんなに届けるものだった。スポンサーも、昨年はイベントについてもらった1件だけ。InstagramとTikTokでは案件を一度もやったことがない。いいと思っていないものをいいと言えば信頼が削れ、長期的に見て表現者として致命的だと考えているからだという。
最初に案件を断ったときのことを、やまとさんは鮮明に覚えている。もらった仕事がシンプルにダサかった。やれば100万円もらえたが、メンバーに「ダサいのに100万いらなくない?」と話して蹴った。それができたのは、自分たちの仕事で財を築いていてお金があったからだとやまとさんは言う。表に立つ人が信念をぶらさずに仕事を選ぶには、お金を稼ぐことが必要で、最もいい形は信頼を蓄積しながら稼ぐことだ。それをやっている人は圧倒的に少ない。スポンサーからお金をもらって発言する人は、意味の分からない商品でもいいと言わなければならないことがある。お金を稼いでいないと仕事を選べず、自らの命を削ることになる。やまとさんはずっとそう思ってきたという。
お金は美意識を守るためにある
田中さんは、それを20代後半で考えられているのはすごいと評した。自分は40歳を過ぎてそうしたことを考えなければと思うようになった。20代は激務すぎてその余裕がなかったので、かえってよかったという。
そのうえで田中さんは、「お前らは稼いでいるから正しいと思ったことだけ発信できるのだ」という反応は出るだろうと認めつつ、話の本質は美意識だと整理した。哲学と呼んでも、自分の尊厳やプライドと呼んでもいい。それを守るために一定のお金はきちんと稼がなければならず、それは誰も否定していない。自分たち2人とも稼ぎたくないとは思っておらず、稼ぐのは美意識を守るためだ。美意識を守っていると発信を本当に信じてくれる人がいて、信頼が保たれる。ところが順番を間違え、最初にお金の方へ魂と美意識を売ってしまうと、よくて2〜3年で大体みんな潰えていく、と田中さんは語った。
考えたことをねじ曲げずに出す――Xで「暴れた」理由
司会は、美意識を維持するためにお金以外で意識している習慣はあるかとやまとさんに尋ねた。やまとさんの答えは、自分が感じたことや考えたことを、ねじ曲げずに外へアウトプットすることだった。こう言った方が大人に見える、こう言った方が嫌われないと分かっていても、そのフィルターを通して出したものは自分の考えではなく、長期的な信頼にもつながらないと考えている。
最近もXで「ちょっと暴れた」という。自分は何も悪いことをしていないのにぼろくそに言われ、強く反撃した。フォロワーの多い影響力のある人間がそうすると、「小さいところに構うな」「そういうことをするから好きになれない」と言われる。やまとさんはそれを非常に短期的な目線のコメントだと考えている。自分はもっと長期的な美学のために発信しており、誰もやらないからこそ自分が動くという明確な筋がある。影響力がつき年齢を重ねても、それを続けたいという。ただ、スポンサーがついたり応援してくれる人が増えたりして、さまざまな目線が増えていくと、気持ちがねじ曲がっていくことはあると思う、とも付け加えた。
田中さんは、それがとても羨ましく、自分はまったくできていないと話した。自分のスタンスは、思っていないことは絶対に言わないが、思っていることを全部言うわけでもない、というものだ。言うことにもある程度の忖度や言い方の工夫をしている。そうすると敵を作りにくく、オブラートに包まれるので不要な揉め事も起きない。一方、やまとさんや、年上の世代でいえば田端信太郎さんのような人は、思ったことを何もねじ曲げずに直球で放つ。多くの人はそれを正論だと思い、熱量高く応援してくれる人もいる。ただ、小さな石でも当たるたびに痛いはずで、田中さんはその痛さを知っているので、勇気があると感じるという。
やまとさんによれば、実際に痛いので工夫もしている。反論したらその後何時間もXを見ない。石は勝手に投げられているので、返したら面白そうなものだけを、ちゃんと読まずに斜めに見て選んで返す。7年間活動してきて、全部見ていたら自信家の自分でもさすがに気分が落ちる。落ちている自分も嫌なので、キャラクターと筋を通すことで気持ちを固め、斜めに見ながら「これは返してもいいかな」と判断しているという。
田中さんはこれに、格闘ゲームのたとえで応じた。どんなに防御していても必殺技を受ければダメージゲージは少し減り、最後の1つまで行けば本当に倒れる。だから石を投げるな、それがその人にとって最後の一撃かもしれない、と思うことがあるという。パートナーとの別れ際の喧嘩でよく言われる「そんな小さなことで怒るな」も同じで、コップの水が表面張力ぎりぎりまで来ているところに最後の一滴を注げばこぼれる。最後の一言だけを切り取って些細なことだと言うのはフェアではない。SNSの人たちは、相手のコップがすでにいっぱいかどうかを知らないまま、カジュアルに水を注ぎ石を投げる。自分は器が小さいので、コップをなるべく空にしておきたい。だから最初から石を投げられないよう忖度してしまう、と田中さんは話した。
戦略的依存――人間関係と興味を分散させる
話題は、やまとさんの本にある「戦略的依存」の章に移った。田中さんも似た考えを持っているという。学校のような大きなコミュニティで心をこじらせると行き場がなくなり、人生の大半をつらい思いで過ごすことになりかねない。逃げ場というわけではないが、セカンドプレイスやサードプレイスを持っておく。田中さんの場合は、自分の人生の「ハッシュタグ」をたくさん持ち、それぞれにコミュニティを持っておく。そうすれば、たとえば仕事が嫌になって職場の人間関係が壊れても、それ以外は関係ないのだからいい、と考えられるという。
やまとさんもまったく同じ考えだと答えた。小学生の頃から習い事をたくさんさせてもらい、学校外にも友達や先輩、後輩がいた。ボーイスカウトなど、さまざまな年齢の人と関わる機会もあった。学校で嫌なことがあっても習い事があるから楽しい、と小学生ながら思った経験があるという。
高校生のときには、恋愛に没頭しすぎて人間関係をすべて壊した友人を見た。彼女が好きすぎて男友達の誘いを全部断り、部活もやめてしまった。結局彼女がいなくなったとき、その友人には何も残っていなかった。やまとさんはそれを人間として危うく、不健全だと感じ、人間関係を分散させておくことを以前から意識してきた。さらに、興味も分散させておくといいのではないかと考えるようになった。興味の数だけ楽しいことや学べることがあり、人生の選択肢が増える。それをメンタルを健康に保つコツとして本に書いたという。
田中さんは、メンタルを健康に保つことを主目的にしてもいいとしたうえで、副次的な効果もあると述べた。ひとつの道を極め続けるスペシャリストもいいが、よほどのところまで行かないと、飽きてしまうか、埋もれて「俺の行けるところはこんなものか」となりがちだ。ハッシュタグや興味の幅を広げると物事の視力がよくなり、世の中の見え方が広がって面白い。人からも面白がられ、いろいろな分野に興味がある面白いやつだから呼んでおこう、と雑に呼んでもらえるようになる。だから広げられるだけ広げた方がいい、と田中さんは言う。
やまとさんは、自分の軸足は地元の友達というチームに置いていると話した。軸足でない方の足は縦横無尽に動かしており、それがかえって軸足の側の大切さに気づかせてくれる。必要ないと思ったコミュニティには、ひどい言い方だが行かなければいいだけなので、軸足でない足は積極的にいろいろなところへ突っ込んでいくのがいい、という考えである。
5人で居続けるために――企画は「おまけ」
最後に田中さんは、コムドットを見て不思議に思っていることを尋ねた。田中さんは友達がいないわけではないが社交的ではなく、5人で必ず一緒に出るような関係を保てばきっと人間関係に疲れてしまうという。グループ活動では、ネタ切れの頃に「音楽性の違い」のようなものが出て亀裂が入ることが多いが、コムドットはどうしているのか。
やまとさんは、企画は基本的に全部自分が考えているが、企画自体は「おまけ」だと答えた。企画で人を引っ張ってきたら、いつか必ず終わると考えてきたからだという。
この後の字幕は途切れがちで、話の流れを正確にはたどれない。聞き取れる範囲では、「魔法の杖はない」「明日なんとかなります、は全部嘘だ」という趣旨の発言や、努力しなくても得られる成果がとんでもないことになっており、それが人間がもともと持っている能力を奪ったのではないか、という問題意識が語られている。続いて、自分に期待することがあれば聞きたいという問いかけがあり、これに対して、何をやればいいかは1人なのか5人なのかを含めて自分たちで考えればいい、ただこれだけの影響力を持っているのだから――と答えかけたところで、この回の字幕は終わっている。
常にトップを走り続けるための命を燃やす習慣の作り方。
鉄人すぎる習慣が朝にあるんじゃないか。はい。はい。はい。それは今日ももちろん……そうですね。今日は9000m泳いできました。
ガチで今日やりたくないみたいな。もう今日だけは甘えたいみたいな。そういう日も絶対に行くんです。
逆に言うと、すごくやりたいって思った日もほとんど1日もないんで、ほぼ毎日嫌ですよね。
成功者バイアス、生存者バイアスがかかりやすい時代になってるなと思っていて、実際やってみた時の挫折が結構今の若い子たちえぐいんじゃないかなと思って。はい。はい。
お金とその次の時代のお金みたいなものって、それとになっていて。多分、美意識をやっぱりみんな持つべき。……みたいなの維持するために意識されてることとかってありますか?
自分の感じたことだったり考えたことを、ねじ曲げずに外にアウトプットするっていうのはすごい意識していて、それこそ直近でもXの方で、はい、ちょっと暴れたんですけど。
本日は田中渓さんと、やまとさんにお越しいただきました。よろしくお願いします。よろしくお願いします。よろしくお願いします。お願いします。
今回はお2人の対談企画というところで、やまとさん、『命の燃やし方』を執筆されたということで、常にトップを走り続けるための命を燃やす習慣の作り方というテーマでお2人にお話しいただければと思います。はい。
今回の対談、僕が指名させていただいたというか、どうしてもお会いさせていただきたくてお話進めさせていただいたんですけど、本読ませていただいて。ありがとうございます。めちゃくちゃ面白かったです。え、めちゃくちゃ面白かったです。
いや、もうこのレベルになっちゃったら、そんな学ぶことないんじゃないかなと思って。
いやいやいや、田中さんのフィルターを通して語られることによっての説得力がめちゃくちゃあって、すごい面白かったのと、やっぱりどのメディアでも話してると思うんですけど、その鉄人すぎる習慣が朝にあるじゃないですか。はいはいはい。それは今日ももちろんっていう。
そうですね。今日は9000m泳いできました。
僕、水泳部だったんですよ、高校時代。なんで9000mってパッて言われて、どんぐらいやばいかがパッと分かるんですけど。あ、伝わると嬉しいですね。結構長いんですよね。
そうです。いや、異常なことで。本当に水泳部って結構最初泳がされるんですけど、なかなか9000を泳いでって言われることはないっすね。うん。もうとんでもなく試合に負けて、お前らありえないから泳げ、みたいな。あ、罰ゲーム的にね。はい。超罰ね。みたいな感じで泳がされるその距離なんで。うん。それを毎日やってるっていうのはちょっと想像つかないですね、僕からして。いや、最初からね、こうだったわけじゃないんで、ステップを踏んでっていう話ではあるんですけど。
今後もその伸びていく可能性はあるんですか?
一応目的は、僕はすごい不純な動機で、例えば体を強くしたいとか、パフォーマンスを上げて何かの大会で勝ちたいとかっていうわけじゃなくて、単純にもう好きなだけ食べて好きなだけお酒を飲んで、それをなかったことにしたいっていう中で、それの逆算で決まってった距離であり強度なんですよ。
で、これ以上にしたこともあるんですけど、そうすると今度さすがに日中の仕事とかにちょっと影響出るし、なんなら朝早く起きてさすがに4時間運動するわけにもいかないんで、それの足し算引き算でちょうどいいところに収まったんで、距離は多分もうこれ以上は増やさないんで、やるとしたらその中の強度を上げたりするってのはあるかもしれないですけど、そのぐらいで。
失に失になっちゃうね。ちょっと理解できないですよね。多分一般的にそんな泳いだことがない人、そんな走ったことがない人は、どれぐらいやばいことをしてるっていうのが多分入ってこないと思う。
大丈夫です。もう伝われと思ってないところがあるんですけど。絶対にやるわけじゃないですか、その習慣を。ガチで今日やりたくないみたいな、もう今日だけは甘えたいみたいな日って、人間誰しもあるじゃないですか。そういう日も絶対に行くんですもんね。
逆に言うと、すごくやりたいって思った日もほとんど1日もないんで、ほぼ毎日嫌ですよね。ベッドから出ることも動き出すことも。
3時45分に起きて、2時間ぐらい。はい。2時間半ぐらいですね、動くの。体調が悪い日でもっていう。
そう。でもこれ結構逆なんですけど、だから体調悪くしちゃいけないっていうのがあるんですよ。あ、なるほど。
最初のうちは全然そういうの分からないで、もっともっと負荷の低いところからやってるんで、1km走ろうとか、15分ウォーキングしようぐらいから始めてるんですけど、どんどんどんどん負荷かけて時間が長くなってて、途中で調子乗ってものすごい二日酔いで行っちゃったとか、ちょっと体調悪くしちゃって。それでもなんとか、やることは一応決めてるんでやるじゃないですか。そうするとめちゃくちゃ辛いじゃないですか。
まあ、2つあるんですけど、1つは、そういう最悪な状況でもできたんだから、また次もできるなっていう1個のベンチマークみたいのがどんどん積み重なってくってのがいい方で。で、もう1個は、これもう嫌だなと、こんな辛い状況でこれやらなきゃいけないのが嫌すぎて、だからお酒の量とか睡眠の量をちゃんとコントロールするようになったり、で、体調もすごく気をつけるようになったんで。
一応6年ぐらいやってるこの習慣、すごい嘘っぽい本当なんですけど、コロナになったり、インフルエンザになったりしてなくて、大体ちょっとやばいなと思ったらすぐ漢方か何か飲んで喉ケアして、12時間ぐらい寝ちゃえば絶対治るんで、それで体調を崩さなくなったっていう感じですね。
ああ、なるほど。アスリートインタビューみたいな感じ。もうそれぐらいその習慣が人生の中での優先度が高いっていうことですよね。そこが軸というか。うん。そうですね。
でもこれもまたややこしい話をすると、優先度が高いのは本当は残りの時間なんですよ。はいはいはい。結局よくサイグだとか色々言われたりするのは実はそうではなくって、結局1日のうちの5〜6時間の話なんですよね。この朝早起きして運動して、その後学習して、ちょっといくつか仕事のルーティンをやるっていうのが5〜6時間で、残りの20時間弱ぐらいは僕はすごい好きにやりたいし、非日常だとか、非連続なことをやっていたいから、こっちの方をちゃんとすると後のことは好きにしていいってできるんで、そのためにやってる感じですね。
なるほど。とはいえ、多分真似できないですよね、他の人に。それはね、再現性がありますってずっと言い続けてる。え、います?その田中さんの話聞いて、これ毎日やってますの人。
えっと、だから習慣化そのものの話と量の話はちゃんと分けた方がいいと思っていて、僕も言ってんのは、まずいきなり同じことをドーンってやんないでくださいって。はい。はい。日とか週力う度くなってなって、なんかもうむしろ僕のこと嫌いになるっていう最悪のケースで終わるので、そうじゃないですと。はい。っていうのは、毎日もう小学生でもできるようなもので、1回その技術を身につけてくださいと。はい。それから量を調整してくってんで。
僕自身もそうなんで、最初からいきなり、よし、もうこれから10年絶対この距離やるぞってやり始めたわけじゃないんで、ちっちゃくちっちゃくやって、習慣化が歯磨きみたいになった、その時からちょっと負荷を上げてってやってるんで、そういう意味で再現性があるよっていう。
質を途中から上げていく。そうですね。体力あるとか体強いみたいなタイプですか?
はい。正直今までは普通だと思ってたんですよ。はい。体力があったかって言ったら中の中ぐらい、北北性みたいな、そのぐらいな感じなんですけど、世の中の人たちたくさん見てたら、僕が色々こうやって言うことによって、どうしてもそれもう体が虚弱体質さが無理なんですっていう人たちもたくさん出てきたのを見てからは、やっぱり体は強い方なんだなっていうことにしていて。じゃないと、やって本当に無理な人がいるっていうのも分かってるので、それはやっぱ個人差あるんで。
僕は多分そこそこ負荷をかけたりしても大丈夫だし、免疫力も多少普通の人よりは多分あるんだと思うんですけど、でも食事と睡眠と運動の習慣整えれば、虚弱な人も絶対改善はするんで、それはお勧めしてます。
僕最近すごい考えてることが1つあって、体力イコール根性というか、置かれてる環境にめちゃくちゃ依存するんじゃないかなって思ってて。ゴールドマン・サックス時代めちゃくちゃ働いて、もうほぼ気絶するまで働くとか、お酒飲むとか、そういう生活されてたっていうの本で書かれてたじゃないですか。その時代に絶対にその体力のキャパが広げられてるというか、強制的に。はい。で、それって根性によって広げられてるもので、うん、元々持ってる体力とかを大幅に超越していけてしまうものなんじゃないかなっていうのを勝手に考えてるんですけど。うん。
まさにね、この『命の燃やし方』でも書かれてたと思うんですけど、結構僕も揺れ動く考えがあって、20代はがむしゃらに働けと。で、その意味がわかんなくても、限界までやることによって突き抜けられる何かがあって、結局質なんか求めないで圧倒的量をやっとけば、後で質がついてきて、それがネットワークになって人生の財産になるんだっていうのが、結構強つよの経営者たちみんな言うじゃないですか、特におじさんが。はい。っていうのがあって、それは自分はそれを通ってきちゃったんで、それも1つの正解なんだろうなって思うんですけど、でもやっぱり生存者バイアスあって。はい。
それで生き残れない人とか、やっぱり体力がなくて倒れちゃう人がいるので、じゃあそういう人たちはもう成功の芽はないんですかって言ったら、僕はそんなことはないとは思ってるので。過度の体力と、もう命の限り燃やし続けるだけじゃなくても、今仕組みとテクノロジーがたくさんあるから、それを誠実に使ってやっていけば芽はあるよと。っていうのはやっぱりエンジニアとか見てるとそうだと思うんですけど、エンジニアにとって楽をするとかっていうのはすごい美学で。で、それは決してサボってるわけじゃなくって、できるだけ手を動かさず、体を動かさず、仕組みを作っていくことこそが美しいってやってる世界もあるので、そういうのも、いいよねって思わないとやっぱりちょっと世界辛いんで、若い人たちにとっては、と思ってます。
なるほど。確かにそう。
でも好きですけどね、この本は。僕は僕の書いてることと8割ぐらい重なるとこあるなと思ったし、最初の序章というか0章かなんかにちゃんと書かれてたと思うんですけど、まずそのね、種で例えられてたと思いますけど、自分を見つめ直して、見つけるところから始めて、で、それを育てるというか、試してみるってところからあって、で、ちゃんと土壌とか環境を見つけていって、そこで栄養を与えるみたいな、4つぐらいに分けて書かれてたと思うんですけど、それがすごい大事だと思うんですよね。
だから自分のことよく分かって、分かるとできるはずなんで、ちゃんと試してみて、で、試してた後にだんだん育ってくんで、じゃあいい環境とか、いい人的ネットワークとかに身を置いていって、そこでさらにちゃんと成長するようにやってけって話だと思うんで、多分ほとんどそういうこと書いてる。金の話の本っぽく、実は半分ぐらいそっち側の話書いてるから、すごいそれはめちゃくちゃ共感はしてるんですけど。
僕がなんか問題だなって思ってることとして、さっきも言った通り、習慣とか効率化を求めることとかってめちゃくちゃ大切だなって心から思ってるんですけど、やっぱりさっきもおっしゃったように成功者バイアス、生存者バイアスがかかりやすい時代になってるなと思っていて。やっぱSNSの発達によって、完成品みたいなものが視聴者、ユーザーにまずバンって届くじゃないですか。はい。それは当たり前のことで、未完成の状態では届かないというか、数字を持っていないんで、そこの部分は見れないと。
要は完成してるものを最初から見せられて、それって結構簡単に説明されてしまうものだと思うんですよ。はい。ってなった時に、あ、こうやれば自分たちもこういう風にお金持ちになれるんだ、こういう風に成功できるんだっていうのを結構簡単に捉えてしまうことで、実際やってみた時の挫折が結構今の若い子たちえぐいんじゃないかなと思って。はい。
だからこそあえてハードな方を提示したいっていうのはすごいあって。自分たちもYouTubeでこういう風に数字積み重ねてきましたっていうのを結果だけ言うんじゃなくて、その過程も全部動画に残して、そのキツさもセットで見せるっていうのをすごい意識をしていて。じゃないと、効率だから、習慣だからっていうので、そっちの方がかっこいいしスタイリッシュだし。うん。そうやりたいのは分かるけど、まず一旦量ぶっ込むことやってみないと見えてこないんじゃないかなっていうのは、僕が凡人で、それこそ量をたくさんやってきてここまでたどり着いてるんで。
世の中大半が凡人じゃないですか。その凡人に必要なのはっていうところで、まずこの圧倒的に、うん、全力的に物事に取り組むっていうことをあえて押し出してるっていうのがあって。そこをすごい、はい、問題意識として感じてて、自分よりも若い子たちがこういう風に世のバイアスかかっちゃってるんだろうなっていうのは思ってて。
あ、そうですね。もうそれはめちゃくちゃ共感しますけどね、やっぱり。うん。本当におっしゃる通りで、結果だけ切り取ってるので。特にSNSの中でも、Instagramがそれのもう象徴みたいなものなので、結果とキラキラしたところに切り取ってくとそうなっちゃって。
僕、前どっかで話したことあるんですけど、ものすごいフェラーリ乗ってて、シャンパンはサロン飲んでて、で、エルメスでいつでもどんなものでも手に入ってるようなところだけを出してるんですけど、その彼はもう全部赤字ですね。はい。毎日毎日エルメス行ってて、フェラーリも新しいの乗ってるんですけど、ずっとお金火の車で。で、新しいの買ってはすぐ売って、で、キャッシュフロー回ってないんですよね。
だけど、そういう風に動き続けていないとブランド側から認知してもらえないからっていう、もう涙ぐましい努力があるんだけど、見せられてるところはキラキラしたところなんで、それを羨ましいって思っちゃう人が、変な情報商材買っちゃったりだとかね、騙されちゃったりするのは本当に不幸なので。その過程を見せていく、プロセスエコノミーとかね、今もファンエコノミーっていう時代になってるので、本当にコムドットもそうですし、その裏側をちゃんと見せてくれる。で、そこの努力の過程があっての、これだっていうのは、もっともっとちゃんとコンテンツとして発信されなきゃいけないなってのはありますよね。うん。
そうですね。もう本当に何のためにこの人は情報を発信してるんだろうっていうのを、やっぱ視聴者、ユーザーが考えないと簡単に騙されてしまうというか。1週間で英語喋るようになりますとか、はいはいはい、1ヶ月でAI完全マスターして副業で30万稼げますって、うん、要は広告文句として打つじゃないですか。けど現実はそんな簡単じゃない。うん。
で、俺は分かってるけど、俺が学生の時にそんなこと言われてしまったら、すごい魅力的に見えるだろうし、それこそ頑張って貯めたバイト代を使いたいと思ってしまうかもしれないけど、もっともっとその結果を得るまでに絶望の谷があるじゃないですか。全くこの能力が伸びないか、みたいな。そういう知識を、ある程度立場があるとか成功を収めてる人が言って、知識として与えていかないと、若い子たちがタイパとかコスパっていうものばっかりに惹かれて、結果的に何も得られないっていうことがどんどんどんどん起こっていくだろうな、この先っていうのはすごい考えてて。うん。
それはずっとメディアで僕も発信し続けてるんですけど、今僕27歳なんですけど、はい、ですよね、もっと若い学生とかに、はい、何か伝えたいことというか、今のこの時代の流れ見ててアドバイスというか、どういう目線で見てるんだろうっていうのはちょっと聞いてみたいです。
あ、でも本当に多分やまとさんみたいな志を持って発信してる人ってすごい数少ないんで、僕は大人の責任だと思ってるんですけど。発信者って通常の場合は、それをやっぱり生業としてる人がほとんどなんで、何かしらで収益を稼いだりとか、どうしてもお給料を手にする、そこがスポンサーがいるのか、どっか自分の持ってるものを売るのか、何かを作って販売するのかって、やっぱりその辺があると思うんですけど。
僕かなり特殊な人で、元々もうサラリーマンとしてそっち側で、それなりに蓄財をしてきて、はい、もう全然関係ないことでこのメディア発信をしていて。で、一応自分が正しいと思ってることを何のバイアスも誰にもかけられずにやりたいから、このメディア活動においては収入を得ないようにして。で、スポンサードは是々非々で、物がいいと思えばやるけれども、そうじゃない限りはお金を受け取らないっていうスタイルでやってるんで、だから自分が正しいと思うことを言えばいいんですけど、でも多くの人はやっぱり何かしら売らなきゃいけないものだったりあるから、結構難しいと思うんですよね。そうです。
なんですけど、すごいなと思うのは、結局それって中長期で考えた時にどうなんだって話で。昔のテレビは、なんかもうすごい不思議なんですけど、タレントさんとか芸能人とかアイドルとか、そういう人たちがCM打っても別にいやらしくないじゃないですか。しかも1本CM出ると何億円とかってお金がそのタレントとかに入って。でもなんとなくYouTubeとか、テレビ以外のニューメディアで案件っぽくやると、すごいうさん臭いって思われるじゃないですか。
でもこの構図はもう変えられないから。だけど多分コムドットはすごいなと思うのは、ずっと長尺でやってるじゃないですか。そうですね。はい。短尺やらなくって、でも他のメディアもちょっとずつ長尺化してってるし。そうですね。はい。で、多分そういうインスタントなものをやらないでやってった方が、長期的にはちゃんとフォロワーがついてきてくれるってことを多分やられてると思うので。
それが結局、お金とその次の時代のお金みたいなものって、それとになっていて。お金っていうのはインスタントなんで結構テレビっぽいんですけど、長尺とか、もうインスタントに売りたいものをそこで売り付けるっていう風にしないものって何かっていうと、多分信頼みたいなものなんで、それを作られてるから、すごい今ね、これだけのやっぱり登録者数もいるんだろうし、そういうことを発信されてるのは。そういう人がもっと増えたらいいよね、若い人たちも、と思いますけどね。
そうですね。うん。僕たち、おっしゃった通り案件を本当にやらなくて。YouTube、去年2025年で受けた案件は多分1本。1本、すごい。で、それも自分たちがいいと思った映画を、うん、うん、みんなに届けるっていうの1本で、スポンサーも去年はイベントについていただいた、はい、この2つだけで。で、インスタとTikTokに関しては案件一切やったことなくて。はい。
これも明確な基準というか自分たちの考えがあって、やっぱいいと思ってないことをいいということによって信頼が削れていって、うん、それってやっぱ長期的に見た時に、表現者として致命的だなっていうのを思っていて。1番最初に案件断った時の記憶、すごい鮮明に覚えてて。はい。シンプルにもらった仕事がダサかったっていう。うん。うん。でもダサい仕事やったら100万円がもらえたんですよ。うん。うん。
で、これどっち取るってなった時に、表現者として100万いらなくねってみんなに話して蹴ったんですけど、それってなんでできてるかって言うと、やっぱちゃんとお金があるからで。田中さんもおっしゃったように、自分でやってきた仕事で蓄財できてるから取れる選択じゃないですか。だから表に立つ人が絶対にこの自分の信念をぶらさずに仕事を選ぶために必要なのは、やっぱりお金を稼ぐってことだよ。で、そのお金も1番いい形なのは、信頼を蓄積しながらお金を稼ぐっていうことだと思っていて、それをやっている人が圧倒的に少ないって。そうですね。
やっぱりスポンサーからお金をもらって何か言う人たちじゃないですか。本当に意味わかんない商品でも、お金もらっていいと言わなきゃいけない可能性とかもあったりとかして、そこお金稼いでないと仕事選べなくて、うん、結構自らの命削ってるんだよなっていうのはずっとずっと思ってますね。
いや、すごいですよね。だからそれを20代後半で思えてるのがすごいなと思って。僕はやっぱり40過ぎてるんで、なんとなくそういうことを考えなきゃいけないなとは思ってるんで。僕は20代の時たまたま激務すぎてそういう余裕がなかったから良かったんですけど。なんですけど、でも本当におっしゃる通りなのは、多分見た人が、いや、だからお前らは稼いでるからそうやって正しいと思ったことだけを発信できるっていうね、そういうのが出ちゃうと思うんですけど。
それはどっちかっていうと、多分美意識をやっぱりみんな持つべき。それは哲学って言い方でもいいですし、自分の尊厳、プライドって言ってもいいと思うんですけど、そういうものを守るために一定程度のお金をちゃんと稼がなきゃいけなくて、これは誰も否定してないし。僕らは多分2人ともそうですけど、お金を稼ぎたくないとか思ってないし、お金はちゃんと稼ぐと。でもそれはやっぱり自分の美意識を守るためなので。
で、その美意識を守ってると、自分たちの発信に対して、本当に信じてくれる人がいて、で、信頼が保てるって話なんで。そこを結構順番間違えちゃう人がいて、最初にお金の方に魂と美意識売ってっちゃうと、良くて2年3年でね、大体みんな潰えていってしまうので、そこですよね。名言ですね。お金が美意識、哲学を守ってくれるっていうのは。うん。
ちょっと習慣の話に戻ってきたくて、すいません。いや、全然大丈夫です。面白い話。すごい面白い話だったんですけど、やまとさんも結構人生哲学的な、いわゆる美意識みたいなのかなり強い方だなと思ってまして、それを維持するためにご自分が習慣として思ってないけどやられてる何かがあるんじゃないかなと僕は思ってたんですけど、その美意識みたいなの維持するために、お金の話もありましたが、それ以外に何か普段の生活とかで意識されてることとかってありますか?
自分の感じたことだったり考えたことを、ねじ曲げずに外にアウトプットするっていうのを、うん、うん、すごい意識していて。はい。こう言った方が大人に見られるなとか、はい、こう言った方が嫌われないなって分かっていても、そのフィルターを通して外にアウトプットしちゃうと、それも自分の考えではなくて、それもさっき言った長期的な信頼に繋がらないと思ってるんで。
それこそ直近でもXの方で、はい、ちょっと暴れたんですけど。結構自分は本当に何も悪いことしてないのに、結構ボロクソに言われた時にとんでもなく反撃すると、はい、僕ぐらいフォロワー数がいたりとか、影響力ある人間がそういうことやると、いや、そんなちっちゃいところに構うなとか、うん、そういうことしてるから好きになれないとか言われるんですけど、それってめっちゃ短期的な目線のコメントだなと思っていて。
もっと長期的に見た自分の美学のために発信をしていて、誰もやらないからこそ自分が動いていてっていう、うん、やっぱ明確な通った筋があるんで、その筋を、うん、どんだけ影響力がついても、年齢を重ねてもやり続けたいなっていうのを思っていて。だんだん難しくなってくるんですよね。それが例えばスポンサーがついちゃったりとか、応援してくれる人が増えたりとか、いろんな目線がどんどんどんどん増えていくことによって、やっぱ気持ちがねじ曲がっていってしまうってあると思うんですけど。
それはね、すごい羨ましいですし、これは全然できてないんですよ。いやいやいやいや。いつも僕が言ってるスタンスは、思ってないことは絶対言わないけど、思ってること全部言ってるわけでもないし。はい。ああ。あとは言ってることも、ある程度の忖度だったり言い方ってものを結構考えながらやっちゃうのは、そのことによって確かに敵が作りにくくなるし、オブラートってものに包まれるので、不要なものは起こさないで済むんですけど。
でもやっぱり、じゃあやまとさんとか、あとおじさんチームで言うと田端信太郎さんみたいな人はそうだと思うんですけども、絶対もう直球で思ったことを何もねじ曲げずにドーンって放つじゃないですか。でも結構みんなそれやっぱり正論だと思ってて、熱量で支えてくれる、応援してくれる人がいて。でもその小粒の石は痛いじゃないですか、いちいち。それは田端さんに忘ればキスも痛かったわけなので。いや、痛いんだよそれと思って、その道は痛いの知ってるんで。いやあ、すごいな、勇気あるなとはすごい思いますけどね。
いや、でもこれ、僕痛いんで、反論したら、はい、もう何時間も見ないんですよ、Xを。で、あとは勝手に石投げられて、で、返したら面白そうな石だけちょっと斜めで、食らわないように見て、あ、この石返してやろうみたいな感じなんで。そこは、もう7年間この活動やってるんで、全部見たら、うん、はい、もうめちゃくちゃ自信家の僕でもやっぱ気分は落ちるんですよ。うん。うん。うん。落ちてる自分も嫌なんで、落ちないように自分のこのキャラクターとか筋を通すっていうところで、この片目で見ながら、うん、これは返してもいいかなみたいな。
やっぱりそうですよね。格闘ゲームで言う、どんなに防御してても必殺技繰り出されて防御するとちょっと減るじゃないですか、ダメージゲージ。あれが最後の1個まで行ったら本当に死んだりするんで、石投げんなよっていうのはちょっと思ったりするんですけど。本当その意で人最後の一手かもしれないぞってのあるから危ないし。
これなんかよくパートナーと別れちゃう時の喧嘩の常套句もそういう風に思ってんですけど、そんなちっちゃなことで怒るなよっていうの、よくあるじゃないですか。ちっちゃなことじゃなくて、もうコップの水は表面張力ギリギリまで来てる時に最後の一滴注いだらこぼれるじゃないですか。あそこまで来ちゃってることの最後の一言だけを切り取って、そんな些細なことで怒んなよっていうのはフェアじゃないんですけど、そのこと知らないじゃないですか。もうこの人のコップの水がもういっぱいになってるってことを。
SNSの人たちはカジュアルにやっぱり水は注ぐし石は投げるし、その人のコップがどうなってるかってのは見えないんで。いや、だから僕はもうちっちゃいんで、やっぱりもう空っぽにしときたいから、もう最初から石も投げられないように、ちょっとなるべく忖度してってやっちゃうんですけど、すごいなと思ってます。
いやいや、いや、そうか。今のパートナーの話はちょっと僕も言ってしまったことがあったんで。うん。全然話それちゃいますけど、この本の中で戦略的依存っていう章だったかな、書かれていて。多分僕も似たような言葉で使ってるんですけど、1つのコミュニティにいると、特に学校とかってすごく大きなコミュニティでね、そこで心をこじらせたりすると結構行き場がなくなって、それで人生の大半を辛い思いをすることになっちゃうんですけど、そういうの逃げ場としてじゃないんですけど、セカンドプレース、サードプレースっていうのを持っておく。
っていうので、僕の場合は自分の人生のハッシュタグをいっぱい持っといてコミュニティを持っておけば、今だと例えば仕事が嫌になってそこの人間関係が壊れても、全然関係ないんだからいいじゃんっていう、そういうゆるい考え方なんですけど、それはどういう感じで。
はい、僕全く同じで、小学校の頃から結構習い事いっぱいさせてもらってたんで、小学校の友達だけじゃなくて結構外部にもいっぱい友達がいて、その友達も先輩がいたり後輩がいたりっていう、ボーイスカウトがあったりとか、いろんな年の人と関わる機会とかもあったりとかして。小学校で何か嫌なことがあっても、習い事あるから別に楽しいしとか、小学生ながら思う経験とかもあったりとかして。
で、高校生とかになった時に恋愛に結構没頭したりするじゃないですか。で、恋愛に没頭しすぎて全人間関係を壊してる友達を見た時に、あ、うん、これすごい人間として危ないなっていうのを思っちゃって。すごいもう彼女が好きすぎて、全部男の誘い断ったりとか、もうやってた部活やめちゃったりとか。はいはい。そこまでやるんだってなって、結局その彼女がいなくなった時、そいつ何も持ってないみたいになっちゃってたんで、それってすごい人間として不健全だなと思って。
その人間関係を分散させておくっていうのは結構前から思ってたんですけど、僕、興味も分散させておくのが結構いいんじゃないかなと思って。うん。興味の分散が何個もあって、その分楽しい、学べることがいっぱいあるみたいな感じで、人生の選択肢が多いなっていうので、メンタルを健康に保つコツとして書きました。
うんうん。まあ、そうですよね。メンタルを健康に保てるのが主目的でもいいんだけれども、その副次効果として、結局1つの道を極め続けるスペシャリストみたいなのでいいんですけど、それってよほどのとこに行かないと飽きちゃうか、あとは埋もれちゃって、こんなもんなんだよな、俺の行けるところ、てなっちゃうんですけど。
とにかくハッシュタグなり興味の幅を広げていくと、物事の視力が良くなるんで、そもそも世の中の見え方がすごい広がって面白いし、あと人から面白がってもらえるようになる。いろんなことを知っていると呼んでもらえるし、あいつ結構いろんな分野興味あって面白いやつだから、とりあえず呼んどけみたいに雑に呼んでもらえるようになったりとか、そういうのも広がるんで、まあ、広げといた方がいいですよね。広げれるだけ広げちゃった方が。うん。
あとはそのコミュニティが必要ないなと思ったら、ちょっとひどいですけど行かなければいいだけなんで。軸足は僕は自分の地元の友達っていうチームに置いてるんですけど、こっちの軸足じゃない方は結構もう縦横無尽に動かしてて、うんうん、それが逆にこっちの大切さを気づかせてくれる機会にもなったりするので、積極的に軸足じゃない方の足はいろんなとこに突っ込んでいくのがいいんじゃないかなって思ってます。
いや、それで今ね、軸足の方の話出たじゃないですか。で、すごいなってものが、僕は別に友達がいないわけじゃないんですけど、社交的な人じゃないんで、そこもコムドット見てて思うの、やっぱり絶対5人で出るとか、すごいじゃないですか。あれを保てる。僕ならやっぱり人間関係疲れしちゃうだろうなって思うんですけど、あれは、いろんなとこで聞かれてると思うんですけど、はい、やっぱどうやってんですか?大体グループで活動してて亀裂が入る瞬間っていくつかあると思うんですけど、ネタ切れ的なものになってった時に、ちょっと音楽性の違いみたいなのが出てって、いや、だったらみたいになるわけ。その辺はどうなんですか?
はい。僕基本的に企画全部考えてるんですけど、企画自体はおまけなんですよ。企画で人引っ張ってきたら絶対いつか終わる。そうすね。っていうのを思ってたんで。もう魔法の杖はないので、明日なんとかなります、全部嘘だから。うん。本当に。そう。ガチで頼む、みんな、本当に嘘なんだ。そう。
努力しなくても得られる成果が、はい、なんかとんでもないことになってると思うんですよ。これって人間が持ってる、そもそもの能力みたいなものを奪ったなと思っていて。はい。僕に期待することというか、こういうこと持ってやってほしいとか、もしあれば。
何をやればいいかっていうのは、もう1人なのか5人なのか、皆さんで考えればいいと思うんですけど、これだけの影響力持ってるのであれば。あ。
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