「要領が悪い」若手は令和の職場でどう働くか:海老原嗣生氏が語る労働時間の実態と「本物のワークライフバランス」

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概要

新R25編集部の十石泰誠氏には、昔から悩みがある。勉強でも仕事でも人より時間がかかり、長く働いてようやく平均に届く。長時間労働が「努力」と見なされた時代なら評価されたかもしれないが、残業に厳しくワークライフバランスが重視される今は「生産性が低い人」と見られるのではないか。この相談に、リクルート出身の雇用ジャーナリスト・海老原嗣生氏が答えた。海老原氏の立場ははっきりしている。職場は世間が言うほど変わっておらず、変わった部分にも理由がある。そのうえで、短所は裏返して自分の「ブランド」にできるという。

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相談の中身:「コスパの悪いZ世代」

冒頭の編集部トークで、十石氏は自分の状況を説明した。賢い人なら4時間で終わる勉強に自分は8時間かかるので、そのぶん長くやればいいと考えてきた。Z世代はコスパを重視すると言われるが、自分は逆でコスパが悪い、と笑う。

同席した編集部員は、会社にある程度の成果主義は必要だとしつつ、同じ成果なら長く働いた人のほうが評価されることは今もあるのではないかと応じた。長く職場にいればそれだけコミュニケーションも増え、別の形で貢献しているとも考えられるという。それでも十石氏は、昭和的な働き方ができた時代のほうが自分には合っていたのではないかと感じている。

労働時間は、実はほとんど減っていない

海老原氏はまず、「昔なら許された」という前提を否定する。仕事が遅ければ昔も「早くやれ」と怒られたはずで、その点は今も昔も同じだという。

そのうえで残業規制の中身を説明した。法律が定めるのは、年の半分までは月45時間以内、残りの月は平均80時間まで、最も多い月で100時間までという枠である。月80時間の残業は1日あたり約4時間で、これは過労死ラインにあたる。過労死ラインまで認めている以上、「そんなにホワイト化はしていない」と海老原氏は言う。

実際の数字として、フルタイム労働者の年間総労働時間はこの6〜7年で約50時間減ったと海老原氏は示した。年250日働くとすれば、1日あたり12分ほどの減少にすぎない。

成果主義もジョブ型も、中身は大きく変わっていない

海老原氏は、20年ほど前にも「成果主義になるからこれまでのようにゆっくりできない」と言われていたと振り返る。いま同じことがジョブ型について言われているが、成果主義で本当に変わっていたのなら20年前に変わっていたはずだ、というのが海老原氏の見方である。

日本のジョブ型は欧米型の雇用とは別物で、海老原氏はこれを「ジョブ型メンバーシップ制度」と呼んでいる。新卒の未経験者をジョブで雇う企業はなく、総合職として採用して簡単な仕事から任せ、慣れたら難しい仕事へと移していく仕組みは変わっていない。逆に、かつての職能型の時代でも、営業に配属された人は営業の仕事しかせず、経理の仕事はしなかった。違いは、それがジョブディスクリプションという形で文書化されていなかったことだけだという。今のジョブディスクリプションにも「記載のない仕事は上司の指示による」「手が空いたときは手伝う」といった一文が入っており、雑用を任される構造も変わっていないと海老原氏は指摘した。

職場を変えたのは「ブラック排除」と「女性活躍」

では何が変わったのか。海老原氏が挙げたのは二つである。一つはブラック企業への厳しい目で、ブラックなものは排除しないとまずいという状況になった。

もう一つが女性活躍で、海老原氏はこちらを歴史的な経緯から説明した。海老原氏の世代では、4年制大学に進む人の8割以上が男性だった。残り2割の女性も、その半分は女子大の家政学部や幼児教育などに進み、総合職の入口に来なかった。そのため企業が総合職で採用する人の95%ほどが男性だったという。その後、女子大や短大から一般事務へ進むコースが不況で細り、2000年ごろから女性も普通に4年制大学へ行くようになった。2010年ごろには有名大学でも女性が半数近くになり、企業の採用も男女半々に近づいた。

女性が半分いる職場では、男性が昔のように猥談をすることもできなくなる。さらに大きいのは家事育児の問題である。かつては家に専業主婦かパートの妻がいたから、男性は家事を任せて限界まで働けた。夫婦ともに総合職になれば、家事育児は誰かが担わなければならない。2010年代は、女性が休むという形で女性に押し付けていた時期で、女性の部下を持った上司は非常に苦しい立場に置かれた。それは不公平だから男性もやるべきだという考えが2010年代後半から広がり、男女とも残業せずに帰って家事育児ができる体制でなければおかしい、という感覚にここ4〜5年で変わってきた。海老原氏は、これは法律ではなく社会の変化によって起きたものだと強調する。

また昔は、一定の時間を超えると残業代がつかなかったため、実際に何時間働いているかは上司にも分からなかった。長く働く人が「頑張っている」と評価される社会だったわけではない、と海老原氏は言う。今の変化は、短くしなければいけないという意識の中で、みんながさっさと帰っても怒られなくなったことだと海老原氏は見ている。

変わったのは社会ではなく、所属する会社

海老原氏は、十石氏が感じている変化は社会全体のものではなく、会社を移ったことによるものだと指摘した。今も長くゆっくり働いてよい会社はいくらでもある。十石氏は新卒でNHKの報道に入り、年功序列の長期雇用型の組織にいた。そこから効率を重視するベンチャー志向の会社へ転職したことで、働き方の差を強く感じているのだという。

早期離職者の調査から見えた「5つの軸」

ここで海老原氏は、リクルート時代の調査を紹介した。当時、新卒から3年ほどで辞めて転職相談に来る第二新卒が毎年5〜6万人いた。2000年に新しい部署を立ち上げる際に彼らへ徹底的にアンケートを取ったところ、辞める理由は会社との相性のずれで、それは5つの軸に分かれたという。海老原氏は、この軸は今でも通用すると話す。

  1. 1番か、縁の下か:競争で1番を目指す環境か、縁の下でもみんなで仲良くやる環境か。
  2. 伝統か、革新か:毎日新しいことを考えろという会社(リクルートなど)か、ブランドを守り古き良きものを続けてほしい会社か。
  3. 情か、理か:判断基準が人情か理屈か。日本の大手メーカーと大手金融機関は1・2番目の軸では似ているが、ここで分かれる。メーカーは長いサプライチェーンの中で中小企業が一つ欠けても製品ができないため、厳しくしつつも最後は情をかける。金融はどれだけ親しくても貸し倒れれば損失になるため、最後は理で判断する。
  4. 行動か、思考か:アポ取りと言われてすぐ電話をかける会社か、まずホームページを見て勉強してからかけろという会社か。
  5. スピードか、じっくりか:多少粗くても大筋が合っていればよいからスピードを重視する会社(ベンチャーの多く)か、一つの間違いが命取りになるので遅くてもよいから確実にやってほしい会社か。

どの時代でも、これらの軸で逆の会社に入った人は苦しくなると海老原氏は言う。そして5番目の軸が、今回の相談にいちばん近い。

新卒と中途では、相性の合わせ方が違う

5つの軸をどう企業選びに使うかについて、海老原氏は新卒と中途を分けて説明した。新卒は全員仕事ができない前提で採用されるため、企業は学歴などの基礎能力を見つつも、主に「合っているか」を見る。年次の近い先輩リクルーターとのお茶で話が弾んだ人が次に呼ばれ、一次・二次面接では面接経験のない現場社員が相性を見る。上の段階に進むと、役員などが理念の面で合っているかを見ていく。

だから新卒は「裸の自分」を出せばよい、と海老原氏は言う。ただし、ありのままといっても雑談をしても伝わらないので、自分のことが一番分かりやすい話をすれば、企業側が合っている人を選んでくれる。よく見せようと飾るとミスマッチが起きる。企業はその服を剥がそうとして面接をするので、厳しくやると圧迫面接と呼ばれるが、多くは意地悪ではない。飛び込み営業の会社のように、あえて圧迫する会社もあるとは付け加えた。落ちたら「合っていない会社だった、よかった」と思えばよいという。

一方、中途は明日から仕事をしてもらう前提なので、性格よりスキルで採用される。その結果、5つの軸がまったく合っていない採用が起こりやすい。

短所を棚卸しし、裏返してブランドにする

中途で入って軸が合わなかったらどうするか。海老原氏の答えは二段階だった。まず、少なくとも自分のスキルは生きるのだから、そこで安心してほしい。次に、自分のダメなところを棚卸しする。日本人は長所を聞かれるとなかなか答えられないが、短所ならすらすら出てくる。

そうして出てきた短所を、逆転させて長所にできないか考える。遅くてじっくりしている人は、言い換えれば着実で、用意周到で、丁寧である。ベンチャーでも、社員全員がスピード重視では会社がもたない。大多数がスピード型でも、ほんの2%ほどは、遅くても着実な人がほしい。「遅くて要領が悪い」なら要らないが、「ゆっくりだが確実」が売りになれば「この仕事はあいつに頼むしかない」という仕事が来る。そして、言い換えた言葉にふさわしい人間になるよう自分を磨いてほしい、と海老原氏は言う。同じ強みを持つライバルは社内に少ないので、それが評判として定着すればうまくいく、というのが海老原氏の見立てである。

海老原氏は自分の例も挙げた。ケアレスミスが多い、集中力が途切れると言われてきたが、それを直そうとしていたら今の自分はなかったという。代わりに、大筋を素早くつかんで面白く分かりやすく伝える力は人より高いと考えている。学術に近い領域を扱いながらアカデミズムへ行こうと思ったことは一度もなく、それは、あちらが遅くても間違いが許されない世界だからだ。多少間違っても大衆に受ける話をすぐにつかんで伝える、編集者やジャーナリストの側にずっといる。短所を持ち味にしてきたから生きてこられた、と海老原氏は振り返る。

十石氏への処方箋:合っていないのは1軸だけ

海老原氏は、十石氏はそもそも腰が重いタイプではないと見ている。突然メールで出演依頼を送り、企画のプロットまで作ってくる。年功序列で地道に進むNHKの中では珍しい存在だったはずで、その個性を磨き続けていれば、NHKの中でも「あれを頼むならあいつ」となっていただろうという。合っている会社に入るのもよいし、合わない会社に入ってしまったら個性としてブランド化するのも戦略だ、というのが海老原氏の考えである。

十石氏は、年功序列やトップダウンの社風、スピードの遅さに行き詰まりを感じてサイバーエージェントに転職した。入社後3か月ほどは、スピードの速さと意思決定の素早さによる切迫感に悩んだという。海老原氏は5つの軸に当てはめ、伝統か革新かでは十石氏は革新側で会社と合っており、行動か思考かでも合っていて、ずれているのはスピードの軸だけだと整理した。比較的合っている会社に入ったのだから、最後の軸をブランドにすればよいと助言した。

「仕事がつまらない」では辞めるな、「会社が嫌」なら辞めよ

十石氏は、今の会社を辞めたいと思ったことは一度もないという。海老原氏はそこを重視する。海老原氏の持論は、仕事がつまらないなら辞めるな、会社が嫌なら辞めろ、というものだ。社風は全社で共通しており、5つの軸がすべて合っていなければブランド化も無理がある。一方、仕事は異動ですぐ変わるし、自分も熟練していくので、仕事がつまらないことは辞める理由にならない。

さらに海老原氏は、20代で悩むこと自体は普通だと付け加えた。短所をブランド化できる人もいるが、できない人が圧倒的に多い。これは新卒一括採用のある日本だけの問題でもないという。キャリアアンカー理論で知られるエドガー・シャインは60年にわたって同じ研究を続けているが、それを見ると、若者は60年前から今までずっと、入社後に「この仕事はできない」「この会社は向いていない」「面白いと思って入ったが全然違う」というキャリアショックを受けている、と海老原氏は紹介した。だからそこはあまり悩まなくてよい、というのが海老原氏の助言だった。

夫婦で稼げば、出世しなくてもいい

話はワークライフバランスそのものに移った。海老原氏は、事務職はどんどん減っており、いずれ壊滅すると予想する。そうなれば女性も総合職として働き、10年ほどでディレクターやプロデューサーとして一人前になる。企業はその段階で「子どもができたので辞めます」と言われると困るため、育休・産休・短時間勤務を整えて辞めさせないようにしている。その結果、男女ともキャリアを途切れさせずに、ある程度のところまで行けるようになってきたという。

そこで海老原氏は、年収やポジションを上げ続けなくてもよいのではないかと問いかける。30代半ばになれば、中堅企業でも年収は600万〜700万円ほどになる。夫婦ともにそれだけ稼げば、世帯年収は1000万円を大きく超える。そこで止まってもよいではないか、という考え方である。

昔、年収を上げ続けなければならなかったのは、妻がパートで年100万円ほどしか稼がず、夫が1000万円に届かないと子どもを大学に行かせられなかったからだと海老原氏は説明する。会社の言いなりで異動や転勤を受け入れ、課長になれなくても係長までは上がり、定期昇給でなんとか1000万円を目指す。それが人生の戦略だった。今は夫婦で働けば1000万円を超えられる。

海老原氏によれば、日本にはこれまで「ワーク・アンド・ワーク」しかなかった。エリートは死に物狂いで働いており、その例として海老原氏は高市氏の名前を挙げた。そういうコースを選ぶ人がいてもよいが、大多数は出世を目指さず、夫婦で「ワーク・アンド・バランス」をとる方向に進むべき時期だと海老原氏は言う。ただし条件がある。妻にも長く働いてもらう以上、家事育児は半々にしなければならない。妻が同じだけ稼いだうえに家事育児まで担えば倒れてしまう。

十石氏は、ワークライフバランスを「仕事をするか、しないか」という軸で考えていたが、男女の分業が同じ仕組みに移ったことで、この言葉が改めて注目されているのだと理解したと話した。海老原氏はそれに同意し、そこからもう一歩進むべき時期だと続けた。

独身者にも同じ選択肢を。年収を上げなければ70歳まで働ける

もう一歩とは、結婚や子育てをする人だけの特権にしないことである。「なぜあの人は早く帰れるのか、なぜ育休がもらえるのか」と感じる人もいる。生涯未婚の人も、たとえば年収700万円あれば家族を養うには足りなくても、一人なら十分に暮らせる。新卒のころは400万円ほどで生活していたのだから、出世しなくてよい。その代わり早く帰りたい、大学院に行きたい、休みを取りたい、という働き方を、結婚していない人も選べるようにすべきだと海老原氏は言う。

海老原氏はこれを定年やリストラの問題にもつなげた。銀行では50歳になると出て行けという圧力がかかり、大手メーカーでも55歳ごろからその空気が出る。理由は年収が高すぎることで、リストラの対象は1100万〜1300万円の層が多いという。それだけ受け取りながら30代と同じ仕事をしていれば、30代で足りると言われてしまう。逆に年収が700万円のままなら、70歳まで働ける、と海老原氏は言う。高い給与をもらって首を切られたり「給料だけ高い」と言われたりするより、30代と同じ給料で同じ仕事をして早く帰る。結婚していてもいなくても、この選択ができる社会こそが本物のワークライフバランスだというのが海老原氏の主張である。いまは時間ばかりが取りざたされているが、話は社会の再設計であり、しかも時間で見ても1日12分しか変わっていない、と海老原氏は繰り返した。

企業の採用戦略は社会を見ていない

海老原氏は人事の側にも苦言を呈した。少子高齢化で若者が少ないから良い採用ができない、という人事担当者の言い分は間違っているという。大卒者は海老原氏の世代より6割増えており、一定の学歴の人材は昔よりはるかに採りやすい。これだけ増えているのだから、緩く長く働ける仕組みを作れば人はたくさん来る。給与は2割減るが週3日勤務、と言えば飛びつく人のほうが多いだろうと海老原氏は見る。

その例として挙げたのがリクルートである。年功序列で上に従いながら長く安泰に働くのが当たり前だった時代に、真逆の会社を作った。日本型雇用が嫌な人は少数だがいて、受け皿が一社しかなければ、その人たちを採り放題になる。そこから優秀な人材が集まり、独立してリンクアンドモチベーションなどを作っていった。社会を見ていたから答えが出たのであり、企業の中だけを見ている人が経営にも人事にも多すぎる、と海老原氏は言う。

悲観は才能であり、武器になる

最後に海老原氏は、稲森さんの言葉として、楽観的な人と悲観的な人の話をした。目の前の穴に先に気づくのは悲観的な人だが、キャリアで成功するのは楽観的な人のほうだという。楽観的な人は危ないと思わずに歩き続けるが、悲観的な人は怖くなって歩くのをやめてしまうからだ。しかし悲観的な人が、先に気づいた穴を埋める方法や避ける方法を考えれば、楽観的な人よりはるかに成功確率が上がる。「悲観を憎むな、武器にしろ」というのがその考え方で、稲森さん自身も悲観的な人だったと海老原氏は紹介した。短所を長所に裏返す先ほどの話と同じ構造だという。

海老原氏は、昔は悲観的でも楽観的でも、怖い年長者に「とにかく前に進め」と言われたので、できない人もある程度のレベルまで到達できたと話す。イチローも、昔の少年野球の監督は恐ろしい人ばかりだったから、できない子もある程度まで伸びたと同じことを言っているという。今はそうした指導ができず、本人に任されるため、悲観的か楽観的かで大きな差がつく。だからこそ、穴があったら怖がるのではなく埋めてほしい、と海老原氏は締めくくった。

十石氏はこの言葉を座右の銘にしたいと応じた。海老原氏は、十石氏は悲観的な人間でも腰の重い人間でもないとしたうえで、最後のスピードの軸だけは調整したほうがよいと付け加えた。それはやりながら、ブランド化していけばよいという。