投資家の目で見たAI業界の現在地:安野貴博が読む「State of AI Report 2025」7つの注目点

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概要

AI業界の動向をまとめた年次レポート「State of AI Report」の2025年版が公開された。安野貴博氏は、100ページを超えるこのレポートから特に面白かったという7つのポイントを取り上げ、解説している。扱うのは、レポートの性格、GoogleとOpenAIの競争、AI企業の収益化、電力不足、米中のAI人材、安全性とスピードの優先順位、AIの悪用事例である。AIがどれだけ儲かり始めているのかという明るい話題と、電力や安全性の面で限界やリスクが見え始めているという話題が、並べて語られている。

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State of AI Reportとは何か

State of AI Reportは2018年から毎年発表されており、今年で7年目になる。AIの研究動向だけでなく、産業や政治への影響、安全性の状況、翌年の予測まで幅広く扱う。安野氏は、AIの技術そのものより、それが社会にどんな影響を与えているか、今後与えそうかが分かる点を評価している。

作成しているのは、AIに特化したベンチャーキャピタルのAir Street Capitalである。そのため安野氏は、ベンチャーキャピタルや投資家の視点からAIがどう見えているかを把握するには一番よい資料だと位置づけている。

Googleはコスパ改善のスピードでOpenAIを上回る

最初に取り上げたスライドは、LLMの価格あたりの性能が倍になるまでの期間、つまり「ダブリングタイム」を比べたものだ。同じ性能を得るのにかかるコストがどれだけの速さで下がっているかを示す指標である。

ある会社の性能評価データでは、Googleのダブリングタイムは3.4か月、OpenAIは5.8か月だった。別の評価であるLMArenaを使っても、Googleが5.7か月、OpenAIが8.1か月で、どちらのデータでもGoogleの方がコスパ改善のペースが速い。

安野氏は、この結果の解釈は難しいと話す。OpenAIの方が一歩先を行っている印象はあるが、改善の速さではGoogleが上回っている。これをGoogleの健闘と見ることもできるし、先行していたOpenAIの方が早く頭打ちになり始めていると見ることもできる、というのが安野氏の見方だ。一方で、どちらの企業も3〜6か月ほどでコスパが倍になっている。この傾向が続けば、AIがどんどん安くなっていくことは間違いないだろうと安野氏は述べている。

AI企業は売上を上げ始めている

2つ目の注目点は収益化である。レポートによれば、2025年8月時点でAI企業の上位16社の年間売上高は合計185億ドル、安野氏の換算で約3兆円に達している。そのうち約120億ドル(約1.8兆円)をOpenAIが占める。AI企業は巨額の投資を受けているのに本当に売上を上げられるのか、という疑問はたびたび示されてきた。安野氏はこの数字を見て、堅実に成長していると評価している。

少人数で高収益を上げる企業の台頭も示されている。年間収益が500万ドル以上、従業員50名未満、設立5年未満という条件を満たすAI企業をまとめた「Lean AI Leaderboard」には、画像生成で知られるMidjourney、AIコーディングエージェントのCursor、Mercorなど約44社が入っている。これらの企業の総収益は40億ドル以上(約6,000億円)で、従業員1人あたりの平均収益は250万ドル(約3億円)、1社あたりの平均従業員数は22人である。

AI時代にはソフトウェアを作るのに大勢の人が要らなくなり、少人数のチームで大きなビジネスができるようになるという議論は、安野氏自身もこれまで語ってきた。実際の数字で従業員50名未満の企業がここまで成長しているのを見て、安野氏は「すごいこと」だと述べている。

成長の速さについての比較もある。2010年代のスタートアップ業界で「黄金のビジネスモデル」と呼ばれてきたSaaS企業と比べると、AI企業は約1.5倍の速さで成長しているという。さらにAI企業の中でも、ChatGPT登場後の2022年以降に設立された企業は、2020年以前に設立された企業と比べて、一定のARRに到達するまでの期間が4.5倍速い。これまで速いと言われてきたSaaS企業のスピード感から、AIネイティブ企業はもう一段上がっている、と安野氏は受け止めている。

電力不足という物理的な制約

3つ目は電力の問題である。レポートは各国の発電量を比較している。1位は中国で約1万TWh、アメリカは約4,400TWhで2位だ。アメリカの発電量は中国の約40%、日本は2024年のデータで中国の約10%にとどまる。

安野氏が強調するのは、中国がこの水準に達したのはここ20年のことだという点だ。2005年の中国の発電量は約2,500TWhで、20年間で約4倍に伸ばしたことになる。同じ期間にアメリカは約4,000TWhのままでほとんど変わっておらず、日本は2005年の約1,153TWhから、むしろ少し減っている。日本については原子力発電所の事情もある、と安野氏は付け加えている。

そして、世界2位の発電量を持つアメリカですら電力が足りなくなるのではないか、という指摘がある。アメリカのエネルギー省(DOE。安野氏は日本でいうエネルギー庁のような組織と説明)の調査によれば、2030年までに電力の需給バランスが崩れ、停電の頻度が現在の100倍になってもおかしくないという。アメリカではAIのデータセンターが次々と建設されているため、こうした問題が起きるだろうとされている。

電気はAIだけのものではないので、需給が崩れれば停電という形で一般市民の生活にも影響が及び、電力価格も上がる。AI企業がSaaS企業の1.5倍の速さで成長する一方で、その成長を支える電力という物理インフラの方はかなり限界に近づいているのではないか。そうなると、AI業界がこのまま成長を続けられるのかが問題になってくる、と安野氏は指摘する。

米中で変わるAI人材の流れ

4つ目は、アメリカと中国でAI人材の扱いが変わってきているという話だ。アメリカは主に政治的な理由で外国籍人材の受け入れを絞りつつあり、中国は国内でAI人材を育てられるようになってきている、というのがレポートの示す構図である。

アメリカ側の例として安野氏が挙げるのは、ビザ取得に10万ドル(約1,000万円)の手数料を導入するという発表だ。また、アメリカの大学を卒業した人が数年間国内で働けるOPTという制度についても、今後維持されるかどうか分からなくなっている。アメリカが外国籍の理系人材を採用することは、非常に難しくなりつつある。

中国側については、DeepSeekの論文著者の経歴を調べた人がいる。その調査によれば、著者の55%はアメリカとまったく関係がなく、中国で教育を受けて中国を拠点にしている人たちだった。アメリカと何らかのつながりがあったのは24%にすぎず、そのほとんどもアメリカでの滞在は1年未満だったという。中国は国内でAI人材を育てられるようになりつつある、とレポートは示唆している。

アメリカには外国人材が入りにくくなり、中国では国内のエコシステムができつつある。このレポートを読んで安野氏は、今後は中国がこれまでより多くの優秀なAI人材を確保できるようになってもおかしくないと考えたという。

安全性よりスピードが優先されている

5つ目は、AI企業が安全性よりスピードを重視しているのではないかという報告だ。主要なAI企業が安全性に関する約束を撤回したり、力の入れどころをスピードの方へ移しているのではないかとされ、レポートでは4つの例が挙げられている。

1つ目はxAIである。AIソウルサミットで安全性の取り組みを更新していくと表明し、その草案を3か月以内に出すとしていたが、実際に出るまで半年ほどかかった。2つ目はAnthropicで、独自の安全性基準「ASL(AI Safety Level)」を定義していたが、その基準について約束していたことが実行されなかった部分があったという。3つ目はGoogle DeepMindだ。Gemini 2.5を出した際、モデルのバイアスや倫理的懸念を体系的にまとめた文書である「モデルカード」を用意する前にモデルを公開した。具体的な内容を含むモデルカードが出たのは、Gemini 2.5 Proの公開から2か月後だった。4つ目はOpenAIで、競争が激しいためにモデルの安全性評価を数日程度しか行っていないと、Financial Timesが2025年4月に報じている。

では、公的機関などの外部組織が安全性を評価できないのか。各国にはAI Safety InstituteやAI Security Instituteといった組織があるが、投じられている資金の規模がまったく違う。推定では、アメリカ国内の主要なAI安全組織約11団体の2025年の支出は合計で約200億円だった。これに対し、主要なAI企業は十数兆円を使っている。外部の安全組織が1年間に使う金額よりも多くを、AI企業は1日の開発で使っており、太刀打ちできないと安野氏は述べる。

AIにできることが増え、振る舞いも複雑になっていく中で、誰がどうやって安全性を担保するのか。これは今後考えていかなければならない課題だ、と安野氏は話している。

北朝鮮の工作員がAIで米大企業に潜り込む

最後の注目点は、安野氏自身も衝撃的だったというAIの悪用事例である。Anthropicは2025年8月27日頃に「Threat Intelligence Report」(脅威に関するレポート)を公開した。その中で、技術スキルの低い北朝鮮の人物がAIモデルのClaudeを使い、フォーチュン500に入るテック企業にリモートワークのエンジニアとして勤務していたことが明らかにされた。

レポートの記載によれば、この北朝鮮のオペレーターは、デバッグやコードを書くこと、質問に答えることがClaudeの助けなしではまったくできないレベルだった。それでもAIの支援を受けて技術面接を突破し、技術があるように見せかけて、全米トップ500の企業で働けていたという。

安野氏の説明では、スパイにとってトップ企業に潜入するために必要なスキルを身につけるのは本来とても難しい。それがClaudeのようなAIを使うことでできてしまっている。新しいタイプのセキュリティリスクが生まれている、というのがこの事例の指摘である。

結びに

安野氏は、AI企業が儲かり始めていること、電力の需給が逼迫しつつあること、スパイがAIを使ってリモートワークで企業に入り込むという新しいセキュリティリスクなど、さまざまなことが同時に起きていると振り返った。そのうえで、関心を持った人には元のレポートを読むよう勧めている。投資家の視点でまとめられたこのレポートからは、AIの成長の勢いと並んで、電力という物理的な制約や、安全性を誰が担保するのかという未解決の問いが浮かび上がっている。