創業77年の西田精機はERPで何を変えたのか:生産と会計の分断から「データで話す」経営へ

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概要

医療機器向けの精密部品を手がける西田精機は、2020年にSAPのERP採用を決め、2022年に導入した。本記事は、SAP NOW AI Tour TOKYOで行われたセッション「成長企業に学ぶデータ経営 西田精機が挑んだERP活用3年間のリアル」の内容をまとめたものである。登壇したのは西田精機常務の西田真氏とSAPジャパンの吉元宣裕氏で、司会はPIVOTの野島氏が務めた。

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主題は、勘と経験に頼ってきた中小製造業が、ERPによって生産と会計をつなぎ、経営判断や社員への還元、取引先との関係をどう変えたかである。西田氏は、導入初年度に原価計算すらできなかったことや、現場に過剰な入力負担をかけたことも含めて振り返った。

西田精機という会社と、SAPとの接点

西田氏によると、西田精機は創業77年、3代続く同族企業である。もともとは東京都板橋区で事業をしていたが、6年ほど前に本社工場を福島県へ移し、現在は福島県内の2拠点で生産している。売上は約17億円、従業員は約200名。極小部品の精密加工を得意とし、主な製品は医療機器用の部品で、登録品目は2500にのぼる。

吉元氏は2019年から会津若松市のスマートシティの取り組みを支援しており、その中で中小製造業の生産性向上に携わってきた。西田氏とはそこで知り合い、6年以上の付き合いになるという。吉元氏は、SAPがもっと中小企業を支援し、日本の競争力を高める余地があると考えて活動していると述べた。今日の事例については、一社の取り組みとしてだけでなく、大企業を含むバリューチェーン全体が世界とどう戦うかのヒントにもなるはずだと位置づけた。

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「西田スタンダード」と生産・会計の分断

導入前の状態を、西田氏は三つの課題にまとめた。

一つ目は、勘と経験への依存である。社内には「在庫を持つことが正義」という独自の成功体験があり、同社はそれを「西田スタンダード」と呼んでいた。会社はそこに縛られていたと西田氏は言う。

二つ目は、データの分断である。生産データ(MESのデータ)はあったが会計とつながっておらず、正確な損益が見えなかった。

三つ目は、変化への対応の限界である。コロナ禍もあり、市場の急な変化についていくのが難しくなった。事業継承への不安も表面化した。

会社紹介のVTRでは、社長も当時をこう振り返っている。「安く、早く、品質よく」は当たり前だと思っていたが、その価値の重さをきちんと測れていなかった。作ったものの原価はすぐには分からず、年1回の決算で初めて利益が出たかどうかを知る状態だった。何をするにも社長の承認が必要な社風で、管理職から企画や発想が出てくることも少なかったという。

「このままでは次世代にバトンを渡せない」という危機感から、個別最適から全体最適への転換が必要だと痛感した、と西田氏は語った。バトンを受け取る立場として入社当時に不安はなかったかと問われると、西田氏は「数字も見えていなかったので、がむしゃらについていった」と答えている。焦る以前に、数字が見えていなかったということである。

自社開発MESでは足りなかった

西田スタンダードから抜け出すための最初の手は、MES(製造実行システム)だった。同社はベンダーと協力して独自のMESを開発した。製造現場に特化したシステムで、会計とはまったくつながっていなかった。

MES導入前は、Excel、紙、Accessに分かれたデータを最後に一つにまとめる作業が発生していた。MESによってある程度デジタル化され、データがつながったと西田氏は感じていた。一方で、紙からデジタルへの移行には現場から不満も多く、「今までの方がやりやすい」という声がかなり上がったという。

しかし会計と連動しないため、製造原価の計算はまったくできず、そこは社長の勘と経験に頼ったままだった。MESを2年ほど使った末に、SAPの導入が決まった。

S/4HANAベースのERP採用と「Fit to Standard」

2020年9月、同社はSAP S/4HANAを核にした中小企業向けの共同利用型ERPの採用を決めた。西田氏はこれを社長の英断だったと言う。業務をシステムの標準に合わせる「Fit to Standard」の考え方を取ったため、従来の西田スタンダードを捨てるという苦闘がここから始まった。西田氏は今では、これが西田スタンダードからグローバルスタンダードへ移るための第一歩だったと捉えている。

プロジェクトでは、ロジスティクス、生産、財務の各領域に責任者を置き、全部署を巻き込む体制を作った。さらにMESと会計を連動させ、売上・原価・利益をすぐに把握できるようにした。そのうえで、徹底した無駄取りによって利益を生み出すことに取り組んだ。

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1年目は原価が出なかった:マスター整備と入力の粒度

導入は順調ではなかった。西田氏によると、1年目は原価計算ができなかった。マスターが整っておらず、現場で入力されるデータも正しくなかった。そもそも原価計算に必要な情報が足りていなかったという。

2年目にはマスター整備が進み、ようやく原価が見えてきた。すると今度は、経営に必要なデータと現場に必要なデータのずれが問題になった。当初は現場にできるだけ細かく入力してもらう設計にしていたため、現場の作業工数が大きく増え、現場は疲弊した。VTRでも西田氏は、ここまで細かく把握することが、現場で扱う個数に見合っていたのかと振り返っている。

吉元氏はこれを「あるある」だと述べた。SAPもコンサルティングファームも、教科書的には、データをきちんと入れてそれをもとに正しい経営判断をしようと勧める。それ自体は間違っていない。しかし何千もの製品と関連部品をすべて登録すれば精度は上がるものの、実際にはそこまで正確に入力できず、結果として原価計算ができないという事態が起きる、と吉元氏は説明した。

吉元氏によれば、西田精機の場合は、他社でERP導入を経験した人がいたことが幸いした。すべてのデータを新しく入れ直すのではなく、経営に必要な収益判断の軸でデータを捉え直した。現場のものを全部取ろうとしても、そこまでの細かさは結局見きれない。だから優先順位をつけ、業務負荷と経営に必要なデータのバランスを整理した結果うまくいった、というのが吉元氏の説明である。西田氏も、まず現場で必要なデータと経営で必要なデータを整理するところから始めたと述べた。

経験者がいない企業はどうするか

そうした経験者がいない中小企業も多いのではないか、と司会は問いかけた。吉元氏は、欧米ではSAPの資格を持つ人がユーザー企業に普通にいるが、日本ではSIerに偏ってきたと指摘した。ただし最近は、SIerにいた人がユーザー企業に移るケースや、ユーザー企業間の転職も増えており、人材の流動性は高まっていると見ている。それでも経験者がいない会社はあるので、全体を俯瞰して見られる人を育てることが重要になるだろう、と述べた。

ロジ・生産・財務に責任者を置いたことについては、吉元氏は全社ERPプロジェクトの「王道」であり、絶対に必要だと述べた。各部門の責任者が議論に加わり、それを役員が取りまとめて、トップダウンとボトムアップをきちんと合わせることがプロジェクトの勘所だという。司会は、データの粒度を決める場面でも、現場を知らない人が決めれば現場が疲弊すると補足し、西田氏もこれに同意した。

1年ごとに見えるものが増えた

導入から4年が経ち、現在は5年目に入っている。西田氏は、この間の変化を次のように振り返った。1年目は原価が見えなかった。2年目になって、前年度と今年度に入力したデータの差がようやく分かるようになった。3年目から4年目にかけては予算を組んで管理できるようになり、長期的に数字が見えるようになったことで、中期経営計画を初めて作り、その実行を始めている。

現在は、ダッシュボードでPSI(生産・販売・在庫)情報を日次で見られる。工程別・品目別の損益や工程別の原価も月次で把握できる。これによって問題のある品目や工程を特定し、ピンポイントで改善できる体制が整いつつある。標準原価と実際原価の差を毎月の経営会議で共有し、現場に落として改善する流れを繰り返しているという。

経営判断のもとも、社長の勘と経験から、原価計算、負荷計画、採算基準といった形式知へ移りつつある。VTRで西田氏は、品目ごとに原価が見え、工程別に掘り下げられるようになったことで、どこを改善すれば目標にどれだけ近づき、利益がどれだけ得られるかが明確になり、管理職が改善の優先順位をつけやすくなったと語っている。西田氏は、すべてを数字で会話できるようになったことが大きな変化だとまとめた。

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ベースアップは「未来が予測できるようになったから」

同社は利益の向上を原資に、2年連続で5%のベースアップを実施し、年間休日も8日増やした。

吉元氏はこの点について、原因を正確に捉えるべきだと述べた。西田精機と話していると、人が本当に採用できないという状況がある。採用するには給与を上げる必要がある。ただし「ERPを入れて生産性が上がったから給料が上がった」というのは少し違う、と吉元氏は言う。正確には、ERPでデータを活用することで未来がある程度見えるようになり、給料を上げてもこれだけ利益を確保できると予測できるようになったから上げられたのだ、という。ボーナスなら結果が良かったから払えるかもしれないが、人を雇うにはベースを上げる必要があり、そのためには予測が欠かせない。そうしなければ中小企業の人材不足は解決できない、と吉元氏は論じた。

意識の変化はまだ管理職まで

社員の受け止めについて、西田氏は控えめに答えた。ベースアップによって自分たちの成果は見えているものの、一人ひとりの意識が変わったかといえば、まだそうではない。数字が見えてお金を意識できるようになったのは現時点では管理職までで、今後は管理職への教育を進めたうえで現場に落とし込み、目標に向けて改善を重ねていきたいと述べた。

これに対し吉元氏は、管理職がその細かさで数字を見られるようになったこと自体がすごいと評価した。以前は社長に何度も確認して意思決定していたのが、今では部門長や組織としてお金に換算して判断できるようになっており、組織力が明らかに上がっている、と長く同社を見てきた立場から述べた。

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下請けから戦略的パートナーへ

三つ目のテーマは社外との関係である。西田氏によると、原価や製造実績を開示することで、従来のQCD(品質・コスト・納期)だけでなく、改善の根拠となるデータを示しながら顧客とやりとりできるようになりつつある。同社は、交渉から共創へ進み、信頼される数値で選ばれるパートナーになることを掲げている。下請けという立場を超えて、顧客と未来を共につくる不可欠な存在になることが目標で、その挑戦は続いているという。

主要取引先のオリンパスとの関係について、西田氏は、データでコミュニケーションが取れるようになった点が大きいと答えた。以前は、どのデータを開示してよいのかも分からなかった。数字が見えるようになり、開示すれば顧客と戦略的に製品や活動を展開できるという理解が社内に浸透したことで、開示できるデータが増え、深いところまでやりとりする機会が少しずつ増えているという。

吉元氏は、オリンパスの役員と話した際の内容を紹介した。オリンパスは西田精機のような中小企業に支えられており、その中小企業が持続可能性に危機を感じていることは、自社のサプライチェーンの課題でもある。だから大企業も自分ごととして一緒に取り組む必要があり、データを共有しながら進めることに大きな意味がある、という趣旨だった。

吉元氏は具体例も挙げた。西田精機がデータを開示するだけでなく、オリンパス側からもローリング12か月でおおよその発注予定を教えてもらえれば、まだ確定受注でなくても、それに応じた生産計画を立てるなど打てる手が増える。データを互いにやりとりすることで信頼性が高まり、ひいては競争力が高まる関係だと吉元氏は述べた。

取引先を選ぶ基準についても、吉元氏は、大企業にとってはQCDだけでなく、持続的に付き合えるかどうかもリスクとして見られるようになっていると指摘した。西田精機はそれを強みにしていくのではないか、という見立てである。西田氏自身は、導入前はデータが社内や顧客との関係をここまで広げるとは意識していなかったが、導入して結果が出たことで初めて腹落ちした、と語った。

外の世界を見ることで分かったこと

販路拡大について、西田氏は、営業部隊を立ち上げて展示会や商談会に参加していると述べた。これまでは外の世界をあまり知らず、取引の幅も広げていなかったため、主要顧客に深く入り込むには何が必要かを把握できていなかった。外を見ることで、自社のベンチマークや、顧客にどう深く入っていけばよいかがようやく見えてきたという。VTRでも、外の世界を知らなければ自分たちの位置は把握できず、ERP導入で外とつながったことが西田スタンダードからグローバルスタンダードへの一歩になったと語っていた。

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AIレディな会社へ

AI活用について、西田氏はまず正しい情報が重要だと述べた。社内で正しい情報が整っていなければ経営判断が難しくなる。AI活用の土台としてERPの整備が必要で、それを整えることで自然とAIレディな状態になり、意思決定の高度化や自動化を加速できると考えている。そのデータと仕組みを基盤に、PLMの導入やカーボンフットプリント(CFP)の算出などにも取り組もうとしている。現在は「ERP×RPA×AI」で企業価値の最大化を目指しているという。

吉元氏は、AIの時代にはERPが企業の学習基盤になると述べ、子どもの成長にたとえた。素直な子どもはすっと伸びる。同じように、標準的なERPが素直に入っていればすぐに学習できるが、データがスパゲッティ状態であちこちつながないと使えない状態では、なかなか成長できない。学習基盤としてERPがきちんとあれば、AIを競争力につなげられるという。

吉元氏はさらに、今年の中小企業白書が「中小企業にとって現状維持は最大のリスク」とまで踏み込んで書いていることに触れた。これまでの考え方や価値観のまま進められる時代ではなくなっている、という認識を示したうえで、西田精機の取り組みを参考にしてほしいと述べた。司会も、中小企業を経営する自身の父親がいつも「現状維持でいい」と言うことを挙げ、少しずつ成長していなければ現状維持すらできない中で、どう成長を続けるかが問われていると応じた。

数字は現場・経営・顧客をつなぐ

最後に西田氏は、数字は現場と経営、さらに顧客をつなぐ「最強のコミュニケーションツール」だと考えていると述べた。データを正しく活用することで、企業の成長やAI活用、競争力の向上につなげられるという。ERPを基盤にデータを活用し、これまで培ってきた伝統を次の世代に引き継いで、100年企業を目指して挑戦を続けたいと締めくくった。

吉元氏は、中小企業が元気になることは日本を元気にし、日本の競争力を取り戻すことだと述べ、その手伝いをしていきたいと語った。

西田氏自身が認めているように、数字で考える意識はまだ管理職までにとどまっている。それを現場一人ひとりに広げられるかが、西田精機に残された課題である。