「やめ時」は自分で決められるのか——田端信太郎と箕輪厚介が語る、新R25の終わり方
新R25チャンネル新R25は2026年9月でメディア運営を終える。編集長の渡辺は、卒業企画として長く出演してきた人たちに最後のインタビューをしている。この回のゲストは田端信太郎と箕輪厚介だ。2人は会社員でありながら個人をブランド化して活躍するという、新しい会社員像として新R25が何度も取り上げてきた。現在の田端は会社員ではない。
渡辺は編集長を約9年続けてきた。本人は「日本人的」な継続型で、やめたいと思ったこともなかったという。その渡辺が、終わりや始まりをどう設計するのかを2人に尋ねる。話は新R25の振り返りから始まり、インフルエンサーの寿命、やめ時の哲学、40代・50代のアンラーニング、罪悪感の扱い方へと進んだ。
新R25の9年を振り返る
新R25は、リクルートのR25ブランドを引き継いだWeb記事メディアとして始まった。最初の記事は箕輪が担当編集として関わったもので、その内容は後にNewsPicks Bookとして書籍化された。箕輪は、これが自分の「ビジネスインフルエンサーの歴史」とほぼ重なると話す。当時、箕輪は所沢の小手指に住んでいた。渡辺も所沢在住で、2人は「所沢メディア人会」を開いたことがある。ただし集まったのは2人だけだった。
創刊当初、新R25はニュース解説をやっていた。フリーペーパー時代のR25は、開いてすぐのページにニュース解説のコラムを上下2本載せていた。これを引き継ごうとしたところ、渡辺によれば「大すべり」した。当時のWebの作法に合わなかったというのが渡辺の分析だ。そこで著名人インタビューに振り切り、そこから数字が大きく伸びた。
田端の初登場はそれより少し後で、お金の連載がヒットした。約8年前の記事で、田端はこの時点ですでに株の話をしていた。その後は「おっさんシリーズ」のような企画で、交渉、マネジメント、飲み会、セルフブランディングといった会社員の心得を若手編集部員に語った。田端は、飲み会で語ればパワハラやアルハラと言われかねないが、動画なら嫌なら閉じればいい、と笑う。渡辺によると、独立志向のある会社員から特に好評だった。
YouTubeチャンネルは記事メディアの開始から3年遅れで立ち上がった。最初の動画は箕輪の出演回で、42万再生を記録した。渡辺は、新企画を始めるたびに必ず箕輪を呼んでいたと振り返る。堀江貴文の裏の顔を語る回、弱みを見せる企画、ディベート番組、教材販売、最近の相談企画などだ。箕輪によれば、自分は依頼を絶対に断らないうえに作り手の意図もわかる。若者向けの企画なら「自分の弱い部分を見せればいい」と立ち回りを察するという。本人はこれを「小ずるいポジショニング」と呼んだ。渡辺はこれを「ビジネス芸人」だと評した。2人そろっての出演も多く、編集部員のTwitterをコンサルする企画などがあった。
メディアは編集長に似る
箕輪は、雑誌でもYouTubeでも、メディアは編集長のカラーに寄っていくと話す。PIVOTは佐々木紀彦の好む、すっきりしたエスタブリッシュメント寄りのトーンにどうしても戻る。ReHacQの高橋弘樹はバラエティ出身なので、何を扱っても最後は笑いにしたがる。
では新R25はどうか。箕輪は渡辺を、スケールを狙うより細部にこだわって作り込む「職人」と見ている。コンテンツの水準も上に浮きすぎず、普通の人が面白く、ためになると感じるところに置いている。渡辺の能力と露出度なら自分のようにアクセルを踏むこともできたはずだが、渡辺は今も所沢を出ない。箕輪は「それが全て」だと言う。自分はすぐに小手指を出て都心に戻ったが、渡辺はいる場所で改善を続けるのが好きで、編集部員もみんなそうなっている、というのが箕輪の見立てだ。
箕輪は渡辺と一緒に電車で帰ったときの話もした。小手指までは電車で1時間ほどかかる。渡辺はゆっくり帰れるが、箕輪はその時間に耐えられなかったという。
こうした性格から、箕輪は新R25を「健全」と評する。数字は取りにいくが、話題に飛びついて煽ることはしない。渡辺自身も、刺激的なものは苦手でキャラクター的に手をつけないと認めた。時代は箕輪が担った「意識高い系」から「脱・意識高い系」へ移り、最近は教養ブームや人文ブームが来ている。新R25はその流れに薄く乗りながら、会社員のちょっとした拠り所になっていた。箕輪はポジションとして良かったので「もったいない」と話した。
田端が決めた「2つのタブー」
田端はまず、R25にいたのは2年足らずだと断った。紙の創刊(2004年)から数えれば20年以上続くブランドだ。その中でわずかな期間しか関わっていない自分が今も呼ばれることに、フリーライドしているような申し訳なさがあるという。
そのうえで、立ち上げ時の編集方針を明かした。男性向けメディアを研究すると、どれも2つの誘惑で読者を釣ろうとする。「こうすればモテる」と「こうすれば金が儲かる」だ。20代後半の普通の若者は、こうした情報をさんざん浴びて辟易している。そこでR25では、モテる話と手っ取り早く金を稼ぐ話をタブーにした。やらないことを先に決めた、ということだ。田端は、この2つは新R25になっても最後まで変わらなかった気がすると話す。渡辺は、言語化されて受け継いだわけではなく、無意識に感じ取っていたのかもしれないと答えた。
田端の気持ちは複雑だ。その遠慮のせいでマネタイズしきれず、「最後は儲からないのでやめます」となったのではないか、と感じているという。一方で、渡辺が人から受け継いだブランドを尊重し続けたことは高く評価した。サイバーエージェントグループは自前でゼロから作ることにこだわり、外からの買収は珍しい。渡辺によると、最近はIP文脈で増えてきたが、R25の件はやはりレアだった。
インフルエンサーの寿命と、消える人の共通点
渡辺は、2人がポジションを変えながら10年以上影響力を落としていない点に注目する。箕輪は小手指から出てきてNewsPicks Bookの編集長になり、オンラインサロンを運営し、テレビにも出た。文春の報道でテレビから消え、サウナにはまってライフスタイル寄りになり、ガーシーのような「アンタッチャブルな人」を扱い、最近は酒飲み芸人のようになっている。田端はキャリア論やブランド人の文脈から始まり、現在は株の人になった。アクティビストとして発信した時期には、いろいろな人を怒らせた。
2人の見立てでは、インフルエンサーの寿命は普通2〜3年だ。5年続けばまあまあ本物で、10年続いた人はたぶんその後も残る。箕輪は、田端には批判されても自分が正しいと思う筋を通す力があり、それが信用になっていると言う。対して自分は「筋を通さないという筋」、つまりぶれ続けることでぶれていない、と表現した。
なぜ人は消えるのか。箕輪によると典型は、モテない、金がないといったコンプレックスを燃料に出てきた人が、成功して満たされ、燃料切れになるパターンだ。それ自体は普通のことだとしたうえで、その先は「これを言いたい」「書かずにいられない」という燃料が内側から出てくるかどうかにかかっている、と話した。
自分で終わりを設計できなかった、という反省
渡辺は今回のことで、終わりを自分で設計できないと2人のように活躍し続けるのは難しいのかもしれないと考えた。新R25の終了も自分で意思決定したわけではなく、外的な要因だった。
田端は、それは渡辺ではなく会社の問題だと言う。会社員が同じポストに9年いる必要はなく、4〜5年で変わってもいい。ただ雑誌の編集長ならよくあることだ、とも付け加えた。渡辺は正直に打ち明けた。これまで田端の転職の多さを少し斜めに見ていた。しかし今は、やめ時を自分で設計することで新しいエネルギーが生まれると思うようになったという。
箕輪の場合:強制終了がもたらしたBtoCへの転換
箕輪は自分の経験を話した。NewsPicks Bookの編集長だった最後の2年半ほどは、すでに飽きていて、周りにもやめたいと言っていた。自分は初動の人で短距離走型だから、パターンが見えると飽きる。1年目は全部自分で作っていたが、2年目は半分ほど他の編集者に任せて監修に回った。自分が飽きたら終わるブランドでは弱すぎると考え、属人性を減らしてチーム化を進めていた。そこへ文春の報道が来て、ブランド自体が終わった。
今振り返ると、あのまま編集長を続け、テレビにも出続けて芸人のようになっていたら終わっていたと箕輪は言う。テレビが主流で、一つの編集長ポジションで同じパターンの本を出しているだけの人は、会社が方針を変えたり問題が起きたりすれば脆い。一番勢いのあった時期に仕事が全部なくなった。それで、評判で仕事を頼んでくる相手とは組まず、「ありのままの俺」を好きな人とだけ組むことにした。YouTubeで個人と直接つながる。顧問やCMは「こんな人間ですけどいいですか」と言える相手だけ受ける。出演するメディアも自分を理解しているところに限る。これで強制的にBtoBからBtoCへ切り替わり、それが今につながっている。
箕輪は、人気商売やイメージ商売をしている人が「危ういから切り替えよう」と自分から思うことはほとんどないと言う。うまくいっている間は良い思いしかしていないからだ。渡辺も、今回の終了は自分だけで決めたことではないが、結果として背中を押してもらったと受け止めている。
田端の場合:世間より先に自分に飽きる
田端の考え方は箕輪に近い。田端によれば、世間が自分に飽きるには3〜4年かかるが、自分は1〜2年で自分に飽きる。最初の半年から1年はうまくいけば楽しい。しかし先に飽きて次のことをやり始めるので、それが無意識のうちに次への仕込みになる。世間に求められるまま続けて世間に飽きられ、捨てられると、一発屋の芸人やミュージシャンによくあるパターンになる、と田端は話す。
箕輪も、NewsPicks Bookの終盤は自分が飽きていたのに読者は「さすが」と買い続けていたと話す。周りには「半年後に絶対みんな分かる」と言っていたという。結局は強制終了になったが、自分が飽きてから半年〜1年遅れて周りが飽きる順番だったと振り返る。
田端はさらに踏み込んだ。自分が飽きているとき、人は無意識に強制終了へ向かうのではないかという。例としてピエール瀧を挙げ、あくまで自分の感じ方として、俳優業に飽きていたのではないかという気が少しすると述べた。女性問題や薬物がいけないことは本人もわかっている。それでも「何か起きてもいい」「人生に大きなチェンジが欲しい」という気持ちがどこかにあるのではないか、という推測だ。箕輪は「全くそう」と同意した。
やめないと次に乗れない:オンラインサロンから顧問へ
やめ時の哲学について、箕輪は、よほど状況が悪くなければ自分からはやめにくいと言う。それでも自分の可能性や時代の変化による新しいチャンスは目まぐるしく現れ、やめないとそこに乗れない。だからやめた方が絶対にいい、というのが箕輪の考えだ。
例に挙げたのはオンラインサロンの閉鎖だ。オンラインサロンがブームだった頃は、自分がやりたいことにメンバーがお金を払いながらとんでもない勢いで動くという、夢のような仕組みだった。しかし不思議なことに、堀江サロンも西野サロンも箕輪のサロンも、アクティブ度がどんどん下がった。箕輪によれば、西野は読み物と割り切り、堀江のところも「会社を起こすぞ」という勢いが消えた。箕輪のサロンも幽霊部員のような人が毎月払ってくれる状態になった。額は小さくなかったので美味しいと言えば美味しい。しかし「何もやっていないのにまた月額が入ってきた」という引っかかりがずっとあった。
精神衛生のためにやめ、その分を補わなければと考えたとき、林という人物と出会い、顧問業を勧められた。やってみると非常に良かった。箕輪のファンは年齢が上がり、アクティブさは下がったが、社会的地位は上がっていたのだ。月3,000円のサロンから月30万円の顧問契約に変わり、収入も大きく増えた。サロンを続けていたら、「サロンに3,000円払えば箕輪と話せるのに、顧問契約はいらない」となっていたはずだ。やめて「さあどうしよう」とならなければ次の展開は生まれない、と箕輪は話す。
沈む船に残るのも一つの筋
田端は、やめ方の美学に正解はないと言う。そして自分の経験を話した。R25を立ち上げて1年ほどで、リクルートからライブドアへ移った。周囲からは、リクルートに残った方が出世できる、なぜあんな会社へ行くのかと言われた。その後ライブドア事件が起き、「会社は終わりだ」と言われ、他社からの誘いもあった。それでも田端は、沈む船かもしれないが最後までやると覚悟を決め、オワコンと言われる中にあえて残った。
田端は、今回の渡辺もそれと同じだと言う。最後まで真面目に卒業企画までやる姿を「メディア人とは思えない」と冗談めかしつつ、それでいいと話した。戦争映画で魚雷を浴びて沈む船に艦長が残るようなものだが、物理的に死ぬわけではなく、だからこそ次のドラマもある。もっと早く逃げれば年収の上がる転職もあったかもしれないが、最後まで見届けるのも一つの筋の通し方だ。哲学を持っていればどちらもありで、大事なのは自分が納得できるかどうかだ、と田端は言う。渡辺は「ちょっと救われました」と応じ、最後は納得できたと答えた。
田端はさらに、外的要因も組織の意向も含めて、メディアは一つの表現作品だと話した。すごく面白いのに1年で終わる漫画にも美しさがある。自分でコントロールできない寿命の長さも含めてチャンネルの個性だ、という。箕輪も、NewsPicks Bookがだらだら続かず、一瞬盛り上がって一瞬で散ったからこそ、今もあの時代の象徴として語られていると話した。花火のように消えたからだ、と。そして新R25の9年という長さも「渡辺さんらしい長さだったのかもしれない」と語った。
40代からのアンラーニング
田端は現実的な指摘もした。新R25は若手会社員向けのメディアだが、渡辺が年を重ねれば、若手の悩みは自分にとって切実でなくなる。その問題はすでに少しずつ表れていたのではないか、と。渡辺も認めた。自分は40代になり、本当は「R45」をやりたいという構想もあった。次の場でそういうことをやりたいと考えている。
そこで渡辺は、40代で新しいことを始めるとき、過去の文脈をどこまで引きずり、どこまでアンラーニングするかを2人に尋ねた。箕輪は、本からYouTubeに移ったとき、本で結果を出した自分なら勝てると思っていたが、まったく思い通りにいかなかったと話す。そこで初めて学び直す必要に気づいた。ただその過程で、昔の何かが合算されていくという。田端は、コロナ禍で編集チームと一緒に撮影できなくなり、スマホを置いて自分で撮って編集した動画を5〜10本作った。サムネイルはPhotoshopがわからずPowerPointで作った。ただ田端自身は、これはアンラーニングというより、新しいことを全部自分でやってみたいという好奇心が勝っていた結果だと振り返る。
渡辺には2つの選択肢があった。これまでの流れを汲んだ仕事と、番組制作のようにかなり毛色の違う仕事だ。後者の方が大きなインパクトを生むかもしれない。ミドル世代ならではの悩みだと話す渡辺に、田端は「生臭い話」として、給料は減らないのだろうと確認した。渡辺が変わらないと答えると、田端は、それなら安全地帯なのだから、これまでと不連続なところまで思い切りジャンプした方が幅が広がると言った。過去の延長を選ぶのはプライドの問題でしかない、と。さらに、全く違うことをやっても、結果が出始めればそこには必ず渡辺のスタイルがにじむ。深いところで勝手に継承されるので、表面的に継承しない方がいいという。箕輪も、同じことをやろうとすると滑るし熱がこもらないが、全く違うことをやるとそこに匂いが残ると同意した。渡辺は、それを信じて新しい挑戦に踏み出すと決めた。
箕輪の40代:目標を持たず、自由であることだけ決める
これからどう生きたいかと聞かれた箕輪は、目標はないと答えた。スタートアップ仲間と飲めば皆それを語る。自分は目標がないことに後ろめたさを感じた時期もあったが、突き抜けてやりたいことも特にない。毎日楽しく、今日のように友達と話す現場を続けるだけだ。自由に生きれば問題も起きるし、反響を呼ぶ仕事も生まれる。そこで溜まった葛藤や悩みを、ときどき誰かの本の編集などの制作物として出す。あとは流浪のように、会いたい人に会い、話したいことを話し、それが放送されたり残ったりする。自由であることだけを決め切った、という。
それでも、こんなに遊んでいていいのかという迷いが「2ミリぐらい」残っている。箕輪はむしろそれでいいと言う。「俺ほどの天才なら自由に生きて当たり前」と言い出したら見たくないだろうし、見ている人が「箕輪も自分と変わらない」と感じられるから多少の共感が生まれる。その振り幅が必要だという。
田端の50代:子育ての目処と、自由の象徴としての投資
50代を迎える田端は、子育てに半分ほど目処がついたと話す。一番上は高校2年生、一番下は小学生で、それぞれの個性が見えてきた。親としてできることはしたいが、教育費をどれだけ突っ込んでも本人の幸福度とは相関しないとわかってきた。ありがたいことにお金もそこそこある。だから、死ぬときに「あの時間は無駄だった」と思うような仕事を金のために受けることは、もうしたくない。元々そうだったが、そのハードルがさらに上がっているという。
田端にとって最優先は自由だ。株式投資は、インサイダー取引でもしない限り、時間も場所も関係なく、かなり大きな金額を儲けられる最も自由な稼ぎ方だと話す。儲けても、税金を納めればそれ以上果たすべきものがない。子どもや家族への責任が薄れていく中で、平日の昼からサーフィンをしていても「それでええやん」と思うようになった。投資家はまさに自由なライフスタイルの象徴だ、と田端は言う。
箕輪も似た感覚を語った。この年齢になると、周りは組織を持ち、上場準備をしていると話すようになる。自分だけ子どものままだと思っていた。ところがAIの時代になり、社員のいない会社が話題になると、酒を飲んで遊んでいただけの「劇団ひとり」のような自分が一周回って先を行っていた。田端も、ネット業界で40代になった人の多くは、ゼロから会社を作って上場を目指すか、ファンドやVCを始めると話す。それを悪く言うつもりはない。ただ田端は2019〜2020年頃に会社を辞めたとき、天邪鬼なので「それは違う」と直感した。炎上したりもがいたり、クビになったりもしたが、5〜6年経って、自分なりに正しい40代後半を過ごせたという「答え合わせ」の感覚があるという。世間の評価ではなく、自分の生き方としての話だ。
渡辺も、今回のことで自分は何がしたいのかに向き合ったと話す。箕輪は、やめればやめるほど自由になり、自分の欲望に純粋になれると応じた。
罪悪感は相手を被害者にする
最後に渡辺は、編集部員への思いを口にした。自分は長くやったが、他のメンバーはもっと歴が浅く、申し訳なかったと思うという。箕輪は、申し訳なく思う必要はないと言った。
箕輪自身も人に迷惑をかけることがあり、申し訳なさで悩んだ時期がある。そのとき、罪悪感は良くないという話を聞いた。家族でも仕事でも、こちらが「ごめん」と言い続けると、相手の脳は「自分は悪いことをされた」と認知し、被害者のポジションに入ってしまう。それは双方にとって良くない。むしろ「こうなったんだ、頑張ろう、チャンスだ」と言う方が相手のためになる。田端も、別部署へ行く人、また一緒に働く人、フリーになる人がいても、同じ釜の飯を食った仲間として、これからできることを一緒にやればいいと話した。箕輪は、罪悪感はどこかおこがましいとも言う。その人には、自分の関わらない場所で活躍する道もあるからだ。
渡辺によると、連続して走ってきて疲れているメンバーもいる。2人は、1年ほど休んでもいいと話した。箕輪は、空白になるからこそ見えるものがあり、後から急に何かが湧いてくると言う。走り出してしまうとそういう時間はなかなか訪れない。箕輪にも3か月ほどずっと焚き火をしていた時期があった。そういう時期に、それまで正しいと思っていた物差しがそうではないかもしれないと気づき、価値観が変わるという。渡辺は、自分で火をつけるタイミングを待ってもいいのかもしれない、と受け止めた。
これが新R25での2人への最後のインタビューになった。渡辺は、人と人としては新天地でもまた声をかけさせてほしいと伝えて締めくくった。
新R25の渡辺です。前回の動画でもお伝えしました通り、新R25は2026年の9月をもってメディア運営を終了することになりました。「終わりは始まり」というテーマで各編集部員がですね、卒業制作の動画を公開していくんですけれども、僕はですね、これまでお世話になった出演者の方々何名かにご出演いただいて、最後もう1度インタビューをしていきたいと思っております。
この動画では田端信太郎さんと箕輪厚介さんにご出演いただきます。この2人はサラリーマンでありながら個人をブランド化して打ち出して活躍していくという新しい存在で、田端信太郎さんは今はサラリーマンではないんですけれども、そういったサラリーマンの新しいロールモデルとして我々も何度もインタビューさせていただいて、若手の編集部員もお2人からいろんなことを学ばせていただきました。
またお2人もそれぞれ何かを終えた経験とか始めた経験っていうのがあると思いますので、お2人の幕引きとか幕開けに関する考え方も聞いてですね、最後、我々だったり同じ境遇にある視聴者の皆さんが新しいことに踏み出すエネルギーをもらえるような話が聞けたら嬉しいなと思い…いただけたら幸いです。
新R25が終わることになりました。ありがとうございました。うん、お疲れ様でした。お疲れ様でした。お疲れ様と言っていただけたら非常に嬉しいです。8年。これ動画出すの9月にしようと思ってるんですけど、そこで9周年。うん。9周年。9年は長いね。十分すぎるでしょ。いや、ちょっと自分でビビりましたね。
NewsPicksはもう長くやってるけど、佐々木さんはね、もう変わってるから、ずっと編集長としてやってきた期間で言うと確かに長いかも。長い。後半で話したいと思ったんですけど、結構僕日本人的なんで、ずっとね、やれちゃうと思う。わかる、わかる。渡辺さん、そういう人だよ。初動タイプじゃないもん。いや、そうなんですよ。継続タイプだもんね。継続改善タイプ。やめたいとも思わなかったし。ただ振り返ったらこんな長くやってきたんだって思って、本当に2人には創刊っていうかリリースからずっと出ていただいてるんで、本当お世話になりました。いやいやいや。本当こちらこそ。
ちょっと振り返っていいですか?初め我々、R25ブランドをね、引き継いで記事から、うん、やってた。Webの記事。最初記事だ。その前はそうだよね。そうで、1本目があった。この記事だったんですよ。田端さんね。ちょっと痩せてんな。痩せてますよね。これ箕輪さん担当編集だったんで、ある意味1本目の記事が箕輪さんにも絡んでて、これもうNewsPicks Bookになってるんです。だから僕のビジネスインフルエンサーの歴史とほぼ同じか。
あ、そうよね。まだだって小手指に住んでたらたどり…だから。あ、近いとこ。あ、そういうことか。ご近所。そう、そうだよ。所沢メディア人会っていうのをやって、1回しか…1回そうだ。僕と渡辺さん以外1人もいない。そうでもそうだったよ。そうそう、そうだったんすよ。
で、これが1発目だったんですけど、ただ当時はなんかね、ニュース解説…懐かしいな、これ。なんか全部これ、タイムバンクとかめっちゃ懐かしいけど。懐かしい。懐かしい。で、当時解説やってたんですよ。で、それはなぜならフリーペーパーのR25が、ランキング、レビューっていう。そう、そう、そう。それはめちゃわかる。フリーペーパーをめくると1番初めにニュース解説があったんですよ。で、1ページに上と下でね、コラムが2個ね。そう。で、それを引き継いでやった方がいいんじゃないかと思ってやったら大すべりしたんですよ。当時のWebの作法には合ってなかったんですよね。なるほどね。
で、こっからやっぱインタビューだと思って著名人のインタビューに振り切って、そっからぐっと伸びていったんですよね。で、田端さんに1番初めに出ていただいたのは、ちょっと時間差で、あ、痩せてるな。痩せてるかな?なんかシュッとしてない?これ覚えてます?覚えてます。なんかすごいボロボロのアートなんかでも今繋がってんじゃん。なんか株の話してるよね、この時から。そう。で、このお金の連載がヒットして。やばいな、これ。もう8年前なんや。いや、結構前すよね。なんかついこないだのような気してるの。これおっさんのあれなんだよね。
田端さんはその後はやっぱ我々のいわゆる編集部員が結構こう…思い出してきた。その後輩として気合を入れたい、部活のOBみたいなね、めんどくさい部活のOBみたいな。外部みたいな感じで、サラリーマンとして心得ていくことみたいなことを色々うちのやっぱ若手の編集部員が学ばしてもらって。おじさんね。おじさんの説教ね。いやでも本当に好評でしたよ。そういうのを今飲み会で普通に語るとパワハラとかアルハラとか言われちゃうけど、動画だったらそっと閉じればいいからね。嫌だったら。
そうすね。でもこれをなんかこうインタビュー型で臨場感を持って聞いていくってのは結構支持されてて、交渉とかマネジメントとか飲み会とかね、セルフブランディングみたいな、ちょっとこう独立志向のあるサラリーマンとかがこういうの勉強してってのがすごい好評だったっていうのが、なんか田端さんにお世話になった。すごいぜ。おっさんシリーズってのがあったんだな。ありましたね。あった気がすんな。あった、あった。こんな感じで田端さんにはよくね。はい。
で、チャンネルを立ち上げたのは3年遅れなんですけど、1発目の動画は箕輪さんでしたね。俺ね、この服着てたわ。これあのジャラジャラ。これやばくないすか?ラッパーみたいな。え、俺この時ね、なんかブームみたいなのがあって、なんか三浦…さんみたいな服着てた。着てましたね。お金の取材で首元これで高笑いしてるサムネっていう感じ。そうね。これでヘイトが溜まってったよな。
でも気づけば記事の方のリリースの1本目も田端さんだし、チャンネルを立ち上げた1本目の動画も箕輪さんだ。で、これも1本目からね、42万再生とか取れてたんで。すごい。すごい。1本目俺すっげえ呼ばれんだよな。他のチャンネルでも。うん。1回箕輪さんで試しましょうみたいな。お友達よろしくみたいな。そう、そう。箕輪さんは考えてみたらうちの新しく始めたりする企画に全部呼んでるんすよ。でしょ。そうだよ。最初絶対呼ばれんのよ。絶対断らないからね。絶対断らないから。
断らないし、作り手の気持ちわかるから、今回この立ち回りねって、要は若い人とだったら、あ、俺のちょっと弱い部分見せればいいのねみたいな。ちょっとね、小ずるいポジショニングできんのよ。思ったけど本当に、これぞビジネス芸人っていう。恥ずかしい。これがビジネス芸人だなと思いましたね。恥ずかしい。
でもやっぱなんか堀江さんの裏の顔語ったり、しくじりビジネス学園、こうちょっと弱みを見せていくのに出たり。うん。なんかテーマで人が話聞くみたいなやつやったり、ディベート番組とか、あと教材売ったりもしたんですけど。うん。うん。あと右下が最近やってた相談。本当全てのチャレンジに呼ばせていただいて。全部できるからな。本当オッケー、そんな感じねつって。だから本当にビジネス芸人ってこのレベルじゃなきゃいけない。恥ずかしいわ。
すごいやっぱなんて言うの?箕輪さんはバラエティ豊かな番組に出ていただいたなと思ってて、で、2人でもね、出ていただいた系も結構ありましたね。あった。これあった。左覚えてる。めっちゃ覚えてる。なんかあったな。なんかキリゲーみたいな。これなんかね、編集部員のTwitterをコンサルしてくださいみたいなやつだったり、ラゾンさんのスポーツとビジネスだったりとか、振り返ってみたらこんな感じだったなと思って。本当にありがとうございました。いいメディアだったよ。
いや、なんかどんな印象だったかとか、あとうちの編集部員とかどんな印象だったかとか、なんか聞いてみたいなと思いましたね。うん。編集長としてね、なんかメディアっていう、雑誌もYouTubeもやっぱ編集長に似るというか、編集長のカラーになるわけよ。
ReHacQもPIVOTも、PIVOTは佐々木さんのあのちょっとシュッとしたかっこいいエスタブリッシュメントのが好きだから、どう崩そうとしてもそっちに寄るし、ReHacQの高橋さんはやっぱバラエティ出身で、何を扱おうと最後笑いになんかぐちゃぐちゃにしたがるし。で、あれにはやっぱ渡辺さんがいい意味でスケールっていうよりも職人の人だから、結構ディテールにこだわって作り込むみたいな。
なおかつコンテンツのレベルがあんまり上に浮きすぎず、そこら辺の人が普通に面白くためになるっていうのを。だって僕何回も言ってたけど、渡辺さんの能力とかこの露出度合いからしたら、はっきり言って俺みたいにぐわってアクセル踏んで行くことも可能なんだけど、所沢から出ないじゃん。今もそうなんだ。それが全てなんだ。あ、なるほどね。うん。
俺は小手指すぐ出て区に戻ったけど、渡辺さんは本当最初言ってたけど、今ある場所で改善を続けてっていうのが好きだから。R25の人もみんなそういう風になってるよね。うん。電車で一緒に帰ったことあったんですけど、そっちで。そん時に自分はね、ずっとこうゆっくり帰れるんですけど、もう箕輪さんはこの時間耐えられないみたいな感じだなみたいな。すごかったすもん。もうあて電車の中で。電車でもう無理。じっとしてるね。30分ぐらいかかるんでしょ、小手指。もう全然かかる。1時間以上か。1時間ぐらいか。1時間ぐらいかな。自分の殻が出てると思ってなかったけど、そうか。そうだったんですね。
うん。なんかだからいい健全な感じはするよね。うん。ああ、健全な感じね。要はバズりとか当然数字は取ろうとはしてるけど、ちょっと今話題だからそれに乗っかってみたいな、今すぐ全員集まってくださいみたいなこともやんないし。そう。だからそれはね、苦手だと思ってましたね。その刺激的なものが。キャラクター的に手つけないと思って。
だからで、徐々に徐々に、最初は時代の流れがすごい変化したじゃん。意識高い系。俺がバリバリやってた意識高い系から、ま、ちょっと脱意識高い系。ですね。で、最近のちょっとした教養ブームというか人文ブームみたいな、それにR25も薄く乗っかりながら、今のサラリーマンのちょっとした拠り所になってるっていう、すごいポジションとしてはいいからもったいない気がしますけど。あ、嬉しい。そう言ってもらえると。ないからね。うん。それは嬉しいです。
田端さんはでもR25ブランドを立ち上げて、でWebになってから見ていただいてるから、どういう風にね、見ていただいてたのかな。そもそもさ、俺なんかさ、創刊してからさ、もう2年もいない人間が、そもそも未だにこうやってこういうけじめにはこいつ呼んどかないとめんどくせえぞみたいな感じで呼んでいただけること自体がそもそも本当ありがとうございます。メディアで続いてなんぼだから。
それはだってもうさ、R25そう考えたらもう紙の方から入れたらもう20年越してるんですよ。2004年ですね。だからすごい。そのうちさ22年とか、うち俺やってるのマジ2年もないわけ。それをなんか自分はただ乗り、フリーライドしてんじゃないかっていう申し訳なさはまず先に言っておく。先にそれだけは他の皆様、未だにこんな私がっていう気持ちはまずあります。うん。
最初から言ってたのは、R25の編集方針っていうのは、男向けのメディアは当時から色々研究したんですけど、基本的に2つで常に誘惑で読者を釣ろうとするんですよ。こうやればモテる。うん。うん。こうやれば金が儲かる。うん。でもこの2つはもうそれで散々メディアからそういう情報発信を受けて、普通の20代後半ぐらいの若者はもう辟易してると。うん。
だから絶対にR25は、こうやればモテる、こうやれば少なくとも手っ取り早く金が稼げる、この2つはタブーとしようと。うん。その上でじゃあどうやって普通の20代後半ぐらいの若いサラリーマンが読みたくなるものを作るか。やらないことを先に決めようってた。この2つだった。なるほど。で、この2つは俺は最後まで新R25になっても変わらなかった気がする。
確かに。なんかそれを言語化されて受け継いだわけじゃなかったって。あ、そうなの?あ、無意識なんだ。じゃあいい話。そう。それはなんとなくできたものを多分感じ取ってたのかもしんないですね。うん。ただその結果、遠慮があって完璧にマネタイズしきれなくて。9年っても十分立派だよ。長いけど、最後やっぱり儲かんないんでやめましたって、別に何も間違ってないんだけどってなっちゃったのかなっていう、なんかすごい複雑な気持ちがあります。
その尊重してんのはすごい思うのは、さっきね始まる前にね、うちの顧問先とかね、だからなんでR25なんですかって言ったら、やっぱ人から受け継いだブランドだからっていうのがあって、それはすごいよ。でもブランドを引き継いでやってるっていう意識はやっぱありましたね。うん。それだけ素晴らしいブランドだったって思ってるんだ。
そう、そもそもさ、サイバーエージェントグループってさ、あんまり買収しなくない?自分らでゼロから作れることに割とこだわってない?最近増えてきました。最近増えてんの?その、IP文脈で。あ、そう、そう、そう。IPはそう。ただ相当レアでしょ、これは。そう。これはレアだったですね。だからなんかそれに対して、すごい何とも言えないですよ。ありがとうって気持ちと、なんか若干複雑と、最後までありがとうって気持ちと本当。うん。いや、そう言っていただけると良かったです。
なんか俺8、9年ぐらいやってきましたけど、その間ってお2人的な変化だとどんな変化ですか?田端さんは1番初めて出てもらった時はZOZOに入る前だったんですよ。箕輪さんは、ずっと現役者ではあるけど。うん。ま、変わったよね。だって小手指からさ、出てきてNewsPicks Book編集長で、オンラインサロンとかやって、時代の寵児みたいなんでテレビとか出て、で文春とかあって出なくなって、うん。サウナとかはまって、ちょっとライフスタイルの方行って、ガーシーさんとかアンタッチャブルな人をやり始めて、最近なんか酒飲み芸人みたいな感じで。まあまあ。
でも2人もそのポジション変えながら、人気というかその影響力というかを落とさず、むしろ伸ばしてきてるっていうのが、個人メディアとして見た時にやっぱすごいなと思います。10年選手なんかさ、思い出せないじゃん。いなくなった人は。俺らあんま残ってないから。10年選手はすごいすね。インフルエンサーってせいぜい2、3年なんですよ。普通の寿命って。で、5年続いたらまあまあ本物なんだけど、別に自分らはそうだからとは言わないけど、10年続いたやつはよくも悪くもそれ以下にはならない、残ると思う。そう。
2人しぶといなって思いますよね。マジしぶといと思う。箕輪さんはこう時代の先端でずっといる感じにしたから。田端さんは自分のコアなところを形を変えて。うん。田端さんパッケージング変えてやってるもんね。要はその最初はキャリアみたいな、ブランド人とか、まだからサラリーマンインフルエンサーみたいなところから、ブランド人みたいな感じになって、今株の人が2年、アクティビストでいろんな人が怒って。でも自分の筋を貫いて今のポジション。
田端さんはアクティビストの時とか色々言われてたけど、やっぱ自分はこれが正しいと思うんだっていう筋を通す力はすごいよね。うん。それが信用だから。確かにそれについてくるっていうね。うん。これは逆でさ、筋を通さないという筋だよね。そう。常にぶれ続けることがぶれないですよ。なんかそうね。だからこそ我々もずっとインタビューしたいっていう対象としてやっぱり。
そうだね。逆にさ、メディアでも個人メディアでもこういうメディアでも、もう消えてしまうとか飽きられるっていうのは何なんだろうね。典型なのは、そこそこのインフルエンサーとかガッて出てくるじゃん。うん。成功したら成功したでステージが変わるじゃないですか。うん。そん時にもう例えば、前はコンプレックスだったのに、なんかモテないとかさ、金がないとか、それでモテてお金が持てるようになっちゃったら、それでもう満たされちゃうから燃料切れみたい。
あ、確かに自分から消えたり、わざわざ波風立てる…うん。モチベーションがなくなるパターン多いね。もういいや。確かにそれは、別にそれを悪いといえば、普通そうだよなって思う。そうよね。うん。そっから先はなんか自分の内側から来る、なんかこれは俺は言いたいとか、これを書かずにいられないとか、そういう燃料が心の中から内側から出てくるかどうかみたいな。うん。
あとはやっぱり今回のテーマである、この最後の卒業インタビューシリーズって、終わりや始まりっていうテーマにしようと思って話聞くんですけど、多分僕は今になって思うのは、終わるっていうことを設計できたりしないと、まあ2人のように活躍し続けるのは難しいのかなっては思いましたね。やっぱで、それは自分は自分で意思決定できなかったんですよ。うん。そんな俺だって毎回強制終了よ。そっか。要は外的要因。
確かにさ、渡辺さんサラリーマンだからずっとできちゃうんすよ。よくも悪くもできちゃうけど、それは渡辺さんの問題じゃなくて、よくも悪くも会社の問題だよね。うん。別にさ、普通サラリーマンで同じポスト9年もやんなくてもいいじゃん。せいぜい4、5年で変えてもいいじゃん。うん。そういうことか。ま、でも雑誌の編集だとしばしばあることだからね。
正直に今なんで言いますけど、例えば田端さんとかのこう転職を繰り返すのってちょっとこう斜めに見えるところもあったんですよ。うん。だけど今になって思うのは、やっぱりこうやめ時を自分で設計したりすることで、なんか新しいエネルギーも出るじゃないですか。そういうのって今後はすごい大事だなって今になって初めて思ってて。
うん。でも僕も逆に文春だとかなんだとかなかった場合ね。NewsPicks編集長。そう、NewsPicks Book編集長は言うて飽きてたわけよ。で、周りにはやめたいって言ってて。あ、あんなまだやり始めて…いや、でも最後2年ぐらい、2年半ぐらい。あ、でもそんなタイミングでも。俺だってそんな続かないもん。初動の人だから、短距離走だから。もうこれパターンじゃんってなって飽きてて。
で、他の人…全部自分で作ってたのが1年目、2年目は半分ぐらいでも任せて、一応俺が全体は監修するんだけど他の編集者がやるみたいな、ちょっと組織化。属人的すぎて、箕輪が飽きてやめたら終わるブランドって弱すぎるみたいなあって、属人化をやめてチームでみたいになって、俺が飽きてた時に、なるほど。うん。ちょうど文春が来て、このブランド自体やめますってなったんだけど、今思ったらさ、そこそこ続いてずっと編集やってて、で、テレビにも出続けて芸人みたいになったら俺終わってたよ。
うん。ああ。要はすごい脆弱な、もうテレビが主流とか、なんか1個の編集長で同じようなパターンの本だけ出してるって人が、何かこう会社をクビになるとか問題を起こすってなったらもう弱いもん。うん。でもあの1番イケてた時に仕事が全部なくなって、もうなんか評判とかで箕輪さんに仕事頼もうとかいうとこと仕事しても嫌だなって。もうありのままの俺が好きな人だから、直接YouTubeで個人と繋がるとか。顧問もCMも、僕はこんな人間ですけどいいですかっていうとことしか仕事しないとか。出るメディアも全部僕のこと分かってるとこに出るとか、あそこで完全にBtoBからBtoCというのに強制的に切り替わったから今があるよね。
うん。だ、そういうことを意思決定したり、自分のベクトル変えるために、ある意味ちょっとそういうハプニングが必要っていうか、自分だけで決められない。あ、だって自分からは無理よ。うん。自分からこういう人気商売とかイメージ商売は危ういから切り替えようなんて思える人はほとんどいないと思う。よね。いや、その時はだっていい思いしかないわけだから。うん。
いや、それはめっちゃ思って、だから自分は組織にいて、今回の仕掛けも当然別に自分だけで決めたわけじゃないから、そういうことを背中を押してもらったなって最後は思ったんですよね。田端さんもどうすかね?サラリーマンやめたってのが大きいすかね。サラリーマンからフリーになってとか、やめるとかって田端さんどういう風に考えてやってたのかなっていう。
なんかやめるってか、箕輪さんと似てる、やっぱ超かっこいい言い方になるかもしんないけど、世間の人とか周りの人が自分に飽きる前に、自分が自分に飽きるんだよな。うん。わかる。多分世間の人は3年ぐらいか4年ぐらい飽きるまでかかるのに、自分は多分1年か1年半か2年ぐらいで飽きちゃう。へえ。最初の半年か1年ぐらいはうまくいってたら、おおおみたいな、これええやんってなるんだけど。なんか逆のパターンもありそうだけど、先に自分が飽きるんですね。
でも多分それが長持ちすることなのかなと思って。自分が飽きてなんか違うこと次やろうってなってくることが無意識に次への仕込みになってんだけど、世の中から求められてることでやってるから、俺も自分ええやんええやんと思ってやってるけど、それで世間に飽きられてポイってなったら、なんかそれ一発屋芸人とかミュージシャンとかでよくあるパターンみたいになっちゃう。いや自分はそっちだったかもしんない。その自分の方が飽きるのは遅かった。
俺だからNewsPicks Bookの最後の方ずっと言ってたのは、俺飽きてて、でも飽きてやってんのにバレてないのよ、これ。もう何やっても箕輪さんさすがって買ってくれる読者がいるけど、俺は飽きてるけど、半年後に絶対みんな分かるよって俺は周りに言ってて。結果強制終了だったけど、多分自分が飽きてんのに半年、1年後に周りが飽きるっていう順番だったと思う。
なんか俺それさ、無意識に、これ無意識なんだけど、強制終了になるように…うん。それは本当そう。ピエール瀧さんのさ、みたいなもんでさ、ピエール瀧さんもあれ俳優にさ飽きてたんじゃないかって、ちょっと気がするわけ。え、全く分かって破滅に向かってダッシュしてるわけ。そう、そう、そう、そう。心の中であ、ああ、ああって思いながら、ま、ちょっとだけね、それでもいっかみたいな。全くそう。
いや、だってさ、バカじゃなかったらさ、その女性問題とか薬とかさ、いけないことだって本人分かってるよ、それ。うん。そっか、そっか。それがもしバレたらっていう、何か起きてもいいってどっかで…そうだな。それならそれでもいいや。うん。むしろ人生に大きななんかチェンジが欲しいみたいな。
うん。いや、だからやめ時とかいいやめ方、いいタイミングとか、その辺について考えさせられたんですよ。なんかその辺って今思うとどういう考えあります?やめ時の哲学というかね。やっぱり自分からやめにくいのよ。そんなよっぽど悪い状況じゃない限り。いや、本当そうじゃないですか?うん。でも自分の可能性とか時代の変化による新しいチャンスとかっていうのは目まぐるしくあるから。うん。スペース開かないすもんね。やめないとね。そう。やめないとそこに乗れない。変化できないから、やめた方が絶対いいのよ。
箕輪さんだと最近でもないけど、あのコミュニティやめるとかが。ああ、オンラインサロンとかね。1個の決断すかね。あれもオンラインサロンブームみたいなのあって、もうそれこそ夢みたいな仕組みというか、みんな俺がやりたいことにお金払いながらとんでもない勢いで動くみたいな。うん。それが時代の流れなんだよね。
これが不思議なもんで、堀江サロンも西野サロンも箕輪サロンもそういうとこだったのに、やっぱアクティブ度がどんどん下がって。やっぱ西野さんはもう読み物っていう感じに割り切ったし、堀江さんも一時期のもう会社起こすぞっていう勢いもなくなって、箕輪サロンもなんか若くて勢いあるっていうのもなくなって、ただ幽霊部員みたいにみんな毎月お金払ってくれて。そんな少ない額じゃなかったから美味しいっちゃ美味しいんだけど、心のどっかに常にあって。俺何もやってないのにまた月額入ってきちゃったみたいな。うん。
これやめた方が精神上いいなと思ってやめて、そしたらこの分補わなきゃって思った時に、林さんとかと出会って、あ、顧問いいですよってなって、そうするとマジで良くて。要は俺のファンの人が年齢が上がってったのよ。で、アクティブ度は下がるけど社会的地位は上がってたの。うん。で、だから3000円のオンラインサロンから月30万の顧問に変わって、収入も全然上がったし。うん。あれ、オンラインサロンだらだら続けてたら、別に箕輪さんとなんてオンラインサロンで3000円だから顧問入る必要なくねとか。やっぱやめてさあどうしようってなんないと次の展開は生まれない。うん。そうですよね。
やめ方の哲学っていうか美学って別にこんなもの正解はないんすよ。自分でいうのもなんだけど、俺がある時、R25立ち上げてもうすぐ1年ぐらいでライブドアに行ったみたいに。そん時に、え、せっかくうまいこと行ってた田端さん、このままリクルートいた方が出世できんじゃないですかとか、なんであんななんかライブドアみたいな会社行くんですかって言われながら行くか。うん。
会社終わりですよみたいな、堀江さんも捕まってみたいな、もう色々言われるわけ。うち来たらいいじゃないですかみたいな。ありがたいことだけど、いや、もう俺はもう沈む船かもしれんけど、別にサラリーマンなんかどうせ死なないんだし、最後までやったろうじゃないかみたいな覚悟決めて。なんで残ってんのあん中、オワコンなのにって言われるのにあえて残るみたいな、どっちかがなんか帰って人生的に正しい気がしてて。だから今回もそうやってさ、最後でとにかく渡辺さんがさ、あの真面目なんだよな。いやそれ。メディア人とは思えない。
いやでもそれはそれでええやん。だから最初から最後まで新R25は、渡辺さんがその、もうよくある戦争映画とかでさ、魚雷打たれまくって沈没しそうな船が、君たちは好きにしたまえと、私は艦と共に運命を共にするつって沈んでくみたいな。でもそれはそれでいいよ。それだからこそ次のドラマもあると思う。別に物理的に死ぬわけじゃない。なるほど。
で、それはそれで、だから俺は何もそれをどんくせえなこいつ、渡辺、お前もっと早く逃げたらもっと年収が上がる転職もあったかもしれないとかっていうのも野暮だと。うん。で、それはそれでこういうことまでやってさ、自分に色々あったかもしんないけど、ちゃんと最後まで、看取るって言ったらあれだけど、それやろうっていうのは、それはそれで1つ筋通ってる。そ、どっちもありというか、哲学持ってればっていうことですよね。別に何が正解なんてこんなもん別にないと思うんですよ。
ちょっと救われました。自分が自分で納得できるかじゃない。はい。それはできました。最後。うん。外的要因とか組織の意向とか自分の業とか全部含めてクリエイティビティってか表現作品だから、R25がここでこういう形になるっていうのも含めて、そういうものなんだって感じはするけどな。うん。すっげえ面白いのに1年で終わっちゃう漫画とかもさ、それはそれでその美しさみたいなのあるじゃん。うん。だからその自分ではコントロールできない命の長さも含めてそのチャンネルの個性な気がする。うん。そっか。そっか。
NewsPicks Bookもだらだら続いてたらああいう感じじゃなくて。確かにね。やっぱ一瞬なんか盛り上がって、一瞬で箕輪と共に散ったっていうのが今になったら良かった。確かに短期的な熱狂が生んだものとして伝説になって。だからまださ、いろんな人がさ、あの時代の象徴としていろんなYouTubeチャンネルとかで言ってくれんのは花火のように消えたからだと思う。そっか。それは箕輪さんの作品で、これは自分の作品だったのか。そう。渡辺さんらしい長さだったのかもしれない。
あと単純にさ、コンテンツで言うとさ、R25じゃん。渡辺さんが年齢重ねてあと5年、10年やった時に、当然自分が面白いと思ってるコンテンツを作るのが1番面白いから、年齢が上がってって、それはそれでなんか面白いとは思うんだけど、どっかでその問題も多分もう微妙には立ち上がってきたと思うんだけど、その若手サラリーマンの悩みが自分にとって切実な悩みじゃないみたいな。そうですね。だから僕が40代になっちゃったんで、本当はR45をやりたいっていう構想があったりしたんですけど。だよね。そうならざるを得ないよ。
でもそういうのをちょっと僕次、ABEMAでやろうと思ってますけど、そっちでやりたいなって思ったりしてて。我々みたいに40代とか過ぎてくると、新しいこと始める時になんかこうね、どこまでアンラーニングするとかっていうのがちょっと難しい年齢になってくるじゃないですか。そこって2人どう考えてます?どこまで延長線を使う、後ろの文脈引きずるか、ちょっと違う角度に行くかっていう。
俺の、目標設定にもよるんだけど、何を目指してるか。俺の今までの体感だと、本からYouTubeとか他のことをやる時に、いやこんなの勝てるだろうと、俺こんな結果出したんだぞ本でって言ってやって、全然思った通りに行かなくて、そん時初めて、あれ違う…ってなる。だから調子乗ってそのままアンラーニングせずにやって、うまくいかず新しく学び直さなきゃいけなくて、でもその過程でやっぱ昔の何かが合算されてくるね。うん。田端さんもそうじゃない?
なんかアンラーニングって俺すごい覚えてるのは、最初YouTubeやり始めた時に、最初コロナ禍とかでマジ編集チームと全く一緒に仕事できなくなって、部屋で自分でスマホ置いて、自分で最初1から全部撮って自分で編集するっての何本か、5本か10本やったんだ。そう。サムネとか田端さんがデザインして、明らかにパワポで。Photoshopとかわからんから。いやそうでした本当に。でもあれはアンラーニングってよりは、新しいことをとりあえず全部自分が主導してやってみようっていう好奇心の方が勝ってる気はするけど。それは結果としてなっただけっていうね。うん。
例えばですけど、その自分で言うと、自分がやってきたことの流れをもっと汲んだような方に行くっていうパターンは何パターンかあったわけですよ。だからそれでいいか、じゃABEMAの番組制作みたいにかなり毛色が違うけど大きなインパクトが生めるかもしれないっていうので2個あって悩んだわけですよ。この辺ってやっぱミドルぐらいになってくると悩むところじゃないですか。
だからめちゃくちゃ生臭い話聞いていいですか?悩むっつったって別に給料減るわけじゃないだろ。給料も多分変わらないです。でしょ。だからそこら辺、サラリーマンの悩みだなって、ぬるいなと思うわけ正直。そうです。うん。全然安全地帯なんだから、上がいいっていうんだったら、思いっきり今までと不連続なところまでジャンプした方が幅が広がっていいに決まってんじゃん。なんか後ろもあるって言いたくない。自分のプライドの問題でしかないじゃん。結局。でも確かにそうかもしれない。それなんか初期からずっと言っていただいたことだけど、そうですね。考えてみれば。
あと全く違うことやるじゃん。で、渡辺さんなりに結果が出始めたら絶対渡辺さんのスタイルが滲んでんのよ。うん。だから勝手に深いところで継承されるから、表面的に継承しない方がいいとは思う。そうそうそうそう。これを同じことをやろうってすると滑るし、なんか熱がこもってないから、全く違うことをやろうとした時に結局なんかそこに匂いが残ってる。うん。なんかそれを信じてやろうって思いましたね。
僕としてはね、新しいチャレンジ頑張っていくっていうのに決めましたけど、お2人的にはどうなんすか?もう40代。あ、40なった。40なります。今年41か。41になるの?40代すらないから。え、どういう風に考えてんですか?この先のなんか何頑張りたいとか、どう行きたいみたいな。
それ聞かれるし、みんな居酒屋で、スタートアップのその友達が多いからみんな喋るじゃん。うん。俺はね、ないのよ。常にないっていうのが半分ぐらい後ろめたい時もあったんだけど、完全に突き抜けて、やりたいことも別にない。で、毎日楽しく、今日もこの現場とか単純に楽しいじゃん。友達と喋って。うん。こういうのをやり続けるだけ。うん。それを決めたっていう。
決めた。で、僕が自由に生きてると問題も起こるだろうし、反響を呼ぶような仕事も出るだろうし、それで見聞きして自分の中に溜まった葛藤とか悩みとか、誰かの編集したり。うん。それは制作物としてたまに出しつつ、あとはもう流浪に生きる。その瞬間瞬間会いたい人と会って喋りたいこと喋って、それが放送されてたり。うん。そっか。それを残していくみたいなタイミングもあったりして。っていうことをもう決め切っちゃってるっていう。自由であるっていうとこだけもう決めて。
だって俺のさ、スタイルってさ、俺が後ろめたいとかさ、こんな遊んでていいのかなっていう迷いがなければ最高楽しい。確かに。そうすね。やっていいのかなっていうのだけ1個あるんだけど。まだあるんですか?いや2mmぐらいね。その後ろめたさがあるからいいんじゃない?それを本当に、俺みたいな天才、俺ぐらい自由に生きられて当たり前なんて言われたら、なんかちょっと見たくないじゃん。いや、そうね。要は見てる人が、いろいろ言うて箕輪さんも自分と変わんないんだなっていうのが多少の共感を呼ぶってことだったら。本当にただのキチガイでしょ。いや、それキチガイが自由すぎるみたいな。やっぱ振り幅って必要すもんね。振り幅必要。
あ、田端さんどうなんすか?50代になる。50代。50代ってね、また40と違うんだろう。もういよいよさ、子育てもさ、もうだいぶ半分目処ついたなみたいな感じあるわけよ。うん。だ、余計好きに生きなきゃなって思うよね。なんか子供がちっちゃかった時って、将来教育費がいくらかかるかわかんないと。はい。ところが今とかさ、1番上の子とかもさ、もう高校2年生で、1番下でも小学生とかでさ、それぞれのなんかキャラとかさ出てきて。
で、これはこれでもちろん親としてできることはやってあげたいと思うけど、別にめちゃくちゃ教育に突っ込んだことと本人の幸福度って相関しないんだなみたいなことも見えてきて。見えてきた。そうすると、ま、言ってそこそこお金がね、ありがたいことにあると、今は後から振り返って死ぬ時に、あの時間何だったんだ、無駄だったなって思うような仕事だったら、別に金のために受けようかって思ったら、もういいやみたいな、めんどくせえみたいな。よりそのハードル上がってる感はある。確かに元々そうだったけど。元々そうだったけど余計そうになってる。ああ。
で、あとは投資っていうのを結構それなりに自分なりにやるようになって思ったのは、さっきの、俺も自由が大好きなんです。最高の優先順位そこなんだけど、株式投資って最高に、インサイダーとかでもやらない限り、自由なお金の儲け方じゃない。時間も場所も関係ない。うん。確か確かに。そうだ。しかも割とかなり大きな金額が儲かるっていう。確かに儲かった時に何かそれに対して果たさなきゃいけないものがなかったりします。税金納めればそれだけ。うん。
それと子供に対しての責任と家族への責任みたいなものが薄れてく中で、よりなんかもっと、まあもう好きに生きようかなみたいな。ああ。だからなんか最近昼からサーフィンしてるし、平日も。うん。分かる。それでええやみたいな。ああ。似てるものを志向してますね。うん。そうか。株式投資は結構自由の象徴で、自由なライフスタイルの象徴なんですよ。投資家っていうの。投資家っていうのは。ああ、確かにそうだな。
なんかね、この年齢になるとさ、周りがどんどんちゃんとして組織を持ったりさ、それこそ上場したりさ。うん。それはでも俺もそう思ってたの。俺45でさ、今見たからそう思ってたけど、俺5年経って、俺がやっぱ1周回って今正解だったなって気がしてる。自由って意味ではね。で、それ自由って意味もそうだし、例えばさ、散々さ、AIだ、なんだ、社員いないとか出てきてさ、俺昔から劇団ひとりじゃないけど会社みたいな。
え、全く同じこと今言おうとしてて、3年前とか話してる絵が変わってて、周りの社員がさあとかさ、上場準備をしててとか、俺だけ子供のまんまだとか思ってた。そしたらさ、俺酒飲んで遊んでただけなのに、なんか一周回って俺じゃない。そう。いや、それはすげえ思う。家でパソコンカチャカチャやってた人たち、なんかこの先大丈夫かみたいな。
うん。大体40代とかでそこそこの会社とかでネット業界とか特にやめると、みんなもう1個0から自分で作って上場を目指すか、ファンドやるんだよね。VCやる。で、別にこの2つを悪く言いたいわけじゃないが、なんとなく直感的に、2019年か2020年ぐらい俺会社やめた時に、天邪鬼だから、なんかそれ違うんだよなみたいな風に思ってて。ま、色々炎上したりもがいたりクビになったりしてたけど、でもやっぱ5、6年経って、やっぱ俺正しかった。うん。これはなんか別に世の中的な評価がどうじゃなくて、自分の生き方として自分はなんか正しい40代後半を過ごせたんじゃないかなっていう、答え合わせ的な感覚だけはめっちゃある。
自分に合ってるってことだよね。俺は言いたいことを言いたい。やりたいことをやりたい。それだけ。うん。それがでもまあ今回の自分のような転機とかハプニングとかなんかあると見えてきますよね。自分も今回こうなってすごい、自分何がしたいんだってやっぱ向き合いましたね。どんどん自由になる。どんどんやめればやめるほど自由になる。うん。要は自分の欲望に純粋になれる。うん。
そうっすよね。だから自分は長かったけど、他のメンバーはもっと歴が浅くて申し訳なかったなと思うけど、やっぱ自分に向き合う機会になってて。申し訳ないなんて思う必要はない。うん。俺は申し訳ないことたくさんするじゃないですか。で、僕も聖人じゃないから申し訳ないって思って悩む時とかあって、でも罪悪感って本当良くないっていうのを聞いて。
罪悪感を持つと相手が被害者ポジションになっちゃうんだって。ごめんねってなると、これ家族関係でも仕事関係でも、ごめんごめんってなると、あえて勝手に脳の認知として、悪いことされたんだってなって、自分はなんかネガティブな状況にいるんだって思っちゃう。あ。だから両方良くないので、ま、そんなこと言えるかわかんないけど、こうなったんです。そう。頑張ろう、チャンスやみたいな方がいい。ああ。相手にとっても。
だからその今までさ、編集部にいた渡辺さんの部下とかで、これから違う部署に行くやつもいるし、また同じ仕事するやつかもしんないし、全くやめてフリーになるやつもいるかもしんないけど、これからその今新R25の編集部で一緒に苦楽を共にした仲間として今からできることを一緒にやればいいだけなんじゃない。
そう、そう。まさにこれからできることもあるし、悪感はどっちかとおましいってかそいつにはそいつのもっと自分じゃないとこで活躍する人もある。ある。
確かに確かにましいっていう考えもあります。
あるあるある。てかそう思わないと大育館って本当にね、1番持った時にしんどい感じ。
そうか。お互いにとってその方がいいですね。
そう、そう、そう。個人的にはまだまだ記録あるんで、ちょっとこっからもう1チャレンジ思いっきりやるんで。
うん。うん。楽しみです。
そうでしょ。何か
はい。
が全でもね、この連でも疲れてる人もいるんすよね。
まあ、ま、ちょうどその時期をね、1回休んでもいいかもしれないけどね。1年ぐらい。
ああ、そっか。でも自分なんかね、本当に空白になるからこそ見ることあるよ。
空になるからこそ。わかる。
その後でなんか急に湧いてくるみたいな。もちろんそんなの走り出しちゃったらなかなか訪れないから。
確かに。お2人もそういう時期ありました?
あった。あった。あった。3ヶ月ぐらいずっと焚き火してた。
価値観がねんだよね。あ、今までこの物差しが正しいと思ってたけどそうじゃないかもみたいな。
うん。確かに自分で火つけるタイミングを待ってもいいのかもしれないですね。
ありがとうございます。なんか本当に。はい。これが一応新R25でお2人には最後のインタビューになります。
本当ありがとうございました。
はい。またでも人と人としてはこれは。ぜひぜひ新天地でも声させてください。
はい。いいね。
ありがとうございます。ありがとうございます。お疲れ様でした。ありがとうございました。お疲れ様です。
はい。いいね。
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