ホメロスの「ワイン色の海」は何を意味していたのか:色彩語を季語として読む

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概要

古代ギリシャの詩人ホメロスは、海も牛も「ワイン色」と表現した。この奇妙な色の使い方から、19世紀には「古代人は現代人と同じように色が見えていなかった」という説が真剣に唱えられた。ゆる言語学ラジオでは、水野太貴さんがこの問題を紹介し、堀元見さんが聞き手として加わる。今回から始まる「色シリーズ」の第1回にあたる回である。水野さんは、ホメロスの色彩語は視覚情報だけを伝えるものではなく、日本の俳句における季語に近い働きをしていたという見方を示す。そして、ホメロスの色彩感覚に似たものは現代日本にも存在すると結論づける。

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海も牛も「ワイン色」、蜂蜜は「緑」

水野さんは、ホメロスの作品に出てくる色の表現を順番に挙げていく。まず海は「ワイン色」と形容される。夕焼けの海ならそう見えなくもない、と堀元さんはいったん擁護を試みる。しかし同じワイン色は牛にも使われている。

ほかにも例は多い。「すみれ色」は海に使われるほか、羊が「美しくて大きくて厚いすみれ色の毛に覆われた」と表現される。緑を表す語は、恐怖で青ざめた顔、折ったばかりの小枝、一つ目の巨人キュクロプスが持つオリーブの木の棍棒、さらに蜂蜜にまで使われる。鉄はすみれ色や灰色とされるほか、「燃えるような」という意味の「アイトーン」でも形容される。水野さんによれば、アイトーンは現代日本語の特定の色に置き換えにくい。灰色っぽいものにも、赤っぽいものにも、オレンジっぽいものにも使われ、馬やライオン、牛の毛色を表すこともある。水野さんは、この「一語が現代の複数の色にまたがる」点を古代ギリシャ語の色彩語全体の特徴として挙げ、後の議論につなげている。

白と黒ばかりで、青がない

色彩語の使用頻度にも偏りがある。水野さんの紹介では、黒がおよそ170回、白がおよそ100回使われるのに対し、赤は13回、黄色は10回そこそこ、すみれ色は6回で、その他の色はそれ以下である。オレンジやピンクは出てこないとされ、青にあたる語も見当たらない。後の時代に青を意味するようになる語はあるものの、ホメロスにとってその語は「暗い」「黒っぽい」という意味しか持っていなかったとされる。

堀元さんは、ハチには人間と違う色の世界が見えているという話を引き合いに出し、古代ギリシャ人も見えている色が違ったのではないかと感じると述べる。水野さんも、これほどの使い方をされれば目がおかしかったと疑うのも無理はないと応じる。

ホメロス一人の癖では片付かない

水野さんはさらに、これがホメロス個人の問題ではない点を強調する。ホメロスだけが例外的な色の使い方をしていたなら、聞き手にとって耳障りな描写として訂正されていたはずだと考えられる。

加えて、ホメロスは現代でいう「バンクシー」のような存在だったという説もあると水野さんは紹介する。つまり一人の実在の人物ではなく、『イリアス』や『オデュッセイア』は大勢の詩人が各地で歌い継ぎ、付け加えてきた結果できたものだという見方である(バンクシーが複数人だという話については、水野さん自身が不正確かもしれないと断っている)。堀元さんは、葛飾北斎にも同様の説があると付け加えた。もし多くの人が関わっていたのなら、誰も色の語彙を直さなかったことはなおさら不自然になる。さらに、ホメロスより数世紀後の古代ギリシャの作品にも同じ特徴が残っていたという。ここから水野さんは、少なくとも当時の人々にとって、海をワイン色と呼び、それを牛にも使うことに違和感はなかったと言えそうだ、とまとめる。

グラッドストンの説:色覚は最近になって獲得された能力

この問題に目をつけたのが、イギリスの首相を務めたウィリアム・グラッドストン(1809〜1898年)である。水野さんによれば、グラッドストンは野党時代にホメロスを熱心に研究し、1858年に『ホメロスおよびホメロスの時代研究』を出版した。全体で1700ページに及ぶ大著で、その第3巻が「ホメロスの色彩感覚と色の使い方」にあてられている。

グラッドストンの主張を簡単に言えば、古代ギリシャ人は全体として、現在では多数派ではないとされる色覚特性を持っていた、というものだ。色への感受性は歴史的に見れば比較的最近になって得た能力であり、最初は明るいか暗いかしか見分けられなかったのではないか、と彼は示唆した。そう考えれば、白と黒を多用し、赤などをあまり使わないことも説明できる。

では、なぜホメロス以前に色の知覚能力が発達しなかったのか。グラッドストンは、絵の具や染料の発明によって人間が色を人工的に操作できるようになったことを重視したという。ホメロスの時代は染色技術が登場したばかりで、青い人工物を見ないまま一生を終える人も多かったはずだ。青い染料は人工的に作るのが難しく、青い花も稀だった。そのため、青を知覚できなくても困らなかったのではないか、とグラッドストンは述べた。堀元さんは、色を見分けることは先天的な感覚ではなく技術だという主張だと整理し、かなり説得力があると感じたと話す。面白いのでこの説で決着にしようとまで言い出し、水野さんに止められる場面もあった。

「シンバルの響き」と酷評された大著

しかしグラッドストンの説は厳しく批判された。水野さんが紹介したのは、色彩の説に限らず著作全体に向けて『タイムズ』紙に載った書評である。書評はグラッドストンを「極端なまでに賢い」としつつ、極端な賢さは両極相接するという格言の最適な実例を示していると評した。最後は、これほどの力が効果を発揮せず、これほどの天賦の才が均衡を欠き、これほどの肥沃さが雑草ばかりを茂らせ、これほどの雄弁がシンバルと鐘の響きにしか聞こえない、という趣旨の文で締めくくられていたという。二人はこの言い回しを気に入り、以後の回では「口シンバル」が互いをからかう言葉として何度も使われる。

ただ、批判を受けた後も同様の主張をする学者は少なくなかった。水野さんによれば、西洋古典学界でこの説が馬鹿げていると広く見なされるようになったのは20世紀半ばごろである。現代ではグラッドストン説を信じる研究者はほとんどいない。

別の仮説:牛の品種、信号の「青」

水野さんは答えを示す前に、堀元さんに理由を考えさせる。堀元さんはまず冗談半分に、当時の牛や海が本当にワイン色だったのではないかと答えた。水野さんは、そのアプローチも一度は確かめるべきだと認め、実際に検証もされたようだが、海の色などは現代とそれほど変わっていないようだと説明した。

次に堀元さんは、日本語で緑色の信号を「青」と呼ぶように、歴史的な経緯で色彩語の指す範囲がずれたのではないかと推測する。水野さんは、古代ギリシャ語以前の段階について色と語彙の対応がとれないという話はあるものの、今回のホメロスの件ではそれが主な理由ではないと答えた。日本語で「緑」が青を指したり、「青」が緑を指したりする混乱は実在すると認めたうえでの返答である。

「緑の黒髪」がヒントになる

ここで水野さんは「緑の黒髪」という表現を持ち出す。黒い髪をなぜ緑と呼ぶのか。植物が緑色をしているのは、成長していて元気な時である。そこから、つやめいた若々しい黒髪を「緑の黒髪」と呼ぶのだという。

堀元さんはこれを聞いて、植物が緑で元気であるのと同じくらいあなたの黒髪には活力がある、というように、色に比喩のイメージが乗っているのではないかと推測した。水野さんは、大筋ではそれで合っていて、もっと整理した説明ができると応じる。その説明が、ホメロスの色彩語は現代日本人にとっての「季語」だった、という考え方である。

季語の役割は「圧縮」にある

水野さんは堀元さんに、俳句になぜ季語が必要なのかと尋ねる。堀元さんは季節がわかりやすくなるためだと答え、季節を示すだけなら「春」「秋」と書けばいいのに回りくどいと思っていたと話す。

これに対して水野さんは、自分が読んだ本に基づく理解として、季語の存在意義の一つは「コスパ」だと説明した。参照したのは、AI研究者の川村秀憲先生と俳人の大塚凱さんの対談本『AI研究者と俳人』である。大塚さんは季語の働きを「効率性」と表現しているという。例えば秋の季語「鰯雲」は、小魚のイワシの群れのような細かい雲という気象現象を指すだけではない。秋の爽やかさと同時に、物思いを誘うような風情を帯びたアンビバレントな語であり、そこが季語の本質的な部分だと大塚さんは述べているという。

例として挙げられたのが「丸善にノートを買って鰯雲」という句である。前提知識がなければ、丸善でノートを買って雲を見ただけの句に見える。しかし鰯雲の含意を知っていれば、新しく何かを書き始める気持ちの良い秋でありながら、どこか物思いにふける状況が見えてくる、と堀元さんは読んだ。水野さんは台本を確認してもらうため、俳人の岡田一実さんに解釈を尋ねていた。岡田さんの読みでは、ノートにはこれから使われる未来があり、空の下の私たちにも未来が感じられる。丸善を出るとイワシの群れのような小さな雲が見え、解放感と切なさを覚える。さらに「丸善」という語が梶井基次郎の『檸檬』を想起させ、檸檬を置かずにノートを買って出てきた、という解放感と切なさは読者も知っている景色でしょう、という使い方になっているという。堀元さんも『檸檬』を連想していた。

歳時記はインデックス、鑑賞はデコード

ただし季語の解釈を作者の感覚だけに任せると、意味が揺らいで曖昧になる。その共通認識を固めるために俳人が使っているのが歳時記だと水野さんは説明する。歳時記には季語の意味だけでなく、歴史的背景や本意も書かれている。大塚さんの表現では、季語は俳句という短い詩を膨らませる季節のキーワードであり、歳時記はそのインデックスだという。例えば鰯雲は、ひたすら晴れやかな恋の喜びを詠む言葉ではない、というように解釈の幅が定められている。

歳時記には過去の例句も載っていて、鑑賞者は先行句を参照しながら句を読むことがある。『AI研究者と俳人』では、ある秋の句について、別の俳人の先行句の名残を感じ取った鑑賞例が紹介されている。二つの句で共通するのはごく一部の語と「秋」だけだが、それでも鑑賞者は先行句を呼び出して比べながら読むのだという。

水野さんはここから、俳句はZIPファイルのようなもので、季語は体験の圧縮だとたとえる。同書ではこれをエンコードとデコードと表現しており、ある体験をエンコードすると俳句になり、鑑賞はそれを追体験するためにデコードすることだという。情報工学を専攻していた堀元さんは、それならコーデックは何か、規則に基づく符号化でなければエンコードとは言いにくいのではないか、といったんは引っかかりを見せる。しかしこの表現が北海道大学の教授で、俳句を詠むAI「AI一茶くん」の開発にも関わる川村先生のものだと知ると、「俳句というコーデック」で符号化と復号をしているのだと納得してみせた。

ホメロスの色彩語は「総合得点」で選ばれていた

ここで話はホメロスに戻る。水野さんによれば、ホメロスたちは色彩語を季語のように使い、そこにさまざまな意味を込めていた。つまり色の語彙を視覚情報のためだけには使っていなかったのではないか、という見方である。実際の色が赤でなくても、赤という色が持つ心情や文脈が合えば、それを赤と形容した。堀元さんは、文学作品で何か良いことがあった後や何かに燃えている場面に「真っ赤な夕焼け」を描くのと同じで、その極端な形が「ワイン色の海」なのだと理解を示した。

水野さんは、日本語で読める研究として『ホメロスと色彩』を紹介する。著者の西塔先生は、地中海を目の前にすれば海は確かにさまざまなワインの色のように濃淡があり鮮やかで、燦々と輝くこともあれば嵐や雷とともに暗く沈むこともある、と述べているという。何色というラベルを貼るのではなく、ワインの色のように移り変わる海の複雑さをそのまま「ワイン色」と表現したのではないか、という読みである。水野さんは、赤ワインも実際には単純な赤ではなく、私たちは「赤」というラベルをはめることで色の多様性を見失っているとも言える、と付け加えた。堀元さんは、初めて白ワインを飲んだとき白くないと思ったと話し、「透明薄黄ワイン」と呼ぶべきだと冗談を言っている。

さらに、番組のリスナーでホメロスの色彩語を研究しているアガバビアン先生から、たまたま連絡があったという。先生は台本の確認や文献の紹介にも協力した。アガバビアン先生の見解では、「ワイン色」と言われた聞き手は、ワインにまつわる匂いや味、触覚などの五感の体験を思い浮かべる。詩を聴きながらホメロスのワインを味わうような体験をしたのではないか、というのである。ワインを飲んで酔ったときの、体が揺れて思うように制御できない感覚は、大きく予測できない動きをする叙事詩の海のイメージとも合う、とも述べていたという。堀元さんは、上手な悪口の比喩も同じだと話す。「弱い犬ほどよく吠える」は相手を犬扱いするニュアンスまで含んでいるから効く、という例である。

水野さんは、海をワインにたとえるのは総合得点の勝負であり、色が多少ずれていても代わりに呼び起こされるイメージが豊富なら構わないのだと説明する。現代人は色彩語を視覚情報にしか使ってはいけないと思い込んでいたにすぎない。ある時代からこの戦略が取られなくなったために、ホメロスの時代の人々の色覚がおかしかったという結論になってしまった。つまり、現代人の感覚で古代ギリシャ人を捉えようとしたから失敗したのだ、と水野さんは述べる。堀元さんがグラッドストンを「口シンバル」と切り捨てると、水野さんは、それもまた現代人の感覚で過去を裁いていることになる、とたしなめた。

失われたのは現代人の側の感覚

水野さんによれば、「古代ギリシャ人には青がなかった」という言説が今でも見られるが、西塔先生はこれを誤りだとしている。むしろ、現代人は古代ギリシャ人と同じような感覚で青を感じ取れなくなっている、と見なすべきではないか。古代ギリシャ人は、太陽なら赤、海なら青といった一対一の対応で考えていなかったというのが水野さんの説明である。

堀元さんは、現代の例として藤井風さんの歌詞「青春はどどめ色」を挙げた。「どどめ色」を調べると、クワの実のような黒っぽい紫だった。青い春と書く青春を、あえてどどめ色と言う先入観の壊し方がすごいと感じたという。水野さんも、それはホメロス的な使い方かもしれないと応じた。

水野さんは再びZIPファイルのたとえを使い、ホメロスの時代の人々は「ワイン色」にさまざまな情報をエンコードしていたが、古代ギリシャ語や古代ギリシャ文化に通じていない現代人にはそれをデコードできない、とまとめる。西塔先生やアガバビアン先生の研究は、古代ギリシャ語や文化を学ぶことでそのファイルを解読し、当時の人々が体感していた世界にたどり着こうとする試みだという。堀元さんは、自分たちも普段から色彩語に比喩を乗せて話していれば、ギリシャの感覚を理解しやすくなるのではないかと提案した。例えば「今日の海は抹茶色だ」と言ってみる、というものである。水野さんも、抹茶を飲むときの体験や感覚と海を結びつけることを意識すれば、より豊かな表現にたどり着けるだろうと応じた。

異文化を「そのまま」受け取る負荷

水野さんは『ホメロスと色彩』について、色に対する認識への挑戦のような本だと評する。この本は、ある古代ギリシャ語の単語が日本語のどの色にあたるかをまったく言ってくれない。一対一で対応していないのだから当然だが、読む負荷は大きい。とはいえ水野さんは、その理解の大変さこそ、古代ギリシャの文化を古代ギリシャのまま受け取るときに必要なものであり、異文化理解の大変さそのものだと言う。インスタントに理解しようとすれば、異文化を日本の文化に当てはめて消費することになってしまう。

堀元さんはここで、ReHacQのプロデューサー高橋さんの発言を紹介する。高橋さんは動画で、外国人が何を考えているのか本当にわからない、朝起きてから寝るまでの彼らの全容を理解できる気がしない、と話していたという。排外主義にも聞こえかねない発言だが、堀元さんはこれを素朴な実感として受け止めた。人は文化の枠組みを通して景色を見ているので、見えている景色がすべて違うのではないか、という仮説だと解釈している。水野さんも、その実感自体は問題ではないと言う。怖いから排除しようとするのではなく、複雑でも理解しようとする姿勢があればよく、その体験をデザインしたのがこの本だとも言える、と語った。

グラッドストンは本当に間違っていたのか

最後に水野さんは、ここまでの結論を自ら揺さぶる。文献学者のラザルス・ガイガーはグラッドストンの発見に興味を持ち、ほかの言語を調べた。その結果、ヴェーダでも空は青と表現されておらず、旧約聖書も同様だった。聖書では馬や雌牛が赤と呼ばれ、預言者エレミヤは人々の顔が恐怖で緑色に変わったと述べている。ホメロスの色彩描写に見られる特徴は、ヴェーダや聖書、アイスランドのサガなど、時代も地域も異なる文献に共通していたのである。

そこから、まったく違う時代や地域に住む人々は色を私たちとは違うように認知し、違う世界を見ているのではないかという論争が生まれた。堀元さんはこれを「クオリアのレベルで違う」という話だと言い換えている。この論争に決着をつけるため、研究者たちは自分たちの文化に染まっていない地域に住む人々に目を向けた。そしてその過程で、グラッドストンの主張が部分的には真理をついていたという話も出てくる、と水野さんは予告する。人間の認知を色彩語から探るこの話は次回に持ち越され、今回はグラッドストンが本当に間違っていたのかという問いを残して終わっている。