「違くない?」「ヤバみ」は日本語の乱れなのか 言語学者と検証する新しい言い方の仕組み

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概要

「違くない?」「違うくない?」「ヤバみがある」。こうした言い方は日本語の乱れとして批判されやすい。ゆる言語学ラジオのこの回では、堀元見があえて「乱れだ」と主張する側に立ち、水野太貴と、番組の監修者で日本語学者の高田祥司が、これらの表現を擁護する。高田の立場ははっきりしている。どの表現にも形と意味の面で生まれる理由があり、日本語の歴史の中で繰り返し起きてきた変化と同じ仕組みで説明できる、というものだ。

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堀元の言い分:「違う」は動詞なのに「くない」が付いている

堀元の反論は文法的な理屈に基づいている。「美しくない」のように「〜い」で終わる形容詞なら「〜くない」にできる。しかし「違う」は動詞であり、本来の否定形は「違わない」、確認するなら「違うんじゃない?」になるはずだ。だから「違くない」はおかしい、と堀元は言う。水野も、「違う」はワ行五段動詞なので「違わない」になると確認する。

これに対して高田は、まず問いを立て直す。「違う」という動詞が、なぜ「寒く」「珍しく」のような形容詞型の活用をするようになったのか。堀元は冗談で「若者がけしからんから」「AIのせいだ」と返すが、高田は明確な理由があると説明する。

形の理由:名詞「違い」が「い」で終わる

一つ目の理由は形にある。「違う」の名詞形は「違い」で、「い」で終わっている。「長い→長く」と同じように「違い→違く」と捉え直されると、形容詞のように扱われることになる。

ただし、これだけでは説明がつかない。「笑う」にも名詞形「笑い」があるが、「笑くない」とは言わない。高田はここで、「違うくない」と「違くない」は別の現象だと強調する。「笑うくない」は動詞の終止形に「くない」が付いたもので、形容詞化とは関係がない。そのため議論はいったん「違くない」に絞られる。

もう一つの疑問もある。形容詞化したと言うなら終止形の「違い」が使われるはずだが、「僕とあなたは違い」とは言わない。高田はここで「ちげえ」という形を示す。「長い→なげえ」「高い→たけえ」と同じ変化をしている以上、話し手は「ちげえ」の手前に形容詞のような「違い」を想定していることになる。「笑う」からは「わりい」とは言わないので、違いは明らかだ。堀元も「ちげえ」は気にならなかったと認め、「違くない」には怒るのに「ちげえ」には怒らないのは「言行不一致だ」と突っ込まれる。

意味の理由:「違う」は状態を表す動詞

二つ目の理由は意味にある。「違う」は動作や動きを表さず、状態を表す。動詞らしくない動詞だ。英語で「be different from」と言うように、意味の上では形容詞に近い。「笑う」が形容詞化しないのは、この意味的な近さがないからだと説明される。

つまり「違くない」は、「い」で終わる名詞形という形の上の形容詞らしさと、状態を表すという意味の上の形容詞らしさが重なった結果だという。さらに、対義語の「同じ(だ)」は形容動詞なのに「違う」は動詞で、品詞がそろっていない。「違う」が形容詞に寄れば、両方が形容詞的なカテゴリーに収まることになる。出演者は英和辞典で「different」の訳に動詞の「異なる」が載っていて妙に感じた経験も挙げ、「違う」の形容詞化はむしろ体系をすっきりさせる変化だと面白がる。

「違うくない」:「くない」が切り離されて広がる

堀元は「違くない」には納得したが、「違うくない」は動詞にそのまま「くない」を付けているので弁護の余地がないと言う。出演者たちは実例として「足りるくない」「悪くない」、さらに過去形に付いた「あったくない」まで挙げ、いろいろな語に自由に「くない」が付くようになっていると確認する。

高田の説明では、「違くない」のような形容詞型の「〜くない」が多く使われるうちに、「くない」の部分だけが切り離され、相手に確認するときの表現として一般化した。その最初の一歩が、動詞にも付けることだった。堀元はこれを味の素にたとえる。少しだけ入れていたものを、何にでも入れるとおいしいと気づいて何にでも入れるようになり、やがて一部の人に嫌われるようになった、というわけだ。

名詞にも付くのか:「雨くない」「猫くない」

話は名詞に付くかどうかへ進む。「パソコンくない」はさすがに言わないが、堀元は「今日は雨くない」ならぎりぎり言えそうだと感じ、猫そのものではなく人の様子について「あいつちょっと猫くない?」なら言えるかもしれないと話す。

高田は、手がかりは程度性だと考える。「くない」が付く語は程度を表せるものが中心だ。具体的な動物を指す「猫」には「ちょっと猫」「絶対猫」という言い方がない。一方で、状態や性質を表す名詞、たとえば猫っぽさを表す使い方なら「くない」が付いていく流れは起こりそうだ、と見ている。

リスナーから届いた「無理くない」「嘘くない」

番組が「日本語の乱れ」を募集したところ100件以上が集まり、その中に「〜くない」が非常に多かった。あるリスナーは周囲の人が「無理くない?」をよく使うと報告している。高田によれば、これは形容動詞の語幹「無理」に「くない」が付いたもので、動詞への拡大とは別の広がりだ。活用するカテゴリーである動詞、形容動詞へと進出していることになる。

水野と堀元は、「無理だ」も「猫だ」も同じ形なので、「無理くない」が定着すれば名詞に付く例も出てきておかしくないと言う。高田は、「名詞+だ」を形容動詞と見るかどうかには長い論争があるので別の回に譲るとしたうえで、可能性はあると認める。一方で、「無理」は「絶対無理」「ちょっと無理」と言えるように程度性をもつ点は押さえておく。さらに別のリスナーからは「嘘くない」をよく言うという投稿もあった。名詞に付いてはいるが、「嘘」には程度性がありそうだという話になり、名詞への拡大はすでに始まっているのではないかと一同は盛り上がる。

「くない」の切り出しは「けれども」と同じ現象

では、なぜ本来の切れ目とは違う「くない」の部分だけが独立したのか。「長くない」は「長く+ない」、つまり形容詞連用形の「く」に否定の「ない」が付いた形で、「くない」という単位はもともと存在しない。

高田によれば、本来の切れ目とは違うところで切り直す現象は、日本語の変化の中で珍しくない。その例が接続助詞「けれども」だ。これは過去の助動詞「けり」から来たものではなく、形容詞の已然形語尾「けれ」に逆接の接続助詞「ども」が付いた形に由来する。古い用例の「高けれども」は「高けれ+ども」だったが、「けれども」で切られて独立し、どの語にも付く表現になった。

堀元はすぐに、「違うくない」に怒る人は「言うけれども」にも怒らなければならないはずだと気づく。そういう人は見たことがない。こうした切り直しは一般的な変化として起こる、というのが高田の結論だ。

「ヤバみ」の面白さ①:ネガティブな語がポジティブになる

後半は、堀元が「絶対乱れている」と言う「ヤバみ」や「尊み」「バブみ」に移る。高田はここにも乱れではない面白さが二つあると言う。

一つ目は「ヤバい」の意味の広がりだ。もとは危険を表していたのに、今は程度がはなはだしいという意味で、良い評価にも使われている。高田によれば、ネガティブな語がポジティブな意味に変わるのは日本語でよく見られる変化だ。「すごい」はもともと「ぞっとするほどひどい」という意味だったし、「すさまじ」も同じような嫌な意味だった。古文重要単語の「いみじ」も、良い意味にも悪い意味にも程度がはなはだしいことを表すが、もとは「忌む」を形容詞化したネガティブな語だったと高田は説明する。英語の「awesome」も、もとはぞっとするような意味で、褒め言葉になった例として挙げられる。

「ヤバみ」の面白さ②:「さ」と「み」の意味の違い

二つ目は、形容詞を名詞化する接辞「み」だ。「うまみ」「甘み」のように「み」は形容詞に付くが、「眠さ」のように「さ」で名詞化するものもある。高田は、両方が付く形容詞で違いを考えるよう促す。

出演者は「臭さ」が臭い状態そのものを指すのに対し、「魚の臭みを取る」の「臭み」は特定の、より具体的なものを指す感じがすると言う。「深さ」と「深み」では、「井戸の深さ」とは言うが「井戸の深み」とは言わず、「言語の深みにはまる」とは言う。高田はさらに、「4メートルの深さ」「20キロの重さ」のように定量的な場合は「さ」になると指摘する。一方「深み」「重み」は、自分が感じ取る主観的なものだ。高田は単純化して、「さ」は客観的、「み」は主観的だとまとめる。

堀元は、「さ」と「み」は同じ意味で、どちらが付くかが決まっているだけだと思っていたと言う。つまり「ヤバみ」はルール違反だと考えていた。しかし意味が違うと分かり、「眠みがある」と言いたくなる気持ちが分かったと認める。「眠さ」は客観的すぎて他人行儀であり、自分が今眠いなら「眠み」のほうが自然に感じる、という。高田によれば、「嬉しさ」「眠さ」「しんどさ」のように本来「さ」で名詞化していた形容詞に「み」を付けることで、実感としてそう感じていることを強めているのだという。

断定を避ける表現としての「み」

水野は、SNSでは若者が断定を避けて「私はこうかも」「個人的には」と言う傾向が強まっていると言われており、「み」の流行もその延長ではないかと述べる。高田はこれを「非常に鋭い」と評価する。「嬉しい」と言い切ると強く響くが、「嬉しみ」と名詞化すれば少し婉曲に、やわらげて言える面があるという。

高田はさらに、かつて若い女性が「退屈な感じ」「運命感じちゃったみたいな」と、「〜って感じ」「〜みたいな」でぼかしていた表現と共通点があると指摘する。水野も、平成のギャルの「〜みたいな」と現代の「嬉しみある」「ヤバみあるんだけど」は同じ傾向かもしれないと応じる。「嬉しみが深い」も、「嬉しい」と言い切るより遠回しになっているという。

これを受けて、将来ビジネスメールの「していただけますと幸いです」が「嬉しみがあります」になるかもしれないと冗談が飛ぶ。「嬉しみが深い」の「深い」も直接すぎるので「嬉しみが深みがありみがありみが……」と無限に続けてフェードアウトすればいい、という悪ふざけで盛り上がる。

残された問い

番組の結論は、「違くない」「違うくない」「ヤバみ」のいずれにも形と意味の上での理由があり、「けれども」の成立や「すごい」の意味変化など、日本語が過去にもたどってきた変化と同じ仕組みで説明できるというものだ。ただし未解決の点も残る。「くない」がこの先「猫くない」のような名詞にまで広がるのか、その前提となる「名詞+だ」を形容動詞とみなすべきかについては、話者たちも見通しを示すにとどめ、別の機会に扱うとした。リスナーからの投稿で最も多かった「すごい美味しい」のような「すごい」の用法も、この回では取り上げていない。