総裁選に4度敗れた石破茂前首相が語る、総理大臣の孤独と日常、そしてコメの未来
トマホークTomahawk自民党総裁選に4回挑んで敗れ、5回目で総理大臣になった石破茂氏に、YouTubeチャンネル「トマホーク」がインタビューした。聞き手には、著書『お金の不安という幻想』のある田内学氏も加わっている。石破氏は総理を目指して周到に準備してきた人物としてではなく、「まさか総理になるなんて思いもしなかった」議員として自らを語った。そのうえで、総理の職が日本でいちばん精神的な負担の大きい仕事だったこと、官邸での生活の実情、そして在任中も関わったコメ政策への問題意識を話している。
電車の運転士に憧れた少年から国会議員へ
石破氏が子どもの頃になりたかったのは電車の運転士だった。母親に偉人伝を読み聞かせてもらったというネット上の情報を向けられると、「怖かったな」と笑って振り返った。
政治の道に入った経緯は年齢を追って語られた。24歳で親を亡くし、26歳で政治家の事務所で修行するために銀行を辞めた。27歳で鳥取に帰り、2年ほど選挙活動をして、29歳だった昭和61年に国会議員になった。今年で議員生活40年になるという。
「大臣を2、3回やれたらいい」から総裁選へ
29歳で初当選したとき、石破氏は総理になれるとも、なるとも思っていなかった。鳥取県から国会に送り出してもらったのだから、できれば大臣を2回か3回務められればいい、という程度の考えだったという。
ところが、若くして大臣になり、党の政調会長にも就いた。政調会長になったのは53歳くらいだったと本人は記憶している。鳥取県の有権者のおかげで一度も落選せず、防衛庁長官のときには自衛隊のイラク派遣や有事法制に携わった。目立ちたかったわけではないが、目立つ仕事だったと石破氏は言う。農林水産大臣のときには、コメの生産調整(減反)をやめるべきだと主張した。国がそれまでやってきたことと違うことを言ったため、それなりに注目されていたという認識だ。
初めて総裁選に出たのは、福田康夫首相が突然辞任したときだった。石破氏はその内閣で防衛大臣を務めていた。所属していた派閥(石破氏は「橋本」と呼ぶ)からは領袖が出馬せず、党内には「麻生さんがやればいいんじゃないか、なんとなく強そうだし」という空気があった。これに対し、当選1、2回の若手が「派閥からも誰か出るべきだ」と主張し、当時当選7回ほどだった石破氏が出ることになった。結果は最下位だった。
次は安倍晋三氏と争った。党員票は石破氏のほうが圧倒的に多かったが、国会議員票は安倍氏が上回った。安倍氏が総理になり、石破氏は自民党幹事長になった。その後も挑戦を重ねたが、4回とも敗れた。「普通は諦めるよな、その辺で」と本人も言う。
4回目の最下位と、5回目の決断
鳥取県にゆかりがあり、ずっと石破氏を応援していたという聞き手は、4回目に敗れたとき「もうこれはダメだな」と思ったと打ち明けた。石破氏も「そう思うよね。申し訳ない」と応じている。
聞き手が4回目もかなり票を集めていたのではと尋ねると、石破氏は否定した。1位が菅義偉氏、2位が岸田文雄氏で、自分は「圧倒的最下位」だったという。鳥取県の人たちにも、自分を推してくれた国会議員にも迷惑をかけたと感じ、もうやめようと思っていた。
それでも5回目に挑んだ理由として、石破氏は世論調査を挙げた。岸田首相が退く時期に「次の総理に誰がいいか」を調べると、自分が1位になっていた。本人は、新しい人にやってもらおうと思っていたという。しかし地元では、総理になってほしくて応援してきたのに辞めてしまうのか、それなら新しい人を立てろ、という声もあった。鳥取県から総理が1人も出ていないのが悔しいという県民の思いに応えなければならないと考え、世論調査でも1位か2位であることから「もう1回やるか」と決めた。
石破氏は、ギネス記録を狙ったわけでも、やけになって出たわけでもないと説明する。5回目なら一度やらせてみるか、と考える国会議員もいた。決選投票で高市早苗氏と争い、石破氏が選ばれた。
誰にも相談できない仕事
総理になって何が変わったかと聞かれ、石破氏はまずブログを更新できなくなったことを挙げた。忙しさに加え、総理大臣という立場では自分の好きなことを書くわけにいかない。
石破氏が最もつらかったと語ったのは、24時間365日、国の全責任を背負うことだった。防衛大臣や農林水産大臣のときは、判断に迷えば「どちらの結論がいいでしょうか」と総理に相談に行けた。しかし総理大臣には誰も相談できない。外交、特にアメリカとの関係は、その場だけでなく将来にも影響する。最後は自分で判断するしかなく、誰にも責任を転嫁できない。石破氏は、日本のどんな仕事も大変だとしたうえで、総理は日本でいちばん精神的なストレスがかかる仕事だったと思う、と述べた。
トランプ大統領との会談を控えていた時期には、何度もトランプ氏の夢を見たという。夢の内容は毎回同じで、「この人はいい人だったんだ」と気づくものだった。実際の相性については「良かったよ」と答えている。
辞任した翌日の朝には、「朝が来るってこんなに嬉しいんだ」と感じたという。
窓が開かない公邸と、24時間の記者
総理は何かあればすぐ官邸に行かなければならないため、隣の公邸に住む。石破氏によれば、公邸の窓は開かない。外に出られるような窓もない。外も見えず、見えるのは木だけだ。こちらから外が見えるということは、外からもこちらが見えるということだからだという。
移動する車は防弾車で、やはり窓が開かない。SPは24時間365日ついている。共同通信と時事通信の記者も24時間365日ついていて、これは首相動静の取材のためだ。夜中にどこかへ行かれたら困るから、と石破氏は説明した。
1日10組の相談と、1年で100か国の来客
総理が最も多く時間を使う仕事は何かという質問に、石破氏は総理によって違うだろうと断ったうえで、自分の場合を説明した。財務省、外務省、農林水産省、防衛省などの役人が「総理、どうしましょうか」「今度の法律はこれでいいでしょうか」と相談に来る。その話を1日10組ほど聞いた。
外国からの来客も多かった。大阪・関西万博やアフリカ開発会議があったため、1年で100か国の相手と会ったという。都道府県知事や市長も訪ねてくるので、会わないわけにはいかない。人と会うだけで相当な時間を使い、国会の会期中は1日中国会に出ている。
コメの価格と生産調整をめぐる議論
田内氏は個人的な心配として農業を取り上げた。米価は上がり、鳥取のような地方では高齢化が進んでいる。5年後、10年後も安心していられるのか、という問いだった。
石破氏は、麻生内閣で農林水産大臣だったときから、コメを作らないよう求める生産調整をやめ、自由に作れる仕組みに変えるべきだと考えていたと答えた。そうすれば価格はどこかで需要と供給が交わる水準に落ち着く。経済とはそうあるべきではないかと考えたが、当時は反対が多く実現できなかった。そして総理になると、米価が急に上がり始めた。
石破氏は食料自給率の低さも問題にした。ラーメンの自給率は14%、天ぷらそばは20%、カレーライスは40%、日本全体では38%だと挙げ、これはまずいと考えたという。昨年コメの値段が大きく上がったのはコメが足りなかったからだ、というのが石破氏の見方だ。生産を増やそうとすると「余ったらどうするんだ」と言われる、とも話した。
田内氏はこれに自分の考えを重ねた。ほかの食べ物なら、ラーメンが高ければパンやご飯にするといった代替ができる。しかしコメは最後の防衛線のようなもので、足りなくなれば代わりがない。江戸時代で考えれば、コメを多めに作っておかなければ、飢饉や災害が起きた瞬間に終わる。需要より多めに作り、余った分を政府が買い取るなどすれば、供給量はその都度調整できる。一方、作らせないことで供給量を調整する方法は、1年経たなければ結果が分からない。石破氏も「1年に1回しかできないからね」と同意した。
田内氏はさらに、ほかの仕事から農業に転じるのはすぐにはできないと指摘した。会社員なら、たとえばゴールドマン・サックスを辞めて別の銀行に移ることはできるが、農業は違う。農業従事者がこれから減っていくことを考えれば、前倒しでいろいろ手を打たないとまずいのではないか、という問題提起だった。
高齢化する担い手と、世界に売るという方向
石破氏は、いまコメを作っている人の平均年齢は60代後半、68歳や69歳ほどで、自分と同じくらいの年齢だと述べた。この人たちは不老不死ではないので、いずれいなくなる。そうなれば日本でコメを作る人がいなくなり、田んぼも消えていく。田内氏が「食料で攻められたらおしまい」と言うと、石破氏は「そういうことだね」と応じた。
石破氏が示した方向は、コメを世界に売ることだ。議員になった40年ほど前には、日本のコメは水分が多く粘り気が強いので外国人は食べない、と言われていた。しかし石破氏は、日本人がおいしいと思うものは世界の人もおいしいと思う、と考えている。アジアの人たちにも日本のコメを買う経済力がつき、パリやニューヨークではおにぎり屋が大変繁盛しているという。だからコストを下げて国際競争力をつけ、世界に売ればいい。一方で、条件の厳しい山間地で米作りをする人など、安価に作れない場所の生産者は政府が保障してもいい、というのが石破氏の考えだ。
石破氏はクマの出没も同じ問題につなげた。田んぼがなくなり、畑がなくなり、人がいなくなったため、腹を空かせたクマがまっすぐ街に出てくる。クマも好きで出てくるわけではなく、どんぐりが実らず、途中の田んぼにも人がいなくなったから街に来るのだという。米価は上がり、クマは出てくる。世界の人は日本のコメを食べたがっている。「これなんとかしないといかん」と石破氏は述べた。
若い世代へのメッセージ:自分の頭で考える
最後に、視聴者層である20〜30代へのメッセージを求められ、石破氏は「自分の頭で考えた方がいい」と語った。スマートフォンを見ればいろいろなことが分かり、AIや「チャットなんとかかんとか」に聞けばいろいろ教えてくれる。それはそれでいい。しかし、それが本当に正しいのか。いろいろな意見を聞いて、何が大事かを自分で考えなければ、自分の将来が危なくなる、と石破氏は言う。
近く衆議院選挙があることにも触れた。誰に投票するかは、自分が国会議員だったら、総理大臣だったらどうするかを考えて決めるのが大事だという。
戦争についても語った。昨年で戦後80年になったが、日本はアメリカを相手に4年も、絶対に勝てない戦争をし、300万人が亡くなった。なぜ戦争になったのか、なぜやめられなかったのか、なぜ300万人も死んだのかを自分で考えなければ、同じことがまた起こる、と石破氏は述べた。
そのうえで、やらずに失敗して後悔するより、やって失敗して後悔したほうがいいと勧めた。やろうかやめようか迷ったら、やったほうがいい。「誰も自民党総裁選挙に5回出ろとは言わんけどさ」と付け加えて笑いを誘った。
田内氏は、失敗を恐める人が若者に限らずどの世代でも増えていると言われていると述べ、AIとの差をつけられるとしたらそこではないかと問いかけた。石破氏はこれに同意し、AIは立派な答えを持ってくるが、自分で考えた答えでなければほとんど意味がないのではないか、と答えてインタビューを締めくくった。
トマホークと、はい、田内です。よろしくお願いします。
はい、では自己紹介お願いいたします。
はい。皆様こんにちは。衆議院議員、前の内閣総理大臣、石破茂であります。どうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。よろしくお願いします。
はい。豪華ゲストということで。で、なんかちょっとネット情報なんですけど、お母さんに偉人伝を読み聞かせて。
怖かったな。
ちっちゃい頃って何になりたいとかありました?
それは電車の運転手さんになりたかったな。
あ、そうか。
だから24の時親が死んだ。26で角栄先生の事務所で政治修行するということで銀行をやめた。で、27で鳥取へ帰った。2年選挙活動というかな。29で国会議員になったのが昭和61年。今年で40年。
でせっかくなんで、総理大臣になられた経緯とかも。どうやったら総理大臣になれるのかみたいな。
あれないよ。
いや、いるかもしれないですよ。将来は総理大臣が。
いや、だからね、最初さ、29で当選した時は、まさか総理になるなんて思いもしないし、なれるとも思わなかった。でもせっかくね、鳥取県から出してもらって、できれば2回か3回大臣やれたらいいなと思っていたんだよね。で、それがだんだんだんだん、こう若くして大臣になったり、あるいは若くして党の政調会長とかなったり。
何歳になったんですか?政調会長って。
政調会長になったのは私が50いくつだったかな?53歳だったかな?
それはすごいっすね。
だね。なんだか知らないけど、ずっと鳥取県の皆さんのおかげでさ、落選もしなかったし、ずっと当選したし、それなりに防衛庁長官の時にね、目立つ仕事も、別に目立ちたいと思ったわけじゃないけど、自衛隊のイラク派遣とかさ、有事法制とかさ、いろんなのがあって。で、農林大臣の時は、生産調整、減反やめるとかさ。要するに今まで国がやってきたことと違うことを言ったりして、それなりに注目はされてた。だよね。
で、何の時だったかな?えっと、福田康夫さんって人が総理大臣やってて、私は防衛大臣でお仕えしてたんだけども、その人が突然やめるって。あと誰がやるんだということになった。私は当時橋本派ってとこにいてね、派閥は。で、橋本さんはもう出ないし、じゃあ誰がなるんだいってことで、まあいいんじゃない?麻生さんやればみたいな感じだったんだよね。なんとなく強そうだし。
そん時にさ、当時橋本派の若い人たちが、私もその当時7回ぐらいだったからね。1回2回の若い人たちは、そんなことはダメだ、橋本派からも誰か出るべきだとか言って、で、私がなんだか知らないけど出ることになっちゃった。初めての挑戦が当然最下位。
な、もういいかと思ったけど、なかなかそうもいかず、次は安倍さんとやって、圧倒的に党員の票は私のが多かったけどね。国会議員の票は安倍さんのが多かったんでね。そん時に安倍さんが総理になって、私は自民党の幹事長だった。で、その後もなんだか知らないけどチャレンジしてチャレンジして、4回ダメだった。まあ普通は諦めるよな、その辺で。
いや、正直僕、4回目ダメだった時に、僕はね、鳥取県にゆかりあるので、ずっと応援してたんですけど、あ、もうこれはもうダメだなと思っちゃったんですよ。
もう思うよね。申し訳ない。正直なところ。
そう、そう思うわな。ね。
そしたらね、5回目。あ、また出るんだと思って。また出るんだと思って、懲りないやつだなと。通っちゃいましたね。
だからね、いや、私もさ、4回目でもういいわと。
で、4回目も、もうかなり集めてたじゃないですか、票を。
そうだった?違う、違う。全然最下位だったよ。1番がね、菅さんだったよな。菅さん総理になったからな。で、2番が誰だったかな?私最下位だった。岸田さんだ、2番。
あ、そうそう。
で、私圧倒的最下位でな、もうこれ4回でまた総裁選挙になっちゃったなと。で、鳥取県の皆さんにも迷惑かけちゃったなと。で、私を推してくれた国会議員にも迷惑かけちゃったなと、もうやめようと思ったんだよな。ところが、ところがところが。
何で5回目挑戦しようと?
それはね、世論調査、今でもやってるけどさ、岸田さんがやめるとかそんな時期だよね。で、岸田さんの後は誰がいいですかって調査やるとさ、なんか私が1番だったりするわけよ。
いつもどの時代でも大体入ってますよね。
大体入ってる。
雑誌とかの調査するというか、ちっちゃい頃から本当に知ってたので僕も。
不思議だね。いや、俺はもうやるのはやめたと。皆さん申し訳ないと、新しい人にやってもらおうねと思ってたんだけども。
でもそれ言っちゃうと、例えば鳥取とかだとね、もう総理になってほしいからずっと応援してんのに、なんだ石破さんやめちゃうのかというか、がっかりされません?
うん。そういう人もいた。やめちゃうんだったらもう新しい人立てろよと。そういう人もいた。で、まあやっぱりね、鳥取県から1人も出てない、悔しいってのは県民の思いでさ。やっぱそういうのには応えなきゃいかんかなと。世論調査やっても1番か2番だよなと。5回目ね、ギネス狙ってるわけじゃねえんだけどと思ったけどね。まあもう1回やるかというのが5回目。
へえ。
そしたらなっちゃった。
これなれると思ってたとかじゃなくて、出てみたらみたいな。
いや、そんな博打みたいなことをやるつもりはなくて。やっぱりね、5回目だったらやっぱりやらせてやるかみたいな人も議員の中にもいてね。で、最後は高市さんと争ったよね。決選投票で私になった。
へえ。すごい。え、実際総理大臣になられてどうでした?
どうでしたってどういうことですか?
ブログの更新もできなくなって、忙しくなって。
そうね。やっぱりさ、総理大臣だからね、もう自分の好きなことブログに書くわけにいかんもんだよね。で、とにかくなんて言うんだろうな。24時間365日、日本の国の全責任背負ってるってのは、それは辛いし。防衛大臣とか農林水産大臣とかね、いろんな仕事したけれど、いざとなったらさ、総理どうしましょうかって相談に行けるじゃない。どっちの結論出した方がいいすかね?って時はね。総理大臣は誰にも相談いけないんだよね。
ああ、特にね、外交とか、アメリカとの関係とかって、今この瞬間だけじゃなくて今後にも関わってくる。
最後は自分の判断だし。誰も相談できないし。24時間365日、常にそういう判断迫られるからね。だからね、トランプさんとね、会談する時なんて何回トランプさんの夢見たかね。毎回一緒なんだよね。あ、この人いい人だったんだっていう。ああ、夢だった。
あ、いい人なんですね。
いや、相性は良かったよ。それはさ、総理大臣ってそんなもんですよね。一国の全責任背負ってるし、誰にも責任転嫁できないし。やっぱりそれは日本でどんな仕事も大変だけど、日本で1番精神的なストレスはかかる仕事だったと思うけどな。
ストレスとかやっぱり。
とんでもない。とんでもない。
いやあ、ちょっと想像つかないですよね。どんな気分なんかみたいな。
だからやめた次の日の朝はね、朝が来るってこんなに嬉しいんだと思ったもんね。
へえ。そうなんですね。
なんかあった時にすぐ首相官邸に行かなきゃいけないから、隣に首相公邸っていうね、住まいがあるわけだよ。もう窓が開かない。
え、窓が開かないんですか?
分かる?物干しとか、窓が開くっていうかな、外に出れる。
侵入されないように。
で、でも外が見えない。木しか見えない。樹木ね。つまりこっちから外が見えるってことは向こうからこっちが見えるってことだからね。外が見えない。窓は開かない。車は防弾車だ。窓が開かない。24時間365日SPさんはついている。24時間365日共同と時事通信の記者さんがついている。
あ、え、そうなんですね。
そうよ。
いや、首相動静とかありますね。
そう。夜中にね、どっか行かれたら困るじゃん。
確かに。確かに。1番何してる時間が多いんですか?
それは総理大臣によるだろうけれど、私の場合には、財務省とか外務省とか農林水産省とか防衛省とか、いろんな役所の人がさ、総理どうしましょうかとか、今度の法律これでいいでしょうかとか来るじゃないですか。そういう人たちの話を1日10組ぐらい聞いて、外国からお客さんが来ました。特に関西万博とか、アフリカ開発会議とかやってたから、1年の間に100カ国だったからね。で、県の知事さんとかさ、市長さんとかさ、来られるじゃないですか。会わないっちゅうわけにいかんじゃん。
会ってるだけでかなりの時間使っちゃうわけですね。
そうだね。で、国会がある時は1日国会に行ってるしね。
いや、そうか。ちょ、そん中で1つ聞いていいすか?個人的にちょっと心配なのは、農業大丈夫かなって不安があるんですよ。米の価格とかもそうだし、地元鳥取だったりすると高齢化進んでるの分かるんで、これ5年後、10年後とかってちゃんと普通に安心して。
あ、安心、なるほどね。
全然やばいっすよね。
だから私、麻生内閣で農林水産大臣やってた時から、もう米を作らないでくださいねっていうのを生産調整って言うんだけど、もうそれやめようと。自由な作り方に変えようと。で、そうするとどっかで価格はさ、一定のところに収束するんでね、供給が交わるから。で、そういう風にしていかなきゃダメなんじゃないの、経済ってのはと思ったんだけど、そん時は反対が多くてできなかった。で、総理大臣になったら米の値段が急に上がり始め。でも日本の国って自給率低い。ラーメンの自給率14%だし、天ぷらそばは20%だし、カレーライス40%だし、日本全体の自給率38%だし、これまずいよねと思ったわけですよね。だからやっぱり、あんなに米が去年ガーンと上がったのは、やっぱり米が足りなかったからなんですよね。これ増やさなきゃ。いや、余ったらどうすんだって、余ったらって言うけど。
なんかそう、他のものだったらちょっと我慢してね、じゃあラーメンちょっと高いからラーメン我慢してパンにしようとかご飯にしようとかなるだろうけど、その米って多分なんかこう1番最後の、こう防波堤じゃないけれども、それ足りなくなるっていうのは、例えばこれがじゃあ鎖国してるわけじゃないけど、江戸時代だったら米多めに作っとかないと、飢饉とか災害あった瞬間終わるじゃないですか。そしたら普通に思うのは、多分需要よりも多めに作っといて、超える部分に関してはその都度そこは調整できるわけだから、超える部分を政府が買うとかすれば、供給量を調整できるわけじゃないですか。で、作らないっていう供給量の調整の仕方って、1年経ってみなきゃわかんないから。
そうだね、1年に1回しかできないからね。
そうで、あと、じゃあ米作ろうと思っても、他の仕事とかだったら、会社員だったら、じゃあ僕はそのゴールドマン・サックスって会社やめて他の銀行に移りますってできるけれど、違う仕事から農業始めるってこれすぐにできることじゃないし、とか考えると、いやこれってかなり多めに、これから生産年齢、農業従事者とかが減ってくこと考えたら、前倒しに色々やんないと結構まずいんちゃうんですか。
今でもお米作ってる人の平均年齢って60代後半ですからね。68とか69とかさ、もう私ぐらいの年だわ。で、そうすると不老不死じゃないんでさ、そういう人たちはだんだん死ぬんだよね。そうすると日本で米作る人いなくなる。で、田んぼはどんどんなくなる。田んぼはなくなる。作る人はいなくなる。どうしましょう?
食糧攻めにあったらもうおしまい。
まあ、そういうことだね。だからさ、外国の人は日本の米食べたいわけだよな。で、私たちが議員になった40年ぐらい前は、日本の米ってさ、水分多いし、粘り気強いし、食べないよ、日本の米なんてって言われてたんだけど、日本人が美味しいと思うものは世界の人も美味しいと思うわけね。だから、もう今、日本の米ってのを買える経済力がアジアの人にも出てきたし。パリでもニューヨークでもおにぎり屋さんってめちゃくちゃ繁盛しとんだよね。だったら世界に売ればいいじゃないですかと。コストを下げて国際競争力つけて世界に売る。だけど世界に売るために頑張りましたとか、あるいはこう山のかなり厳しいとこで米作りましたとか、そういう人はさ、政府が補償してあげたっていいじゃないですか。
あ、なかなか安価に作れない場所のところ。そうですね。
それそうだもん。だってさ、最近なんでこんなに熊が出るのよ。田んぼがなくなった。畑がなくなった。人がいなくなった。熊がお腹空いたらさ、ストレートに街へ出てきちゃうんだよね。だからやっぱりそういう熊が出てくるってのは、熊だって好きで出てきてるわけじゃなくて、どんぐりがなかなか実がないねと。で、もう途中の田んぼにもう人いなくなっちゃったね。そうすると街へ出てくるわけだ。ね。で、米の値段は上がるわ、熊出てくるわ、これなんとかしないといかんと思いますよ。世界の人、日本の米食べたいわけでしょ。
そうすよね。
ちょっと最後に、総理大臣やめられてからの今後の展望とか、この視聴者層が20、30代ぐらいなんで、そういったことをお聞きしても大丈夫です?最後に若者へのメッセージとか。
あ、皆さんね、やっぱりものごとは自分の頭で考えた方がいいよ。そりゃスマホ見ればいろんなことが分かる。AIに聞けばいろんなことが分かる。チャットなんとかかんとかに聞けばいろんなことを教えてくれる。それはそれでいいんだけど、本当にそれ正しいですか?やっぱりいろんな意見を聞いて、自分の頭で何が大事かなってことを考えないと、自分の将来が危なくなるからね。
だからもうすぐさ、衆議院選挙じゃないですか?それ誰に入れるかってのはさ、自分が国会議員だったらどうするかなと。自分が総理大臣だったらどうするかなっての考えて1票入れるのが大事なことなんだよね。
そして日本は去年戦争終わって80年だけど、アメリカ相手に4年も戦争やったんだよ、この国。絶対勝てない戦争やったんだよ。300万人も死んだんだよ。やっぱりさ、なんで戦争になっちゃったんだろう?なんでやめられなかったんだろう?なんで300万人も死んだんだろうってのは自分で考えないと、同じことがまた起こるんだよね。
だから若い人たちは自分の頭で考えることと、やらないで失敗して後悔するよりも、やって失敗して後悔した方がいいよね。どっちにしようかな、やろうかな、やめようかなと思ったらやった方がいいと思う。誰も自民党総裁選挙に5回出ろとは言わんけどさ。
本当に今、失敗を恐れる若者が増えてる。若者だけじゃなくて、どの世代もそれ増えてるってよく言われてるんですけど、AIと差別化できるとしたらそういうとこですよね。そうだと思いますね。AIって立派な答え持ってくんだけどさ、でも自分で考えた答えじゃないとほとんど意味ないんじゃないですか。
ああ。はい。はい。こんな感じですか?大丈夫ですか?
僕大丈夫ですか?
すいません。今日忙しい中本当にありがとうございます。ありがとうございました。ありがとうございます。
いいんですか?こんなもんで。
はい。
あ、じゃ、ピンマイクもらいます。大丈夫。この町の空につませ。
こんな時代のばにアミスティニューもいくとなりでおめ
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