色の語彙は世界中で同じ順番に増えるのか――バーリン&ケイ『基本の色彩語』を読む
ゆる言語学ラジオゆる言語学ラジオの色シリーズ後編である。解説役は水野太貴、聞き手は堀元見。前回は、ホメロスの色の言葉づかいが現代人から見ると奇妙だという話を扱った。その終わりに水野は、ホメロス研究から「古代人は色がよく見えていなかった」と唱えたグラッドストンの仮説について、今では誤りとされる一方で、ある一面では正しかったと予告していた。今回の主題はその続きである。古代人や「未開」の人々は本当に色が見えていなかったのか。そして、色の語彙が少ない言語は劣っているのか。
水野は冒頭でポストイットの開発を例に出す。強い接着剤を作ろうとして、弱いが何度も貼り直せる接着剤ができた。これが有名な失敗からの発明である。色の研究にも似たことがあったという。ある疑問を確かめるために世界中の言語の色の言葉を集めた研究者たちがいた。そのリストを眺めているうちに、当初の目的とは別の大きな発見にたどり着いたのである。
語源をさかのぼると、色は混ざり合っていた
19世紀の研究者たちがまず試したのは、色を表す単語の語源をさかのぼることだった。水野は日本語の「紫」を例に挙げる。紫はもともと植物の名前で、その植物の花は白い。「群がって咲くから紫」という語源説を聞いたことがあると水野は言うが、なぜ白い花の植物が紫色の語源になるのかをうまく説明できなかった。結局、根が紫色だからだと補足し、堀元にさんざんからかわれることになる。このやり取りは回の最後まで繰り返し蒸し返された。
日本語に比べ、インド・ヨーロッパ語族は紀元前よりはるか昔までさかのぼれる。文献学者のガイガーは、近代ヨーロッパ諸語で「青」を表す単語の語源を調べた。すると、「黒」を意味する語から派生した例が多数派で、少数ながら「緑」を意味する語から派生した例もあった。そこからガイガーは、青がまだ独立した概念として意識されておらず、黒や緑にまとめられていた時代があったのではないかと考えた。青と黒が語源的に近い現象は、中国語など他の言語でも記述されているという。
堀元が気づいたように、英語の blue と black はどちらも bl- で始まる。水野によれば、この共通部分は同じインド・ヨーロッパ祖語の語根から来ているらしい。さらに話はややこしくなる。この語根は「輝く」「燃える」といった意味を持っていたらしく、ギリシャ語では「白い」を表す語に、ウェールズ語では「灰色」を表す語に使われている。同じ部品が黒にも青にも白にも灰色にも使われているのである。
黄色についても、「赤みがかった色」を意味する語から派生した事実が見られる。ガイガーは、黄色が生まれる前の時代には黒と赤しかない二元的な状況があり、青と黄色はそこに飲み込まれていたと述べた。さらにさかのぼると、黒と赤さえ区別されない「何か色のついたもの」という曖昧な概念に行き着くという。そこからガイガーは、色の知覚はまず赤に対して生まれ、続いて黄色、緑、最後に青と紫が加わった、この順序は世界中の文化で同じように進んだ、と結論づけた。
堀元はこの主張に首をかしげた。ホメロスの時代から現代までの数千年で、人間の知覚がそんな速さで進化するものだろうか。水野もこの疑問はもっともだと認めた。
「語彙がない」と「見分けられない」は別物
グラッドストンやガイガーの説を検証するため、研究者たちは「未開」とされた地域の人々に注目した。当時は宣教師や探検家が世界各地に出かけていた時代である。彼らが現地で色の知覚や語彙について調査し、調査票を送り返すという方法で研究が進められた。その結果、緑と黄色、青と緑を頻繁に混同するといった報告が集まった。ガイガーが語源から導いた順序が裏づけられたという雰囲気が高まった。
ところが、グラッドストンとガイガーはその後、激しく批判されることになる。水野によれば、青や緑、茶色、灰色といった語彙を持たない人々はたしかに大勢いた。しかし、色の違いを知覚できないというデータはまったく出てこなかった。語彙がないことと、色を区別できないことは別の問題だったのである。ガイガーは色の語彙と色の知覚を混同して論じていた。
堀元は、黄色と緑を取り違えるという報告は色を見せて区別させるテストだったのではないかと尋ねた。水野は調査の詳細を忘れたと断ったうえで、「この色は何色か」と名前を聞く形式だったと説明した。語彙があれば記憶の手がかりになるが、語彙がなければ翌日に同じ色を思い出すのは難しい。つまり混同の報告は、知覚ではなく語彙と記憶の問題だった可能性がある。同じことはホメロスら古代人にも言える。語彙がなくても色は区別できていたはずだ、というのが水野の整理である。
マンセル・カラーチャートでサピア=ウォーフ仮説を検証する
こうした流れの後に登場したのが、色彩研究の金字塔とされるブレント・バーリンとポール・ケイの1969年の研究『基本の色彩語』である。対象は日本語を含む98言語。文献とフィールドワーカーからの情報をもとに調査し、そのうち20言語ではネイティブスピーカーのインフォーマントがいた。
調査にはマンセル・カラーチャートを使った。わずかずつ色の異なる四角いパネルが、赤から黄色、緑、青、紫、ピンクへとグラデーション状に並んだものである。協力者には「典型的な赤はどれか」を指してもらう。これを焦点色(フォーカル・カラー)という。さらに「どこまでが赤か」という色彩カテゴリーの境界線も尋ねる。
この話を聞いて堀元は、子どもの頃に母親を困らせた経験を思い出した。赤と橙の典型的な色はわかる。しかし、どこで切り替わるのか、ここから赤だという瞬間を知りたいと食い下がったのだという。水野はこの疑問をもっともだと受け止めた。典型色がわかることと境界がわかることは、まったく別だからである。堀元は、光の波長が何ナノメートル未満なら赤だと言ってくれれば完璧だったと冗談を言い、水野に怖がられた。
バーリンとケイの出発点は、サピア=ウォーフ仮説への疑問だった。当時は「言語が話者の思考を決定する」という強い仮説が幅を利かせていた。この仮説に従えば、色の語彙がばらばらな言語の話者は、それぞれまったく異なる色彩世界を見ていることになる。マンセル・カラーチャート上でも、各言語の話者は好き勝手に線を引くはずだ。逆に境界線がおおむね似ていれば、強い仮説への有力な反論になる。
結果は二点にまとめられる。第一に、典型的な赤はどれかと聞くと、どの言語の話者もだいたい同じ場所を指した。第二に、カテゴリーの範囲には言語ごとに差があった。しかし、チャートの端の赤と、中間の緑を飛ばした先の青を同じ語で呼ぶような、飛び飛びの線引きをする話者はどこにもいなかった。水野は、「この言語は青と緑を区別しない」「赤という語彙がない」と聞くと別の世界があるのかと思ってしまうが、冷静に調べるとそうではなかった、とまとめる。
リストを眺めて見えた法則
面白いのはここからだと水野は言う。98言語の色彩語のリストを眺めていたバーリンとケイは、奇妙な現象に気づいた。青を持っている言語は必ず赤を持っている。色の語が二つしかない言語では、それは必ず白と黒である。色彩語の派生には法則性がある、という発見だった。
ここで問題になるのが「基本の色彩語」の定義である。バーリンとケイはいくつかの条件を挙げている。一つ目は単一の形態素でできていること。植物名から来た「紫」、「すみれ色」、「黄土色」は、何か別のものを手がかりに色を呼んでいるので除外される。堀元が挙げる例がなぜか紫系ばかりで、水野は堀元のメンバーカラーが紫だからではないかと指摘した。
一方の「青」については、藍から来たという説は否定されていると水野は言う。「淡い」から来たという説もよく流通しているが、以前ある先生に話したところ怪しいと言われたそうだ。いずれにしても植物由来ではなさそうなので、基本の色彩語に数えられる。
ほかの条件として、他の色彩語で代わりに表せないこと(黄土色なら黄色で代用できるので不可)、対象がごく狭く限定されないこと、心理的に顕著であること(色の名前を挙げてと言われて最初に出てくる傾向があること)が挙げられている。日本語話者はカーマインや留紺とは言わず、まず赤や黄色や白を挙げる。ただし、語源でさかのぼれる範囲には限りがあるし、心理的顕著性の定義も曖昧だ。どこまでを基本の色彩語とみなすかは難しい、と水野は留保をつけた。
白と黒から始まる発展段階
バーリンとケイが示した発展段階は次の通りである。
- 第1段階:黒と白を持つ
- 第2段階:赤を持つ
- 第3・第4段階:黄色と緑を持つ(順序はどちらでもよい)
- 第5段階:青を持つ
その先の段階として、青の次に茶色が来るとされている。
第1段階の実例がダニ語である。ゲストの黒島先生が出演した回にも登場した、言語学者の間で有名な言語だ。ダニ語の基本色彩語は、「明るい・まぶしい」という意味の白と、「暗い・曇った」という意味の黒の二つだけである。水野によれば、これはマンセル・カラーチャートを明るい部分と暗い部分で二分しているということで、赤いものは白の語で呼ばれる。赤を指せないわけではなく、別の語で代替しているだけだ。水野は、この言語の話者はおそらく不便ではないだろうと述べ、それを体感できる例を最後に紹介すると予告した。
この法則からは予測が立つ。赤を持たない言語が黄色や緑を持つことはない。色の語を三つしか持たない言語なら、それは黒・白・赤になる。黒・白・黄色の組み合わせはないし、黒のない組み合わせはかなり特殊だろう、と水野は言う。
色のイメージは文化が作る
堀元は、青の順位が低いことが直感に合わないと言った。戦隊ものではブルーがかっこいい役に当てられ、イエローは三枚目に当てられがちなので、ブルーのほうが偉いと思っていたからだ。水野によれば、それは後天的に色に結びついた文化である。英語話者にとって blue は憂鬱を表すことが多く、かっこいいというイメージはあまりないという。
さらに水野は、たしかアメリカのデータだったと断ったうえで、昔のアメリカの男の子が好んだ色はピンクだったと紹介した。ある時期から男女の色の割り当てがひっくり返り、今の「男の子は青、女の子はピンク」という常識は後からできたものだという。自然状態の小さな男の子はピンクを好むというデータも見たことがあるそうだ。ただし水野は、データの詳細は忘れたと明言している。堀元は、戦隊ものの黄色はカレーばかり食べている太ったキャラなので、子どもの頃は黄色い服を避けていたと振り返った。フィクションが社会に与える影響は大きいと二人は話した。
データを眺めて仮説を立てる才能
水野がバーリンとケイの研究を好むのは、着眼点のためだという。大量のデータを集めることと、それを眺めて一般化することは別の才能だ。水野はこれを、ジャーナリスト立花隆の出世作「田中角栄研究」になぞらえた。不動産や会社の登記簿、政治資金収支報告書といった誰でも入手できる資料を大量に集め、机で眺めて金脈政治を暴いた仕事である。データを集めることは凡人にもできるが、そこから仮説を立てる「アブダクション」には別の才能がいる、と水野は言う。
堀元も似た例として、自分の好きなSF作家の先生がnoteに書いた「47都道府県丸さランキング」を挙げた。国土地理院のデータで都道府県の輪郭が正確に取れることに気づき、「一番丸い都道府県はどこか」に決着をつけた記事だという。水野は笑いながらも、そのノリは好きだと応じた。
『基本の色彩語』への不満
持ち上げた後で、水野は問題点も挙げた。一つ目は例外が多く見つかったことだ。日本語も本の中では「疑わしいケース」として登場する。古い日本語には、青葉や「青々と茂った葉」のように緑を青と呼ぶ例が多い。緑と青の範囲を「青」一語でまとめているうえ、文献上も青のほうが緑より圧倒的に多く出てくる。これでは「緑の後に青が来る」という順序と合わない。
水野が一番気になったのは、日本語の基本色彩語に茶色と「だいだい色」が入っていることだった。だいだいは柑橘類の果物の名前であり、単一形態素という条件を満たしていない。水野は、ネイティブのインフォーマントがいたのは20言語だけで、98言語のサンプルの多くは文献とフィールドワーカーの情報に頼っていた点を指摘する。自分がわかる母語を見ただけでも、この記述でいいのかと思う部分があるという。
前回扱ったホメロスのギリシャ語についても、バーリンとケイは赤・白・黒・黄色の4色を持つ段階に当てはめていた。しかし前回見たように、ホメロスの色彩語は、ワインを飲んで酔ったときの揺れる感覚のような色以外の感覚も含めた、マルチモーダルな表現だった可能性がある。バーリンとケイはその可能性をあまり検討していない。灰色に近い語を黒として扱ったり、緑も指す語を黄色に分類したりもしていたという。
ただし水野は同情も示す。90以上の言語を扱えば限界はあるし、自分たちも前回まで古代ギリシャ語の色の扱いにこれほど注意が必要だとは知らなかった。扱いの難しさを知らずにたたき台を出せば、こうなるのも仕方ない、という見方である。
修正を重ねて複雑になったモデル
その後の研究では、このモデルでは説明できない事例が増え、法則は何度も手直しされた。1975年の研究では、元の形を保ちつつ分岐を増やす修正が加えられた。水野は前回も触れた色彩語研究者のアガバビアン先生に、英語論文で書かれた最新モデルを日本語で説明してもらった。すると、図はどんどん複雑になっていったという。
最新のモデルでは、四つの大原則からあらゆる言語の色彩語の発展を導く。水野が挙げたのは black and white、warm and cold、red、partition の四つである。partition は「人間は混沌としたものを区別したがる」、red は「赤は区別せよ」という原則だという。さらに正確に言えば、partition が適用されない言語が8%あるそうだ。こうした知見は2009年の World Color Survey などにまとめられている。
堀元は、シンプルなモデルのほうが面白かった、飲み会で披露しにくくなったと嘆いた。水野も、無数の言語を四つの原則から導くのだから説明力は大きいと認めつつ、最初のモデルがきれいすぎたと言う。今でも古典的研究として紹介されるときは、最初の「白と黒、次に赤」のモデルが使われることが多いという。
堀元は別の経験も話した。進化生物学者に、進化とは適者生存だと言ったところ、偶然生き残る場合もあるので現代のコンセンサスでは適者生存では定義できないと言われたそうだ。水野も、selection の訳語が東西で割れているという話や、言語学での taxis の訳語の揺れを挙げた。堀元が「全学問ストップ、学者を追放して本を焼く」と言いかけて焚書坑儒になりかけ、笑いになる場面もあった。それでも最終的に堀元は、つまらなくなったと感じたものの、学問の健全な歩みをリアルタイムで見ていると考えれば嬉しいことかもしれないと述べた。
認知的な裏づけ:開眼手術後の色彩語と子どもの習得
水野が調べて面白かったのは、目の見えなかった人が見えるようになったときに覚える色の語彙が、バーリンとケイの法則と「そこそこ」対応するという事実だった。「そこそこ」と言ったのは、完全には対応していないからである。
先天的に目が見えない人が開眼手術を受けても、すぐに色のある世界が実現するわけではない。色の名前を正確に使うには、どこまでが赤でどこからが違うのかという体系を覚える必要がある。子どもも、赤を教えた後で赤くないものまで赤と呼ぶことがある。水野は、子どもは自分が習得中の言語がどの段階にあるかを知らないのだから、ダニ語ならそれで正しかったかもしれない、と指摘した。言語を使いこなすには「何々を何々と呼ぶ」だけでなく「これは何々とは呼ばない」も覚えなければならない。これは言語習得の回とも共通する話だという。
加えて、見えるようになったばかりの人にとっては、どこからどこまでが机でどこからが椅子かといった物体の切り分け自体が難しい。そのうえで、物体が宿す特定の感覚だけを「色」と呼ぶのだと理解するのは容易ではない、と水野は述べる。
認知心理学者の望月先生は、生後10か月で失明した人に開眼手術を行い、その後に色彩語が使われるようになった順序を記録している。手術後しばらく経ってから最初に出たのは赤で、次に白と黒、その後に緑、茶色、青と続いた。黄色は非常に遅く、手術から2年3か月以上経ってから出た。赤が白黒より先に来ている点はバーリンとケイの順序と逆である。しかし、緑が第3段階、青が第5段階に当たる点は合っている。茶色が早いことも、モデルでは青の次が茶色なので矛盾しない。2年ほどで基本色彩語が出そろい、出現順もある程度モデルに沿っていることから、水野は認知的な裏づけとしてそこそこ説得力があると評価した。
アガバビアン先生も、博士論文を書いていた時期に育てていた娘が色を覚える順序を観察していた。最初は赤、次に白と黒、その後に青と黄色だったという。これは望月先生の報告と同じく、赤の後に白黒が来ている。子どもの場合は発音の難しさも関わるので一概には言えないが、発達過程でもバーリンとケイの順序に近いことが言えそうだ、と水野はまとめた。
これに対して堀元は、RGBで色を指定するときは緑が明るさに最も寄与するという話を聞いていたので、緑が優先されると思っていたと述べた。水野は、緑は色として見ると地味で暗いと応じた。二人は、光の明るさの話と人間の色の認知が噛み合っていない点を面白がった。
認識は普遍的、言語は多様
ここまでの話を水野はこうまとめる。マンセル・カラーチャートをどう切り分け、どこを焦点色と感じるかという認識は、人類で共通している。一方で、言語表現は普遍的ではない。ただし、言語には認識がある程度反映されるので、バーリンとケイのような一般化が導ける。
水野はこれを嬉しいことだと言う。認識は共通なのに、文化の一つである言語は一つにまとまらず、多様性が残っている。同時に言語は、人間というユーザーの認知に強く制約されてデザインされてもいる。堀元も、ゼロから設計できるなら典型的な青と典型的な赤だけを一語で呼んでもいいはずだが、認知の縛りがあるからそうなっていない、と応じた。
水野は、これは異文化理解にも役立つと考えている。相手が「赤」と言えば自分にも赤がわかる。しかし、相手の国のある色の範囲は自分の母語とは違う。共通点と多様性の両方を押さえることが、異なる文化の人と接するときのちょうどよい構えだという。強い仮説のように完全に噛み合わないわけではないので、分かり合うきっかけはある、というのが水野の見方である。
色の語彙が少ない言語は劣っているのか――味のチャートのたとえ
最後に水野は、色の語彙が乏しい言語は劣っているのかと問いかけた。堀元は、白と黒しか言えないのは制約が大きい、劣っていると思ってしまうかもしれないと答えた。
水野が示したのは次のたとえである。未来から高度な技術を持つ人類学者がやってきて、21世紀の日本に暮らす堀元を調査する。人類学者は、マンセル・カラーチャートならぬ「味のチャート」を持っている。二つの謎の軸に沿って1024個の味のチップが滑らかなグラデーションで並び、つまみ上げると味が再現される。堀元はそれぞれを日本語でどう呼ぶか答えていく。甘い、しょっぱい、苦い、甘酸っぱい。おそらく人類学者は、この「未開人」の味の語彙の乏しさに驚く。これほど多様な料理があるのに、なぜ少ない語彙と「何々に似ている」という貧しい比喩しか持たないのか。そして、この時代の日本人の味覚は発展途上だったと結論づけるだろう。
ところが、「甘い」の範囲の中から大きく離れた二つのチップを渡すと、堀元はきちんと区別できる。隣り合ったチップでさえ、それなりに区別できる。人類学者が「なぜイチゴに似た味を区別する語彙を持たないのか、不便ではないのか」と尋ねたら、どう答えるか。堀元は、今とても快適に生きているのでいらない、と答えた。これを色に置き換えればいい、と水野は言う。
さらに水野は、この未来人が味を人工的に操作してグラデーションを作れたように、現代人は色を工学的に操作できるという点を指摘した。堀元はここで自分の仕事の話をした。色はRGBで指定しろとよく言っていて、番組のサムネイルのフォントや背景の色も全部決めてブレないようにしている。それは未来人の味の扱いと同じことをしている、と堀元は気づいた。水野は、RGBもマンセル・カラーチャートも一度も見ずに一生を終える日本人は同時代にもいくらでもいると指摘した。堀元も、他人に「赤なんて言うな、#FF0000と言え」と言ったことはないと認めた。語彙は必要に応じて生まれるものなのである。
水野によれば、この話は過去の食レポの回とつながっている。食レポの回では、なぜ味は細かく言い分けられないのかが問題だった。色はその裏返しだ。色は工学的に操作できるようになったので細かく言い分けるようになった。そのレンズを持った私たちが、色を工学的に操作しない文化の人々に「そんな貧弱な語彙でどうやって生きていけるのか」と問いかけてしまっている。未来人に味の語彙の貧しさを指摘されれば腹が立つだろう。だから、色の語彙が乏しい言語は劣っていない、と水野は結論づけた。「なぜ水色と紺を分けないのか」と外から問うのは、「なぜ甘いとしょっぱいのような雑な語彙しかないのか」と未来人に言われるのと同じだという。
堀元は、未来人に聞かれたら存在しない語を毎回でたらめに答えて撹乱してやると冗談を言った。水野はこれを受けて、実際に文化人類学者が現地の人と信頼関係を築けないまま調査し、からかい半分の回答を真に受けて調査が狂った話を聞いたことがあると述べた。フィールドに出る前に心構えを叩き込まれるのはそのためで、異文化に接するときにも同じことが言えるという。
なお水野は、この味のたとえは自分の独創ではないと明かしている。出典はガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』である。読書案内として水野は、読みやすさの順に今井むつみ『ことばと思考』(岩波新書)、ドイッチャーの同書(ハヤカワ文庫)、翻訳版の『基本の色彩語』を挙げた。読書に慣れていて色についてがっつり知りたい人は、逆の順で読んでもいいという。
工学が語彙を増やす――音楽と味覚の未来
情報工学を専攻していた堀元には、工学によって色の語彙が急に増えたのではないかという話が強く刺さった。堀元は同じことが音楽にも言えると考える。かつて出せる音は楽器に制約されていた。ギターの弦と弦の中間の弦はないので、音は離散的になる(ちなみにこの場面で堀元は弦の本数を言えず、水野に突っ込まれている)。しかし打ち込みで作曲する現代音楽では、632Hz、1543Hzといった任意の周波数の音を出せる。心地よい音を前提とした楽器の枠が外れ、不快な音も含めて可能性が無限に広がった。堀元は、音楽はいずれ楽譜をやめて周波数で奏でるものになるかもしれないと考える。そうなればRGBの色と同じように語彙も膨らむかもしれない。水野は、油絵ではできなかった表現がデジタル描画ならできる、という例も挙げた。
水野によれば、味覚についても任意の味を作る技術が研究されている。まだ途上の部分が大きいが、数十年、数百年すれば工学的にどんな味でも再現できる時代が来てもおかしくない。そのとき語彙は爆発的に増えそうだ、と二人は予想する。
音楽用語については、堀元がモデラート(適切な速度で)やカンタービレ(歌うように)は曖昧すぎると冗談を言った。ただし堀元は、以前この冗談を言い続けていたら音楽をやっている人たちからきちんと意味があると説明され、今はそう思っていないとも付け加えた。文脈を知らずに茶化すのは危ないという話である。
回の締めくくりに水野が投げかけたのは、工学的にどんな味でも作れるようになったとき、私たちは味について何を語るのか、という問いだった。水野はこれを、答えの出ていない気になる問いとして残した。
ゆる言語学ラジオ。
ポストイットってありますね。はい。あれどうやって開発されたのかってご存知ですか?なんかあれでしょ?接着剤作ろうとして、なんかすぐ剥がれるなみたいなやつできちゃったんだけど、これ逆に付箋に使えるんじゃねってなった。
そうですね。強い接着剤を開発しようとしたら、弱いんだけど何度も貼り直せる接着剤ができちゃって、それを生かしてポストイットが生まれたと。うん。有名な話ですね。
これ、色の研究でも似たようなことが起こったんですね。ほう。つまり、あることが気になって世界中の言語の色を調べた研究者がいたんだけど、そのリストをずっと並べて眺めてたら、全然別のすごい発見を導いたという。うん。そんな色研究のセレンディピティみたいなことが起きたんですか?そうですね。で、その見つかった全然別の発見ってのも大変に面白いので、今回はそんな話をしていきたいと思います。はい。
前回はホメロスの色の語彙遣いがおかしいという事実をまず取り上げ。ワイン色の海みたいなやつですね。そうですね。で、そこには理由があったんだよという話をしました。その最後の方に次回予告をしたんですけれども、それはホメロスの色遣いについて、今見たら間違ってる説を唱えたグラッドストンの仮説というのが、ある一面においては正しかったんだという話をしたんですよね。昔の人は色わかんなかったのかっていう衝撃の引きね。はい。そうですね。
ということで、まず当時の人たちが考えたのは、昔の言語の色を調べてみようというアプローチですね。ある色を表す単語ですね。日本語で直すなら青とか黄色とか緑とかありますけれども、この語源を深く遡ったらどうなるっていうことをまず考えたんですね。あ、全然考えたことないの。
紫とかって、例えば語源何かご存知ですか?ああ、全くわかんねえ。紫、あれですよね。ある村の先にやたら紫色の花が咲いていたから紫ですよね。当たらずといえども遠からずですね。はい。マジ?僕が知ってる語源説で言うと、紫ってそもそも植物の名前なんですよね。あ、そうなの?それは知ってますか?知らない。こういうなんか白い花が……。白い花って言っちゃってるじゃん。紫じゃないじゃん。ですけれども、これが紫で。うん。白いけどな。どういう理屈か、ただ、この紫っていう植物から色は来てるはずで。へえ。
で、じゃあなんでこの紫が紫っていうかというと、群がって咲くから紫なんだっていう語源説を聞いたことは……。へえ。でも白いけどね。あ、そうですね。どういう理屈でこれ紫色の語源だったの?そう。ここが分かるとグッとゆる言語学ラジオは面白くなるんですよね。だからそうそう。それ教えて。え?それグッと面白くしてよ。その、ラスト一さじ。ここがね、ぬかりがある。それが、ぬかりって普通ないのよ。ぬかりがあるってあんま言わないのよ。あ、抜かったね。お前抜かったな、今。こんな抜かってるやつ久しぶりに見たわ。すごいね。
さすがに締めましょうか。ちょっと抜かりのミスが今全部出てましたね。分かりました。あの、根っこが紫ですね。ああ、なるほど。花は白いんだけど根っこが紫色なんだ。はい。なので、ここから紫って言われるっていう風にスパッと説明できると、言語学ラジオってのはもっと面白くなるはず。そうですね。今のところにこんなくだりいらなかったですからね。抜かったね。そうですね。そう。引きで見た時にはですよ、僕がもっとうまくなればいいなと思いました。そうなんだよ。もっとうまくなってくれよ。これ紫の話振るんだったら、それちゃんとインプットしてから言って。今俺引きで見てるから、演者の方がもっとうまいといいなと思います。ちょ、引きで見るな。お前なんだから。お前はお前の主観で生きてるんだから、ちゃんと自分の主観を生きてください。
ああ、失礼しました。ま、ともかく紫色みたいなものだったら、植物の根っこから名前が来てると。で、ありがたいことに、日本語に比べてインド・ヨーロッパ諸語はより昔まで結構遡れるんですよね。ほら、多田先生が来た時とかにさ、英語の語源で言うとこうこうこうでこうなってて、こうなんだけど、インド・ヨーロッパ祖語にまで遡るとこんな共通の語根があったと言われている、みたいな話だったじゃないですか。そのインド・ヨーロッパ祖語まで遡るってことは、もう全然紀元前よりもっと前まで行ってるので。はい。かなり昔まで戻れるんですね。
ということで、先ほどの文献学者のガイガーという人が、近代ヨーロッパ諸言語の「青」って単語の語源をざっと調べてみた。うん。ふん。ま、英語とかドイツ語とか。ブルーの由来みたいなことやね。そうですね。ブルーって何から来てるんだろうみたいなのをヨーロッパ諸語でざっと調べてみるとですね、黒、ブラックですね、を表す語から派生したケース。はあ。これが多数派で。はあ。あ、え、黒と青出てきてんの?まずいでそんなことしたら。そう。で、少数派は緑を意味する語から派生したっていう。はい。え、青って最初から青じゃないの?っていう示唆がここで得られるわけですね。やば、そうなん?なので、青はまだ独立した1つの概念として意識されてなくて、インド・ヨーロッパ諸語の昔の世界では黒とか緑に包含された時代があったのかもしれないということを言ってるんですね。
青が今アイデンティティクライシスになってますよ。あ、そうだよ。そう。独立した個人として生まれてきたと思ったのに、え、俺は黒だったのかみたいな。黒の隠し子みたいなね、感じになって。で、ただ青と黒が語源的に近接してるというか、合体してるってのは、ヨーロッパ以外の言語、中国語なんかでも見られるってことが記述としてはありました。
へえ。え、てか聞いてて思ったけどさ、ブルーとブラックってさ、両方BLから始まるじゃん。はい。だからここ、現代英語にも残ってるってこと?調べてみましょうか?そうですね。そのBLが共通してるっていう指摘はあっていて、それは共通のインド・ヨーロッパ祖語の語根から派生しているっぽいですね。確かに。じゃあ、黒と青は同じグループだね。そうですね。
今回の話ね、聞いてくとどんどん頭こんがらがるんですけど、この青とか黒を表す語根ってのは「輝く」とか「燃える」とか、なんかそんなような意味を持ってたらしくて、そのせいでですね、ギリシャ語とかだと「白い」を表す語にこの語根が使われていたりだ。まずい。まずい。これ、青と黒はまだイメージ近いからいいけど、黒と白一緒だったらやばいよ。はい。そうですね。その白く輝く、明るく輝くみたいなところから「白い」になったり、あとウェールズ語だと灰色とかに。うわあ。大パニックだ。なっていたりと。まずいね。そう、こういう事実が見られるわけですね。同じパーツが黒にも青にも白にも灰にも使われてるってことでしょ。そういうことです。困るね。
こんな事実を見るとさ、昔の人って色の感覚が現代人よりも乏しかったんじゃないかって気はちょっとしてきますよね。もう1個、黄色を見てみましょうか。はい。後に黄色を意味することになる語ってのは、赤みがかった色っていうのを意味する語からの派生だったという事実も見られ。黄色も今アイデンティティクライシスですね。「俺、赤なん?」ってなってるよね。
そう、そうです。だからこの調査したガイガーは、黄色よりも前の時代って黒と赤しかない、ああ、そういう二元的な状況があったんじゃないかと言っているんですね。そう、確かに青も黒から出てきてね、黄色も赤から出てきてるんだったら、黒と赤だけで全部いけそうか。そうです。青と黄色はそこに飲み込まれていたっていう風にガイガーは言ってるんですね。で、さらに語源学を使って古くまで遡ると、黒と赤さえ合体して、え、何か色のついたものみたいな曖昧な概念に行きつくみたいなんですよ。へえ。だから盤石だと思われたアイデンティティの黒と赤でさえ、え、俺たちって色がついたものだったのってなってるのか、今。そういうことですね。
ということでガイガーの結論は、色の知覚ってのは最初は赤に対する感度が出てきて、続いて黄色、そしてその後に緑が来て、最後に青と紫に対する感度ができて終わり、みたいな仮説を出し、世界中の様々な文化においてこれが同じように進んでいったんだって結論づけてるんですよね。うん。だからガイガーの言ってることは、人間の感覚がどんどん発展していったっていうことですか?あ、そうです。そうです。それすごい主張だよな。イメージ的には、進化的にどのように色覚を得ていったのかという順序の示唆をしているわけですね。はい。いやあ、信じがたいけどね。信じがたいですね。古代人も同じように色見えてるやろって気するけどな。あ、そうですか。そう、堀元さんの言ってることはおっしゃる通りで、ホメロスの時代とか、インド・ヨーロッパ祖語が話された時代があったとして、そこから現代までで進化ってそんな速度でするっけっていう問題もありますよね。そう。そんな数千年で変わんないでしょ。
この調べたかった人たちが目をつけたのが未開の地の人たちだったっていうところで前回の回は終わってるんですよ。だから、こっからはそれについて詳しく話していきたいと思います。この調査が盛り上がってた時代は、世界各地からですね、未開のフィールドに宣教師とか探検家が出かけていった時代でもあって、現地の人々の色覚や色の語彙を調べる調査を彼らが手伝ってたみたいなんですよ。なので、現地で調査をしてもらって、その調査表を送り返してもらうという、そういうフローで色に関する調査を進めていたんですけど、そこでもですね、未開の人たちが色について話す時には、グラッドストンとかガイガーが言ってるような色の混同が同じように見られたらしいんですよね。へえ。だから青を青だと認識してなさそうだ。そうです。例えばそこに出てきたのは、緑と黄色を頻繁に混同するとか、あるいは青と緑を頻繁に混同するというような話が出てくるんですよね。
だから、ガイガーが語源的な痕跡から結論づけた進化の順序ってのが、すごい証拠を得たんだという風なムードが高まるんですよね。うん。なんか合ってそうだもん。そうですよね。すごいよね。ガイガーとグラッドストンって、だってホメロスの研究とか印欧語の語源的な研究から、そこまでの精度の仮説を出したわけじゃない。
なので、この2人どうなったかというとですね、めっちゃ批判されました。あれ?あれ、話が違うな。話違うよね。めっちゃ合ってるじゃんみたいになりそうだけどね。なぜ批判されたのかと言うとですね、よく聞いて欲しいんですけど、確かに例えば青色とか緑色とか茶色とか灰色みたいな語彙を持っていない人々はいっぱいいたんですよ。うん。ただ、色覚が欠けているっていう結果は全然返ってこなかったんですね。ほう。つまり、色の違いが知覚できなかったっていうデータは全然ないんですよ。ああ、なるほど。語彙がないのと、知覚できない、区別できないは全然別なんですね。ま、それそうだよね。この色とこの色違うって聞いた時に、違う色だねってなる。そうなんですよ。はあはあ。語彙がないだけなんだ。だからガイガーの結論って、色の知覚って赤があって、次いで黄色があってみたいに、どんどんあって、最終的には青とか紫色をゲットして終わるんだみたいなことを言ってたんですけど、彼は色の語彙と色覚を混同して喋っていたんですね。
え、でもさ、さっきのさ、黄色と緑を頻繁に取り違えるみたいなやつって、黄色と緑見せてどっちでしょうみたいなテストをしたんじゃないってこと?ちょっと調査の詳細忘れたんですけど、例えば、この色って何色って聞くとか。ああ、だからもう本当に語彙を聞いちゃってんだ、ずっと。あ、そうですね。はい。はあはあ。だから、違いを見分けさせたりとか、あるいは記憶を保持させるって時って、その語彙があるとさ、その語で覚えられるからさ、違いとか記憶って増強されますけど、語彙がないと記憶ってちょっと増強しづらい部分もあるので、そういう色の語と色の知覚ってのを切り分けて考えると、明確に齟齬があったっていう話ですね、ここまでは。
なるほど。だから、黄色っていう語も緑っていう語もない人に、このカードの色覚えといてって言われて、翌日聞かれても、うわ、なんだっけなってなって間違えてるだけの可能性があるわけ。そういうことですね、イメージとしては。で、これはホメロスをはじめとする古代人にもやはり同じことは言えて、色の語がなかったとしても、色はきっと区別できたんだっていう話なんです。なるほど。語がないだけでしょうということですね。
はい。そしてこの後にですね、色の研究といえば必ず引かれる記念碑的な論が打ち立てられたんですね。ほう。それが、ブレント・バーリンという研究者とポール・ケイという研究者による1969年の論文ですね。うん。この『基本の色彩語』という、はい。はい。はい。本なんですけれども。なんかの回でも出てきた気するな。あ、そうですか。これはもう本当、色彩研究の金字塔みたいなものでして、こっからちょっとこの『基本の色彩語』の研究を紹介していきたいと思います。この論で俎上に上げたのは98言語でして、日本語も含まれていました。で、色の語に関して、文献とフィールドワーカーからの情報を元に調査して、うち20言語はネイティブスピーカーのインフォーマントがいたと。なるほど。なるほど。だから、もう色一覧みたいなものを頑張って作ろうとしたわけですね。
そうですね。具体的な調査方法としてはですね、マンセルカラーチャートと言われるものがありまして、ちょっと今画面には出しますね。堀元さんには手元で見せるので、ちょっと言葉で説明してもらえますか?これがマンセルカラーチャートなんですけど。はい。だから、ちょっとずつ違う色が大量にずらっとパネルで並んでて、この色が何色ですみたいのを指し示しやすくなってるのかな?そうですね。左に赤い色があって、真ん中から黄色、緑と移って、青、紫とかピンク色っぽい風にグラデーションがずらっと並んでるようなものを見せてですね、例えば典型的な赤色を指してくださいとかっていう風に聞くんですよ。なるほど。はい。はい。あ、面白そう、その実験。これ焦点色、フォーカルカラーと言うんですけど、この各色の焦点色を聞いていくんですよね。うん。だから、1番典型的な赤みたいなね。はい。それから、あと色彩カテゴリーの境界線、つまりどこまでは赤ですか?っていうものも聞いていくと。
はい。なんか懐かしいな、それ。俺、小学生の頃親に聞いて困らせたことあるわ。うん。うん。赤色と朱色どう違うんだと。で、ま、こういう色が朱色で、こういう色が赤色だよみたいなのを、うちの母が典型的な色を言ったんだけど、それはどこで切り替わるんだと。うん。うん。ここからが赤だという瞬間を俺は知りたいんだって言って途方に暮れさせたことがあります。でも最もな疑問です、それは。はい。理屈で考えたらね、赤色と朱色の典型的な色が分かることと、赤色を朱色と呼ばないこと、あるいは朱色を赤色と呼ばないことって全然違いますからね。そうだね。
だから、うちの母は途方に暮れてましたけど、あれはちゃんと波長で言ってくれたらよかったですね。光の波長が何ナノメートル未満の時は赤色だみたいなこと言ってくれたらね、完璧でしたよね。怖くないすか?怖くないですか?怖いすね。怖い。俺機械じゃねえから、そんな教え方しないで欲しいですね。
でもこれ、マンセルカラーチャートは四角のブロックがこう並んでいますけれども、これブロック取ったらさ、要はグラデーションみたいに見えるじゃん。で、その時に朱色はここからこのエリアだよみたいに円とかで示してくれれば、もうちょっと分かりやすかったかもしれないですね。そうです。そうか。うちの母に必要だったのがこれだったんだ。マンセルカラーチャートがあれば、ま、もう少し説明しやすかったかもしれない。
で、その98言語の結果を記述したのがこの『基本の色彩語』になるんですよ。はい。なので、パラパラ見てもらうとですね、なんかいろんな言語の色の説明とかがあって面白いんですよね。めっちゃ聞いたことない言語いっぱい載ってるわ。ブッシュマン語とか、バタ語とか載ってますよ。あ、知らないな。すごいね。ダザ語。あ、全然知らない。知らないこともいっぱいあんだね。で、なんかこの言語ではこの色はこういう風に言いますってのがずらっと書いてあるんですよね。
でね、ポイントはですね、『基本の色彩語』を研究したバーリンとケイはですね、研究のスタートはサピア=ウォーフ仮説に疑問を覚えたっていうところから始まったんですよ。サピア=ウォーフ仮説ってあれですよね。各言語が話者の思考に影響を与える。そうですね。特にこの時期には、サピア=ウォーフの強い仮説と言われるものが幅を利かせていて。なんだっけ?強い仮説って。言語が話者の思考を決定する。あはは。だからもう逃れられないみたいな。そうです。弱いのが「影響する」なんですけど、強いのが「決定する」で、これ何が違うのかって言うと、決定するという主張の場合は、話者ごとに全く違う世界を見ているんだという主張になるわけですよね。とすると、色の語彙がそれぞれバラバラなのだとしたら、全く異なる色彩世界を日本語話者と中国語話者と英語話者それぞれが見ているのだと導けますね。あ、なるほど。なるほどね。で、またこの強い仮説に従うならば、色の分け方というのも完全にそれぞれの言語によって異なると。だから、先ほどのマンセルカラーチャートで言うならば、各言語の話者は好きに線を引くのだっていう風に主張していたんですね。はい。はい。
バーリンとケイは本当かなと思ったと。つまり、この調査で言うならば、色彩カテゴリーの境界線が大体似通っていれば、サピア=ウォーフの強い仮説への強力な反論になりますね。ああ、そうだね。だって、大体の人は見てる景色は多分一緒なんじゃないかってことが分かるわけですもんね。うん。そうですね。だって色の語彙のマッピングが似ているのであれば、似た世界を見ているっていう話になるのだから、いっぱい言語を調べてみたのが彼らの研究なんですね。あ、なんか面白そう。
はい。で、調べてみたら、やっぱりなんか2点ですよね。焦点色、例えば典型的に赤らしいと言われる赤は何ですかって言うと、大体どの言語の話者も同じ場所を指し示すんですよ。へえ。それから、色彩のカテゴリーも、言語ごとにこれはさすがに差があるけれども、完全に恣意的に分けるってことはしなくて、例えばこのマンセルカラーチャートで言うなら、端っこの赤色と、中間のこの緑ラインを飛んで青のことをAと呼ぶみたいな、好き勝手な線の引き方をする話者ってのはどこにもいなかったんですね。はいはい。面白い。だから、やっぱりある程度似た色、俺たちが見ている似た色は誰が見ても似た色であって、全然違う色をまとめることは全然ないんですね。そうですね。全然違う色をまとめた色彩語みたいなのはなかなか見つからなかったというのが結論ですね。なるほど。まあ、やっぱ同じ人間ですからね。そうです。見てる景色一緒そうだもんね。はい。
ただね、〇〇という言語は青と緑色を区別しないんだとか、赤色という語彙がないんだっていう事実をショッキングに受け止めると、もしかしたらそんな世界もあるのかもなと思ってしまうのもわからなくはない。そうだね。確かに。確かに。ただ、実際冷静に調べてみると、そんなことはなかったと。ふんふんふん。
っていうこの時点で面白いんだけど、面白いのはこっからで、彼らが、じゃあ98言語にどんな色の語彙があるかっていうリストをずらっと眺めていたらですね、気づいたんですよ。それはですね、あれ、青を持ってる言語って絶対に赤を持っているなとか。それ面白いぞ。熱い気づき。2色しか持ってない言語って白と黒しかありえないなとか。へえ。そういった奇妙な現象に気づくんですね。面白。面白いな。色の優先順位みたいなのが見えてきたんだ。はい。まさに、色の派生には法則性がある。おいおいおい。それそれそれ、そういうの。そういうのそういうのよ。聞きたいのは。ということに気づいたんですね。そういうのよ。冒頭のぬかりが嘘のように面白くなってきましたね。ひどかったですからね、紫の説明するところ。
緑の葉っぱと白色の花なんですけどもね、紫の語源みたいでして。うん。なんで紫なのか教えてくれよ。引きで見ると、話者である僕がうまくなった方がいいと思います。引きで見んだよ。主観でなんとかしろ。反省して落ち込んでもっと。あ、だから反省した方がいいすよ、その話者の方。違う違う。お前だよ。お前なんだよ。私ですか?主観的に反省してほしいな。引きで見ないで。反省します。
え、ちょっとここから少し用語を出しますけれども、この論に出てくる「基本の色彩語」というやつね。これ何なんっていう、色彩語と何が違うのと。いくつか条件をバーリン&ケイは言っていて、1つは単一の語素でできている。はあはあ。単一の語素というのは、例えば紫って「群がって咲く」の紫だし、ま、元々植物を指して言いましたよね。これ、要は植物を転用して色を呼んでいるわけです。これとかは基本の色彩語には入れないという。だから日本語の紫は基本の色彩語ではないということになるわけですね。だから、すみれ色とかもそうですよね。すみれ色もダメですね。すみれと同じ色してるって言ってるだけだから、基本の色彩語じゃないと。そうですね。心なしか堀元さん、自分のメンバーカラーである紫色ばっかりあげますけど。あれ、確かに無意識にそうだったわ。めっちゃ来てるから。ラベンダー色。紫ばっかりだな。で、分かるわかる。黄土色とかもダメですよね。そうですね。黄色い土っぽい色は禁止ですよね。はい。はい。
で、逆にさ、青とかさ、語源わかる?あ、でもそれあれじゃないんだっけ?藍なんじゃなかったっけ?藍説は否定されてると思いますね。あ、そうなんだ。そうか。藍染めの藍から来てんのかなと思ったけど、違うのか。そう。なんかね、「淡い」っていうのから青なんだというのがよく流通してるんだけど、昔、先生に話したら、なんかそれ結構怪しいよって言われたんで、ごめんなさい、日本語の基本の色彩語の語源説については、補足が必要だったら補足しておきますけれども、いずれにせよ植物から来てるわけじゃなさそうなんですね、青とか赤とか。なるほど。じゃあ基本の色彩語なわけですね。これは基本の色彩語にカウントすると。
他にもいくつか条件をつけていて、他のどんな色彩語でも代わりに意味することができない。例えば黄土色だったら黄色で大体できるからダメだよねとか、対象がごく狭く限定されないとか、あとは心理的顕現性があるとか言っていて、聞いて思いつく色彩語の中で初めに出る傾向がある、みたいなのも基本の色彩語の条件に加えているんですよ。だから、日本語で色っていうとどんな言葉があるって言った時に、カーマインとか言わないじゃないですか。言わないですね。はい。どどめ色とか。なんかないですね。やっぱ赤とか黄色とか白とかが出てくると思うので、この手のものは基本の色彩語の条件を満たすと。なるほど。で、ただ、やっぱ語源で遡れることにも限りはあるし、心理的顕現性って、じゃあそれ定義として何なんていう、俺もそれちょっと気になりました、問題もありますから、どこまでを基本の色彩語と見なすのかってのは結構難しいところではある。はい。はい。と、ただいずれにせよ、この基本の色彩語の派生には法則性があるんだってのがバーリンとケイの主張なんですね。オッケー。
一応発表しますとですね、ちょっと2パターンあるんですけど、最初は一緒なので順に行きますね。1個目、第1ステージ。黒と白を持つ。うん。なんかめっちゃありそう。これ、実際黒と白しか持ってない言語あるんですね。へえ。それがダニ語です。ああ、ダニ語な。あ、でもなんか聞いたことあるぞ。ダニ語どこで聞いたんだっけ?これは、ゆる言語学ラジオで黒島先生が来た時に言った、言語学をやってる人間の中でやたらと有名な……。出てきた。出てきた。はいはいはい。あ、そうか。その回か。はい。その回、なんか知らん言語の名前いっぱい出てきたわ。ホピ語とか。聞いた。聞いた。
はい。ここですね。だから、第1段階システムっていうところにグム・ダニ語、ま、ダニ語ですね、これが出てくるので、これは白と黒しか持ってないですね。ま、だから、明るい、眩しいみたいな意味のものと、暗い、曇っているって意味を持つこの黒色。この2語が基本の色彩語なのだという風に出てくる。ちょ、思いきりすぎじゃないですか?2語でいける?白と黒でいけんだ。ここにも書いてあるけどさ、白って明るいっていうニュアンスもあるので、赤色とかも白を表す語で呼ぶと。そう、要はマンセルカラーチャートの暗い部分と明るい部分でぶった切ってるって話なので、赤色を指させないわけではないですね。別の色彩語で代替しているだけなんで。最後の方に話しますけど、この白と黒しか持ってない言語の人たちが大変か大変じゃないかを追体験する、めっちゃいい例あるので、最後に紹介します。それは……。はい。はい。いずれ、多分不便じゃないと思います。
あ、そうなんだね。ま、第1段階の人でもね、「白黒はっきりつけようぜ」は言えるわけだから、問題ないかもしれないですね。うん。うん。何を言ってんですか?ちょ、いらなかったですかね。この合いの手、何かを出さなきゃと思って、白と黒、あ、白黒だと思ってね、言ったんですけどね。必要はなかったですね。そう。引きで見るといらなかった感じがします。主観で見てもらえねえんだよ。なんで引きで見るんだよ、1回。
はい、じゃ、次ですね。第2ステージ。白と黒を持ってる言語は、次に何を持つと思いますかね?え、さっきのあれは赤でしょ?はい。そうですね。赤を持つんですね。で、この後のステージですね。ここはちょっと分岐するんですけど、第3、第4ステージの順序が逆になるってだけなので大した分岐じゃなくて、要は赤の次には黄色と緑を獲得するんだけど、この順番はどちらでもいいって言ってるんですね。あ、だからそこは僅差みたいなことだ。はい。だから、赤の次に緑、黄色と行くところもあれば、赤の次に黄色、緑と行くところもあって、その後に来るのが……。なるほど。えっと、青になるということですね。ああ、だ、青の優先順位が低いのも決まってんだ。そう、そうなんです。
不思議だねえ。直感と合わない。俺、やっぱさ、戦隊物とか見てさ、ブルーって結構かっこいいやつに当てられがちだからさ、で、イエローってなんか三枚目キャラに当てられがちだからさ、ブルーの方が偉いと俺思ってて。うん。うん。それはでも後天的な、ま、そうか、色に紐づく文化なんですね。これ文化学習なのか。はい。もう僕、色のこと調べすぎてですね、もうその話いくらでも喋れるんですけど、例えば英語話者の方って、ブルーにかっこいいイメージないんですよ、あんまり。あ、そうなんだ。なぜかというと、ブルーって言うと、心理的に憂鬱なことを指したりすることが多いので。そっちに使うね。我々の感覚で青を使うと、1対1対応してないことが多いみたいですね。へえ。そうなんだ。クールなイメージですけどね、青。僕もそのイメージあるんですけどね。
もっとインパクトの強いことで言うと、確かこれアメリカのデータだったと思うんですけど、昔ってアメリカの男の子が好んだ色って何色かと言うと。え、なんだろう。でも、だから青じゃないでしょ。ピンクなんですね。ええ。ええ。え、大穴。というデータがあって、これがある時期から男女がひっくり返った。だから確か女の子は逆に青とかそういう色だったんじゃないかな、的なデータ忘れちゃったんですけど。そう。それがある時期から、ピンクは女の子のものだという、逆に男がピンクを使ってるのは情けないとか、男の子は青が望ましいとか、そういった後から出てきた文化的な常識みたいなもので、今は男の子といえば青とか、ふーん、女の子といえばピンクみたいになっているので、自然状態のちっちゃい男の子とかってピンク好きっていうデータね、見たことあるんですよね。へえ、面白い。全然想像つかなかったわ。僕もイメージ湧かないですけどね。自分がちっちゃい頃ピンク好きだったかというと全然好きじゃなかったけど、ま、それもね、日本の色彩に対する文化に染まっていたので、原初の感覚はわかんない。
うわあ、面白え。てかさ、僕、だから子供の頃黄色が嫌だったもん。でもそれなんでかなと思ったら、完全にそれも戦隊物で、戦隊物の黄色ってさ、太ったさ、やたらカレー食ってさ、「おいおい待ってくれよ」みたいな喋り方するやつだから、なんかかっこ悪いなと思って、黄色い服とか避けてたわ。うん。ああ、そうなんですね。うん。だ、それとかも完全に戦隊物とかのイメージですよね。そうだね。だ、やっぱバカにならないよね、フィクションっていうのも。本当だね。社会にめちゃくちゃ影響与えてるな。
そうですね。ま、ちょっと話を戻すと、この色の発展のパターンですね。おさらいすると、黒と白を持っている。次に赤を持つ。で、その後は黄色と緑が任意の順番で現れて、最後に青が来るという、順に進むというのがポイントでして、だから赤を持ってない言語が黄色や緑を持つことはないし、仮に3色しか持ってないのだとしたら、えっと、黒と白と赤になるとかっていう風に予測が立つわけですね。ああ。だから、黒と白と黄色とかを持ってるところはないってことですね。ないですね。うん。しかも、黒と青と黄色とかはもっとないと思いますね。黒と対になる色がないとか、かなり特殊だと思うということですね。
ということで、このバーリンとケイの研究、僕めっちゃ好きなんですけど、まずやっぱ着眼点がすごいっていうのがあって、いっぱいデータを集めて眺めた後にそれを一般化するってのって、別の才能だと思うんですよ。データを集めることとは違う才能が必要で、僕これ、ジャーナリストの立花隆っていう、宇宙とか生命とかに関心を持った、ものすごい「知の巨人」って言われる人の出世作ってご存知ですかね?あ、わかんないかも。「田中角栄研究」っていう文藝春秋に載ったレポートが彼を有名にしたんですけど、これ、不動産とか会社の登記簿とか政治資金収支報告書といった誰でも手に入る資料を大量に集めさせて、で、立花隆が机に座って、その大量に集まってくるデータをずらっと眺めて、田中の金脈政治を暴き、田中が失脚したという。すごい仕事だな。そう、それに似てると思う。そうだね。つまり、データを集めるってのは凡人でもできるんだけれども、その後にそれをじっと眺めて仮説を立てるという、アブダクション推論するという、そこはやっぱり才能が別で必要になるので、立花の田中角栄研究の感動に似たものを、バーリンとケイの研究にも僕は感じたんですよね。
いや、そうだね。僕の大好きなSF作家の先生がいるんですけど、その方が大変いいnoteを書いていて、国土地理院のデータで都道府県の輪郭とかがかなり正確に取れるということに気がついたから、これでみんなの気になっているあの議論に決着をつけられますってnote記事を書いてて。はあ。とうとう決着、1番丸い都道府県はどこだっていう記事を書いたんですよ。はい。その国土地理院のデータっていう誰でも手に入るものを使って、みんなが気になっている疑問、今1番丸い都道府県はどれだ?これに決着をつけたって素晴らしい記事で、同じことですよね。はい。先生がご覧になったら……。確かに。でも僕はそのノリ好きです。あの人冗談通じるから、それ全力でボケてました。素晴らしいですね。で、どうせちゃんと、なんか近似とか取って丸さとか……。そう。めっちゃ大変そうだって。プログラムめちゃくちゃ作って、年末年始休みがあるからこういうことができるんですよって言ってました。かっけえな。先生かっこいいです。ボケ散らかしてましたね。
ここまでちょっと持ち上げたんですけど、一方ですね、色々問題はあって、1つは例外がいっぱい見つかったっていう。うん。あ、そうなんだ。日本語もね、その一員、ま、正確にはこの本の中では疑わしいケースって書かれて登場するんですけど、例えばさ、昔の日本語って緑色のことを青って呼んでるケースって結構あります。あ、だから信号だよね。そうですね。ま、これ、それが昔の日本語に由来するのかがちょっと怪しいんで。ああ、なるほど。ま、こう青葉とか。うん。緑色の葉っぱのことを言いますよね。青々と茂った葉とか言うもんね。そうですよね。つまりこれって、緑と青っていう、このマンセルカラーチャートでいうとこのテリトリーを、青っていう語でまとめてるわけですね。緑のことも青って呼んじゃってるからね。はい。で、実際、青の方が緑よりも文献上も圧倒的に多く登場するんですよ。あ、じゃあさっきの話とちょっと合わないな。そうなんですよ。そうすると、緑の後に必ず青が来るっていうの合ってんだっけみたいな。日本は例外っぽいっすね。
はい。あと1番気になったのは、基本の色彩語の中に茶色と橙色を入れてるんですよ。あ、でもダメだよ、それ。橙なんてめちゃくちゃ柑橘の果物でしょ。そう。全然基本の色彩語の条件満たしてないじゃん。そう。で、バーリン&ケイの研究って、さっき言ったように、ネイティブスピーカーのインフォーマントがいる言語って20しかなくて、98言語のサンプルってのは文献とフィールドワーカーからの情報がメインなんですよ。だからちょっとリサーチ甘いんだ。はい。っていうので、日本語だけ見ても、僕が分かる母語だけ見ても、この記述でいいんだっけって部分はあるし、他にも基本の色彩語への不満としてはね、前回のホメロスですね、ホメロスの時代の古代ギリシャ語を自分たちの原則に当てはめようとして、赤、白、黒、黄色の4色を持っているっていう風にバーリン&ケイは主張してたんですよ。
でも、バーリン&ケイって別にホメロスの研究者じゃないわけで、前回見たホメロスの時代の色彩語を扱う時って注意が必要でしたよね。現代の感覚で、ああ、はいはい、この何々ってのはワイン色ってことね、ってやると……。彼らは本当は、ワイン色ってのを、海ってのに浮かんでいると波で揺れるような感覚があるから、それはワインを飲んで酔った時とかの感覚に似てる。つまりマルチモーダルに色彩語を使ってるかもしれないという話があったわけだから。色って言ってんだけど、実際には色じゃない感覚を描写してる可能性もあるんだ。はい。みたいな可能性はあんまり検討してなかったりだとか、あるいはグレー、灰色に近いようなところを指してる単語を黒として扱ってしまっていたりとか、緑とかも指す色を黄色として分類してしまっていて。うーん。ちょっと、だからやっぱリサーチが足りないんですかね。
そうですね。やっぱ限界あるよね。90とかの言語をやろうと思うと限界があって、しかも僕らだってさ、古代ギリシャ語の色について扱う時にはこんな注意が必要だぞなんて、この前の回をやるまで知らなかったわけじゃないですか?うん。思いつきもしないよね。そう。だから、バーリン&ケイがそれで責められるのも少し同情できるというか、扱いが難しいってことを知らずに、とりあえず叩き台を出したとしたら、まあこうなっちゃうよねという気持ちはありますね。
その後に追加で研究していくと、どんどんこのモデルではうまく説明がつかないことが増えていったので、実は何回もこの法則みたいなのは手直しされています。はい。はい。で、最新の研究では、大きい4大原則みたいなのを立てて、そこから全ての色彩語の発展を導くっていうモデルになってます。うん。なんかさ、多分そっちの方が適切なんだろうけどさ、なんかつまんなくなった感じしますね。うん。シンプルなやつの方が面白かったから。そう。そっちに生き残って欲しかったなって気持ちがあります。
僕もですね、前回にも言及したアガバビアン・ハナ先生っていう色彩語の研究をしてる先生に、ちょっとお話を伺ったんですよ。で、このバーリン&ケイの研究の最新モデルっていうのを1個1個、ま、英語論文だったんで日本語で説明してもらったんですけど、どんどんどんどん図が複雑に……。ですよね。つまんなくなっちゃってるじゃん。ま、一応この4つの原則から全ての言語の色彩語の発展を導くっていうモデルは、言語がいっぱいあるわけだから、数あるものを4つの法則から導くんだったら、全然まだ、まあまあだいぶ頑張ってる方よね。説明能力は大きいと思うけれども、ただやっぱ最初のモデルが綺麗すぎたので、今でも色彩語の古典的な研究として紹介される時には、最新モデルじゃなくて、この最初、黒と白があって、次に赤があってってモデルで紹介されることが多いですね。だって、そっちの方が飲み会で言いやすそうだもん。うん。
え、これ何?その最新モデル、飲み会で言うとしたらどうやって言ったらいいんですか?最初に黒と白があって、で、次に赤があって、で、次に黄色とか緑があってっていう順で発展するって言われてるの。ええ、すごい。ただ正確に言うと、black and whiteと、warm and coldとレッドって、この4つの原則から、が正確かな。英語になったな。急に英語になったな。パーティションみたいなの入ってたよ。パーティション入ってますよ。あの、人間は渾然としたものは区別したがるっていう1つ目の原則です。ちょっとなあ。つまらんな。ごめんなさい。飲み会得点急激に下がりました。ちなみに、4番目のレッドは「赤は区別せよ」。飲み会得点急に下がりましたね。
あと、正確に言うと、パーティションが適用されない言語が8%あるっていう事実もしっかり伝えていただけるといいかもしれないですね。ちょっと、やっぱあれだな。正確になればなるほどやりづらくなるな。はい。飲み会での雑学披露がちょっとやりづらくなっちゃって困ります。ワールド・カラー・サーベイ、2009。困るな。あ、古い研究結果で止まっててほしかった。そうなんです。だから、ま、この古い研究結果が有名になりがちですね。
一応言うと、1975年に出した次の研究みたいなのでは、最初に白黒があって、次に赤があってみたいなのをちょっと手直しするっていうモデルだったんですよ。はい。はい。ちょっとだけ直してね。そう。分岐は激しくなったりとかするんだけど、まあまあ一応元の形をとどめてるんだけど、それだとやっぱどうしても厳しくって、やっぱ「人間は渾然としたものを区別したがる」とか、「赤は区別せよ」とか。つまんなくなったな。っていう形になるということですね。
ちょっと前にさ、別のチャンネルで進化生物学者の話を聞いたのよ。はい。で、その話を聞いてる流れで、それ進化って言うんですか?進化って何ですかって聞いたら、うーんって言われて、え、進化の定義ってそんな難しくないだろうと思って、え、僕知ってますよ、適者生存の原則ってのがあって、突然変異とかして、その場でより生き残りやすい形質を持ったやつが生き残る、これ進化ですよね、って言ったら、うーん。ま、だから昔はそうだったんですけど、現代のコンセンサスだと偶然生き残ってしまうとかもあるので、適者生存では進化は定義できないんですよねって言われて、え、今、進化ですらそうなのってなったんですよ。うん。だから、すごい悲しいです。
ま、進化の話で言うと、確かね、東と西で訳語が割れてて。あ、そうなんだ。どっちがどっちか覚えてないけど、セレクションを「淘汰」と訳すか「選択」と訳すかっていうので分断があるみたいな話を聞いたことあるんだよね。
ありそう。もうそんなさ、基礎的な概念すらアップデートされちゃってさ、わかんなくなってたらさ、困るよ。アップデートしないで欲しいっすね。
だから言語学でもシンタックスを統語論と訳すか統辞論と訳すかとかやっぱありますから。どんどん飲み会で喋りづらくなってくよね。気にすること増えすぎて。
ちょっと1回ストップさせるのどうすか?全学問ストップ。その学者とか全員その追放して、その本とか全部焼いてさ、で、その今流行ってる儒教とか全部追い出してさ、思考て……あ、これなんか聞いたことあると思
危なかった。今穴埋めにしかけて、今びっくりしたよ。やめて、やめて。そう、そうか。追放でギリギリ踏みとどまってたから良かったっすね。穴埋めにしかけてましたね。
大変ですよ、そんなこと言っちゃ。まあ、でも学問ってこんなもんでしょ。その、ある意味でその手直しのフェーズをリアルタイムで見れているとも言えます。
あ、だからいや、そうなのよ。僕直感的にはすごいやだなって思ったの。飲み会で披露しやすくないじゃんと。つまんなくなってるじゃんって思ったけど、健全な歩みを今見れてるんだって考えるとなんか嬉しいことのような気もするよね。
そうですね。もう1個僕調べて面白いなと思ったのですね、目の見えない人が見えるようになった時に覚えていく語彙とこのバーリン&ケイが打ち立てた法則がそこそこ対応するっていう事実がありまして。
白黒覚えるのが先で、青を覚えるのは後なんだね。
はい。そうですね。そこそこ対応してるっていう言い方にとどめたのは、実際には完全に対応してるわけではないんですね。だからちょっとそこそこと言わしてもらうんですけど、先天的に目の見えない方が開眼手術と言って目が見えるようになる手術があるんですけど、この手術に成功した後にすぐ色がある世界が実現するわけではないと著者が書いていて、
そう。モノクロから始まるってこと?
というよりは、色の名前と色彩を一対一で正確に対応付けるためには、堀元さんのさっき言ってた色はどこまで色なのかみたいなこともわかんなきゃいけないじゃないですか。で、実際これ子供も苦手で、子供に例えばこれは赤だよって言って赤い色を教えた後に、別のものに対してこれも赤だっていう風に言っちゃうケースとかもあるように、
赤くないのに赤だって言っちゃう。
赤くないのに赤って言っちゃうっていう。だってさ、今自分が習得してる途中とかの言語がバーリン&ケイで言うとこの第何ステージにいるかを知らないのだから、それダニ語だったらオッケーだったのかもしれないじゃないですか。
ああ、確かに。そうか。そうか。我々の日本語の区分が結構厳しめだからまずいのであって、大体全部のものは赤って言っちゃう言語だったら赤でいいもんね。
そうですね。なので結局これは言語獲得の回にも戻るんですけど、我々が言語をうまく運用できるようになるためには体系をちゃんと押さえなきゃいけない。そうだね。つまり何々をなんとかと呼ぶの他に、これは何々とは呼ばないも覚えなきゃいけないので。大変だな。
はい。これもだから先天盲で開眼手術を受けた方にとっては難しい。つまり色ってのを何であって何でないかっていうことを覚えていかなきゃいけないんですね。そうだね。
あとその著者が言ってたのは、色っていうものを見る経験をしなくてはならないっていう風に書いていて、ちょっと僕の理解が正しければ、見えない状態から見える状態になった時ってまず色々なものが多分繋がって見えたり、切り離して捉えることができなかったり
そうか、情報量多すぎて見るの難しいのか。
そう。どこからどこまでが例えばじゃあ今ビデオカメラなのかとか、確かに。どっからどこまでが机でどこまでが椅子なのかとかっていう情報ももちろん覚えなきゃいけないし、その上でその物体が宿してる感覚のみを色と呼んでいるっていう事実も、やっぱいきなり見えるようになった方に要求するのって難しいと思うんですよね。
確かに冷静に考えたら今目で見えてるものの情報量半端じゃないから難しいね。
はい。そうなんですよ。なのですぐに色が使えるようにはならないんですけれども、これはあの認知心理学者の望月俊子先生っていう方が生後10ヶ月で失明した方に開眼手術を行って、その後にその色彩語を使っていった順序を記録しているんですけど、こんな感じで。
最初にいきなり……ついで、これが手術後9から14経ってから赤が最初に出た。で、ついで白黒なので、ま、赤、白、黒がやっぱり早いっていうことは言えそうですよね。
そう。でも、ま、あれだね。基本の色彩語の順番とは逆になってるね。白黒の先は赤だったけど、この人は赤が先なんだ。
はい。で、そっからは緑が来て茶色が来て青が来るという順番なので、
あ、茶色来てるんだ。
そうですね。茶色が来るってのは少し意外ですけど、緑が白、黒の次に来るってのは、ま、一応第3ステージという意味で捉えればバーリン&ケイのモデルには沿っていますね。
で、それからなんか茶色が挟まってるけど、その次に青が来るってのも、第5ステージが青というのはあってるね。黄色が来てないけどな。
そうですね。黄色が来てなくてめっちゃ遅いんすよ、黄色。手術後2年3ヶ月以上経ってから黄色が出ている。
ほらやっぱ先天盲の方も、黄色がカレーばっか食ってるから覚えたくないんですよ。
関係ない。関係ない。知らないから。先天盲の方も多分ご存知ないんじゃないかなと思うんで。で、ただこの茶色が早いって言ったけど、バーリン&ケイのモデルだとブルーの次はブラウンなんですよ。
あ、そうなんだ。
あ、そう。あ、ごめん。あの省略した。後ろのステージ省略したんだけど。
茶色結構早めなんだね。
はい。ブルーの次にブラウンが来ると言ってるので、茶色が早いこと自体は全然別にバーリン&ケイが言っていることとは矛盾しないですね。なるほど。なるほど。
ま、そして2年経ったらバーリン&ケイが、ま、基本的な色彩語として認定したものは出揃っているし、出現順序もある程度沿っているので、認知的な裏付けとしてもそこそこ説得力のある仮説を立ててはいるとは言えるということですね。そうだね。
だから言語を分析してみましたに限らず、目が見えてなかった方の動きを観察してても多分同じような感じなんじゃないか。
そうですね。それからアガバビアン先生もちょっとコメントつけてくれていまして、ご自身がね、その色に関しての研究者であり、博論を書いてる時期にお子さんをこう育てられていて、当然ね、やっぱ長女がどういう順番で色を使うのかって先生ウォッチするわけです。
専門家だからね、気になるよね。
はい。最初に覚えたのはやっぱ赤だったと。で、ついで白黒だったと言ってるんで、これこの望月先生が報告してる方と全く一緒なんですよね。赤が来て次に白黒が来ると。で、その後は青と黄色でしたと言っていて、ま、子供の場合は発音の難易度っていう問題もあるんで一概には言えないですけど、発達過程でもなんかある程度バーリン&ケイが説いたような色彩語の順序と近いということは言えるんじゃないかということですね。
そうだね。これリスナーの皆さんどうですかね?お子さんがどの色から覚えてったかちょっとコメントして欲しいっすね。
そうっすね。赤はやっぱり認知的にもかなり際立つので早く知覚しそうと思うけれども、やっぱそれは大人の常識なので、子供がどうなのかってのは是非教えていただきたいですね。
なんかね、色の3原色はあれなんだよな。グリーンが多分1番明るさに寄与するのよ。だからRGBで色指定する時は、Gをなるべく早く上げた方が明度が上がるから見やすくなるみたいな話はあったんですよね。なるほど。だから僕はなんとなく緑優先度高けんじゃねえかなと思ってたんだけど、赤なんだ。
緑自体は地味だよね。ま、そうか。色として見た時は地味か。暗いよね。そうだね。LEDも緑を強化した方が明るく見えるよみたいなハック聞いたんだけどね。人間の認知とはそれは噛み合ってないってちょっと面白いですね。そうですね。
ということで、ちょっとまとめに入りますけれども、ここまでの話から言えるのは認識は普遍的であると。人間がこの色のマンセルカラーチャートをどのように切り分け、どこを焦点色と感じるかというのは一緒であると。一方で言語表現は普遍的ではないのではっていうことが言えると思うんですね。
そうだね。だから認識は普遍だと。ただその出力をしようと思った時に言語にある程度その認識が反映されるので、バーリンとケイみたいな一般化が導けるのだと言えると思うんですね。僕この話ね、すごい嬉しくて。なんでかって言うと、認識は普遍的なのに文化の1つである言語は普遍的になってない。そうだね。つまり多様性があるということですよね。これ嬉しくない?
だからみんな似たような世界は見てるんだけど、完全に統合はされていかないって不思議だよね。そうそうそう。言語そのものはやっぱ人間というユーザーにものすごく制約を受けてデザインされているということも言えるので、そこもまたなんかね、言語面白いなと思う1つのポイントですね。
確かに。だってさ、ゼロから設計できるんだったらさ、典型的な青と典型的な赤だけを指してグヌみたいな名前つけてもいいわけだもんね。でも認知の縛りがあるからそうなってない。これちょっとロマンチックかもな。
そう。それってさ、異文化理解にめっちゃ役立つと思うんですよ。我々の認識は共通しているので、あなたが赤と言ってるの私は赤とわかりますと。でも一方で、あなたの国で言われてる○○という色と○○という色の範囲は私の母語と違いますっていうのって、多様性と共通点の両方を取ってるから、それって異文化理解とか自分と全く異なるカルチャーの人と接する時の程よいラインだと思うんですよ。
全く違うと全然噛み合わないってのがサピア=ウォーフの強い仮説でしたけど、そうはなってないわけだから、それは相手のことを分かり合うとっかかりがあるってことだと思うんで。そうだね。
なんかさ、大学卒業してすぐフリーランスになったやつってさ、割とすぐ仲良くなるのよ。で、なんか強い連帯を感じていて、ま、具体的にはバリューブックスの飯田さんが就職してすぐ、ま、実質無職みたいなフリーランスで暮らしていて僕も一緒だったから、あの頃の思い出を喋ると、国民年金免除しませんでした?したって言ってめっちゃ盛り上がるんですよ。
しかも1年目は3/4免除まで行きますよね。で、行くって言ってめっちゃ盛り上がって、これ今の話に似てるなと思って。新卒ですぐフリーランスになったやつって最初食うや食わずの生活をするから、国民年金が払えないガチだなと思って。だからこれフリーランスというライフスタイルに束縛されて、大筋似たような経験をみんな通っているっていう他者理解ですよね。
うわあ。尻切れトンボだったな。なんかいい話に導けそうな気がしたから喋り出したんですけど、気のせいでした。
僕もなんかね、堀元さんがね、あの、うろうろし始めたタイミングが明確に多分察しました。大丈夫かな?
なんか最初行けそうだなと思って考えなしに歩き始めちゃったんすけどね。何もなかった、その先に。お家帰ろうね。もう大丈夫だよ。くそ、定期的に出てくんだよな、これ。
もう1個だけ補足させてください。色の語彙が乏しい言語って劣っていますか?
うわあ。でもあれかも。劣ってるって思っちゃうかも。いや、言えた方がいいじゃん。白と黒しか言えないのだいぶ制約でかいぜって思っちゃう。
ということで最後に、このことについて直感的に理解できる例えがあるので、その話をして締めますね。
仮に未来からすごいテクノロジーを持った人が、ま、原始時代の文化を調査しようと思って、ま、人類学者みたいな人が堀元さんのとこに来たとします。で、堀元さんは21世紀の日本の生活をしていますと。で、その人類学者はですね、マンセルチャートならぬマンセルテイストチャートを持ってきました。
味ってこと?
味ですね。で、この味のトレーですね。この味の何かしらの軸でできたトレーには、ちっちゃい味のシートみたいなのが1024個乗っていて、つまみ上げられた瞬間に自動的に味が再現できると。
で、人類学者は堀元さんに1つずつなめて、これを堀元さんの言葉では何て言うか教えてくれと頼まれて。しょっぱいかとかね、そういうイメージね。
はい。で、彼らのテクノロジーでは味っていうのが科学的にかなり操作できるので、じゃ、縦軸を何か謎の尺度、横軸を謎の尺度とした時に、この1024の味のチャートってのはグラデーションが綺麗にこうなだらかになっているとします。堀元さんにじゃ、その味チップを手に取ってもらって、味を再現した時に日本語でこれ何て言いますかとか聞かれて、堀元さんって例えば何ていうような語彙がありますか?
苦いとかね。苦いとか、甘酸っぱいとかもあるよな。だから多分この辺甘いで、この辺しょっぱいで、この辺甘酸っぱいみたいな感じになるよね。
あ、そうですね。そういうようなチャートが描けますよね。で、人類学者は多分堀元さんという未開の人の味の語彙の乏しさに多分驚くと思うんですよね。
なんでこいつらは味の概念が甘いや酸っぱいみたいなすっごい素朴な、色々な料理があるのにも関わらず数少ない語彙で表現してるのだろうとか、それから何々に似てるみたいなしょぼい比喩ばかりしかないのかっていうのを多分疑問に持つと思うんですね。そして彼らはこう結論付けると思うんです。堀元さんの時代の日本人の味覚は発展途上だったのだと。
味分かってないんかと。
しかしですね、その堀元さんに、じゃ、甘いっていう枠の中にある大きく離れたチップ2個を手に取って味が違うかどうかを聞くと、どれもちゃんと区別できると。それどころか、隣り合ってるものでさえそれなりに区別できるってことが分かったと。
だから両方苦いんだけど、この苦味とこの苦味違うなみたいなことですね。
はい。で、人類学者は堀元さんに聞きます。なんであなたはじゃあこのイチゴに似ている味ってのを区別するための正確な語彙を持たないんですかと。それを区別できないのは窮屈だったりしんどくないんですかって聞かれたとしますと。堀元さん、それなんて答えます?
いや、めっちゃ快適に今生きてるからいらないですけどね、その語彙。
そうですよね。そんな語彙必要だなんて考えたこともなかったと。っていう話をそのまま色に置き換えてみました。
そうだね。だから足りてるじゃんっていう。その文化圏においてはそれで事足りることってたくさんあるもんな。
それもそうだし、先ほどの人類学者のテクノロジーってのは味を人工的に操作してグラデーション作れたわけですよね。そのテクノロジーにある人たちは味を細かく分けるも、そして我々現代人は色についてはテクノロジーでグラデーションを綺麗に操作できるけれども、その技術を持ってない文化の方々ってどうです?
いらんわ。
あ、ていうか、あ、それすごいな。俺さ、色指定する時RGBで指定しろよってよく言ってんの。その曖昧な色の指定だとみんなぶれちゃうから、メモしておこうつって。ゆる言語学ラジオの例えばサムネ、うんちくエウレーカクイズのサムネとかって必ず同じ色なんですよ。フォントの色はこれで、問題文の背景の色はこれでって必ず全部決まってるから、全くブレないようになってて。今の未来人の味と同じこと俺色にもやっててさ、RGBで出した方が厳密じゃんみたいなことやってるから。
それめちゃくちゃパソコン使う人だけの発想だね。意味わかんないもんね、それ自然言語でそれやってたら。だから1度もそのRGBとかあるいはこのマンセルカラーチャートを見ずに一生終える日本人だって同時代にいくらでもいるわけですからね。
そう。あ、あ、そうだね。俺はそのRGBで色指定しようと思ってやってるけど、他の人に言わないもんね。そんな赤色とか言うなよみたいな。ハッシュFF00って言えよとか言ったことないもんな。ああ、そうだね。だから必要性に応じてなのか、語彙って。
そうです。すなわちこの回ってゆる言語学ラジオの過去の食レポの回と実は繋がっていたんですよね。食レポの回って何を問題にしたのかというと、なぜ味は細かく言い分けることができないのかっていう問いがあったわけです。
表現がむずいって話したね。
はい。で、その逆が色なんです。色と味の話ってのは裏表で、色というのは工学的に操作できるようになったので細かく言い分けていて、そのレンズを持った我々は工学的に色を操作しない文化の人たちに対して、そんな貧弱な語彙でどうやって生きていけるのですかっていう問いを投げかけてしまってるんですよ。
面白い。あんたいい視点出すね。ありがとうございます。そうか。操作できるようになった瞬間に語彙って爆発的に増えるんだ。と思います。なるほど。
とするならば、私たちの味の語彙が貧弱なことを、未来の人類学者がここにやってきて、なんであなたたちはこんな貧弱な語彙で味を表現してるのですかって言われたら腹立ちません?立つね。ああ、本当だね。
いらねえんだよ、俺の文化にっていう回答があり得ると思うんですよ。だからこそ冒頭の問いに戻るんですけど、色の語彙が乏しい言語は劣ってるのかと言えば、劣ってないです。彼らは自分らが持っている色の語彙で十分な生活をしていて、その生活に対して外から、なぜ水色と群青を分けないのですかという質問は、未来人から、あなたはなぜ甘いとしょっぱいみたいな雑な語彙しか持ってないんですかって言われるのと一緒です。
いや、本当にそうだね。僕だからその未来人に聞かれるの腹立つから、未来人に今度その味の語彙のテスト聞かれたら、これはねバいですねとか、これはダぬいですねとか、ないもの言って攪乱しております。パニックに陥れております。
日本語はこういう語なのか。なんかでも堀元さんって方に再現調査に出かけてた人類学者の報告によると、毎回違う語彙を言ってて、毎回違うマップになるんですよね。
そうですね。未来人から嘘つきって認定されて終わるでしょうね。賢いな、未来人。
ただありますよ。文化人類学者が調査に行った時に、現地の方と信頼関係を醸成しなかった時に、からかって回答したものを真に受けたせいで調査が狂ったみたいな話聞いたことあるんで。あると思います。そっかそっか、実際あるのか。
だから文化人類学とかやられる方って、フィールドに行く前に心構え叩き込まれるってそういうことだと思うんで。関係をね、よくしないといけないわけですね。はい。それは異文化に対しても言える。そしてその意味で、色の話ってのは味の話と裏表だったのだという話をしてきました。
あんたすごいな。軌道修正力すごいな。僕未来人に味聞かれた時にむちゃくちゃな回答してやるってボケたつもりが、めっちゃちゃんと本筋に戻したね。
そうっすね。ただ紫がなんで紫なのかわかんなかったっす、冒頭で。あれ焦りました。抜かったね。最初だけ抜かってたの惜しかったな。この落差が僕非常に上手だったんですけど、後半はね。何だったんだろうな、前半。
僕大学でさ、エンジニアリング、工学をやってたから、工学によって色の語彙って急に増えたんじゃないかっていう話、むちゃくちゃ刺さりましたわ。あ、そうですか。
これジャンルで一緒でさ、音楽とかもそうなのよ。音楽って昔はさ、出せる音が楽器に制限されてたじゃん。だからギターの弦って5本。
あ、ちょっとそれはちょっと、なんかデリケートや。俺らの無能さが浮き彫りになってる。今ギターの弦の数わからんのこいつ。
それは俺ちょっとコアに関わる話だから答えられないです。関わらないよ。すぐ分かることを。ググったらベースが4本でギターが5本だよな、多分。曖昧だな。
いいですか皆さん?あんなに堂々と話してた人はこのことが分かりません。すごいな、あんた。
でもこのギター1本目の弦と2本目の弦の中間の弦ってないわけだよね。だからどうしても離散的なデジタルな音前提になってしまうわけですよ。0か1かみたいなね、連続じゃないと。
そう。でもこれ現代音楽って全然そうじゃなくてさ、現代音楽って作曲がほぼ打ち込み、現実の楽器を模倣する必要って全くなくて、ここで632Hzの音を出して、ここで1543Hzの音を出してって何でもできるわけですよ。だから無限の可能性があって、楽譜もういらないですよ。楽譜って結局楽器に制約されてるから、その制約とっぱらって周波数で音奏でればよくない?
そうなっているって話?えっと、そうできるって話?あ、できるって話か。
で、だからなんか、いや、現代音楽の人たちってさ、マジで周波数入れて作曲したりするらしくて。へえ。だから結局さ、今まではさ、ある程度心地いい音を出す前提の楽器の枠内でやってたから気持ちいい音楽が前提になってたわけだけど、工学的に何でも作れるようになったぞつったら、もう何でもマジでできるようになったから、不快な音も込みで無限の可能性が出てきちゃって、これ工学が音楽をめちゃくちゃ押し広げた例じゃん。
音楽の可能性を100万倍とか、下手するともっとだよね、無限大倍とかに広げた事例で、これからもしかしたら音楽は楽譜を全部やめて周波数で奏でるものになるかもしれない。この話、色の話に近いなと思って。工学的に無限に今RGBで色作れるようになったから、もしかしたら今後色の語彙ももっと膨らんでくかもしれないですよね。
ですし、これはすでにあることなのかもしれないですけど、油絵では表現できなかったことがデジタル絵ならあるんじゃない?あると思う。あると思う。
だからいや、エンジニアリングのおかげでいろんなもんの可能性広がってるなと思ったし、そしてそれは語彙に影響を与えるんだなっていうのを改めて思いました。
そうですね。だし今実際味覚みたいな技術がありますから。なんか任意の味作れるみたいなやつあるよな。はい。まだまだ未開な部分が大きくて、今研究者が頑張っているんだと思いますけど、まあ数十年数百年したら相当進むでしょうから、おそらく工学的にどんな味でも再現できるみたいな時代ってあっておかしくないと思うんですよね。
で、そうなると語彙が爆発的に増えそうだよな。そう。その時我々は味について何を語るのかは気になる問いですね。
面白いねえ。だから俺音楽も楽しみでさ、あの楽譜なくなって全く別の表現方法になったらめっちゃ面白いなと思って。で、そうなると多分用語も刷新されるわけよ。
適切な速度でみたいなのないよね。ないない。とか今、何とかの和音とか言ってるのが全部違う可能性あるわけですよね。なんかわかんないけど、100Hz、50Hzの間隔みたいな、なんかそういうのに全部語彙ごと置き換わるかもしれなくて、そうなったら面白いなって気します。
ね、だってあのモデラートですよ、適切な速度でって。あれあんな上司いたら嫌ですもんね。そうだね。あ、適切な速さでやっといて。俺がね、デザイナーさんとかにね、うわ、めっちゃいい感じなんですけど、もうちょっといい感じでお願いしますみたいなこと言ってたらやばいじゃん。
あれなんて最悪ですよ。カンタービレ、歌うように。その例えで言っちゃったこいつっていう。お前の感性じゃんってなるよね。
そうだね。だからやっぱひろゆきみたいな人がさ、カンタービレとかに対してもさ、そうやってなんかデータとかあるんすかって言ってくれないといけないね。それってあなたの感想ですよね。そうだよ。感想書いてんだ、あそこに。そうやって弾いてねって言ってんの。
そうだね。だ、あの辺とかはもしかしたらね、バッサバッサ行かれるのかもしれないけれども、面白いよね、それは。それで、我々は結構そのようなことに対して進歩的ですけど、保守的な人の気持ちも分かる。分かるし、どう言うかも気になる。
あ、そう。このカンタービレの話さ、ふざけて音楽やってる人にいっぱい言ってたんだけどさ、あの、おっしゃることはよくわかるんですけど、これこういう意味があるんですよってみんなにちゃんと説明されて、俺今思ってないもん。あ、そうなんだ。カンタービレまずいだろうとか昔は言ってたんだけど、あの、冗談で言ってたらみんなからあの、ちゃんとしたこと聞かされて、あ、意味があるんだなってなりました。
良かったね。それツイートしてたら、あの、レンタルなんもしない人さんがさ、ジョン・ケージの4分33秒さ、ピアノの前で立ってる写真と一緒に演奏してますみたいなこと言ったらめちゃめちゃ怒られたじゃん。違いますよっていう。文脈知らずにだから、そうやって茶化すと本当危ないですよね。そうですね。
よかった。呟いてなかった。気をつけていこうって思ったっていう話ですね。おお、つまんない。こいつはつまんないね。やっぱりね、人にはいろんな人の思惑があるから、それを慮っていく。それが多様性のために大事だなって思いました。確かに今日話してましたよね。つまんなすぎる。
じゃ、本日は基本の色彩語の話聞いてきました。この分野に興味持った人って何読めばいいですか?
そうですね。あの、堀元さんが強く説得された例ってのは、実はこのドイッチャーの『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』から取ってきているので、これは僕の独創ではなくて、この著者の独創になるので、
未来人の味のやつってこと?
あ、そうですね。はい。はい。だからうまいんすよ。やっぱりこのドイッチャーの書き方がうまいので。前回も紹介しましたが、これハヤカワ文庫でもう今手に入りやすくなってるんで、ま、まずはこれからでいいかなと。なるほど。
で、それから『基本の色彩語』はありがたいことにこう翻訳版が出ているので、これ詳しく知りたければこっち行ってもらってもいいですし、あとは前回紹介しなかったですけど、『ことばと思考』ですね。岩波新書からの。
あ、今井先生だ。
そうなんですよ。今井先生、この分野もおもろい本書いてるんですよね。読みやすさの順で言うなら、『ことばと思考』入って、ドイッチャーの『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』にいく。なるほど。で、逆に読書筋力はそれなりにあるから色についてがっつり知りたいだったら、逆順から行って『基本の色彩語』に行くといいかなと思います。
あとはとりあえずこの2回で一旦色シリーズ完結となりますけれども、長編にならない形で多分色の面白こぼれ話あるんで、ゆる言語学ラジオでちょくちょくやっていこうと思いますので、楽しみにしていただければと思います。
はい。そんなわけで今回も面白かった方はチャンネル登録、高評価、感想のコメントいただけると嬉しいです。思う色あったと思うんで、是非コメントどしどしお寄せください。教えてください。以上終わりにしましょう。ありがとうございました。ありがとうございました。
堀元さん。はい。うまく話せなくて悩むことってありません?よくあります。そんな悩みを抱える方にぴったりな本を書きました。タイトルは『会話の0.2秒を言語学する』。会話のわずかな間にフォーカスした1冊です。是非皆さん買ってください。
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