色の語彙は世界中で同じ順番に増えるのか――バーリン&ケイ『基本の色彩語』を読む

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概要

ゆる言語学ラジオの色シリーズ後編である。解説役は水野太貴、聞き手は堀元見。前回は、ホメロスの色の言葉づかいが現代人から見ると奇妙だという話を扱った。その終わりに水野は、ホメロス研究から「古代人は色がよく見えていなかった」と唱えたグラッドストンの仮説について、今では誤りとされる一方で、ある一面では正しかったと予告していた。今回の主題はその続きである。古代人や「未開」の人々は本当に色が見えていなかったのか。そして、色の語彙が少ない言語は劣っているのか。

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水野は冒頭でポストイットの開発を例に出す。強い接着剤を作ろうとして、弱いが何度も貼り直せる接着剤ができた。これが有名な失敗からの発明である。色の研究にも似たことがあったという。ある疑問を確かめるために世界中の言語の色の言葉を集めた研究者たちがいた。そのリストを眺めているうちに、当初の目的とは別の大きな発見にたどり着いたのである。

語源をさかのぼると、色は混ざり合っていた

19世紀の研究者たちがまず試したのは、色を表す単語の語源をさかのぼることだった。水野は日本語の「紫」を例に挙げる。紫はもともと植物の名前で、その植物の花は白い。「群がって咲くから紫」という語源説を聞いたことがあると水野は言うが、なぜ白い花の植物が紫色の語源になるのかをうまく説明できなかった。結局、根が紫色だからだと補足し、堀元にさんざんからかわれることになる。このやり取りは回の最後まで繰り返し蒸し返された。

日本語に比べ、インド・ヨーロッパ語族は紀元前よりはるか昔までさかのぼれる。文献学者のガイガーは、近代ヨーロッパ諸語で「青」を表す単語の語源を調べた。すると、「黒」を意味する語から派生した例が多数派で、少数ながら「緑」を意味する語から派生した例もあった。そこからガイガーは、青がまだ独立した概念として意識されておらず、黒や緑にまとめられていた時代があったのではないかと考えた。青と黒が語源的に近い現象は、中国語など他の言語でも記述されているという。

堀元が気づいたように、英語の blue と black はどちらも bl- で始まる。水野によれば、この共通部分は同じインド・ヨーロッパ祖語の語根から来ているらしい。さらに話はややこしくなる。この語根は「輝く」「燃える」といった意味を持っていたらしく、ギリシャ語では「白い」を表す語に、ウェールズ語では「灰色」を表す語に使われている。同じ部品が黒にも青にも白にも灰色にも使われているのである。

黄色についても、「赤みがかった色」を意味する語から派生した事実が見られる。ガイガーは、黄色が生まれる前の時代には黒と赤しかない二元的な状況があり、青と黄色はそこに飲み込まれていたと述べた。さらにさかのぼると、黒と赤さえ区別されない「何か色のついたもの」という曖昧な概念に行き着くという。そこからガイガーは、色の知覚はまず赤に対して生まれ、続いて黄色、緑、最後に青と紫が加わった、この順序は世界中の文化で同じように進んだ、と結論づけた。

堀元はこの主張に首をかしげた。ホメロスの時代から現代までの数千年で、人間の知覚がそんな速さで進化するものだろうか。水野もこの疑問はもっともだと認めた。

「語彙がない」と「見分けられない」は別物

グラッドストンやガイガーの説を検証するため、研究者たちは「未開」とされた地域の人々に注目した。当時は宣教師や探検家が世界各地に出かけていた時代である。彼らが現地で色の知覚や語彙について調査し、調査票を送り返すという方法で研究が進められた。その結果、緑と黄色、青と緑を頻繁に混同するといった報告が集まった。ガイガーが語源から導いた順序が裏づけられたという雰囲気が高まった。

ところが、グラッドストンとガイガーはその後、激しく批判されることになる。水野によれば、青や緑、茶色、灰色といった語彙を持たない人々はたしかに大勢いた。しかし、色の違いを知覚できないというデータはまったく出てこなかった。語彙がないことと、色を区別できないことは別の問題だったのである。ガイガーは色の語彙と色の知覚を混同して論じていた。

堀元は、黄色と緑を取り違えるという報告は色を見せて区別させるテストだったのではないかと尋ねた。水野は調査の詳細を忘れたと断ったうえで、「この色は何色か」と名前を聞く形式だったと説明した。語彙があれば記憶の手がかりになるが、語彙がなければ翌日に同じ色を思い出すのは難しい。つまり混同の報告は、知覚ではなく語彙と記憶の問題だった可能性がある。同じことはホメロスら古代人にも言える。語彙がなくても色は区別できていたはずだ、というのが水野の整理である。

マンセル・カラーチャートでサピア=ウォーフ仮説を検証する

こうした流れの後に登場したのが、色彩研究の金字塔とされるブレント・バーリンとポール・ケイの1969年の研究『基本の色彩語』である。対象は日本語を含む98言語。文献とフィールドワーカーからの情報をもとに調査し、そのうち20言語ではネイティブスピーカーのインフォーマントがいた。

調査にはマンセル・カラーチャートを使った。わずかずつ色の異なる四角いパネルが、赤から黄色、緑、青、紫、ピンクへとグラデーション状に並んだものである。協力者には「典型的な赤はどれか」を指してもらう。これを焦点色(フォーカル・カラー)という。さらに「どこまでが赤か」という色彩カテゴリーの境界線も尋ねる。

この話を聞いて堀元は、子どもの頃に母親を困らせた経験を思い出した。赤と橙の典型的な色はわかる。しかし、どこで切り替わるのか、ここから赤だという瞬間を知りたいと食い下がったのだという。水野はこの疑問をもっともだと受け止めた。典型色がわかることと境界がわかることは、まったく別だからである。堀元は、光の波長が何ナノメートル未満なら赤だと言ってくれれば完璧だったと冗談を言い、水野に怖がられた。

バーリンとケイの出発点は、サピア=ウォーフ仮説への疑問だった。当時は「言語が話者の思考を決定する」という強い仮説が幅を利かせていた。この仮説に従えば、色の語彙がばらばらな言語の話者は、それぞれまったく異なる色彩世界を見ていることになる。マンセル・カラーチャート上でも、各言語の話者は好き勝手に線を引くはずだ。逆に境界線がおおむね似ていれば、強い仮説への有力な反論になる。

結果は二点にまとめられる。第一に、典型的な赤はどれかと聞くと、どの言語の話者もだいたい同じ場所を指した。第二に、カテゴリーの範囲には言語ごとに差があった。しかし、チャートの端の赤と、中間の緑を飛ばした先の青を同じ語で呼ぶような、飛び飛びの線引きをする話者はどこにもいなかった。水野は、「この言語は青と緑を区別しない」「赤という語彙がない」と聞くと別の世界があるのかと思ってしまうが、冷静に調べるとそうではなかった、とまとめる。

リストを眺めて見えた法則

面白いのはここからだと水野は言う。98言語の色彩語のリストを眺めていたバーリンとケイは、奇妙な現象に気づいた。青を持っている言語は必ず赤を持っている。色の語が二つしかない言語では、それは必ず白と黒である。色彩語の派生には法則性がある、という発見だった。

ここで問題になるのが「基本の色彩語」の定義である。バーリンとケイはいくつかの条件を挙げている。一つ目は単一の形態素でできていること。植物名から来た「紫」、「すみれ色」、「黄土色」は、何か別のものを手がかりに色を呼んでいるので除外される。堀元が挙げる例がなぜか紫系ばかりで、水野は堀元のメンバーカラーが紫だからではないかと指摘した。

一方の「青」については、藍から来たという説は否定されていると水野は言う。「淡い」から来たという説もよく流通しているが、以前ある先生に話したところ怪しいと言われたそうだ。いずれにしても植物由来ではなさそうなので、基本の色彩語に数えられる。

ほかの条件として、他の色彩語で代わりに表せないこと(黄土色なら黄色で代用できるので不可)、対象がごく狭く限定されないこと、心理的に顕著であること(色の名前を挙げてと言われて最初に出てくる傾向があること)が挙げられている。日本語話者はカーマインや留紺とは言わず、まず赤や黄色や白を挙げる。ただし、語源でさかのぼれる範囲には限りがあるし、心理的顕著性の定義も曖昧だ。どこまでを基本の色彩語とみなすかは難しい、と水野は留保をつけた。

白と黒から始まる発展段階

バーリンとケイが示した発展段階は次の通りである。

  1. 第1段階:黒と白を持つ
  2. 第2段階:赤を持つ
  3. 第3・第4段階:黄色と緑を持つ(順序はどちらでもよい)
  4. 第5段階:青を持つ

その先の段階として、青の次に茶色が来るとされている。

第1段階の実例がダニ語である。ゲストの黒島先生が出演した回にも登場した、言語学者の間で有名な言語だ。ダニ語の基本色彩語は、「明るい・まぶしい」という意味の白と、「暗い・曇った」という意味の黒の二つだけである。水野によれば、これはマンセル・カラーチャートを明るい部分と暗い部分で二分しているということで、赤いものは白の語で呼ばれる。赤を指せないわけではなく、別の語で代替しているだけだ。水野は、この言語の話者はおそらく不便ではないだろうと述べ、それを体感できる例を最後に紹介すると予告した。

この法則からは予測が立つ。赤を持たない言語が黄色や緑を持つことはない。色の語を三つしか持たない言語なら、それは黒・白・赤になる。黒・白・黄色の組み合わせはないし、黒のない組み合わせはかなり特殊だろう、と水野は言う。

色のイメージは文化が作る

堀元は、青の順位が低いことが直感に合わないと言った。戦隊ものではブルーがかっこいい役に当てられ、イエローは三枚目に当てられがちなので、ブルーのほうが偉いと思っていたからだ。水野によれば、それは後天的に色に結びついた文化である。英語話者にとって blue は憂鬱を表すことが多く、かっこいいというイメージはあまりないという。

さらに水野は、たしかアメリカのデータだったと断ったうえで、昔のアメリカの男の子が好んだ色はピンクだったと紹介した。ある時期から男女の色の割り当てがひっくり返り、今の「男の子は青、女の子はピンク」という常識は後からできたものだという。自然状態の小さな男の子はピンクを好むというデータも見たことがあるそうだ。ただし水野は、データの詳細は忘れたと明言している。堀元は、戦隊ものの黄色はカレーばかり食べている太ったキャラなので、子どもの頃は黄色い服を避けていたと振り返った。フィクションが社会に与える影響は大きいと二人は話した。

データを眺めて仮説を立てる才能

水野がバーリンとケイの研究を好むのは、着眼点のためだという。大量のデータを集めることと、それを眺めて一般化することは別の才能だ。水野はこれを、ジャーナリスト立花隆の出世作「田中角栄研究」になぞらえた。不動産や会社の登記簿、政治資金収支報告書といった誰でも入手できる資料を大量に集め、机で眺めて金脈政治を暴いた仕事である。データを集めることは凡人にもできるが、そこから仮説を立てる「アブダクション」には別の才能がいる、と水野は言う。

堀元も似た例として、自分の好きなSF作家の先生がnoteに書いた「47都道府県丸さランキング」を挙げた。国土地理院のデータで都道府県の輪郭が正確に取れることに気づき、「一番丸い都道府県はどこか」に決着をつけた記事だという。水野は笑いながらも、そのノリは好きだと応じた。

『基本の色彩語』への不満

持ち上げた後で、水野は問題点も挙げた。一つ目は例外が多く見つかったことだ。日本語も本の中では「疑わしいケース」として登場する。古い日本語には、青葉や「青々と茂った葉」のように緑を青と呼ぶ例が多い。緑と青の範囲を「青」一語でまとめているうえ、文献上も青のほうが緑より圧倒的に多く出てくる。これでは「緑の後に青が来る」という順序と合わない。

水野が一番気になったのは、日本語の基本色彩語に茶色と「だいだい色」が入っていることだった。だいだいは柑橘類の果物の名前であり、単一形態素という条件を満たしていない。水野は、ネイティブのインフォーマントがいたのは20言語だけで、98言語のサンプルの多くは文献とフィールドワーカーの情報に頼っていた点を指摘する。自分がわかる母語を見ただけでも、この記述でいいのかと思う部分があるという。

前回扱ったホメロスのギリシャ語についても、バーリンとケイは赤・白・黒・黄色の4色を持つ段階に当てはめていた。しかし前回見たように、ホメロスの色彩語は、ワインを飲んで酔ったときの揺れる感覚のような色以外の感覚も含めた、マルチモーダルな表現だった可能性がある。バーリンとケイはその可能性をあまり検討していない。灰色に近い語を黒として扱ったり、緑も指す語を黄色に分類したりもしていたという。

ただし水野は同情も示す。90以上の言語を扱えば限界はあるし、自分たちも前回まで古代ギリシャ語の色の扱いにこれほど注意が必要だとは知らなかった。扱いの難しさを知らずにたたき台を出せば、こうなるのも仕方ない、という見方である。

修正を重ねて複雑になったモデル

その後の研究では、このモデルでは説明できない事例が増え、法則は何度も手直しされた。1975年の研究では、元の形を保ちつつ分岐を増やす修正が加えられた。水野は前回も触れた色彩語研究者のアガバビアン先生に、英語論文で書かれた最新モデルを日本語で説明してもらった。すると、図はどんどん複雑になっていったという。

最新のモデルでは、四つの大原則からあらゆる言語の色彩語の発展を導く。水野が挙げたのは black and white、warm and cold、red、partition の四つである。partition は「人間は混沌としたものを区別したがる」、red は「赤は区別せよ」という原則だという。さらに正確に言えば、partition が適用されない言語が8%あるそうだ。こうした知見は2009年の World Color Survey などにまとめられている。

堀元は、シンプルなモデルのほうが面白かった、飲み会で披露しにくくなったと嘆いた。水野も、無数の言語を四つの原則から導くのだから説明力は大きいと認めつつ、最初のモデルがきれいすぎたと言う。今でも古典的研究として紹介されるときは、最初の「白と黒、次に赤」のモデルが使われることが多いという。

堀元は別の経験も話した。進化生物学者に、進化とは適者生存だと言ったところ、偶然生き残る場合もあるので現代のコンセンサスでは適者生存では定義できないと言われたそうだ。水野も、selection の訳語が東西で割れているという話や、言語学での taxis の訳語の揺れを挙げた。堀元が「全学問ストップ、学者を追放して本を焼く」と言いかけて焚書坑儒になりかけ、笑いになる場面もあった。それでも最終的に堀元は、つまらなくなったと感じたものの、学問の健全な歩みをリアルタイムで見ていると考えれば嬉しいことかもしれないと述べた。

認知的な裏づけ:開眼手術後の色彩語と子どもの習得

水野が調べて面白かったのは、目の見えなかった人が見えるようになったときに覚える色の語彙が、バーリンとケイの法則と「そこそこ」対応するという事実だった。「そこそこ」と言ったのは、完全には対応していないからである。

先天的に目が見えない人が開眼手術を受けても、すぐに色のある世界が実現するわけではない。色の名前を正確に使うには、どこまでが赤でどこからが違うのかという体系を覚える必要がある。子どもも、赤を教えた後で赤くないものまで赤と呼ぶことがある。水野は、子どもは自分が習得中の言語がどの段階にあるかを知らないのだから、ダニ語ならそれで正しかったかもしれない、と指摘した。言語を使いこなすには「何々を何々と呼ぶ」だけでなく「これは何々とは呼ばない」も覚えなければならない。これは言語習得の回とも共通する話だという。

加えて、見えるようになったばかりの人にとっては、どこからどこまでが机でどこからが椅子かといった物体の切り分け自体が難しい。そのうえで、物体が宿す特定の感覚だけを「色」と呼ぶのだと理解するのは容易ではない、と水野は述べる。

認知心理学者の望月先生は、生後10か月で失明した人に開眼手術を行い、その後に色彩語が使われるようになった順序を記録している。手術後しばらく経ってから最初に出たのは赤で、次に白と黒、その後に緑、茶色、青と続いた。黄色は非常に遅く、手術から2年3か月以上経ってから出た。赤が白黒より先に来ている点はバーリンとケイの順序と逆である。しかし、緑が第3段階、青が第5段階に当たる点は合っている。茶色が早いことも、モデルでは青の次が茶色なので矛盾しない。2年ほどで基本色彩語が出そろい、出現順もある程度モデルに沿っていることから、水野は認知的な裏づけとしてそこそこ説得力があると評価した。

アガバビアン先生も、博士論文を書いていた時期に育てていた娘が色を覚える順序を観察していた。最初は赤、次に白と黒、その後に青と黄色だったという。これは望月先生の報告と同じく、赤の後に白黒が来ている。子どもの場合は発音の難しさも関わるので一概には言えないが、発達過程でもバーリンとケイの順序に近いことが言えそうだ、と水野はまとめた。

これに対して堀元は、RGBで色を指定するときは緑が明るさに最も寄与するという話を聞いていたので、緑が優先されると思っていたと述べた。水野は、緑は色として見ると地味で暗いと応じた。二人は、光の明るさの話と人間の色の認知が噛み合っていない点を面白がった。

認識は普遍的、言語は多様

ここまでの話を水野はこうまとめる。マンセル・カラーチャートをどう切り分け、どこを焦点色と感じるかという認識は、人類で共通している。一方で、言語表現は普遍的ではない。ただし、言語には認識がある程度反映されるので、バーリンとケイのような一般化が導ける。

水野はこれを嬉しいことだと言う。認識は共通なのに、文化の一つである言語は一つにまとまらず、多様性が残っている。同時に言語は、人間というユーザーの認知に強く制約されてデザインされてもいる。堀元も、ゼロから設計できるなら典型的な青と典型的な赤だけを一語で呼んでもいいはずだが、認知の縛りがあるからそうなっていない、と応じた。

水野は、これは異文化理解にも役立つと考えている。相手が「赤」と言えば自分にも赤がわかる。しかし、相手の国のある色の範囲は自分の母語とは違う。共通点と多様性の両方を押さえることが、異なる文化の人と接するときのちょうどよい構えだという。強い仮説のように完全に噛み合わないわけではないので、分かり合うきっかけはある、というのが水野の見方である。

色の語彙が少ない言語は劣っているのか――味のチャートのたとえ

最後に水野は、色の語彙が乏しい言語は劣っているのかと問いかけた。堀元は、白と黒しか言えないのは制約が大きい、劣っていると思ってしまうかもしれないと答えた。

水野が示したのは次のたとえである。未来から高度な技術を持つ人類学者がやってきて、21世紀の日本に暮らす堀元を調査する。人類学者は、マンセル・カラーチャートならぬ「味のチャート」を持っている。二つの謎の軸に沿って1024個の味のチップが滑らかなグラデーションで並び、つまみ上げると味が再現される。堀元はそれぞれを日本語でどう呼ぶか答えていく。甘い、しょっぱい、苦い、甘酸っぱい。おそらく人類学者は、この「未開人」の味の語彙の乏しさに驚く。これほど多様な料理があるのに、なぜ少ない語彙と「何々に似ている」という貧しい比喩しか持たないのか。そして、この時代の日本人の味覚は発展途上だったと結論づけるだろう。

ところが、「甘い」の範囲の中から大きく離れた二つのチップを渡すと、堀元はきちんと区別できる。隣り合ったチップでさえ、それなりに区別できる。人類学者が「なぜイチゴに似た味を区別する語彙を持たないのか、不便ではないのか」と尋ねたら、どう答えるか。堀元は、今とても快適に生きているのでいらない、と答えた。これを色に置き換えればいい、と水野は言う。

さらに水野は、この未来人が味を人工的に操作してグラデーションを作れたように、現代人は色を工学的に操作できるという点を指摘した。堀元はここで自分の仕事の話をした。色はRGBで指定しろとよく言っていて、番組のサムネイルのフォントや背景の色も全部決めてブレないようにしている。それは未来人の味の扱いと同じことをしている、と堀元は気づいた。水野は、RGBもマンセル・カラーチャートも一度も見ずに一生を終える日本人は同時代にもいくらでもいると指摘した。堀元も、他人に「赤なんて言うな、#FF0000と言え」と言ったことはないと認めた。語彙は必要に応じて生まれるものなのである。

水野によれば、この話は過去の食レポの回とつながっている。食レポの回では、なぜ味は細かく言い分けられないのかが問題だった。色はその裏返しだ。色は工学的に操作できるようになったので細かく言い分けるようになった。そのレンズを持った私たちが、色を工学的に操作しない文化の人々に「そんな貧弱な語彙でどうやって生きていけるのか」と問いかけてしまっている。未来人に味の語彙の貧しさを指摘されれば腹が立つだろう。だから、色の語彙が乏しい言語は劣っていない、と水野は結論づけた。「なぜ水色と紺を分けないのか」と外から問うのは、「なぜ甘いとしょっぱいのような雑な語彙しかないのか」と未来人に言われるのと同じだという。

堀元は、未来人に聞かれたら存在しない語を毎回でたらめに答えて撹乱してやると冗談を言った。水野はこれを受けて、実際に文化人類学者が現地の人と信頼関係を築けないまま調査し、からかい半分の回答を真に受けて調査が狂った話を聞いたことがあると述べた。フィールドに出る前に心構えを叩き込まれるのはそのためで、異文化に接するときにも同じことが言えるという。

なお水野は、この味のたとえは自分の独創ではないと明かしている。出典はガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』である。読書案内として水野は、読みやすさの順に今井むつみ『ことばと思考』(岩波新書)、ドイッチャーの同書(ハヤカワ文庫)、翻訳版の『基本の色彩語』を挙げた。読書に慣れていて色についてがっつり知りたい人は、逆の順で読んでもいいという。

工学が語彙を増やす――音楽と味覚の未来

情報工学を専攻していた堀元には、工学によって色の語彙が急に増えたのではないかという話が強く刺さった。堀元は同じことが音楽にも言えると考える。かつて出せる音は楽器に制約されていた。ギターの弦と弦の中間の弦はないので、音は離散的になる(ちなみにこの場面で堀元は弦の本数を言えず、水野に突っ込まれている)。しかし打ち込みで作曲する現代音楽では、632Hz、1543Hzといった任意の周波数の音を出せる。心地よい音を前提とした楽器の枠が外れ、不快な音も含めて可能性が無限に広がった。堀元は、音楽はいずれ楽譜をやめて周波数で奏でるものになるかもしれないと考える。そうなればRGBの色と同じように語彙も膨らむかもしれない。水野は、油絵ではできなかった表現がデジタル描画ならできる、という例も挙げた。

水野によれば、味覚についても任意の味を作る技術が研究されている。まだ途上の部分が大きいが、数十年、数百年すれば工学的にどんな味でも再現できる時代が来てもおかしくない。そのとき語彙は爆発的に増えそうだ、と二人は予想する。

音楽用語については、堀元がモデラート(適切な速度で)やカンタービレ(歌うように)は曖昧すぎると冗談を言った。ただし堀元は、以前この冗談を言い続けていたら音楽をやっている人たちからきちんと意味があると説明され、今はそう思っていないとも付け加えた。文脈を知らずに茶化すのは危ないという話である。

回の締めくくりに水野が投げかけたのは、工学的にどんな味でも作れるようになったとき、私たちは味について何を語るのか、という問いだった。水野はこれを、答えの出ていない気になる問いとして残した。