医者芸人・井たくまが語る、勉強・恋愛・留年危機から「バイト医師」と芸人になるまで
トマホークTomahawk受験や進路をテーマに人生を聞くチャンネルに、医者芸人の井たくまが出演した。医師免許を持ちながら常勤医ではなく、アルバイトの医師として働き、芸人とYouTubeの活動を続けている。本人は、最初からバイトだけの医師は「医者の1番下」にいる存在で、周りにもほとんどいないと話す。熊本の公立小学校から医学部に入り、医師になった後に芸人を目指すまでの経緯が、本人の語りで振り返られた。
漢字を拒否した小学生時代と中学受験
小学校低学年で塾に通っていたが、計算と漢字の書き取りに意味を感じなかったという。「読めればいい」と考えて漢字を書く練習をせず、学校の漢字テストでは2年ほどカンニングを続けていた。高学年になってそれが悪いことだと気づき、自分から担任に申し出て、ひどく叱られ、雑巾がけをさせられた記憶があると語る。一方で読書は好きで、友達にキックベースに誘われても図書館にこもっていた。漢字は書けなくても読めたので、本は読めたという。
成績が上がらない様子を見た親から、別の塾に行くなら今の塾はやめてもいいと言われ、体験に行って気に入ったのが中学受験の塾だった。中学受験の国語では漢字は最初の5問程度しか出ず、他の問題は意外と解けた。そこから受験勉強に力を入れるようになった。
受験したのは熊本大学教育学部附属中学校と、九州学院など私立2校ほどで、いずれも合格した。本人の説明によると、附属中には教育実習生が多く来るため、生徒全員の学力が高すぎると実習に向かない。そのため当時は、定員100人に対して200人を試験で合格させ、その後に体育館でくじ引きをしていた。くじに当たれば必ず入学しなければならず、地元の中学には行けなくなる。井は地元の中学に行きたくなかったが、くじに当たったと話す。なお、この方式は現在はなくなっていると聞いているという。
「家を代表して」猛勉強し、中2で燃え尽きる
附属は幼稚園から中学まである学校で、半分以上は幼稚園や小学校から上がってきた医者や資産家の子どもだった。両親はともに学校の先生の公務員で、兄弟もいる普通の家庭だったため、井は「負けたら家の恥だ」「家を代表して送り込まれている」という気持ちで勉強した。授業を聞き、部活をして帰宅した後、その日の教科書やプリントをすべてノートに書き写すまで寝なかった。夜中3時ごろまで勉強し、朝6時半に家を出て電車で1時間かけて通う生活を、低学年のうちは続けたという。
1位を取るために、家庭科の千切りや乱切り、体育の筆記まで勉強し、実技教科でも1位を取っていた。ところが中2のとき、急に「何のために勉強しているのか」と思い、燃え尽きたような状態になった。勉強以外のこともやった方がいいと気づいたという。
野球部ではずっとベンチでスコアをつけていた。データを熱心に取ったが、中学では同じチームと当たるのは年1回程度なので、そのデータはほとんど使えなかったと笑う。何もできなくなった中2のころに芸人のラジオを好きになり、しゃべって笑いを取ることのすごさを感じたのが、お笑いへの関心の始まりだと本人は振り返る。
「これからは彼女の時代」と吹奏楽部での作戦
高校受験は合格ラインを少し超える程度の勉強で、熊本高校に入った。中3ごろから関心は「モテ」に移り、勉強で周りに勝ちたいという気持ちはなくなったという。高い目標を持ち続けるのではなく「その場で生きている」と自分を説明する。中学の離任式で告白して付き合ったが、2〜3か月で別れた。自分の言ったことで笑ってくれる人を好きになったと話す。本人いわく、「彼女の時代」は29歳ごろまで続いた。
高校で部活を選ぶとき、彼女ができるかどうかは結局母数の問題だと考えた。相手が自分を好きかどうかは自分にはわからないのだから、なるべく多くの女性と接点を持てば確率が上がる、という考えである。そこで女性の多い吹奏楽部に入った。サックスがモテると思っていたが、未経験者はベースかドラムしか選べないと言われ、ベースを選ぶと男子しかいないパートだった。
他のパートに話しかけに行くしかなくなったとき、下心を見せるとマイナスになるとも考えた。しかし井は逆に「女性として見ています」という態度を出すことにした。女性として見られたくない人は近づいてこなくなるので、それで「スクリーニングできる」と考えたという。本人はこの作戦がうまくいったと話し、最終的には部長になり、彼女もできた。部は九州大会に進めない「ダメ金」までは取れるレベルで、平日も週5日ほど練習し、土日のどちらかは朝から夕方まで活動する厳しい部だった。
現役不合格と、医学部を目指し直したきっかけ
現役では鹿児島大学医学部を受けた。周りが医学部を目指していたので自分も、という動機だったという。私立はお金がないので受けられず、後期は佐賀大学を受けたと思うが、いずれも不合格だった。センター試験は900点満点中700点ほどだったと話す。
高3の受験期に、2年ほど付き合った彼女に振られた。当時の自分は「恐るべきメンヘラ」で、RADWIMPSの歌詞のように何度別れ話をしても元に戻るのが恋愛だと思っていたと振り返る。本気になる性格で、部長としても熱血だったという。
浪人中は、その元彼女を安全のために毎日塾まで送り届けていた。元彼女は医学部に合格したが、後になって、その塾でアルバイトをしていた医学部生と付き合っていたとわかった。井は「次の彼氏に安全に送り届けていた」と気づき、怖くなると同時に腹が立ち、医学部に入るとそういうことがあるのかと思った。友人がみんな医学部を目指していたことと、この怒りが、医学部を目指す二本柱になったという。
大手ではなく小さな塾を選んだ理由と佐賀大合格
井は、個人で経営している医学部専門の塾に高校時代から通い、浪人中は熊本にしかない大手の塾と、熊大医学部の関係者が立ち上げたという個別塾にも通った。両親は勉強しろとは一度も言わなかったが、行きたい塾には行かせてくれたという。
小さな塾を選ぶ理由を聞かれると、大手の塾はきちんと勉強してきた人向けに作られていると答えた。高校3年間をある程度勉強してきた前提の授業を受けても意味がない。基礎がわからないまま高校範囲を進めることになるので、マイナーな塾でも、恥ずかしいことを聞いても一から教えてくれるところで学ばないと意味がないと考えたという。
浪人の年には佐賀大学医学部を前期で受けて合格した。佐賀大ではその前年まで、数学・英語・物理・化学を一つにまとめた「総合問題」が出ていた。井によると、サガン鳥栖の選手が蹴ったボールがどうなるか、といった問題である。井の年から通常の問題に戻ることになっていた。井は、出題形式が変わった年は試験が簡単になるというジンクスを信じ、実際に「めっちゃ簡単」だったと話す。センターは750点ほど取れた。面接の比重も大きく、親が佐賀大出身であることも生かして「佐賀が好き」と伝えたという。
2年生の再試験11科目
医学部には入ったが、本人によると留年しかけたことが2回あった。1回目は、基礎医学や組織学、生理学、生化学などが重なり、医学部で一番進級が難しいとされる2年生のときだった。井は軽音学部のジャズ研に入り、「ジャズマスターになる」と授業そっちのけで朝から晩まで部室にこもっていた。その結果、テストを多く落とし、15科目ほどのうち11科目程度が再試験になった。1科目でも落とせば留年である。
このときは、当時付き合っていた頭のいい彼女に「この表だけ覚えればいい」と言われた表を覚えたところ、それがそのまま試験に出て、進級できたという。この彼女とはその後もくっついたり離れたりしながら長く付き合ったと話している。
出席率64.8%からの逆転
2回目の危機は4年生のときだった。4月最初の試験は、運動器や感覚器系の診療科が集まった科目だった。井は2週間前からファミレスで勉強し、前日も夜中まで勉強して過去問も解き、今回は受かると思っていた。ところが当日会場に行くと、自分の席がなかった。学生課に呼ばれ、授業の出席回数が足りないので本試験を受けられず、再試験も受けられないため留年だと告げられた。基準は65%で、井の出席率は64.8%だった。
一度は留年が確定したが、井は念のため学生課で出席記録を見せてもらった。そこで出席率の計算方法に気づいた。この大学では、授業の最初に配られる紙にサインして出席を記録する。同じ先生が3時間続けて教える授業では紙は1枚だが、3時間とも別の先生なら紙は3枚になる。出席率は、この紙の枚数で計算されていた。井は、紙が1枚でも3時間の授業に出たなら3と数えるべきだと考え、時間数で計算し直した。すると出席は足りていたという。
井は、留年を判断する立場の先生にこの件を伝えた。同じ時期には、他の学生が出席カードを不正にコピーしていた事件が発覚しており、その学生たちは留年になった。井は不正はしておらず、単に授業に出ていなかっただけだったと話す。
最後の話し合いで先生から、自分の計算方法なら出席は足りるが、その方法で全員を計算し直すと、逆に足りなくなる学生も出るかもしれないと言われた。井は、その人たちが留年するくらいなら、自分はすでに留年が確定しているので無理に変えなくていいと答えた。すると先生は、友達を売るような男だったら試験は許さなかった、と言い、受験が認められたという。井は、この時点で受けさせる方向にはほぼ決まっていたようだと見ている。ただし、その試験で落ちれば留年という条件だった。
OSCEでの失敗と、臨床実習でのつらい経験
実技試験のOSCEには落ちた。AEDのブースは簡単で「当たり」とされていた。手順は、人が倒れているのを見つけたら周囲の安全を確認して近づき、呼びかけ、人を呼んで救急通報とAEDの手配を頼んでから心臓マッサージを始める、というものだ。しかし本番の井は、声をかけた後に誰も呼ばず、すぐ心臓マッサージを始めてしまい、落ちたという。
5年生からの臨床実習は「全然大丈夫じゃなかった」。特に忘れられないのは、指導についた女性の上級医である。質問を2つほどされて答えられないと、何を勉強してきたのか、もうついて来なくていいと言われ、患者向けのパンフレットを渡されたという。患者の前でも厳しく言われ続け、患者から「先生頑張ってね」と心配されるほどだった。井は医師をやめようかと思うほど追い込まれた。家に帰ると、気づいたら包丁でベッドの縁をトントンと叩いていたこともあったと話している。
マッチングは1病院だけ
研修先を決めるマッチングでは、多くの学生が複数の病院に出願し、自分の大学病院も保険として入れておく。しかし井は自大学を絶対に避けたいと考え、佐賀市内の病院1つだけを書いた。比較的自由な雰囲気で、ブラックではなく「ホワイト」な病院だったという。病院見学や面接で気さくな院長と飲みに行き、音楽をやっていると話すと「院内コンサートで弾いてよ」と言われたこともあった。そこで2年間の初期研修を終えた。
医師をやめ、芸人を選んだ理由
初期研修後は、通常ならどの大学の医局に入るかで診療科が決まる。井はその段階で東京に出て、お笑いを始めた。理由として、まず医師の仕事の厳しさを挙げる。眠れない日や当直、24時間勤務があった。さらに、医師はオリジナリティを出せないとも感じた。治療はガイドラインで大枠が決まっていて、自分でなくてもいいと思ったという。キャリアも、何年目に専門医を取り、何年目に部長になるか開業するかというパターンが決まっているため、死ぬまで決まってしまったように感じた。
まだぎりぎり20代で、後期研修に進めば専門医を取り、結婚し、子どもができて固まってしまうので、行くなら今だと考えた。一方で本人は、これは自分の進路ミスで、医学部にもノリで入ってしまったと認め、医学部を目指す人は一度考え直した方がいいとも述べている。芸人を選んだのは、好きなことができてオリジナリティを出せるからだ。高校時代にラジオを多く聞いて話術を研究し、それを元に話すと面白いと言われていたことも、「お笑いにも行けるのでは」と考えるきっかけになった。
芸人4年目の現状とYouTube
研修終了の段階で太田プロの養成所に応募して合格し、1年間通った。養成所の期間は芸歴に数えないので、その後から数えて現在4年目だという。ピン芸人としてR-1に4回出場し、3回は2回戦まで進んだが、3回戦には進めていない。最終的な目標はオールナイトニッポンのようなラジオで、面白いエピソードを話すことだ。ただ、やってみて自分はネタ作りが得意ではないとわかったとも話す。
YouTubeは養成所時代から4年間続けたが、ずっと伸びなかった。最初はショート動画で、シャワー中にPHSが鳴っている気がする、といった医師にしかわからない「医者あるある」を投稿していた。現在は医師同士の掛け合い動画の1本が1000万回再生を超えている。最近は、体に悪いと言われているものが実際どうなのかといった、一般の人が気になる健康知識も扱うようにしている。
動画を作るときは厚生労働省などのサイトを調べ、どこまでなら言ってよいかを慎重に判断しているという。SNSでは「医者が絶対に食べない食べ物」のような過激な発信をする医師が目立つ。井は、そうした医師は医師全体から見ればかなり少数派だが、SNSでは拡散されやすいと見ている。その結果、厚労省の見解に沿った発信をする自分のような存在が逆に珍しくなり、希少性が生まれていると本人は分析する。
バイト医師の収入と先行き
医師のアルバイトの時給は平均1万円ほどだという。井の計算では、1日8時間で8万円、週5日で月160万円ほどになり、すべてうまく埋めれば年間2000万円弱を稼げる可能性がある。現在は週3〜4回ほど勤務しながら動画を出している。お笑いや動画に力を入れる時期は勤務を減らすなど、収入は時期によって変わると話した。また、厚労省が専門医資格のない医師は働けないようにする方向で動いているという噂も聞いているという。数年後には「マジで無職になっている可能性もある」とし、あくまで今のところの話だと付け加えた。
進路に迷う人へ
最後に進路に迷う人へのメッセージを求められ、井は「目標はなくてもいい」と答えた。自分にはまったく目標がないが、その場その場で全力を出すことが意外と道を開く、という考えである。もう一つは「嫌なことから逃げてください」ということだ。医師の仕事から逃げた先で芸人になり、結果的にYouTubeが少しずつ伸びるようになった自分の経験を踏まえ、逃げた先で全力を出せばいいと個人的には思う、と締めくくった。
バンと4浪4留中の四段です。はい。今日のゲストの方がそのニート医師、ニート医師、ニート医師みたいな感じ。どっちなん?
そう、そう、そう。ということで、自己紹介お願いいたします。本当に医者やってます。医者芸人の井たくまです。お願いします。お願いします。えっと、医者ということで大丈夫なんすかね?まあ、そうすね。一応国からは医者だという風になってるということではあります。これ以上ないみたいな。
勤務とかではないっていう。そうですね。バイト、バイトメインでお金のために仕方なくやってる感じ。周りにいます、そういう人。その専門取った後とかで、ちょっとバイトで休憩しようみたいなのはいるんすけど、僕みたいに最初っからバイトはもう本当医者の終わりなんで、本当にその医者の一番下にいる人たちなんで、もうほとんどいないっすね。
もうそうなったら終わりぐらいのその話とかもなんかめちゃめちゃ面白そうなんで、聞いていきたいんですけど。いや、ぜひぜひ。このチャンネルは人生を聞いてくチャンネルでして。はい。薄いっすよ、僕。いやいやいや。外見て喋れないですけど、そんな。いやもうバイトの話面白すぎ。バイトは喋れます。バイトの話はすごい喋れる。
医学部までは入られてるってことじゃないですか。それはそうですね。一応1浪して入りました。だから勉強はこうできると言いますか。まあそうですね、最低限はできたって感じです。
じゃ、ちっちゃい頃とかはどうでした?その勉強とかは。はい。小学生の時とかはそこそこぐらい、ちょっとはできるぐらいで、小学校低学年の時に塾行ってたんですけど、その塾でもなんか計算と漢字の書き取りみたいなのがあって、小学校低学年ながらに、なんで漢字を書かなきゃいけないんだろうと思うの。書く意味、別に読めたらよくねみたいな。
で、全然やんなくて、小学校でもめちゃくちゃカンニングしてました。いや、いいや。漢字めちゃくちゃカンニングしてて、小学校高学年ぐらいに、俺カンニングってダメなことなんだろうなと思って。で、担任に言いに行って、その2年ぐらいカンニングしてましたって。めちゃくちゃ怒られて、雑巾掛けさせられた記憶はありました。
なんか本読むのすごい好きで、図書館とかにずっとこもって、友達とかにキックベースとかあったじゃないですか。はいはいはい。やろうぜみたいに言われても、ちょっと本読むからっつって。え、漢字読めないと本読めなくないですか?読めはするんすね。読めはするんだ。そう、だから読めればいいだろうって思ったんですね。
中学は受験はしてます?受験しました。ちなみにどこを受けました?えっと、僕熊本なんすよ、出身が。で、普通に公立の小学校通ってて、熊大附属中って言って、熊本大学の教育学部の附属中があるんですよ。そこを受けましたね。はい。
え、でも小学校の時そんな感じだったけど、中学受験は受かったっていう。そうですね。その低学年のときに塾行ってずっとそういう感じで成績上がんなくて、そしたら親が、塾に行くならやめてもいいよみたいに言われて。その塾で、えと思って、やめていいのと思って、じゃあ行くわっつって、色々体験に行って、いい感じの塾があって、そこが受験の塾だったんですよ。じゃそこ行くならやめていいって言われたんで、やめるやめるっつってやめて。で、入ったら、中学受験の国語って漢字って最初の5問ぐらいなんすよ。だからえと思って、やっぱそうじゃんと思って、ここ5点になって、他は解けるんすよ、意外と。ていうことで、そっからちょっと受験頑張り出して。ああ、なるほど。
え、中学1個しか受けてないんですか?えっと、一応その熊大附属中と、あと私立とかもあったんで、それも2校ぐらい受けて。それも真和中学って多分全然知らないと思うけど、九州学院って野球が結構強かったり。だからそことかも受けて、でも全部一応受かりはして。
熊大附属中は教育学部の附属なんで、教育実習生がいっぱい来るんよ。だから全員がすげえ頭良かったら微妙なんですよね、その実習的に。全員が頭良すぎたら実習にならんじゃないですか、教育実習生的に。別に全部理解できちゃうんで。だから、今はなくなってるらしいんですけど、定員が100人だとしたら200人試験で受からせるんですよ。へえ。で、そっからくじがあるんですよ。くじ引きが。そう。体育館に集められて。で、くじ受かったらもう絶対行かなきゃいけないっていうシステム。で、それで受かっても絶対行かなきゃいけないんで、地元の中学行けないってなってですよ。泣くほど行きたくなさすぎて。
中高一貫ですよね。いや、違うんですよ。違うんだ。えっと、幼稚園から中学まであるんですよ。はあ、なるほど。中学内は成績良かったですか?中学内も、入った時は僕田舎から出てるんで、やっぱ半分以上はその幼稚園とか小学校からのおぼっちゃまなんですよね。結構医者の息子とか結構お金持ちの息子とかいたんで、俺も絶対負けられないみたいなのあって。
最初入った時とかは、もう授業聞いて、部活やって、帰って、そっからその授業でやった教科書とかプリント全部出して、全部ノートに書き写すまで寝ないっていう。ええ。もう夜中3時ぐらいまで勉強して、朝6時半ぐらいに家出て、電車で1時間かけて学校行くみたいな生活を低学年の頃してて。
じゃあ聞いてる感じ、親御さんが医者ではないんですか?医者全然、公務員ですね。普通の。両親公務員?はい。両親公務員です。裕福って感じでもない?いや、もう本当学校の先生なんで、そんなやっぱ先生そんな給料ないですって今。だから普通に、兄弟もいるんで、別に本当に普通の家庭です。はい。
だからその周りの金持ちには負けてられない。もう絶対負けたらもう井の家の恥だっていう。俺は井家を代表して送り込まれてるんだっていう。あ、てかその井たくまって本名なんですか?あ、これ本名です。本名なんですね。
高校受験じゃいい高校行きたいみたいのあったんですか?それも中二で、なんで勉強してるんだって急に賢者に。本当にそれまでは絶対1位取りたいんで、俺家庭科とかもめっちゃ勉強したんです。千切り、短冊切り、いちょう切りとか、そのペーパーテストやったり、体育も筆記はもうめっちゃ。ええ、副教科そんな頑張らなくていい。副教科も1位取ってたんすよ、全然。そのぐらいやってたんですけど、マジでなんか、え、何これと思って。
急に燃え尽きみたいな感じ。燃え尽きみたいな感じになって、なんか勉強以外もやった方がいいんだなって気づいて。あ、なるほど。で、野球もやってたんですけども、野球は鬼のように下手で。あ、野球部なんすか?僕野球部なんすよ。中学野球部で、もうずっとベンチでスコアつけてたんですよ。はい。で、スコアめっちゃうまくなって、めっちゃわかるんすよ。頭脳みたい。頭脳みたい。え、でも頭脳でめっちゃデータとか取るんすけど、中学って年一でしか同じチームと当たんないんですよ。だから使えないっていう、そのデータが全然使えない。
でも野球部引退して高校受験勉強が始まる。はい。そうですね。じゃ、それもやっぱ始まったら本気でみたいな。いやでもそれも、だからここが合格ラインだとしたら、こう受かったみたいな。あ、高校はどこですか?熊本高校って言って、熊本の高校なんですけど。はい。
その高校入った時は周りに勝ちたいみたいのあったんですか?いや、もうないす。勉強はないっすよ、もう本当に。あ、そうなんすね。中3ぐらいからもうモテしかなくなっております、気持ちが。路線変更しすぎじゃないですか?いや、その場で生きてるんで、別になんか高い目標がずっとあるとかじゃないですよね。その場でこうしたいでやってるんで、中3ぐらいから、これからの時代は勉強じゃない、彼女だというマインドに切り替わりました。
彼女はできたんですか?中学の離任式って分かります?その年に先生が他の学校に行くみたいな、もう卒業後に集まるみたいな。その時に僕告白して。え、離任式なんでそれずれてんすか?え、いや、卒業式いけんかった。慎重に慎重を重ねて離任式がもう今だっていう。全然雰囲気じゃないですか。で、どうだったんですか?で、そこで付き合えたって。付き合えて。でも本当結構2、3ヶ月ぐらいで別れちゃったんですけど。
何で好きになったんですか?中学校って、笑ってくれる人が嬉しいみたいな。笑わせたいみたいなのもあったんで、自分が言ったことで笑ってくれる子好きになっちゃうみたいな。芸人マインドみたいなのあったんすね。ありましたね。本当にその中二でパンって何もできなくなった時に芸人のラジオとか好きで、喋って笑いとるってすげえなみたいな。だからその頃からお笑いマインドありました。
へえ。彼女の時代はいつまで続いたんですか?え、彼女の時代はもう29とか。29。ずっと続いたんや。その彼女の時代だと思って入るじゃないですか、熊本高校とかに。で、部活選ぶってなって、僕もやっぱ理系だったんで、その頃から考えたんですよ。どうやったら彼女の時代を乗りこなせるか。はいはいはい。
彼女ができるのかって考えた時に、結局母数だなと思ってた。元々僕のこと好きかどうかなんていうのは僕からわからないじゃないですか。はいはいはい。ということは、なるべく多くの女性と接点があった方が確率が上がるだろうって、やっぱ中3の僕は思ったんです。そうなった時に女性が多い部活だってなって、何部だ、吹奏楽部だってなって。頭いいのかバカなのかわからん。その性欲で入ってきてんじゃねみたいにはならんかったですか?
けどもちょっと僕作戦があって。で、元々僕、サックスがモテるなって思ってたんです。はいはいはい、そうなんですね。そうなんです。で、サックスになりたくて、1週間ぐらい体験入部して、で、楽器決めみたいな日があるんですよ。で、先生が決めるんですけど、お前未経験だからベースかドラムしかないぞっていう。で、ベースがいいかなと思ってベース入って、ベースパートって男しかいなくて、だめやと。
で、やばいっと思ったんすけど、周りに行くしかないじゃないですか。はいはいはい。他のパートのとこにね。で、さっき言ったみたいに性欲に見られたら逆にマイナスなんじゃないかって思えるじゃないですか。でも違うんですよ。僕やっぱ頭がすごい良かったんです。なんで、これ逆に女性として見てますよって言っていこうって思った。おお。ということで、女性として見られたくないって人はもう近づいてこないじゃないですか。はいはいはい。それでもスクリーニングできるな。スクリーニング。はいはいはい。
それはうまくいったんですか?これうまくいって。お、そうなんだ。最終的に部長まで登り詰めました。へえ。いや、関係なくない。どっちに行くの。で、彼女できまして。おお。すご。成功したと。まあまあ2つの意味で。僕の中3。いや、そんな成功しなかったですけど、その苦労はしなかったんですけど、そう行けると思うか。確かに成功体験です。その計算が合ってたなって。
続きました?その人は多分2年ぐらい。本当、高校3年生の終わりぐらいまではなんだかんだ。へえ。え、高3で振られるんですか?高3で振られました。え、受験期?受験期で。え、理由とか聞いていいんですか?えっと、僕その当時やっぱ恐るべきメンヘラだったんですよ。
その当時RADWIMPSって流行ってたんすよ。RADWIMPSの歌詞ってなんかすごいすよ。DNAをあなたに残すみたいなのが。何回も別れ話しても、もう1回くっつくみたいな。はいはいはい。だからそれが恋愛だと思ってたんで。ああ。なんでやってくれないの、なんでやってって。どう解釈した?これなんで、メールすぐ返してみたいな感じのマインドだったんですよ。で、やっぱ女性は大人じゃないですか。やっぱ割と、だから徐々にやっぱなんだこいつかって。
メンヘラともちょっと違う気が。本気になる性格なんで、体育会系みたいな感じだったんですよ、部長の時。そうですね。もう本当に、うちは金銀ってコンクールであるんです。で、金でも金だからってその九州大会に行けるわけじゃないですよ。その金の中にダメ金っていうのがあって、ダメ金っていうのは金賞だけど九州大会に行くのダメですよっていう金賞で、そのダメ金までは行くぐらいの大変さで、結構バリバリ週5ぐらい、普通に平日もあって、土日もどっちかは朝から夕方まで部活ある。
え、どこ受けます?受験。一応鹿児島大学の医学部。医学部。医学部なんか、え、周りがやっぱ医学部、え、あ、そうみたいなのがあったんで、じゃあ俺も医学部とかみたいな。後期とか私立も受けたの?えっと、私立はお金ないんで、そもそも受けれなくて、後期は多分佐賀大を受けたと思うんです。医学部受けて、多分普通に落ちましたね。
結局彼女さんが医学部に合格されたんですよ。ええ、すご。で、僕毎日その彼女を塾に送り届ける。危ないんで。僕いいやつなんです。RADWIMPS聞いてるんで、やっぱその愛したいって、誰よりも愛したいってあったんで。それで毎日送り届けたんですよ。怖いな。いやいや、怖い話じゃないですからね。別にこれ、ポップな僕の恋愛っぽい話をしてるだけですからね。
それで送り届けて、で、その方医学部行くってして、蓋開けてみたら、その方がそこの塾で働いてる医学部のバイト生と付き合ってるっていうのが分かって。で、俺あ、そうか、彼女を安全に次の彼氏に送り届けてたんだなって気づいて。いや、怖い話。マジで怖い話じゃん。俺怖くなってきて。怖いと同時になんかむかついてきて。はいはいはい。医学部入ったらそんなことあんのと思って。じゃ、俺医学部行くわと思って。それで1浪です。友達がみんな医学部と、そのムカつきと1浪。
現役はもう全然かすりもしなかったんですか?でもセンターも多分700ぐらいで。900点満点中。結構取ってませんか?まあでもそのぐらい。一応塾はずっと通ってて、医学部専門塾みたいなのを個人のおじいちゃんがやってるみたいな。へえ。え、何塾なんすか?一応その、高和塾っていう名前の塾で。そこも数学メインでバリバリやるみたいな。
え、浪人もそこですか?一応そこに行きつつ、壺溪塾って言って、その熊本にしかないでっかい塾があるんですよ。その塾と、あとは謎の熊大医学部生が立ち上げたっていう個別塾。へえ。その3つに。すごい。めちゃめちゃ教育にお金を注ぎ込んでるというか。うん。そうですね。親は行きたいって言った塾には行かせるみたいなとこありました。勉強しろと1回も言われたことないですけど。
実際受けたのはどこですか?浪人の時は佐賀大学前期で受けて受かりました。おお。はい。佐賀ってその年まで、その僕が受ける前の年まで総合問題って言って、めっちゃ変な問題が出るんですよ。数学、英語、物理、化学が全部一緒だった。へえ。前出た問題なんか、サガン鳥栖のなんとか選手がサッカーボールをこのぐらいの角度でこう蹴りましたみたいな。これがどうなりました?みたいな。どうなる?数学とか物理とか全部が入った問題みたいな。
その年があって、僕の年から普通の問題に戻りますよっていう。おお。で、初めてその受験に役立つ情報言いますけど、そういう年はめっちゃ受験が簡単になるっていうジンクスがあるんですよ。へえ。それを僕は信じました。実際に簡単だったんですか?めっちゃ簡単でした。ええ、すごい。センターも、でもその時割と750ぐらい取れたんで、8割ぐらいは取れて、面接もめっちゃでかくて、佐賀大って面接点も結構あるんで。そこもたまたまうちの親が佐賀大出身で、医学部じゃなかったんですけど、それ駆使して、佐賀が好きなんですっていう。
大好きで。有名じゃないものを使って勉強しますよね、なんか塾とかも。ああ、確かに。なんか自分で見つけるというか、そういう嗅覚があるんですかね。てかやっぱり結局勉強って、大手とかちゃんとしてるとこって、ちゃんとやってる人用に作られてるじゃないですか。だから壺溪塾とかもそうだったし、大きいとこもそうですけど、高校3年間ある程度やってきての人用じゃないですか。はい。それをやっても意味ないって自分で思うんですよね。結局わかんないわけだから。高1のことあんま分からないのに高3の勉強してるみたいな感じになるなって僕的に思うんで。だったらそのマイナーのやつでもいいから、ちゃんと1から、恥ずかしいことでも聞いたら教えてくれるとこでやんないと意味ないかなと思ってです。
ああ、すごい。で、医学部入られて。入って。留年は、留年はこれしなかったんですよね。何回かもう留年するっていう事態だったんですけど。不死鳥だもん。フェニックスって笑ってましたもん、同期から。絶対留年しないって。そこで2回ぐらいやばい時あって、なんとか突破できました。へえ。そうなんですよ。
1個目はどんな感じだった?1個目はシンプルに、やっぱ2年生って一番進級難しいんですよ、医学部って。おお。そうなんすよ。2年生が基礎医学とか、組織とか、生理、生化学とかいっぱいあって、その時まだ俺、彼女の時代ではあったわけですよ。あ、はい。なんでやっぱ音楽部だと。軽音楽部っていう名前だったんですけど、ジャズ研があって、そこに入って。もうそっからジャズマスターになるんだって。俺がジャズマスターになるんだっていう。もう授業そっちのけでジャズの練習して、部室にずっと朝から晩までこもるんですよ。
で、その部活も結構大変な部活で、土日もバリバリやってっていう。へえ。そ、やっぱめっちゃテスト落ちて。ああ、はいはいはい。で、再試が11個あったのか。何個中11個ぐらい?多分15とか。で、1個でも落としたらもう留年なんで。はいはいはい。すごい。1個目の危機で。でもそこも、その時にお付き合いしてた方が頭良くて、いや、この表だけ多分覚えたらいいよって。その表覚えたらまんま出たんですよ。へえ。で、解けて。すご。それで進級できました。おお。
彼女さんは結構続いたんですか?その方はそっから多分8年。8年は言い過ぎかな。くっついたり離れたりしながら。ああ。そう。なんとか進級していって、で、その2回目、2回目がもう本当やばくて。4年生って結構専門のやつがあって、運動感覚器って言って、その時なんか眼科とか、そういう運動する系のやつが全部集まってるテストみたいになって。で、しかも4月だったんで1発目なんで、ここはやっぱ一丁勉強してやるかと思って。はいはい。
2週間前ぐらいからファミレス行って友達としっかり勉強して、で、その前日も徹夜っていうか、もう本当夜中1時ぐらいまで勉強して、もうかなり頭入って、過去問もやって、これも確実に受かりますよと。はいはいはい。いよいよもう勉強の時代だと。これからは。いよいよと思って。で、当日会場行って、僕の席ないんですよ。え。席がない、僕。席がない。いじめられてたんですか?
あれと思って、学生課に呼ばれて、井さんは授業の出席日数が足りないんでテスト受けられませんってなって。ええって。本試受けれないんで、再試験も受けられないんで留年ですって言われて。え、じゃ、ほぼ行ってなかったってこと?調べたら、65%みたいな、それ以上行ってればテスト受けられるみたいな。64.8%みたいな。ええ。で、それで1回確定したんすよ。え、死んでるじゃないですか。死んだんすか、それで。
でも一応本当に留年したのかちょっと確認しようと思って。諦めてないんだ。諦めてないんだ。一応学生課に行って、足りないって言ってるけど本当に足りないのかって。したら一応その見せられたんです。この授業出て、出て、出て。そしたら俺気づいたんですよ。医学部の授業っていろんな出席の取り方あると思うんですけど、うちは紙を最初に配られるんですよ。で、そこにサインして、出席しましたよっていうシステムで。
例えば3時間同じ先生の授業だったらこれ紙1枚。紙1枚。でもその授業が3時間別の先生だったら3枚紙をもらえるっていう。はいはい。で、紙の枚数で決まってたんですよ、その割合が。はいはいはい。だから例えば10枚の紙全体で5枚の紙が提出されてれば、それ50%の出席率ですよ。はいはいはい。でも俺はその時に、いやおかしいと思って。それは1枚でも3時間の授業出てたらそれは3だろ。ああ、はいはいはい。で、その方式で計算したんですよ。したら足りてたんですよ。うわ。
その留年を司る先生みたいな。留年を司る先生、多分いるんすよ。そこにも色々話を通して。そしたら同時並行でまた新しい事件もあって、出席表コピー事件っていうのがあった。他のやつらが出席カードを不正にコピーしてた。で、それやったやつらはもうマジで留年したんですよ。もうやっぱ不正だったんで。はいはいはい。で、僕はその一切取らしてないですよ。シンプルに行ってなかったっていう。
そういうこともありつつ、結果最終面接というか、その司る人との最後の話し合いみたいな風になって。で、そこで呼ばれて行って、お前なんかそうらしいなと。そのAパターンでは出席足りないけど、Bパターンでは足りてたらしい。でもなと。お前もしもBパターンで全員計算したら足りないやつが出るぞって。あ、確かに。そいつらが留年するぐらいだったら、僕も1回確定しちゃってるし、それなら無理にしなくてもいいですよって言ったんす。
したら、お前がその友達を売るような男だったら俺は最後まで許さなかった。お前は友達を売らなかったから、受けていいって。これ前から多分変えたら決まってたんす。もうさすがに受けさせるかもってなってたっぽいんすけど、遊びで言われて。へえ。で、それで結果、本試だけ受けろって言われた。でもそれで落ちたらもうダメなんです。ええ。言われて。でも結構すご。
なんかOSCEとかCBTとかもありました。ありました。それは突破できたんですか?OSCEも落ちましたです。あ、OSCE落ちた。OSCEって実技ですよね。実技すね。ブースがあるんですよね。胸の音聞いたりとか。で、その中でAEDのブースが出て、それはもう医学部の生徒的にはもう当たりなんすよ。ああ。めっちゃ簡単だから。そんなのみんな習うじゃないですか、交通とかのやつでも。
まず人が倒れてる状況だったら、あ、人が倒れているって言って指差しで周り危なくないか確認して、近づいて、大丈夫ですか、大丈夫ですか?って言って、誰か来てくださいって。あなたは救急車呼んで、あなたは救急カート持ってきてってやるんですけど、その実際の時で、あ、人が倒れてるってわーって近づいて、大丈夫ですか?大丈夫ですかって、誰も呼ばずに心臓マッサージ始まって。ああ、誰も来ないんですよ。そりゃ。で、落ちましたですな。AEDの悪魔と言います。いないやろ。怪物、怪物がいた。おらん。おらん。悪い。悪いでした。AEDにはおらんよ。
で、5年生からじゃ、マッチングとか実習とか。そうそう。実習は大丈夫なんですか?大丈夫じゃないです。大丈夫ですか?全然大丈夫じゃないです。一番やばい上医さん、忘れられない上医さんがいるんすけど、ついて回るんですよ。で、質問2個ぐらいされて答えられないんですよ。何勉強してんの?もう来なくていいかなみたいな。私についてこなくていいかな。これ勉強してって、患者が見るパンフレット渡されて。ええ。
で、ずっとその患者の前でめっちゃ言われるんですよ。で、患者さんから、ちょっと先生頑張ってねみたいな。心配されてる、こいつみたいな。一旦やめようと思うぐらい病んで、家帰って気づいたら、意味わかんないですけど、そのベッドの縁を包丁でこうトントンってしてたんですよ。病みすぎ。奇行に走ってるじゃないですか。そう、そう。そのぐらい病んで。ええ。
で、マッチングはできた?マッチングはみんないっぱい受けるんですけど、マッチングって結局何個かいっぱい出して、あっちも取りたい人を出して、それがマッチすればマッチするみたいな感じです。僕はなんかわかんないですけど、1個でいけるとか。就活で1社しか出さないみたいな。そう、ほぼ失敗するパターンです。そうです。で、自分の大学は取ってくれるみたいのあるんで、一応入れとくんすよね。で、僕はもう絶対嫌だと思って。絶対嫌。佐賀大も書かずに。へえ。その佐賀の1個の病院だけを書いて。ええ。
その病院は何が良かったとかあるんですか?いや、そこは佐賀の中で、街の中で、比較的見学行ったりしてて、僕でも耐えれるかなみたいな。ブラックではないみたいな。ブラックでは全然ない、ホワイトな病院っていう感じでした。面接受けて、気さくな院長先生で飲みにも行くんすよ、マッチングとか病院見学行った時とかに。で、そこで音楽もやってるんですよみたいな。じゃ病院コンサートとか入ってやってよみたいな。やりますよ、やりますみたいな。そしたら結構そこ受かって。
何年働かれたんすか?えっとそこは2年。あ、2年。初期研修2年だけですね。科が決まるのは?科が決まるのは初期研修2年終わって、そこで大体どこの医局、例えば消化器内科のどこ大学の医局に入りますよみたいな感じで科が決まるんですけど、そこで僕は東京来てお笑い始めたという。へえ。
え、やめた理由あります?それ。いや、でも本当に、医者とかないじゃないですか、気持ちの中に常に。はいはい。そのまま来たんで、医者やってみて医者きついと思って。医者やばと思って。こんななん、医者って。もう寝れない時とか、当直とか、もう意味わかんないです。24時間も働いてとか。あ、はいはいはい。
で、気づいたのが、医者ってオリジナリティ出せないなって。はいはいはい。ガイドラインっていうのがあるんで、大体治療は国的にこうしてくださいって決まってんすよ。てなったら、え、これ俺じゃなくていいじゃんみたいな。ああ。しかも大体医者ってその職種で何年で専門医とって、何年で部長とかなるか開業するかみたいなパターンがもうあるんで、え、じゃあ俺もなんか死んだも一緒だなと思って。もう死ぬまで決まっちゃったなと思って。ああ。
後期研修までやろうとかも別になかったんですか?それもその時まだギリ20代だったんで。あ、はい。今ここでやんないと、もう後期研修やった日には、もう専門医は取るわ、結婚はするわ、子供は産むわで、もう終わっちゃうなと思って。もうそこで固まっちゃうなと思って。へえ。行くならここだって思ったんですよね、自分の中で。いや、でも本当に俺の進路ミスというか、本当にノリで入っちゃったんですけど、だから本当医学部入りは今一度考え直した方がいいと思いますけど、そういう気持ちはありましたね。はい。
やっぱ芸人はやっぱその、好きなことできる、オリジナリティを出せるみたいな。そうですね。あとやっぱり、今までずっと勉強が得意だと思ってやってたんですけど、他に褒められたことで言ったら、やっぱり高校時代とかにラジオとかいっぱい聞いて、それの話術を色々研究じゃないすけどして、それを元に喋ると、喋りめっちゃ面白いじゃんみたいなの言われてたんで、てことは俺お笑いにも行けんのかなみたいな。ああ。それは有利ですねと思いました。ほう。
芸人って何年やってました?えっと、だから初期研修終わる段階で太田プロっていうのがあるんですね。そこの養成所に願書送って、そしたら、ほぼほぼ受かるんですけど、受かりましたよってなって、で、1年間そこに通って。で、その1年間は芸歴にカウントしないんで、それ終わってから1年目スタートで、今4年目す。お、はい、はい。
賞レースとか出たりもしたんすか?あ、出てますけど、僕ピン芸人なんで基本R-1なんすけど、4回出て、3回は2回戦まで行くんすけど、3回戦行けてないですね。はい。やっぱりその最終的には、例えばオールナイトニッポンとか、ラジオにめちゃくちゃ憧れがあって、ラジオで面白いこと喋りたい、エピソードトークしたいってのがあるんで、そこをどうにか達成したいっていう気持ちがあります。おお。はい。でも、やって分かったのは、あ、俺ネタ作るの得意じゃないんだっていう。ええ。あ、全然ダメだっていうのはありました。
え、YouTubeが向いてたって感じなんですか?いや、でもYouTubeももう4年間全然バズんなかったんで。もう4年間ずっとやってたんです、養成所時代からYouTubeやってて、何も引っかからず。ええ。なんか最近。あ、そうなんですね。最初は何出してたんですか?動画。でも最初からショートで、TikTokとかと一緒で医者のあるあるとか。めちゃくちゃマニアックな医師あるある。当直してシャワー浴びてる時にPHSの電話が鳴ってる気がするみたいな。その医者以外誰もわかんないやつ、あるあるめっちゃあげてます。
だって今YouTubeショートで1000万再生とかある。いや、そう。1本だけ1000万再生回ってるやつは出てますね。出ます。その医者の掛け合いみたいな。掛け合いみたいなやつはそうですね。もうフルで医療知識活用してるというか。そうですね。最近はそのみんなが気になる健康知識というかな。こういうのが体に悪いって言われてるけど実際どうなのみたいなので、ちょっと一般の人でも見やすくし始めてるのはありますね。はい。
やっぱ動画作る時は厚労省とかのサイトを調べて、これは今言っていいなみたいな、このぐらいはちょっと言いすぎかなみたいな。意外とそこは僕はシビアに。やっぱ結構YouTubeとかのお医者さんって、ちょっとそれ言いすぎだろみたいなこと言ってる方も結構いて。はい。それはちょっと僕は嫌なんで。SNSでバトル医者とかで、絶対医者が食べない食べ物とか。ああ。これを食べたらガンになるって言う。
で、それって一般の医者からしたら、ものすごいマイナーな医者というか、変な医者として分類されるんですけど、SNSではそれが回るんで、過激なそういうのが増えちゃって。で、結果、僕みたいな厚労省が言ってるようなことを言うやつが珍しくなってきて、希少性が出てるみたいのあると思います。へえ。
冒頭にもありましたけど、バイトで医者もやってるってこと?はい。そうです。そうです。それはもうずっとやってるんですか?養成所からやってますね。はい。え、実際どれぐらいの収入とか?えっと、大体平均的にバイトの時給1万ぐらいです。おお。え、理論上どんぐらい稼げるんですか?理論上、例えば週5で働いたら、例えば8時間働けば8万で、え、20日で月160稼げるんで、年間で言うと2000弱ぐらいは、フルでうまく埋めれば稼げる可能性はあります。ええ、すご。
はい。実際週何回勤務とかなんですか?今。今は週3、4回ぐらいはやりつつ、動画も出してって感じですね。結構。まあ、まあ、まあ。普通に1000万とか超えます?いや、まあ、まあ、芸人なんで。芸人、ニートと一緒じゃなくてしっかりした。しっかり、まあその時期によりますよ。
お笑いとかいっぱいやってる時とか、動画いっぱい出してる時はちょっとやらなかったり。でも今後、今なんかわかんないですけど、厚労省がそういうのを絞っていこうみたいな、専門医がないと働けなくしようみたいな、そういう動きもあるらしいって噂は聞くんで、数年後どうなってるかも。本当に俺がマジでもうジリ貧になってる可能性ありますけど、今んとこはって感じですね。うん。はあ。
最後に進路に迷ってる人に対して、なんか一言もらえたりしますか?はい。あ、一言。目標はなくてもいいと思います。はい。なんで、別に僕は全く目標ないんで、その場その場で全力でやるっていうのが、意外と道を開けるかなっていうのがあるのと、あと嫌なことから逃げてください。おお。だからもう逃げた先に僕今芸人になって、結果YouTubeがちょっと回るようになってる。嫌なことから僕は逃げた方がいいんで、で、逃げた先で全力出してくれればいいかなと、僕は個人的には思っております。今日ありがとうございます。
それだけなのにこの町の空につませこ時代のそばにアニスティニューもいなくてアキメなりでおめ
M.
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