教育研究の質とインパクトを高める「インフラ」とは何か:Festival of Learning 2026 パネル報告

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概要

京都大学学術情報メディアセンター長の緒方広明氏は、2026年のFestival of Learningで開かれたパネル「Creating Infrastructure that Strengthens the Quality and Impact of Educational Research」に登壇した。この報告では、会議全体の様子を紹介したうえで、パネルの問題意識と4人のパネリストの発表を順に紹介している。問いの中心は、教育工学の研究成果を作っては捨てるのをやめ、研究と実践を継続的に支える基盤をどう作るかである。緒方氏自身は、教育データとAIを活用するためのインフラを社会全体で整備すべきだという立場をとる。

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二つの「Festival of Learning」

緒方氏によれば、今回のFestival of Learningは偶然にも2か所で別々に開催された。

一つはAPSCE(アジア太平洋地域の教育とコンピュータに関する学会)によるもので、6月末に熊本で開かれた。ここでは4つの国際会議が合同で開催された。コンピュテーショナル・シンキングやSTEM教育を対象とする会議が10回目を迎え、これを記念して、AIと言語、メタバースを使った協調学習、ラーニングアナリティクスとエビデンスに関する各会議と一緒に開催する形になった。それまでは各会議が別々に開催されていた。共同議長の一人は、報告の直前に発表したグレン先生である。島田先生も発表を行った。

緒方氏はプログラムからワードクラウドを作成して内容を紹介した。AIやさまざまな技術に関する語が並ぶが、中心にあるのは学習者が実際にどう学んでいるかという「ラーニング」である。学習として成立しているかどうかが中心的なトピックであり、この点は昔から変わっていないと緒方氏は述べる。なお同学会は、12月にニュージーランドで国際会議ICCEも開催する予定である。

もう一つはソウルで開催されたFestival of Learningで、規模が大きく、参加者は約1,200名にのぼった。教育における人工知能の国際会議AIED、教育データマイニングの国際会議EDM、大規模な環境での学習を扱うLearning at Scale(L@S)の3つが同時開催された。来年はFestival of Learning 2027として、アデレードでこの3会議が合同開催される予定だという。

パネルの問題意識:なぜインフラが必要か

ソウルの会議ではパネルが7つ開かれ、緒方氏はそのうちインフラストラクチャーを扱うパネルに参加した。モデレーターはアメリカのジェレミー・ロシェル氏である。パネリストは緒方氏、コーネル大学のキルク先生、EPFLのタニア氏、ロベルト氏の4名だった。

パネルの出発点は、教育工学や教育分野の研究がこれまで多くのシステムを作ってきたものの、作っては捨てることを繰り返してきたという反省である。そうではなく、インフラを整え、その上で研究を積み重ねるべきだという考えだ。緒方氏はインフラが重要な理由として、次の4点を紹介した。

第一はスケールである。大規模に実践を行い、多くの学生や教員に使ってもらってデータをたくさん集める必要がある。AIのモデルを作るには大量のデータが要るため、規模を拡大するためにもインフラが欠かせない。第二は現場へのインパクトで、実際の教育環境を変えるためにもインフラが重要になる。第三は研究の焦点化である。現場で何が受け入れられ、何をするのが最善かを見極め、研究の焦点を定めるうえでもインフラが役立つ。第四はコラボレーションで、企業、教育を実践する人々、研究者の協働を誘発し促進するためにもインフラが重要だとされた。

ここでいうインフラは、サーバーやGPUといった物理的なものではない。ソフトウェアやデータのインフラであり、さらにそれを運用するガバナンスのことを指している。モデレーターのジェレミー氏自身も、教育向けAIのインフラについて研究しているという。

緒方氏の発表:LEAFと教育ログデータの活用

緒方氏は、ラーニングアナリティクスとエビデンスのためのフレームワーク「LEAF」の研究を紹介した。背景にあるのは、日本で2020年に始まったGIGAスクール構想である。学校にタブレットが配布され、児童生徒は日々タブレットを使って学習している。その結果サーバー上には大量のデータが蓄積されているが、ほとんどの場合は使われていない。緒方氏はこれをもったいないと考え、データをどう活用して教育を良くするかを研究している。

目標は、小学校から大学までこうしたインフラを整備し、全国でデータを集めて教育に活用することである。LEAFの中核の一つが「BookRoll」で、ブラウザ上で教材を閲覧するシステムである。学習者はマーカーを引いたり、その上で問題を解いたりでき、その操作がログデータとして蓄積される。このデータを分析するダッシュボードとして「LogPalette」を開発している。ページを読むのにどれだけ時間がかかったか、どこにどのようにマーカーが引かれたかを可視化するツールである。これらのデータを使い、教材の推薦やグループ学習の分析なども行っている。

生成AIとラーニングアナリティクスの組み合わせ

最近取り組んでいるのが、ラーニングアナリティクスと生成AIの融合である。一般的な生成AIで学習者にフィードバックすると、誰にでも当てはまる一般的な情報提供になってしまう。これに対し、教育ログデータから学習者がこれまで何をどこまで理解しているかが分かれば、その人に合わせた情報を提供できるのではないか、というのが緒方氏の考えである。

例として紹介されたのが、語学学習のためのAIチャットボットである。スティーブ氏という研究者がさまざまな用途に向けて多数のチャットボットを開発している。その一つは英語日記の執筆を支援するチャットボットで、学習者が毎日その日の出来事を英語で書く。文章には文法や単語の誤りが含まれるが、チャットボットがそれを指摘していく。やり取りのログは裏で蓄積されており、学生がどのように間違え、どう修正したかを分析できる。過去のログから、その学習者が何を学び何が分からなかったかを把握できるため、分からないところを優先して支援する、という仕組みである。

もう一つの例は、生成AIで数学の復習問題を作るシステムである。過去に解けなかった問題をもとに新しい問題を生成する。これは現場の教員のニーズから生まれた。学校は問題集を購入するが、ほとんどの生徒は一度解いてしまうと、同じ問題を繰り返してもモチベーションが湧かない。そこで次々と違う問題を作ろうというわけである。緒方氏の報告によると、AIで生成した問題を使って復習した場合、学習成果には差がなかったが、時間は大幅に短縮されたという。

国内外への導入と、インフラに求められる特徴

こうしたプラットフォームは、日本では字幕上「30校ぐらい」と聞き取れる数の小学校から大学までに導入されており、海外にも展開している。例として、AI立国を目指してAIリテラシー教育を国として進めている国があり、そこでは約2,500校への導入が進んでいるという(字幕では国名が明瞭に聞き取れない)。ほかにインド、台湾、香港でも導入されている。

緒方氏は、教育データやエビデンスを蓄積し、AIを開発するための基盤に必要な特徴として次の点を挙げた。まずオープンであり、さまざまなシステムと連携できるコネクティビティを持つこと。次に信頼性があり、エビデンスに基づいて推薦などを行えること。そしてヒューマンセンタードであり、多様な学習者にとって使いやすいことである。

キルク先生の発表:全米規模のチュータリングデータ基盤

コーネル大学のキルク先生は、アメリカの「National Tutoring Observatory」という研究を紹介した。大量のチュータリングデータを集めて共有するためのインフラを提供し、その上で動くオープンソースのツールを構築してチュータリングを分析している。さらに、チュータリングの実践と学習アウトカムを結びつけることも目指している。

具体的なツールとしては、授業中に起きたことを文字起こしするツール、チャットややり取りの中に出てくる個人名などを削除する匿名化ツール、会話を分析するためのアノテーション(コーディング)ツールなどがある。データはオープンソースとして提供されている。そのデータを使って成績予測のコンペティションを開催したり、研究資金を提供したりもしているという。

タニア氏の発表:教員との共同デザインによる小さなAI

EPFLで機械学習を研究するタニア氏の発表は、次のような問題提起から始まる。ChatGPTやGeminiのようなものが登場し、教育のあり方を変えなければならないと言われている。しかしタニア氏の立場はそうではなく、教育のシステム自体はすでに存在しており、そこで必要とされるAIを、小さくてもよいのでカスタマイズできる形で作るというものだ。

そこで重要になるのが教員との共同デザインである。現場の教員と一緒にシステムを作り、データを取ることで、今何が大事で何に焦点を当てるべきかが分かる。それに基づいて必要なAIモデルを開発し、現場にフィードバックしてサイクルを回しながら改善していく。

例として紹介されたのは、数学の問題にAIが自動でフィードバックするシステムである。多くの場合、学習者はフィードバックを一度受け取るだけで終わってしまう。教員は、なぜ間違えたのかなどについてもっとやり取りを重ね、フィードバックを増やしたいと考えていた。そこでマルチエージェントシステムを用い、さまざまな観点からフィードバックを生成するエージェント、それを評価するジャッジのエージェント、全体を取りまとめるエージェントを組み合わせ、まとめたフィードバックを学習者に返す。これにより、よりインタラクティブに学べる環境を提供している。こうしたシステムを教員のニーズをもとに作っている、というのがタニア氏の報告である。

ロベルト氏の発表:病院での10年間のマルチモーダルデータ収集

ロベルト氏は10年間にわたり、病院の演習環境にさまざまなセンサーを置いてマルチモーダルデータを集めてきた。対象は看護学生で、学生が知識や基本動作を身につけ、それを伝え合う多様な方法を認識するためにデータを用いている。マイクや位置センサーを使い、ビデオも撮影する。その分析を自動化し、現場で交わされる会話も分析している。

看護の教育現場では、教員が録画データを使って重要な場面に注釈をつけ、チーム内の動きについて学生と話し合う。こうしたインフラを10年間運用してきたという。

さらにロベルト氏は、国全体でAIを教育に導入する計画が進んでいることも紹介した。多くの場合はOpenAIなど既存のサービスを導入する形になる。これに対し、モナシュ大学を含む6つの大学は、自分たちでセキュアで責任あるAIのインフラを教育のために構築するプロジェクトを始めているという。

緒方氏のまとめ

最後に緒方氏は、パネル全体を踏まえて次のように述べた。AIを構築するには良質なデータが必要であり、そのための社会インフラの構築が重要である。特に教育では教員や学生のニーズが多様であるため、これまでのログデータをうまく活用してAIを構築することが必要になる。また、教育はその国の文化や教育内容と密接に関連している。そのため、こうしたインフラとデータのあり方を国全体で考えることが重要かもしれない、と緒方氏は締めくくった。