「推し」とは自分から働きかけるもの――久保(川合)南海子さんと考える推し、ワークライフバランス、コア

YouTubeで開く ↗
概要

「ゆる言語学ラジオ」の堀元見と水野太貴は、どちらも人生で「推し」がいたことがないという。視聴者から「推しています」と言われても、その感覚がつかめない。そこで二人は『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』の著者で認知科学者の久保(川合)南海子さんに、推しとは何かを尋ねた。話は推しの定義から始まり、ワークライフバランス、人間の「コア」、恋愛規範、社会に流通する「ファンタジー」との付き合い方へと広がっていく。後半は、堀元と水野が抱えてきた悩みを久保さんに相談する場になった。

25分で読めます

推しとファンの違いは「自分から働きかけるか」

久保さんの定義では、推しとは、すごく好きな対象があり、ただ好きなだけでなく、それに対して自分から働きかけるものである。好きなものを受け身で消費・鑑賞しているだけなら、それは久保さんの中では「ファン」にあたる。

働きかけの例として久保さんが挙げたのは、投げ銭、わざわざライブを見に行くこと、インターネット上のコンテンツを見に行くことなどだ。テレビで流れてきたものを見て面白いと思う段階はファンにとどまる。

堀元は、予定を空けてまでイベントに行くほど振り切れたことがないと話す。一方、出演者の一人は、ある芸人が好きでイベントのチケットを取ろうとしたが、クリックに手間取るうちに30秒で完売してしまったという。久保さんは、行こうとしたのなら推しに近いと評した。堀元と水野は、推しとは浮気騒動にショックを受けてご飯が食べられなくなるほどの存在だと思い込んでいた。久保さんによれば、今の「推し」はもっとライトな層まで含む言葉であり、そこまでハードルを上げる必要はない。

二人の推しは言語学とコンテンツ作り

久保さんは、二人にはすでに推しがあると指摘した。水野にとっては言語学、堀元にとってはコンテンツ作りである。

堀元は初め、アイドルを「推しに行く」気持ちはわかるが、コンテンツ作りに対してそんな気持ちになったことはなく、ただ作っているだけだと反論した。水野も、言語学の本を読んでいるだけで、むしろ言語学のほうが自分に働きかけてくると冗談で返す。久保さんは、自分で本まで書いているのだから働きかけているのは明らかだと指摘した。さらに「作るなと言われたら嫌でしょう」と問うと、堀元は、何も作るなと言われたら暇で耐えられず、人生を生きていけないかもしれないと認めた。推しを失うのと同じだ、というのが久保さんの見立てである。

久保さん自身の推しはプロジェクションだという。学会で発表し、こうした場でもすかさずプロジェクションの話をする。学会では『鬼滅の刃』の猗窩座をもじった「お前もプロジェクションやらないか」というステッカーまで作った(配布はしていないという)。

水野が「それなら睡眠も推しになる」と食い下がると、久保さんは、自分にとって睡眠は趣味だと最近気づいたと答えた。お酒好きが時間のあるときに「ちょっと飲みたい」と思って飲むように、十分寝ていても「今ちょっと寝たら気持ちいいだろう」と思って寝る。眠いから自動的に寝るのは趣味ではない。これを聞いて水野は、自分は睡眠は少ないほどいいと考えていて、頭が回らないから仕方なく寝ているので、睡眠は推しではないと結論づけた。

会社でオフィスのレイアウトを整えるのも会社への働きかけではないか、という問いも出た。久保さんの答えは、雇用関係がある以上それは義務だというものだ。誰にも言われていないのに、やりたくて主体的に働きかけている場合だけが推しにあたる。

自覚した推し――日清の完全メシ

話題は日清食品の「完全メシ」に移った。二人はこれにはまっており、日清の通販で冷凍の完全メシを定期便で買っている。一人は10食セットを2週間に1度届くように設定していて、ほぼ1日1食のペースで食べなければならない生活を送っており、日清食品ホールディングスの株まで買ったという。セール情報があれば相手に送り合い、人にも勧める。久保さんは、それは完全に推しであり、オタクがはまったコンテンツの制作会社に課金するのと同じだと指摘した。二人はここで初めて推しを自覚した。

二人はカップタイプと冷凍タイプの違い、10食セットのほうが割引率が高いこと、汁なし担々麺やたらこパスタなどのラインナップ、ポイントの使い方まで熱心に説明し、久保さんは「久しぶりにオタクから布教された」と笑った。水野は本業の編集者として完全メシの開発者にインタビューに行ったこと、完全メシの哲学や今後のラインナップの思想を説明するイベントがあれば行ってしまうかもしれないことも明かした。

水野によれば、先にはまったのは堀元で、「うまいよ」と勧められて軽い気持ちで買ったところ、沼に落ちたという。久保さんは、推しにはまるきっかけは友人・知人からの勧めが非常に多いと説明した。勧める側は誰にでも勧めるのではなく、より仲良くなりたい人に勧める。自分が好きなものを親しい人と共有し、より近しくなりたいという気持ちがそこにはある。

推しが広がった理由と、現実との距離

推しのハードルについて、久保さんはむしろ下がっていると見ている。昔はマイノリティだったため表に出にくかった人たちがいた。ライトなファンが増えてマジョリティになったことで「推しです」と言いやすくなり、推し方のバリエーションもさらに広がる。久保さんはそうした循環があると考えている。推しに向ける気持ちも多様化しており、恋人のような感覚の人もいれば、応援したい人、育てたい人もいる。

堀元はこんな経験を話した。堀元を熱心に好いてくれているフォロワーに、偶然共通の友人がいた。その友人が飲み会をセッティングしようかと持ちかけたところ、本人は「それは嫌だ」と断ったという。堀元は嫌われているのかと思ったが、久保さんと水野は、現実の世界と接続したくないという感覚だと説明した。

出演者の一人も似た感覚に思い当たったという。4年ほど作品やラジオを見聞きしてきた、顔出しをしていないYouTuberと来週飲みに行く予定がある。話し方は知っているが見た目はまったくわからない。アイコンはピンク髪で目隠しをした少女だが、声は明らかに中年男性で、そのギャップが怖く、今から緊張しているという。久保さんは、現実感がない対象が現実に入ってきたときにどうなるかという不安だと応じた。握手会のように一瞬リアルになる場はとても面白い。一方で二次元キャラクターのファンのなかには、声優に会いに行く人もいれば、声優は別だと線を引く人もいる。推しにどこまでリアリティを求めるかは人によって大きく違う、というのが久保さんの観察である。推しと結婚することが話題になるのは、それが例外的だからだとも話した。

「マイクの前で死にたい」とワークライフバランスの再定義

水野は、堀元のようにコンテンツ制作が推しだと過労死のリスクが高いのではないかと問うた。堀元は、仕事をしすぎて収録中に死ぬのは最高だと答える。実際、「マイクの前で死にたい」というnote記事を書いたばかりだった。

ここで久保さんは、自分が11年前に『女性研究者とワークライフバランス』という本を出していることを明かした。ちょうど高市総裁が就任スピーチで「ワークライフバランスという言葉を捨てて、働いて働いて働いて」と述べた時期と重なり、タイムリーな話題になった。久保さんは堀元のnoteを定期購読しており、その記事にも「いいね」を押していた。そのうえで、堀元のワークライフバランスは「それでいい」と肯定した。

久保さんが10年ほど考えてきた結論はこうだ。ワークライフバランスは、ワークとライフという別々のもののバランスを取る話だと思われてきたし、今もそう思われている。しかし、ライフに含まれる子育てや介護、生活も、結局は求められてやることが多い。子どもを育てている久保さんにとって、子どものケアはせざるを得ない部分である。そこで久保さんは、ワークライフバランスとは「求められること」と「自分が求めること」のバランスだと捉え直した。家庭生活に長い時間を使っていても、それがライフを充実させているとは限らない。今のワークライフバランスの議論は、求められることの内側でバランスを取っているだけではないか、もっと自分が求めることに目を向けるべきだ、と久保さんは話す。趣味ややりたいことはこれまで二の次、三の次にされる風潮があった。

堀元は、この考えがプロジェクション研究と根でつながっているのではないかと指摘した。人間が求められてもいないのにやってしまう認知の働きへの関心と、「自分が求めること」への注目は同じ方向を向いている。久保さんもそこは考えたことがなかったと応じつつ、ワークライフバランスを研究しながら推し活研究に手を広げたとき、推し活がまさに誰にも求められず自分がしたくてやることだったから、この枠組みの変化に気づいたのだろうと振り返った。水野も、言葉について「こういうときはこうだな」と考えるのは誰にも頼まれていない、心の中で完結した不可侵の領域だと話した。

堀元はこの話に強く勇気づけられたという。堀元はすべてを仕事にしたい。アクアリウムを趣味で始めるなら、水槽メーカーをスポンサーにつけて広告費をもらいたい。そう言うと周囲からは引かれ、純粋な趣味を持つべきだと諭されてきた。しかし本人は純粋に楽しんでいて、ついでにお金がほしいだけであり、ゆる言語学ラジオの収録も友達と喋るついでにお金にしているだけで、何も不幸ではない。久保さんは、堀元の場合は求められることと自分が求めることが一致しているからバランスが取れていると評した。ただし、推しが一つだけだと、それがだめになったときに何もなくなってしまうので怖い、という留保も付けた。堀元は、コンテンツはたくさんあるので大丈夫だと答えている。

「深み」がないという水野の悩み

水野は最近、人間としての深みやコアがなく、自分は浅いのではないかと悩んでいるという。水野のいう「浅い」とは、他人が「この状況ならこう行動するだろう」という予測モデルを短時間で高精度に作れてしまう人のことだ。久保さんは、それは浅いのではなく自分への解像度が高いだけではないかと返した。堀元は、水野は浅いから深さの定義も浅いのだと茶化した。

堀元の補足によれば、水野の悩みの中心は、人生経験の厚み、つまり修羅場をくぐってきた感じが自分にないことにある。堀元自身は起業に失敗し、投資家や共同創業者と激しく言い争って別れる経験をしてきた。水野はそうした深い感情のぶつかり合いを経験していない。

久保さんは、修羅場がないなら幸せでいい、挫折から学べると思っているのか、と問い返した。挫折から学べるときも学べないときもあるし、挫折がなくても学べるときも学べないときもある。挫折を手段として特別視する理由はわからない、というのが久保さんの立場だ。堀元は格闘漫画『喧嘩稼業』にある、敗北から学んだと語るキャラクターに最強格のキャラクターが「負けたことに意味をつけたいだけだ」と言い返す場面を引いた。久保さんは、学べるものはあると思うが、挫折だけが手段とは思わないと付け加えた。辛い経験をした人がマウントを取っているだけではないか、とも述べている。

水野は、挫折を経験した人の機微をきちんと理解できていないので、そういう人がどうしてほしいのかが明示的な知識以外ではわからない、とも話した。久保さんは、そんなことは誰にもわからないと答えた。堀元も、あらゆる境遇の人の気持ちをわかるのは不可能で、挫折を一つや二つ増やしてもその領域はほとんど広がらないと続けた。

水野が最近この悩みを抱くようになったのは、10代や20代前半にはいた修羅場を避けてきた人が、この年齢になるとほとんどいなくなったからだという。深みのある人と友達になれないなら友達が増えないのではないか、と水野は考えている。堀元はそれを思い込みだと否定した。自分のようなややこしい自意識を持った人間は、かえって水野のようなタイプと友達になる。凸凹で仲良くすればいい。

友人関係と恋人関係の規範の違い

水野は、相手には内面を見せてもらっているのに自分は見せる内面がない、いわばギブだけされている関係ではないかと問うた。久保さんは、それは友人関係として十分ありだと答えた。自分がこうしたから相手もこうしてほしい、という要求が成り立つのは家族や恋人の関係である。友達はもっと独立した存在で、「相手はこうだけど自分はこうだ」でも成り立つ。恋人なら束縛もありうるが、友達ではない。

久保さんは、ここには発達的な変化もあると説明した。小中学生の頃は友達と恋人の感覚が分離していないが、年齢を重ね、アイデンティティが確立していくにつれて分かれていく。大学生になっても「あの子は私の友達だから仲良くしないで」と言えば子どもっぽく見える、というのがその例だ。友人関係は恋人関係よりも多様で、Aさんとはこうするが、Bさんとはそうしない、と選べる。相手がそれを不満に思わないことで成り立つのが友達だ、と久保さんは考えている。

これに対して堀元は、友人関係でも自己開示のレベルを合わせなければという感覚があると話した。インフルエンサー仲間から面白いゴシップを聞くと、精神的な負債を負った気がして、自分も何か出さなければと焦るという。ただ、水野くらい親しい相手には、自分が何も話さなくても引け目を感じない。久保さんは、それは親しさの問題に加えて、水野が本当に気にしないと堀元がわかっているからだと指摘した。インフルエンサーの相手に負債を感じるのは、まだ心を許しきっていないからだろう、という見立てである。堀元は、水野は3週間経てば飲みの席の話を全部忘れるので、返す必要がないと付け加えた。

恋愛というファンタジーと、社会のファンタジー

堀元はずっと、現代の恋愛規範に乗れていない感覚を抱えてきた。恋人に対して「君が世界で一番大事だ」という前提を共有しなければならない暗黙の了解が社会にはある。しかし別れても自分は明日から楽しく生きていくし、半年後には別の人と付き合っているかもしれない。そう考えると、このファンタジーに全力で乗るのはきついという。

久保さんも、それがファンタジーだという感覚はわかると応じた。映画『君の名は。』が大ヒットしたとき、世界に魂を分けた相手がいるかもしれないというファンタジーを多くの人が素敵だと受け入れていることにショックを受けたという。堀元は『バクマン。』を挙げた。中学生で好きになった相手と付き合いもせず、20歳ごろまで会わないまま好きであり続けるという登場人物たちの姿を、堀元は「ファンタジーの極地」だと評した。

堀元は20代前半まではそのファンタジーに乗ることに違和感がなかったが、30代になって逆に冷笑が出てきたという。久保さんは、30代になって運命の人がいると思っている方が大丈夫かと思う、それが普通だと答えた。堀元は、図式化した一般論だと断ったうえで、恋愛では女性のほうがリアリスティックで男性のほうがロマンチストな気がすると述べた。それでもマッチングアプリで出会った相手に「運命とかないと思う」と言えば白けさせてしまう、という規範が社会にはあると感じている。久保さんは、世の中にこれだけ人がいて互いに好きになるのは奇跡ではないが珍しいケースであり、特別なことは間違いないと整理した。堀元は、リアリスティックなことを言っても受け入れてくれる人とだけ付き合えばいい、そうでないとその後の人生で価値観が合わない、と自分で結論に至った。

堀元はさらに一般化し、社会に流通するファンタジー全般が嫌いだと話した。例として挙げたのは、会社員に「経営者目線を持て」と求めることだ。中小企業で社長が株主として利益を持っていくのに、利益に与れない従業員に同じ苦労を背負わせるのは欺瞞だと堀元は考えている。久保さんも、責任を取れない立場の人に責任を負わせるのはよくないと同意した。経営者が書くビジネス書がそうした感覚を「できる人」の条件として広めているが、雇われている人が本当にその視点を持てば苦しくなって離職するだろう、とも述べた。

では、社会のファンタジーとどう向き合えばいいのか。久保さんの答えは、人のファンタジーに振り回されないことだ。ただし、思ったことをそのまま口に出すと、規範から外れた人として排除される。自分はそのファンタジーに与しないが、目の前の人間関係のなかではうまく表現していくことが大事だという。堀元は、ファンタジーはそれほど大きな問題ではなかったと納得し、長く悩んでいたことがわずかな時間で解決したと驚いていた。

「コアがある」というプロジェクション

水野の相談は、以前の回で高校時代の友人・鶴見に言われたことだった。水野には、誰もが持つはずの人に見せたくないエゴやコアが感じられず、「側(ガワ)しかない」という。その回を見た久保さんからは感想のメールが届いていた。鶴見と堀元は、水野に存在するかわからないコアをプロジェクションしていた、という内容である。久保さんは、なぜそこまでコアがあると思いたがり、それを知りたがるのかが面白かったと補足した。

堀元はこれを哲学的ゾンビの議論にたとえた。自分以外の人間に意識がないと考えるのは怖すぎるので、意識があってほしいと人は思う。同じように、水野にコアがないと怖いから、あってほしいと思っていたのだという。

コアとは人に見せないものに限らず、絶対に譲れない価値観や強い信念のことだ、と堀元は定義し直した。水野は「たくさん寝たい」「お腹が減ったら食べたい」を挙げたが、それは三大欲求だと一蹴された。堀元の整理では、世界には、舞台を与えられるとそこで見事に踊れる人と、振り付けを自分で作りたくて反発してしまう人がいる。堀元と久保さんは後者で、水野は前者だ。水野は、一番点が高いダンスを指定されれば全力で踊るという。正月に今年の目標を聞かれるのも嫌だと話したが、それについては、数年後にこうなっていたいという地点から逆算してスクリプトを書いているだけだと説明した。

堀元は、大学のサークル飲み会で童貞いじりが横行しているような場が鼻持ちならず、それに抵抗したくなるという。水野はむしろいじられる側にいたほうが社交が楽で、男性のコミュニケーションは序列を作るので一番下に潜り込めばすぐ仲良くなれると答えた。構図を是認したいわけではないが、自分が動いて是正しようとしたことはなく、そういう場を避けることを考えてきたという。久保さんも、そういう飲み会には行かないタイプだった。堀元には、学生時代に童貞いじりされたことを15年経った今も思い出して眠れなくなるという友人のツイートを見て書いた記事がある。「お前のカスみたいな青春を肯定するために僕は物を作るんだ」という内容で、久保さんはそこに堀元のコアを見たという。一方、水野にはまったく刺さらなかった。

久保さんは、そうした「鼻持ちならなさ」を持つ人がクリエイターになり、持たない人はよい踊り手になると整理した。コアがなくてもよく、コアがない人にしかできない仕事もある。久保さん自身も、老齢ザルの論文を渡されて博士論文まで書いた。ゼロから振り付けはしなくても、原型があれば自分なりに派生させて踊りきれる。水野も、言語学を自分のものとして新しい踊りを踊っている。

外部メディアへの出演にも、この違いは表れる。堀元は主導権を握りたいので外部出演はあまり好きではない。水野は基本的に引き受け、現場ではまず「どうなったら面白いですか」と聞く。出演先で一番再生されている動画を見て傾向を想定し、どう踊れば点が出るかを尋ねて調整するのが楽しいという。自分の幅がわかるからだ。堀元は3日前、ダイヤモンド社のチャンネルでディレクターが丁寧に書いた台本を、3行目から無視して話したという。水野はライター・武田砂鉄さんのラジオ番組に出演したときのことを話した。台本には番組を始めた経緯などが書いてあったのに、武田さんは番組名に「の」を入れるべきかを10分ほど聞いてきたという。以前の雑誌インタビューでも、武田さんが自論を長く語り、二人が「はい」と答えるとそれが二人の発言になっていたという。堀元は、自分も鶴見も人間にはコアがあるものという前提で話していたが、コアがない人もたくさんいて、それでいいのだと認め、自分のしていたことは「コアハラ(コアハラスメント)」だったと反省した。

水野に「コアがありそう」に見える不幸

堀元は、水野にはいかにも思想家のような空気があるのもよくないと言う。水野によれば、それは演出ではない。眼鏡、編集者という肩書き、文学部出身、読書好きといった要素が重なった結果だという。鶴見からは、「読書が好き」と言うと大量に本を読む人だと思われ、「言葉が好き」と言うとややこしい人だと思われるので、ややこしさゼロの水野は誤解を招くと言われた。中学高校はハンドボールをしていた、という話から入るべきだとも助言された。

熱心な視聴者は水野の実態をわかっているが、1、2回見ただけの人には深い思想の持ち主だと誤解されやすい。チャンネル開始から1年ほどは、水野の深遠な思想に触れて人生が豊かになったという声もあった。しかし、クレジットカードを40枚作ってポイ活している話や、トイレがミントの匂いで臭いといった話が出るにつれ、そうした層は離れていった。久保さんは、それは勝手にプロジェクションしているだけで責任は取れないと述べた。水野は、時間が経つほど損をする構造を変えたいと話す。普通は付き合いが長くなるほどよいところが見えてくるのに、水野は期待値が最初に高く、一緒にいるほど浅いとわかっていく逆の動きになっているというのが堀元の分析だ。堀元は、今後は「マイルドヤンキーです」「姉がギャルで、家族でビンゴをしています」と自己紹介すればギャップがなくなると提案した。久保さんは、上がり下がりを経て今も付き合っている人たちと付き合っていけばいいと話した。

パフォーマンスで呼ばれることの不安と、研究者の視線

鶴見からはこうも言われたという。水野は基本的に気が使えず本来は嫌なやつだが、面白さがそれを上回っているからみんな付き合っている。自分は面白くなくなっても最後まで仲良くするが、他の人は離れるから気をつけろ、と。

堀元は、これはパフォーマンスを出してしまう人に共通する悲劇だと話す。飲み会に呼ばれると場を盛り上げる「仕事」をして結果を出すから、次も呼ばれる。だが面白くなくなれば二度と呼ばれないのではないか。水野も、ここ3年でできた友達はYouTubeが滑り始めたら一人も残らないのではないかと不安を語った。

久保さんは、水野は面白いことを言わなくても面白い、変わっているからだ、と答えた。水野本人は自分を普通だと思っている。水野が最近望んでいるのは、一緒にいると楽になる、落ち着くと思われることだが、安心やケア、リラックスといったものが自分から出てこないという。堀元は、パフォーマンスが出ていない人といるほうが相手はリラックスできる、笑いは緊張だから面白すぎる相手とはリラックスできない、と説明した。一方で久保さんは、水野は自分に気を使わないので気が楽だと話した。堀元は、それは研究者っぽすぎる目線だと指摘した。水野が今仲良くしている人には研究者や研究者気質の人が多い。堀元の見方では、研究者は水野を「老齢の猿」のような研究対象として見ていて、ケアではなく学びやインスピレーションを求めている。久保さんも、研究者は変わっているものが好きなのだと認めた。

恋愛と家族――型では幸せになれない

堀元によれば、水野は恋愛規範にさらに乗れていない。自己肯定感が高く、一人で満たされきっていて他者を必要としていないからだ。水野自身は、人に依存せず自立しなさいという規範のなかで踊り続けた結果、踊りすぎて気づいたらダンスフロアに誰もいなかった、と表現した。趣味の読書は一人でするものなので、はまるほど維持できる友達の数は減ったという。

それでも水野は恋人がほしいと思っている。一番の理由は、自分が幸福な家庭で育ったので、そうした生活に憧れがあることだ。久保さんは、家族はそれぞれ違う形を作っていくもので、水野には違う形があるのではないかと答えた。水野は、無理に乗らないほうがトータルで幸福だろうと思う一方で、これまで乗ってこなかったので「食わず嫌い」かもしれず、それを検証しようがないとも感じている。久保さんは、食わず嫌いはもったいないので、やってもいいと思うならやったほうがいいと勧めた。水野は、恋人ができたときに劇的に生活を変えなかったので続かなかった面もあると振り返った。

久保さんは、人生にはタイミングの波があり、特に30代は仕事や生活のさまざまな波が同時に来るので、恋愛だけを見ても仕方がないと話した。久保さんのもとには卒業生がよく訪ねてきて、20代や30代の結婚の悩みを相談される。そのとき久保さんは、今の時代、結婚したいなら「結婚するぞ」と思って行動しなければ絶対にできないと伝えている。就活でも、なんとなく就職したいと思っているだけでは就職できなかったはずだ、と。水野は、そうすると言語学の勉強時間が減る、世界が面白すぎるのだと返した。久保さんは、何年か経って言語学では寂しさが埋まらないと思うかもしれないし、飽きなければそれはそれでいいと応じた。

堀元は、無理をしなくていいという結論に最近なりつつあるという。50歳になって何かを失敗したと思っても、33、34歳の自分を責めない覚悟があるからだ。水野は「合成の誤謬」を持ち出した。瞬間ごとの最適解を打ち続けてきた結果、囲碁や将棋でいう「詰み」に入っているのではないか、と考えている。堀元は、みんなもっと瞬間的に暮らしていて、やっていることは変わらないと返した。久保さんは、人生は戻れないのだから、その瞬間の最適解で幸せだと思えているのが幸せな人生ではないかと述べた。

堀元は、幸せな家庭で育ったからといって、あまりはまっていない人と付き合って結婚し、はまっていない人生を送るほうが今より不幸だと話した。久保さんはそれを「型では幸せになれない」とまとめた。幸せの形は分かりやすいので人は型を整えたくなるが、人間には心がある。昨年離婚した堀元は、同い年で結婚し、マイホームと子ども2人を持って型は整っているのに、明らかに自分より不幸に見える人を多く見ると話した。

40代半ばで見つけた主体的な研究テーマ

水野は、思考せず指示を忠実にこなしたいタイプだという。これに対して久保さんは「本当にわからない」と答えた。久保さんが主体的に取り組んだ研究はプロジェクションだけで、出会ったのは8年前、40代半ばだった。それまでの老齢ザル、ワークライフバランス、ジェンダー、高齢者の認知の研究は、必要に迫られて取り組んできたものだという。目の前のダンスホールでその時々の最適解として踊り、踊るうちに楽しくなって自分のものにしてきた。そのなかで、初めて「この踊りがしたい」というものを見つけた。久保さんはこれを、シンガーソングライターになったのは40代半ばで、それまでは歌い手だったと表現した。

水野は、著書『会話の0.2秒を言語学する』も書きたいテーマではなく、売れるテーマに近いと話した。グライスの格率はこう説明すれば一番面白いのに、生成文法のc統御はこう書けば一番面白いのに、という入門書への不満のような「フェチズム」はあった。一方で「0.2秒」という切り口は、それを本にするために後から作った舞台装置だという。久保さんは、その「こう説明されていたらいいのに」という部分こそがコアであり、本を書き切るのは非常にクリエイティブで難しい作業だから、水野は主体的に書いたのだと評した。水野は、3万部を超えなければ次は書かないと決めていて、それを超えたので次も書くつもりだと明かした。自分のようなアウトサイダーがあの密度で書くには2、3年の準備が必要で、たまにやるくらいの付き合い方ならやりたいという。

久保さんは、水野という人物を一生かけて解体してやろうと思う相手なら結婚できるのではないかと提案した。研究対象にしてもらえば楽だというわけだ。水野はTwitterのプロフィールに「僕を研究してくれる人募集」と書こうかと冗談を言い、二人に止められた。

残った問い――「気を使う」ことと、それが伝わること

最後に水野は、気を使えることと、気を使っていることが相手に伝わることの間に何があるのか知りたいと切り出した。水野は自分では気を使っているつもりだが、久保さんには「気は使っていない」と言われる。

久保さんは例を挙げた。以前会ったとき、お酒を飲まない久保さんのために水野が予約したのはクラフトビールの店で、しかも駅から遠かった。久保さんには1時間しか時間がなく、重い荷物も持っていた。水野は、出張の疲れもあるだろうと近くの店を探したがだめで、場所を移したら思いのほか遠かったと釈明し、到着した瞬間にミスを悟って謝ったという。久保さんは、そういう気の使い方をしない人だから楽でいいと思っていると付け加えた。ただ、本人は気を使っているつもりなので、自己認識と相手から見た姿とのずれは大きい。この話題は、また別の機会に扱うことになった。

久保さんは、スナックのように、自分はいつも大学にいるので卒業生はいつでも会いに来られると話した。三人は、次は愛知の久保さんのもとを訪ねる回を作ろうと話して収録を終えた。