地頭は存在するのか 東大理三「4回合格」の阿修羅と京大医学部数学首席のもごが語る才能・努力・医学部進学
トマホークTomahawkこの動画では、東京大学理科三類に5浪で入った阿修羅と、京都大学医学部に数学満点で合格したもごが、「地頭」や「才能」とは何かを議論する。もごは「才能は存在しない。あるとすれば好きかどうかだ」と主張する。阿修羅は自分を「才能がない側」と位置づけつつ、生まれつきの差や運の要素を完全には捨てきれない。二人の見解は大部分で重なるが、細部ですれ違う。後半では、学力上位層が医学部に集中することへの疑問も語られた。
二人の経歴と、撮影後に補足された受験結果
阿修羅は5年間の浪人を経て理三に入った。本人は「理三は普通は天才しか入れないと言われるが、自分は才能がすごくない」と語り、才能のない人間がどう頑張ればいいかをテーマに受験生向けの発信をしている。理三に在籍しながら現在も受験を続けている。面接で落ちるようにしているため合格にはならないが、合格最低点を超えたという意味では今年で4回目になるという。
撮影時点では結果が出ていなかったため、冒頭に補足映像が入っている。阿修羅は今年も最低点を超えた。ただし命をかけて対策した生物の点数が低かったので、細かい点数の公表は控えると述べた。1日目の結果として公表したのは東大英語の95点と、共通テストの1000点満点中889点である。9割を割ったことについては「高校2年生でも取れる点数を取れなかった」と悔やんでいる。また、2025年度から始めた「大学受験部」では、阿修羅以外に3人が理三を受験し、2人が合格したと報告した。
もごは京大医学部に数学満点で合格し、合格順位は上位10位ほどだったという。数学は再現性が高く、模試でも満点や195点をよく取っていたと本人は話す。一方で理三の判定はB判定が限界で、東進か何かの模試で高3の最初に一度だけA判定が出たのを覚えている程度だという。現在は6回生で、卒業試験には受かっているが、卒業を取り消されて「何もない空白の1年間」がある状態だと語る。国家試験にはあまりやる気がないとも話し、二人とも自分を「京大医学部の恥」「僕も恥」と自嘲し合っていた。
「一つのことを極めよ」と根性の話
受験への熱量が二人の共通点だと聞き手に振られ、もごは高1で本格的に勉強を始めたきっかけを語った。アダルトゲーム『グリザイアの果実』に登場するアサコというキャラクターが、主人公に「一つのことを極めなさい。一つのことを極めたらそのノリで全部できる」と言う場面がある。もごはこれを受けて、好きな科目を極めれば受験に限らず何でもできるようになるのではないかと考えたという。
聞き手が「話している感じだと、もごは元からできた天才寄りでは」と言うと、阿修羅もそう見えると同意した。これに対してもごは、阿修羅は「根性が違う」と返した。もごによれば、一つのことに向かって突き進む力はこの世で生きるうえで最も必要な能力であり、受験に限った話ではない。「パラノイアになることが一番大事」で、誰に何を言われても狂ったようにやれる人間に最終的にはなりたいという。
阿修羅はこれを「耐えるか耐えないかで、耐えるを選ぶことができる」と言い換えた。熱いものに触るような物理的に無理なこと以外、精神的なものなら耐えるほうを選べる。浪人も「石の上にも三年」のつもりで、最初は3浪までと思っていたら5浪になったという。もごが「5浪して理三に行けるなら喜んで5浪するが、失敗するのが怖い」と言うと、阿修羅は将棋の羽生さんの言葉を引いた。成功が分かっていて頑張ることは誰にでもできる。しかし受験は受かるか落ちるか分からず、当日失敗すれば終わりである。その中で続けられるかどうかは情熱なのかもしれない、と阿修羅は述べた。
もごの主張:才能はゼロ、あるとすれば「好き」
地頭をテーマにしようと提案したのは阿修羅で、定義を試みたいという意図があった。もごの立場ははっきりしている。地頭や才能と呼ばれるものは「ない、ゼロ」だと考えており、あえて才能と呼ぶなら「やるべき物事を好きかどうか」だという。数学に才能がある人とは、どんな状況でも数学を好きで続けられる人のことだ。
もごは「感覚的に分かった」「感覚的に解法が出た」というものを実力とは認めない。感覚が鋭敏なだけであり、論理的な科目ではむしろ足かせになる可能性すらあると考えている。感覚で解く人は最後には努力で積み上げた人に勝てない、というのがもごの見方である。その例として、京大でも「数学満点だった」と言う人はたくさんいたが、実際に満点だったのは自分ともう一人しかいなかったと話した。
では小学生のうちに高校数学をやっているような層はどうか。もごは、自分の代にいたある兄弟(以下「A兄弟」)を挙げた。A兄弟は小学校の段階で高校数学をやっており、論理の範疇で算数すら解いてしまう。こうした人たちは感覚とは関係がない、とする。
阿修羅の反論:「しない」と「できない」は違う
阿修羅はここで区別を持ち出した。「すること・しないこと」と「できること・できないこと」は違い、混同するのはよくないという。たとえば「そんなに浪人できない」とよく言われるが、それは本当は「選択しない」だけである。一方で、人間が100mを8秒で走ることは、ボルトでも9秒台なのだから、やろうとしても「できない」。才能は「能」という字がつく以上、できる・できないの話だと阿修羅は考える。そのうえで、小学生で高校数学をやろうとしても自分やその辺を歩いている子にはおそらくできないが、できる子はいる。全員が意思だけでできるわけではないのではないか、と問いかけた。
もごの答えは、A兄弟は公文式でやっていたというものだった。公文も最初は算数から始まり、意欲のある子が中学・高校の範囲へ進んでいく。解けなくても、今できる範囲でやりたいという気持ちで続けられるのは、できる・できないではなく「やりたいかどうか」の問題だ。小学生にいきなり高校数学をやらせれば「できない」に入る。だが算数から徐々に上っていった子は好みの問題であって才能ではない、とする。聞き手が「A兄弟と同じことを完全に再現すればA兄弟のようになるのか」と確認すると、もごは「なる」と答えた。
もごはさらに、「好き」という気持ちは阿修羅の忍耐強さに近いものだと述べた。阿修羅もおそらく受験が好きなのであり、スコアアタックのようなものが好きなはずで、音ゲーをやらせたら絶対はまるタイプだろうという。好きになること自体も単純接触で可能だとする。仲の悪い友達とも話し合えば好きになることがあるように、数学が嫌いでも向き合い続けていれば案外好きになる。自分がそうだった、とも語った。
遺伝については、もごは「遺伝より環境」だと答えた。算数を解いている横で父親が「分からないのか」とすぐ怒るような環境では、算数を好きになろうとはしない。遺伝による差が多少あっても埋められる範囲だ、とする。
阿修羅はここで一定の理解を示した。灘のトップの子が公文でずっと積み上げて小学生のうちにそこまで到達したと聞き、なるほどと思ったという。段階をうまくつけてくれる人や教材に巡り合えれば、説明次第では10歳でも微分が分かるのかもしれないと一瞬思ったと話す。もごは「いきなりは無理で、グラデーションでうまく進めた人が伸びる」と付け加えた。
もご自身については、地頭があるのかもしれないと認めつつ、父親の存在が大きかったと振り返る。父親は勉強を直接教えたわけではないが、勉強すると褒めたり抱きしめたりしてくれた。自分より父親が喜んでくれることが、実力を大きく伸ばすのに貢献したという。聞き手は「地頭が良いというより、学力が伸びる時期が早かっただけでは」と応じた。
阿修羅が「自分には地頭がない」と思った経緯
阿修羅は高3まで勉強が全然できず、高3の春に「受験を極めたい」という理由で日本一難しい大学を目指した。最初は関係代名詞も分からなかったが、やっていなかった人間がやれば伸びる、というだけで伸びたという。もごが「その一本のモチベーションで行けるのはすごい」と言うと、阿修羅は「やらなきゃ人間として終わりだから。他にないからね、俺は」と答えた。もごは、阿修羅が自分と同じ環境にいたら、もっと早い段階でとてつもない意欲で伸びていた可能性が高いと見る。阿修羅の出身は広島学院高校で、進学校ではあるが最上位の学校よりはワンランク下だと本人は説明した。
阿修羅が「地頭がない」と思い始めたのは浪人中のことだという。猛勉強しても理三には全然届かず、目標を下げて頑張ってもダメだった。努力を目一杯やってダメなら、残りは才能なのではないか、と考えるようになったと語る。
中学受験で見た「天才」と適用力の速さ
中学受験の話では、上位層は勉強に気づくのが早いという点が話題になった。もごによれば、関西の最難関層には、日能研・浜学園・希学園につなげるための小1〜小3向けの塾がある。さらに小学校受験もあり、その準備は幼稚園から始まる。小3から始めたもごは、中学受験組としてはかなり遅いという。
もごは小4のとき、同じクラスにいたある同級生を見て「これが天才か」と思い、絶望したという。塾には席順があり、もごは2位までは行けたが、その同級生にだけは絶対に勝てなかった。違いは何だったかと阿修羅に問われ、もごは「数学的感覚」と「適用力の速さ」を挙げた。小問(1)(2)を見て、それを(3)に適用する結論づけが速い。しかもそれを無意識にやっているため、レスポンスが明らかに速い。自分たちは一度頭で構築して言語化してから解くが、灘に入るような人たちはそこを感覚でやっている、とする。
早く始めればその域に達するのかという問いに、もごは「分からない」と答えた。聞き手が「早く始めること自体が才能では」と言うと、阿修羅は、早く始めるのは意思の問題か、あるいはお金が必要ということではないかと応じた。もごは反例を挙げた。後から灘に合格したある子は、小4まで貧困家庭でも入れるような安い塾に通い、好きだからと自分で勉強して、もごより賢かったという。阿修羅が「たまたまルートに乗っていたのでは」と言うと、もごは「それを言い出したら証明しようがない」と返した。
もごの結論は、違いは早く始められるか、どれだけ好きになれるか程度でしかないというものだ。適用力の速さに差はあったが、大学受験では灘の人たちと勝負して差を埋められた。相手のレスポンスが速いなら、こちらは技術で補えば十分戦える。ただし自分は頭でコツをつかんで速くなったのに対し、相手はそんなことを経ずに感覚でできている、とも認めている。
阿修羅の「努力の4要素」と山登りのたとえ
阿修羅の考えでは、天才は生まれつきできる部分が大きく、自分はそこが小さいので後天的に埋めるしかない。阿修羅は努力を4つの要素に分解する。知識を身につけること、技術を体に染み込ませること、(演習などを)積むこと、そして戦略を練ることである(3つ目は字幕上はっきりしない)。
戦略の例として阿修羅が挙げたのが科目の選び方だ。数学や物理のように才能で大きく差がつく科目でじたばたしても仕方がないので、ある程度は諦める。その分、英語・国語・化学・共通テストのように努力すれば点が取れる科目で差を埋める。どれだけ才能があっても、「important」の意味は辞書を引かなければ知りようがない、というのが阿修羅の理屈である。
技術については、答えが「2」になる問題なら、天才と同じ考え方はできなくても別の道を通って2を出すことはできると説明した。山に例えると、天才たちはヘリコプターで山頂に行くので速い。自分たちは装備を揃えて自力で登らなければならない、という。
応用力は地頭か:ヘリコプターを「持ち込む」
応用力は地頭ではないのかという問いに、もごは最初は応用力がかなり低かったと答えた。大学受験の時期になると本人も成熟し、応用力とは何かが分かってくる。小問(1)(2)で問題を理解し、そこで得た結論を言語化して(3)に適用する、という流れが見えてくるという。それでも対応できない部分は、灘の人たちが生み出した「ウルトラC」な解答を見て覚え、類似問題ではそれを変形して使う。「彼らはその場でヘリコプターを作って飛ぶ。俺らはヘリコプターを持ち込む」と、もごは阿修羅のたとえを引き継いだ。
「地頭が悪い人の特徴」リストを検証する
阿修羅は、Xなどで言われている「地頭が悪い人の特徴」を集めたリストを用意していた。まず「補助線が引けない」「立体図形を頭で思い描けない」という項目について、もごは、数学では一度2次元に落とし込む手法がとられるので、立体を頭で思い描く必要はあまりないと述べた。
阿修羅は「98%ぐらい賛成」としつつ異論も述べた。積分で断面を切るようなやり方なら、答えは出せる。自分も計算力はあるので、灘の子が10分で解く問題を20〜25分で解けるくらいまでは計算技術を練習した。しかし10分というクオリティまでは行けない。頭の中でできることが多いほうが結局は有利で、そこに地頭の差を感じるという。もごは、感覚でやっている人は自分たちがしないミスをするので釣り合いがとれていると反論した。特に必要十分条件を抜かしがちで、そこは問題の中核を担うことが多いため、京大でも東大でも大きな減点になりうるという。
次の項目は「長い日本語の文章を読んで状況を飲み込むのに時間がかかる」だった。もごは自分も当てはまると認めたうえで、大事なところに線を引く工夫で短縮できると話した。一方、阿修羅はこれが速いほうで、リストの中でこの項目だけは地頭ではないと考えている。阿修羅によれば、地頭とは生まれたときからできる寄りのものである。空間把握能力は4〜5歳くらいまでが成長の限界と言われており、タイムマシンで戻れない以上「みなし才能」と呼べる。しかし長い文章を生まれつき読み取れる人は見たことがない。生まれてすぐ「おはようございます」と言える人はいないのだから、日本語はみんな後天的に身につけるものだ。阿修羅は「国語と英語に才能なんてない」と言い、何万も読めば速く読めるようになると述べた。
読み方について、最初は線を引くべきだが、やり込むと線を引かなくても頭の中で線が引けるようになる、という点で二人は一致した。もごは「『しかし』の後に結論がある」といったよくあるテクニックは間違っていると考えている。読み込んでいくと、筆者がこういうことを言いたいのだろう、それは自分の日常生活のこれに当てはまるのだろう、というところまで見えてくるという。
阿修羅はさらに「メタ読み」の例を挙げた。受験の英語や国語で環境を扱う文章なら、「環境を破壊していこう」という結論は炎上するので100%出ない。変わった主張が出ることもあり、たとえば2000年の東大では「環境を守るとは人間のための環境を守ることであり、人間は利己的な生き物だ」という結論の文章があったという。それでも変わっているのはその程度なので、1〜2段落目で結論が見えることが多く、あとは確認作業になる。これは才能ではなく、読んできた量の問題だと阿修羅は言う。もごも、ロゴスとパトス、主観と客観のように対比にもお決まりが多いと補足した。阿修羅は、これが世間で「地頭」と言われるのは、特に理系を中心にみんなが国語を真面目にやっていないからにすぎない、と結論づけた。センター国語もやればできるという。
阿修羅の勉強法は「5浪するやり方」なのか
もごは、阿修羅に向けられる「お前のやり方だと5浪する」という批判を「勉強していない人のざれ言」だと退けた。阿修羅は高3から勉強を始め、塾にもほとんど行かず(行ったのは1浪目だけ)、いわば車輪の再発明をしていた部分が多い。だから真似すべきは5年間の過程ではなく、最終的に5浪目にやっていた勉強法だというのがもごの理屈である。阿修羅は、真似するなら勉強法と戦術だと応じた。そのうえで、戦術もないまま合格している現役の理三生を見ると才能なのではと思ってしまうとこぼした。もごはそれを「その時の判断の運」と呼んでいる。
もごは、人に教えて理三に受からせることが一番価値があると考えている。人に教えて通用するということは、メソッドが主観的なものではなく客観化され、言葉で相手に伝わり、実践できるということだからだ。もご自身もメソッドは作っているが、ある程度の努力を前提にしたものなので、そこまでたどり着いてくれる人がほとんどいないという。京大に行きたいと相談に来る人の多くは努力量が少なく、その人たちを受からせることはできない、と率直に語った。
最上位層が医学部に集まることへの疑問
聞き手が、そこまで頑張った学力の高い人たちがみな医学部に行くことをどう思うかと尋ねた。もごの説明はこうだ。一般に医学部が他学部より難しいのは、生命を扱う以上ある程度の責任が求められるからで、当然である。しかし京大医学部や理三があれほど難しいのには別の理由がある。そこは研究機関であり、生命の研究は社会に最も役立ちやすく、非常に賢い人が必要だからだ。もごは、京医や理三の学生は研究者になることを求められているのではないかと考えており、自身も研究者になりたかったという。ところが実際には多くの人が普通に医者になる。もごはこれを「才能の無駄遣い」と呼び、受験で培った知恵や論理を活かさずに毎日同じパターンを繰り返すのはなぜかと疑問を呈した。阿修羅も「そういう面もある」と同意した。
もごは最近、京大医学部から医者になった知人に理由を聞いたという。答えは、ここまで勉強してきて疲れたので、敷かれたレールを歩くのは疲れを休めるのにぴったりだ、これ以上しんどくなりたくない、というものだった。もごは、頭のいい人は安定を考えてしまうので仕方がないとも言う。働き方がしんどいことを除けばリストラされず、給料も高く、順当なルートの先に1500万〜2000万円がある。もごは冒頭の羽生さんの言葉を引き、医者はゴールが見えているから努力が楽なのだと述べた。一般の会社員には年収1000万円の保証はないが、医者にはある、という対比である。
一方でもごは、理三には他と比べて医者にならない人が多く、それはとても良いことだと評価する。やりたいことをやればいいという考えだ。「税金の無駄」という批判に対しては、工学部を出て工学系の仕事をしない人や文学部なども含めれば、そうした人はたくさんいると反論した。それと比べれば医学部の分はトントン程度だろうとする。阿修羅は「全然少ないと思う」と加えた。
二人は医者になるのか
医者になるつもりかと聞かれた阿修羅は、免許を取り、働かせてもらえるなら働きたいと答えた。無理なら塾の方面で生きていけるよう、今は実力と知名度を高めているという。どちらにも行けるようにしておかないと怖い、なまじ知名度だけあるのでマッチングで採ってもらえないかもしれない、と話した。
もごは、4年生までの勉強はとても楽しく、真面目に授業に出ていたという。しかし5・6年生の実習でパワハラを受けた。その病院は以前ニュースになったところだと明かし、医者にはなりたくない、国家試験も受けたくないと語った。勉強自体は楽しいが、やるたびに嫌な記憶がフラッシュバックするという。
結論:才能とは「情熱」か「情熱プラス運」か
聞き手は事前に、二人が天才かどうかを中立の立場で判定してほしいと頼まれていた。しかし話を聞いた結果、天才か否かというより、演習を始めた時期や演習量の問題に見えたと述べた。阿修羅はこれを「勉強に巡り合うまでの運や家庭環境」と言い換え、聞き手は「地頭がよく見える人はそれが早い」とまとめた。阿修羅は、A兄弟のすごさを知っているだけに、公文で積み上げたと聞くと「そうなのか」となる、とも話した。
最終的に、もごは才能を「物事に向ける情熱、好きかどうか」に近いものとした。阿修羅は二人の意見は85%ぐらい同じだとしたうえで、自分の定義を「才能イコール情熱プラス運」とした。完全に同じ結論ではないが納得はしたという。もごは、受験生が才能に悩まず「好きになればいい」という一つの解決策が示せたと締めくくった。
バンとくと阿修羅です。神を殺す言葉、それは京都大学医学部もごです。お願いします。
はい、お願いします。
ちょっとじゃあ、肩書きから軽く、阿修羅さんから。肩書き、肩書きを初見に分かるように。
ああ、まあまあ、今東京大学の医学部医学科に浪人して入ったんですよね。5年間浪人して入ったんで、すごい浪人してると。で、今回の話にもかかってくるんですけど、理三って普通は天才しか入れないって言われてるんですけど、僕はその才能がすごくないので、そういうところのお話ができたらなっていう。だからその才能がないんですけど、地頭とか才能って何なのかとか、それないなりにどう頑張ればいいのかっていうような話を、受験生向けのYouTubeを撮ったりだとか、テレビとか動画の出演をさせていただいてるっていう感じですかね。
で、現在受験中なんですよ。あ、そうだね。1番重要ね。うん。そうだね。そう、3回受かられてるっていう。そうですね。すごい。ありえない。誰も持ってない。
で、まあ一応ね、面接は切ってて受からないようにはしてるけど、最低点を超えてるって意味ではそう、3回目、今年4回目かなっていう感じです。ええ、マジ?
はい、どうもです。よろしくお願いします。今回は、僕が出演する動画をご覧いただきありがとうございます。この動画はですね、動画の中で出てくる話の補足になります。で、まず、その撮影した時は受験結果とかが出ていなかったので、その説明をすると、僕に関しては、最低点は今年も超えてたんですけども、ちょっと自分の中で命をかけて対策していた生物の点数が低かったので、細かい点数の公表は今回は差し控えさせていただきたいと思います。すいません。1日目だけ発表するとしたら、英語、東大英語は95点でしたね。95です。なお、共通テストは1000点満点中889点でしたね。9割割るということでね、高校2年生でも取れる点数を取れなかったということが、ちょっと残念でしたね。また、僕の受験結果ではないんですけど、僕が2025年度からやっている大学受験部という活動、大学受験部の実績に関しては、僕以外に3人理三を受けていて、3人中2人合格でした。それでは本編をお楽しみください。ありがとうございました。
もごさん。うん。どうも京都大学医学部のもごです。数学本番満点で合格しました。上位10位ぐらいで受かっていて。はい。で、そうですね、数学に関してはかなり再現性が高い感じで、模試とかでも満点とか195とかは結構取っていて。すげえ。うん。で、まあ残念ながら理三はB判定が関の山でしたが。お。あ、ただ東進かなんかで高3の1番最初だけ理三Aだったのは覚えてます。へえ。ああ、もう購入からできたのか。
現在6回生です。はい。で、最近卒業取り消し、最近卒業ね、取り消しされて、あと1年遊べるドンと。本当に何もない、卒業試験も受かったので本当に何もない空白の1年間が。で、まあね、国家試験も多分ね、理由だ。まあちょっとあんまやる気ないというか、こんなときにでもね、勉強してそう。うん。
京大医学部の恥と言うべき人間かもしれませんが。でも恥は恥なりにね。も、そうです。うん。端で。僕も僕も恥や。8年生やしな、もう。そうだから僕も8年生今年。おお。ああ、そうなんすね。あ、何年生か出してない。え、あ、何年生か出してないやっけ?ああ。あ、そっか、そっか。まあ、ということで、そんな感じですよね。そんな感じです。
2人ともやっぱりなんか共通点としては受験ジャンキーなのかなみたいなイメージ。なんかもう受験に関して熱量がすごいというか。
そうですね、僕は受験勉強高1からやり始めたんですけど、ほんまに真剣に始めたのは高1で。うん。そのきっかけがエロゲのね、グリザイアの果実っていうエロゲがあって。お。それに麻子っていうキャラクターが出てくるんですよね。主人公の師匠のその師匠がね、主人公に言うんですよ。1つのことを極めなさいと。1つのこと極めたらそのノリで全部できるからと言われて、その結果僕は、あ、じゃあ好きな科目極めたらなんか全部できる、なんなら受験に限らず全てのことができるようになるんじゃないかと思う。うん。僕は思って勉強をし始めたんですね。
ええ。え、それ俺の話聞いたとこじゃ、ほんまに?ほんまにそうです。一緒。僕アニメです。すっげえアニメってことにしてもらったな。うん。あ、エロゲなんだ。あ、まあエロゲなんですけど。
そんないいエロゲあるんや。で、もう僕からするともうお2人はもう天才に見えるんですよね。いやいやいやいや。もう頭良すぎてよくわかんないんですよ、正直。滋賀大学とかから。いやいや。理三と京医は。でもやっぱりその阿修羅と話してる感じ、もごはちょっと元からできただろうみたいな、天才寄りじゃねえかみたいな。できただろう。まあでもまあそうなんじゃないかなと思うけどね。まあまあ。あ、そうですか。見える、見える。うん。見える見える。見えるというかいくつか。うん。そうだね。そう。で、もごはもう、阿修羅はもうちょっとレベル違うと。
いや、俺は正直そのまず根性がね違うというか。あ、それはそうだよね。そうで。その1つのことに向かって突き進めるってのは、1番この世で生きることにおいて必要な能力やと思ってる。それもう受験とか関係なし。うん。そうだね。まあそれは忍耐とかね。やっぱパラノイアになることが1番やっぱ大事。あ、ある意味な。うん。そうですね。もう1つのことをもう誰から何言われようが狂ったようにやれる人間。いや、やるな。うん。やってるな。あ、確かにね。
僕は最終的にはそれになりたいと思っていて、だからそれができる人間っていうのは他の才能とか関係ないと思ってるんですよね。耐えるか耐えないかで耐えるを選ぶことができる。うん。うん。物理的に無理なこと以外、例えば熱いものとかだと痛いってなっちゃうけど、そうじゃなくてこう精神的なものだったら、耐えないだったら耐えるを選べることができるから。石の上にも3年ができる。そうそうそう。石の上にも3年と思って浪人したもん。本当最初は浪人3浪までって思ってて、そしたら5浪しちゃったっていう。
え、でも僕5浪して理三行けるんだったら俺喜んで5浪しましたよ。俺は怖いから、何をかますかが怖くて。それね、よく言われるね。だからその羽生さんかな、将棋の羽生さん、羽生善治さんの名言であるけど、成功が分かってて頑張るということだったら誰でもできるんだけど、そのされてない場所じゃん、受験って。本当に俺がだってね、受けて落ちるかも受かるかも本当わかんないからね。当日失敗したらおしまいだから、そういう意味で言うとそこで確かにね、できるかどうかっていうのは情熱かもしんない。まあ俺それがすごくて、どうしてもその根性が俺欲しい。ああ。っていう感じですよね。いや、あ、ありがとうございます。
ちょっとね、今根性論の話になってるけど。そう、そう。多分今回から提案してもらったんだけど、その地頭について語りたいと、なんか定義したいみたいなことおっしゃって、だから今回テーマ地頭というか。うん。トマホークさんにもその、いろんな方インタビューしてて、もう本当にいろんな人インタビューしてて、例えばどんな人がいた?すごい天才だなっていう。うん。あ、天才。天才か。地頭とか。うん。東大とか。おお。ルー先輩ね。すごい。ルー先輩って誰や?ルシファー。あ、俺だけルー先輩。ルー先輩。ルーちゃん。ルーちゃんって呼んでんだよ。ルーちゃん先輩。うん。ルーちゃんね、今日呼んだけど来れなかったんです。さすがに。
っていうの、そう。あの、いろんな方を見てらっしゃるトマホークさんの意見も聞きたいしっていうところで提案させてもらったっていう。で、ありがとうっていう、本当にあります。
ちなみにもごは地頭についてどういう考えを持ってる?
え、俺まず地頭っていうもの、才能っていうものはこのようにないと思っていて、ゼロ。ゼロ。あえて才能っていうものがあるとすれば、やるべき物事に対して好きかどうかが才能やと思っています。だから例えば数学に才能がある人ってのは、その数学がどんな状況でも好きで続けられる人。だけど本当のそのなんか感覚的に分かったわとか、なんか感覚的に解法が出たわっていうのは、俺からしたら実力でも何でもないです。ちょっとなんかその感覚が鋭敏なだけで、それでその地頭があったとしても、逆にこう数学とかああいう論理的なものにおいては、そう、足かせになる可能性すら俺はあると思っています。うん。
だからその結局努力でちゃんと積み上げたのじゃないと。感覚で解く人間ってのは地頭としてはいいのかもしんないけど、そういう人って結局最後には努力で積み上げた人間に勝てないんですよ。うん。だから数学これできた満点やとか言ってね、感覚で解いてる人いっぱいいるんですよ。なんか京医とかでもね、ほんまいっぱいいました。満点、満点って言ってる人いましたけど、満点僕ともう1人しかいないですよ、ほんま。え、そうなん。
ただ中の中でもトップ層、俺の時にはA兄弟ってのいたんですけど、A兄弟とかいたんですけど、彼らはもう小学校の段階で高校数学やってるんですよ。そういう人たちはもう残念ながら感覚とか関係ないですよ。論理の範疇で算数すら解けてしまうんですよね。ああ、なるほどね。まあ、そうか。やってるからね、先に。そうなんですよ。そういうのと地頭は違うと。はい。違います。まず。へえ。で、地頭は存在しないと思ってます。感覚でしかないと。
でも例えばそのA兄弟で、まあ知っとるけど、あのままその子とかさ、小学校で高校数学やりましたみたいなのってようおるじゃないですか。結構珍しくないという。理三全然、いや、全然おる。でもさ、俺とかはそれをしようと思っても多分できんかったんよ。小学校時代にそれを試みても絶対できんと思うから。できる人とできない人がおる。ちょっとあの話しさせてもらうと、その俺はすることとしないことと、できることとできないことって違うと思うんよ。はい。で、ここの2つをごちゃごちゃにするとよくないと思っとって。あ。
で、例えばなんじゃけど、そんなに浪人できないでとかさ、俺よく言われるじゃない。さっきもそう、もご君も言ってくれたように、だからその失敗するか成功するかわかんない中でそこを選択できないっていうこと言ったんだけど、本当はそれは選択しないだけなんだよね。そのしないだって。できるできないは例えば100mを人間が8秒で走ることはできないんだよね。ウサイン・ボルトでそれ9秒だから。それはしたい・しない・したくない問題じゃなくて、やろうと思っても走ってみて実際できないと思うんだよね。それはできるできないの話で。で、それを言うと、だからその才能ってのは、能ってついてるぐらいだから能力、できるできないの話だと思うのだけれど。うん。才能のことで言うと、だからその、そう、小学校の時に高校のやつをやろうとしても、多分そこら辺の道歩いてる子、俺も多分できなかったと思うんだよね。でもできる子はできるわけよね。小学校から高校の本とかを読める子は読めるし、読めない子は読めないわけで、みんなが意思を持ってできるわけじゃないから、それはどう思います?
それはまずA兄弟はでしょ?公文式でやってたんですよ。あ、そうなんじゃ。確か。でも公文式って最初は算数から始まるんですよ。で、モチベがある人が中学行っていいよ、高校行っていいよって。うん。どんどん上がってくんね。そうですよね。で、あれってでも結局好きだから続けられるんですよね。例えできなくても、理解できなくっても、とりあえず自分今できる範囲でやりたいっていうのは、どちらかというとできるできないじゃなくて、やりたいのかの方に入れる。いきなり、それはね、小学校の人に算数をせずに高校数学をやるとさ、それはできないに入りますけど、公文式とかああいうとこの人が多くて、高校数学やってる、方程式先取りしてますよとか、そういう人たちって結局算数から徐々に登り詰めてって、やりたいっていう気持ち、すごいモチベーションとかそういうので高校数学の前まで登り詰めてってるだけだから、それは言ってしまったら好みの問題であって才能ではない。ただその時。
段階踏めば誰でもできるってこと。あと好きっていう気持ちがあれば。まあまあ。じゃ例えばA兄弟と同じようなことを完全再現でやり遂げたら、じゃあA兄弟みたいになるって?なる。なります。っていう理論。ただそこにはさっきも言ったけど、才能に近いけど好きっていう気持ちがある。生後0秒はみんな同じっていう考え方。そうだ。そっち。
俺はそうやし、あとついでに言うと、その好きって気持ちは今阿修羅さんが何度も理三に受けてるその忍耐強さに近いものがあると思ってる。阿修羅さんもおそらく忍耐強さだけではなくて、受験っていうのがおそらく好きなんだと俺は思っています。まあ試験中の、うん。そうだね。まあまあまあうん。試験中のことが好きだね。競技的に。そうだね。とかスコアアタックとかが絶対好きなんですよ。多分阿修羅さん音ゲーとかやらしたら絶対はまるタイプ。でける自分。
だから俺はいつも生放送では、才能なんてないと、才能じゃなくてそこは好きになれるかどうかやと。で、好きになるのも単純接触で好きになることもできると。例え仲の悪い友達がいたとしても、ちゃんと話し合えば仲直りしたって好きになったりするじゃないですか。それと一緒で、数学嫌いってなっててもずっと見つめてやってたら案外好きになったりするもんなんですよ。俺がそうですから。
じゃ、その頭脳に遺伝はないって考え?僕はどちらかというと遺伝よりは環境の方が近いです、俺は。算数を解いていて、例えば横にお父さんがいて分からなかったらすぐ怒るとか、こういう人が隣にいるとあんまり算数好きになろうとはしないですよね。もちろん。うん。あ、じゃあもう脳みそほんま遺伝はちょっと違う。絶対ないと思う。もう遺伝は、俺は遺伝、遺伝とか遺伝多少差があったとしても埋めれる範囲なんですよ。絶対そんな。
はい。これ今もごの主張は結構分かる。0歳時点ではみんな平等スタートで。あね、どうなんだろう。好きかどうかゲーみたいな。うん。1つ言われると、そのそこよりはそれまでの部分で。A兄弟のこと知ってるから、まあまあ言わないけど、すごい子がいたよね。灘のすごいトップの子で、あの子はだから公文式でずっと積み上げてって、それで小学校の時結果的にそこまで行けたっていうのを聞いたら、まあまあまあなるほどなっていう。だからそうやったらできるのかもなと言われたら、まあそうかもな。
だから要は多分公文の、まあ公文でも何でもいいと思うんだけど、段々をつけてあげるのがすごくうまかったり、人に巡り合えたり、そういう教材であるとかに巡り合えたら、説明次第ではだから10歳でも微分とかも分かるんかなとは一瞬思ったけど。説明次第ではね。急に微分とか行くと好きじゃなくなっちゃう。いや、それは好きじゃなくなるし無理です。いきなりは多分無理って言ってるのは、グラデーションでうまくいけた人が本当に伸びていくんですね。グラデーションって言われたら確かに、大体のこといけるかもしれないですね。
でも俺は確かに地頭があるのかもしれないけど、どちらかっていうとそういう親父が、親父は俺が勉強したら褒めてくれたり抱きしめてくれたり、別に直接教えてくれるわけじゃないんですよ。だけどそうやって点数を取ることはいいことだと。すごいモチベーションになりやすい。そうですよね。親父が自分より喜んでくれるみたいなことは、少なくとも僕にとっては実力を大きく伸ばすことにはすごい貢献したとは思います。
じゃあ地頭いいというか、その学力伸びる時期が早かったんじゃない?そんなことない。ああ、とか、あと他の子はそうかもしれ、もごもよく見えた説。あ、っていう話だね。多分そういう、そう、いいそうだね。
阿修羅は何きっかけで学力伸び始めたんですか?いや、高3まで全然ダメだからね。で、高3の春に日本一難しい大学行こうって思って、インタビューとかでよく話してる内容で、受験極めたいからっていう理由だね。最初本当に何もできなかった、関係代名詞とかわかんなかったし、その状況からはすごい上がって、それでもいいや、なんだ、やってない人がやったらすごい伸びるじゃんっていうだけで伸びて。その1本のモチベで行けるのはすごくないですか?まあそれはでも自分で決めたというか、やんなきゃだめだなと思ったら、やらなきゃ人間として終わりだから、俺はね。すごい。いや、でも多分、いや、他にないからね、俺は。でも多分阿修羅さんがもし俺と同じ環境であるならば、とかの段階でとてつもないモチベーションで伸びていた可能性が高いし。
え、阿修羅さんって別に進学校とかではないですよね。進学校じゃけど、大阪星光学院よりはワンランク下。広島学院高校ね。
そう。だから俺地頭ないって思い始めたのは、10人の時で、要はめっちゃ勉強したけど、まず理三のまで全然ダメだし、回正に下げて回層を頑張ろうと思ったけど、めっちゃ頑張ったのに全然ダメだったから、そこで要は努力と才能っていうのがあった時に、努力の部分をめっちゃ頑張ったのにそれでダメだったら才能じゃねって俺はなっちゃうから。ああ。ああ。
いや、でもね、阿修羅さんの意見とかは才能だよね。中受受かる人っていうのはもうほんまにめちゃくちゃ早いってことよね。その勉強の家に気づくとか。まあでも、僕は小3生に気づくとかはあるかもね。ってことは灘とかやったらもっと早いってことかな。いや、灘はその小学者っていう、日能研、浜学園、希学園につなげるための小1から小3までの塾があるんですよ。あ、塾に入るための塾ってこと。塾みたいな。小学者って塾あるし、小学校受験もあるから、なんなら幼稚園の小学校受験もあるから、僕はだから小3なんでかなり遅いんですよ。中学受験組としては。
当時あの僕、あの来のとア君と同じクラスだったんですよ。小学校4年生で、あのダ身っていうクラスで。彼を見てこれが天才かと思ったんですよ、実際。俺も。俺は絶望したんですよ。驚異的絶望。そう、驚異的絶望。あの、順位があるんですよね、日能研に。席順があって、僕2位までにはいるんですけど、と君だけには絶対勝てないんですよ。ああ。
じゃあさ、例えばそのと君との、まあなんかさ、差って言ったらあれだけど、違いはあったと思う。何だと思う?それがやっぱ数学的感覚。数学的感覚。あと適用力が早いんですよ。うん。問題に対する。うん。(1)か(2)を見て(3)を言語化して出す、結論付けれるの早さ。早いよね。灘の子って早いんだよ。で、それを無意識でやってるから、俺らよりも明らかにレスポンスが早いんですよ。俺らは1回頭で構築して、それで初めて言語化してってのがこうなんですけど、灘に入るようなやつらってそこを、いい意味で言うと感覚でやってるから、めちゃくちゃレスポンス早いから解くのがめちゃくちゃ早いんですよ。早い。
え、それって早めに始めとったらその域に達するとかはあるんです?あるかもしれないですよね。わかんない。でもそこは。いや、そうでもそうわかんないってなっちゃうと、それが才能なのではっていう。でも早く始めるってのは俺才能なのかなって思ったんですよ。ああ、いや、早く始めるだけだったら才能じゃないと思う。意思の問題とか。結構早さげな感じがしてて、ってことはイコールお金が必要ってことじゃない?やっぱり。
思うじゃないですか。でも灘から入ってきた、合格してったやつに、4年まで安い塾に、貧困な家でも入れるような安い塾で、その自分で好きやからっつって勉強して、俺より賢かったんです。やつが後から入って。それたまたま元々ルートに乗ってたんじゃない。ああ、でもどうでしょう?でもそれ言い出したら証明しようがもう。あの昔はね。うん。言語化するのがめちゃくちゃ難しくなってしまうから、もう多少はあれするとして。うん。
見なかったことにするとして、正直言ってその僕は、その早く始められるかとか、いくらか好きになれるかどうか程度でしかなくて。俺はでも正直、その適用力の速さで違いがあるって言ったけど、結局大学受験では普通に灘のやつらとそれ適用力勝負で埋めれたしさ。努力だけで。彼らが多少レスポンス早いんやったら、こっちは技術で補えば全然戦える。早くなったんじゃない。僕はそのだから頭でコツを掴んでできるようになっただけで。え、それは灘のはそうやって。そんなこと経ずにすでに感覚的にこうやったら適用できるってのが彼らにあるんですよ。うん。
結構覚一だから受かるに考えたんが、だから天才っていうのは生まれつきバーンってできてて、で、生まれつきの部分、俺こんぐらいしかないから後天的に埋めるしかない。で、後天的な努力は大学受験で、俺、努力っていうのは4つの要素に分解できると思ってて、知識を身につけること、技術を体に染み込ませること、経験を積むこと、戦略を普段から練ること。
で、戦略だと例えば、その要は数学とか物理みたいな、本当にその才能とかでなんかすごい差つけられるような科目で、無理にこっちもジタバタしてもしゃあないから、数学・物理はある程度諦めて、ある程度諦めて英国化学かな、英語、国語、化学と、あとセンター試験、共通テストだね。なんか要は努力したら点が取れるような。英語とかはそうじゃん、どんだけ才能あってもimportantの意味は多分辞書引かないと知らないから。ね、生まれつきでどうにもなんないから、そういうところで差を埋めようっていう風に考えたし、それは戦略だし。また技術とかは、おっしゃる通りで、灘の子と同じように考えられはしないけど、例えば答えが2っていう答えだとしたら、その2を出すことはできると。その2を別の道を通って出す。つまり山に例えると、彼らはヘリコプターで行く感じなのよ。早いのよ、山の。だけど俺らはその素手とか、その6クラミの装備とかで上がんないといけない。まあ俺は本当に素手に近い。
なんか色々ここに、今回準備してきたんですけど、で、その話で言うと、例えばね、応用力っていうのはじゃあ地頭じゃないのかっていうのはどう思う?僕ね、応用力めっちゃ低かったです、始め。ただ大学に入って、大学受験になってからは、僕も成熟してくるし、応用力ってのがどういうことなのかってのがまず分かってくるんですよ。例えば(1)(2)(3)があるとしたら、(1)(2)で問題を知り、(1)(2)で得た結論、でもこの結論ってのは、結論って言ったらいけないですよ、言語化をちゃんとして(3)で適用するっていう、そういう流れみたいなのが分かってくるんですよ、成熟してくると。だからそれで応用力が上がり、あと最悪応用力で対応できないところは、灘のやつらが生み出したすごいウルトラCな解答を見て覚える。ああ。で、応用力をつけ、その類似的な問題はその覚えた解答を変形させて使う。彼らはその場でヘリコプター作って飛ぶんですよ。うん。俺らはヘリコプター持ち込むんですよ、そのまま。あ、いいって。そうすることによって、だから俺は低い応用力を補いました。
これが世間でよく言われている地頭のいい人の、えっとね、これ悪い、あ、ごめん。これは悪い方の特徴なんだけど、よく言われていることの、あ、そうだね。そう、そう。悪い特徴をちょっといくつか書いてみた。あ、これはXとかで言われてる。そうだね。集めてる。あ、俺も賛成してるものもいっぱいある。で、そうね、2個目で言うと、この2個目と3個目一緒なんだけど、要は算数だね。算数するわ。いや、これ分かります。補助線引けない。立体図形を頭で思い描けない。これは正直、数学は一旦2次元に落とし込むという手法が取られるし、数学においては正直立体図形を頭で思い描く必要ってあんまないと思ってるんですよね。いや。
うん。98%ぐらい賛成なんだけど、えっとね、分かるんだけど、本当にそう思うよ。僕も要は積分する時とかって断面切るからってことでしょ。あん的ことが分かってると、例えそれこそ解法はそっちなんですよね。だからその答えは出せるのよ。で、俺も計算力あるから、灘の子とかが10分で解ける問題を25分とか20分で解くぐらいの計算技術の練習はしてるけど、10分で解けるっていうクオリティまでいけないよね。だからそれが頭の中でできることの方が多い方が結局有利なんすよ。そういう意味で言うと地頭の差を感じるかな。
でも結局ね、うん。彼ら感覚でやってるからミスとか結構するんですよ。俺らは絶対しないミスがあるから、俺そこで釣り合い取れてるかなと思ってて。ああ。結構感覚的にやってる人って必要十分条件抜かすんですよね。ああ、まあ、そうか。そう。で、必要十分条件って大抵問題の中核を担っていて、そこが間違いとあのとてつもない減点を、京医でも東大でも起こり得るんですよね。
で、長い日本語の文章を読んで状況飲み込むのに時間かかる。これも俺当てはまってます。そう、当てはまってるけど、これはちゃんと大事なとこを線で引くことによって、はい。ちゃんと工夫で短縮できるし。これ長い日本語の文章で状況読み込むの時間かかる、結構の人がそうやから。え、これこれできる人おんの?あ、俺、はい。え、できんの?早いすよ。え?あ、これ線とか引かずにバーって分かっちゃう。
ああ、いや、そこまでじゃないけど、まあでもガチの話をすると、マジの話をすると、俺は実はこうリストアップしたのは、いろんな世間の意見をここに書いてて、自分も賛同できるんだけど、これだけは、俺は、あ、これ分かってねえなと。要は長い日本語の文章を読んで状況を読み込むのに時間がかかるのは地頭じゃないす。なんでかって言うと、まず1つ言うと、俺の地頭はやっぱり、オギャーと生まれた時から結構できる寄りの話は地頭だと思うよね。で、空間図形とかは例えば、そう、空間把握能力はちょっと地頭的な感じなんですよ。正確に言ったら4、5歳ぐらいまでが成長の限界と言われていて、超えた人が集まるじゃん、普通は。で、超えている話をすると、だから見なし才能だね。オギャーと生まれた時からじゃないけど、もはや才能っていう。その4、5歳にはタイムマシンがないから戻れないからね。これ長い文章をパッて読み取れる系は僕見たことなくて。じゃない。
ただこれは俺も練習で多少は伸びるんです。この長い日本語の文章読んで練習しかないね。オギャーと生まれた時からだって、おはようございますって言えないじゃん、さすがに。日本語はみんな後天的だからやられんのよ。で、いや、マジ国語、国語と英語は才能なんてないと思ってる。早く読むのは何万も多分読んでればできるし。
そっか、読書してる人が強いとかそういう話。まあ、積んでもできるし、あとはそうそう、おっしゃる通りで、線を引くんですよ。まずは最初は線を引くべきだけど、めっちゃやってると、マジな話をすると線引かなくても線が引けるようになるんだよね。あ、ここが大事っていうのが。俺も正直それは途中からやってたら。よくあるテクニック、しかしの後に結論があるとか、あれは俺正直間違ってると思っていて、やってると実際この人はこういうこと言いたいんやろなって。で、その言いたいことってのが実際自分の日常生活のこれに当てはまるんやろなとかまで見えるようになってくんですよね。
あ、ある意味そうだね。そう、そう、そう。あと、メタがあって、受験の話限定でいいんだったら、例えばなんだけど、英語の文章でも国語の文章でも環境あるじゃん。環境破壊の環境。環境を破壊していこうって文章が100%出ないんだよね。炎上するから。で、環境なんてなんか守りたいとか言いそうだなとか、なんかこういうことを言いそうっていう文章は絶対あるんですよ。ただちょっと変わったことは言うかもしれない。例えば環境を守るべきなんだけど、その環境を守るっていうのは人間のための環境であって、人間は利己的な生き物だっていう結論の文章は2000年の東大なんですけど、それは読んだことあるけど、それは変わってるけど、でも変わってるって言ってもそんぐらいなんだよね。だからそういうメタ読みとかも含めると、1段落目2段落目ぐらいで大体結論が分かることが多い。でそうなってくると、あと読むのが早くなる。確認作業になる。要はこういうこと言いたいんでしょって思うわけ。そう思うとわってなるけど、それは才能じゃなくて、今まで読んできたものが多ければそうなる。そうなんですよ。そのさ、やればできるって言ったらもう説得力半端ない。
いやでもその通りで、対比とかもお決まりが多いんですよ。ロゴスとパトスとか、主観と客観とか、それこそ。そうで、これがなんでよくある世間で言われる地頭って言われるかっていうと、あんまりみんな真面目に国語やらないからこうなってるだけっていう話でしかない。あんまり国語を重要視されてない世界なんで、特に理系は。まあ文系だってそこまで国語ってやってないと思う。やってないと思う。そうな。やったら大丈夫だよっていう。やってないだけでしょとは思う。はい。あ、そう。センター国語とかもやりゃできる。ああ。ああ、できる。できる、できる。はできる。
僕ね、阿修羅さんに対して、その「お前のやり方やったら5浪するわ」っていう意見、ほんと勉強してないバカの戯言だなと思って。教えてください。いやいや。うん。なぜ?ちょっと喋っていいですか?なぜなら。ありがとう。それは阿修羅さんは高3から勉強してるわけなんですよね。で、5年間で阿修羅さんはおそらく塾とかもめちゃくちゃ行ってたわけじゃないですよね。ないね。一浪だけ。で行ってて、それは言ってしまったら、阿修羅さんは自分で車輪の再発明をしてる部分もある。してる部分が多いんですよ。だからその部分を真似するんじゃなくて、最終的な5浪の時にやってた勉強法を真似すりゃ、とかやってりゃいい話なんです。勉強とか、あと戦術だね。やっぱりだからね。点数の取り方とかが、だからその現役のことかを見てると危ういし、でも危うい点数で受かってるのは、戦術がないってことは才能なんじゃないかって思っちゃうよね。現役の理三のことを見るとね。俺そこね、運って言ってます。その時の判断、判断の運。あ、まあね。そうそうそう。
教えて理三を受からせるってのが1番俺価値あると思っていて、人に教えて通用するってのは、自分の中で主観的なメソッドじゃなくて客観化されていて、それがもう言葉を介してあっちにちゃんと伝わり実践できるっていうのが、俺からしたらすごいんですよ。俺は正直そんなメソッド、いやありますよ。俺もちゃんとメソッドは作ってるんですけど、そもそも俺のメソッドまでたどり着いてくれないですよ、大抵の人間が。うん。そういう意味で。うん。なんかその、正直勉強が足りないから、俺のやつはもう勉強がある程度努力すること前提の勉強で、ちょっとね、なんか。やる気とかね、努力とかね。そう、そう、そう。結構京医受かりたいですって言うと結構来るんですよ。やけどそういう人たちにはもう前提として努力量が少なくて、彼らを俺は受からせることはできない、長時間。あ、うん。うん。わかる。
それで言うとなんか、そこまでこう頑張った学力の高い人たちが全員医学部に行くっていうことに対してはどうお考えですか?ああ、もうそれ社会の始ね。まあまあ。うん。ちょっと飛び抜けるけど。あ、じゃあ俺からいいっすか?いいっすよ。
まず医学部が難しい理由。はい。色々あると思うんですよ。他の私立とか、他の下の方の大学の医学部が、その他の学部に比べて難しいのは当たり前で、それは生命を扱うっていうことにおいてある程度責任を持たないといけないから難しくなるの当たり前なんですよ。じゃ、なんで京医や理三があんだけ難しいのかって言うと、それは別の理由があって、あそこはその研究機関なんですよ。研究で、その生命の研究をやった方がいいんですよ。生命の研究やった方が1番社会に役立ちやすい。で、そこにはやっぱりめちゃくちゃ賢い人じゃないとダメだと思っていて、俺はおそらく理三、京医は研究者になることを求められてるんじゃないかなと俺思ってるし、研究者になりたかったんですけど、残念ながら多くの人は普通に医者になるんですよ。なぜなら生活できないから。
才能の無駄遣いと思っていて、せっかく受験で培った知恵や論理があるのに、なぜそれを活かそうとせずに毎日同じパターンを繰り返す?まあちょっとそういう面もあるよな。そう、そういうことをやっちゃうのか。阿修羅さんも思ってるし俺も思ってるんですけど、なんで理三や京医の人が医者になるのって。うん。なる必要ないと思っていて。なんでなるんやろね。いや、それは聞いたんすよ。最近会ったんで、京医の医者になったやつにも、なんでって。今まで色々俺たちが勉強してきたり、結構疲れてきたと。敷かれたレールを歩くってのは、疲れたのを休めるのにはぴったりであると。もうこれ以上俺はもうしんどくなりたくないと。僕的には医学部に行くっていうのは、でもね、しょうがないんですよ。やっぱ頭のいい人って安定考えちゃうから。
医者は安定なんや。安定、まあそれは安定はしますよね。すごい働き方がしんどいことを除けば、リストラもされませんしね。あ、そうか。そうか。まあ芸人さんよりはね、安定する。そう。で、ある程度給料も高い。給料高いし、最終的にはね、うまいこといけば2000万ぐらいまではいける。そう、そう。順当なルートの先に2000万があるの?そう。1500万とか2000万があるから。ああ、じゃあそう、他に比べたら高水準で安定してる。
いや、さっき羽生善治さんの話であったんですけど、成功するのが見えてたらみんな努力楽って言ったじゃないですか。医者は一応ゴールがそこで決まってるから努力が楽なんですよ。うん。例えば他の会社、サラリーマンをやって、必ずしも年収1000万行く保証ってないと思うんですよ。医者はあるんですよ。で、理三とかは結構医者にならない人いるくないですか?ああ、そういる。他に比べたらね。うん。あれすごいいいと思っていて、自分のやりたいことやればいいと思ってんですよね。で、税金の無駄だとかなんだとかよく言うじゃないですか。ただ普通に考えたら、工学部とか行ってる人でも工学系の仕事やらない人結構いるじゃないですか。多分めっちゃいるんですよ。そういうやつらとか合わせたら、工学部とかもう文学部とか全部そうですけど、彼らが。それ言い出したらもう分かろうか。あ、それはもう全然。彼らの無駄にする税金と、医学部だけで無駄にする税金、そう比べたら大体トントンだと思うよ、普通に。全然少ないと思う。なんか税金無駄にするは、俺は本当に。あれはもう荒らしで、なんか揚げ足取り。一応医者志望やよね。
あ、まあ、免許取ってちゃんと働かせていただけるなら働きたいけど、無理だったら塾の方に取れるように今実力を鍛えてる。ああ。知名度を上げたりとかっていうのはある。はい。はい。どっちも行けるようにしとかないと怖いっていう。俺はね、怖い。あ、そうなんや。マッチングで取ってくれないかもしれないじゃん。なんか変に有名だからさ。知名度だけあるから。なるほどね。
俺は4年までの勉強めっちゃ楽しかったんですよ。真面目に授業行ってたし。5年、6年の実習で。あ、実習で、そっか。あ、ほんま。いましたね。まあ俺パワハラ受けた側だったんですけど、実はね、パワハラ受けた病院がね、あんま言えないですけど。うん。前ニュースなってたんすよ。え?あ、まるまるね。なるほどね。まあ俺は正直医者になりたくないし、なんなら国試も受けたくない。あ、そういえばだって。取っといた方がいいんじゃ。いや、そう。取っといて、勉強は楽しいんですけど、やるたびにフラッシュバックしてるから、嫌な思い出が。そう、そう。
あ、でもなんか、一応事前にもらってたのが、判定してほしいみたいな、なんかその天才かどうか判定してほしいみたいな話。俺がですよね。あ、なんか僕がその中立な立場で2人がどうなのかどうかみたいなことを言ったけど、なんか話聞いた感じ、なんかその演習始めた速度とか演習量みたいなとこだと思ってたから、なんか天才か天才じゃないかってよりか、なんかそういうものなんかなみたいな。ああ、まあつまり、勉強に巡り合えるまでの運とか。そう、そう、そう、そう。家庭環境とかってことですかね。そう。で、地頭よく見えてる人はそれが早い。まあ、そうかもしんないですね。って言われるとね、俺もまあうん。本当にそうなんだ。いや、A兄弟を知ってるから、すごいの知ってるから、すごい子でも公文式とかなんだよって言われると、あ、そうなんだってなるから。
俺はその物事に向く情熱とかなのかなって。その才能ってのはやっぱその物事に向く、好きかどうかに近い。そうですよね。大まかに2人の意見がこうね、こうなりました。いや、元々似てる。うん。85%ぐらいは一緒だと思う。俺は、もごさんと、才能イコール情熱プラス運かな。で、もご君とかトマホークさんがそれ言ってくれたら、俺もまあそういう感じって感じ。うん。その大体賛成なんだけど、今その、いや本当腑に落ちてて、別に反論とかないし、けどうん。まあまあなるほどなとは思ったから。でも阿修羅が納得してくれるって嬉しくない?いや、嬉しいす。いや、そう言われるとね。
お2人、結構なんかすっきりしましたか?いや、すっきりしましたよ。これでね、受験生がね、才能とかに悩まずね、あ、好きになればいいんやという1つの解決法がね、生まれたわけですから、彼らにとったら、すごいこれはためになる示唆的な動画になったんじゃないかなと思います。何かの意味は落ちそうな感じはありますね。ということで、受験中、留年中にお忙しい中ありがとうございました。ありがとうございました。よろしくお願いします。
うお、今日すごいですね。さんてね、前サマ5店かなんか出てきました。そうですね。ちょっとオーラがぶつかり合ってますね。覇気が。いやいや、俺ちょっと偏差値3つ分ぐらい覇気小さいで。学歴厨すぎだろ。あ、じゃ全然じゃあ。はい。ぜひぜひ座ってください。はい。
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