生成AIのルール、画像処理研究のこれから、高専の可能性――喜連川優氏が司会したディスカッション

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概要

国立情報学研究所などが共催する第99回「大学等におけるオンライン教育とデジタル変革に関するサイバーシンポジウム」の最後には、情報・システム研究機構長の喜連川優氏の司会でディスカッションが行われた。登壇したのは、この日講演した竹村先生、内田先生、岡崎先生、そして高専(高等専門学校)の取り組みを紹介した登壇者である。

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話題は大きく三つに分かれた。一つ目は、大学が生成AIの利用ガイドラインをどこまでルールで固めるべきかである。二つ目は、LLMやVLM(視覚言語モデル)の進展が画像処理研究者にとって脅威なのか好機なのかである。三つ目は、高専のプラットフォームを地域や大学との連携にどう活かせるかである。喜連川氏は全体を通じて、ルールを細かく作るより積極的に使う方へ舵を切るべきだという立場を示した。

ガイドラインの法的整合性と、事故が起きた後の対応

最初に喜連川氏は、講演内容の方向性がよく似ていた竹村先生と内田先生に、互いに聞きたいことはないかと振った。竹村先生は、方向性は同じだと認めたうえで、自身の大学院大学の事情を説明した。専門職大学院だけの非常に小さな私立の学校なので、外部サービスに頼らざるを得ず、Copilotを使っている。大きな大学なら法務室が契約をチェックできるが、自分たちにはそこまでの体制がない。だからこそ、ガイドラインを作るときに法的整合性をどこまで検証したのかが気になる、というのが竹村先生の質問だった。

内田先生は、タスクフォースに法情報学を専門とする教員が入っており、最終案を出す前にもう一度チェックしてもらう予定だと答えた。そうしないと怖い、とも付け加えた。

竹村先生はさらに、ガイドラインで問題点を指摘していても情報漏洩は起こりうるので、起きたときにどういうプロセスで解決するかを考える必要があり、そちらの方が難しいのではないかと問いを重ねた。内田先生の説明では、Copilotを使っている限り安全性はMicrosoftが担保している。問題は利用者側のミスだという。たとえばプロンプト履歴を覚える機能があるため、以前に機密情報を入力していて、それが後で呼び出されて外に流れてしまった場合にどうするか。こうした罰則規定までは現在の方針に入れていないし、入れればガイドラインではなくなる、と内田先生は述べた。

ルールより「より創造的な仕事」へ

ここで喜連川氏は、法律やルールのことばかり気にするのが日本人だと口を挟んだ。日本の法学者には立法する人がとても少なく、本当に必要なら法律の方を変えなければならない、という趣旨である。竹村先生も、質問はしたものの、そこはあまり気にしなくてよいと思っていると応じ、喜連川氏は「気にしない方がいいです」と返した。

竹村先生が本当に重視しているのは、利用をどう後押しするかである。最近NHKの番組で、生成AIが出てきたのでデスクワークよりフィールドの仕事の方が稼げる、という論調を見て、おかしいと感じたという。竹村先生の考えでは、定型的な文章や学生への手紙のような作業はAIに任せ、オフィスで働く人はより知的でクリエイティブなことに時間を使えるようになる。そうした方向をガイドラインにも盛り込みたいが、そこまで言い切れるかは難しい、と述べた。

内田先生も、現在の方針にはそこまで書けていないが、ぜひ書きたいと応じた。喜連川氏が講演で示した未来像、つまり学習者が自分でプロンプトを打てば自分のレベルに合わせて様々な科目の説明が得られる状況を踏まえ、教育者は「AIを超えるプロであってほしい」と本当は書きたいという。内田先生は、AIでできる知識の伝授と、人間にしかできないコミュニケーションによってエンゲージメントを生む役割とに明らかに分化していくと見ている。アメリカの大学はそこを理解したうえで積極活用を打ち出しているはずだ、とも述べた。

これに対し喜連川氏は、人間のほとんどはあまり考えたくない生き物だという印象を語った。ある会社が配った鉛筆に「THINK」と書いてあったのは、言わなければ人は考えないからだ、という冗談めいた話である。竹村先生が、生き残るためには人は考えると反論したところで、喜連川氏は哲学になるとしてこの話を切り上げた。

AIの作り手に配慮は必要か――岡崎先生の考え

次に喜連川氏は、AIを作る研究者の立場から岡崎先生に意見を求めた。内田先生側(九州大学)から、作る人に配慮すべきだという趣旨の発言があったことを受け、本人はそんな心配をしているのか、と半ば冗談で尋ねたのである。

岡崎先生は、作るときに気を使うことはやはりあると答えた。法律から逸脱しないこと、著作権法との関係、倫理面で人間に害を及ぼさないかといった点である。こうしたことを守っていればよい、という指針があると安心できる。一方で、その指針のせいでやりたいことがすぐに取りかかれないことも起こりうる。そこが難しいところだと述べた。

喜連川氏は、それはAIに限らないと指摘した。新しい学問を切り開くときは常にそうした問題を抱えており、社会に迷惑をかけないようにすることは研究者のベースのリテラシーではないか、という見方である。そのうえで内田先生に、AIだから特段に心配するのは影響が大きいからか、と尋ねた。内田先生は、影響の大きさだけでなく方向も複数あると答えた。生成系なら岡崎先生が挙げた著作権の問題もあり、これまで以上に広い範囲にリスクが及ぶということだろう、と説明した。

著作権や個人情報は「今さら心配するほど新しくない」という喜連川氏の見方

喜連川氏はこれに異を唱えた。著作権はすでにアメリカで散々炎上しており、こちらが心配する前に著作権者の側が声を上げている。日本の新聞社はまったく協力的でなく、むしろ説得の方に手間がかかっている、と語った。個人情報についても、アメリカのAOLの問題やケンブリッジ・アナリティカの問題など、過去に山のように事例がある。若い研究者に指導教員が「こういうことに気をつけよう」と話すことはあっても、特に新しい問題は出ていないように思う、というのが喜連川氏の見解だった。

岡崎先生は、それほど新しくはないかもしれないとしつつ、別の懸念を挙げた。ChatGPTとの会話の中で自殺の方法を教えてしまったという事例が実際に起きている。安全対策はしており、そうした用途で開発したAIではないのに、そういう使い方ができてしまう。そこが怖く、どう防ぐかは難しい、と岡崎先生は述べた。

悪用と戦争利用――問題はもっと根深いところにある

喜連川氏は、難しいのは確かだとしたうえで、話を軍事利用に広げた。ベネズエラやイランの件でAnthropicのモデルが実際に使われたという話が出たとき、戦争利用をどう考えるかは政府との見解の相違になってしまう。そもそもアメリカの現状はめちゃくちゃだ、と喜連川氏は述べた。むしろPalantirのような戦争向けサービスの産業構造そのものが問題で、それが組み込まれた国家になるとややこしい、という見方である。さらに、現在の政権は国会も通さずに武器を作ってよいと決めており、戦争を経験した日本としてどう考えるかは非常に慎重な議論が要る、と個人的な意見として語った。

問題はAIそのものより根深いところにあるとしたうえで、喜連川氏はこうした判断は年長の竹村先生や内田先生が歴史観から行うべきだと述べた。若い研究者にはあまり心配しなくていい、何かあれば執行部に任せなさいと内田先生が言えば済むのではないか、と振った。内田先生は「ちょっと考えます」と即答を避け、会場の笑いを誘った。

画像処理研究者は「夢が広がっている」

続いて喜連川氏は、画像処理を専門とする内田先生に、LLMを作る岡崎先生らの話を聞いてどう感じたかを尋ねた。内田先生は「最高です」と答え、LLM-jpの活動を尊敬していると述べた。昔は信じられないほどできなかったことが、今はどんどんできるので本当に楽しい、という。

喜連川氏は、日本のコンピュータサイエンスでは画像処理の研究者が大半を占めていると指摘した。内田先生は「そんなこともない」と言いつつ、多いことは認めた。喜連川氏によれば、これは昔のナショナルプロジェクトで大量に育成されたためである。電子情報通信学会の論文誌はD-IとD-IIに分かれており、画像処理を多く載せるD-IIは厚さ1cmほどあるのに対し、もう一方は1mmほどでペロッと倒れてしまうほどだった、と例を挙げた。画像処理は見て分かりやすいという面もある。言語処理の研究者は当時それほど多くなかったが、最近増えた。そのうえで、VLMのようなものが出てきたことを画像処理の研究者はどう受け止めているのか、と問うた。

内田先生は、危機感というより、以前の画像認識では認識率競争が起きていたが、その座はおそらく終わりつつあると述べた。今は、認識ができるようになったことで、これまでできなかったことがその先でできるようになっている感覚だという。LLM-jpのようなプロジェクトのおかげで夢が広がっている、というのが内田先生の個人的な実感である。

喜連川氏は、この「夢が広がる」という言葉を印象的だと受け止めた。そのうえで、京都大学の長尾先生がつくった情報学研究科に農学が含まれていることに触れ、作物の写真を撮るとどの虫に食べられているか、どの薬をまけばよいか、枯れかけているかといった判断が高い精度でできるようになってきた例を挙げた。そうなると、研究の中身はほとんどコーパス作り、つまりデータ集めになる。これまで一生懸命研究されてきた認識の部分はオフロードできてしまう。喜連川氏の周囲の画像処理研究者は、その先の夢があまりないと感じているという。だからこそ、内田先生が先に夢があると語ったことは非常に印象的だった、と述べた。

岡崎先生から画像処理研究者へのメッセージ

喜連川氏が「かわいそうな画像処理屋さん」への温かいメッセージを求めると、岡崎先生はかわいそうだとはまったく思っていないと前置きしたうえで、二つの点を挙げた。

一つは、LLMは言語処理から始まり、言語や思考の面で賢くなってきたが、今はどんどんマルチモーダルに広がっているという点である。画像の先にはロボットや世界モデルがあり、画像処理の研究者はそうした展開を牽引できるのではないか、と岡崎先生は述べた。もう一つは、昨年MIRUに参加したときの実感である。画像処理といっても、VLMで扱うような画像だけではなく、様々なセンシングやアプリケーションに特化した課題が数多く残っており、解けていない問題がたくさんある。まだやることがたくさんある領域だと思っている、と岡崎先生は語った。

高専のプラットフォームと、共通入試による学生の移動

話題は高専に移った。喜連川氏は、井原先生から「プラットフォームとしての高専を忘れないように」というメッセージがあったことを評価し、高専の登壇者に確認した。研究志向の青いプロジェクトではオンデマンド講義を導入しているのか、という質問である。登壇者の答えは、そちらでは導入しておらず、カリキュラムの色が強いのは黄色のCOMPASSの方だ、というものだった。両プロジェクト間の連携もまだあまりできていないという。

喜連川氏は、プロジェクト同士を混ぜろと言っているのではないと断ったうえで、高専としてのコンテンツ配信は素晴らしいと述べた。旧七帝大でもそうしたことはできておらず、85の国立大学でやるべきではないかと自分たちは考えているという。少子化で子どもの数が2割減るといった状況の中、私立大学では少人数の教育にどれだけ人手をかけられるかという議論がある。高専でも、各校が独自の特色ある部分を残し、一般化できるものは共通講義として共有する、という話が出てきても不思議ではない。喜連川氏は、それはまだ起きていないのかと尋ねた。

登壇者によれば、各地域の特色はCOMPASSの各拠点校がその分野として打ち出している。共通の仕組みという点では、高専の入試はすべて共通問題で行われているため、遠隔地でも受験できる。実際に佐世保高専を大阪や沖縄で受験して入学した学生もいる。寮のある学校も多いので、「国内留学」のように中学生が様々な地域に進学できる環境は整っているという。若年層の移動を促し、人口の多い都市部や関東から地方へ学生が来る流れが一つできてもよい、と登壇者は述べた。喜連川氏は、講義をリモートに配信するのではなく学生自身が遠くへ行く仕組みなのだと理解を示した。

災害を学ぶオンデマンドコンテンツという提案

喜連川氏は、高専の学生の大半は地元が好きで、地元でスキルを身につけようとしているのではないかと考えていたと述べ、登壇者も大体はそうだと認めた。そのうえで喜連川氏は具体的な提案をした。

喜連川氏はかねて、日本にとって最大の課題は南海トラフ地震だと言っている。一度で30万人が亡くなるとも言われている。先日訪れた徳島では、徳島や高知の高専の人々が非常に面白いアイデアを出していたという。そうした地域に根ざした取り組みがある一方で、最近は山火事のような災害も各地で起きている。そうした災害が起きたとき、地域の人が学べるように動画コンテンツをオンデマンドですぐに回せるとよいのではないか、と喜連川氏は述べた。防災の取り組みは全高専で行っているわけではないことも確認したうえで、検討を求めた。登壇者は、とてもよいアイデアをもらったので本部とも話を進めたいと応じた。

高専でのAI利用、半導体、外部連携

喜連川氏は、高専でもAIの教育利用に心配はあるのかと尋ねた。登壇者は、高専には15歳から入学するため、大学生以上によく分からないままAIを使っている学生が多いのではないかと考えている。リテラシーは学内で教えている部分もあるが、使いながら学んでもらうのが一番だと思っている、と述べた。喜連川氏は、ルールであまり縛っていないのが現状で、その方が力が出るのではないかと受け止めた。

続いて喜連川氏は、この日紹介されたVLMからさらに派生した技術の伸びしろは大きいと皆が感じているとして、半導体分野でも学生がこうしたものを使えば面白いものができるだろうと述べた。そのうえで、高専の「AI・データサイエンス」の取り組みについて尋ねた。登壇者は、高専のAI教育は企業とも連携しており、日本ディープラーニング協会とも協力していると説明した。分かりやすい例として、ロボコンのようにディープラーニングを使ったビジネスプランを競うコンテストを開いているほか、東京大学の松尾先生の講義を受講させてもらうなど、技術スキルの面では外部のコンテンツを活用しているという。学生はAIをとても大きな括りでしか理解していない面があり、それは自分も同じだとしたうえで、最新の動向を知る機会があると学生にとってよいと述べた。

喜連川氏は、この日は大学との連携の話があまり出なかったと指摘した。特に半導体は九州全体で取り組んでいるような状況であり、岡崎先生もNIIのプロジェクトに参加しながらLLMを作っている。そうした連携を考えてほしいと求めた。登壇者は、時間の都合で詳しく話せなかったが、大学の半導体人材育成拠点との連携など様々な形で大学との連携を進めており、AIの切り口でもぜひ連携したいと答えた。喜連川氏は、AIを広める宗教のような意図ではないと断った。変化のスピードが最も大きく、すべての学問分野に大きな影響を与えているのが現状である。半導体と同じく、根っこから作るところを教える層と、使う側の層がある。どちらについても大学には人材がそろっているので検討してもらえればよい、という趣旨である。

高専の強みと大学入学共通テスト

最後に竹村先生が一言を求められた。竹村先生は、高専の話を聞けて非常によかったと述べた。高専から大学の3年次に編入してくる優秀な学生は多い。高専で優秀な人材が育つ理由の一つは、大学入学共通テストを受けなくてよく、独自の教育カリキュラムを持てることであり、これは日本のよいところだと竹村先生は考えている。裏を返せば、大学入学共通テストを何とかできないかと日頃思っている、と竹村先生は語った。

喜連川氏は、ここは言いたい放題の場であり、ルールを作らないことが旨だと応じた。自身の学年にも高専から編入した人がいたこと、研究室にも高専出身者がいることを挙げ、その人が「自分の人生で一番楽しかったのは高専にいた時だった」とはっきり言っていたと紹介した。具体的なものを自分で考えて作るプロセスを身をもって経験できるのが高専であり、大学はそこがまだ十分にできていないのではないか。喜連川氏はこの問いを残して議論を締めくくり、次回の第100回への期待を述べて閉会した。