酸ヶ湯温泉の布団の中で話した「不快の正体」、移動の格差、「面白かった」が侮辱になる理由

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概要

ゆる言語学ラジオの堀元見と水野太貴が、青森県の酸ヶ湯温泉の旅館で布団に入ったまま、眠るまで雑談した回である。二人は、この番組を睡眠導入に使っているリスナーが多いと聞き、寝落ち用の回として収録したと説明する。途中で浴衣がはだける騒ぎや下ネタが何度も入るが、話題は自分の体の不快に気づけない話、移動と階級、学術コミュニケーションの作法、人間関係と時間、番組のあだ名文化などに広がっていく。以下では、雑談の中で実際に語られた内容を話題ごとに整理する。

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pH2前後の酸性泉と、鹿と空海の温泉伝説

最初の話題は、その日入った酸ヶ湯温泉である。強い酸性の温泉で、検索したらpH2と出てきたと一人が話す。小学校の理科実験で使う酸は安全のために薄めてあるはずなので、それより強いかもしれないという話になる。

堀元は、目に入るとひどく痛く、皮膚、特に髭を剃った後の細かい傷がピリピリしたと話す。長湯は20分か30分までという注意書きがあったことにも触れ、強い温泉に入ると何かが肌に染み込んでくるようでリラックスできたと振り返る。一方の水野は痛みをほとんど感じなかった。入浴後に切り傷に気づいたほどで、自分は「肌アホ」だと笑う。

酸ヶ湯の読み方も話題になった。水野によると、Wikipediaでは元々「鹿」の字を使った名前だったという。温泉の発見伝説は鹿に導かれるパターンが定番で、長野の鹿教湯温泉のような例もある。空海が見つけたという伝説も多いという話になり、二人は、空海は旅行系YouTuberのように全国を回っていたのかと冗談を言う。

気圧・気温・空腹に気づけない人たち

水野は、気圧の変化も花粉もわからず、孤独や寂しさも感じないと話す。人間として何か足りない気がするという水野に、堀元は、花粉と気圧を感じないだけで現代社会ではかなり快適に生きられると返す。

そこで堀元は、気圧で古傷が痛むという話を検証した実験を記憶として紹介する。外の情報が見えない部屋に人を入れ、いまが低気圧かどうかを当てさせたところ、結果はランダムだったという。堀元自身も「結局わからない」という結果だった気がする、とあいまいな記憶として話している。

話はさらに、自分の不快の原因に気づけなかった経験に移る。一人が20代で不快感の正体が湿度だと気づいたと言うと、堀元はそれを上回り、20代で不快感の正体が気温だと気づいたと明かす。夏に好きなゲームをしても楽しくなく、好きなことが楽しめないのはうつの兆候だと聞くので、自分はうつではないかと疑った。ところが汗はだくだくにかいていて、エアコンをつけたら楽しさが戻ったという。堀元は、子どもの頃の北海道は夏でも涼しく、実家にエアコンもなかったため、暑さに気づかなくても生命に関わらなかったのかもしれないと推測する。

空腹にも同じことが起きると堀元は言う。今でも体調やパフォーマンスが悪いと感じ、昼食を食べたら治ることがある。理系の大学で実験室の温湿度を記録するよう教わったので、食前と食後の幸福度を比べれば原因を突き止められる、と自分の「合理的推論」を自慢して水野に笑われる。二人の友人も、自分のポッドキャストで、毎年イライラする理由が単に冬の寒さだったと最近気づいたと話していたそうで、「意外といるのかも」という話になる。

痛みはアラートである:サラダで吐き気がしたスタッフ

この流れで堀元は、二人の会社で働くスタッフの話をする。34歳のそのスタッフは、昨年になってようやく、サラダを食べると吐き気がするのはドレッシングをかけていなくてまずいからだと気づいたという。本人は隠れた原因を探して論文を読み、病院にも行ったらしい。

水野はここでオリバー・サックス(『妻を帽子と間違えた男』の著者)の著作に出てくる、痛みを感じない人の話を紹介する。痛みを感じない人は姿勢を変えないので尾てい骨を傷めたり、切り傷を放置して悪化させたりする。サックスによれば、痛みは「このままでは死ぬかもしれない」というアラートであり、痛みを感じない症状は楽観視できず深刻だという。堀元は、スタッフの件は「まずさ」というシグナルを理性で上書きしてしまった例だと言い、何億年もの進化で身につけた機能を個人の一生の中でやり直している、と冗談めかしてまとめる。

浴衣の設計は現代に合っているか

眠れる話をしようという流れで、堀元は浴衣の設計の悪さを持ち出す。寝ているうちにはだけ、食事の時は袖がお味噌汁などに浸かり、トイレでは用を足しにくい。スウェットや作務衣のような他の寝巻きと比べて勝てる要素がない、という主張だ。

利点として二人が挙げたのは、接地面が少なく通気性がよいこと、1枚なので洗濯しやすいことくらいだった。堀元は、宿やリネン業者の都合で選ばれているのかもしれないと推測する。一方で、男女混合の友人グループで泊まったり、部屋に集まって飲んだりすると、はだけることを気にして楽しめないとも指摘する。水野は、その日の食堂で袖が汚れないようにゴムバンドが配られていたことに触れ、浴衣は周囲に気を配らせる存在だと言う。

堀元は、江戸時代の日本では胸があまり性的関心の対象ではなかったという話を挙げ、当時の性意識なら問題はなかったが、現代の性意識では不都合なのではないかと考える。さらに『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』の執筆時に集めた話として、踏み絵が形骸化した後も民衆に支持されたのは、踏む時に裾をまくる姿のチラリズムが楽しまれたからだという説を紹介する。ただしそうだとすると、浴衣が今も残っている理由はますますわからない、と話は続く。起きても浴衣が乱れない人は上流階級の身体技法(ハビトゥス)を身につけているのではないか、それなら旅館で気を張って寝ているのかもしれない、という冗談も出た。伝統産業を潰したいわけではないが、もう少し現代化してほしい、というのが二人の落としどころである。

『移動と階級』:移動する格差と、移動しない格差

同じ芸人の睡眠時無呼吸症候群の話(無人島ロケにCPAPを持ち込んだ場面)から、水野は最近読んだ『移動と階級』の話を始める。この本の主張は、移動には格差があり、それは「移動すること」と「移動しないこと」の両面に表れる、というものだと水野は説明する。

移動の格差の典型は、気軽に飛行機やタクシーに乗れるかどうかである。一方で、Uber Eatsで食事を運ばせたり、リモートワークをしたりするのは、移動しないことで得をしている例になる。本の中では、Uber Eatsを「移動の外注」と表現していたという。

水野が特に印象に残ったのは、当事者アンケートの例だ。タバコの煙に関わる持病があり、喫煙後の人の匂いを嗅ぐだけで体調を崩すため、飛行機に乗れない人がいる。その人は、周囲が普通に移動しているのに自分だけ惨めな思いをするので死にたくなる、と書いていた。水野はこれを読んで、飛行機やバスに乗れるだけで自分は恵まれていたと思ったと話す。本には、移動の自由は病気や体質の変化、子どもの誕生などでいつ奪われるかわからないので、今困っていない人にも関係のない話ではない、とも書かれていたという。

堀元は極端な乗り物酔いの人も格差を抱えるだろうと付け加え、『のだめカンタービレ』を例に出す。将来有望な指揮者の息子である千秋は、ヨーロッパに行かないとキャリアが始まらないのに飛行機が怖くて行けず、ずっと悔しがっている。移動できないことで上に行けない話として読み直せる、という指摘だ。水野によれば、社会学では「モビリティ・スタディーズ」と呼ばれる移動の研究が広がっていて、ロンドンで通勤が始まった直後は通勤できること自体がステータスだった、という話もあるという。

価値づけは時代で変わる:不倫報道、ゴキブリ、肥料

ステータスの話から、堀元はその日読んだ本の話をする。不倫報道の歴史は長く、江戸か明治頃(どちらかは忘れたという)の新聞のような媒体で報じられていた。当初は載ると有名になれるので喜ばれ、自分の不倫を売り込む人までいた。当時は妾を持つのが当たり前という倫理観だったから、とも説明する。

水野は、昔は家にゴキブリが出ることが裕福の証で、誇らしげに語られていたという例を挙げる。二人は、価値づけが時代で変わるとまとめると陳腐だが、個別の事例は面白いと話す。さらに水野は、江戸時代には裕福な家の排泄物が良い肥料として高値で取引されていたと付け加え、寝る前は記憶が定着しやすいので覚えておいてほしいと言って堀元を呆れさせた。

「面白かったです」が侮辱になる研究者

水野は、最近食事をした言語学者たちの話を紹介する。その研究者たちは、配偶者に話をして「面白いね」と言われたり、講義の後に学生から「面白かったです」「勉強になりました」と言われたりすると腹が立つという。

理由は、アメリカの大学院で過ごした経験にあると水野は説明する。そこは日本のアカデミアとは比べものにならないほど議論で戦うスタイルで、発表に内容に関する質問が来ないのは発表の意味がないことを意味する。「面白かったです」「話し方がうまかったです」という感想は、ちゃんと聞いていなくても言えるので、侮辱(insult)と受け取られるのだという。日本に戻って国際学会にあまり行けなくなり、年齢とともに挑んでくる人が減ったため、今は吹っかけるような質問がほしいと話していたそうだ。

堀元は、これは自分が対談の聞き手をする時の感覚に近いと言う。尊敬する相手に「すごいですね」と言うだけでは自分の価値が出ないので、「この部分だけは納得できなかった」とあえて反論を持っていく。真剣に相手の仕事を見ていれば違和感は出てくるので、抽象化すれば同じことではないかという見方だ。

水野はここから、自分がこれまでショックを受けていた指摘コメントを別の角度で見られるようになったと話す。「ここが間違っている」というコメントは、それだけ真剣に見てくれた証拠だと受け取れる。堀元も、ゆるコンピュータ科学ラジオで「浮動小数点数は今は本質ではない」と言ったところ、「浮動小数点数は本質だ」というコメントがついてモヤモヤした経験を話すが、この視点に立てば、気合を入れて見てくれた人のすれ違いとして前向きに受け止められると応じる。

一方で水野は、この価値観のままアウトリーチをすると、専門外の一般の人からは深い指摘が出にくいので噛み合わないだろうとも指摘する。また、自分が本心から「面白い」と言っても、聞いていないとみなされるリスクがある。実際、その研究者たちと話した後は少し緊張感があったという。

「デリカシー不要」の名札は機能するか

堀元は、コミュニケーションの作法を事前に明示すればよいのではないかという自分の発想を試す例として、ある飲み会の話をする。参加者の一人が「親と絶縁しているんですよね」と前振りをしたが、話は別の本題に着地し、絶縁の理由は説明されなかった。堀元は気になったものの、立ち入るのは失礼だと思って聞かなかった。1時間半ほどたった頃、その人が、自分は繊細そうに見られがちだが実際には何も気を使わないでほしいと言ったので、堀元はすぐに絶縁の理由を聞き、相手も嫌がらなかったという。最初から「デリカシー不要」の名札があれば、1時間半は要らなかったのではないか、というのが堀元の問いである。

水野はこれに反対する。その人は、踏み込んでこない相手かどうかという試験を1時間半で見極めたからこそ開示したのであって、最初から誰にでも「デリカシー不要」と示せば、本当に不愉快な人を呼び込むことになる。堀元も、イベント運営をしていた頃に「マナーを守ってください」と呼びかけても、守る人だけが気をつけ、守らない人は自分のことだと思わなかった経験を思い出して同意する。水野はさらに、対面の1時間半では話の内容以上に振る舞いやジェスチャーなどマルチモーダルな情報を受け取っているので、それを統合して大丈夫だと判断したのではないかと付け加える。

堀元は、初対面の効率の悪さなどを解決したいと考えてきたが、どの案も「名札に書けばいい」という発想で、結局ここで行き詰まると認める。水野は、時短しようとするから問題が起きるのであって、時間をかければ大体解決する、と答える。

二人が仲良くなるまでの時間

時間の話から、堀元は、ラジオを始めて最初の1年ほどは水野とそこまで親しくなく、丸1年たってだいぶ仲良くなった実感があると話す。水野は、以前の配信で堀元が、代々木で初めて飲んだ時点で「0か100か」で100になったと言っていたと指摘する。

堀元の説明はこうだ。仕事柄、初対面でも仲良さげにずけずけ話すので、外から見た出力は当時も今も変わらない。しかし内面では気を使っていて、収録後に落ち込むこともあった。ある時期から、事前に打ち合わせなくても「これくらいのパスは取ってくれるだろう」という感覚が生まれ、遠慮がなくなった。水野も、何を投げても返してくれるとわかってからそうなったかもしれないと応じる。

水野はここで、各所で「いつかやる」と言っている「社会人になってから友達を作るのは難しい論」のリサーチを続けていると明かす。この日も『男はなぜ孤独死するのか』を読んでいたという。社会学、進化心理学、文化人類学など、いろいろなレンズがある。堀元が1冊ずつ話せばいいと勧めると、水野は、別々の本をつなげて完成させてから話したいので、あと2年ほど必要だと答える。

ナス、理科終わりの守:リスナーがつけるあだ名

番組内のあだ名も話題になった。堀元は、炎上時の「焼きナス」をはじめ「ナス」でいじられてきたが、ナスの複合語を作れば面白いという時期は1年ほどで一周したと話す。長く番組を続けたいなら、こうしたネタは1年ほどで入れ替わっていくものなのかもしれない、とも言う。例として、あるラジオ番組がリスナーの呼び名を募集し、「かわいいから」という理由で「栗きんとんネーム」に決めたが、次の回には別の案に乗り換えていた話を紹介する。堀元は、伝統を作らないという伝統のようで、安住の地を求めない姿勢がいいと話す。

水野は、ナスは言語学的に言えば「生産性が高い」語だと指摘する。複合語にも補正にも使え、頭に何かをつけて新しい語も作れる。一方で、最初の「ちゃかしナス」を超えるものは出ていない。堀元が、ミュージシャンのぼっちぼろまるさんと話した動画に「ぼっちぼろまるとちゃかしなすのコラボ」というコメントがついたのが面白かったと振り返り、似た音のゲストを呼べばまたナスネタが生まれるのではないか、という冗談も出る。また二人は、リスナーのコメント欄では「左の悪口を言う長」のように、名前を出さなくても誰のことかわかる表現が定着している、と感心する。

水野にはまだ定番のあだ名がない。唯一のお気に入りは、名物リスナーの帝国さんが配信中にスーパーチャットでくれた「理科終わりの守」である。江戸時代の狂歌師のような名前をつけたいという流れで生まれたもので、理科の能力が終わっていることと、出身地が尾張であることをかけ、役職名の形にしている。ただし長くて派生させにくい。芋っぽいと言われることもあるが定着していない。堀元が、本人が決めるものではなく自然につくものだと言うと、水野は、呼び名が定着するまで番組を続けるモチベーションになるかもしれないと話す。

グランクラスと、高いけれど外れないもの

旅の話にも触れている。東北新幹線のはやぶさには自由席がなく、前日の夜10時頃に指定席を取ろうとしたら埋まっていた。結局、一人分はグランクラスでしか取れず、二人は別々の車両で来たという。水野はグランクラスで、飲み放題、和食か洋食を選べる軽食、専属スタッフの巡回などを体験し、乗りたいと思わせるだけの魅力があったと話す。料金は普通の指定席の倍くらいだったと、チケットを取った堀元は話す。

水野は、年齢を重ねて高いものはいいと気づいたと話す一方、東京には高いのに外れるものも多いと言う。高くても良かった例として挙げたのが、東京ドームシティのスパ、ラクーアである。都内の温泉は狭いことが多いが、ラクーアは外気浴の場所が広く、椅子に座ると目の前の遊園地でジェットコースターが走っている。夜風に当たりながらその光景を見ると東京にいると実感し、少し高くても割に合う体験だという。堀元は、外れるのは内装や夜景などの演出に金をかけ、料理にはかけていない店だと応じる。

堀元が高くても良かったとして挙げたのは、専門家が細かく説明してくれるサービスで、高級な眼鏡屋や、椅子専門店ワーカホリックのコンシェルジュを例にする。椅子を選んでくれたスタッフがリスナーで意気投合し、後日飲みに行った。数理モデル研究者の江崎貴裕、江崎の友人である中国武術の大会で連覇している人、スタッフの友人を加えた5人で飲むことになり、共通の話題を探すのに苦労したが、最終的に全員が映画『PERFECT DAYS』を好きだとわかって盛り上がった。堀元の説明では、役所広司演じるトイレ清掃員が毎日同じ手順の暮らしを繰り返し、その中で起きる小さなずれや人間が丁寧に描かれる映画で、スタッフは劇場で6回見たという。

7月の不調はエアコンのせいだったのか

堀元は、7月は人と遊ぶことが極端に少なく、飲みに行ったのは2〜3回だったと話す。タスクが多かったうえに、社交を減らしてみようといろいろ断っていたという。それで寂しくなって飲みに行ったのではないかと言うと、水野は、それも暑かっただけではないかと茶化す。堀元自身も、楽しかった飲み会は料理のボリュームが多い店で、満腹だっただけかもしれないと冗談を重ねる。

水野の7月は、本の予約が上旬に入りすぎたことへの緊急対応で忙しかった。本来は7月下旬の締め切りを前倒しで進め、空いた時間で台本を書き、下旬には遊びの予定を入れていたが、割り込みのタスクで余裕が消えた。予定をキャンセルはしなかったが、ダラダラする時間はなく、起きている間は仕事、疲れたら寝るという日々だったという。さらに、エアコンの風向きが1段階下がって直接当たり、喉を痛めたことがあった。そこで設定を29℃で3時間のタイマーに切り替えたのが7月中旬で、精神的に悪かった時期と重なる。水野は、睡眠中に暑かっただけかもしれないと振り返る。二人は「悩みの9割はエアコンで消える」という自己啓発書が書けると冗談を言い、すぐに「さすがに嘘すぎる」と打ち消す。

眠りに落ちる前に

気づけば深夜2時半になり、周りの部屋も静かになったので二人は寝ることにする。寝落ち用のつもりが盛り上がってしまったと認め、最後に、寝落ちされると再生数に比べて高評価率が下がり、YouTubeから冷遇されるかもしれないので、最後まで聞いた人は高評価をしてほしいと頼んで、配信は終わる。