吃音はどのように隠されるのか:言い換えの工夫と「乗っ取られる身体」
ゆる言語学ラジオゆる言語学ラジオの吃音シリーズ第2回である。前回、吃音のある人の割合は子どもの頃は多く、大人になると減るという話が出た。今回の出発点は、その減少の理由である。水野によれば、大人になって吃音が減ったように見える人の中には、治ったのではなく、吃音を隠すテクニックが上達しただけという人が少なくない。今回は、当事者がどんな場面で困難を感じ、どう工夫して「吃音がない人のように」振る舞っているのかを具体例で紹介する。そのうえで、美学者・伊藤亜紗の『どもる体』の身体論を手がかりに、その工夫が当事者にとって何を意味するのかを考える。後半では、この議論が堀元の「インターネット芸人論」や会社員の働き方にもつながる、という方向に話が広がる。
進路も住む場所も「言いにくさ」で決まる
最初に紹介されるのは、吃音の当事者でもある医師の菊池先生の例である。菊池先生は九州大学医学部に進学した。九大を選んだのは、医学部の中で面接がないところを探した結果だったという。大学医学部の入試には面接があるのが普通なので、吃音のある受験生にとっては面接の有無が進路の決め手になりうる。
さらに水野が驚いたと話すのは、九大に合格したのに、実家のある山口県下関から片道2時間かけて通学していたことだ。引っ越さなかった理由は、引っ越し先の住所が言いにくい地名だったら嫌だと考えたからだった。菊池先生にとって「下関」は言いやすい地名で、だから下関を離れたくなかったという。
昼食の店選びにも同じ事情が関わる。どんな店を選ぶかという水野の問いに、堀元は「言いやすいメニューを頼める蕎麦屋」と答えたが、正解は食券の店だった。言いやすいかどうか以前に、声に出して注文しなくて済む店を選ぶのである。水野はここから、タブレット注文や食券はDXや人件費削減の文脈で語られがちだが、ろう者などから「ありがたい」という声が出ていると聞いたことにも触れ、アクセシビリティを高める面もあると指摘した。ただし、高齢者などには使いにくいというトレードオフもある、と留保を付けている。
ざわついた場所、切符売り場、電話
菊池先生はまた、ざわざわした場所で話すのが疲れるとも書いている。吃音で最初の言葉が出ずに「あ、あ」となっていると、相手は作業の手を止め、体を近づけて聞き耳を立ててくれる。ところが、ようやく出てきた言葉が「雨が降ってきたね」程度だと、「これだけ注目を集めてそれか」という空気になってしまう。人を笑わせようとしても、最初の言葉に詰まって皆が注目した後に出てきた言葉が面白くなければ、場はひどく白けてしまう。
現代ではあまり見かけなくなったが、当事者のエピソードによく出てくるのが電車の切符購入である。券売機がなかった時代は、駅員に行き先を伝えて切符を買っていた。ある当事者は「高田馬場」が言いにくいため、料金が同じで言いやすい一つ先や二つ先の駅名を告げて切符を買っていたという。
もう一人紹介されるのが、当事者や専門家に取材してノンフィクションをまとめた近藤さんだ。近藤さん自身も当事者で、高校生の頃に切符を買おうとして言葉が出ず、強い恥ずかしさを味わった。大学に入ってから吃音のある自分を変えたいと考え、自分を追い込むように旅に出たが、旅がうまくなっただけで吃音は治らず、絶望したという。東大工学部から修士課程に進み、修士2年のときに深く悩んだのが研究室の電話だった。上級生なので、先生がいないときは自分が取らなければならない。吃音のある人にとって電話は、突然日常に入り込んできて話すことを強いられるものであり、言葉が出ないと相手に怪訝な反応をされる。先生が「何分後に研究室にかけ直す」と伝言を残すと、その時間にトイレに行くようにしていたという。動悸や不安も出るほどで、電話にも出られないのだから会社員が務まるはずがないと考え、卒業後は就職せず旅に出た、というようなことが書かれていたと水野は紹介する。
堀元はここで、自分のGoogle Pixelが迷惑電話の可能性が高い着信にAIで自動応答する機能を使っており、最近は営業電話の側もAI音声らしく、AI同士が会話して通話が終わっている、という話をした。水野はそれを受けて、当時こうした仕組みがあれば近藤さんも楽だっただろうと述べた。また、「Z世代は電話が苦手」という言い方が広まった今なら、「電話が苦手なのでテキストでお願いします」と言っても理由を問われにくい。その意味で現代は当事者にとって生きやすくなった部分がある、と二人は話している。
携帯電話と名乗らなくてよい電話
固定電話の時代には、家に電話をかけたのに声が出ず、相手から「いたずら電話はやめてください」と切られてしまった当事者もいたという。言いたいことが出てこないだけなのに、そう受け取られてしまう。
一方、携帯電話の登場で一気に楽になったと語る当事者もいる。取り次いでもらう必要がないこともあるが、水野が強調するのは、相手の電話帳に登録してもらえば発信時に自分の名前が表示される点だ。菊池先生の場合、自分から「菊池です」と名乗る必要がなくなり、電話がずいぶん楽になったという。
差別と理解の難しさは今も残る
食券の店が増え、切符は券売機で買え、携帯電話には名前が表示される。こうした変化を紹介しつつも、水野は吃音への差別はなくなっておらず、困る場面は今もいくらでもあると念を押す。最も深刻なケースとして、当事者が思い悩んで自ら命を絶つこともあり、2013年には北海道の病院で男性看護師が亡くなった事例があったと述べた。
近藤さんの本の終盤で水野が納得したと話すのが、吃音は常に症状が出るわけではないので周囲の理解を得にくい、という指摘である。状況によって出たり出なかったりし、程度も人によって違う。日常会話に大きな苦労がある人から、たまに症状が出る程度の人までが同じ「吃音」という言葉でくくられる。堀元は、出たり出なかったりすると、悪くすれば「ふざけているのか」と受け取られかねないと応じている。
隠すテクニック1:挿入と「ドアが開く瞬間」
ここから本題の、吃音があっても吃音がない人のように話すための工夫が紹介される。
一つ目は「挿入」である。話し始める前に「あの」「えっと」を入れる。前回も説明したように、多くの吃音は話し始めの最初の音から次の音に移るところで引っかかり、音が出なかったり連発したりする。苦手な音が文頭に来るのを避け、「あの」「えっと」を前に置いて文中に回すことで、言いづらさを打ち消すのである。最初さえ出てしまえば、後はよどみなく出てくることも多いという。
堀元は、これとは違うが似たことをラジオでしていると話した。関連する話を思い出せそうで正確に出てこないとき、「それで言うと、あれありますよね」と言って時間を稼ぐ。クイズプレイヤーが早押しボタンを押してから考える時間で答えを絞り出すようなもので、自分にとっての早押しボタンがこのフレーズだという。
水野によれば、「あの」「えっと」を言えば必ず言葉が出るわけではなく、「このタイミングなら出る」という瞬間があるらしい。近藤さんは、どうしても出したい音が出ないときの感覚を、鍵のかかったドアをガチャガチャやっているようなものだとたとえている。出したい音は本人にも分かっているのに、なぜか体がこわばって出ない。だから「今だ」というタイミングで音を放り出し、なんとか発話をやり遂げているようだ、と水野は説明した。
隠すテクニック2:助走と言い換え
二つ目は、言いにくい語の前に言いやすい語を置くやり方である。菊池先生の場合、「菊池」から言い始めるのは難しいが、「私の名前は菊池です」とすれば吃音が起きにくい。聞き手にはほとんど違和感がないが、話し手は毎回小さな努力をしている。
三つ目は「言い換え」だ。「昨日」が苦手な人は「2日前」と言い換えた例がある。「聞き手」が言いにくい人は別の表現にする。プレゼンで言いにくいものがあれば実物を持っていき、「こちらです」と見せて済ませる人もいる。本には、「気象予報士」が言いにくい人が「さっきテレビに出ていたお天気の人」と言ってしのぐ例も出てくる。
本の中では、これが外国語を話すときに似ていると指摘されている。英語で「餃子」が分からなければ、身振りを交えて「チャイニーズ・ラビオリ」や「ラップド・ミートボール」と言えば通じそうだ。吃音の当事者は、それを母語でやっているということだ。
二人はここで、自分たちもラジオで似たことをしていると話す。同音異義語が多い言葉は音声だけでは聞き手が変換しにくいので、なるべく同音語のない言葉を探して話している。話者の一人は、シリーズ初回で「発声が難しい」と言ったものの、「発生」とも聞こえてしまうので「発音」と言えばよかったと今も後悔していると明かした。「科学」と「化学」についても、化学のほうは「ばけがく」「ケミストリーのほうのかがく」などと言い分けて衝突を避けているという。ただし堀元は、自分たちはラジオに出ているときだけ気にすればいいが、当事者は24時間それを考えなければならず、脳の負荷がとても大きいと付け加えた。
水野によれば、当事者には「3単語先にあいつ(苦手な語)が来る」という感覚があるらしい。最初は意識して「2日前」と言い換えていたものが、次第に無意識の言い換えになっていく人もいるという。
言い換えが招いた失言
言い換えは失敗することもある。菊池先生は学生の頃、友人に「先生と何話してたの?」と聞こうとした。ところが「話して」が言いにくそうだと感じ、「会話して」「コミュニケーションして」などの候補が浮かぶ中で、そのとき一番言いやすかったのが「告げ口して」だった。結果として「先生に何を告げ口してたの?」と聞くことになり、友人から距離を置かれてしまったという。
水野がここで強調するのは、失言した人の中には、吃音のある人が特定の語を避けた結果そうなっている場合もありうる、という点だ。普通は「心の奥でそう思っていたのだろう」と受け取ってしまう。しかも吃音について多少の知識がなければ、後から「実は吃音があって、その言葉を避けた結果だった」と説明されても理解しにくい。
語順の入れ替えと、リズムの力
四つ目は語順の入れ替えである。「昼休みに縄跳びの練習をしよう」の「昼休み」が言いにくければ、「縄跳びを昼休みに練習しよう」にすればよい。堀元は、日本語は語順を入れ替えられる点で吃音のある人にとってうまくできた言語なのではないかと感じたという。水野によれば、英語のように語順で意味が決まる言語では語順を動かしにくいが、日本語は名詞と格助詞のまとまりを比較的自由に並べ替えられる「かき混ぜ」ができるため、この回避法が使える。堀元が「かき混ぜ」という用語を覚えていたことには、生成文法の話で何度も出てきたから、という説明が添えられた。
最後は前回も触れた「歌う」ことだ。日常ですぐ使える方法ではないが、リズムがあると吃音の出る人でもつかえずに話せることが多いという。NHKの番組で当事者がインタビューを受けた際、スタジオにいた当事者の桂文福さんが規則的に舌を打つと、金縛りが解けたように話し出したというエピソードが紹介された。歌ほどでなくても、リズムに乗っていれば話しやすくなる。山手線ゲームでも吃音は起きにくいらしい。
堀元は、山手線ゲームで長い単語をリズムに押し込むのが自分だと言い、スリランカの首都「スリジャヤワルダナプラコッテ」を口にした。その場では少し噛んだが、音が連発するような詰まり方にはならなかった。堀元はさらに、早口言葉の「バスガス爆発」を「バスが酢爆発」と区切りを変えて読むと噛みにくい、という以前の話題とも似ているのではないかと話す。水野は、切れ目を変えて発音しやすくするという広い意味では似ているかもしれないと応じた。吃音の治療をうたう施設の中には、メトロノームに合わせて一音ずつ話す練習をさせているところもあるという。
『どもる体』の視点:吃音は「乗っ取られる」こと
ここで水野は議論を大きく転じる。前回の最後にも紹介した『どもる体』の著者、伊藤亜紗は医師ではなく美学者で、専門は身体論だ。メルロ=ポンティの名前も挙がり、堀元は「フランスの思想の人ですよね、難しくてよく分からないけど」と応じている。
水野によれば、伊藤は吃音が起きることを「乗っ取られる」ことだと捉えている。私たちは普段、自分の体を制御して思うように動かしている。その制御が外れ、コントロールできない部分が出てくるのが吃音である。酔っ払っているときも、ある意味で体が乗っ取られた状態だ。吃音の場合は、それが話すときに現れやすい。この観点から見ると、言い換えなどの工夫は、乗っ取られないための工夫だと言える。そのうえで伊藤は、乗っ取られないための工夫は本当にいいことなのか、と問いを立てる。堀元の最初の反応は「別にいい気がするけどな」だった。
「適当キャラ」に乗っ取られる
水野が挙げたのは、ある当事者の例である。その人は、細かいことにこだわらない「適当なキャラ」を演じていると吃音が出にくいことに気づいた。ところが、自分が代表を務めるチェスサークルに優秀な先輩が入ってきて、その先輩の前では適当キャラを演じられなくなり、吃音が頻繁に出るようになった。その人は、これではまるで先輩を話しにくい人だと思っているかのようで申し訳なかった、と語っているという。
水野がポイントとして挙げたのは、この当事者がもともと適当な性格ではないことだ。吃音が出にくいからという理由で、自分とは違うキャラクターを演じている。引いて見れば、吃音に乗っ取られそうになったところを自分で対処しているように見える。しかしもう一段引いて見ると、今度は適当キャラに乗っ取られかけている。堀元は、人格を明け渡しているようなもので、吃音に乗っ取られるほうがまだましな気がするとまで言った。
吃音を「取り戻す」までの3年
もう一人の当事者は、幼い頃に連発型の吃音があったが、言い換えの工夫を身につけ、家族は吃音が治ったと喜んだ。ところがその後、精神的なバランスを崩し、その原因は吃音を隠していることにあるのではないかと考えた。吃音の教室のような場で連発する大人を見たとき、その人は「不謹慎かもしれないが羨ましい」と感じたと証言している。
その人は周囲に「吃音を出します」と宣言した。しかし、出したいのに出ない日々が続き、もとの吃音に戻るまでに3年かかったという。堀元は、長年の社会生活で身につけたものはそう簡単に外せないのだと受け止めた。
言い換えを始めた後の自分は本当の自分ではないとして、自分に言い換えを禁じる当事者もいるという。一回一回の言い換えがパターンとして習慣化すると、人生そのものが工夫に乗っ取られると考えるからだ。水野の紹介によれば、伊藤は言い換えを二重の意味で危険だと述べている。一つは、思ったのと違うことを口にしてしまう点で、「告げ口」の例がこれにあたる。もう一つは、乗っ取られた状態にどんどん近づいていく点だ。もちろん、言い換えが自動化した自分もまた自分だという「共存派」の立場の人もいる。それでも、一部には自由に吃音を出したい、言い換えに乗っ取られたくないという人がいる、というのが本で示された話だと水野はまとめている。
インターネット芸人論へ
水野は、これこそ「インターネット芸人論」ではないかと言う。堀元も、聞きながら自分のことだと思っていたと応じた。堀元はインタビューなどで、盛り上がると思えば「儲かると思ったからそうしたんですよ」と、実際には思っていないことをよく口にする。水野はこれを、資本主義に迎合している自分に乗っ取られており、さらにその奥では「これを言ったらウケるだろう」という自分にも乗っ取られている状態だと整理した。堀元は「僕それしかないですよ」と認め、パスワードなしで誰でもログインできるような状態かもしれない、と笑った。
それでも、我に返る瞬間はあると堀元は言う。ラジオで水野から実家を相続したらどうするかと聞かれると、ノータイムで「売り払ってデベロッパーにタワマンを建てさせる、それが一番儲かる」と答えている。だが、親から「最近元気にしてる?」とLINEが来ると、自分はこれでいいのかという気持ちになるという。水野は、奥にまだ乗っ取られる前の自分が残っているということだろうと応じた。
水野がこの本で面白いと感じたのは、工夫そのものは悪くないとしている点だ。ただ工夫を繰り返すと、それはオートマチックな制御になる。オートマ制御になると今度は工夫に人生が乗っ取られるので、その矢印を逆向きに押し戻す力も必要なのではないか、という議論である。
会社員にも、あらゆる役割にも
水野は、インターネット芸人ではない視聴者にも無関係な話ではないと続ける。会社員として「こう言っておけば上司に気に入られるだろう」と話したり、家に帰っても会社の論理で話してしまったりすることはないか。家庭の感情的な問題に「結果を出すならこうしたほうがいいでしょう」と言ってしまうのはその例だ。自分がもともと持っている人格と、所属する組織の人格が互いに乗っ取り合うような力学が働いていて、働きすぎてしまう人は会社員の人格がかなり大きく出ている状態なのではないか、と水野は述べた。
堀元は自分の失敗談も明かした。リスナーを少しいじるような悪口を言うとウケる、という成功体験を積みすぎて、他人の仕事をすぐ「ブルシット・ジョブ」と言ってしまう。コンサルの人に「すごいブルシット・ジョブをやられていて大変ですね」と言うとウケるので、いろいろな場所で言っていた。その結果、担当の美容師から「毎日この仕事で大変ですわ」と言われたとき、危うく同じことを言いかけ、ギリギリで踏みとどまったという。
水野が今回伝えたかったのは、吃音の話は当事者でない人にとっても普遍的なテーマだということだ。インターネット芸人や会社員に限らず、母親という役割の中で求められる言葉を選ぶ場合も、姉や弟や兄という立場でも同じである。どんなアイデンティティや属性であれ、そのラベルに体が乗っ取られそうになったときにどう生きるべきかを論じているのが『どもる体』であり、そうしたことに悩む人にはヒントが見つかるはずだとして、水野はこの本を特に薦めている。
次回の問い:「えーっと」「あのー」は悪いことか
今回は吃音そのものというより、当事者がどう対処しているかという点から普遍的なテーマを取り出す回だった。水野は、当事者が現代でもさまざまな場面で苦しんでいることを踏まえ、シリーズ最終回では具体的なテーマで堀元と議論したいと予告した。テーマは「『えっと』『あの』をたくさん言う人が面接で落とされるのは仕方ないのか」である。今回紹介された「挿入」のように、「えっと」「あの」は吃音を隠すための工夫でもある。堀元は、すらすら話せないと無能の烙印を押される世界だという感じがあるので、面白い議論になりそうだと応じた。答えは次回に持ち越され、視聴者にも自分なりの論点を考えておいてほしいと呼びかけて回は終わっている。
ゆる言語学ラジオ。前回もお話ししたんですが、吃音を持っている方というのは子供の時はすごく割合が多いんだけど、そっから大人になると減ると。で、なぜ減るのか。実は吃音を持ってる方の中には、吃音を隠すテクニックがうまくなっているだけっていうケースが結構あるんですね。治ってるわけじゃなくて、隠蔽してるだけなんです。
はい。という話を今回していきたいと思います。はい。
まず吃音当事者の方がどんな世界を生きてるのか、ちょっと皆さんに知っていただきましょう。最初に登場していただくのは、この菊池良和先生というお医者さんがいらっしゃるんですけど、この先生、九州大学の医学部に進学されたんですけれど、なんで九大にしたかというとですね、医学部の中で面接がないところを選ぼうと思った結果、九大に。
あ、大学の医学部って大体面接ありますもんね。そうですね。
やめてください。僕が第1志望国立の医学部だったけど、面接でおそらく点めっちゃ引かれて落ちた話をするのは、その話恥部なんでやめてください。
え、してないよ。あ、してないか。あ、ごめんなさい。コンプレックス急に出てしまいました。
え、具体的にどういうこと聞かれて、どこしくじったなって思ってるんですか?
いや、全然受け答えには問題なかったと思うんすけど、単に高校をサボりすぎて欠席日数がすごかったから、なんでこんなに欠席したんですかって聞かれて、まあ、ちょっとその色々事情がありましてってごまかしてたせいですね。
でもなんかそれはこう、あ、聞かれたくない事情があるんだなってなるんじゃないの?
いや、俺が多分とぼけてたからだと思う。サボってたんだろうなみたいな空気が多分めっちゃ出たなと思いますね。
それで大幅減点。高校サボってたの?
サボってた。うちの高校自由な高校だったからさ、担任にメールを送ったら休んでよかったから。今日体調悪いんで休みますって言ったら全然休めたから。
体調悪かったの?いや、もう全然。何してんの?その間。あ、ゲームとかしてた。シヴィライゼーションってゲームがね、大変面白くてね、徹夜でやっちゃったから。
今日サボろっつってサボったりした結果、こんな大人になってしまったんで、今の高校生、絶対サボらないでください。気をつけてください。話を戻しまして、この菊池先生、さらにびっくりしたのがですね、九州大学に合格したのに実家の下関から通学してたらしいです。
山口県。結構大変だよ。あの、関門海峡越えてってことでしょ?片道2時間。大変だね。
なんで引っ越さなかったのかと言うと、いや、わかんないですけど家が好きだったんじゃないですか。引っ越し先の住所が言いにくい名前だったら嫌だと思ったから。
あ、てかそうか。この先生自身が吃音なわけですね。で、面接も避けるし、言いにくい地名も避けてきたんだ。
そうですね。はい。下関っていう地名が言いやすかったんですって、菊池先生にとって。だから下関を離れたくなかった。お昼ご飯に行くとします。菊池先生、お昼ご飯に行く時にどういう店を普段選ぶと思いますか?
なるほどね。だから分かったぞ。言いやすいメニューを頼みたいから、天ざるとか言いやすい気がする。蕎麦屋じゃないですか?
ああ、違いますね。正解は食券の店です。くそ、そっちか。そうか。言いやすいとかじゃないんだ。
喋んなくて済むとこか。そう。聞かれると怖いから。なるほど。食券機があるお店を選ぶんですって。うわあ、大変だね。
現代、結構食券とかタブレット注文が増えたって言って、どうやらタブレット注文が増えたことで、ろう者の方とか結構ありがたいって思ってる当事者がいるって話は聞きましたけど。
そっか、そっか。耳が聞こえなくても問題ないからか。
だからあれ、実はタブレット注文とか食券って、DX化とか人件費の削減っていう面もあるけど、意外とアクセシビリティが高まってる。本当に。
いや、一方でね、もちろん高齢者の方は難しいよっていうトレードオフなんだけど、助かってる方もいるんだっていうこと知らなかったので。
そう。やめた方がいいですよ。ダイニーで注文する時にLINEの友達増やされんのうざいなとか毎回文句言うのやめた方がいいですよ。
あ、言ってない。言ってない。
これ俺か。あ、ごめんなさい。ごめんなさい。この店ダイニーで外れだっていつも言ってんの、あれ良くないっすね。
あとあれありがたいっすよね。名刺交換したらメールマガジンを送ってくれる人、ありがたく。
1番うざいのよ。うざいし、それなんだったら多分違法だぞ。個人情報の取り扱いかなんかで、メルマガ本人の同意なしで送っちゃいけないみたいな、なんかあったよね。
毎週楽しみで、メルマガ。嘘つけ、嘘つけ。お前全部解約してるだろ。メルマガ解除でポチポチしてんだから、お前。
あとはね、やっぱざわざわしてる空間で話すの疲れるって書かれていて、それなんでかって言うと、吃音が起きちゃって、ああとかって言ってると、相手はやってる作業の手を止めたりとか、聞き耳立ててくれるわけですよね。こう体を近づけて聞いてくれるんだけど、そこでようやく出てくる言葉が「雨が降ってきたね」とかだと、え、なんでこんな注目を寄せつけたんだみたいな感じになるわけですよね。こんなに溜めてそれかって思われると、確かに辛いね。
だから面白いこと言って笑わせようって思っても、最初の言葉に詰まって、で、みんなが聞き耳を立てて、で、そこで出てきた言葉がつまんなかったらさ、むっちゃ冷めちゃうじゃないですか。
っていうので、ざわざわした場所とかで人と喋るのもすごく疲れたということが書かれてましたね。あとは、特に現代ではあんまないんですけど、吃音当事者のエピソードでよく出てくるのが電車の切符購入ですね。
券売機じゃない時代ってこと?
そうです。駅員さんにその時って行き先を伝えて買ってたんですよね、切符を。ある当事者の方は高田馬場が言いにくいと。
高田馬場はちょっと難しいな。
はい。ということで、1つ先とか2つ先の料金が同じで言いやすい駅名を買うようにしていたと。
もう1人、吃音当事者や専門家に話を聞いてノンフィクションをまとめた近藤雄生さんっていう方がいるんですけど、近藤さんも高校生の頃に切符買おうとしてうまく出てこなくて、ものすごい恥ずかしい思いをして、で、大学に行ったら吃音を持ってる自分をなんとか変えたいと思って旅にとにかく出て、こう自分を追い込んで鍛えるみたいなことをした結果、旅だけうまくなったというか、その吃音は治らなくて、ですごいやっぱ絶望したみたいでね。東大の工学部で修士まで行かれてるんですけど、修士2年生の時にあることが原因ですごく悩んだと。それが電話が鳴ること。電話が鳴ると、修士2年だから研究室の中でも上の人だからさ、先生とかがいないと取らなきゃいけないわけよ。でも吃音の方って電話がやっぱ怖いらしいの。急に日常に侵入してきて喋らされるわけじゃないですか。で、それでうまく喋れないと向こうから「え?」っていう顔されるっていうので、先生が研究室を出て、でも何分後ぐらいに研究室にかけ直すかみたいなことの伝言があると、その時間になるとトイレに行くようにするとか。
おお、なるほど。電話がそれくらい嫌なんですね。
動悸がしたり不安になったりするみたいなことを書かれてましたね。電話も出れないんだから、会社員なんてとてもできるわけがない。
そんぐらい悩むんだね。
で、結局卒業後は会社に就職せずに、最初は旅に出られたのかなっていうようなことが書かれてましたね。
なるほどね。
最近僕さ、めっちゃ電話かかってくんだけどさ、ほぼ全部光回線のなんか乗り換えの詐欺電話みたいなやつで、俺の使ってるGoogle Pixel、迷惑電話の可能性が高いのでAIで応答するっていう機能ついてて、もうAIで全部応答させてんの。じゃ、最近営業電話かけてる側もなんかAIの自動音声でやってて、AIとAIが会話してそのまま通話終了してて、何のこっちゃっていつも思う。地獄みたいだ、今の世の中。
で、電話料金だけかかってんでしょ?
そう。向こうにね。俺は受けてるだけだから。だからなんかあいつらが無駄に徴収されて終わってる。金徴収されて終わってますね。
だからAI応答みたいなものがね、あったらこの近藤さんも楽だったんでしょうけど、当時なかったんでしょうね。
あとは現代だと結構電話嫌、Z世代は電話が苦手だみたいな話を言うじゃないですか。だから今だと結構「私電話苦手なのでテキストでお願いします」って言っても理由を問われない時代になりましたよね。
うん。当時は無理だろうな。昔は電話ですよ。そうだよね。
うん。なんだメールはっていう時代に、その当事者は結構厳しいと思いますよ。
そうだね。って考えると、やっぱ現代結構生きやすくなってる気しますね。部分はあるでしょうね。
他にも、固定電話でお家にかけた後に声が出ないっていう当事者の方がいて、先方から「いたずら電話やめてください」って言って切られるみたいなことがあったと。
喋りたいこと出てきてないだけなのにね。
ただこれがですね、携帯電話の登場によって一気に楽になったっておっしゃってる人もいて。
うん。あれか、代わってもらう必要がないからってことかな。
あ、というのもあるんですけど、その前にですね、電話帳に登録してもらうと自分の名前が出るんですよ。
そうか。名乗らなくていいんだ。
だからこれ、あの菊池先生の話ですけど、菊池って名乗る必要がなくなったんですよね。ああ。
これによってすごく電話が楽になったっていうような話も出てきましたね。ま、こんな感じで吃音の方が、今ここまで食券の店が増えたとか、切符も券売機があり、携帯電話も電話帳登録すると大丈夫だって話もしたけれども、ま、それでも吃音に対する差別は当然あるわけだし、今でも困っている場面ってのはいくらでもある。1番ひどいケースとかだと、当事者の方が思い悩んで自殺しちゃうケースとかも全然ありますから。2013年の北海道の病院とかで、男性看護師さんがこれで自ら命を絶ってしまったっていう。
あ、すげえエグい話。
こともありますから、全然現代では吃音の差別がなくなったっていうわけでは全くないと思う。
はい。この近藤さんが最後の方に書かれてて、なるほどって思ったんですけど、吃音の方は常に症状があるわけじゃないから、周囲の理解を得るのが難しいっていう話が出てきましたね。
日によってコンディションが違うからってこと?
だから、ま、状況にもよるってことですよね。ケースもあるし、深刻度も人によって違うんで、本当に日常会話でものすごく苦労するっていう方から、たまに出る方まで全部同じ吃音っていう言葉に括られるので、今でもやっぱ理解が得られないケースはかなりあるということですね。
うん。うん。確かに出たり出なかったりだと、最悪なんかふざけてるのかなって受け取られたりしそうだね。
ただ実は、吃音が出てしまう時に色々工夫をすることで、さも吃音がない人のように擬態ができる、そんなテクニックがいくつかあるみたいでして。言ってたやつですね。はい。それちょっと見ていきましょうか。
1つ目が挿入。え、具体的には話し始める前に「あの」とか「えっと」って言うんですね。
ふーん。それでマシになるんですか?
苦手な文字列があるとして、それを「あの」とか「えー」と冒頭に入れることで、その苦手な文字列が文頭じゃなくて文中に来ることになるじゃないですか。
うん。そっか。そっか。文頭の方が突っかかっちゃうから、奥に置くことによって喋りやすくするんだ。
はい。そう。前回も言ったんですけど、多くの吃音は話し始めの1番最初の音から次の音に移行する時に差し障りが生じて、うまく出なかったり連発したりするので。
1文字目、2文字目が肝なんだね。
はい。最初さえ出てしまえば、そこからはよどみなく流れるように出ていくケースが結構あるから、「えっと」とか「あの」を使うことで文頭の言いづらさを無効化するっていう。うん。そういう手法があるんですね。
なんかそれとは全然違うんだけど、似たこと僕よくラジオでやってて、今の話に関連する話を思いつきそうなんだけど正確に思い出せないぞっていう時、「それで言うとあれありますよね」って言ってる時があります。これで時間を稼いで、なんとか細かく思い出して喋ろうっていう。
はい。あれですよね。クイズプレイヤーが分かりそうって時に押して、で、5秒間のシンキングタイムの間にめっちゃ考えて、なんとか最後のギリギリで答え言うみたいなね。
そう。だから僕にとっての早押しボタンは「それで言うとあれありますよね」ですね。
うん。うん。それ言ってる間に思い出そうっていうね。
吃音の方も「あの」とか「えっと」を言えば必ず言えるってわけじゃなくて、なんかどうやらこのタイミングなら言葉が出るぞっていう、なんかタイミングがあるんです。
本当にちょっと早押しクイズに似てるな。
そう。この近藤さんが書いてた例えは、どうしても出したい音が出ないってのは、鍵のかかったドアをガチャガチャやっている感じだみたいなこと言っていて、で、多分どっかいい時だけガーンってこうドアが開くんでしょ、きっと。
なるほど。開きそうだなってのは、なんか自分でも分かったりするんだね。
そう。だって出したい音は分かってるんだから。自分でも出ないのが不思議なだけで、なぜか体が硬直したりして出ないだけだから、今このタイミングだっていう時に放り出して、発話をなんとかやり遂げているみたいですね。他には助走っていうのもあって、これさっきの吃音当事者の菊池先生は、「菊池」はすごく言いづらいと。でも「私の名前は菊池です」にすると、あんまり吃音が起きない。
うん。うん。やっぱだから1文字目、2文字目にむずいのが来るよりは、楽なのを手前に置きたいってことかな。
そうですね。で、これ聞き手にも違和感はあんまりないんだけど、話し手としては毎回ちっちゃな努力が必要にはなるということですね。で、それから言い換えるという手もあります。
あ、それは分かりやすいな。言いづらい言葉を言いやすい単語に変えるってことでしょ。
はい。例えば「昨日」がすごく苦手な方がいます。そしたら何て言えばいいでしょう?
うん。2、3日前とか。
あ、そうですね。本人は「2日前」って言い換えてるっていうケースがありましたけど、そんな風にして苦手な文字列が出てこないように変えると。
だから聞き手、聞き手って言いにくいね。ほ、聞き手難しいね。うん。
聞き手って言いづらいっていう方とかは、普段使ってるっていう風に言い換える。
うん。うん。うん。
あるいはプレゼンとかで言いにくいものっていうのがあるとしたら、実物を持っていくっていうテクニックを使う人もいるって言ってました。
「こちらです」ってね。そうそうそうそうそう。確かにそれなら喋んなくて済みますもんね。
うん。あと本に出てきたのはね、気象予報士が言いにくいっていう方は、「さっきテレビに出てたお天気の人」みたいにしてクリアする。これ外国語喋る時に似ているんだっていう指摘がされていて、例えば餃子って英語で何て言うんだろうって困った時に、身振り手振りを交えて「チャイニーズラビオリ」とか言えばまあ通じそうじゃないですか。とか「ラップドミートボール」とか言えばいいわけで、それを吃音当事者の方は日本語、ってかまあ自分の母語でもやっているということですね。
僕らもラジオやってる時も近くてさ、同音異義語が多い言葉言うと、音だけ聞いてる人が変換しづらいだろうなと思って、なるべく同音異義語ない言葉探してるから、この作業も近いですよね。
はい。そうですね。
僕この吃音回の初回でずっと後悔してるのが、「それ発声が難しいんだ」って言って、発声は声を出す方のもあるし、生まれる方の発生もあるから、うわあこれ「発音」って言えばよかったって未だに後悔してます。
確かにその意味では、だから僕ら少し似てることはやってるかもしれないですね。
そうだね。
なんかどうやら吃音当事者の方はね、あ、3単語先にあいつが来るみたいな感覚があるらしくて、だから最初は「昨日」っていう時に「2日前」って意識的に言い換えたんだけど、ま、徐々に無意識的になってく人もいるみたいですね。
これも僕らもまあそうっちゃそうですかね。
うん。なんか条件反射的に、この言葉を避けようみたいなのがいくつかすでに脳に埋め込まれてる気がします。
そうだね。禁忌語みたいなのあるよね。
例えばだから「科学」って、化け学なのかサイエンスなのか、ケミストリーかサイエンスかわかんない。でも科学、言い換えられんな、あんまり。
ま、化け学っていう。
あ、そう。化け学の方はいけるけど、なんかそれって科学の基準に照らし合わせてどうなのみたいなこととか。
うん。あ、僕の中でマイルールがあって、僕が科学っていう時は常にサイエンスで、化学の方は常に化け学っていうので回避しているつもりです。
あ、なるほど。だから視聴者の方がそれを汲み取っていれば。
てかみんなの第一想起で、科学はさ、サイエンスだからさ、科学の方はもう科学って言っちゃってよくて、化学の方だけ化け学って言う必要があるなって思っている。うん。なるほど。
ま、でも確かに僕も化け学の方の科学が出てくる時って、僕はなんかそのケミストリーの方の科学とか、そういう風に言うから。
確かになんか避けてはいるな。
我々も全然違うタスクだけど、似たようなことはやってる気はしますね。
そうですね。
でもそれ大変だわ。俺ラジオ出てる時だけ考えればいいけど、吃音の方は24時間考えなきゃいけないでしょ。それめっちゃ脳の負荷でかいね。
なんならこの菊池先生はそれで失敗した経験も書いていて、学生の頃かな、「先生と何話してたん」って聞こうとして、「話して」が言いづらそうだなって。「会話して」とか「コミュニケーションして」とか「話して」とかいろんな候補が浮かんで、その時最も言いやすかったのが「告げ口して」。
ああ、意味変わったな。
だったみたいで、これ言っちゃったせいで友達から距離を置かれたっていう。
そうだよね。何話してたのって聞こうとして、先生に何告げ口してたのって聞いちゃったわけでしょ。違いますもんね。うん。全然違う。怖いね。
でもこれ覚えといてほしいのは、失言した人はもしかしたら吃音の当事者で、避けようとした結果失言してる可能性がパターンとしてはあるっていう。
なるほどね。これ知ってました?この事実。
全然知らなかったです。失言する人は失言する人だと思ってました。
ね。とか、心の奥ではそういうことを思ってたんでしょうって思っちゃう。ま、だから菊池先生は多分距離を置かれちゃったわけですけど。
うん。そうだね。わ、悲しいなあ。悲劇ですね。
で、それはやっぱり吃音のこと多少知ってないと、仮にその当事者の人から「実は吃音を持っていて、その言葉を避けようとした結果なんだよ」って言われても、いや理解できないですよね。
どういうことってなるかな。
なりますよね。もう少しだけご紹介しましょうか。語順を入れ替えるっていう手もあります。
はあ。文頭に言いづらいものがなければいいんだもんね。
そう。「昼休みに縄跳びの練習をしよう」の「昼休み」、これやだなと思ったら、「縄跳びを昼休みに練習しよう」にすればいいんだ。
そう。っていうことができると。
俺これ聞いて思ったのがさ、日本語って結構吃音を持ってる方にとっては、ああ、うまくデザインされた言語というかさ。
そっか。英語とかだと割と語順で意味表しちゃうから、動かせなかったりするもんね。
はい。そうなんですよ。でも日本語の場合はかき混ぜができますから、やっぱり。
うん。うん。順番変えていいってことですね。
あ、すごい。もうかき混ぜもわかんの。
なんかかき混ぜって何回も聞いたなと思って。なんか生成文法の話とかする時にめっちゃ出てきて。
そうですね。
その「昼休みに」とか「縄跳びを」みたいに、名詞と格助詞とかのまとまりであれば、ある程度自由な場所に動かすことができるので、こういう言語だと吃音を持ってる方でも語順を入れ替えることで回避するっていうことができて。
ちょっとバリアフリーな感じしますね。
で、僕もそう聞いて思った。あとは前回話しましたけど、歌うっていうね。
これはあの日常でできることではあんまりないんですけど、ただ例えばリズムを与えると、吃音を持ってる方って突っかからずにうまく話せるケースが結構あるらしくて、NHKの番組で吃音当事者の方がインタビューされた時に、スタジオの吃音当事者の桂文さんがタンタンタンってこう規則的に舌を打ったと。で、そうすると金縛りが解けたかのようにインタビューされてる方が話し出したみたいな話があったみたいで、このね、リズムに乗ってる時、吃音を持ってる方は割とつっかえないらしいんです。
うん。歌ほどじゃなくてもいいんだ。リズムがあれば喋りやすくなる。
あ、だからね、山手線ゲームもね、吃音が起きにくいらしい。
へえ。面白い。でも確かに山手線ゲームでつっかえないかもしれない。
そうだね。あんま見たことないな。
「なんとか」ってこのリズムがあるから。これで言いづらい語が来ても、あんまりね、噛んだり。
面白いね。
なんかたまにさ、山手線ゲームでさ、すっごい長い単語を言ったら偉いと思ってさ、あのリズムに押し込む人いるじゃん。あ、僕なんですけど。
それお前だな。その…みたいな。
はい。はい。え、スリランカの首都ですかね。
はい。スリジャヤワルダナプラコッテですよね。はい。とかをバッて言う時とかもあんまり噛まないもんね。さっき噛んだかでも、俺。
ちょっと噛んでたけど、ま、でも比較的噛まない気がする。つっかえたりはしないよね。でもこう「すすすすす」みたいな風にはならないですもんね。
てかそれあれじゃない?早口言葉の「バスガス爆発」を「バスが酢爆発」だと思って読むと噛まないみたいなハックありますよね。
はい。ゆる言語学ラジオで過去に喋りましたっけね。これ、切れ目を意識して喋ると噛みにくいっていうね。
そうね。これもちょっと似てるんじゃない?リズムが整ってたら噛みづらくなるってことじゃない?
そうですね。確かに切れ目がどこかってのを変えることで発音しやすくするって意味では、広い意味では似てるかもしれないですね。だからね、吃音の治療しますって謳ってるところの中には、メトロノームに合わせて一音ずつ言うようにするとか、そういうことをやってるところもあるみたいですね。
うん。なるほどね。
ということで、ここまで吃音の方がどうやって非吃音者のように振る舞っているのか、我々が窺い知ることのできない水面下での工夫。
いや、気づかれない努力ってやっぱあるんですね、各ジャンル。HIKAKINもそうなんですよ。HIKAKINの謝罪動画でやってる努力知ってる?
知らない。
サムネイルを、さも普通の動画から切り取ってきましたよみたいな感じにしつつ、ちょっとだけ青みを足すことによって、反省してる感を出すブルーにしてるらしいです。
なんか最近見透かされてますよね。
そう、これがバレてこないだ炎上してました。お前反省してる感出すために青みを足すなって言って炎上してましたね。
それを言ってる人ってのはお忙しい方だろ、絶対。めちゃくちゃ暇だろ、そいつ。ちゃんと検証まで作って、動画本編から切り抜いたものとサムネイルって言って色温度比較して、こっちの方が青いってやってたよ、ちゃんと。
上場企業の役員さん。違う、そんなわけないだろ。めちゃくちゃ暇。無職だよ、あれ。あれやってる全員無職だよ。
え、それちょっと偏見ですけど。でもHIKAKINさんもそういう努力をしてるわけじゃないですか。謝罪動画もなるべく反省してるように見せようっていう。
うん。
吃音の方は悪いことしてない。HIKAKINは悪いことでしょ。
そうなんですけど、本人しかわからない細かい努力ってあるじゃないですか。そういう点、一緒だなと思って。
はい。
ここから論を大きく展開したくてですね、この話、インターネット芸人論につながるなと思って。HIKAKINが青みを足している。違う違う違う違う違う違う。そいつ帰れ。
うん。
HIKAKINの話がいい。トップYouTuber、日本一。あいつ日本一。俺の話な。お前の話。インターネット芸人論っていうのは堀元論。その話をちょっとさせてください。
前回も最後にちょっと紹介した『どもる体』という本は、著者が伊藤亜紗先生という方なんですけど、この方ね、医者じゃないんですよ。うん。何者かと言うと美学者です。
ほう。あんまよくわかんない仕事だ。
哲学の1分野ですよね、多分。で、具体的に何やってるかって言うと身体論です。だからね、あのメルロ=ポンティとか。
な、なんか聞いたことあるな。メルロ=ポンティ、知ったかぶりの顔するのやめて。なんでちょっとエロい顔になるんだよ、お前。知ったかぶりする時。
うん。なんかフランスの思想の人ですよね。むずくてよくわかんないけど。
うん。はい。この身体論の人が吃音を見るとどうなるかというと、この吃音が起きるっていうのは乗っ取られることなのだって著者は言ってるんですね。
は、そうなの。
要は音って、本来であれば我々は自分の体を制御して思うように動かしてますよね。その制御が外れて、コントロールできない部分が出てくるってのが吃音なんだと伊藤先生は捉えていると。
ま、例えばだから酔っ払ってる時とかも制御できなくなってる状態ですよね。
乗っ取られてるわけだね。
はい。で、それが吃音の方の場合は話す時に結構出てきてしまうと。で、この観点から見て、言い換えたり工夫したりして吃音が出ないようにすることってのはどう見えるかというと、乗っ取られないようにするための工夫だと言えますよね。ただその乗っ取られない工夫って本当にいいんだっけっていう問題を伊藤先生は始めるんですね。
うん。ま、別にいい気するけどな。
ちょっとまた1人当事者さんの例をあげましょう。ある当事者は、適当キャラになるとどもりが出にくいってことに気づいた。
適当キャラ。高田純次みたいなこと?
はい。なんかだからがさつとか、細かなことまできびきびしないとか、そういうやつ。
ええねん、ええねん。もうそんなほっときゃええねんみたいな感じだったらいいってことですね。
ってことですね。だったらなんか吃音が出にくいぞって思うと。
でも自分が代表を務めてたチェスサークルに、ある優秀な先輩が入ってきたと。で、その先輩の前で適当キャラを演じることは難しくなってしまい、その結果めっちゃ吃音が出るようになったと。
うん。へえ。そうか、そっか。プレッシャーかかっちゃったんだね。
はい。これはなんか先輩のことを話しにくい人だって思ってるかのようで申し訳なかったってその人は語っていて。だからこの方、珍しいんだけど、キャラを変えることで対処していたわけですね。
うん。すごいね。多重人格みたいなことするな。
あ、まさにポイントはそこで、この当事者の方、適当な性格じゃないんですよ、別に。
そうだね。でも適当な性格の方が吃音が出ないからっていう理由で適当になっちゃってるだけだ。
はい。つまりこれ、吃音で体を乗っ取られないようにするために、自分の性格と違うキャラクターを演じますと。
ああ、人格を明け渡しちゃってるな。
で、今引きで見るとね、乗っ取られそうになったから自分で対処してるように見えてるんだけど、もう1個引きで見ると、その適当キャラに乗っ取られかけてるんですよ。
そうだね。だ、よりやばいよね。吃音に乗っ取られる方がまだマシな気がする。人格を乗っ取られてる感じするから。
そうですね。次にまたもう1人、別の当事者のお話をしますね。ちっちゃい頃に連発があったある当事者の方は、言い換えの工夫を身につけるようになって、家族は「あ、吃音が治った」って言って喜んだと。
で、ところがある時に精神的なバランスをその方が崩して、で、その原因は吃音を隠してることなんじゃないかって考えたと。で、この方は吃音教室みたいなところに行って連発する大人を見てですね、「不謹慎かもしれないが羨ましい」と感じたと証言している。
うん。自分にはそれができないって感じたんだ。はい。
で、その後この方は周囲に「吃音を出します」という宣言をし、ただ吃音を出したいのに出ない日々が続き、結局元の吃音になるまでに3年かかったらしい。
わあ、すごいね。で、やっぱずっと長年の社会生活でかけてたものって外せないんだ。
そう。で、言い換えを始めた後の自分は本当の自分じゃないって言って、言い換えを禁じる当事者もいるらしいんですよね、自分に。
うん。なるほど。
それなんでかって言うと、1回1回言い換えをしていくことで、それがパターンとして習慣化すると、人生そのものが工夫に乗っ取られるって思うから。
本当に言いたかった言葉はこれなのに毎回言い換えちゃってるなって、自分の人生生きてないなっていう気もするね。
そう。だから言い換えって二重の意味で危険だと言っていて、1つは思ったのと違うことを言葉にする。それによって失言しちゃった話も出てきましたけど、それに加えて、乗っ取られる状態にどんどん近づいていく点もあるからなんだと。
で、当然こういう立場の人もいるけど、共存派みたいな人もいて、言い換えが自動化した自分も、それもまた自分なんだっていう立場の人ももちろんいるみたいです。
それも分かりますけどね。
はい。でも一部の人は、自由に吃音を出したい、言い換えをして乗っ取られたくないっていう人もいるという話が出てきたんですね。これってインターネット芸人論じゃないのかと僕は思うんですよ。
あの、そうっす、僕も今聞きながら、あれ俺かって思ってました。
その僕なんかのインタビューとかでも、これ言っといたら盛り上がるなと思って、「いや僕儲かると思ったからそうしたんすよ」って全然思ってないこと言ってますもん、いつも。
そこにはまろうとして。うん。だから資本主義に迎合しているっていう自分に乗っ取られて。
そうだね。
いるっていうのがまず手前としてあるんだけど、それも本当は本当の自分じゃなくて、さらに「これ言ったら受けるだろうな」の自分に乗っ取られてるんでしょ。
そうそう。僕それしかないすよ。
乗り放題。
でもそうかも。パスワードなしみたいな状態かも。誰でも簡単にログインできますみたいな。
めちゃくちゃ乗っ取られてる。だからいつも。
で、そういう状況に、吃音の当事者の方とか、ちっちゃい頃から言い換えるっていう形で乗っ取られないような工夫を続けていった結果、それっていいんだっけってどっかの段階で立場を逆転させる人がいるんですよね。
はい。僕もたまにそう思う時ありますもんね。ゆる言語学ラジオでね、水野さんが「実家とか相続したらどうする」って聞かれた時、ノータイムで「売り渡してデベロッパーにタワマンにさせるんや。それが1番儲かるんや」って毎回回答してるんだけど、たまに親から「最近どう、元気にしてる」ってLINE来た時に、俺はこれでいいのかって気持ちになるもん。我に返る瞬間じゃん。まだ根元には乗っ取られる前のやつが。
心の奥底で、助けてくれって檻を掴んでいる自分がいるよね。
うん。うん。この本の議論で面白いなと思ったのは、工夫って別に悪くないと。ただ工夫を繰り返すとオートマ制御になるんだと。
うん。そうだね。
オートマ制御になると今度は工夫に人生が乗っ取られるので、その矢印を逆方向に押し戻す力も必要なんじゃないか。
俺はこのままで生きていくんだっていうね。
確かにそれないと、わけわかんなくなるかもしんないね。
うん。あとね、今インターネット芸人じゃない視聴者の方は、今油断して聞いてたでしょ?これ会社員も同じですからね。
うん。ああ、そうか。
例えば会社員をやっていて、あなたは人格を会社員に乗っ取られてるなって思ったことないですか?
ありそう。あるよ。
こう言っといたら上司に気に入られるだろうとかね。うん。そういうのありますもんね。
それから家に帰っても会社の論理で喋っちゃうとかあるでしょ。
うん。あ、あるでしょうね。いや、だって結果を出すんだったらこれやった方がいいでしょって、家庭の感情的な問題で言っちゃうみたいなね。
そう。だからインターネット芸人じゃなくても、会社で働いてる方も、自分の元々の人格と、組織、自分が所属してる組織の人格ってのがあって、お互いがお互いに多分引っ張り合うみたいな力学が働いていて、で、働きすぎちゃう方ってのは会社員の人格がかなりこう大きく出てきてしまっているってことだと思うんで、無関係の話じゃないと思うんですね。そうだね。
僕なんかさ、リスナーにちょっといじる、ま、悪口みたいなことを言うと喜ばれるっていう成功体験を積みすぎて、人の仕事すぐブルシット・ジョブって言っちゃうんですよ。
そう、「私はコンサルでこういう仕事をしています」っていう時に、「あ、すごいブルシット・ジョブやられてて大変ですね」とか言うとめっちゃ受けるから、いろんなとこで「あ、すごいブルシットで大変ですね」ってめっちゃ言って、こないだ間違えて美容師さんとかに言いそうになって、「あ、ブルシット…あ、違う違う違う違う違う」ってギリギリで踏みとどまりました。
担当の美容師さんってこと?あ、そう。
髪切ってくれてる人に、「いや毎日こんな仕事しててもう本当大変ですわ、この店」って言われた時に、「あ、ブルシ…じゃないじゃないじゃない。いや、大変なんですね、美容師さんも」ってギリギリで踏みとどまりました。
僕はまだ渡してないです。
確かにだいぶギリギリだよな。髪切られてる美容師さんに。
もう乗っ取るとかの話じゃない。もうできてる。
そうか。もう極限かもしれない。今なんとか踏みとどまってます。僕は自認、踏みとどまってる。
はい。踏みとどまってなかったけどな。
別にもう今回お伝えしたかったことというのは、吃音の話というのは吃音当事者でない人にとっても大変普遍性のあるテーマなんだっていう話なんですね。
うん。そうだね。みんなその場に受けるような言葉遣いをしようとか、一生懸命自分を改造してるもんな。
はい。多分これ、そのインターネット芸人とか会社員とかに限らず、例えば母親とかでも。
うん。母親というロールの中で必要とされる言葉選びをするみたいなね。
はい。姉とか弟とか兄とかでもそうだろうし、どんなアイデンティティとか、どんな属性でも、そのラベルに体が乗っ取られそうになった時にどう生きるべきかっていう話をしてるのが『どもる体』なんですよね。
うん。なるほどね。
この本は、そういうことに悩んでる方だったらきっといいヒントが見つかるはずなので、とりわけ僕はお勧めしたいと思います。
今回はちょっとその吃音ど真ん中の話というよりは、吃音当事者がどのように対処してるのかっていうところから普遍的なテーマをこう抽出しましたけど、ラスト第3回ではですね、吃音当事者って現代でも色々苦しんでいらっしゃる部分あるわけで、ある具体的なテーマを通してちょっと堀元さんとディスカッションをして締めたいと思っています。次回どんなテーマで話すのかと言うと、「えっと」とか「あの」っていっぱい言う人が面接で落とされるのは仕方ないのか、です。
おお、なるほど。
あ、それいいテーマだね。スラスラ喋れないと無能の烙印を押される世界な感じするから、この議論面白いかもしれませんね。
うん。はい。ま、なのでお聞きの皆さんも是非ちょっと論を固めておいていただいて、ま、我々の議論に賛成するのか反対するのか、論点を足すのかなどね、準備しといていただければ。
ちょ、気楽に聞いていいですよ、全然。
ま、それから、え、参考文献は是非全部読んどいていただいた上で、えっと、レポート1万字。うわあ、マンスプレイニングおじさんありがとう。
それはマンスプレイニングじゃないよ。課題出しただけだから。
ちゃ、違う、もうめんどくさいじゃない。
そういうこと言う人って、若い女性を捕まえて延々延々「君は何も分かってない」みたいなこと言うでしょ。マンスプおじさんよ、それは。
まあでもほら、自認大学教師で、やっぱり。
最悪だ。学位持ってない自認大学教師。
最悪、最悪ですね。
うん。だから学生が卒業した瞬間、俺と同じになるよね、当然。
ややこしい。そう。学部卒の大学教師だ。
知識ややこしいっすね。ちょっとぜひ文騒にやっていきましょう。
じゃ、別に予習の必要とか全くございませんので、皆さん気楽な気持ちで来週待ちつつ、思ったこと、感想のコメントお待ちしております。どしどしお寄せください。
はい、以上にしましょう。ありがとうございました。ありがとうございました。
堀元さん、今僕と会話してますよね。今応答してくれましたけど、この応答までの時間が平均0.2秒だという研究があるんですよ。
このわずかな間に、実は驚くほど高度な処理とか複雑な駆け引きが起きている。そんなことを本気で書いた1冊、『会話の0.2秒を言語学する』が好評発売中です。概要欄からお買い求めください。
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