2026年のメンズファッションは何へ向かうのか――10年周期説とプロテスタント的世界観から読み解く潮流
石川俊介の〇〇〇ファッションデザイナーとして25年以上のキャリアを持つ石川俊介氏は、2026年をメンズファッショントレンドにおける決定的な転換期と位置づけている。これまで約10年にわたって主流であったビッグシルエットや過剰なロゴ、ハイテク要素を取り入れたストリート優位の時代が終わりを迎え、よりオーセンティックで本質的なものづくりへと揺り戻しが起きるという。
この変化は単なる気まぐれな流行の推移ではなく、国際情勢や世界市場の構造変化、さらには西洋文化の根底にある宗教的価値観の振り子運動と連動していると石川氏は説く。同氏が独自に体系化したトレンド予測理論に基づき、過去60年にわたる歴史的変遷の検証から2026年以降の重要キーワード、注目アイテム、そして日本の繊維・アパレル産業が直面する課題までを詳説した。
2:22トレンドを支配する「2つの基本原理」
石川氏のトレンド予測理論は、大きく2つの基本原理に基づいている。
1つ目は「トレンドは世相を反映する」という原則である。世界的な政治、経済、社会情勢の大きな変動は人々の心理に直接作用し、文化やファッションへと波及する。2020年代前半に生じた新型コロナウイルスの流行終息、ロシアやパレスチナでの紛争、そしてアメリカにおける政治的リーダーシップの交代といった出来事は、それまで進展していたグローバル経済の流れを大きく押し戻し、反グローバリズムやブロック経済化への動きを加速させた。このような社会の仕組み自体の地殻変動が、ファッションの表層にも大きな変化をもたらすと分析する。
2つ目は「トレンドは2つの対極の間をスパイラル状に揺れ動く」という原則である。流行は直線的に進むのではなく、一定の周期で正反対の極へと振り子が振れるように移行する。ただし、過去に完全に逆戻りするわけではなく、前の時代の要素を引き継ぎながら螺旋(スパイラル)を描いて更新されていく。
この周期はおよそ10年単位で訪れ、各年代の半ば(中盤からやや後半)に決定的な変化期を迎える傾向があるという。イノベーター(革新層)が水面下で作り出してきた新しい価値観を、アーリーアダプター(初期採用層)が広く受け入れ始めるタイミングこそが、石川氏の定義する「トレンドの転換点」である。
6:1310年周期で振り返る日本メンズファッションの変遷
石川氏は、日本のメンズファッションが本格的に確立された1960年代から現在に至るまで、オーセンティック(伝統的・トラッド)な流れとデザイナーズ(装飾的・モード)な流れが、約10年ごとに交互に主導権を握ってきた歴史を振り返る。
- 1960年代半ば〜1970年代半ば(オーセンティック/トラッド)
既製服文化が広がり、VANを中心としたアイビーブームが若者を席巻した。銀座のみゆき通りにアイビースタイルで集まる若者が注目を集めたが、ブームは1975年に売上のピークを迎え、1978年の同社倒産とともに急速に収束した。カルチャー面では、アメリカを中心にヒッピー文化が隆盛を極めた。 - 1970年代半ば〜1980年代半ば(デザイナーズ/モード)
ヨーロッパのデザイナーブランドが日本へ流入し、ライセンス生産が拡大した。国内でも新世代のデザイナーが台頭してパリコレクションへ進出するなど、いわゆるDC(デザイナー&キャラクター)ブランドが市場を席巻し、各地にファッションビルが乱立した。 - 1980年代半ば〜1990年代半ば(オーセンティック/トラッド)
DCブームの反動として、アメカジやヴィンテージ古着の人気が急伸した。さらに、1984年にスタイル・カウンシルが発表したアルバム『カフェ・ブリュ』におけるポール・ウェラーの着こなしに象徴されるフレンチトラッドやフレンチカジュアルが衝撃を与え、英国トラッドと並んで日常的なトラッドスタイルが再評価された。 - 1990年代半ば〜2000年代半ば(デザイナーズ/モード)
アントワープ・シックスやマルタン・マルジェラをはじめとする欧州勢や、アルチザン系ブランドが台頭した。日本では裏原宿カルチャーから新興デザイナーが次々と生まれ、東京コレクションが活況を呈した。シルエットはタイト化を極め、エディ・スリマンによる細身のテーラリングなどがメンズシーンを象徴した。 - 2000年代半ば〜2010年代半ば(オーセンティック/トラッド)
日本的なアメカジ解釈が世界を巻き込む「アメトラ大ブーム」が起きた。2000年代初頭に登場したトム・ブラウンやバンド・オブ・アウトサイダーズが牽引役となり、J.クルーが展開した「リカー・ストア」やラルフ・ローレンの「RRL」に注目が集まった。イタリアの業界関係者がアメトラを着こなすなど、世界規模でクラシック回帰が起きた。 - 2010年代半ば〜2020年代半ば(デザイナーズ/モード・ストリート)
2014年に登場したデムナ率いるヴェトモンを契機に、極端なビッグシルエットと巨大なロゴ、ストリートカルチャーのラグジュアリー化が進行した。あらゆるハイブランドがストリートブランドとのコラボレーションやロゴTシャツを展開し、自己顕示的で派手な装飾性が支配的な10年間となった。
13:37なぜ10年周期で交代するのか――カトリックとプロテスタントの精神構造
石川氏は約20年前、トム・ブラウンらが台頭した時期に「なぜ人は飽きると真反対へ向かうのか、その2つの極の正体は何なのか」を深く思索したという。その結果、西洋発祥の服飾文化の深層には、キリスト教を二分する宗教的価値観が投影されているという仮説に至った。
一方の極にあるのがカトリック的世界観である。これは快楽的、装飾的、視覚的な豊かさを肯定し、偶像崇拝や免罪符のように形あるものや金銭を通じた救済を許容するラテン的な精神構造である。ファッションにおいては、華美な装飾、アヴァンギャルドなデザイン、巨大なブランドロゴの誇示、ギラギラとしたストリートラグジュアリーとして表出する。
もう一方の極にあるのがプロテスタント的世界観である。偶像崇拝を排し、質素でストイック、脱装飾的でミニマルな本質を重んじる。聖書の精神へ立ち返ろうとする原理主義的な探求心を持ち、アングロサクソンやゲルマン的な思考様式に根ざしている。ファッションにおいては、歴史的な背景や機能美を備えたオーセンティックな服、素材や縫製の徹底した探求、飾らないトラディショナルな装いとして現れる。
石川氏によれば、特定のカリスマデザイナーが単独で時代を作っているのではなく、時代の空気がどちらかの宗教的・文化的極へと向かう際、その受け皿となる表現を提示した人物(エディ・スリマン、トム・ブラウン、デムナなど)が時代の旗手として浮上するのだという。そして2020年代半ばを境に、時代は明らかにカトリック的装飾主義から、プロテスタント的な原理主義・ストイシズムへと舵を切っていると指摘する。
17:582026年以降の重要潮流:市場の重心移動とクラフトマンシップの復権
プロテスタント/アングロサクソン的な世界観への移行に伴い、ファッションビジネスを取り巻く環境にも具体的な変化が生じている。
1. 主要市場のアメリカ回帰とデザイナーの顔ぶれ
これまでラグジュアリーブランドを牽引してきた中国市場は、経済環境の変化や自国製品の消費志向などにより、従来ほどの爆発的な購買力を期待しにくくなっている。その結果、世界各国のブランドは、世界最大のGDPと3億人以上の人口を抱えるアメリカ市場へ再び照準を合わせざるを得なくなっている。
この動向を裏付けるように、近年の有力メゾンのクリエイティブ・ディレクター交代劇には明確な共通項が見られると石川氏は語る。
- ボッテガ・ヴェネタのルイズ・トロッター(英国出身。過去にカルバン・クライン、ギャップ、トミー・ヒルフィガーなどアメリカン・オーセンティックなブランドを経験)
- エルメス(メンズ)のアーティスティック・ディレクターを務めるウェールズ・ボナー(英国出身。自身のブランドでもラルフ・ローレン的なクラシックやワークウェアを独自に再解釈)
- セリーヌの新デザイナーに就任したマイケル・ライダー(米国出身。バレンシアガやフィービー時代のセリーヌを経て、直近までラルフ・ローレンでキャリアを積む)
- JWアンダーソンを手掛けるジョナサン・アンダーソン(アイルランド出身。伝統的なツイード使いに長け、プレフォール等のコレクションでもエイム・レオン・ドレやラルフ・ローレンを想起させるアメリカントラッドの空気感を巧みに取り入れている)
ルイ・ヴィトンにおけるファレル・ウィリアムスとNIGOの協業に見られるアメカジベースの展開や、パリで絶大な集客力を誇るエイム・レオン・ドレの存在も含め、ラグジュアリー業界の中枢がアングロサクソン・アメリカ的な文脈へと明確にシフトしている。
2. 「アフォーダブル(適正価格と納得感)」の重視
過去10年のインフレに伴い、ハイブランドの価格は一般的な消費者にとって手の届かない水準まで高騰した。一方で、超低価格を売りにするウルトラファストファッションも環境負荷や労働環境の面で厳しい批判にさらされ、限界を迎えている。
プロテスタント的な本質志向の時代において消費者が求めているのは、過度に高価でも安価でもなく、品質や背景に対して価格が見合っており、自分たちで無理なく購入できる「アフォーダブル(手頃で適正)」な価値である。
3. クラフトマンシップの復権とAIの反動
ロゴやグラフィックを貼れば売れる時代が終わり、ラグジュアリーの条件は再び「ものづくりそのもの」へと回帰している。各ブランドが製造工程や技術の開示に注力し始めている背景には、生成AIの普及に対する反動もあると石川氏はみる。デジタル領域であらゆる表現が自動生成できるようになるほど、人の手作業、物理的なテクスチャー、素材の手触りといったクラフトマンシップの希少価値が高まるためである。
24:402026年注目のスタイルと具体的アイテム
これらの潮流がメンズウェアの具体的な着こなしやアイテム選びにどう反映されるのかについて、石川氏は「クラシックへの回帰と、適度な抜け感」を挙げる。
ハイテク系のアスレチックウェアや過剰なディテールを持つギア感の強い服は一旦影を潜め、よりクラシカルな装いが好まれるようになる。ただし、過去のように全身を隙なく固めるのではなく、適度に肌を見せたりリラックスした要素を混ぜたりする「緩さを持たせたクラシックスタイル」が現代的な表現となる。
足元:ロープロファイル化とレザーサンダル
- ローファー/薄底の革靴
厚底ソールやハイテクスニーカーの流行は完全に終息に向かい、ソールが薄いロープロファイルな革靴が主役に躍り出る。オーセンティックなローファーは2026年の必須アイテムとなる。 - サンダル(レザー/グルカ)
足元で適度なリラックス感を演出するためのサンダルが極めて重要になる。ただし、スポーツサンダルや厚底リカバリーサンダルではなく、グルカサンダルを含むレザー素材のもの、あるいはごく薄いビーチサンダル(フリップフロップ)のような、ロープロファイルで端正なものが適している。重厚なトップスやトラッドな装いに対し、足元の肌見せで抜け感を作る手法が各ブランドから提案されている。
ボトムス:膝上丈のショーツ
クラシックな装いを日常着として着崩すピースとして、ショーツが重要な位置を占める。モードシーンで見られるような膝下丈や七分丈のワイドショーツは着こなしの難度が高いため、石川氏は膝上丈ですっきりとしたシルエットのショーツを推奨する。日本の過酷な夏の猛暑に対応する実用着としても、トラッドな羽織りものと合わせるアイテムとして定着していくとみる。
トップス:テーラードジャケットの復権
ショート丈ブルゾンやダウンジャケットに偏重していたアウターのトレンドから、テーラードジャケットが本格的に復活する。シャツジャケットのような簡易的な羽織りにとどまらず、肩パッドや芯地を用いた構築的な仕立てのジャケットも含め、バリエーションが広がる。かっちりとした構築的ジャケットに前述のショーツやサンダルを組み合わせるような、緊張と緩和のバランスを楽しむ着こなしが提示されている。
なお、全体としてクラシックや脱装飾へと向かう一方で、キャラクターや知的財産を軸にしたIPビジネス(ヒューマンメイドの上場などに象徴される領域)は、カルチャーとしての強固な需要を背景に、クラシック回帰とは別の独立した強力な潮流として並行し続けると補足している。
31:24繊維業界の課題:トレーサビリティの義務化と日本の好機
産業的な視点において、2026年は服づくりの透明性が決定的に問われる年となる。
欧州委員会が掲げる持続可能な繊維製品戦略(EU Strategy for Sustainable and Circular Textiles)により、原材料調達から製造、消費、廃棄、再利用に至る全工程を追跡可能にする「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」の導入が進められている。2026年には具体的な必須データ基準が示され、2030年の完全義務化に向けた移行期間に入る。
製品のストーリーや製造背景を明確に開示することは、プロテスタント的な原理主義(本質の探求)の時代において消費者が服を選ぶ前提条件となりつつある。この国際的なルールメイキングに対応できなければ、優れた技術を持つ日本の繊維産業であっても世界市場から排除されかねないという危機感を石川氏は示す。
一方で、現在の世界情勢は日本のファッション産業にとって追い風でもある。
- 脱・中国の製造拠点需要:中国依存からの脱却が進む中、高度な技術でアフォーダブルかつ高品質な服を一貫生産できる先進国は、世界的に見ても日本とイタリア程度に限られている。
- 国際的関心とリスペクト:アニメや漫画などのカルチャー人気、円安による訪日観光の定着に加え、1990年代以降の裏原宿カルチャーを含め、日本が世界のメンズウェアに与えてきた影響の大きさが国際的に再認識されている。
課題は、依然として欧州製品に比べて「安価なもの」と見なされがちな国際的ポジションを是正し、欧州主導の環境規制や規格策定に対して受け身にならず、適正な価値を発信していけるかにある。
41:00変化の波を見据える姿勢
石川氏は、自身が提唱するトレンド予測はあくまで「水面の最も高い位置に浮かび上がってくる大きな潮流」を捉えたものであり、水面下で育まれる個別のカルチャーやデザイナーズブランドの存在価値そのものを否定するものではないと断りを添える。
しかし、VANの興亡や1980年代末のDCブランドの淘汰が示したように、時代の振り子が大きく動くタイミングでその変化を意識できなければ、ブランドも個人のワードローブも急速に過去のものとなってしまう。10年周期で繰り返される歴史と社会の構造変化を理解し、次の波に備えてものづくりや装いの準備を整えることが、これからの時代を楽しむ鍵になると結んでいる。
