若手起業家のM&Aで「M&A後進国」日本を変えたい:ウィルゲート共同創業者・吉岡諒さんの一日

YouTubeで開く ↗
概要

ビジネス系YouTuberのサラタメが経営者に1日密着する企画の5回目で、株式会社ウィルゲートの共同創業者・吉岡諒さんが登場した。サラタメは吉岡さんを「令和のビジネス人脈モンスター」と呼ぶ。ベンチャー・IT業界で顔が広く、1日平均15件のアポイントを入れながら、3人の子どもの育児や家事にも関わっているという。密着では、吉岡さんが若手起業家のM&A仲介に力を入れる理由と、創業期の失敗から現在の働き方に至るまでの経緯が語られた。

11分で読めます

番組のナレーションによれば、吉岡さんは高校卒業の3日後に幼なじみの小島さんと起業した。学生起業ゆえの未熟さから組織が大きく崩れ、22歳で個人として1億円の借金を抱える経験もしたという。その後、会社はマーケティング事業とセールステック事業を中心に成長し、現在の社員数は200名を超える。いま特に好調なのが、会社の売買を仲介するM&A事業である。長い業界経験とSNSで築いた人脈を生かし、ベンチャー・IT企業を対象にM&A仲介を展開している。Xのフォロワーは6万人、Facebookの友達は1万8000人にのぼる。

4時間睡眠で家事・育児と会食を両立する

朝8時、吉岡さんは息子を託児所に預けてから会社へ向かう。本人の説明では、就寝は午前2時、起床は6時で、睡眠は4時間ほどだという。

家庭の予定を仕事より優先して組んでいるのも特徴だ。18時から19時ごろは妻が食事の準備で忙しいため、その時間に1歳の子どもをお風呂に入れたり、食器を片付けたりする。そのため会食は19時半以降に入れている。帰宅して洗い物が残っていれば皿を洗い、家事・育児を済ませてから会食に出て、戻るとまた家事に戻るという。

創業期の「1日20時間労働」ルール

学生時代からこれほど働いていたのかと聞かれた吉岡さんは、創業時はむしろもっと過酷だったと答えた。当時は「1日20時間働く」という鉄の掟があり、1日に4ポイントが与えられる。1ポイントを使うと宣言すれば、1時間寝る権利が得られる。3時間寝れば3ポイントを消費する仕組みだった。

週末に出かけたい場合は、平日の睡眠を削ってポイントを貯めるしかない。18歳で起業した吉岡さんは運転免許を取りたかったため、毎日の睡眠を2〜3時間に抑えてポイントを貯め、土日に教習所へ通って免許を取ったという。それに比べれば今は楽で、毎日7ポイントくらい使っている感覚だと笑う。

高校卒業3日後に起業するまで

吉岡さんは家庭環境が少し複雑だったと話す。父親の3度目の結婚でできた長男で、生まれたとき父親は53歳だった。高校1年のとき、70歳近かった父親が亡くなった。母親からは、岡山を出て大学に行くなら学費は自分で払うように言われたという。

大学は東大と慶應の経済学部の2つだけを受けた。本人いわく調子に乗って東大に受かったつもりで、駒場東大前の近くに部屋まで借りていたが、合格発表に自分の番号はなかった。そこで小学1年からの幼なじみで親友の小島さんが同じ慶應に進むことになった。小島さんは高校から東京の学校に通って一人暮らしをしており、早く起業したいと考えていた。岡山にいる吉岡さんに何度も電話をかけ、高校を卒業したら一緒に会社をやろうと誘い続けていたという。

普通なら学費を稼ぐためにアルバイトをするところを、吉岡さんは小島さんの影響で起業を選んだ。高校卒業の3日後、貯めていたお年玉でパソコンを1台買い、そのまま起業した。インターン経験もなく、「前職は高校」という状態だった。

東京に出てきた当初は山手線の乗り方も分からなかった。小島さんは非常に厳しく、吉岡さんは自宅マンションに「閉じ込められ」、HTMLによるウェブサイトの作り方やPerl、PHPなどのプログラミング本を渡された。最初の1週間ほどで、デザインは粗いながらもウェブサイトを作れるようになったという。

自席はなく「吉岡専用」の個室ブース

オフィスはフリーアドレスだが、吉岡さんには決まった席がない。オンライン相談があまりに多いため、常に個室ブースにいるからだ。そのブースは事実上「吉岡専用」になっており、サラタメは漫画喫茶のようだと表現した。

なぜ若手起業家のM&Aに特化するのか

M&A仲介会社は上場企業も含めて数多くある。その中でウィルゲートが取り組む意味を問われると、吉岡さんは意外と競合は少ないと答えた。吉岡さんの説明によると、日本で成立しているM&Aは統計上年間約4000件で、その7割は事業承継型だという。経営者が高齢になり、後継者がいないために会社を譲るケースである。大手の仲介会社はこの領域を主に扱っている。一方、ウィルゲートが強みを持つのは、市場の3割を占める「成長志向型M&A」と呼ばれる若い経営者のM&Aだ。ウィルゲートは4年間で65件を支援したが、そのうち事業承継型は1件だけで、ほとんどが20代から40代の若い起業家の案件だという。

事業承継のほうが社会的意義が大きく見えるのではないか、という問いに対して、吉岡さんは若手のM&Aにも大きな意義があると答えた。根拠として挙げたのは、ベンチャーキャピタルの投資の出口に関する統計だ。吉岡さんによると、海外ではIPOとM&Aの割合が1対9で、出口の大半がM&Aである。日本はIPOが7、M&Aが3で、「M&A後進国」になっているという。

ナレーションは、日本の若手起業家が上場という狭い出口に縛られている状況を変え、M&Aも上場と同じくらいクールだという文化をつくることが吉岡さんの目標だと紹介した。そのためにウィルゲートは業界の慣行も見直している。一般的なM&A仲介では、成約前から相談料、着手金、中間手数料などがかかるが、ウィルゲートはこれらを0円にし、完全成功報酬制を採っている。

買い手の声:クラウドワークス吉田社長

次のアポイントは、今年3月に生成AIのテクノロジーベンチャー(字幕では「AIテッ」)をM&Aしたクラウドワークスの吉田社長と、売却した会社の社長との面談だった。クラウドワークスはフリーランスの人々が多く使うプラットフォームを運営する上場企業である。

吉田社長によると、クラウドワークスは2011年の創業以来、一貫して人の働き方を変えることを目指してきた。人ではないサービスをグループに迎えた今回の案件は、同社にとって歴史的な節目になるという。人の働き方を研究するほどAIと人の関係は密接だと感じ、将来はAIと人間が対等な関係で働き方をデザインする世の中にすべきだと考えていた。2023年にはAIへの取り組みも発表していたが、AI事業を買収するにしても立ち上げるにしても、なかなか実現できなかったという。

そこへウィルゲートから紹介を受けると、売り手側からクラウドワークスと一緒にできることを逆提案され、話がとんとん拍子に進んだ。相手は30代の中心メンバー3人による個人に近い集団で、500人規模のクラウドワークスとは性格がまったく違う。それでも同社としては歓迎しており、共同事業の立ち上げや、クラウドワークスの力による相手事業の拡大が進んでいる。吉田社長は、当初想定していたAIと人が一緒に働く世の中を、この会社が社内で体現していると語った。

売り手の声:成約を急がず税務リスクで止めた

昨年と今年に続けて、吉岡さんを通じて売り手としてM&Aを行った社長にも話を聞いている。1回目は初めての売却で勝手が分からず、法律面や税務面で難しい部分が多かったという。

この社長によれば、仲介業者は譲渡が確定すると成功報酬が入るモデルなので、立場上は成約させたいはずだ。実際、言われた通りに進めていたら後から大きな税金がかかるかもしれない危うい場面があった。多くの仲介業者ならそこで「いけそうです」と進めてしまうところを、ウィルゲートは止めた。社内の顧問である税務に詳しい税理士にその都度確認を取ってくれたおかげで、問題のない形で円満に譲渡できたという。この経験から吉岡さんを信頼し、2回目も依頼したと語った。

20歳での急拡大と、月500万〜700万円の赤字

1日の合間に、吉岡さんは創業期最大の失敗を振り返った。エンジェル投資家から出資を受ける機会があり、調達した資金で一気にアクセルを踏もうと、5人ほどの組織を30人ほどに拡大した。しかし採用のやり方がよくなかった。面接は本来お互いの相性を確かめる大切な場なのに、当時は応募が少なかったため、60分のうち55分をこちらが話して「入ってくれ」と説得していた。履歴書だけを見て、前職でMVPを取っているなら大丈夫だろうと判断していたという。

当時20歳前後の吉岡さんたちが採用したのは、35歳前後、15歳ほど年上の人たちが中心だった。マネジメントがうまくいかず、人は増えても売上は伸びなかった。人件費の分だけコストが一気に増え、毎月500万〜700万円の赤字が出るようになった。エンジェル投資家から出資された数千万円はすぐに消えた。

吉岡さんは当時の投資家に今でも本当に申し訳ないと思っているという。「最年少上場いけます」と言っておきながら「お金が溶けました」という形になり、揉めることになった。出資は借入ではないので本来返す必要はない。それでも明らかに自分たちに非があるとして、株を買い戻すことになった。サラタメが、20代でよく受け止められたと言うと、吉岡さんは「辛かったですね」と答えた。

全社員に現状を明かし、残った10人で黒字化

支えきれないと判断した吉岡さんたちは、全社員を集めて状況を説明した。それまで経営状況を社内に十分共有しておらず、口座の残高もよく分かっていなかったという。残りのキャッシュと毎月の赤字額を示し、いつ潰れてもおかしくないと伝えた。そのうえで、次の会社が見つかるまで給与は保証するので、移りたい人は次を探してほしい、苦しくても一緒に頑張ってくれる人とは頑張りたいと話した。

結果として30人のうち20人が去り、10人が残った。20人が抜けても売上は減らず、業務も問題なく回った。残った全員で一丸となり、数か月で黒字化したという。

ナレーションはここを転機として描いている。最年少上場という言葉に惹かれて集まった社員の大半が去った一方で、会社の可能性を本気で信じる少数が残った。吉岡さんはそれまで経営陣の自分がやる必要はないと避けていた営業を自ら担当し、起業以来初めて顧客と直接向き合った。そこで会社が抱える課題の大きさと、顧客からの期待の大きさを痛感し、逃げずに向き合う決意をした。以来ずっと最前線に立ち、取締役になった今も1日平均15件の面談を組んでいる。顧客に徹底して寄り添う姿勢が今の人脈につながっているのだろう、とナレーションは結んでいる。

上場企業エフ・コード工藤社長が語る「ギバー」

次の面談相手は、東証グロースに上場するエフ・コードの工藤社長だ。吉岡さんによれば、エフ・コードは上場を機にM&Aを積極的に進め、これまでに11件以上、金額にして70億円以上のM&Aを実施し、売上は毎年倍近いペースで伸びている。そのうち2件をウィルゲートが支援した。

吉岡さんと15年以上の付き合いがある工藤社長は、両社とも2006年創業で、同じインターネットマーケティング業界で歩んできた仲間だと話す。工藤社長の見方では、吉岡さんはこの業界の全員に愛されている、いわゆる「ギバー」だという。多くの経営者を手伝い、吉岡さんがつないだ縁で事業が伸びた経営者も多い。そのため優秀な経営者がM&Aを考えたとき、まず吉岡さんに声をかける流れができているのではないか、と工藤社長は推測する。エフ・コードも紹介を受けた一社として、良い出会いにつながったと語った。

急な迎えと、仕事のやりがい

夕方の予定は、1歳の次男を託児所に迎えに行くことだけのはずだった。ところが妻からLINEが届き、7歳の長男も英語教室に迎えに行く必要ができたため、吉岡さんは2人を迎えに急いで向かった。

仕事のやりがいを聞かれると、吉岡さんは理由を2つ挙げた。1つは性格的に人に会うのが好きなこと。もう1つは、自身もベンチャーを経営し経営危機を経験してきたことだ。ベンチャーの顧客から感謝されたり、「吉岡君のおかげで会社が伸びた」「赤字だったのが黒字になった」と言われたりする瞬間に、いちばんやりがいを感じるという。

M&A後に伸びる会社を見てきた立場から

最後に吉岡さんは、4年間で65件のM&Aを支援してきた経験を振り返った。M&Aをした人たちを見ていると、上場企業の資本力や顧客基盤を使って、M&A後に大きく成長している会社が多いという。M&Aに少しでも興味がある人や、IPOと比べてどちらがよいか迷っている人がいれば、一度話したいと呼びかけた。密着の最後、吉岡さんはこの後もう1件の予定があると言って一日を締めくくった。