中古ママチャリでカンボジアを走る アンコールワットと「行列」の学校を訪ねた旅

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概要

YouTuberのノージョブフドウが、カンボジアの首都プノンペンで中古のママチャリを買い、約350km離れたシェムリアップまで自転車で移動した旅の記録である。アンコールワットやベンメリアといった有名な遺跡を回るが、話者はどれにもあまり心を動かされない。一方で、屋台の食事や街の様子、約15年前にテレビ番組の企画で建てられた小学校の現状には率直に反応している。動画の冒頭で、話者はポル・ポト政権には触れないと宣言する。理由は「そんなに興味がないから」だという。

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カンボジアは「思っていたより近代的」だった

話者は冒頭でポル・ポトについて簡単に触れる。1975年から約4年間に約200万人が虐殺され、眼鏡をかけている、時計が読めるといった「頭が良さそう」な理由で拷問・処刑された、と話者は説明する。そのうえで、この題材を扱えば再生数は取れるが自分は扱わない、と述べる。

日本からはバンコク経由でプノンペンに入った。乗り継ぎのため空港で一泊したが、寒くてほとんど眠れなかったという。カンボジアにはアライバルビザで入国し、空港で30ドルを払った。

話者は「アジアの中でもかなり貧しい国」というイメージを持っていた。しかし空港は清潔で新しく、ツーリストインフォメーションやバーガーキングもあった。街までトゥクトゥクに乗ると、建物も道路もきれいで、人々はヘルメットをかぶり、クラクションもあまり鳴らさない。話者は「原始的な生活をしていると思っていたが、意外と近代的な生活をしているのかもしれない」と、それまでの思い込みを詫びている。

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通貨リエルとトゥクトゥクの釣り銭

トゥクトゥクは交渉で4ドルにした。相場は5ドルらしい、と話者は言う。10ドル札で払ったところ、釣りの6ドルを見慣れない紙幣で2万4000リエル渡された。運転手は1ドル4000リエルで計算していた。話者は5分ほどドルで返すよう粘ったが、英語が通じず、最終的に受け取った。その後に両替所を回ると、1ドルはおよそ4100リエルで取引されていた。運転手は嘘をついていなかったことになる。話者によれば、1万リエルは日本円で約347円である。

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伝説の宿をあきらめ、自転車を買う

プノンペンには、インドで言えば「レジェンド宿」にあたるバックパッカー向けのキャピトルホテルがあると聞き、行ってみた。しかしドミトリーはすでになく個室だけで、この日はシングルも埋まっており、ダブルルームの15ドルからしか空いていなかった。話者は宿泊をやめる。

ホテルの前に自転車屋が並んでいたため、話者はここで自転車を買い、アンコールワットまで走ることに決めた。買ったのは日本から送られてきた中古のママチャリで、日本の防犯登録らしき日付入りのステッカーが残っていた。周囲を見ると日本の自転車ばかりだったという。価格は60ドル、約8500円である。シェムリアップまではバスなら約1300円で行けるため、話者は自分でも「完全にアホ」だと認めている。

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最初の食事は蜂の子

出発前に、目に入った食堂へ入った。入口には虫が大量に飛んでいた。出てきたのは蜂の子がぎっしり詰まった料理で、1万2000リエル。話者は「たぶん高い」と見ている。味付けは甘辛く悪くないが、虫のエキスが受け付けず、2口で断念した。

次の店では鶏、ご飯、パクチーの汁物が8000リエルで出た。蜂の子のあとだったため、普段なら文句を言う味でも「くそうまく感じる」という。ただしパクチー汁は甘くてまずいと評している。水は1.5Lで2000リエル(約70円)。話者は、こうした雑然とした雰囲気にこそ東南アジアに来た実感があり、タイは東南アジアであって東南アジアでない、とも述べている。

当初はSIMカードなしで旅をするつもりだったが、土地勘も地図もなく言葉も通じないため、28日間有効で5ドルのSIMを契約した。容量は16GBほどだったと記憶している、と話者は言う。

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350kmを3日間で走りきる

プノンペンからシェムリアップまでの約350kmを、話者は「東京から仙台くらい」とたとえる。心配していたのは交通量と、交通ルールがあまり守られないことだった。走行中の様子は動画ではほぼ省かれ、3日間こぎ続けて到着した、とだけ報告される。

着いたのは夜で、アンコールワットは真っ暗で見えなかった。泊まったのは安さで選んだホステル「ファンキービレッジ」で、28人部屋のドミトリーが1泊約500円。疲れた体にさらにストレスがかかると覚悟していたが、この日の宿泊者は話者1人だけだった。

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アンコールワット、一度目は入口で引き返す

翌朝4時50分、話者は自転車でアンコールワットへ向かった。ホステル前にはトゥクトゥクの客引きがいたが、自分は自転車で行く。楽をしてトゥクトゥクで来る人より、筋肉痛や尻の痛みを抱えて来た自分のほうがアンコールワットをありがたく感じられる、というのが話者の理屈だった。

ところが手前にチケットの検問があり、チケットを持っていなかった。オンラインでも買えたが「やる気がなくなった」ため、引き返す。検問には長い列ができていた。2日後が1月1日なので、どうせなら初日の出をアンコールワットで見ようと考え直した。

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シェムリアップでの年越し

12月31日の夜は、マンゴーシェイクと、カンボジアを代表する料理だというロックラック(牛肉、トマト、目玉焼き)を食べた。話者の感想は「いつもの東南アジアの甘辛い牛肉炒め」で、年末にわざわざ食べるほどではないというものだった。

カウントダウンの会場では電飾が光り、クラブ文化も根付いていた。話者は、カンボジアといえば貧しい少年が裸で泥水の中でサッカーをしているイメージだったが、それを大きく上回った、と語る。年明け後には、トゥクトゥク運転手の勧めで性的サービスを伴うマッサージ店に行ったことも話している。当初の提示額から交渉し、最終的に1時間50ドルだったという。

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初日の出のアンコールワット、「インドで見た」

元日の朝は、前日に買ったはずのアンコールパスが財布になく、ホステルに戻って探した。パスはホステルにあった。話者はこの件を、自分のADHDが出た、と自嘲している。購入したのは3日券で、入場日ごとに券に穴を開けて確認する仕組みだった。

5時20分に入場すると、暗い中でもかなりの人がいた。初日の出をアンコールワットで見ようという人たちで、話者は彼らを「トゥクトゥクやバスで来た連中」と呼び、自転車で来いと言う。6時ごろから建物の姿が見え始めたが、前列を確保して待つのに飽き、6時15分にはやめた。日の出まであと10分ほどの時点でもまだ場所取りを続ける人たちには「尊敬する」と述べている。

内部では急な階段を上って上層にも登った。しかし話者が抱いたのは、こういう光景はインドでいくらでも見た、という感想だった。ヒンドゥー教に由来するものなので、インドで見たものと重なり、あまり感動しなかったという。アンコールワットの歴史も詳しく知らず、興味もない。「ただチャリで来たかっただけ」だと話者は言う。外に出るとちょうど初日の出だったが、それにも関心は薄かった。

むしろアンコールワットへ続く参道のほうがきれいに見え、タージ・マハルのときも同じだった、と話者は振り返る。歴史をもう少し勉強しておけばよかったかもしれないが、勉強しても変わらなかっただろう、とも言う。結論は「わざわざ見に来るようなものでもない」というものだった。

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1ドルのおかゆのほうがうれしかった

帰り道で、ネズミが走り回っているローカル食堂に入った。1ドルのおかゆには豚、魚、鶏、レバーが入り、どれにもしっかり味が付いていた。おかゆ自体も想像の10倍ほど薄味で、話者は「アンコールワットより嬉しい」と言う。店の子どもたちとも言葉を交わしている。

ほかにも、ココナッツ入りのワッフル(ココナッツは不要という評価)、元日の朝9時から個人商店で食べたフライドポーク(1.5ドル、駄菓子の「焼肉さん太郎」を豪華にしたような味)、5000リエルのブルーベリーシェイクを食べた。シェイクは非常においしく、マクドナルドなら700円くらい取られそうだという。元日も普通に店が開いているのを見て、話者は「元旦という概念はないのかもしれない」と推測している。

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シェムリアップの街を走る

午後は目的もなく自転車で街を回った。話者によれば、道路はおおむねきれいで、空気もそれなりにきれいである。子どもたちがモルックのような遊びをしていたり、路上に猫や牛がいたりした。アンコールワット周辺は景観保護のため高い建物を建てられないが、スターバックスはある、と話者は紹介する。

繁華街では、1時間3ドルでビール付きのドクターフィッシュの店や、2ドルや1ドルで売られる土産物のTシャツを見た。品質は「普通以下ぐらい」という。安くてうまいと聞いた「クメールテーストレストラン」では、生ビールが常に0.5ドル、料理もほとんど1〜2ドル、高くても5ドルだった。カンボジアを代表する伝統料理アモックは、ココナッツ風味のスパイスが効いたカレー炒めのような味。カンボジアカレーもココナッツ風味で「うまい」と評価している。

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ベンメリアとプノン・バケン、「チャリで回るべきではない」

翌日は、日本人に人気のスポットだというベンメリアへ向かった。朝食は1ドルのラーメン(シンプルなインスタント風だが肉はうまい、タイ料理ともベトナム料理とも違う東南アジア風の味)と、1.25ドルの屋台飯(揚げ卵焼き、ニンニクの効いた豚、パサパサのご飯)。

ベンメリアまでの距離を、話者は往復110kmほど、東京から宇都宮くらいと説明する。最後の15kmほどは舗装のない赤土のガタガタ道で、パンクしたら終わりという状況だった。Googleマップの指示した道が実際にはないところもあった。炎天下で4〜5時間こぎ続けて到着する。

ベンメリアは『天空の城ラピュタ』のモデルになった場所らしい、と話者は紹介する。入場時にはチケットを確認されるがアンコールパスで入れ、カンボジア人は無料だという。しかし話者はラピュタをちゃんと見たことがなく、「何の感動もない」。往復100km以上を自転車で来る場所ではなく、滞在は30分程度で十分だと言う。アンコールワットも含め、歴史を知らないとそれほど面白くない、というのが話者の見方である。

そこからさらに約60km、また4〜5時間こいでアンコールワット周辺に戻った。話者は外周が5.6kmほどで、皇居の約5kmより少し大きいと紹介する。目的地はサンセットで有名なプノン・バケンで、小さな山を20分ほど歩いて登る。しかし「正直サンセットに興味がない」と言い、日没を見ずに帰った。この日の結論は、カンボジアは暑すぎて、自転車で回ると何をしても体力を削られ、すべてが面白くなくなる、というものだった。

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「行列のできる法律相談所」の学校を訪ねる

シェムリアップ最終日、話者は約15年前に日本テレビの番組『行列のできる法律相談所』の企画で建てられたカンボジアの学校を訪ねることにした。話者はこの企画を、本当に良いことをしているのか感動の押し売りなのかよく分からないもの、と見ていた。場所はシェムリアップから約90kmだという。

出発前に、Twitterのフォロワーに勧められた「ジャングルバーガー」に寄った。オーストラリア人の経営らしく、ラグビー推しの店だった。注文した「スモーキー&バンディットバーガー」はコーラと野菜付きで7ドル。思ったよりうまく、東京なら2000円台のクオリティだと話者は言う。ただ、カンボジアは意外と食事が高いと感じたうえで、わざわざカンボジアでハンバーガーを食べるより、カンボジアカレーを食べたほうがいいと勧めている。

往復160kmを自転車で走るのは無理だと判断し、この日はバイクを8ドルで借りた。話者によれば、この国では125cc以下のバイクなら免許が要らない。ガソリンは1L 1.06ドルだった。ネットで調べた場所に学校が見当たらず、近くの人に尋ねるとすぐに分かった。

突然の訪問だったが、職員のサンバさんが案内してくれた。全校生徒は約400人で、男子210人ほど、女子190人ほど。午前のクラスが6、午後のクラスが4あり、朝は屋外で授業をすることもあるという。職員室兼図書館には、かつて番組で見た絵の企画の原画か、そのレプリカと思われるものが飾られていた。図書室の本は基本的にクメール語で、元は日本語の本にクメール語の訳を上から貼ったものもあった。話者はこれに感動したと言う。

話者は、学校は廃校になってゴミ屋敷のようになっているだろうと思い込んでいた。マスコミがよくやる「側だけ作ってあとは放置」だと考えていたからだ。実際には学校はきちんと運営されており、話者は「ちゃんと社会貢献している」「見直した」と語る。一方で、番組側が今もどの程度運営や支援に関わっているのかは知らないし、そこまで興味もない、とも付け加えている。そのうえで、子どもたちの笑顔を見れば学校を作ったのは正解だった、と締めくくり、島田紳助らへの謝意を口にした。

51:46

ベトナムへ、再びママチャリで

カンボジアには「飽きた」とし、次はベトナムへ向かう。まずは自転車を買ったプノンペンまで約330kmを、暑さを考えて3日ほどかけてママチャリで戻る予定だという。バスなら1300円ほどで行けることを承知のうえで、話者はこの区間も中古のママチャリで走ると宣言して動画を終えている。