吃音はなぜ起こるのか:発話の仕組み、起きやすい場面、原因をめぐる説の変遷

YouTubeで開く ↗
概要

言葉の最初の音を何度も繰り返したり、詰まって出てこなかったりする「吃音」は、なぜ起こるのか。ゆる言語学ラジオのこの回では、水野太貴が複数の文献をもとに解説し、堀元見が聞き手として質問やたとえを挟む。水野は、吃音を「そういう人」という雑なくくりで捉えるのは不十分だと考えている。同じ人でも場面によって出たり出なかったりするからだ。回の前半では、普段は意識しない発話の複雑さを確認する。後半では、吃音が起きやすい音の並びと状況、そして原因について過去に唱えられた説と現在の理解を順に取り上げる。

14分で読めます

場面によって出たり出なかったりする

冒頭で堀元は、吃音を「スムーズに喋るのが苦手な人がそうなっている」ものだと捉えていた。水野はこれに対して、吃音のある人でもまったく症状が出ない状況があると指摘する。たとえば歌っているときには吃音が起きない。日常会話では吃音があるのに、テレビでのアナウンスでは出ないアナウンサーもいる。例として挙がったのは、フジテレビ系の朝の情報番組「とくダネ!」に出演していた小倉智昭である。水野によれば、小倉はマネージャーや家族と話すときには吃音が出ると書いているという。

これを聞いた堀元は、吃音は人の属性というより、タスクと性質が組み合わさったときに出るものなのかと受け止めた。水野も「そういう面もある」と認める。吃音のある人に一定の確率であらゆる状況で症状が出る、という類いのものではないというのが水野の説明である。

水野はここで二つの断りを入れている。一つは、このシリーズは治療法を知りたい人には向かないということだ。確立された治療法がないためである。もう一つは、自分は医療関係者でも専門家でもなく、文献を読んだ素人にすぎないということだ。深刻に悩んでいる当事者や、子どもの吃音を心配する親は、適切な医療機関にアクセスしてほしいと最初に伝えている。

吃音の種類と呼び方、どれくらいの人にあるか

冒頭で実演した「あ、あ、あ、明日」のように最初の音を繰り返すものは「連発」と呼ばれる。水野によれば、吃音にはほかにも種類がある。

「難発」は、最初の音がそもそも出てこない状態を指す。堀元は、イベントで話に入るタイミングを迷って「あっ」となる経験を挙げたが、水野はそれを会話のターンを取ろうと割り込むタイミングをうかがっている状態だと区別した。難発は、言いたいことが明確にあるのに出せない状態である。水野はコンビニでタバコの番号を伝える場面を例にした。「15番」と言いたいのに最初の「じゅう」が出ず、店員からは急に黙った人に見えてしまう。もう一つの「伸発」は、「あーした」のように最初の音を伸ばしてしまう現象である。

これらや当事者を総称して「どもり」と呼ぶこともあるが、差別的なニュアンスがあるため、このシリーズでは使わず「吃音」や「詰まる」と表現すると水野は述べている。

どれくらいの人に吃音があるかという問いに、堀元は教科書の朗読が苦手な子がクラスに1人くらいいる印象から「30人に1人」と答えた。水野の説明では、幼少期には20人に1人が吃音を抱えており、3年ほど経つと7割以上が表面上は吃音がなくなる。ただし、表面に出なくなったことを「治った」と解釈してよいかについては次回に扱うとしている。堀元はこれを、実際には治っていないのに隠れているだけのケースもあるという意味だと受け取った。

「新聞」という一語に隠れた複雑な運動

水野は、発話は舌や唇の高速の運動を途切れずに続けることで成り立っており、そのどこかで障害が起きたときに吃音が生じるのだと説明する。人は日々この運動をこなしているので当たり前だと思っているが、それがどれほどややこしいかを「新聞」という単語で確かめていく。

「し」は舌を持ち上げて歯のあたりで空気の妨げを作りながら出す音である。次の「ん」は両唇を閉じ、鼻から空気を流す音だ。「ぶ」は閉じた両唇を一気に開いて出す破裂音である。問題は最後の「ん」だった。堀元は最初、1つ目の「ん」と同じだと答えたが、実際に言ってみると唇が開いていることに気づく。

水野によれば、2つ目の「ん」は口蓋垂鼻音と呼ばれる音で、口の奥の口蓋垂(のどちんこ)のあたりで閉鎖を作り、鼻から空気を出している。1つ目は唇、2つ目はのどちんこがポイントで、両者は違う音である。日本語ではこの2つを区別していないが、どこかの言語では異なる音素として区別しているかもしれない。水野は、日本語の「ん」には数え方によって違いはあるものの、ざっくり5種類ほどあると述べる。

しかも、どの「ん」が現れるかはランダムではない。次の音で両唇を閉じる場合には、両唇を閉じる「ん」で発音される。「いいあんばい」の「あんば」を言うと、「ん」の段階ですでに唇が閉じている。一方、「案外」や「安心」では唇は閉じない。つまり人は「ん」を発音するとき、実は次の音のことを考えているのだと水野は言う。

堀元は、中学英語で習った「次にBやPが来るときはNではなくMで書く」という規則を思い出した。否定の in- が possible の前では im- になる例である。水野は、英語ではこの変化がスペルのレベルで見えていると補足した。堀元が、プログラムにすれば次の文字ごとに条件分岐を書く相当な行数になりそうだと言うと、水野は少し別の見方を示した。実際には、前の音をスムーズに出したいから「サボっている」という言い方が近いという。次の音で唇を閉じるのなら、今のうちに閉じておいたほうが楽で速い、という事情が大きいのだろうと水野は推測している。

吃音が起きやすい音の並び

こうした高速の運動のどこかでしくじると吃音が生じる。水野によれば、吃音が起きやすい音のパターンはいくつか割り出されており、典型的なのは母音のあとに破裂音が来る並びである。例として挙がったのは「片田(かただ)さん」で、これを「か、か、か、片田さん」と連発してしまう当事者がいるという。堀元は、自分には吃音はないが、それでも「北方謙三先生」は言うたびに難しいと感じていたと話した。

破裂音が難しい理由について、水野は次のように説明する。「た」や「と」を言うとき、舌を前歯の付け根あたりに一度ぴたっと当てて空気を止め、ためてから一気に解放する。一方、「あー」と言っている間は空気がずっと流れ続けている。母音から破裂音に移るには、流れている空気を舌で止め、すぐに離さなければならない。肺からの空気が強すぎれば止められず、「た」にならない。堀元はこれを、格闘ゲームで決められたフレーム内にコマンドを入力するようなシビアさだとたとえた。

「片田さん」を「神田さん」に変えると言いやすく感じられる。水野によれば、実際に当事者からも「神田さんは言いやすいが片田さんは言いにくい」という声があるという。ここで二人は「片田さんは全員神田に改名せよ」と冗談を言い合ったが、水野はこれが本質を突いている面もあると話を戻す。生活に困るほどの吃音がある人にとって、自分の名前がたまたま苦手な音の並びだった場合、自己紹介のたびにひどく悩むことになるからだ。

堀元はこの話から、押見修造の漫画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』を挙げた。主人公の少女が自己紹介で自分の名前を言えずに悩む作品で、水野は当事者に刺さる作品だったのだろうと述べる。堀元はさらに、滑舌の悪さで知られる芸人が、ライブの冒頭で「滑舌が悪いんです」と断ろうとしても「滑舌」という言葉自体が言いにくくて聞き取ってもらえない、と話していたエピソードを紹介した。英語で吃音を指す stutter も破裂音が続く言いにくい語だという話題になり、水野はこれについて、ちゃんと調べてはいないと断ったうえで、当事者の連発する様子を写した音語ではないかという雰囲気もあると述べた。

ただし水野は、これはあくまで統計的な傾向であり、個人差が当然あると念を押す。別の本では、ア行が苦手な人が多い傾向も指摘されている。そうなると「ありがとうございます」「いらっしゃいませ」「おはようございます」「お疲れさまです」「お先に失礼します」と、挨拶の多くがア行で始まる。そのため、挨拶を求められる場で悩む当事者がいるという。

プレッシャーと期待値:吃音が起きやすい状況

次に水野は、音ではなく状況の側から吃音を見ていく。人が集まっている場で「誰か鍵持ってない?」と聞かれ、反射的に「あ、自分持ってます」と答えるときには、吃音はまったく生じないことがある。一方、「堀元くん、鍵持ってない?」と名指しで聞かれると、吃音がかなり出るという。水野は、自分が答えてもいいし答えなくてもいいという遊びの部分がある場合にはあまり生じず、発言を強制されると詰まりやすいと説明している。小学校で先生に当てられて朗読するときや、日直のような場面でも症状が出やすい。

これに対する工夫として、水野は二人で一緒に言うという方法を紹介した。日直の号令や朗読を二人で一緒に行うと、吃音はかなり緩和されるらしい。水野自身も不思議だと感じつつ、ちょっとした工夫で改善できる部分はあると述べた。堀元は、二人セットでイベントに呼ばれるときより、一人で1時間話すよう頼まれたときのほうがはるかに準備のプレッシャーが大きいという自分の感覚を重ねた。また、結婚式のスピーチを原稿を見ずに暗記で臨むのは、途中で止まるスリルを楽しんでいるからだと話し、水野に「人の結婚式をギャンブルにするな」とたしなめられる場面もあった。

一方で、プレゼンでは吃音が起きない人もいるという。これを踏まえて水野は、文献の記述として一般化を紹介する。周囲の期待が高すぎるときと低すぎるときに吃音のスイッチが入る、というものだ。飲み会や日常のおしゃべりは期待が低くリラックスしすぎているために吃音が起きやすく、先ほどの「鍵を持っている人いませんか」は高すぎず低すぎない、ちょうどよい状態なので起きにくいのではないかと水野は解釈している。

堀元はこれに自分の収録経験を重ねた。食後にだらっと始めた収録ではよく噛む気がする一方、ひどく緊張するイベントでも噛む。ちょうどよい緊張感のときに一番パフォーマンスが出る気がするので、自分にも近いところがあるかもしれないという。水野はさらに、Skypeでは吃音が起きない人や、独り言では起きない人もいると紹介した。文献では、どちらも一人でいるときに近いからあまり起きないのだと説明されていたという。

水野はここまでを次のようにまとめる。日常会話では舌や唇の高速運動が頻繁に行われ、そのどこかで問題が生じたときに吃音が起きる。起きやすい音のパターンや状況のパターンはあるが、全員に当てはまる普遍的な音の並びや状況はなさそうだ。

原因をめぐる過去の説

では、なぜ吃音がある人とない人がいるのか。堀元は「先天的なものではないか。苦手な人は小学生のころからずっと苦手なのでは」と考えていた。水野は、完全には解明されていないものの大筋ではその考えで合っていると答える。そのうえで、かつては今から見ると風変わりな説がいくつも唱えられていたと紹介する。

1920年代には、左利きの人が右利きに矯正されるから吃音になるという説があった。次に紹介されたのが「診断起因説」である。周囲がこの子は吃音だと指摘することで吃音になる、という説だ。幼少期には吃音のある子が多いが、親から「ちゃんと喋りなさい」「ふざけているのか」と叱られることで子どもが意識するようになり、症状が深刻になるのではないかという仮説である。堀元はこれを、血液型のイメージを言われ続けるうちにそれらしく振る舞うようになる現象になぞらえた。さらに、自動車教習所で一度エンストしたら教官にひどく怒られ、かえってエンストが増えたという自身の経験も挙げた。水野は、吃音で笑われたり馬鹿にされたりした経験が当事者をいっそう話しにくくさせるということ自体は、本当に起きていると思うと述べている。

別の説として、吃音のある人の話し方を子どもが真似することで吃音がうつる、という伝染病のような考え方もあった。水野によれば、これは真剣に受け止められていて、学校や家庭で吃音の模倣を禁止して予防するよう呼びかける新聞記事まで出ていたという。

戦後になると、母親のしつけのせいだとする説が出てくる。家族に吃音のある人がいる、母親が早口である、母親のしつけが厳しいといったことが原因だとされた。水野は、子どもの自閉症を母親の冷たさのせいにした「冷蔵庫マザー仮説」も似たものとして挙げた。堀元はこうした説がいたずらに母親に罪悪感を抱かせると批判し、父親はなぜ関係ないことになっているのかというジェンダーバイアスも指摘した。水野は、子どもに何か問題があるとそれを子育てのせいにするのは、素朴な認知としてあるのだろうと述べている。

自然回復が誤った説を支えてしまう

現在のコンセンサスでは、吃音は母親のせい、子育てのせいではない。にもかかわらず、水野によれば、吃音外来に子どもを連れてくる親は、自分の育て方に問題があったと思い込んでいることが多い。

水野はこうした誤った説が信じられやすい理由を次のように説明する。吃音は幼少期に多く、その後自然に消えていくことが多い。そのため、母親の育児態度を批判する指導が見当外れであっても、子どもが自然に回復すれば「あの指導が合っていたのだ」と思われやすい。堀元はこれを、かつての瀉血のような、治療として役に立っていないのに人間の自然治癒力のおかげで正しいと思われていた医療になぞらえた。二人はそこから、風邪のときの民間療法やのど飴、龍角散の話題へと脱線していった。

現在の理解:遺伝的要因と脳の特徴

では現在、吃音の原因はどう考えられているのか。水野の説明では、DNAの関与がおよそ7割、それ以外がおよそ3割とされている。なお、この「7割」について動画の概要欄では、1991年にギャビン・アンドリューズらが一卵性・二卵性の双子を対象に行った調査にもとづくという補足がある。あわせて、遺伝率は親から子に遺伝する確率ではなく、集団内の個人差のうち遺伝的な違いがどの程度影響しているかを示す割合である、という注記も付けられている。

より具体的には、12番染色体の関与が分かってきており、GNPTABと呼ばれる遺伝子の突然変異が吃音の発症に関係しているらしい。水野が文献の説明を読み上げたところによれば、この遺伝子の異常は細胞内の老廃物処理を担うリソソームの異常を促し、その結果として脳の白質形成に異常をきたして、脳の構造や機能に変化が生じるという。ただしこの説明は二人ともほとんど理解できておらず、笑いに変わっていた。ほかにも、吃音のある人には発話に関わる脳の各部位の働きや、部位同士の接続に特徴があることも分かってきたらしいと水野は述べる。

とはいえ、原因がこの遺伝子だけというわけではない。吃音のある人に必ず脳の特徴があるわけでもない。後天的に重くなっていくこともあるので、それだけでは説明がつかないと水野は強調した。

確立された治療法はない

原因がはっきりしていないので、確立した治療法もないと水野は言う。日本では1903年に楽石社ができ、事業として吃音の矯正を始めたのが最初だという。現在も吃音の治療や軽減をうたうクリニックや指導者はいる。しかし、この薬を飲めば治る、このトレーニングをすれば治ると一概に言えるものではない。堀元も、原因が人によって違うのなら、固定された治療法は難しそうだと応じた。

堀元はここで、吃音のある国王がスピーチのトレーニングを受けて克服していく映画『英国王のスピーチ』を思い出した。親に「いい映画だから見なさい」と勧められて見たという話から、話題は堀元の家庭に移る。立派な親に育てられたのになぜこうなったのか、と二人でひとしきり掛け合いを続けた。

次回へ:吃音と「インターネット芸人論」

水野は今回を、発話のメカニズムから始めて、吃音のメカニズム、原因、治療法という基本的な知識を扱った回だと位置づけた。次回は、吃音について調べていくうちに「インターネット芸人論だ」と感じた話をするという。堀元は現時点では両者がまったくつながらないと首をかしげた。水野は、その内容を早く知りたい人には参考文献の一冊である『どもる体』を読んでおくとよいかもしれないと勧めた。表面上吃音がなくなることを治ったと言えるのかという問いとあわせて、その答えは次回に持ち越されている。