右耳の耳垢から「声を評価してよいのか」へ ゆる言語学ラジオが考えたバザールとクラブ
ゆる言語学ラジオゆる言語学ラジオの水野太貴と堀元見による雑談回である。水野の右耳が急に聞こえなくなった話から始まり、ポッドキャストで当たり前のように交わされる「いい声」「聞きづらい声」という評価はルッキズムと同じ問題を抱えていないか、という問いに移っていく。水野自身は「答えは出ていない」と言う。二人は議論の途中で、AI時代の就職活動やマッチングアプリ、滑舌の指摘の是非にも話を広げ、最後はリチャード・ローティの「バザールとクラブ」という区別を使って整理を試みている。
耳掃除で右耳をふさいでしまった
発端は水野の失敗談である。耳垢がたまっている気がして、普段あまりしない耳掃除を風呂上がりに始めた。乾いて硬い耳垢になりやすい体質だと思っていたからだ。ところが不慣れなせいで耳垢を奥へ押し込んでしまった。しかも右耳は湿っていて、取れるものは「とろろ昆布」のようにねっとりしていた。掃除をするほど聞こえが悪くなり、AirPodsで音楽を聞いてもiPhoneの音量を半分ほどに上げてようやく少し聞こえる程度になった。
水野は表面の一部が取れただけで、奥にはまだ残っている感覚があったという。翌日耳鼻科に行くと、医師は見た瞬間に「溜まってるね」と言い、ピンセットで取り出した。出てきたのは「水で増やした後のワカメ」のような量で、消しカスより大きかったと水野は表現する。ついでに左耳からも岩のような塊が出てきた。
聞こえない間の二日間、水野は生活の質がかなり下がったと振り返る。どちらから音が来るのかわからず、日常の一部だった音楽も聞きにくい。左耳が聞こえるのだから十分だと思いそうなものだが、実際には落ち着かなかったという。堀元はBluetoothイヤホンのペアリングに失敗して片耳だけ鳴るときの不快さにたとえた。
面白いのはその後である。耳垢を取ってから、水野にはSの音がキンキンと聞こえるようになった。堀元によると、ラジオの編集ではS音が耳に障るため、ディエッサーというS音を弱めるエフェクトを毎回かけている。水野の場合は耳垢が天然のディエッサーになっていたわけだ。水野は本来の音を聞いているはずなのに、それに慣れていないため落ち着かないという。なお水野は、左耳はドライ、右耳はウェット寄りの耳垢だと話している。
「聞きやすい声」はポリティカル・コレクトネスに引っかからないか
耳の話から水野が持ち出したのが、声を評価することの是非である。水野はルッキズムを「美と能力を紐づけること」と理解している。見た目を褒めることは控えられるようになってきたのに、ポッドキャストの世界では「聞きやすい声」「いい声」という評価を誰も問題にしていない。水野はこれが将来、ポリティカル・コレクトネスに引っかかるのではないかと考えている。
背景には水野の見通しがある。ポッドキャストのリサーチ力はすでに差がつきにくくなっており、AIのおかげで調べ物が楽になり、構成まで手伝ってもらえる。突き詰めると話す内容では差別化しにくくなる、と水野は予想する。そのとき唯一差がつくのが声だとしたら、その世界は公平なのか。声は生まれ持ったもので、本人の努力ではどうにもならない部分が大きいからだ。
実例として、水野は、面白い話をしている人でもレビューに「声が聞き取りづらかったので聞くのをやめました」と書かれていると指摘する。堀元も、男性二人のポッドキャストが「声が似すぎていてどちらが話しているかわからない」と言われていた例を挙げた。堀元は、「見た目が気持ち悪いからダメ」は言ってはいけないと強く感じるのに、「声が聞きづらいからダメ」はそれよりましに感じてしまうのが不思議だと認めている。
水野自身は声が聞きやすいと言われることがあり、ありがたいと感じている。一方で、その褒め言葉は聞きづらい人がいることを前提にしているので、居心地の悪さもあるという。堀元にも実体験がある。以前の収録で声が枯れ、高い声が出ないので低い声で話したところ、「聞きづらいからやめてください」というコメントが大量に来た。自分でも直したいのに直せず、悲しい気持ちになったという。この経験から堀元は、声の評価が炎上やキャンセルにつながる未来は十分ありうると同意している。
評価の軸が増えれば公平になるのか
水野はもう一つの見方も提示する。顔だけで評価される世界より、顔と声の二つの軸で評価される世界のほうがましなのではないか、という論点である。
その根拠として水野が紹介したのが、自身がホストを務めるポッドキャスト「神保町で会いましょう」で話を聞いた石井健介さんの体験だ。30代で中途失明した石井さんは、以前は顔や体型に好みがあったが、見えなくなってからそこから解放されたと語ったという。いまは匂いや声、話し方が惹かれる要素になっている。匂い、顔、体型、声と好みの軸がたくさんあれば、それはそれで公平だという議論もありうる、と水野は言う。堀元はこれを、熊谷晋一郎の「自立とは依存先がたくさんあること」という言葉に近いと受け止めた。
ただし堀元は別の見方も示した。ミスコンをやめようという流れに代表されるルッキズム批判は、本人の意思で変えられないもので評価するのをやめようという話だ。だとすれば、軸を増やすより、そもそも評価されない社会のほうが正解ではないか。水野も、美しいと感じること自体は人間の本質的な感覚としてありそうだが、それを大々的に口にする必要はない、というのがミスコン廃止の趣旨だと理解している。そうであれば、ポッドキャストの「いい声」文化もまずいことになる。
堀元自身は、声や見た目を良いと言われても悪いと言われても気にならないという。賛否両論を集めてコメント欄を沸かせ、インプレッションを稼ぐのが自分の仕事だから、と冗談めかして話す。それでも、褒めているつもりで人を傷つけることが多いから顔立ちへの言及をやめようという流れになっているのであり、声も同じ方向に向かうだろうと予想した。
AIが書く就活と、対面で露呈する差
水野が声の価値について考えるきっかけの一つは、本業で最近の就職活動の記事を作ったことだった。いまはエントリーシートをAIに書かせ、不正ではあるがWebテストもAIにやらせる学生が多いという。その結果、企業には大量のエントリーシートが届く。どれもAIが書いているので変なことは書かれておらず、落としようがない。そこで企業は、24時間いつでも受けられるAI面接でふるいにかける。取材先の話では、AIが作ったものは出来が良すぎて、良し悪しがもう判断できないのだという。
水野はここから、AIネイティブの下の世代はテキストコミュニケーションが非常に洗練される一方で、対面のコミュニケーションとの差が大きく出るのではないかと考えた。対面でもAIを使ったテキストと同じくらいのパフォーマンスを出せる人が優秀と見なされるようになる。そして対面の会話で重視されるものの一つが声と話し方だ。話がうまければはったりも効く。こうして声の価値が上がり、新しい格差を生むのではないか、というのが水野の問題意識である。
堀元は、胸ポケットにiPhoneを差してイヤホン越しにAIの出力を聞き、それを読み上げれば対面でもそつなく話せるのではないかと返した。人にばれないイヤホンを作れば儲かるかもしれないが、それを検知するツールが出てきていたちごっこになるだろう、と笑いを交えて話している。
堀元はまた、共通の友人であるバリューブックスの飯田さんの例を持ち出した。飯田さんは文章がエモーショナルだが本人の話し方とのギャップが大きく、メールではいい感じだったのにデートをしたら違うと言われて振られたという。水野の予想は、その状況が社会全体に広がるということだ、と堀元はまとめた。
両方がAIを使えばフェアなのか
水野はさらに問いを進める。一方だけがAIを使っていれば、会ったときに落差が出る。しかし送り手も受け手もAIを挟んでやりとりしているなら、それはフェアなのではないか。
堀元の答えは、その世界ではそもそもテキストコミュニケーションによる印象がなくなる、というものだった。メールでさんざんやりとりしたのに会うのは初めて、という状況はなくなり、知らない人に会いに行くだけになる。メール発明以前の社会に戻るのかもしれない、と堀元は言う。
堀元は自分の例も挙げた。自身のClaude Codeに個人情報を2,000行ほど与えていて、自分についてあらゆることを知っている状態にしてある。マッチングアプリの返信をClaude Codeにさせれば、相手も同じような仕組みを使っている限り、個人情報の交換がものすごい速さで進む。一度もやりとりしていないのに、会う前から相手を詳しく知っている状態になるはずだという。もっとも堀元自身、それなら相手のファイルを直接もらったほうが早いと気づいた。ただ、いきなり個人情報を送るのは抵抗があるので、AI同士が探り合いをしながら少しずつ開示していくことになるだろうと話している。
水野は、詐欺師が自分の悪行だけをAIに伏せたら誠実な人と同じに見えるのではないかと疑問を出した。堀元は、それは普段のマッチングアプリでも同じで、やりとりが速くなっただけだと答えている。水野はここで、目の見えない人が書いた本の一節を思い出した。表情や身振りが見えず声だけで人を判断すると騙されないか、という質問に対して、その前提がずれている、見えている人のほうがよほど騙されている、という趣旨の記述である。騙されること自体は昔からある、という点で二人は一致した。
堀元は仲人との比較も持ち出した。仲人は紹介した相手が問題を起こせば責任を取らされるので、信頼できる人しか紹介しない。Claude Codeにはその責任がない。ただ、技術ブログで問題事例がバズればAnthropicも対応するだろうし、ファインチューニングで責任感のある仲人らしい振る舞いをするようになって、めちゃくちゃ謝ってくれるようになるかもしれない、と堀元は冗談交じりに語った。水野は、それなら人間が謝ったほうがよくないかと返し、人間に残る最後の仕事は責任を取ることだけになるのか、と二人で苦笑している。
堀元は、AI同士が効率よく情報交換して結論だけ渡してくれる世界をいいと思う。水野が、相手のAIではなく相手本人が書いたテキストでLINEしたくないかと尋ねると、堀元は、相手のテキストを十分学習していれば同じことだと答えた。この点について二人は、話がかみ合っていないかもしれないと認めたまま次の話題に移っている。
声の格差はすでにあるのか
水野は、声の格差はすでに大きいのではないかとも言う。男性に対する女性の評価は声の比重が大きいと感じる瞬間があり、見た目より声が効いているのではと思うこともある。「イケボ」はそれくらい恋愛市場で価値がある。だとすれば、ポッドキャストのレビューはもともとある格差を可視化しただけではないか。
堀元が女性の声はどうかと尋ねると、水野は、女性の声のほうが恋愛市場での影響は小さい気がすると答えた。ただしポッドキャストでは、女性でも声が高くてキンキンする、かすれ気味で聞きづらい、といったレビューは見かけるという点で二人は一致している。
堀元は「可視化しただけ」という見方は問題を小さくしすぎていると反論した。自分たちがまさにそうであるように、ポッドキャストで成り上がった人間が世の中にいる。いい声でうまく話したから成功した人がいる以上、単なる可視化とは次元が違うというのだ。
そのうえで堀元は、ポッドキャストのレビューで人の声を叩けなくなる流れは間違いなく来るだろうし、そうなってほしいと述べた。声が聞きづらいと言われても、どうすればいいのかわからない。しかもそれを善意で、番組がもっと良くなると思って伝えてくる人がいて、それが一番きついという。堀元は、まず「あなたの声や話し方は聞きづらい」とわざわざレビューに書く人を減らしたい、「聞きやすいですね」まで控えるかどうかはその先の話だ、と優先順位をつけた。ブスと言えなくなっている中で「声が聞きにくい」が許容されている理由がわからない、そこは一致させたほうがいい、というのが堀元の立場である。
水野は、テレビに出ているのが声が良く、吃音や構音障害がなく自由に発声できる人ばかりであることが、そうした規範意識を補強しているのではないかと付け加えた。
声は「変えられる資源」でもある
ここで堀元は、声は顔に比べれば変えられる資源でもあるのではないかという論点を出した。以前、声が枯れやすいのでプロの発声法を身につけたいとプロの声優に相談したところ、勧めないと言われたという。大きな声やいい声は出るようになるが、堀元のいまの独自の発声のほうが個性的で面白い、というのが理由だった。
水野はこれを、上手くなると下手にできなくなるという話につなげた。ジャズを題材にしたアニメ『BLUE GIANT』をプロのドラマーと一緒に見に行ったとき、高校生の素人を演じる演奏シーンについて、そのドラマーは「シャーン」という一発の音が良すぎておかしいと指摘したという。自分たちはリズムの乱れに気を取られていたが、プロには叩き方が上手すぎることのほうが気になったのだ。水野は、発声も同じではないかと考えている。
水野はさらに、絵を描く仕事の人と飲んだときの話も持ち出した。水野と堀元が似顔絵を描いたところ、その人は、堀元は美術の道に行かないほうがいい、習うと描けなくなるタイプの絵だと言った。鉛筆画が好きだった水野の絵は堀元の絵より上手く見えたが、個性はあまりないタイプだったという。型にはめないほうが自由なのかもしれない、と二人は話している。
滑舌を指摘することの是非
では滑舌はどうか。水野は、変えられるかどうかは物によると説明する。例として挙げたのが側音化構音で、「き」が口の側面から空気が漏れたような音になる現象だ。口や歯の形によるものなので、変えろと言われても難しい。それでもポッドキャストでは、そうした人に「言えていない」と書く人がいる。S音が苦手な人などにも、善意で「滑舌ができていない」と伝えるケースがあるという。
水野が好きな例として挙げたのが、野田さんがメインパーソナリティを務めるあるポッドキャストである。進行役の原田さんは毎回番組タイトルを噛み、野田さんが笑うと「俺は噛むからな」と開き直る。そのスタンスがいい、と水野は言う。
堀元は、他人のポッドキャストを聞いて噛んだと思うことはあっても、わざわざ本人に伝えなくてよいと考えている。この規範意識が共有されていないのは、滑舌は努力で直せると思っている人が多いからだろうと推測する。二人とも実際によく噛む。水野は「慶應義塾大学」が苦手で、そもそも「ゆる言語学ラジオ」という番組名が難しく、外部出演のときにはみんな噛んでいるという。
一方で堀元は、この議論を突き詰めると言えないことがどんどん増えて苦しくなるとも認めた。噛んだときに「噛んでますよ」と言うのは、ちょっと面白いコミュニケーションでもある。それが言えなくなるのは嫌だと多くの人が思うだろう、というわけだ。
ローティの「バザールとクラブ」
この行き詰まりに対して水野が持ち出したのが、NHK「100分de名著」でリチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』を解説した朱喜哲の本で知った「バザールとクラブ」という概念である。水野の理解では、バザールはさまざまな背景を持つ人が市場取引をする公的な領域で、クラブはバーのような身内の私的な領域だ。バザールでは「あなたの声は聞きづらい」「滑舌が悪い」と言ってはいけないという規範があるが、クラブではそれは問題ない、という切り分けになる。
水野が驚いたのは、哲学者なら「差別的なことはどんな場所でも言ってはいけない」と言いそうなのに、クラブでなら多少まずいことを言っても許されるのではないかという議論になっている点だった。水野はこれを現実的な落としどころだと評価する。堀元の問題提起も、クラブだと思って発言した場所が実はバザールだった、というずれとして整理できるのではないかと水野は言う。
堀元はYouTubeのコメント欄にも同じことが言えると応じた。水野が堀元に口汚い言葉を使うのは許されても、他人に言われると「お前は他人だろう」となる。YouTubeやポッドキャストでは、こちらは相手を知らないのに、相手はこちらをよく知っていて親友のように感じていることがある。二人の商売はその距離感を錯覚させるものでもあるから難しい、と堀元は言う。
水野は、この概念はリベラルの議論を読み解くうえでも役立つと考えている。リベラルな人の議論は「どの場所でなら言ってはいけないか」という話になりにくく、リベラルではない価値観の人には息苦しく感じられる。しかし実はバザールとクラブの線引きの話をしているのに、そう見えていないだけなのかもしれない。なお水野は、自分は「100分de名著」の本を読んだだけで原典は読んでいないと断っている。堀元は、それこそクラブで話すべきことをバザールで言っているのではないかと茶化し、二人でリスナーに原典に当たるよう勧めている。
クラブのつもりがバザールだった失敗
堀元はこの区別を、ふだんから意識していることだと言う。堀元は表では言いにくいことを書く有料マガジンをnoteでやっている。クラブのつもりで書いていたが、気づけば読者が8,000人になっていた。以前の100人ほどしか読んでいない感覚のまま攻めた内容を書き、中身をリークされて炎上したことがある。これはバザールをクラブだと思っていた失敗だ、と堀元は振り返る。
水野は番組初期の出来事も挙げた。内容の誤りを指摘され、どう直していくかを話し合ったとき、堀元は自分たちのコンテンツは公共性をそれほど意識しなくていいのではないかと言い、水野と意見が対立した。水野は、あのとき堀元は番組をまだクラブ的なものと見ており、自分はすでにバザール的なものと見ていたのだろうと整理している。
「正しすぎる」ことへの違和感
水野は最近の経験も話した。ある思想を持つ友人がいて、仮にそれを資本主義反対だとすると、その人は思想と矛盾する、資本主義を肯定するような言動をする。水野は最初、言行不一致ではないかと思った。しかし、公の場で表明する思想と、クラブで思想に反することを言うのとでは、場所によって最適解が違うだけかもしれないと考えるようになった。自己開示のため、あるいは矛盾したことを言うことで距離を縮めるために口にした本音を、「バザールではこう言っていたじゃないか」という価値観で断罪するのは正しすぎる。水野の中ではいま、そうした揺り戻しが起きているという。
堀元は、その友人は表でいいことを言いながら裏では差別主義者というような人ではなく、思想としては資本主義のここがダメだと思っていても今この瞬間は金が欲しい、という人間的な弱さの話だろうと補った。堀元のここ3年ほどの個人的なテーマは「正しすぎるやつと戦う」ことで、正しすぎることを言われたら「うるせえ」と怒るスタンスが、人間が生きていくうえで必要なのではないかと考えている。
そのうえで堀元は、水野は「バザールすぎる」と指摘した。例として挙げたのは、水野がかつて、堀元や飯田さんが別にやっているチャンネルが伸びすぎると心の奥で少し悔しい気がする、友人の成功を100%喜べない自分が嫌だ、と話していたことだ。堀元は、人間はそういうものであり、3%ほど「俺より売れやがって」と思いながら97%「良かったね」と言えれば素晴らしい人間だと考えている。友人の成功を100%喜ばなければならないというバザール的な価値観を、水野はクラブでも本気で信じてしまっている、というのが堀元の見立てである。
堀元は実演するように、水野の著書『会話の0.2秒を言語学する』が売れたのは嬉しいが2%ぐらいは「俺より売れるな」と思っている、TBSの「CROSS DIG」に自分も呼んでほしい、よく再生されている水野の出演動画を見てあまり面白くなくて安心した、と明かした。ただし、言葉遣いを汚くしろと言っているわけではない、と念を押している。水野は、自分はバザールとクラブを区別して生きてこなかったのでこの概念に驚いたが、他の人には当たり前のことに名前がついただけなのかもしれない、と受け止めた。
冒頭の「汚い」も言ってはいけなかったのか
最後に堀元は、冒頭で水野の耳垢を「汚い」「気持ち悪い」とさんざん言ったが、体質で耳垢がたまりやすい人はそれを変えられないのだから、言ってはいけなかったかもしれないと振り返った。水野は、クラブでなら言っていいかもしれないが、と応じている。
水野は、自分は思想的にリベラル寄りだと思うと前置きし、理想を持つことと、それに反することを言ってはいけないという規範とは別だと付け加えた。例えば水野は選択的夫婦別姓はあったほうがいいと考えている。しかしリベラルの思想は、反対する人から見れば、自分の地位が脅かされたり、暮らしてきた社会が大きく変わって生きづらくなったりする恐れを伴うため、正しさで殴ってくる思想と受け取られがちだ。私的な空間でそうした話をする分には大きな問題はないのではないか、と水野は話している。声を評価することの是非について、二人は結論を出さないまま、リスナーの意見を募って回を終えた。
ゆる言語学ラジオ。
この前さ、急に右耳聞こえなくなってさ。え、めっちゃ大変じゃん。そうで、耳鼻科行ったの。そしたらさ、耳くそがクソでかかっただけだったんですけど、
もうやだ。汚ねえな。え、そんなことありうる?はい。え、聞こえないほうの耳くそが溜まってたってこと?はい。いや、はい。じゃなくて、なんでそんなことになったの?
えっと、順を追って説明しますと。はい。まず、そうそう。どうした?どうした?笑っちゃってるじゃん、もう。いや、なんか情けなくて。そうよ。そりゃもうこの話題持ってきた時点でそうよ。
なんか耳垢が溜まってるかもって思ったことがあって、普段僕そんなに耳掃除をしないんですけど、久しぶりにするかと思って耳かきで自分の耳やり始めたんですね。で、僕結構乾いて硬い耳垢になることが多いから、風呂上がりに耳掃除を始めたんですよね。で、ただ不慣れなもんだからガンガン奥に押し込んでたんですね。
で、しかも右耳がなんか湿度すごくて、なんか湿地帯みたいになってますよ。あ、奥に詰めたからね。そうで、だからやればやるほど聞こえが悪くなるんだけど、聞こえよくしたいから耳掃除をさらにするじゃないですか。
で、出てくるやつがなんかとろろ昆布みたいに。最悪だよ、今日。え、右耳からとろろ昆布出てきたもん。右耳から取り放題。あの旨味成分の塊であるとろろ昆布。そう。味噌汁に入れたら美味しいよ。あれを吸い物にするのにベストですけどね、みたいな。もう食えなくなったぞ。とろろ昆布最悪だよ。
うん。なんか本当、とろろ昆布の壁みたいなのがガンガン取れてね、出てきて、で、その右耳がマジで聞こえなくなって。え、じゃ、よくわかんないけど取れたんなら開通するんじゃないの?
えっとね、まあ普通の人からしたらでかいっていう耳垢が取れてるんだけど、なんかね、もっといっぱいありそうな感じなの。だからおそらくわずかなかけらだけ取れて、それを取った気になってた。あ、なるほど。表面だけ取れてて奥にまだあるなって感じするんだ。そう。
で、マジでねっとりしてるから、多分耳かきでやった結果、耳を塞ぐような形に壁みたいになっちゃって、例えばAirPodsとかつけて音楽を聞いても、iPhoneで音量半分ぐらいにしてようやく右耳はまあちょっと聞こえてくるかなぐらいで、かなりでっかい音にしないと聞こえないんで、基本左耳に頼って生活するみたいな感じになったんですよ。
やばいね。すごい闇を抱えた病気みたいな喋り方してるけど全然違いますからな。違う違う違う。耳垢押し込んだだけでお前が、いい感じに均一に分散してた耳垢をギュってやって聞こえなくなっただけでしょ。
うん。あの、結果から言うとそうだったんですけど、当時は分かってなかった。なんで耳掃除したのに聞こえが悪くなるんだって。で、その耳鼻科に翌日行ったら、お医者さんがもう見た瞬間に溜まってるねって言われて。で、なんか調べたら吸ってくれるところとかもあるって言うんだけど、ちっちゃい掃除機みたいなの。うん。
なんか俺の行ったところはおじいちゃん医師みたいな人がもうピンセットでガリガリやるから、耳めっちゃ痛かったんだけど、取れたよって言って出てきたのが、水で増やした後のワカメみたいな。そうだ。そんな入ってたの。もうすごかったよ量。え、だってないでしょ、そんな体積。
まあ、多分だからそれがねっとりしてるがゆえの、多分ね、想像を絶するサイズだと思う。耳に入らんだろこれってぐらい。あれか。耳に入ってる時はこう極限まで圧縮されて、圧力によって圧縮されてるやつが取り出されたらボって膨らんだみたいな。まあ、そんな感じなのかな、多分。
まあ、とにもかくにも、その出てきたもののサイズは消しカスよりでかかったぞ、みたいな存在感はあって。うん。で、もうその瞬間から右耳めっちゃ聞こえるようになったんだけど、ついでに取ってもらった左からも、プロジェクト・ヘイル・メアリーのロッキーみたいなやつ出てきました。
その例え何なんだよ。あんな岩みたいなやつ出てきた。岩みたいなの出てきて。マジ耳から出てきて、帰れる、やったって。星に帰れるって。地球の大気だから、そう、ロッキーは一瞬で死ぬ。
そう。アンモニアのなんとか大気じゃないと無理なのか。そうか。そうか。あ、だから水野さんの耳カスが耳の中で圧縮されてたんだ。そういう理由か。エリディアンの気圧。エリディアンの気圧だったからギュッとなってただけで、地球人の大気に持ってこられて膨らんだの。そう。僕の耳、宇宙船なんですよ、実は。あ、なるほどね。そうか。そうか。
そう、そう、そう。ていうことがあって、あれちょっと肝冷えましたね。右耳聞こえなくなったら、こんなに生きづらいんだって思って。そうだね。大変だよね、耳聞こえないと。当然、だからどっちから音が聞こえてくるかもわからないし、それから音楽聞いたりラジオ聞くって僕の普段の生活の一部でしたけど、それが急に不便になる。危ないね。
で、しかも左耳聞こえるからいいじゃんって思うんだけど、やっぱね、変なんだよね。だから落ち着かないよな。あの、たまにさ、Bluetoothのイヤホンのペアリング失敗して右耳からしか聞こえないみたいな時あるけど、あれすごい不快だもんね。うん。だからあの、2日間ぐらいすごいQOL下がりましたね。
うん。いや、良かったね。取れて、お前の耳の中のエリディアンが無事に解放されて。そう。故郷に帰りました。あのエリディアンが一時期とろろ昆布みたいになっちゃってたもんね。そうそうそうそうそう。今はだから聞こえが良くなって、まあ、しいて言うならね、なんか右耳取った後から、Sの音とかがすごいキンキンして聞こえるようになりました。
あ、面白い。それそうか。ラジオの編集しててもさ、Sの音とかって結構耳に障るから取り除いたりするんですよ、編集過程で。ディエッサーっていう、Sを弱めるためのエフェクトってのがあって、それゆる言語学ラジオでもいつもかけてるんですけど、水野さんの場合、耳垢が天然のディエッサーになってたわけですね。Sを弱めてくれる物理的なフィルターになってたわけだ。
そう。だから今正しくSが聞けてるのかよくわかんなくて。うん。うん。普段のSのツンツンした感じが増強されちゃってるわけよ、今俺。はいはい。え、でもそれが本来の音ってこと?そう。多分本来の音なのに、普段の生活の耳垢でだいぶキュって抑えてたせいで、Sがすごく聞きやすかった、あの頃をもう一度って感じ。
あ、でもディエッサーで抑えてるぐらいだから、ちょっと耳垢あるぐらいがいいよ、多分。ああ、そうなのか。少しだけ耳垢を置いておくぐらいが理想の聞こえ方になると思う。はあ。みんなそうしてるんですかね?してないよ。なんでちょっとだけ耳垢を残しておくって。しない。しない。あとみんなまめに耳掃除するから。
俺3日ぐらいしてるから。あ、マジ?貯めて、もっと貯めて。やだよ。ちょ、聞こえなくなるから。一気に出た時の快感すごいよ、あれ。まあ、でもそれ言うよな。でも僕、耳垢ウェットのタイプだから、あんまり溜め甲斐がないんすよ。うん。あ、そうなのか。いっぱいごばっと取れないから。だから3日に2回ぐらいやりたい。
うん。僕ね、ウェットとドライの両方併せ持つの。え、そんなバンジーガムと同じシステム?お前の耳垢。左はね、ドライなんだけど、右ウェットなの。気持ち。え、そんな耳垢聞いたことないよ、それ。そう、そう、そう、そう、そう。耳垢かな?うん。だから毎度違う味が楽しめるというか。あ、でもお得だね。そう、色々両方の気持ち味わえるから。そうなんですよ。素敵かもしれない。
そうです。まあ、そんな耳について最近考えたことがあってさ、声いいねって、結構ポッドキャスト界隈とかで聞きやすい声とか言うと思うんだけど、俺これ将来的にポリティカル・コレクトネスに引っかかるんじゃないかって思っていて。はあ。確かにね。見た目褒めるとかあんまりやらなくなってきたもんね、みんな。はい。そうですね。
今は人間をその美で、特にその美と能力を紐付けるっていうものがルッキズムだと、まあ僕は理解してるんですけど、ポッドキャスト界隈でさ、聞きやすい声とかいい声っていうのってさ、誰も何も批判してなくない?って思うんですよ。
俺たちもね、めちゃくちゃ言われるもんね。ゆる言語学ラジオ2人とも、声高い方と低い方で聞きやすくてすごいいいですねとか、いい声ですねとか言われるよね。はい。はい。
今のポッドキャスト界隈って、リサーチ力って結構差がつかなくなってきてるというか、まあみんなかなり頑張ってるかなですし。やっぱAIのおかげで調べ物ってかなり楽になりましたね。で、構成までしてくれるから、喋る内容って突き詰めていくとあんまり差別化できなくなってくるんじゃないかと、僕は将来的にそうなるんじゃないかと思っていて、
で、そうなった時に差別化できる唯一の箇所が声だとしたら、その世界って本当に公平だっけっていう。うん。変えられないもんね。そうなんですよ。生まれ持ったものだから、確かにあれ、ルッキズムの議論と似てるか?
そうなんですよ。例えばものすごく面白いことを喋っている人でも、ポッドキャストのレビューとかを見ると、声が聞き取りづらかったので聞くのやめましたとか、すごい書かれてるんですよね。ある。あと男性2人のポッドキャストとかにさ、声が似すぎていてどっちが喋ってるかわからないって言われたりもしてましたね。
そうですね。で、それって結構本人の努力でどうしようもない部分だから、言っちゃいけないことなんじゃねって僕は思うんですけど。確かに言われたらそうだな。うん。でもなんか、お前見た目が気持ち悪いからダメだなって、めっちゃ言っちゃいけないことに感じるけど、お前の声聞きづらいからダメだなの方がマシに感じるね。これ不思議だね。
そうなんですよ。だからなんかそこに僕は居心地の悪さを感じる。うん。自分の声が聞きやすいって言われることあるからありがたいんですけど、それってその聞きづらい人もいるっていうことを前提にしているわけじゃないですか。だから、なんかちょっとこう居心地悪い部分もあって。うん。
あの水野さん、耳垢の話とのギャップすごくないすか?え、急にすげえいい真面目な話になった。うん。いや、うん。じゃなくて、ちょ違う。みんなどういう世界がいいと思う?俺今日耳垢の話だと思って聞いちゃったからテンション間違えて。あ、耳の話と言えば今皆さんが聞こえる耳が。なるほど。そういう連想ゲームだったのか。
すごいな。お前ハルシネーションみたいなことするね。コンテキストがすごいジャンプしてるな。え、いやいやいやいやいや。耳の話から自然に耳の話に移っただけだから。でもね、その飛躍、Opus 4.7でもまだできてないからすごいわ。お前やるわ。Claude Opus 4.7より。耳垢貯めれねえだろ、あいつ。
そう。だからフィジカルAIってそういうことだよね。耳垢を貯められるようにしようっていう。そうです。それこそやっぱ。そいつ面白いな。うん。でも確かに全然敵わないす。今んとこその飛躍、AIにできないし。でも面白い話ではあるね。はい。
仮にだから自分がさ、めっちゃ調べ物好きです、構成力もあって、で、顔出したくないからポッドキャストやろうってなって、レビューで聞きづらい声なのが残念です、みたいに言われたらめっちゃきつくね。うん。それめっちゃ落ち込むな、確かに。
うん。で、まあ声の場合はある程度は努力で改善できる、変更できる部分もあるとは思うんですよ。高い音域じゃなくて低い音域を使うとか、発声方法を洗練させるとか、あるとは思うんですけど、結構変更不可能の部分大きいよね。うん。と思いますね。
僕2回ぐらい前の収録でさ、声枯れまくってさ、で、ガスガスだから高いとこ出ないから低いとこを使ってたんですよ。その結果タイトルコールが、みんなのカスIT環境みたいになって、なんかキャラクターと全然違う声で喋ってて、それめっちゃ聞きづらいからやめてくださいってコメントいっぱい来て、俺も直したいんだけどなって、すごい悲しい気持ちになったから、確かにこれ良くないね。
はい。そう。だからつか、これ炎上したりとかしそう、キャンセルされたりとかしそうだなって、確かに思うんですよね。いや、全然ありえる未来な気するわ。
で、それはそうとしてですよ。この声の格差っていうのがルッキズムと同じような議論になりうるっていう論点があるとして、それとは別に、美の基準が増えるっていうのはいいことなのかもしれないとも思う。ほう。どういうこと?
つまり顔だけで評価される世界ではなくて、顔と声っていう2軸で評価する世界の方が、顔だけで評価する世界よりはマシなんじゃないかっていう論点もあり得ますよね。ああ。ああ。うん。どうだろうね。どうなんだろう。
というのも、最近ちょっと僕、『神保町で会いましょう』っていう自分がホストを務めるポッドキャストで、石井健介さんっていう30代で中途失明された方とお話をしたんですけど、その方は昔は、例えば顔がこういうのがタイプだとか、あるいは体型とかでこういう部分がタイプだっていう風に思っていたのが、見えなくなってから解放されたっていう風におっしゃってたんですね。
じゃあ、今何を手がかりにするかって言うと、匂いとか、あとは声、話し方みたいなのが自分にとってこう惹かれる要素になったっていう話をされていて、この人の匂い好きだなっていう軸、この人の顔好きだなって軸、この人の体型好きだなって軸、この人の声好きだなっていう軸がむっちゃ多くあれば、はいはい。それはそれで別に公平なんじゃないっていう論もあり得ますよ。
あ、あれだよね。自立とは依存してないことではなく、依存先がたくさんあることである、みたいな話あるけど、それだよな。はい。そうですね。熊谷晋一郎先生の言葉だったと思いますけど、みたいな感じで、世界はそういう顔以外にも色々なところで評価があり、ポッドキャストだと声だけしか聞こえないから声のみで評価するみたいになっていて、
それがなんか不健全に感じるっていうことなのかなって思ったんですけど、世界に対してどう思う?教えてみて。あ、そういう問いかけの動画だったんですね、今日はね。うん。いや、僕も答え出てないんですよね、これね。うん。とりあえずその右耳が聞こえなくなったってことだけが事実としてあって、そこからここ行ったのすごいね。よくダイバーシティの議論みたいなところにつなげましたね。うん。
ただなんか僕もう1個思ったのは、昨今のミスコンやめようみたいなルッキズム批判の文脈って、どっちかっていうと当人の意志で変えられないもので測るのやめようよみたいな話だと思うんですよ。はい。だからそこ、軸増えるのがいいことっていうよりは、それを評価されない社会になる方が正解なんじゃないとも思いましたけどね。そうですね。
難しいのは、美とか声の良し悪しっていうのと能力が結びつくのはまずいと僕は思うんですね。あ、古典的なルッキズムの定義かな。そうですね。顔がいいので仕事ができそうだみたいなのはまずいと思うんだけど、なんか美しいって感じる感じないっていうのは本質的な感覚として持ってそうだなって気もするんですけど。うん。
それは口に出さないようにした方がいいって話じゃない?なんか昨今のミスコンとかでそういう話なのかなと僕は理解しているんですけど、美しいって思うのはいいけど、別にそれを大々的にベラベラ言う必要はないんだってこと。まあ、だとしたらポッドキャストの声いい、聞きやすい声で文化もまずいとなります。
じゃ、堀元さん割とラディカルに思う、それもなくなるんじゃないかは。えっと、僕自身は別に言われてもいいから、声がいいだの悪いだの。あ、悪いも言われてもいいんだ。うん。見た目がいいだの悪いだの言われてもあんま気にならないし、それが僕の仕事だなと思ってるから。ありとあらゆる賛否両論を集めて、コメント欄を沸かせることによってインプレッションを獲得してお金を稼ぐのが僕の仕事なので。
それ僕はいいと思うんですけどね。世の中的にはそれで傷つく人が多いので配慮しましょうという方向だと思うんですよ。で、実際多分さ、褒めてるつもりなのに傷つけてしまうみたいなことがいっぱいあるわけじゃない。だから顔立ちの美とかに言及するのやめましょうってなってるわけで、声もそっち行くような気しましたけどね。うん。軸が増えるってよりは、言うのやめようっていう。
で、もう1個ね、僕がその潮流に乗っかってると思うのが、最近ちょっと本業で今どきの就活の記事を作ったんですね。はい。で、今の就職活動ってどういう感じかというとですね、エントリーシート、AIに書かせると。悲しいな。はい。で、Webテストも不正ですけど、AIにやらせる人がいっぱいいると。
うん。まあ、Claude Codeにやらせたらね、人間よりははるかにできそうですからね。そう、そう。それはそれでね、どうなんとは思いますが。で、そうすると企業の元にはですね、エントリーシートがとんでもない量届くわけですね。あ、そうだ。効率化されてるわ。はい。どさっと。で、AIに面接させると。ああ、もうAIとAIの戦いだ。
だからポケモンバトルみたいなもんですよね。どっちがより優れたやつを連れてるかの勝負。俺のは最新モデルだぞみたいな。くだらねえな。うん。まあ色々スタイルあるんですけど、AI面接の1個の種類としては、何時でも24時間受付可能で、面接官がAIで、その人の質問に対して自分が答えて、それを元に通過するかしないかが決まるというようなものになっていて。
むちゃくちゃアホなこと書いたりしてないわけです。当たり前でね、AIが作ってるからね。だから落としようがないわけですよね。うん。というので通しちゃって、通した後にAIに面接させることで削ると。はあ。いう風になっているらしいんですね。あれ、一旦その書類パスはもう前提みたいな。
そうですね。AI製のものは良すぎて良し悪しがもう分からないっていう風になってるらしくて、その話を聞いて思ったのが、もう今僕らよりも下の世代の人ってAIネイティブだろうから、テキストコミュニケーションってめちゃくちゃうまいと思うんですよね。AIに書かせてるからね。だからこそ対面環境のコミュニケーションで、AIに書かせてるテキストとの差がすごい出ると思うんです。うん。
つまりギャップがいっぱいありそう、起こりそうな気がしていて。でもわかんないすけどね。胸ポケットにiPhone挿しといて、その音声を受けてAIの吐き出した出力が耳元で聞こえて、それ喋ればそつなく喋れるんだ。船場吉兆だ、それもう。頭が真っ白になって。頭が真っ白になって。でもマジでそうなるような気もするよな。
え、だから今からめちゃくちゃちっちゃい、人にバレないイヤホン開発して売ったらめっちゃ儲かるんじゃないですか?ああ、確かにね。多分これからめちゃくちゃ出てくるからビジネスチャンスかも。そしたらあれじゃない、でもそれを検知するツールみたいな。いたちごっこだね。それ使ってたら、AIじゃないか君、みたいになるみたいな。そうなりそう。
まあ、ともあれ今後やっぱり対面環境でのコミュニケーションがすごい評価の軸として大きくなりそうな気がしていて。対面でもAIテキストコミュニケーションぐらいのパフォーマンスを出せるやつが、なんか優秀ってなりそうな気がしていて。対面での会話の中で重視される1つが声と話し方になりますよね。当然内容もそうなんですけれども、話すのがうまいとそれだけではったり利かせられるじゃないですか。
っていう意味でも、なんかこの先声質の価値ってどんどん上がっていって、でそれが違う格差を生み出すんじゃないかって思っているという話ですね。
うん。僕らの友達のバリューブックスの飯田さんいますけど、飯田さんやっぱ文章がエモいんですよね。うん。で、本人の喋り方のキャラクターと乖離してるせいで振られたらしいんですけど、メールでコミュニケーションしてる時はいい感じだったのに、デートしたら違ったってなって振られたって言ってましたけど、まあそれの一億総飯田社会みたいなのが生まれるってわけですよね。
そうだね。ざっくり構造取るとそういうことだね。みんなテキストコミュニケーションの時はうまくいってるんだけど、対面になるとなんか違うなってジャッジされる。なんかそこで確かに声は1個でかいファクターになるな。なると思いますね。でもどうなんだろう。
お互いがAIを使ってるっていうことを合意してれば、ギャップがあってもどうでもいいって話になんのかな。うん。実務能力において。っていうよりは、今一方的に向こうだけがAIを使っていたらポンコツ感が出てっていう話でしたけど、受け手側も送り手側も両方AIを挟んで会話してるんだったら、お互いがお互いの能力に会った時ギャップ感じるわけじゃん。そうだね。だったらもうフェアっていう話になんのかな。
どうなんだろうね。てかだから、その世界になるとそもそもテキストコミュニケーションの印象がなくなるよね。AIに任せてるから。あ、そうだ、そうだわ。だから知らん人だなと思いながら会いに行くなら、ゼロベースになるだけなんじゃない?あ、そっか、と思いますけど。
だからメールは散々やり取りしてるのに、ご挨拶するの初めてで、がなくなって、誰でしたっけ?こいつのこと何も知らんな。そう。あれ、なんかメールが発明される前の社会に戻ってね、それ。戻ったかもしれないね。
あ、でもね、僕すでに自分のClaude Codeに僕の個人情報を2000行ぐらい与えていて、だからもうありとあらゆること知ってんすよ、俺について。うん。だからマッチングアプリの返信とかClaude Codeにさせたら、僕の情報はめちゃくちゃ適切に返すから、向こうも同じようなClaude Codeを使ってると仮定すると、個人情報の交換がものすごい速さで行われて、相手についてのすげえ詳しいデータが出てきて、
で、初めて会う時、一切やり取りしたことないけどめっちゃ知ってるっていう状態にはなる気がする。あ、そうだね。堀元さんがそれ読み込んでいけばってことだよね。そうそう。でもそれよく考えたらあれだな。向こうのファイルそのままくれた方が早いな。何だったん?そのやり取りのラリーは。確かにあれいらないよね。
個人情報いきなり送るのは抵抗あるでしょ。そうね。だから探り合いみたいなことをAI同士やってるから。この人信頼できそうだなと思って、徐々に住んでる街とか言うと。この人信頼できそうなAIを使ってる人だな、しかわかんないから。
そう、僕のAIって僕のデータから学習してるから、人との距離感の感じとか分かるから、そっから間接的にこの人信頼できそうだなを読み取ってますよね。信頼できそうなAIから。うんうん。そうだね。でもさ、詐欺師みたいな人がさ、自分の悪行だけAIに伏せたらさ、堀元さんと全く同じ感じになりますよね。うん。なります。だから全員善人なの?その世界。
と思うよ。でもそれ普段のマッチングアプリでもそうじゃん。まあ、そうか。マッチした後のやり取りで悪行なんてわからないわけだから、爆速化しただけだと思うけどね、やり取りが。ああ、そう考えるのか。早くなっただけじゃないか。
目の見えない方が書いた本を読んだ時に、表情とか身振り手振りが見えなくて声だけを聞いて人を判断するってなったら、間違えないですかみたいな、騙されないですかっていうような下りがあって、でそこ読んで思ったのは、その質問前提ずれてると思って、それで言ったら見えてるやつの方が騙されてるだろうっていう気がするから。まあそうだね。確かに騙されること自体は別に昔からあった話ってことなのか。
そう。うん。だからやっぱマッチングアプリのチャットをClaude Codeにやらせるのは合理的って話な気がしました、今。え、結論として。どうせ同じことやるだけだから、人力で。だから俺を学習したAIと向こうを学習したAIがやり取りした方が話が早くていいなって結論じゃない。
あとそれさ、ほぼもう仲人やな。確かに。あんたに合いそうな人見つけてきたよ、ね。でもあれだね、あの仲人さんはさ、その紹介した相手が不義理をしたら仲人が咎められるから、本当に信頼できる人しか紹介しないじゃん。つまり紹介した相手が飛ぶとかさ、うん、婚約するみたいなってないようにするけど、Claude Codeはそれないから責任取らないな、仲人さんと違って。
そうだね。それちょっと厄介かもしれんな。そうだね。まあ、でもね、技術ブログとかでね、うちのClaude Codeを仲人コードにした結果、こんなよくないことが起こりましたよみたいなのがめっちゃバズれば、Anthropic社も対応しようってなるから、最終的に責任取るようになるかもしれないですね。うん。
堀元さんが紹介されて会った人が飛んだら、Anthropicが責任を取るみたいになるってこと?いや、会社が責任を取るっていうよりは、ファインチューニングでそういうことがもう起こらないように、責任感のある仲人っぽい動きをClaude Codeがするようになるから、多分めちゃくちゃ謝ってくれますよね。うん。は。
あんたと会うはずって言って、なんかその女性がばっくれましたみたいな時に、なんか僕にめちゃくちゃ謝ってくれたりとか、菓子折り持ってきてくれたりとか、なんかそういうことをしてくれるようになるって話です。人間でよくない?それ。そうだね。謝られて嬉しくない。やっぱだからそこですよね。人間の最後の仕事、責任取ることだけですよね。なんかやな気持ちになってきたな。ああ、これ難しいわ。うん。
で、僕はやっぱその世界いいなと思いますけどね。効率よく相手のAIと自分のAIで情報交換しといてくれて、いい感じに結論だけ渡されるって効率よくて気持ちいいですけどね。でも相手のAIじゃなくて、相手が書いたテキストでLINEとかしたくないですか?でも相手のテキスト十分学習してたら、それ相手のテキストと一緒だからあんま問題ないす。あ、ちょっと話噛み合わねえかもしんないな。
あれ、気が合わないのかもしかして。考えてみるとさ、すでに声の格差社会みたいなのめっちゃある気すんだよ。うん。それこそ男性の女性への評価って割と声ガチだなって思うんですよ。見た目の綺麗さとかより、なんなら声が機能してるかもって思う瞬間もあって。へえ。なんかイケボってそれぐらい恋愛市場で価値あるなって思うんですよ。うん。
だからそういう意味では、すでに結構でかい資本として格差があって、ポッドキャストのレビューみたいなものがそれを可視化しただけで、あんまり状況としては変わらないような気もしましたね。男性においてはそうだけど、女性についてはどうですか?女性の声でそんな選んでる?確かに女性の声の方が恋愛市場とかにおける比重小さい気するわ。
男性か、まあ女性を好む人が女性の声で惹かれてるわけではないってことですよね、堀元さんが言うのは。うん。ガチな気がする。うん。そうだよね。でも女性でも声聞きづらいとかってレビューあんじゃねえのかな?あると思う。あの、特に声高めの人とかにキンキンして聞きづらいですとか、ちょっと枯れ気味の声の方とかね。ああ、とかね。そう言ってるレビュー見たことある気がするから。そうだよね。それは言われてるでしょうね。
いや、でも可視化しただけは、ちょっと問題を小さくしすぎてる感じはします、僕は。というのも、まあ僕らがまさにそうですけど、ポッドキャストで成り上がった人間が世の中にいるわけじゃないですか。って考えると、いい声でうまく話したからうまくいった人間が世の中にいるわけだから、それはやっぱり可視化とはまた違う次元。
そうね。まあ、でもやっぱ今の話踏まえても、ポッドキャストのレビューで人の声叩けなくなるのは間違いない気がする。そうだね。てか、あとそうなってほしいし俺。うん。そうだね。だってマジで辛いと思うよ。声が聞きづらいですって言われても、じゃあどうしたらいいんだってなるからね。
そう。なんかそれをしかも善意で伝えてる人いますもん。ああ、これ言うのがいいと思ってね。そう。あなたの番組がもっと良くなると思って言ってる人とか、それ1番ね、キツいじゃないですか。そうですね。あれとかなくなった方がいいとは僕思うんで。あ、加速させたいっす、その流れを。あ、そっか、そっか。そのムーブメントを加速させたいわけですね。
その、あなたの声聞きにくいですよが減ってほしいっすね。聞きやすいですよがいいってなるのは、もうその先の話だから。まずその、あなたの声、話し方聞きづらいですよってレビューをわざわざ書く人を減らしたいかも。うん。そうだね。あ、それいいじゃないですか。
ゆる言語学ラジオのスタンスとして、声聞きづらいとか声が良くないみたいな言説あんまりしないでくださいっていう、我々にじゃなくて世の中全般として。あ、いいんじゃない?新しい主張1個出したよ。うん。そうか。僕が発明したんですか?急にバカになっちゃった。発明した。発明した。いや、いいと思うよ。俺もその通りだなと思ったし、今聞いてて。
うん。なんでそれがいいとされているのかもよくわかんないしね。あなたの声聞きにくいっていうこと?そう。こんなにブスとか言えなくなってる中で、声が聞きにくいが許容されてる。意味わかんないもんな。うん。確かにね。考えたらよくわからんな。なんか声は言っていいみたいになってるな。なってる、なってる。そこ一致させた方がいいよ。なんで生き残ってんだ?声だね。これ面白いな。
美醜の評価みたいなのは、うん、テレビに出てる人、まあ今はいろんな人が出てるけれども、声が良かったり、音声を自由に発声できる、例えば吃音がないとか、構音障害を持ってないとかっていう意味では、まあ話せる人しかテレビでは見ないから、そういう規範意識が補強されてるとか。そうだね。
なんかその話はまたさ、喋り方とか喋りの技術と関連しすぎてしまうから、ちょっと散らかるかなって気するけど、確かに声は概ねいい人の方が多い気するかもね、メディア露出してる人。そうね。練習もしてるでしょうしね、その方は。そうね。発声のね。うん。
いや、さらに議論発散させちゃって申し訳ないけど。させてさせて。前にプロの声優の方に話聞いて、僕声枯れるからプロの発声方法で発声したいんですよって言ったら、それお勧めしませんよって言われて。うん。確かに大きい声出したりとか、いい声にはなるけど、なんか堀元さんって今独自の発声法で発声してる方が個性的な声で面白いから、その方がいいですって言われて、
あ、個性を潰すってことでもあるのかって思ったんですよ。だからある意味では、声は変えられる資源っていう話でもあるのかもしれない。しかもうまくなった後の人って、多分下手に発声できなくなるんじゃないかな。のかもしれないね。
ジャズアーティストが主人公の、あの『BLUE GIANT』っていうね、アニメを見に行った時に、プロのドラマーの方と一緒に見に行ったじゃないですか。登場人物って高校生で、まあ素人なんですよね。で、ただ演じてるのはプロのドラマーとか奏者とかで、プロが下手に叩くっていう、うん、高校生っぽく叩いてるんですよね。
シーンがあったんですけど、見終わった後にドラマーの方が、あの鳴りはおかしいっていう。あのシャーンっていう一発がいい音出すぎてるって言って。あ、そう。俺らってその連続でリズム取れてないなとか気になっちゃってたけど、叩き方がうますぎるっていうのね。そう。僕すごいその話好きで、やっぱうまくなると下手にできなくなるっていうのはありますよね。
うん。だから発声も多分そうだから、声の方が変えられる資源っていうのが事実としてあるのかもしれない。そうですね。だから顔とかに比べると変更しやすい場所ってことか。うん、ってことなんじゃないかな。うーん。
うん。あと堀元さんさ、昔、絵を描くことを仕事にしてる人とさ、飲んだ時もさ、僕と堀元さんでさ、その人の似顔絵を描いて見せた時にさ、堀元さんは美大とかに行かない方がいいって言われてましたよね。あ、そうだっけ?覚えてない。独自の感性すぎて。お、誰が独自の感性や?絵の基礎とかが入ってない状態の絵だったから。あ、その方がいいって。
そう。もうこれは堀元さんにしか描けない、習うと描けなくなるタイプの絵だって言ってた。なるほど。なるほど。気する。僕、鉛筆画描くの好きだったから、堀元さんよりうまく見えるんだけど、個性が多分あんまないタイプだったっていうのはありましたね。
なるほど。だから型にはめない方が自由かもしれないですね。声も絵も、堀元さんは。そうかもしれないですね。独自の感性って褒められてんのかな。本当に馬鹿にされてる気するけどな。いやいやいやいや。
滑舌とかについても同様なのかな。ああ、難しいすね。滑舌って変えようと思って変えれるもん?物によるって感じじゃないかな。例えば側音化構音っていう現象があって、これはかきくけこのキがありますね。これがキじゃなくて、ひっていう音に漏れちゃうみたいなこと。はい。これ口の側面から空気が漏れちゃってるんですよね。
で、これやっぱ口とか歯の形によるものなので。あ、そうです。確かにそれ変えられないかも。これを変えろって言われても結構厳しいけれども、ポッドキャストで側音化構音してる人とかに対して、キの音できてないですよとか書きよるんや。やめ。うーん。あんま良くないね。
サ行とかSの音とかが苦手な方とかいるんですけど、なんかそういう滑舌が悪い人とかにも、結構善意で滑舌できてないですよっていうことあるんだよな。
野田和ずの野良歩きっていうポッドキャストがあるんですよ。はい。これすごい韻を踏んでて気持ちいいポッドキャストタイトルで、僕はすごく好きなんですけど、これの進行を務める原田さんっていう人が毎回言えてなくて、野田の野って毎回なってて。
でもすごいいいなと思ったのは、その原田さん毎回噛むんだけど、噛んだ時にメインパーソナリティの野田さんがちょっと笑っちゃうわけですよ。それに対して、もう俺は噛むからなっていう、笑うなって開き直ってて。おお、いいですね。そのスタンスがいいかもしれないね。うん。うん。
いや、僕もね、誰かのポッドキャスト聞いて噛んでるなって思うことあるけど、ありますね。それわざわざ書くのないわですよね。そう。相手に伝えなくて良くないっていうのをめっちゃ思うんですよね。で、その規範意識は全然共有されてない。で、それが多分、滑舌は努力したら直せるって思ってる人が多いからだと思うんですよね。
そうね。実際直すの難しい方もいますよってことですね。俺らも噛んでる時めっちゃあるしな。そう、ありますよ。なんだっけ?なんか黒島先生ゲスト回かなんかでさ、何々しましょうねって水野さんが言うべきところを、何々しましょうねみたいになって、で、僕はそうでひねて書いてね。ひどすぎるだろ。2人と2人。すごかったよ。あん時連続で噛んでた。
あの、慶應義塾大学全然言えないから。ああ、慶應義塾大学苦手だよね。慶技術大学って言ってた回がありますよ。はい。難しいもんな、慶應義塾大学のてあとね。まずそもそもゆる言語学ラジオが難しい。難しいね。そうだ。俺らポイントいっぱいあるわ。
はい。外部出演とかした時もね、大体ゆる言語学ラジオ、みんな噛んでるから。言えてないですね、みんなね。で、それをわざわざコメント欄とかで指摘する必要ないですもんね。っていうのはね。そう、最近気になるんすよね。うん。
ただこの議論分かるんだけどさ、これやってるともうどんどん言えないこと増えてきてきついぞ。噛んでる時に噛んでますよっていうのって、ちょっと面白いコミュニケーションでもあるから、それ言えなくなるの嫌だってみんな思いそう。それはそうだよね。
で、僕それ考えてたことあったんですけど、哲学者の朱喜哲さんっていう方が、リチャード・ローティっていう哲学者の書いたものを分かりやすく解説した『100分de名著』を読んだ時に、バザールとクラブっていう概念が出てきて。バザールってのは、ざっくり言えば公的な領域で、クラブってのは私的な領域。うん。
まあ、バザールってこういろんなバックグラウンドの人が市場取引とかをしてますよね。で、クラブってのは言うたらバーみたいな場所で。そう、身内ですね。で、このバザールでは、あんたの声聞きづらいよとか、滑舌悪いよとか言っちゃいけないっていう規範があると思うんですけど、クラブではそれは問題ないだろうっていう切り分けがあったんですよね。
僕この話聞いた時に結構びっくりしたのは、哲学の人だからさ、なんか正しいことを言いそうじゃん。分かる、わかる、分かります。差別的なこととか、どんな場所でも言っちゃいけないよとか言いそうだけど。それは例えば徳にもとるんだとか言いそうなのに、クラブでだったら結構まずいことを言っても許されるんちゃうの的な議論があって、これすごい現実的な落としどころだと思う。すごいいいこと言うね。
つまり堀元さんの今の問題提起ってのは、クラブだと思ったらバザールだったってのがまずいって話だと思うんですよね。この場所でこれ言ってもいいだろうってのが、実は私的領域じゃなくて公的領域だった、それがまずいんだって話を僕は今しているので、この概念持ち込めばある程度整理できるのかなって思った。
はい。なんかYouTubeのコメント欄とかにも全く同じこと言えてさ、水野さんが僕に言ってる分にはこの口汚い言葉許されるんだけど、お前が言うなよなみたいな、なんかそういうのありますもんね。お前他人じゃん、俺にってなりますね。あり。うん。
まあ、特にYouTubeとかポッドキャストやってると、こっちは向こうのこと知らないけど、向こうはこっちのことめちゃくちゃ知ってて、すごい向こうはこっちのこと親友だと思ってるみたいなケースがあるから、まあ難しいんですよ。で、そういうのはその距離感を錯覚させる商売と言えるから、難しいんですけど。
え、俺らってクラブとバザールを誤認させることによって生活してんの?生計立ててんの?それで。あ、そう。マジむず。もうほぼ色恋。違う違う。だいぶ違ったよ。違う、バザールクラブ営業です。バザールクラブ営業してるだけなんで、僕らは。
そう。でもこの概念僕結構有用だなと思って。うん。まあ、リベラルな人っていうのが、こういうことは言ってはいけないんだっていう、どの場所で言ってはいけないんだっていう話にあんまりならない。そうだね。で、それが例えばリベラルではない価値観を持ってる人からすると、すごく生きづらく感じると思うんですけど、実はもしかしたらこの2人は、どこまでがバザールでどこまでがクラブかって話をしてたのに、そういう風に議論が見えてないだけなんじゃないかとも思う。
これめっちゃいい概念だな。流行らせたいな。そうですね。ただ僕、あの『100分de名著』で読んだだけなんで、合ってなかった。まずいな。ごめんなさい。それクラブで話した方がいいことかもしんない。これわざわざここでバザールに向かって言ってんのあんま良くないかも。この後だから朱さんが、全然そういう話じゃないかもなってなる可能性もあるよ。
ありますよ。それはなんですか?
開き直ってますね。あの、分かりました。じゃあその一次の話は一旦置いといて。今水野さんから聞いたレベルのバザールとクラブの話、僕普段からめっちゃ意識してることだなって思うんですよ。
うん。うん。
それは、僕、表では言いづらいことを有料で書くマガジンをnoteでやってまして。あれなんか哲学的にダメそう。確かに哲学的にダメそうだな。
いや、これ僕はクラブだと思って書いてるわけですよ。なんですけど、気づいたら読者が8000人いまして、めちゃくちゃバザールになってんですよ、今。で、僕の感覚だと昔の100人ぐらいしか読んでないイメージでむちゃくちゃ攻めたこと書くから、めちゃくちゃ中身リークされて炎上するんですよ。これバザールをクラブだと思っちゃってる失敗ですよね。
あ、そうですね。ゆる言語学ラジオを始めた初期にさ、内容が間違ってますよっていう風に指摘されて、で、こう直していこうってなった時に、当時の堀元さんが自分たちのコンテンツは公共性をそんなに意識しなくていいんじゃないかって言ったことありましたよね。で、そこで僕と確か意見対立したと思うんですけど、あれなんかも多分、堀元さんはまだゆる言語学ラジオをクラブ的なものだと思っていて、僕はもうバザール的なものだと思ってたっていう話ですよね。
ああ、いや、いいわ。このバザールとクラブの話いいぞ。
でも右耳は耳クソで聞こえなかったっす。
そして100分de名著で学んだ概念を喋って。最悪だ。
スト共強すぎるだろ。
最悪だよ。ちょっと是非この後、一次の方も読みましょう。
あ、本当そうだね。100分deじゃなくて。
うん。
いや、俺でも読みたくなったよ。それ聞いて。ちょっと本当はどうやって提唱されてるのかなと。
まず100分de名著から入ってね、是非一次の方も読みたいっすね。
そう。
僕最近、ある思想を持っている友人、まあじゃあそれが資本主義反対だとしましょうか。資本主義反対だっていう思想を持ちながら、やってる行動がすごく資本主義を肯定している行動とか、矛盾…言動が資本主義を肯定してるような言動をする友人がいるんですね。
思想の内容はあくまで例ですけど。で、僕それ見て、どうなんじゃないかって思ってたんですけど、あれももしかしたらバザール領域とクラブ領域の話なのかなと思って。パブリックにはこのような思想の持ち主だって言ってることと、クラブでその思想と矛盾することを言うのって、一見すると言行不一致に見えるけど、場所が違うと最適解が違うって話。
うん。なんかその言い方だとさ、すごいそいつが嫌なやつに思えるじゃん。
はい。
表ではいいこと言ってるんだけど、裏では差別主義者みたいな。でも多分水野さんの言いたいことってそういうことじゃなくてさ、思想信条としては資本主義のこういうとこダメだなと思ってるから、こういうところを改めたいと思っているんだけど、それはそれとして俺は今この瞬間金が欲しい、みたいな。明確に矛盾してるっていうよりはさ、でもそれ言うたら弱音みたいなもんでさ、思想としてはこういうのを持ってるんだけど、でもたまに違うことしたくなるよねっていう、なんか本音みたいなことなのかなって思うんですね。
そうだし、僕は後から気づいたけど、もしかしたらそれは自己開示とか、まあ矛盾してることを言うが故に距離を近づけようとしているとか、そういうために言った本音みたいなのを、お前バザールの時こう言ってたやんけっていう価値観で断罪するのって、なんかこう正しすぎるというか、感じがして。最初はだから、なんだこいつ矛盾してんじゃねえかって思ったんだけど、なんか今そうじゃないかもっていう風に少し揺り戻しが起きているんですよね。
わかります。僕ここ3年ぐらいの個人的テーマが、正しすぎるやつと戦おうっていうので。めっちゃ正しいこと言われた時に、ああ、お前の方が正しいさ、うるせえって怒るっていう。なんかそのスタンス、人間というものが生きていく上で必要なんじゃないかなってちょっと思ってますね。
なるほどなるほど。なんかたまに飲んでる時に水野さん正しすぎるって言いますけど、ああ、戦われてる。
あのね、それはお前もこのスタンスをやれってことを言いたくて。水野さんってね、バザールすぎるのよ。
え、
そう、クラブでも。だから、うわあ、こいつ今バザールだって思った時めっちゃある。
みんながクラブの話でワイワイワイってやってるのに、急に格好つけるみたいなこと?
そう、でもね、それを格好つけるためにやってないのよ、あんたは。
は、
例をやった方が分かりやすいんで言いますと、例えばね、僕とバリューブックスの飯田さんっていう別の人がやっているチャンネルが伸びすぎると、ちょっと悔しい気持ちが心の奥である気がすると。
うん。
だから友達が成功してるのを100%喜べてない自分が嫌だみたいなこと水野さん言ってたけど、それ僕、正しすぎるなと思って。バザールすぎるなと思って。人間ってそういうもんじゃないから。なんだよこいつよ、俺より売れやがってよって3%ぐらい思いながら、97%良かったねって言えたら、それって僕は素晴らしい人間だと思うんですよ。
うん。
それでいいのに、なぜかあなたは100%友人の成功を喜ばなきゃいけないっていうバザール的な価値観をマジで信じちゃってて、クラブでもどこでも持ってるから、それやめた方がいいな。
いいだ。くたばれ。今度は行きすぎてるな。クラブすぎるな。今度はここバザールだし、クラブすぎる。
あ、そっかそっか。
え、でもマジでそうですよ。だからあの水野さんの本、『会話の0.2秒を言語学する』がバカ売れしたのとか僕嬉しいんですよ。あ、よく売れてよかったねと思ってるけど、2%ぐらい、俺より売れんなよてめえって。
思ってる。思ってる。
なんだお前って。
クラブやん。
ちやほやされやがってよって思ってます。
あ、そうなんだ。
うん。TBS CROSS DIG、俺も呼べよって思ってます。
あ、大丈夫です。大丈夫です。僕ディレクターとかじゃないですけど大丈夫です。はい。
お前何の権限もないだろ。
大丈夫ですので。
だから、くそって思いながら、TBS CROSS DIGのすげえ再生されてる水野さんの動画見て、あんまり面白くなくて安心しています。よし、爪痕残してないな、こいつ。当たり障りないこと言って帰ってきたなって。
なんだよお前。
うるせえな。
ちょっと言葉遣いを汚くしろって言ってるわけじゃないから。
あ、そっか、そっか。違う。俺ちょっとまだ、じゃあ俺バザール・クラブ感をインストールできてないから。
あ、そう。水野さんはバザールすぎるなって思うこと結構ありますよ。バザールすぎる。バザールすぎる。マジで。
え、そんな言い方あんの?
いや、本当に本当に、そこちょっとなんとかした方がいいかなというか。
いや、だから俺そのバザール・クラブ式で生きてなかったから、それを読んでびっくりしたけど、僕じゃない人が読んだら、え、当たり前のことだなってなるってこと?
あ、俺がやってたことってそういう話だったんだってなると思う。
あ、そうなんだ。
今日名前がついて、みんな納得した気しますよ。
そうですよ。100分de名著知識。これが。
読んできてくれ。哲学書の本の方読んできてくれ。
これがやっぱりあのね、分かりやすく解説されてましたよ。
でもね、100分de名著助かるんだよな。
あ、そういうことだったんだってなるよね。
なる。ちゃんと皆さんも原典当たりましょうね。
はい。ダメですよ。こういうバザールで100分de名著で読んだ知識を元に喋るってダメですよ。分かってます?やっちゃダメですからね。
ましてや、これを聞いたあなたがね、こういうことらしいぜって喋ってくと、どんどん薄まってきますから気をつけてくださいね。
どっかで一次に当たりましょう、ぜひ。
そうです。はい。
ということで今回は雑談ということで、今、美醜を公の場で言及することは問題とされてるけれども、声について良いとか悪いとかっていうことについてはあまり問題にされないっていう問題提起をして、それを元にあれこれ議論して、挙句最終的にはリチャード・ローティが提唱するクラブとバザールっていう概念を使うと説明できるんじゃないか。で、僕は右耳に耳クソがでかすぎて聞こえなかったんじゃないかって話かもしれん。もしかしたら、なんで導入それにしたんだっていう疑問が出てきましたね。
やっぱ引きのあることを冒頭で言った方がいいかなって思ったので。
面白かったですけどね。
はい。っていう話をしてまいりました。皆さんも多分色々思ったことあるんじゃないかと思いますので。
っていうかさ、その話踏まえるとさ、俺冒頭で散々さ、お前気持ち悪いなとか、耳クソそんなたまんの汚ねえなとか言ったけど、体質でたまりやすい人ってそれ変えられないから、そう言っちゃいけなかったかもしれないね。
そうですね。クラブでだったら言っていいかもしれないですけど。
そうだね。バザールで言うべきじゃなかったかもしれない。
僕今傷ついた。
嘘つけ。お前嬉々として喋ってたぞ。自分の耳クソの話。
そうですね。
左耳のロッキーがテクテクテクって歩いたりしてますから。
それ気にしてるやつの例えじゃないもんね。
うん。そうですね。まあだから、もしかしたら皆さんも明日からの行動理念にね、活かせる話だったかもしんないですね。
そう。思ったことある方、是非コメントしてほしいですね。
あとね、僕比較的多分思想はリベラル寄りだと思うんですけど、そういう理想があるということと、それに反することを言ってはいけないっていうのは別で。
うん。
じゃあ例えば、選択的夫婦別姓あった方がいいよねって僕は例えば思ってますけど、言うたらリベラルの思想って全体的に、それに反対する思想の持ち主からすると生きづらくなる思想だと思うんですよね。
ああ、そうそうそう。わかるわかる。
例えば今自分が持ってる地位が脅かされる可能性があるんじゃないかとか、今まで自分が暮らしてた社会が大きく変わって生きづらくなるんじゃないかっていう恐れがあるから、なんかその正しさで殴ってくる思想みたいに捉えられがちだけど、別に私的な空間でそういう話をしてる分には僕はそんなに問題ないと思うので、その辺なんかもちょっと僕は100分de名著を読んで感じました。
すごい。さすが。100分de名著を読んできたやつは重みが違いますね。
そうなんですよ。テレビ版も見ずに本の方だけ読んで習得したい。
はい。
テレビ版結構みんなね、気楽に見ますけどね。水野さん本読む方が楽だからね。皆さんもね、今回の動画、40分で100分de名著を見てどう思ったか教えていただけると大変ためになりますので、どしどしコメント寄せてください。
以上にしましょう。ありがとうございました。
はい、ありがとうございました。
堀元さん、うまく話せなくて悩むことってありません?
よくあります。
そんな悩みを抱える方にぴったりな本を書きました。
ほう。
タイトルは『会話の0.2秒を言語学する』。会話のわずかな間にフォーカスした1冊です。是非皆さん買ってください。
記事公開
