「あの村」の副村長と7年半ぶりに再会し、村作りの失敗と決裂の理由を確かめる
ゆる言語学ラジオ堀元見はかつて千葉で「月額会員制村作りサービス」を運営していた。サービス名は「あの村」である。ゆる言語学ラジオの5年間でこの話は何度も断片的に出てきたが、体系的に語ったことは一度もなかった。今回のイベントでは、当時の相方だった副村長ナナシロをゲストに招き、7年半越しの答え合わせをする。二人は喧嘩別れに近い形で離れ、それ以来会っていなかった。
進行は水野太貴が務める。企画の段取りも普通ではない。当日の楽屋は分けられ、堀元は事前打ち合わせに一切出ていない。水野だけがナナシロと話し、どんな話をすれば盛り上がるかを相談して台本を組んだ。堀元は「自分を知り尽くした現相方がキュレーションする、元相方との対談」と説明する。楽屋で水野に何を話すのか聞き出そうとしたところ、「反論したくなったらしてください」とだけ言われ、喧嘩をさせようとしているのではないかと怖くなったという。
イベントは二部構成で、後半はナナシロが退場したあと、堀元と水野の二人で「村作りが実はゆる言語学ラジオにつながっていた」という話をすると予告された。今回の字幕に収められているのは前半の対談部分である。
副村長ナナシロの現在
ナナシロは現在、ホラー系のYouTubeチャンネル「七四六家」を運営している。堀元は「村を作って喧嘩して、最終的にお互いYouTuberになった」とまとめた。7年半ぶりの再会は、ぎこちない挨拶から始まった。
2泊3日で家を建てるワークショップ
最初に映されたのは、ナナシロが初めて参加したワークショップの写真である。2泊3日で家を建てる予定だったが、ナナシロは穴掘りに夢中になり、本来の作業を放置していた。最終日の写真に写っているのは、完成にはほど遠い骨組みだった。
後日、家作りをやり直すワークショップを開いたが、最初の回で作った部分はひとつも使われなかった。最初は村の敷地の竹など、その場で調達した材料で家を作ろうとしていた。竹でも家は建つだろうと考えていたが、床のクッション性などに問題があった。結局それらは全部捨て、ホームセンターで木材を買ってきた。
ここで二人が口をそろえたのが「平らなものはすごい」という実感である。自然界に平らなものはなく、既製品の木材は置くだけで成り立つ。堀元によれば、家作りでいちばん大変なのは木を組む工程ではなく、その下の地面を平らにする工程だった。もう一人のメンバーであるゴリは水平器を手放さずに地面をならし続け、「気づけば俺、水平のことばっかり考えてる」という言葉を残した。
村では燃料をすべて竹でまかなっていた。夜に外を歩くときは竹を燃やした松明のようなもので明かりを取っていたという。
屋根も外壁もない家で暮らし始める
家は「無事に完成した」と堀元は言う。ただ写真を見ると、外壁はなく、屋根も上に防水のシートを1枚敷いただけだった。雨漏りもしていた。堀元の説明では、ポタポタ垂れてくると暮らせないが、雨が降ると上がじわりと茶色くなる程度なら暮らせる。その状態で住み始めた。
村のものだけで生きる3日間のサバイバル
住み始めて1日目か2日目の翌日から、村にあるものだけを食べて生き延びる3日間のサバイバル生活に挑戦し、Facebookでライブ配信した。そのときの皿には、そのへんに生えていた食べられる草(主力はオオバコ)、炒めたタケノコ、タンパク質源としてサワガニの素揚げと佃煮が載っていた。村に住んでいた頃は中盤から慣れてきて適当に草を食べるようになり、原因不明のじんましんが出て、どうやら毒があったらしいと分かることもあったという。
水野が「これでお腹は膨れるのか、消費カロリーと釣り合うのか」と指摘すると、堀元は「クリティカルな指摘だ」と認めた。ライブ配信の冒頭、ナナシロは元気だったが、堀元はまったく声が出ていなかった。二人の振り返りでは、タンパク質も糖質も足りず、力仕事で消費カロリーは多かった。
ルールでは、食材は村で採れたものに限るが、調味料は使ってよいことにしていた。堀元はルールの範囲内だと考えて砂糖を食べ続けたが、体調は良くならなかった。結局いったん断念して東京の家に帰った。山を下りるだけで30分弱かかったという。
崩落した道と軽トラの脱輪
村の入り口の道は崩落していた。自治体の看板に「崩落しております」と書かれた道を、大きなエスティマで通っていた。二人は「毎日が死と隣り合わせだった」と振り返る。
その道で軽トラックが脱輪する事件が起きた。プロに頼む前に、自分たちで引き上げようとした。近くの木にフックを掛け、手動の滑車の力で少しずつ引っ張る方法である。ところが支えにしていた木が折れ、その反動で飛んできたものがナナシロの足に当たり、大けがを負った。
最終的には、土木作業用の小型重機2台をチャーターし、左右から引っ張って立て直した。大型の重機が入れない場所だったためである。重機2台のレンタル料に、オペレーター2人と監督1人の人件費が加わり、費用は約15万円になった。その軽トラは友人から15万円で買ったもので、水野は「捨てた方がよかったのでは」と突っ込んだ。
ヤギの死とナナシロの離脱
村では「白身」という名前のヤギを飼っていた。村のアイドルのような存在で、みんなでかわいがっていた。このヤギが死んだあと、堀元の言葉では、ナナシロは「ぶち切れていなくなった」。堀元は「ヤギと副村長を同時に失った」と語る。
その後の村と、森に戻りつつある現在
ナナシロの離脱後も、堀元はさらに9か月ほどサービスを続けた。丸1年住んだ頃の写真では、ブランコが作られ、小屋には外壁と屋根ができ、奥には別の物置小屋が建っている。土地も奥まで開拓され、竹で囲った炊事場や焚き火場もあった。水野は「人間が定住を始めた感じ」と評した。堀元自身は、千葉の鴨川市でコミューンを作っている怪しい団体のように見えると冗談を言った。
堀元は最終的に事業売却を呼びかけた。これに応じたのが、クラウドファンディングサービスCAMPFIREなどを立ち上げたことで知られる連続起業家である。堀元によれば、その人物がノリで買い、村はそのまま放置された。7年半が経った現在の写真では、村は森に戻りつつある。
ゆる民俗学ラジオの黒川が最近この地へフィールドワークに行っている。堀元によれば、黒川は「感動した」「ここにはかつて村を作ろうとした人たちの息吹がある」といった感想を述べていた。
副村長が離脱した本当の理由
ここから水野の司会で本題に入る。ナナシロは村のオープンから3か月後に離脱した。水野はまず堀元に、その理由をどう考えているかを尋ねた。
堀元の認識は、村暮らしはストレスが多く、最終的にかわいがっていたヤギの死が引き金になって嫌になった、というものだった。ナナシロは「そういう面もあるけど」と答えつつ、決定的な理由ではないと否定した。ヤギの死や電気の確保の大変さといった環境面が原因だという堀元の見方に対して、ナナシロは「いや、お前やろ」と返した。堀元は思い当たることがまったくないと戸惑った。ナナシロは、当時それなりに書いて伝えたつもりだったと言う。
ナナシロが挙げた一番の理由は、堀元が出来事をすぐ物語にして世の中に発表し、「大変だったんですよ」と演出することだった。一緒に元気にやっていた頃はあまり気にしていなかった。ただ、二人には明確に違う点があった。ナナシロは人に対して感情的になりやすいタイプで、その立場から見ると、堀元には人へのリスペクトがないと感じられたという。
当時から堀元の文章はそれなりに読まれていて、ノートなどがナナシロのもとにも回ってきた。そこでナナシロは村を崩壊させた人のように扱われていた。「主力メンバーが抜けて自分も大変だった」と、堀元自身の視点ですべてが書かれ、ナナシロには何の連絡もないまま公開されていたように見えた。ゴリについても同じだったとナナシロは言う。
この話を受けて堀元は、自分で企画しておきながら「帰りたくなってきた」と漏らした。
「なぜ今日、電話一本もなく呼んだのか」
ナナシロの指摘は今回のイベントにも及んだ。「元パートナーを振り返る」という触れ込みなのに、それなら電話の一本くらいくれてもいいのではないか。堀元は、この場で再会したらエモいと思ったと答えた。ナナシロはそれを「演出至上主義」と呼んだ。面白いことや夢は語るのに、「しんどい」とは言わない人だという。
堀元はこれを「クリティカルな指摘」と認め、今もそうだと言った。水野が「本当のところで心を許していなかったのか」と聞くと、堀元は「そうかも」と答え、人に心を許すのが苦手だと明かした。水野も、それはナナシロに限った話ではなく自分に対しても同じで、堀元は本心を出さなすぎて本心が分からないと付け加えた。
ナナシロはさらに具体的な場面を挙げた。毎週ミーティングをして少しずつメンバーが増え、ファンもいた時期には、二人で手分けしてみんなを送迎していた。堀元はそれを「青春だった」と語る。しかしナナシロが異論を出すと、堀元は「ナナシロさんの意見分かりました」と受け流すだけだった。青春だったと言うのなら、なぜ正面からぶつかり合わなかったのか、というのがナナシロの不満である。
言い返しと、ブーメラン
堀元は「せっかくなので言い返す」と反撃に出た。サッカー部出身の人間は、激論を交わして胸ぐらをつかむことが良いと思っている。手があるのにわざわざ足でボールを扱うようなものだ、と冗談まじりに言った。
ところが話すうちに、その言葉が自分に跳ね返ってくると堀元自身が気づく。そこで堀元は、ナナシロもつらいところを自分に見せていなかったのではないか、と問い返した。これに対して「それは悪かったよ」「分かる、その通りです」という言葉が交わされ、双方が非を認め合う形になった。前半の対談はここで終わり、ナナシロは拍手の中で退場した。
最初のモキュメンタリーホラーみたいなPV、皆さんに見ていただいたと思うんですけど、あれが今回の趣旨となっておりまして、僕は昔千葉で月額会員制村作りサービスをやってたんですよね。はい。この話、今までのゆる言語学ラジオで5年間散々振ってきた。うん。それは全て今日のための伏線だったんです。そうなの?まあ、全然違いますけども。ですよね。適当なこと言べてください。
で、ただこれ断片的にいっぱい出てくるだけで、体系的にまとめて喋ったこと1回もないんですよね。うん。まあ、誰も知りたがってなさそうです。いやいやいや、知りたいですよね、皆さんね。ありがとうございます。そうなんだ。良かった。いや、そう。エゴサしたらマジでそれ言ってる人いっぱいいて、「え、あの村作りの話を深掘りするの?じゃあ買うしかないじゃん」って。怖すぎ。めっちゃみんなチケット買ってくれてましたね。そうかな。
そして本日ゲストを呼びまして、前半は、僕がやってたその村作りサービス、「あの村」って言うんですけど、このあの村の副村長、うん。つまり僕の当時の相方をゲストに呼んでおりまして、はい。その方と一緒にじっくりあの時の話をしていく。うん。そして7年半越しだからこそ聞ける「あの時のあれ何だったんですか」という答え合わせ。うん。これをする機会になっております。
後でね、詳しく話すと思いますけど、険悪な感じで終わったというか。まあ、そうですね。喧嘩別れに近い形だったと思います。なんですよね。で、それ以降会っていないんですよね。はい。そうですね。だから副村長と僕、本当に今日7年半ぶりにマジでここで再会します。本日楽屋も分けてもらいました。うん。
ありがとうございます。で、もちろんですが事前打ち合わせも僕は一切出ずですね、水野さんだけが副村長と喋って、どんな話したら盛り上がるかなっていうことを散々喋ってもらって、構成しました。台本を構成してくれたんですよね。はい。だから、まあ言うたら、僕のことを知り尽くした現相方がキュレーションする元相方との対談。うん。それがこの前半で見られるということですね。
はい。私はなので司会をね、主にやって、2人でじっくり話してもらうと思いますけど、どんな話が出てくるか。これマジで怖いんすよ。なんかね、今楽屋で一応水野さんに「どんなこと話すの」って頑張って喋らせようとしたら、「まあ、あの、反論したくなったらしてください」って言われて、え、なんかめっちゃ喧嘩させようとしてない、この人っていう怖さがあります。本当にホラーイベントになるかもしれませんね。今日死人が出るかもしれない。
で、後半ではですね、その副村長に退場してもらって、僕と水野さんだけで、実はこの村作りがゆる言語学ラジオに繋がっていたんだという話をしようと。今回僕も台本構成してて気づいたという事実がありますので、そのお話をしていこうという風に思っております。はい。なんでまずはね、ここから前半ですね。はい。じゃ、水野さんお願いします。
司会の席に移りますね。あ、そっち行くんだ。うん。え、不安、不安。多分ここに来るわけですよね、副村長。あ、そうですね。そこに来ていただいて。うお。え、なんかめっちゃ手汗出てきた。あと揉めても僕は関係ないんで。え、関係ある?2人でやって。お前が止めてくれよ。
それでは、あの村の元副村長のナナシロさんです。お願いします。うお、懐かしい。うわあ。お久しぶりです。お久しぶりです。本当にお久しぶり。本当に7年半ぶりですね。こんな顔やったっけって感じのね。うん。レベルですけど。元気でした?まあ、元気には。会話下手すぎ。ぎこちな。
いや、ここの距離全然やれる距離やなっていう。あ、やばい、やばい。殺そうとしてる。思ってるんですけど。これ許可もらってるってことで、俺。一応大丈夫です。会場からはOK出て。じゃ、何があった?殺しのライセンスないんですよね。はい。
紹介しとくとナナシロさん。はい。ナナシロと申します。で、今は七代やっていうね。七四六家ですね。あ、七四六家か。ごめんなさい。一発殴っていい?あの、七四六家っていうね、ホラー系のYouTubeをやられている。だからYouTuberなんですよ、結局彼も。あ、そうです。YouTuberです。だから、村作ってて喧嘩して、なんか最終的にお互いYouTuberになってるっていうような状態ですね。はい。
まあ、じゃあちょっと、あの、あの村の事業の話を振り返りましょうか。これ、あの、ナナシロさんです。うん。あ、見た目変わりすぎ。同じ人です。だいぶ見た目変わっちゃった。これナナシロさんが初めて来てくれたワークショップですね。そうだね。何のワークショップですか?これはですね、2泊3日で家を建てるワークショップだったと思いますね。みんなで家建てようって言ってたんですけど、ナナシロさん、なんか穴掘るのが面白くなっちゃって。穴掘って無視してましたね。
え、ナナシロさん、次の写真行ってもらうと、当時の高級空です。ああ、いいです、これ。やってたね。なんかこう、松明みたいな感じ。そう。これはね、今日あの村の話をする上で重要情報なんで皆さん覚えといて欲しいですけど、あの村での燃料は竹ですと。全然重要じゃないと思います。基本的に全てのものは竹を燃やして行われる。夜の明かりとかも、じゃあこれですか?あ、そう、そう。だから外散歩する時とかはこれで。そうそうそう。
あ、これナナシロさんと一緒にやったワークショップ。これいい写真ですよね、めっちゃ。ね。あの、2泊3日で家を建てるワークショップで、本当は2泊3日で完成する予定だったんですけど、これ2泊3日の最終形。あ、そうだったわ。おい。穴掘るから。穴ばっか掘るから。穴掘った。そうだわ。確かに。ここまでで、ナナシロさん、なんかやり切ったみたいな顔してんですか?穴掘ったから。
もちろん続きもやったんですよ。うん。続きもリベンジして家建てるぞって言ってるワークショップが次の写真ですね。うん。手前のやつ1個も生かしてないっていう。あの、ナナシロさんと一緒に作った部分が何も生かされてないです。なのにね。あれ、そうだ。あの、これ竹なんですよ。竹で家作ろうと試行錯誤した結果、もう1回、ごめんなさい、1枚進めてください。木です。
え、あのグランドビジョンを見てた人は誰なんですか?まだいないです。いない。ビジョナリー不在の状態で。いや、竹で行けるやろって思った。竹で家なんか作れるか。あの床、最悪だろうね。クッション性な。いや、そうなんですよ。さっき見せたのはその辺の竹林から全部切ってきた、あの村で全て調達したやつなんですよ。で、それ1回全部捨てまして、で、この木、なんとですね、ホームセンターで買ってきたやつ。そうね。
これがすごいんだ。うん。いや、もう平らって。そう。すごいよ。これね、村作ったやつしか言えない経験。マジで、あるだけで、もう置いただけで成り立つ。平らってすごいですよね。平らってすごい。平らなことないですもん、自然界。ないないない。いや、本当にそれは。
ちなみに言うとあれですよ。この家作るワークショップも、木を組み合わせるとこが1番大変な工程じゃなくて、その下の地面を平らにする工程が一番大変ですからね。そう、そう、そう。この下を平らにするのに一生かかってますからね。ずっと平らと戦ってたんで。そう。これは僕でもナナシロさんでもない、ゴリっていう他のもう1人のメンバーがいたんです。この日陰にいるやつ。あいつが残した名言で、「気づけば俺、水平のことばっかり考えてる」。何それ?水平器ずっと持ってたもん。そう。ずっと水平器で水平にしようと頑張って。
そう。まあ、みたいな経験を経て、でもこの家は無事に完成したんですよ。うん。これ、あ、ナナシロさんね。完成したの?これ。確かに。これ、あの外壁がまだない状態。屋根もなければ外壁もない。屋根もないんだ、これ。屋根もない。あ、まあ、あるけどね。あの、上に一応1枚ある。上に一応防水のものが敷いてはある。ギリギリ暮らせるぐらい。あ、じゃ、雨でも耐えられる。一応。耐えてたか。まあね、あの、雨漏りしてたんですけど。雨漏りしてました。耐えてないじゃん。
雨漏りでもほら、雨漏りでちょっとなら暮らせるからさ。ポタポタとかだったら暮らせないけど、その雨降ると上がじんわり茶色くなるなぐらいだったら暮らせるから。まあ、それぐらい、それぐらいまでは行ってた。そう。だからこの状態で住み始めたんですよ。そうだね。
だから、これね、多分住み始めてマジで1日目とか2日目。この翌日からのチャレンジが、村にあるものだけを食べて生き残る。そう。サバイバル。サバイバル生活っていう。3日間かな。そう、そう、そう。やるっていう話だったから、Facebookでライブ配信をしていて、食べてたものが次のスライドですね。はい。あったね。これどういう顔なんだっていう。確かにどういう顔?何ですか、この皿に乗ってるの。
あ、見えますでしょうか?これね。うん。あの、その辺に生えてた草、え、がまず、あの、右側の緑。大丈夫ですか?あの、食べられるやつです、一応。あ、でもちなみに言うと、あの村に住んでた頃は中盤からだいぶ慣れてきて、適当にその辺の草食ってたから、うん。途中で謎のじんましんとかよく出て。ああ、なんかね、あったりとかした。どうやら毒あったらしいなとか。そういうことありましたけど、まあ、これは多分オオバコ。これオオバコだね。オオバコが1番手頃で取れるやつ。主力で。我々の主力でしたよね。そう。
炒めたものは何ですか?これ炒めたのはね、多分たけのこ。あ、たけのこだね。あ、たけのこですね。そうだね。あれ、なんか野菜しかないな。たけのこで。肉、タンパク質がね、もちろん大事ですから。それがこの左下にございます、サワガニ。ああ。サワガニを揚げにしたやつと、あと佃煮にしたやつ。ああ。お腹膨れます?これ。よく気づいたな。消費カロリーと。それはクリティカルな指摘だね。まあ、当然でしね。
グロッキーすぎるでしょ。あの、すごいよ、これ。ライブ配信の動画をスクショしてきたんですけど、ライブ配信の顔じゃないぜ。プロ意識がない。ないじゃない。ライブ配信の冒頭から僕全く声出てなくて。へえ。ナナシロさんめっちゃ元気なんすよ。元気やった。はい。「じゃあ、本日もライブ配信始めます」みたいなこと言ってんですけど、僕は死にそうな声出してて。これだから栄養失調起こしてたんじゃねえか。そうだね。当たり前みたいに言わないで。
なんかね、やっぱタンパク質がないのと、あと消費カロリーが多いでしょ、そもそも。そう、そう。すごく決まってるから。そう、消費カロリーも多いし、糖質も足りなかったですね、あの時ね。このサバイバル生活のルールは、調味料はオッケーにしたんですよね。調味料は使ってよくて、食材は取れたものしかダメっていうルールにしてたから、僕はあれルールの範囲内だと思って砂糖を食べ続け。やっとったわ。あ、お前。これはさすがに大丈夫だ。もう限界じゃ、食べて体調良くなるかなと思ったらこうなりました。
あの、一旦断念して僕東京の家に帰りましたもん。さすがにやばそう。ちょっと体調悪すぎて。本当にね、真っ白や。ああ。山降りるのに一苦労なんですよ。山降りるのに30分ぐらいかかりましたよ。30分弱ぐらい。しかもあの村の入り口のところさ、崩落したやん。あ、そうそう。道が崩落してるから。崩落した道をクソでけえエスティマで通ってた。危な。死にかけてる。うん。いつもそうな、毎日が死と隣り合わせでした。本当に。うん。緊張感あるね。
そうなんですよ。あの、地方自治体が見放した道だったんですよ、そこ。そう。もう本当に。え、そんな道あんの?だから看板に「崩落しております」って。行くな。そんなとこに普通。崩落しておる道ある?確かにね。普通、崩落しておらないもんね。そうなんですよ。直してほしいなってずっと思い続けてましたね、あの時期。そう。なるほどね。
そう。まあ、みたいな道をね、ずっと通り続けてたんですけど、その結果こういうことになります。次のページ。あったね。これね、軽トラ脱輪事件ね。ありましたね。これやばかったですね。え、どうやって戻すの?これを。重機2台で左右から引っ張ってなんとか立て直した。うん。じゃあこれ重機もさ、でっかいの入れないとこだったじゃん。そう。土木作業用のちっちゃい重機2台をチャーターしてきて、その2台で引っ張り上げてもらうっていうややこしいことをやったんですよ。やってましたね。
高くつきそうだね。そう。だからその結果、重機2台のレンタル料とオペレーター2人分、あとあれか、監督するやつ1人いるから3人分の人件費が乗りまして、15万円ぐらい。ええ。飛んだね。かけて引き上げたんですよ。結構きついね。え、ちなみに言うとこの軽トラ、友達から安く買ったやつで、15万で買ったやつです。捨てた方が良かったじゃない。そうだね。もはやね。
ここで1個補足情報言っとくと、プロの手を借りる前に我々だけで引き上げられるんじゃないかと思って、近くの木にフックをかけて、で、その木、手動ね、使ってね。分かりますか、皆さん。こうギコギコギコってやると滑車の力で、あの、だんだん引っ張る力を、うん。引っ張り上げられるんじゃないかなってやったら、支えてた木がぶち折れて。そうですね。で、あの、その反動で飛んできたウチがナナシロさんの足に当たり。そうですね。大負傷したっていう。ありましたね。あれ大事件でしたね。すごかったな。大事故でしたね。
いいこと全然ないな。そうなんですよ。そうなんですよ。いいことなかったな。あの、俺共感してあげたわけじゃないから乗ってこないでください。分かってくれる水野君、嬉しい。早く次のスライド。
ヤギですね、これ。ああ、かわいい。村で飼ってた白身っていう名前のヤギでね、村のアイドル的存在で、めっちゃみんなで可愛がってたんですけどね。うん。まあ、ちょっと色々あって亡くなってしまい。これが悲しい事件でしたね。ね。で、あの、このヤギが亡くなった結果ですね、ナナシロさんがぶち切れていなくなり、飛びましたね。え、というようなことがあって、僕はヤギとナナシロを同時に失ったんで。そうですね。本当に同時になったね。うん。あれ悲しかったですね。
ナナシロさんが離脱した後、さらに9ヶ月ぐらいこの村をずっと続けてたわけですよ。で、サービスとして続けた結果、結構その後開発されまして、次のスライドをお願いします。あ、それ、それ。何これ?ブランコ。これブランコを作って遊んでるとこなんですけど、なんかあの、ちょっと麻原彰晃さんが浮き。確かに。本当だと感じてしまいましたけども。千葉の鴨川市でコミューンを作ってる、だいぶやばい団体ですね。ね。
でも、まあ、あの、これ何が言いたいかと言うと、さっき見てもらった小屋もちゃんと外壁も増えてるし、屋根もできてるし、あとね、分かりにくいんですけど、その奥に1個また物置小屋が別に建ってるんですよ。うん。はい。とか、あの、土地がかなり奥の方に開拓されているなみたいなことも、なんとなくこの写真から分かる。本当になんか人間が定住を始めた感じ。あ、そう、そう、そう。だからこれはもう本当に、あの、丸1年住んだ後だから結構開拓されてますね。これがあの、キッチン兼焚き火場みたいな、集まる場所とかもあった。うん。一丁前になんかこう、竹をね、こう塀みたいな感じで。そう。一丁前にっていうのやめて。
え、ちなみにこちらはですね、「事業売却します、誰か買ってください」ってこと言った結果ですね、連続起業家の家入さん。そうだね。CAMPFIRE、クラウドファンディングサービスなどを立ち上げたことで有名な家入さんがノリで買い、全部放置されて、今7年半経った結果、こちらです。次のスライド。森になりました。森に今着々と戻りつつありますね。
これ、あの、ゆる民俗学ラジオのね、黒川君がこないだ「フィールドワーク行きます」って言って。もはや民俗学の対象になってる。怪異だと思われてる。どうだったんですか?黒川君、満足げであったんですか?あ、でもね、そう、黒川君は「いや、なんか感動しました。ここにはかつて村を作ろうとした人たちの息吹があります」、そんなようなことを言ってましたね。でもそうだよな。普通に感動すると思う。俺も行っても感動すると思うよ、多分。ね。そうだよね。うん。人間が生きた証が残ってます。僕とかナナシロさんのね、血と汗がここに染みついているなと。うん。
じゃあちょっとこっから僕の方で引き取って司会していきたいんですけど、まずちょっと最初に聞きたいのは、堀元さんは、ナナシロさんがその村をオープンしてから3ヶ月後にこう出ていっちゃったわけですけど、あの村から離脱した理由って何だと思っているのかをちょっと聞きたいんですけど。まあ、だから村暮らしストレス多かったですからね。最終的に可愛がってたヤギの死が引き金になって嫌になったんじゃないですか。どうです?うーん。まあ、そういう面もあるけどって感じかな。あれ?うん。だからクリティカルではないと。じゃないね、全然。あれ?俺そう思ってたけどな。そうなんですよ。そこすれ違ってる風に思ってたんだねっていう感じだね。うん。
え、なんか怖、なんかむっちゃ怖いぞ。心外ですよね、なんかね。うん。何?何?堀元はそのヤギが死んだことが決定打だと思ってたん?うん。え、原因は他にはないと思って?なんか怖いんだけど。なんかめっちゃ怖いんだけど。そうなんですか。怖い。まあ、だからそのあれはありますよね。あ、いや、でもそれも違うわ。えっと、ごめんなさい。今や、大筋としてナナシロさんは、まあ、村での生活のストレス色々あったよねっていうこと、そのヤギ死んだのが決定打だと僕は思ってました。うん。で、怖いな。へえ。
なんかこえ。堀元自身は何もない?それは。いやいや、そのね。いやいや、おかしいおかしい。あれ、何?何?いや、なんかね、これ別にしろとか言わないけど、ヤギが死にましたとか、その電気がなかなか大変でとか、そういう環境面だと思って?そうだろ。いやいやいや。え、違うもん。いや、お前やろ。え、怖ええ。それちょっと俺。いや、あ、あと結構書いたつもりだったけどね。てか書いてた、ここでも言ってた気がするけどね。全く思い当たらない、そういうの。
まあ、これあれか。うわあ、記憶の扉開いてるかも。開いてきた。記憶の扉開くかも。これあれじゃないですか?だからゴリ君がいなくなったぐらいの時期じゃない?あ、もちろんそういうのもあるけど、1番はそれを物語として世の中に発表して、「大変だったんですよ」みたいな演出するやん。する。そう、すぐするやん。する。
で、私はそのね、元気だった時とか一緒にやってた時はあんまり気にしてなかったんよ。ただ私とも明確に性格違うなっていうとこが1個あって、それがその、私はどっちかっていうと人間に対して結構感情的になりやすい。うん。まあ、冷静じゃないね、正直。ここ2人と比べたら全然多分タイプが違うんだけど、すごくこう感情的になりやすいとこがあるから、あんまり人に対してリスペクトとか、はい。ないな、この人。お、すごいすごい。で、それを感じちゃうのよ。
流れてくるやっぱ、当時から。まあ、今のねじゃないけど、当時もまあ、そこそこやっぱ見られてはいたので、noteとか回ってくるんですよ。うん。で、あの村を崩壊させた人みたいな感じの扱いやったり、なんか「俺も大変だったのに主力メンバー抜けてめっちゃ大変でしたわ」みたいな、自分の視点でもの全部書いて、こっちに別に何のアクセスもなく、なんかただ垂れ流して「おい次」みたいな感じに行ってる感じに見えた。うん。そう。ゴリのこともそう。
ちょっと今日やめます。ええ、自分で企画しといて。ちょ、これやろうぜって言い出したの僕なんですけど、ちょっと嫌かも。帰りたくなってきたかも。いやいや、しかも今日もなんで呼んだんって感じ、もはや。はい。そうだって、「当時のパートナー振り返る」みたいなね、「水野の前のパートナーでした」みたいな触れ込みやってるけどさ、電話の1本ぐらいくれてもいいじゃん、だったらって思うよ。いや、最初の段階で、ここで再会したらエモいかなって思った。
え、誰じゃ、演出?演出至上主義なんで、この人。面白さとか夢とか、なんかそれは語るのに、うん。「なんかいや、しんどいんすよね」って言わないやん。それはね、クリティカルな指摘だね。それ今もそうだもん、俺。だから本当のところで心を許してなかったってことなんですか?そうかも。ああ。僕、心許すの苦手なんですよね、人に。
あ、ちょっとなんか開けちゃいけない。責任持てよ。お前が開けてるんだから。ちょ、仕事し始めるのやめて。メール返すのやめてね。別に堀元さんに限った話ではないです。水野さんもそうですからね。あ、そうだ。僕、傍観者みたいに言ってるけど僕もそうっす。てか、あと本心がわからんね。あいつ本心出さなすぎて本心なくなったんす。あの、面白くないんでもういいです。
毎週ミーティングしてて、少しずつメンバー増えてたし、ファンだった時だってちょっと2人でとりあえず手分けしてみんな送ろうぜみたいな。そう。あれ青春だったな。って言うじゃん。うん。え、何?青春だったなの感じでさ、殴り合わないのか、お前は。ああ、いやな。なんかそう、青春だったなっていうのに、なんかいざこっちが「いや、これもさ」みたいな感じだったりすると、「あ、ナナシロさんの意見分かりました。はい」みたいな。
これはね、僕ね、ちょっとせっかくなんで言い返しますけど、これだからサッカー部のやつダメなんだ。いや、まあ、サッカー部だけど。やっぱサッカー部のやつって激論交わして「お、ふざけんなよ」つって胸ぐら掴むことがいいと思ってるじゃないですか。バカだから。でも手も使わずに、手ほんとあるのに手使わずに足でやる。バカですよね。その二足歩行になった意味が。それ言った。さっきすげえ怒涛の勢いで喋ってたけど。うん。言ってないわ。でしょ。そうだよね。
いや、でもね、ちょっとね、これ喋りながらだんだんと自分に全部ブーメランで帰ってきて。ナナシロさんもナナシロさんで辛いところ僕に見せてなくないですか?でも総じて言ったら、はい。そう。次々入れ替わる目まぐるしい攻守交代です。それは悪かったよ、俺が。ああ、お前がどした。いやいやいや。うん。いや、分かる、分かる。そう、その通りです。じゃあいいですか?本当に。気持ちね。ありがとうございました。本当にありがとうございました。
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