父の離婚と再婚で8人きょうだいの長女に 北大博士課程で「エロ漫画の読者」を研究する吉行ゆきのの半生

YouTubeで開く ↗
概要

「変態文学大学生」の肩書きで活動する吉行ゆきのに、ナツ・ミートが生い立ちから現在の研究までを聞いたインタビューである。家庭環境、進学、性愛への関心の芽生え、そして官能文学からエロ漫画読者の研究へ進んだ経緯が語られた。吉行はこれまで動画出演が少なく、別チャンネルへのほぼ初めての出演では20万回再生を記録したという。

11分で読めます

ペンネームの由来と「名前のない関係」

ペンネームの「吉行」は作家の吉行淳之介から取り、「ゆきの」は本名だという。吉行淳之介を好きになり、「自分は吉行淳之介だ」と思っていた時期が長かったと吉行は話す。吉行淳之介は男性の視点から女性への性愛を書く作家だが、恋愛の仕方や愛、官能の捉え方が自分と同じだと感じたという。具体的には、遊戯的な関係として複数の恋愛を並行したり、相手に内面へ踏み込ませないように付き合ったりする点が近いと説明した。

吉行淳之介を知ったのは大学に入ってからである。高校時代に谷崎潤一郎などの有名な作品を読み、大学では自分の趣味に近い作品を探して検索欄に多くの語句を入れていた。そのときに少女と中年男性の関係を描いた『砂の上の植物群』を見つけ、そこから強く惹かれたという。年上の男性への関心については、小学生の頃から先生を性的な意味で好きになることがあり、憧れにとどめていたものが大学で表に出たと振り返った。

この恋愛観は高校時代の交際にも表れていた。当時も交際相手のような人はいたが、「彼氏」とは呼ばず、関係に名前をつけたくなかったという。吉行は「セフレ」という言葉に強く反対する立場で、セックスをする相手を友達とは呼べないため友人でもなかったと話した。聞き手が「恋仲」という言葉を出すと、それがいいかもしれないと応じている。

3つの家庭と8人のきょうだい

父親について吉行は、好意的に言えば「モテる」タイプで、女性を乗り換えていく人だったと話す。最初の妻との間に子どもを2人もうけたあと浮気で離婚し、再婚して3人をもうけたあとまた浮気で離婚した。現在は3人目の妻と結婚生活が続いており、そこにも子どもが3人いるため、きょうだいは合わせて8人になる。吉行はその最初の子、長女である。両親が離婚したのは吉行が小学1年生のときで、妹は離婚の直前に身ごもり、直後に生まれた。父親は毎回そうした流れで離婚していると吉行は語った。

両親は教育方針が合わなかったという。母親は高卒で、自分が勉強しなかったことを後悔していたため娘には勉強させたいと考えていた。一方、父親は地元のマイルドヤンキーのような人で、女の子は少し頭が悪いほうが可愛いという考え方だった。吉行は、結果的に勉強する方向に進んだ自分は「母親に作られた」と表現している。なお、保育園にはなじめず幼稚園に移った経緯もある。

母親は専業主婦だったが、離婚後に介護士の資格を取った。それだけでは子どもに教育を受けさせられないと考え、借金をして看護学校に通い直し、看護師になった。吉行が小中学生の頃、母娘で一緒に勉強していた時期があり、それは吉行自身にとってもよかったという。

母親は性についておおらかで、今では吉行の活動も知っており、一緒にエロ漫画を読むこともある。そのきっかけは小学校高学年の頃だった。母親が購読していた週刊少年マガジンを吉行はこっそり読んでいたが、ある日母親に読んでいるのかと聞かれ、認めると「今週のあれ面白かったよね」と言われた。そこで性的な内容も話していいのだと分かったという。

小中学生時代の目覚めと文章への傾倒

吉行の関心の芽生えは小学生の頃にさかのぼる。最初はティンカーベルが手のひらで転がされる場面に性的なものを感じ、これはサディスティックな欲望だったという。その後、戦隊ものでヒーローが怪物にやられる場面にマゾヒスティックな欲望を抱くようになり、SとMの両方があると話した。

交際経験は小学6年生のときが最初で、中学でも新しい相手ができた。中学ではオタクにもなり、インターネットでエロ体験談を読み続けていた。画像を検索するのは怖く、有害サイトの制限も守っていたため、文章だけをこっそり読んでいたという。吉行は、自分が主に文章で興奮するようになったのはこの経験が関係しているかもしれないと話している。

育ったのは千歳市の紅葉台で、吉行は「めっちゃ田舎」と表現する。人数も少なく、小中学校では成績トップの「お山の大将」だった。それでも中学では勉強をやりすぎて、少しやめたらどうかと言われるほどだった。自分は要領がよくないため、ひたすら努力したと吉行は語る。塾は中学2年まで秀英予備校に通った。母親がどうしても通わせたかったといい、そのための借金もあった。高校時代は裕福な同級生に囲まれて自分は貧しいと感じていたが、今はお金がない中で教育にお金をかけてもらえて恵まれていたと思うという。

札幌南高校での挫折

志望校は札幌南高校だった。母親の憧れの高校だったこともあり、吉行自身も私服で自由な校風にひかれていた。卒業式では着ぐるみやコスプレの生徒もいるといい、吉行はロリータ服で出席し、一人だけ別次元のような格好だったと振り返る。

入学直後は「ここでも頑張ろう」と考えていたが、最初のテストで320人中150位前後という結果が出た。周りは勉強も運動もでき、見た目にも気を遣い、家柄も性格もいい生徒ばかりで、自分は凡人なのだと落ち込んだ。ただ、この経験で勉強ばかりしなくてもいいと考えるようになり、今の活動につながっているかもしれないと吉行は話す。その後は勉強をほどほどにし、順位も150位あたりを保っていたという。

部活動は中学でバドミントン部、高校で軽音部に入ったものの、どちらもすぐに辞めた。集団行動が苦手で、決められた時刻に集合するといったことができないからだという。

高校時代は、国語の授業で扱われた谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』が官能的な文学に入り込むきっかけになった。本来は性的でないはずの羊羹のような食べ物が、なまめかしく官能的に書かれていることに強くひかれた。そこで谷崎について調べると性的な作品が多く、本ならここまで性的なことを書いてよいのだと知ってうれしくなったという。

阪大一本の記念受験から浪人、北大へ

家計の事情から、大学は国公立でなければ行かせられないと言われていた。しかし1回目の受験時、吉行は高校や周囲の状況に強い不満を抱いていた。そのため「北大より上の大学を受ける」と考え、大阪大学だけを受験した。本人は「記念受験」だったと語り、浪人は覚悟していた。

浪人する資金はなく、自宅で浪人するつもりだったが、高校が予備校に連絡し、特待生として費用をかけずに通えることになった。浪人中は冬前に声をかけてきた相手と仲良くなった。吉行は、18禁のルールを守るために高校時代は性行為をしなかったという。法律で禁じられているわけではないが、自分で制約を作りたがる性格なので、18歳まではだめだと決めていた。浪人中はすでに19歳で、強い関心もあったため関係を持ち、その相手と一緒に勉強した。聞き手がメリハリがすごいと言うと、ちゃんと息抜きになっていたと答えている。2人とも国立大学に合格した。

大学入試センター試験は600点台で、大失敗だったと吉行は振り返る。高校では理系で数学IIIまで学び、高3で文系に移っていた。そのため文系では数学が得意なことを生かせる北大経済学部しかなかったという。出願したのは北大前期の一校だけで、他の国公立も私大も受けなかった。二浪も考えたが、その一校で合格した。

大学での「実行」の時期と中年男性への関心

吉行は大学時代を、それまで妄想と本だけで我慢していたことを実行に移していった時期と表現する。1年目はポールダンスの店でアルバイトをしていた。自転車で店まで行き、帰ってから学校に行く生活で、教養科目と両立させた。しかし、教養の単位をほぼ取れて安心したことと、20歳になって酒が飲めるようになったことから、中年男性との遊びが始まった。3年の途中で単位が足りないことに気づき、立て直すために2年間休学した。復学後に3年後半と4年を過ごしている。

最初に好きになった中年男性とはバーで知り合った。1年生の後半のことで、浪人時代からの交際相手とはそれを理由に別れた。この人が正解だと思ってからは、道内外でいろいろな中年男性を探すようになったという。

中年男性にひかれる理由は一言では言えないとしつつ、最近分かったこととして、自分は「男らしさ」が好きなのだと吉行は話す。研究では多様な性やLGBTQ、セクシュアリティを扱っているが、好みとしては男らしさにひかれる。今の中年男性は男らしくしなさいと言われて育った世代で、若い世代には中性的な人が多い。そのため世代による違いだと吉行は考えており、昭和に生まれていれば同世代でもよかったかもしれないと認めた。

外見の好みもあり、年齢を重ねると骨盤や腰の骨が太くなり、広がると吉行は話す。骨がごつごつして肉もほどよくついている体型が好きで、漫画『刃牙』が大好きだという。泣かないなど、精神的にもマッチョな人がよく、刃牙のような男らしさの現代版が中年男性ではないかと考えている。ただ、実際に筋骨たくましい相手と関係を持ったことはあまりないそうだ。髪型にこだわりはなく、ロングヘアの人が好きだった時期もあれば、スキンヘッドの人が好きだった時期もある。薄毛の人を好きになった割合は高いかもしれないと話した。

Twitterでの発信と大学院進学の理由

休学中は「ずっとTwitter」だったと吉行は言う。本は読んでいたが、生活のすべてがTwitterのためにあったという意味だという。活動を始めたのは2019年、学部3年生のときだった。当初はエロ漫画を紹介するアフィリエイトサイトを作り、その宣伝のためにTwitterを始めた。違法にアップロードして稼ぐようなアカウントはやりたくなかった。自分の視点でしっかりレビューし、好きな作品を紹介したいと考えていた。そのためには自分なりの視点を固めたほうがいいと考え、大学院進学の準備を始めたという。

学費は、家庭の資産状況に応じた北大の授業料半額免除を受け、残りはポールダンスのアルバイトで払っていた。成績優秀者向けではなく経済状況による免除で、家の貯金や資産はゼロだったと吉行は話す。

Twitterを始めてすぐにミスiDに応募し、フライデー賞と、吉行に合わせて作られたという賞を受けた。フライデー賞はフライデー誌と仕事をする賞で、実際にグラビア撮影もした。コロナ禍だったため選考はほぼZoomで行われ、最後だけ一部の候補者が対面面接に呼ばれた。吉行はそこで性愛について話したという。

こうした活動をしていて被害はないのかという視聴者の疑問に対し、吉行は、誹謗中傷もおかしな誘いもほとんど来ないと答えた。自分は常に不特定多数の中年男性の存在をほのめかしているため、本気で恋愛感情を持つ人からはあまり近づけそうだと思われていないのだろうと推測している。性的な目的で近づく人も、嫌なことをしたら晒されたりネタにされたりしそうだと怖がっているようだという。

修士での官能小説研究から、博士でのエロ漫画読者研究へ

経済学部に入ったのは数学しかできなかったからで、もともとは文学部に関心があった。復学後は好きな教授の授業を多く受け、学部時代から指導を受けて準備したことで、文学系の大学院にスムーズに進めたという。修士課程では英語圏の官能小説を研究し、特にパリのオリンピア・プレスから出版された作品を中心に扱った。この日聞き手に渡した著書『変態文学のすすめ』も、オリンピア・プレスの官能小説の解説に挿絵やコラムを加えた本である。

博士課程では研究室を移った。指導を受けていた教授が間もなく退官し、博士課程まで見られなくなったためである。現在は官能小説の研究を応用し、エロ漫画を研究している。正確には作品そのものよりも、エロ漫画の読者を対象にしている。自身も読者の一人であり、その意味で「変態の研究」をしていると吉行は説明した。研究費もついているが、飲み屋で中年男性にこの話をすると、そんなことに研究費を使うなと言われたことがあるという。

インタビュー時点で吉行は博士課程1年目の終わり近くにいた。博士論文につながる最初の研究論文を書いているところだという。複数の作業を並行するのが苦手なため、一つずつ順番に進めていると話した。

研究者一本では食べていけないという見立て

今後の目標として吉行は、まず博士号をきちんと取ることを挙げた。次に、エロ漫画の原作を手がけたいと話す。絵は描けないが、自分の実体験と妄想が混ざったような漫画を作りたいという。そのためにも、何度もアカウントを凍結されながらXでフォロワーを増やしている。

研究者として生計を立てるのは難しいという聞き手の指摘に、吉行も同意した。非常勤講師では生活できないと聞くうえ、任期付きの職は不安定である。そのため、自分で仕事を持っていたほうが結果として研究を続けやすいと考えている。常勤の研究職を目指すかと聞かれると、書類仕事が苦手で、事務作業をしていると発狂しそうになると答えた。

吉行が描く将来は、漫画の原作と、当初の目的だったレビューサイトの運営をライフワークとして続けることである。そこから、研究を少しずつでも続けられるだけの資金を作りたいと話し、インタビューは締めくくられた。