旅系YouTuberスーツが語る、「搾取されない時間」を求めた28年間
トマホークTomahawk旅行・鉄道系YouTuberのスーツが、トマホークのインタビューに答えて幼少期から現在までを振り返った。電車の運転士に憧れた保育園児は、鉄道専門の岩倉高校からJRを目指して不採用となり、2か月ほどの受験期間で横浜国立大学に推薦で合格した。大学時代にYouTubeで稼ぎ、28歳の現在は資産運用で暮らせる状態にあるという。話の芯にあるのは、スーツ本人が繰り返し「左翼的」と呼ぶ発想、つまり企業に時間と健康を奪われたくないという考えと、そのために何を選んできたかである。
陰キャなのに人が集まってきた子ども時代
冒頭、スーツはファンの一部から「神」と呼ばれることについて、特定の人たちから強く支持されるのは昔からだと話した。人が集まる子どもといえば活発でスポーツ万能なタイプを思い浮かべるが、自分はかなりの陰キャだった。それでもなぜか周りが面白がって寄ってきたので、YouTubeをやれば金儲けになるのではないかと考え、実際に儲かったという。
出身は東京都板橋区の高島平で、団地が並ぶニュータウンのような町だ。両親について、スーツは「経済成長後の日本の中流」の家庭で育ったと表現している。生後7か月から保育園に通ったが、送り迎えの母親がいなくなるのが嫌で、保育園という環境は好きではなかった。それでも母親の姿が見えなくなると大人しくなり、本棚にあった小学館の科学図鑑を読んでいた。そこに「2000万年後には太陽が接近して地球はダメになる」といった記述があり、人間はこうやって滅ぶのかと強く印象に残ったという。
保育園時代には毎日お漏らしをしていた。「トイレに行きたい」と自分の意思で言うのは下品で、限界まで我慢した末に出てしまう方がまだ恥ずかしくない、という感覚があったからだ。周りの子はトイレに行っていたが、スーツは自分の方が高潔だと本気で考えていた。それでもいじめられることはなかった。昔から「自分の考えが正しい」という思いだけがあり、周りの言うことを聞かない子だったのだろう、今でも自己中なところがある、と本人は分析する。小学校に上がる直前、このまま小学生になるのはまずいと感じ、「トイレに行ってきます」と言うように行動を変えた。5歳の秋口ごろの出来事で、自分の中の成長の記憶としてはっきり覚えているそうだ。
本、NHK、お下がりのパソコン
公立小学校の授業はすべて面白かった。ただ国語の時間は周りの音読が遅すぎて、毎回教科書を1冊読み終えてしまっていた。本好きの母親が小さい頃から読み聞かせをしてくれたおかげで、文字を早くから読めたのだろうとスーツは言う。周りの友達と一緒に何かをするという感覚がなく、本を読み、そのなかで自分が正しいと思ったことだけをやる。ずっと1人で生活している感覚があったという。
家庭の方針でゲームは中学生まで禁止されていた。テレビもNHKしか見る習慣がなく、NHK教育の科学番組を見て育った。そのせいで価値観が固まり、民放のように色とりどりの人が次々に出てくる番組や音楽を面白いと思えなかった。「価値観の根本が昔の人のまま保存されている」と本人は言う。祖父がWindows 7に買い替えた際に不要になったXPのパソコンをもらい、簡単なコードを書いたり、HTMLを調べて自分のホームページを作ったりした。ほかにやることがなかった、とも振り返る。
習い事は水泳で、泳げはしたが、バタフライだけは筋力が足りずにできなかった。中学では、親が演劇部出身だった影響で演劇部に入った。話せるようになれたらという思いがあり、たぶん役に立ったと思う、とスーツは言う。トーク力の源について本人は、他人と話すのは得意ではないが、頭の中で常に「これはなぜこうなっているのか、たぶんこうだろう、しかし果たして」と独り言を続けているので、それを口に出すのは難しくないのだと説明した。一人っ子で、両親は夕方には帰ってこず、家で1人でいることが多かった。寂しいと思われがちだが、本人はそれが普通に楽しかったという。
小石川中等教育学校を受けて落ち、学歴には価値を感じなかった
あまり話したことがないと前置きしたうえで、スーツは都立の小石川中等教育学校を受験したことを明かした。本人の言い方では偏差値70ほどの難関校である。科学が面白いと感じていたところ、小学校の授業は簡単で退屈だった。そんなとき、小石川ではこんな授業をしているという新聞記事を読んで受験を決めた。しかし倍率が高く、合格できなかった。
ほかの私立中学は受けず、公立中学に進んだ。家族には高卒の人もいて、大学は一部の人が行く場所だという感覚で育った。学歴に価値があるという感覚があまりなく、大学は自分の行く場所ではないと思っていたという。
運転士ではなく「JRの社員」を目指した理由
鉄道への興味も保育園の図鑑から始まった。父親は煙を吐く蒸気機関車が好きで、年に1、2回は鉄道を見に連れて行ってくれた。パソコンでインターネットが使えるようになると知識が一気に増え、分かるから楽しくなり、自分で電車に乗りに行くようになった。ただ、今は当時ほどではないという。
保育園のころは運転士になりたいと言っていた。しかし成長するにつれて、運転は座っているだけに見えても間違えたら大変なことが多く、ストレスが大きい仕事だと考えるようになった。早朝や終電後の勤務もある。そこでスーツは、どうせ大した人間にはなれないのだから、せめてJRに入社して、社員の乗車特典で電車に乗って趣味を楽しめればいいと考えた。働かずに好きに暮らせる金持ちになれればそれに越したことはないが、それは一部のとてつもない成功者の話で、自分には関係ないと思っていたという。
勉強はできた。それでも当時は大学を出ても内定がもらえないという報道が多く、大学に行っても人生は真っ暗だという前提を持っていた。インタビュアーから、なぜそこまで期待値が低いのかと問われると、スーツは「ちょっと左翼寄りの思想だったのかもしれない」と答えた。世の中は自分から搾取しようとしており、自分は選ばれた人間でもない。個人は基本的に誰かに搾取される存在だ。だからこそ、ほどほどに幸せになれる安全策を狙う。不幸にならないことを意識して逃げ続けてきた人生だった、と振り返った。
岩倉高校運輸科と、寝台列車に乗り尽くした高校時代
進学先に選んだ岩倉高校は、明治時代に鉄道係員を養成する専門学校として始まったという。校内には本物の運転士と同じように運転を学べる設備がある。ただスーツは、高校で運転を学んだからといって採用に関係するわけではないと、入学時点で分かっていた。当時は運輸科・機械科・商業科・普通科があり、今はおそらく運輸科と普通科だけだという。スーツは運輸科に入った。JRには高卒で入る道が多く、中学のころには大学へ進む人が多いことも分かっていたが、高校で就職を試み、だめなら大学受験をすればいいという二段構えで考えていた。
入試の成績は同じ組の受験者のなかでおそらく1番で、特待生として学費はほぼ無料だった。払ったのは制服や教科書の代金程度だったという。
部活には入らず、放課後はどう金を稼ぐかを考えていた。YouTubeへの投稿もこのころ少し始めている。もう一つ力を入れたのが寝台列車だ。当時はまだ多く走っていたが、近いうちになくなるか、値段が10倍ほどに上がるだろうと自分の知識から予想していた。そこで今のうちに乗っておこうと、アルバイト代を使って月1回ほど寝台列車で北海道まで行った。今は豪華列車になり、北海道まで乗れば200万円ほどかかるだろうが、自分が高校生のころは2万円ほどだったとスーツは言う。もちろんサービスは違う、とも付け加えている。アルバイトは新幹線の駅での駅弁販売で、一般の人が入れない場所や車輪の横を歩くのは面白かったが、1か月で飽きたという。
撮り鉄もしていた。黄色い線の外に出る、罵声を浴びせるといった迷惑行為は自分はしていないが、やっている者は多かったという。ネットで炎上して退学になった生徒や先輩もいた。撮り鉄が人の写り込みや障害物を嫌うのは、写真の雰囲気を損なわず、すっきりした構図にしたいからだ。スーツにはそこまで人生をかける理由が分からなかった。人が写っていてもその場の雰囲気が伝わるのだから構わない、と考えていた。そのため北海道まで撮影に行っても画角やピントにこだわらず、撮り鉄仲間からは「ぬるすぎる」と馬鹿にされたという。
JR不採用と「最悪、間違えてもいい」という感覚
高校3年でJRを受けたが、不採用だった。理由は教えてもらえない。ただスーツ自身は、自分は向いていないと感じていた。アルバイトでは要領が悪くミスも多く、鉄道の仕事をしたらダメな人間ではないかと思っていたという。何かを間違えずにやり続けるのは今でも難しい。それに加えて、最悪間違えてもいいだろうという感覚もある、と本人は認める。たとえば今日の収録を忘れて来なかったとしても、一般論としてはまずいが、人生全体で見れば誤差の範囲だと正直思ってしまう。人が死ぬ恐れがあるので車の運転はしないが、遅刻なら最悪土下座すれば済む、という感覚だそうだ。
相鉄や東急などの私鉄を受けなかったのは、求人票を見ると給料が少なく、運行区間も短いので乗り放題になってもうれしくないからだった。高卒の採用試験は基本的に1社しか受けられない。JRのような人気企業は二次募集をしないため、JR東日本に落ちた時点で終わりだった。二次募集の会社は受けず、大学受験に切り替えた。
高3の9月から始めた受験勉強
受験勉強を始めたのは17歳、高校3年の9月ごろだ。最初は東大は無理でも高めに狙っておけば引っかかるだろうと一橋大学を考えた。しかし数学が無理なことと、大学受験の壁の厚さが分かってきたことから私立文系に切り替えた。早慶を目標にしつつ、MARCHのどこかに引っかかればいいという気持ちだったという。模試は一度も受けておらず、英語の資格を高校2年で趣味のように取っていた程度だった。
高校はサボりがちで、最も集中できる場所で勉強した。その一つが電車だ。安く遠くまで乗れる切符を使い、2日続けて東京から中央線で長野まで往復したこともある。車内で地元の高校生が勉強しているのが目に入ると、目の前に敵がいるようで頑張れたという。1日10時間以上は当たり前で、21時間以上勉強した日もあった。睡眠は4時間ほどで体が熱っぽくなり、ストップウォッチで勉強時間を測っては伸ばすことに意地になっていた。ただ本人は、それをやることに満足していたのだと振り返っている。
横浜国立大学の推薦入試と「学級委員」の声
10月ごろ、高校の内申点が良いことから推薦入試を使えるのではと言われた。評定は体育だけが4で残りは5、平均4.9ほどだったが、学校の勉強が簡単だったからだとスーツは言う。候補は横国と慶應の文学部で、どちらもセンター試験などの学力試験が不要だった。慶應の方が名前は通りやすいと思ったが、文学は金持ちになってからやればいいと考え、横国の経営学部を選んだ。その年に東大の推薦入試も始まっており、ギャンブルで受けることも考えたが、さすがにないと思ってやめたという。
試験は小論文、面接、内申の3つだった。小論文は、経営のなかで商品がどう扱われるかを分かる範囲で論じる問題で、スーツはJRが現在どういう戦略に変わっているかを書いた。オタクではあるがその分野だけは自分なりに勉強していたので、それを書けばよかったのだろうと振り返る。
面接には当初、受かるわけがないと「バカンスに来たような気分」で臨んだ。周りは小論文対策の本を読み込んだ頭の良さそうな人ばかりで、センター試験で横国に入れる学力は自分にはないと思っていた。ところが扉の向こうから、ほかの受験生が大きな声で「高校で学級委員をやって」と話しているのが聞こえてきた。それは就職面接で話すことで、大学で勉強するのに学級委員の話は関係ないのでは、と感じたスーツは、この中なら意外と戦えるかもしれないと考え直し、真面目に面接を受けたという。
生徒会の演説「私は何もやりませんでした」
スーツは高校で生徒会もやっていた。目的は就職対策である。高卒採用では社会の一員として機能する人材が求められ、そういう人は普通の部活に入って卒業まで続けるものだ。部活をしていないと「こいつは何かある」と思われるので、その代わりに生徒会に入った。ただ今考えると、部活はせずに政治活動的なことだけをしていた生徒は、大人しく歯車として働いてくれそうには見えない、代わりにはならないとスーツは笑う。定期テストでは1500点中1400点ほどを取り、卒業間際には面識のない生徒が教室までスーツを見に来るほど有名だった。
その理由の一つが独特な演説だった。1期目は寄せられた要望を読み上げ、それを受け止めて反映できるよう努力すると約束した。2期目を迎える時点で、要望の多くは実際に改善されていた。しかしそれは学校側の改革によるもので、自分は何もしていなかった。そこで演説では、何もやらなかったと言うのはおかしいが嘘を言うよりはいいと前置きして「私は何もやりませんでした」と述べ、今年はマニフェストが実現できるようにちゃんとやると訴えた。すると大量得票で再選され、先生たちは怒っていたという。
政治家になれとは昔からよく言われるが、その志はまったくない。国会で論戦するのは面白そうだと思うものの、日本をこうしたいという考えがなく、今のままでいいと思っているからだ。やるとしても、難しい顔で議論しているせいで社会問題が増えていると自覚しろ、と言うくらいで、それは政治家の仕事ではないとスーツは話した。インタビュアーが「YouTubeでできますね」と返すと、スーツもそれに同意した。
2か月の受験生活と、心残り
推薦入試は11月で、合格発表は12月だった。絶対に落ちていると思い、確認するのを忘れていたが、見てみたら合格していた。早慶やMARCHの一般入試はそれより後なので、結局受けずに終わった。倍率は5倍で、定員5人に25人ほどが受けたと思うという。受験生だった期間は2か月ほどしかない。
センター試験は、点数が横国に通知されることと、一度受けてみたかったことから受験した。会場は東大だった。東大を見てみたかったので自転車で行き、キャンパスを走って建物を見て回った。誰にも言っていないのに、センターの日に東大でサイクリングしていたと学校で噂になったという。数学と理科はまったく勉強していなかったので2日目は欠席し0点、国語と英語は8割ほど、日本史は95点ほどだった。12月で受験勉強をやめてしまったため、12月から2月までの3か月を本気でやっていたら私立文系でどこまで行けたのか。それだけが唯一の心残りだという。訓練はしたのに戦いに行けなかった、とスーツは表現した。
「拾える金は全部拾う」──動画を量産した大学時代
合格から入学までの4か月でやったことは3つだった。YouTube、アルバイト、そして消えていく電車に乗ることだ。ちょうど高校卒業の時期が、好きだった電車が全部なくなる時期と重なっていたという。このころから金持ちを目指す気持ちがはっきりした。とはいえ金で世の中を動かしたいわけではなく、ある程度貯めておけば安心だというだけだった。YouTubeで何回再生されればいくら入るかを計算すると、意外と食べていけると分かり、本気でやろうと決めた。根にあったのは、会社に雇われて長時間労働をさせられ、人生と健康を失うのを避けたいという思いで、スーツは「発想はすごい左翼」だと言う。
運営していたのは電車のチャンネル「スーツ交通」、旅行のチャンネル、トークの「背広チャンネル」で、ゲームチャンネルなども試した。現在の運営を続けながら新しいことを試し、うまくいけば続けるやり方で、成功している経営者にもそういう人が多いのではないかと話す。いわゆる学歴系YouTuberの流れに乗っていた時期については、意図して参入したわけではないという。大学生が話せる話題は学歴くらいしかなく、話せば金がもらえ、学歴の話は儲かったからだ。当時の姿勢を、ガムテープを手に巻いて落ちている金をペタペタ拾い集めるようなもの、とたとえている。
学生時代に「年収5000万円の大学生」という動画を出したことについて、スーツは、自分にはいい動画を作りたいという気持ちが本当になく、本数を出せばよかったのだと説明する。3万回再生でも1万円ほどになるので、その程度の動画を年5000本出せば5000万円になる。起きている時間は1秒でも長く録画ボタンを押していたいと考えていた。最も忙しい時期は、電車チャンネルが平日1本・休日2本、背広チャンネルが毎日1本、旅行チャンネルは理想は毎日で実際は3日に1本ほど、週20本前後を投稿していた。これを全部1人で、ほぼ編集なしで回していた。撮った動画を並べて書き出し、アップロードするだけだったという。この時期は楽しく、毎日資産がいくら増えたか、何にいくら使ったかをすべて記録していた。
留年は2回している。1回は卒論が大変なので計画的に、もう1回は単位の計算ミスで、残り2単位を取って卒業した。国立大学の学費はそれほど高くなく、大学生というブランドでもう少し稼げるので学費は回収できる。そもそも計算を真面目にしていなかったので、深刻には受け止めなかったという。就職活動はしていない。一度、丸の内で三菱グループのある企業の人に声をかけられ、入ってくれれば面倒を見ると言われた。そういうことが本当にあるのかと思ったが、会社に入っても活躍できなかっただろう、とスーツは話す。
会社組織の拡大と、自分がいなくても回る会社への作り直し
法人化は在学中で、当初は法人の方が税金が安いという程度の理由だった。卒業後は会社として案件を受けて増収を目指し、観光業や自治体の予算を受けられる会社にしようと、それに合った社名にした。今も自治体や海外の政府からの仕事があるという。売上は最大で2〜3億円ほど、社員は最大28人いた。ただしスーツが頑張って働かなければ売上が立たない構造で、自分がおかしくなったら終わりなので持続できないと考えた。現在はAIでスーツを再現したり、ほかのチャンネルを作ったりして、本人が必死に働かなくても儲かる会社に作り直しているところで、軌道に乗ってきたという。
AIについてスーツは、自分がまったく関わらずに回っているチャンネルがあると話す。自分の思想を受け継いだ社員たちがAIで自分を再現しており、自分が見ても「これは自分だ」と思える出来だという。旅行も社員が担う部分が増えた。一番多い時は2〜3か月続けて旅に出て毎日撮影していたが、最近は月に3〜4回ほどだ。自分に必要なものはもう手に入れたので、自分の足で稼ぐより社員に稼いでもらう方がいい。そうすれば社員が稼ぐノウハウを身につけられ、スーツが死んでも食べていける。社員の売上が増えれば、自分は働かなくてもいい。世の中のビジネスもそういうものだろう、とスーツは話した。
ReHacQ出演の真相──「やばいやつの演技はやばいやつにならないとできない」
インタビュアーが、少し前にXでの投稿が騒動になりReHacQに出演した件を尋ねると、スーツは説明が難しいとしたうえで、端的に言えば「演技」だと答えた。ただ、そこで話した内容は全部が嘘ではない。夜中にXへ「生きていても死んでいてもどうでもいい」といったことを書き続け、周囲が心配していたところにReHacQから出演の打診が来たという。落ち着いて難しいことを話すだけでは番組として面白くないし、動画の冒頭は大事なので、机の上に寝転がるところから始めた。
スーツによれば、やばいやつの演技はやばいやつにならないとできない。そこで収録前にスタッフへ「危ないことはしないので」と挨拶したうえで、ReHacQのオフィスの床で10分ほど寝転がっていた。通りかかる社員に謝りながらそれを続けると、本当に頭がおかしくなってくるという。自分が異常な行動をとると世の中の人はこう振る舞うのか、という発見もあり、新鮮な体験なので一度やってみるといい、とインタビュアーにも勧めていた。さらに、会社が本当におかしくなったらどうなるかを社員に当事者として感じてもらう機会にもなった、とも話している。
影響は実際にあった。取引先からは「体調が良くなられたら、またよろしければ」と親切な連絡が多く届いたが、取引は減った。一方でYouTubeの売上は立ったので、短期的には問題なかったという。今は落ち着いており、今後はそういうことはやらないとスーツは言う。この先10年は余計なことを言わず同じ仕事を淡々と続け、「そういう時代もあったね」と言われるくらいまで信用を取り戻すつもりだという。
結婚観と、免許返納で叩かれた理由
結婚は2022年で、発表は2023年、まだ大学生のときだった。恋愛に興味がなかったからさっさと結婚すればいいと思った、とスーツは言う。SNSでは「もっといい相手がいるのでは」という話をよく見るが、相手による違いはそれほど大きくないと考えている。ただ、妻と日々話すなかで価値観はとても近くなり、ほかの人とは違う、互いのことが分かる存在になった。人は時間とともに変わり、22歳で結婚した相手も42歳には別人になっている。だから誰と結婚するかより、その後の20年、50年をどう過ごすかの方が結果に大きく影響すると思う、とスーツは話した。
運転免許を取ってすぐに返納したときは激しく叩かれ、今でもアンチコメントの半分ほどはこの件だという。スーツ自身の今の解釈では、車社会では免許は一人前の大人の証、自分が存在できる根源のようなもので、それをすぐに捨てるのは神棚をゴミ箱に捨てるように感じられ、自分の人生を否定されたと受け取る人がいるのだろうという。当時はそれが分からなかったが、今は分かる。やらない方が得だったとも認めた。
運転は人の命に直結するので絶対にしたくなかった。しかし車は社会の基礎なので、その文明を理解するために免許取得は一通り経験してみたかった。取った後は使い道がなく、当時は返納するとタクシーが1割引になったので元も取れる。今は年齢制限がつくところが増えたが、60歳になればまた割引を受けられる。使わないなら返納でもう一本ネタが作れるという発想もあり、実際その動画は50万回ほど再生されたという。
28歳の健康オタク、あるいは「時間マニア」
今後の生き方について、スーツは特に考えがないと言いながら、自分にはまだ人生の目標が2つあると話した。1つは「生存の達成」で、これはおそらく達成できた。もう1つは長生きだ。スーツは時間に興味があり、さまざまな種類の時間を経験したい。長生きすればそれだけ多くの時間を見られる。周囲と良い関係を持ち、社会的役割を持つことが健康に良いとハーバード大学などが言っているらしいので、出版社から声がかかった本の企画や、今回のような出演を引き受け、周りと仲良くする感覚をつかもうとしている。本人いわく、健康維持習慣の一つだという。
最近は喫茶店で、平日の昼間に老人たちが肝臓の話やオリーブオイルがいいらしいという話をしているのを聞くと、自分の世界の話のように感じる。年を取ると健康の話しかしなくなるというが、自分はそれが40年ほど早く来た、とスーツは笑う。長期目標は80歳くらいまで生きてみることだ。筋肉量を増やした方がいいらしいので、週4回ほど運動している。タンパク質は1日100グラムほどを目安に、刺身やプロテイン、サバやイワシなどの魚から摂る。スーツの説明では、常温で液体の油の方が動脈硬化に良いので、肉の脂や加工肉は避け、魚、ナッツ、オリーブオイルから脂質を摂っているという。
自分を一言で表すなら「時間マニア」かもしれない、とスーツは言う。時間を企業に搾取されないことも、寿命を延ばすことも、すべてそのためで、そのためにこれまで生きてきたのかもしれない、と話した。
20〜30代へのメッセージ
最後に若い視聴者へのメッセージを求められたスーツは、自分は将来のことばかり考えて生きてきたと前置きした。そのうえで、目先のことにとらわれるなとよく言われるが、人間の脳はよくできていて、目先のことだけをやっていても人生が前に進むシステムがあると思う、だから目先のことをやるのもいいのではないか、と「バランスを取って」語った。20代はエネルギーがあり、色々動いて学習する段階で、30代になるとそれを落ち着かせる段階に入るように人間の脳はできているのではないか。30代になると満足してくるところがあるので、20代でやりたいことは20代のうちに全部終わらせた方がいい。スーツはそう締めくくった。
バンともくと、今日のゲストと同じ横浜が産んだYouTuberです。はい、ということで、自己紹介お願いいたします。
こんにちは。スーツ旅行チャンネルをやってます、旅系YouTuberのスーツです。
お願いします。お願いします。
いや、もう本当に界隈の神とも言われてる。
すいません。なんかあんまり自分たちがどう見られてるかってわかんないですよね。
あ、そうですよね。
トマホークさんから連絡来たよみたいな、やっぱ僕がメール見ると思うんですけど、でも僕の方はわかんないじゃないですか。っていうのはね、ちょっと難しいところなんですけど。そんな風に思っていただけてありがとうございます。
でも結構コメントでも神みたいな感じに、っていう、そういうのはないんですか?
なんかやっぱそういう、なんて言うんですか、特定の人たちからすごい支持されるっていうのはありますね。昔から。
あ、昔からですか。
はい。そうなんですよ。
そうなんですね。じゃ、ちょっとその辺も含めて幼少期から人生を深掘っていきたいんですけど、本当にちっちゃい頃からそんな感じなんですか?なんかもう本当に支持する人は支持するみたいな。
そうですね。多分なんか小さい頃から意外に周りに結構人が集まってきてたんですよ、僕の周りに。でも別に、そういう人って大体なんかこう溌剌としてて、スポーツが万能でかっこよくてみたいな感じじゃないですか。でも僕は全然そうじゃなくて、すごい陰キャだったんですけど、なぜか人が面白がってくるみたいな。っていうので、じゃあYouTubeやったら金儲けできるんじゃないかなと思ってやったら、実際儲かったみたいな感じです。
ご出身はどこなんですか?
東京板橋の高島平っていう、団地がいっぱいある町みたいなところなんですね。ニュータウン的な。
親御さんは何系の人なんですか?
うちの両親は、でもそんな、なんて言うんですか、すごい仕事をしてるとかではなく、いわゆる戦後日本の中流みたいなところに育ったと思います、多分。
戦後?そんな時代だったかな。
戦後っていうか、経済成長後ぐらいですかね。はい。
じゃ、サラリーマン家庭ですか?
まあ、そんな感じですね。大体。
幼稚園の時はどんな子でした?
僕ね、保育園だったんですよ。で、7ヶ月から保育園に行ってたんですけど、覚えてるのはまず、自分の母がいつも送り迎えしてくれるんですけど、母が保育園からいなくなるのがすごい嫌で。つまり保育園という環境はあんま好きじゃなかったですね。
はいはいはい。
ただ一方で、母が見えなくなったらすっと大人しくなって、本棚にあった科学の図鑑を見てました。
あ、そうなんですね。もう勝手に勉強してたというか。
そう、そうですね。で、なんか人類は2000万年後には太陽が接近してきて地球も全部ダメになりますよみたいなことが書いてあったんですよ。その小学館の雑誌に。あれで、あ、将来人間はこうやって滅ぶんだなみたいなことが、すごい印象に残った。
すげえ俯瞰してますね。保育園で。
保育園児で。
あとね、お漏らしを僕毎日してたんですよ。
え。
なんかトイレに行くことは恥ずかしいことだと思ってて、トイレに行きたいですって言って行くことよりも、漏らす方がまだ恥ずかしくないっていう。つまり限界まで自分は挑戦したけれども結果的に出てしまったというのに対して、行きたいと自分の意思でトイレに走っていくのはなんか下品だみたいな感覚があったんですね。
へえ。
だから毎日お漏らしをして、毎日パンツを替えてもらってましたね。
でもそう、お漏らししてて人が周りに集まるのすごくないですか?
そうなんです。なんか変です。確かに。
不思議。陰キャだしお漏らししてて、もしかしたらいじめとかもあるかもしれないじゃないですか。
なんかね、それはならなかったんですよね。多分ね、ずっと昔から自分の考えることが正しいっていうのがあって、要は、みんなはトイレに行っているけれども、自分の意思でトイレに行くあの人たちは間違っていて、漏らす自分の方が高潔な人間なんだみたいな。結構ガチで周りの言ってることを聞かないような感じがあったんでしょうね、多分。だから今でもちょっと自己中みたいなところあります。
え、それ小学校に入ったら治るんですか?
そうなんかね、小学校に行く直前ぐらいに、やっぱこのまま小学生になるのはやばいなっていう感覚があったんですよ。で、ある時から「トイレ行ってきます」って言って行くように自分の行動を変えましたね。
ええ。
それ結構僕の中での成長の記憶というか。5歳の秋口ぐらいだったと思うんですけど。
すごい覚えてますね。
覚えてるんですよ、当時のこと。
で、小学校入った時は結構勉強されるみたいな感じですか?
そうですね。勉強は、でも所詮公立小学校の勉強なんで特別なものではないんですけど、学校で教わることは全部面白かったですね。特に、国語の教科書とかをみんな読むじゃないですか。で、みんな読むのが遅くて、あまりにも遅すぎるから、毎回教科書1冊全部読み終わって、もう他に見るもんないから毎回読むみたいな。でもそういうことってありますよね。
どうだ?
全然、ちょっと学がなさすぎて、ちょっと飛ばすぐらいはあるんですけど、全部読み切りはなかなか聞いたことないですね。
あとそれはですね、自分の母が結構本が好きで家に本がいっぱいあって、読み聞かせとかをちっちゃい時にしてくれたんですよ。で、文字がすごい早い頃から読めたんですよね、多分。
へえ。
多分だから、周りの友達と一緒に接触してみんなと一緒に何かやってくっていう感覚がなくて、本をずっと読んで、その内容から自分が正しいと思ったことだけずっとやるみたいな、ずっと1人で生活してる感覚があるかもしれない。
で、小学校で、中学受験はされてないですか?
あ、中学受験しました。そうなんですよ。小石川中等教育学校っていうのかな、を受けたんですけど、これって東京都内のあれで、視聴者の皆さんに言うと多分偏差値70ぐらいですかね。中学受験結構難しいところで。で、なんで小石川を受けようと思ったのかって言うと、結構科学が面白いなと思ったんですよ。
はい。
で、小学校の授業がやっぱちょっと簡単すぎるっていうか、退屈するところが多かったんで、もうちょっと面白い授業を受けたいなと思ったところで、新聞に小石川の学校でこんな勉強してますよみたいなのが書いてあって、これすごいいいなと思って受験したんですけど、ちょっと倍率も高くて難しすぎて全然合格できなかったですね。
あ、そうなんですね。
はい。なんでもうそのまま普通に公立中学に行きました。
あ、そうだったんですね。初めて知った。
そう。あんまり多分喋ってないかもしれないです。
へえ。他の中学を受けなかったんですか?
そうなんですよ。なんか学歴とかに価値があるっていう感覚があんまなかったんですよね。うちの家族も高卒だったりとかで、それで育てられて、大学っていうのは一部の人たちが行く場所だみたいな感覚があって。だから自分は行かない場所なのかなって思ってましたね。
当時だからDSとか流行ってたじゃないですか。それこそ鉄道とかじゃなくて、科学が一番興味あったんですか、当時は。
はい。えっとですね、まずゲームは買ってもらえなかったんです。
へえ。
僕はすごい友達とかの借りてやりたかったんですけど、中学生になるまではやっちゃだめだよみたいなのがあって。テレビもちっちゃい時にNHKしか見てなかったんですよね。
ええ。
で、民放はつける習慣がなかったんですよ。で、NHK教育で、やっぱり科学の面白さを伝える番組とかあるじゃないですか。そういうのを見てて。なと思ったんですけど、やっぱ価値観が固まっちゃったんで、民放の色とりどりのいろんな人が次々と出てくる感じが面白いと思わなかったんですよね。音楽とかも。
へえ。
だから多分価値観がすごい根本は昔の人のままで、ちょっと保存されてきてるところあるかもしんないですね。
ヒメキノとか見なかったですか?
確かに見たんですけど、なんて言うのか、子ども向けの番組としては面白いなみたいなあれなんですけど。いいとか悪いとかってんじゃないですけど。ピアミキーのも面白かったけど、でもやっぱり感動とかはなかったですね、自分の中では。
なんか差を感じますね。幼少期から。
そうです。あとは良かったのは、うちの祖父が、Windows 7が当時出て、XPがいらなくなったんで、それをもらったんですよ。
はい。
で、それでパソコンで色々やり始めましたね。
え、どういう系ですか?パソコンで。
えっと、パソコンで、例えば自分で簡単なコードみたいなのを書いてみるとか、あとはHTMLっていうんですかね、ホームページの作り方みたいなのをネットで調べて自分のホームページを作ってみるとか。それぐらいしかなかったんですよ、やることが。
え、スポーツとか部活動とかは何かやってたんですか?
部活は、水泳は習ってたんですよ。水泳も全然できなくて。泳げるんですけど普通に、でもバタフライだけ筋力が足りなくて、もう水が重くてできないっていうのがあったか。でもそれぐらいですね。部活も一応、特に高校とかでは入らなかったですし。
へえ。中学は水泳部ですか?
中学の部活は演劇部に入ってました。
あ、演劇部。
そうなんです。親が演劇部だったんですよ。
ああ、はいはいはい。
で、その影響でちょっとやってみたんですけど、喋れるようになったらいいなみたいなのがあって。多分なんか役に立ったんじゃないですかね。
いや、多分今めちゃくちゃ役立ってますよ。そのトーク力的なのは昔から割とあったんですかね。
多分他の人と喋るのは得意じゃないんですけど、頭の中で1人でやっぱり独り言で考えたりとかするんですよ。これなんでこうなってんのかなみたいな。それは多分こうだからだろうけれども、果たしてそれは、みたいな。頭の中には常にあるんですよ。
はい。
で、それを口にするのって、そんな難しくないじゃないですか。いつもやってることなんで。
はいはいはい。
だから、言わないけど独り言の習慣があるっていうのがそうかもしれないですね。
ああ。
あとうち一人っ子なんですよ。で、親も普段、夕方とかの時間には帰ってこないんで、いつもやっぱ家で1人でいることが多かったですね。
ああ。
で、それってちょっと寂しい、一人っ子がかわいそうみたいなのあるじゃないですか。でも全然そういうのはなくて、普通に楽しかったんですよ、それが。っていう感じですかね。
ちょっと話それちゃうんですけど、鉄道とか旅っていうのは、いつぐらいから興味を持ち始めますか?
それはでもちっちゃい時に、やっぱり保育園に図鑑が置いてあって、電車図鑑もめちゃくちゃ面白かったんですよね。あ、こんな種類の電車があるんだとか、テレビとかでもやってるの見てへえみたいな。で、自分の父も電車好きだったんですよ。汽車ですね。煙を吐く汽車が好きで。で、結構両親が連れて行ってくれたんですよね。年に1回とか2回とか。
で、小学生ぐらいにやっとインターネットがパソコンでできるようになって、それで知識が一気に増えましたね。
ああ、はいはいはい。
で、分かるようになると、大体分かることって楽しいじゃないですか。で、それでちょうど電車に自分でも乗っていったりするようになって、ちょっとはまったりしたんですけど。でもまあ今は別にそうでもないかなって感じですね。
その頃とかも将来の夢は車掌さんというか。
そうなんですよ。当時は電車の運転士さんになりたいなとか、保育園の時に言ってましたね。
え、ずっと昔からなんですね。
そうですね。逆に言うと大して進歩がないというか。そうなんですよ。ただずっと自分の世界だけにいるような感じなんですけど、だんだん大人になっていくにつれて、電車の運転って結構きつい仕事だなと思って。
あ、そうなんですか。
座って運転してるだけに見えて、やっぱり間違えたらやばいことがめちゃくちゃあって、ストレスもすごい溜まりますし、それからやっぱすごい早い時間に起きたり、終電の後とかまでやったりしなきゃいけないじゃないですか。っていうことを考えると、ちょっとそういうのやりたくないなってのはあったんですけど、でもどうせ大した人間にもなれないだろうから、せめてJRとかに入社して。そうするとJRの社員は電車乗り放題になるみたいなのがあるので、それでちょっと趣味に生きればいいんじゃないかなっていう風なことで、JRに行きたいなと思ってたんです。
ああ。はい。
もちろんめちゃめちゃ金持ちとかになって、働かずに好き放題暮らせるんだったらそれに越したことはないけど、それは一部のとてつもない成功者の方のやることでしょ、自分には関係ないですよみたいな前提があったので、その代わりにせめてJRとか行けたらいいなって感じですね。
え、それは勉強とかもあんまり当時得意ではなかったんですか?
勉強は全然普通にできたんですけど、当時大学を卒業しても、就活受けても内定もらえませんみたいなのをテレビで結構やってたじゃないですか。で、やっぱそれを見た経験があったんで、大学とか行っても人生お先真っ暗なんだみたいな前提がありましたね。
じゃ、一旦高校受験されるわけですよね。どういう高校を受けるんですか?
はい。高校は岩倉高校ってね、電車の学校なんですけど、ちょっと変な学校なんですけど、明治時代ぐらいに、まだ日本に鉄道がそんななかった時に人材が足りなかったんでしょうね。それで明治時代に鉄道係員を養成する専門学校的なものだったのが、今高校になってるみたいな。はい。
ああ。え、本当に?電車の高校なんですか?
まあ、一応高校の中に電車の運転席みたいなのがあって、本当の運転士さんと同じような運転する勉強みたいなのもできるんですよ。ただ、それを勉強したからって、高校の時に私はやったので採用してくださいとか言われても、別に関係ないじゃないですか、はっきり言って。だから、それは関係ないなってのは分かってたんですけどね、入学する時にはすでに。
はい。え、高校は電車の科みたいなのがあるんですか?普通科とかじゃなくて。
そう、そうです。僕の入った時はですね、運輸科と機械科と商業科と普通科があって、いっぱいあったんですよね。今多分運輸科と普通科しかないと思うんですけど。そこに入ると一応電車の勉強ができますよみたいなのが売りになってましたね。
え、何科に入られたんです?
僕、運輸科に入りました。
運輸科なんですね。JRとかだったらもう高卒で就職みたいなルートが多いんですかね。
そう、多いですね。大卒から実際には普通にJR入社して運転してる人とかいっぱいいると思うんですけど、高卒からでも全然なれるみたいな感じです。
ああ。じゃ、そのルートを思い描いててってことですかね。
そうですね。で、だんだん中学ぐらいになると、現実として大学に行く人も多いなってことは分かってはいたんですけど、だったら高校で就職して、ダメだったら大学受験すればいいんじゃないのっていう感覚もありましたね。
ああ。
なんでかっていうと、どうせ大した人生にならないんだから、とりあえず高校の時に最低限JR行ければいいかな、で、行けなかったらその後もう1回チャンス来るじゃないですか。就職するチャンス。なんか就職ってすごい難しいことだと思ってたんですよね。
はい。
当時やっぱ、何社受けても採用されないっていう人たちがいっぱいいたんで。
うん。え、なんでそもそもそんな期待値低いんですか?子供とかだったら、こういう夢を持ちたいとかあると思うんですけど。大した人生にならないって、なんでそうなるのかなって。
何なんでしょうね。ちょっとやっぱ左翼寄りな思想だったのかわかんないんですけど、そもそも世の中は自分から搾取しようとしてきていて、で、自分はその中の選ばれた人間とかそういうわけでもない、ただの1個人だから、1個人は基本的には誰かから搾取される存在であるみたいな前提がありましたね。
なんか悲観してますよね、世の中。
でもだからこそ、ほどほど幸せになる安全策を狙おうみたいな。
もう保険の保険みたいな、どうなっても大丈夫なように。
あ、なるほど。
不幸にならなきゃいいんじゃないかなみたいな。不幸にならないことを意識して逃げ続けてきた人生だったなって感じがします。
ええ、それでここまで。
そうなんです。
高校の時にもう入学の点が結構高かったみたいな。
そうなんです。多分僕が受けた組の中では1番成績は良かったと思うんです。で、そうすると、私立だったんですけど、学校からお金くれるんで、特待生みたいな感じで、あんまりお金を払わなかったんですよね。
へえ。無償ではないんですね。
多分制服とか教科書代とか、そういうぐらい払えばいいみたいな。
じゃもう学費は無料みたいな。
学費は多分ほぼ無料ですね。
うわあ、すげえ。
だから結構それは、でも別に自分より学力低いところに入ってるんで、まあいけるだろうってのはあったんですけど。
そう、高校では部活入ってないですもんね。
高校では部活入りませんでしたね。
でもそうすると結構放課後暇じゃないですか。どういったことやってたんですか?
まずはですね、どうやって金を儲けられるかみたいな。YouTubeの動画とかもやりましたし。
あ、YouTube投稿してたんですか?
ちょっとやってましたね。
へえ。
とか、あとは夜走る電車が結構あったんですよ、当時日本に。寝台列車みたいな。今もちょっとありますけど、当時いっぱいあって。それは近いうちになくなるか、多分値段が10倍ぐらいに値上げするだろうなっていうのは、自分の知識から言って分かってたんですね。だから今のうちにこれ全部1回分遊んだ方がいいなと思って、バイトとかして、結構寝台車に乗って北海道まで月1で行ったりとか、結構やってたんですよ、そういうこと。で、実際本当に今北海道まで寝台車とかで行ったら、多分200万円ぐらい払わないといけないと思うんですけど、そういう豪華な列車になったんで。僕が高校生だった時は多分2万円ぐらい。もちろん違いますよ、サービスとか。
あ、はいはい。もう当たってたんですね、それは。
結構僕は当たってたと思います。
いや、すごいっす。先見の目が。確かに。バイト何やってたんですか?
バイトは駅でお弁当、駅弁を販売するバイトをしてて。
全て電車だ。
そうなんです。いや、それも結構勉強になったんですけど、電車が好きだと電車のところで働いたらちょっと楽しいような気がするじゃないですか。新幹線の駅で働いて、やっぱ普通の人が入れないところとか、新幹線の車輪の横を歩いて行ったりとかするんですよ。で、結構やっぱ面白いんですけど、1ヶ月やったらもう別にいいかなって。飽きますよね。
え、撮り鉄とかには興味なかったんですか?
やってましたよ。めっちゃやってましたよ。それも学校終わった後とかに1人で行って、電車の写真撮るみたいなことやってましたね。
あ、そうなんですね。問題になったりとかしなかったですか?
僕はそういうことはやらなかったんですよ。黄色い線から外に出るとか、罵声を浴びせるとか、本当そういう悪いことは僕はしてないですけど、ぶっちゃけやってるやつはいっぱいいました。
もうネットで炎上とか、当時からも問題になってたんで、あれ、これあいつ映ってんじゃんみたいになったりとか、それやらかして退学になった人もいましたし。
そう、そう。いたんすよ、やっぱり。
電車の高校だからってこと。
そう、そう。多分今はもうそういうやつあんまいないと思うんすけど、当時はまだそういうの結構いて。で、先輩とかでも退学になった人がいましたし。そうなんすよ。いや、結構あったんですよ、本当に。だから当事者として。やってないですけどね。本当そんなことやってもしょうがないんで。
本当ですか?
そんな嘘ついてもしゃあない。でも当時僕が疑問だったのは、なんで撮り鉄の人たちが罵声を上げるかっていう理由があって、それは他の人が中に入ると写真の雰囲気が損なわれたりとか、あとは線の外に出ないでってJRは当然言うんですけど、線の外に出ると障害物が映らずに、すっきりとした写真が撮れるみたいな。
うん。
そういうのがあってみんな狙ってたんですけど、僕は当時から、そこまでして人が映ってないから何なのみたいな。所詮写真だし、映ってるのもそれはそれでその場所の雰囲気を伝えるんだから別にいいじゃんみたいなのがあって、撮り鉄の人たちがそこまで必死に人生かけてこだわってる理由は分からなかったんですね。
で、僕は結構そういう感覚だったんで、写真は撮るけどそんな気にしないで、普通に撮れたらいいなみたいな。でも撮り鉄の人たちからすると、お前のやってることはぬるすぎるみたいな感じで、結構馬鹿にされたりしてたんですよ。あるんですよ。そう、僕結構下の方であるんです。
そうなんですよ。色々撮りに行ってるのに。僕遠方、北海道とかにも写真撮りに行ったりしてるんですけど、こいつはどうやって撮るかの画角とかピントとか障害物とかにこだわらないから、こいつはクソ野郎だみたいなのを、結構鉄道の世界では批判されたりとかあるんですよ。だからその点でも、割と鉄道の中でも僕はちょっと独自な感じはあるかもしれないですね。
確かにそうですよね。高校時代は結構がっつり勉強してたんですか?
一応やったんですけど、就職するつもりだったんで、これやる意味あんのかわかんないけど一応勉強してるみたいな感じだったんですよ。
へえ。
で、その後高校からJR行こうと思ったら、落ちてしまったので。で、落ちた後、大学受験やっぱこれはした方がいいなと思って、もう高校卒業するぐらいだったら大学行こうと思ってですね。それで急に勉強を始めたんですけど。でもそれもそんな多分すごい勉強できるわけじゃないと思います。
JR落ちた理由が結構不思議というか、面接とか得意そうじゃないですか。
でも何なんでしょうね。何がその原因だったのかって教えてくれないじゃないですか。ただ、僕個人的にはそんなに向いてる人間ではないなと思ってたんですよ。高校卒業するぐらいの段階で、バイトとかもやって、要領が悪くてあんまバイトも活躍できなかったんですよ。
うん。
まあ、やってはいたんですけど。で、ミスも多いし、これ鉄道の仕事したらダメな人間じゃねえのみたいな。色々気にしないといけないじゃないですか。リスクがでかいみたいな。そういうのがあんま得意じゃないってことです。やっぱり今でもそうなんですけど、何かを間違えずにやり続けるってのは結構難しい。
あ。
あと、最悪間違えてもまあいいでしょうみたいな感覚もあるんですよね。
良くないな、それは。やだ、それ。怖い。
例えば、今日ここにお伺いするってなった時に、今日ここに来るのを忘れちゃうみたいなことが仮にあったら、それやばいじゃないですか、一般論としては。でも、いやあ、やらかしちゃったけど、人生全体で考えれば誤差の範囲内でしょみたいな感覚は、本当申し訳ないんですけど、正直あるんですよ。
何事においてもやっぱり。
ありますね。それ考えると、本当にやっちゃいけない失敗ってあんまりないなっていう気がして。車の運転とかはしないんですけど、ミスったら人死んじゃうんで。それはちょっとやめようかなと思ってんですけど、ここで遅刻するのは最悪土下座すれば終わるよねみたいな。
土下座とかするんですね。
やっても相手が困ると思うんでやらないんですけど、全然こっちはそれで済むんならみたいな。
JR以外にも、それこそ相鉄とか東急とか色々あるじゃないですか。そういった会社は受けなかったんですか?
ちょっと給料が、求人票とかを見てもやっぱりそうだったんですけど、すごい少なかったんで。
ああ、そうなんですね。
この給料だったら、JRも別にすごい多いわけではないんですけど、やっぱ多い方だったし、あと電車乗り放題になるっていうのがあって。他の私鉄会社だと運行区間がやっぱ短いんで、その会社だけ乗れても別に嬉しくないなみたいな。
JRだと、他のJR東海、JR北海道とかも全部あれなんですか?
高校の採用試験って独特で、基本1社しか受けられないんですよ。で、それがダメだった場合に、2次募集をしてる会社にまた見てもらうってことはできるんですけど、JRみたいな人気の会社は2次募集は行われないんで。なんでもう、東日本受けてダメだったら東海もダメみたいな、もうすでに終わってるって感じなんですよ。
それでそっから大学受験に踏み切るという。
そうです。2次募集とかあるところはどこも受けず、普通に大学受験を始めて。
え、でもその時何年生とか。
それが高校3年生ですね。17歳の時の9月ぐらい。
ええ、もう半年ぐらいしかないじゃないですか。第1志望はまず最初どこだったんですか?
そうですね。最初一橋大学とかに行こうと思ったんですよ。東大は多分無理だろうけど、それぐらい上を狙ってやっとけばダメでも引っかかるだろうなと思って。ところが数学が無理だっていうことと、あと大学受験そのものの壁の厚さがだんだん分かってきたんで、これはちょっとやめよう、私立文系にしようと思って、で、早稲田・慶應をとりあえず狙うことにして勉強してたんですけど、でもそれもちょっとどうなんかわかんないなと思いながら、MARCHどっか引っかかったらいいなぐらいで勉強してましたね。
ああ。え、実際の判定で言うとどうだったんですか?早慶、MARCH。
あ、僕模試1回も受けてないんですよ。あったのかな、その頃。A2級だけあったんですけど。
あ、すごい。
でも、それだけだったんですよ。
それ取ったんですか?
それは高校2年生の時に多分取ったんですね。ちょっと英語は分かっててもいいのかなみたいな感じで。サクっと、ちょっと趣味みたいな感じだったんですよ、もう勉強が。
すごい。
だからもう高校とかもサボりまくってましたよね。
ああ。
で、もう学校は行かないで、1番勉強に集中できるような場所で、単語を一気に覚えるとか。
え、電車で勉強とかもするんですか?
あ、電車でそう、勉強したんですよね。当時ちょうど、安い値段でめっちゃ遠くまで乗れる切符とかがあって、2日連続で東京から中央線で長野まで行って帰ってきたりとか。
あ、勉強のために。
そうで。結構やっぱ電車で昔から勉強してたんで、旅行中とか。
そうなんですよ。で、そうすると集中できるんですね。やっぱ電車の中だと他の受験生が目に入るんですよ。電車の中でこうやってる地元の高校生たちが乗ってくるじゃないですか。で、そうすると敵が目の前にいると頑張らなきゃみたいな気持ちになって。
最後追い込むわけじゃないですか。1日どれぐらい勉強するんですか?
はい。やっぱ基本10何時間とかで、20時間以上やった日もあったんですけど。結構やったんですけど、それもやっぱりちょっと、それをやることに満足してるっていう感じでした。
20時間って、え、4時間しか寝てなくてみたいな。
そう、そう、そう。で、もう体も熱っぽくなってて。当時ストップウォッチでどれぐらい自分がやってるかみたいな、ちょっと意地になってやってたんですよね、多分。
伸ばすことに意地になって。
そう、そう、そう。
横国の学部どこでしたっけ?
経営学部。
その推薦入試を見つけたのっていつぐらいなんですか?
それは10月ぐらいに見つけたんですよね、多分。で、なんでかって言うと、僕高校の内申っていうか、成績が良かったんで、それ推薦入試使えんじゃないのみたいに言われて、そういえばそういうのもあるなと思って。で、一応受けてみたんですよね。
へえ。
で、横国か慶應文学部かどっちかに行こうと思ったんですけど、どっちもあれがいらなかったんですよ。センター試験とか。学力不問だったんですよね。
へえ。
そう。そんな難関大学なのに学力不問のやつがあるんですよね。ちょっとよくわかんないですけど、学力っていうか、論文とか面接で多分学力を見るっていう考えなんでしょうけど。慶應の方が名前は通りやすそうだなと思ったんですけど、文学は金儲かったらやればいいじゃんと思って。なので、経営の方がいいかなと思って横国に行ってですね。
はい。当時は学歴が上の方がいいなっていう感じはあったんですね。
それはありました。やるからにはもう、できれば東大行きたいけど、でも全然当然無理なんで。東大の推薦入試もその年から始まったんですよ。で、それをギャンブルで一発やるかとも思ったんですけど、さすがにないなと思って。
オリンピックとか。
そう、そう、そう。数学オリンピックを経験した人が行けるみたいな感じですもんね、あれね。
そう、そう、そう。当時の横国の受験科目って小論文と面接だったんですか?
と、あとは内申点みたいな。もうそれだけですね。
内申点はどれぐらいだったんですか?結構高いですか?
確か4.9みたいな。
すごい。
体育が4で、それ以外全部5みたいな。でも簡単だったんですよ、学校が。
あ、はいはいはい。
で、あとは面接と論文を一応自分なりに書いて、まあまあいけたみたいですね。
え、それは何について書いたんですか?
やっぱね、電車について書いたんですよ。経営の中で商品がどう扱われるかみたいなのを、あなたが分かる範囲で、この商品のこの扱われ方についての考えを示せみたいなやつで。で、JRは今、これをこう作戦に変わっていますみたいなことを書いた。それが多分、オタクではあるけど、その分野だけは自分なりに勉強してたんで、それを書けばいいみたいなのがあったんでしょうね。
はい。面接は結構うまくいったんですか?
うまくいったんだと思うんですけど。そう、最初無理だろうと思ったんですよ、こんなん。だって周りの人はすごい勉強してる頭いい人たちが来てんのに、自分は、もう全然、なんて言うんですか、センターで横国に入学するなんか絶対ありえないみたいな感じだったんですよ。だから自分が合格できるわけないから、適当にやろうと思ったんですよ。
なんて言うんですかね、バカンスに今日は来たぜみたいな感じだったんですよ。周りにいる人たちもやっぱみんなめっちゃ頭良さそうに見えるんで、もう勝てるわけないなと思ってたんですよね。しっかりした論文対策の本とかも読み込んでるし。
でも、これ良くないあれかもしんないんですけど、扉の向こうから他の人の面接の声が、結構でかい声の人のが聞こえてきたんですけど、私は学級委員を高校でやってみたいなことを喋ってる人がいたんですよ。
はい。
で、え、それって今話すことじゃなくない?って僕はその瞬間聞いてて。それは就職面接で話すことで、大学で勉強する時に学級委員の話はいいじゃんみたいなのを僕はその時に聞いて思って。あれ、もしかしてこの中で意外と戦えるかもしんないなと思ってですね。それでちょっと真面目に面接のところもやったんですよね。
ああ。これちょっと戻っちゃうんですけど、生徒会もやられてたみたいな。
そう、そう、そう。生徒会もやりました。それは就職対策です。
あ、そのためにやったんですね。
はい。もう部活をやってないと、こいつやばいやつなんじゃないかみたいなありますよね、やっぱね、ちょっと。変わった人ではあるんですけど。
僕もやってなかったですけど。
あ、そうなんですか。いや、やっぱ今大人になってみても、高校卒業して採用される人って、社会の歯車というか、一員としての、装置としての活動を結構強く求められると思うんですけど、普通社会の装置として動ける人って、高校で割と普通の部活に入って普通に卒業までやると思うんですよ。で、それをやってないっていう時点で、こいつなんかあるなってやっぱなるじゃないですか。
まあ、そう、はい。
で、それで生徒会を代わりにやったみたいな。
ええ。
でも今考えると、代わりになんないと思いますけど。だっておかしくないですか?政治活動的なことだけやって、部活はやりませんでしたみたいな。社会の歯車として大人しく活動してくれそうな雰囲気がないですよね。
確かに。確かにそうっすね。生徒会も入ってて、動画見たんですけど、定期テストもほぼ満点みたいな。全科目ほぼ満点みたいな。
ありがとう。
そう、そう、そう。すごい点良かったんですよ。
1500分の1400点。
あ、僕の昔のやつ。懐かしい。そうだったんですよ。
勉強もできて生徒会も入ってて、だからどういうキャラになるんですかね?で、部活は入ってないじゃないですか。学校ではどういうキャラなんですか?
どういうキャラだったのかな?高校卒業する直前とかになると、面識のない人たちが教室に僕を見に来てたんですよ。
ええ。
そうなんですよ。で、あれ、あの人かみたいな感じで。
あ、有名ではあったんすね。
結構有名でしたね、多分。やっぱ生徒会の演説が独特だったりとか。
どんなこと演説した?
僕2期やったんですけど、1期目は、皆様からお寄せいただいてる要望を読み上げますみたいな感じで、これこれをしてほしいというご要望があり、こういったことがあります、こういったことがあり、私はそれを承りましたので、それをなるべく反映できるように努力することを約束しますみたいな。でもそれ、高校1年生が言ってたら、こいつに入れてみるかみたいになるじゃないですか。
あ、はいはいはい。確かに。
2期目は、僕が言ったことが結構改善されたんですよ、本当に。学校の中で。でも僕が何かしたわけじゃなくて、僕が演説したから良かったのか関係ないのかわかんないですけど、学校改革で勝手に学校側が変えてくれたんですよ。僕何もしなかったんですよ。で、申し訳ないんですけど、私は何もやりませんでしたと。ここで何もやりませんでしたって言うのおかしいと思うんですけど、嘘言うよりはいいと思うので、みんなのマニフェストが実現できるように今年はちゃんとやるのでよろしくお願いしますみたいに言ったんですよ。そしたらめちゃめちゃ得票されて、またそれです。先生たちは怒ったみたいなんですけど。
ええ。今、政治家志望とかはないんですか?
ないっすね。
ゼロ?
全くないっす。
へえ。
それでも昔から本当いろんな人に言われるんですよ。政治家やらないのみたいな。なんかね、やりたいことがないんですよね。国会で論戦するみたいなのならちょっと面白そうだなと思うんですよ。
論戦だけ。
そう。でも正直、日本をこうしたいってのはないというか、もう別に全然いいじゃん、今のままでみたいな。
なるほど。
何を変える必要があるんだよなって。
なんかできたらもしかしたら挑戦するかもしれないみたいな。もしやるとしたら、真剣な顔して議論してるけど、お前たちがここで難しい顔してるから世の中に社会問題が増やされてるのを自覚しろみたいな、そういう風なこと言ったら面白いかもしれないですけど、でもそれって政治家のやることじゃないと思うんで。
YouTubeでできますよね。そうそうそう、できますよね。
ちょっと人生の話に戻っちゃうんですけど、早慶は受けてないんですか?結局。
結局そう。もう横国の推薦入試が11月にあって、結果を見るの忘れてたんですよ。絶対落ちてると思って。でも思い出して見てみたら合格してて、それが12月だったんですけど、結構面白いですよね。で、早慶とかMARCHとかの一般入試はもっと後じゃないですか。だからもう受けずに終わっちゃいましたね。
ああ。で、センターは受けたんですね。
センターは一応、受けた点数が横国に通知されるっていうのがあって、で受けたんです。あとやっぱちょっとやってみたかったんで。東大に入って試験を受けるっていうのは、場所が東大だったんで。そうなんですよ。だからちょっと東大行ってみたいじゃないですか。
だから自転車に乗って東大まで行って、サイクリングをしてたんすよ。チャリでサイクリング。それも学校で話題になったんです。誰かに見られて多分、あいつはセンターの日に東大に行ってサイクリングをしてたぞみたいな。誰にも言ってないんすけど、僕ただあの建物を見に行っただけなんで。そういうのがちょっと話題になってたってのはありました。
センターはどれぐらいなんですか?当時。
センターは全然、まず数学・理科は全く勉強しなかったんですよ。だからもう受けても時間無駄だからと思って、2日目はもうバックレました。行かなかったんですか?0点ですね、まずね。で、国語が8割は行ったみたいな感じ。でもそんぐらいですよ。いや、いや、英語も確か8割は行ったぐらい。でも日本史は95点ぐらい取ったんですよ。
自分だったら、あ、確かにそうっすけどね。
結局僕12月で受験勉強やめちゃったんですけど、12月、1月と、2月まであるじゃないですか、3ヶ月。そこでガチでやったら私立文系の受験どこまで行けたのかなっていうのは、唯一それだけが心残りですね。
ああ、合格できなかったじゃないけど、訓練はしたのに戦いに行けなかったみたいな。
でもだから11月とかに試験あるってことは、ほんまに1ヶ月2ヶ月とかしか勉強してなく。あ、そうなんですよ。僕受験生だった期間が2ヶ月ぐらいしかないんですよね。
すごいすね。2ヶ月で横国すごいすよ。何人受けて何人受かるとかってあんまわかんないですか?いや、多分普通に倍率が5倍なんで、何人やったのかな?入学者が多分5人だと思うんです。定員が。そうで、その25人のうち5人が受かるみたいな感じです。へえ。
大学合格して入学までのその空白の4ヶ月ぐらいはどういうことされてたんですか?
やっぱりその4ヶ月間とりあえず時間があるから、今YouTubeやろうっていうことと、あとはその時期が本当にあれだったんです。僕が好きな電車が本当に全部なくなる時期とかぶってて、卒業する時と趣味がなくなる時が一緒だったんですよね。おお。だからそこでもうなくなる電車に乗りまくろうってのもやりましたし、あとはバイトして金稼いで、その3つだけでしたね。
はいはいはい。で、そこからその金持ちになろうみたいな欲が出てくるんですかね。
あ、そうです。その頃からやっぱ金持ちを目指して頑張ろうっていう気持ちになりました。てか元々なりたかったんですよ。で、それは別に金で世の中を好きに動かしたいからとかそういうんではなくて、やっぱある程度貯めておいた方が安心じゃないですか?っていうだけなんですけど。
へえ。YouTubeでちょっと計算してみたら、どのぐらい再生されたらいくら入ってくるんだなって計算すると、あれ結構食えるじゃんみたいになりますよね。計算するとね。で、それだったら本気でこれやった方がいいかもなっていう風に考え始めて、YouTubeで金持ちになろうっていう目標が定まったっていう。そう。そうですね。
それでお金持ちになって、電車乗りまくったり、自由に暮らしたいっていう目標なんですか?
それはもう会社に雇用されて長時間労働をさせられて人生とか健康を失っていくことを回避するために。発想はすごい左翼なんですよ。左翼なんですよ。
そうですね。1年に入る前ぐらいからYouTube今後知り始めて、チャンネルめっちゃありますよね。そう。色々あるんですよ。スーツ交通チャンネル、電車のチャンネルとか、旅行のチャンネルとか。
合計何個ぐらいやってんですか?何個やってるんだろ?動かしてないのもあるんですけど、動かしてるのは今言った3つだけで、ゲームチャンネルとかも一応やりましたし。あ、あった。あったわ。今言われて思い出した。
これやっぱ意図はあるんですか?分析した結果そうなったんですか?
いや、とりあえずやってみようみたいな。今自分がやってることはそのまま運用しつつ、新しいものも参入みたいな感じで。でも成功してる経営者の方ってそんな感じの方多くないですか?とりあえず新しいこと試してやってみて、うまくいったら続けるみたいな。自分1人だと限界があるんで、そろそろちょっとまた考えようと思ってるんですけど。
なんかAIにするみたいな言うてた。そうです。AIも使ってます。もう僕は全然やらないで回ってるチャンネルとかありますし。そう、あるんですよ。
え、それはスーツさんのAIが喋ってるんですか?そうです。僕は自分ではやってないけど、僕の思想を受け継いでいる社員の皆さんが僕を再現して、僕が見てもあ、これ自分じゃんみたいな。その電車のチャンネルもありますけど、その学歴系みたいな時なかったですか?
ステハゲさんとかが出てきた頃は、そこのジャンルに入ってた感ありますよね。それは意図して参入したわけじゃなくて入っちゃってたんですね。というか大学生だと学歴の話ぐらいしか話題ないじゃないですか。とりあえず喋れば金もらえるし、学歴の話題は儲かるから。
そうだったんですね。学歴界隈に金脈があるとかではなく。そう。その時に拾える金は全部拾っとくみたいな。本当ガムテープを手にくっつけて、それでこうピカピカピカピカってみたいな。
じゃ、本当にお金持ちになることを目標に合理化された最適ムーブをしてたっていう。当時はそれがそうだと思ってたって感じですね。それが合理的で最適というか、とにかく拾える金をただ拾ってくるみたいな。
今はでもそんな感じしないですよね。それはもう貯め切ったからです。羨ましい。
いや、大体あるじゃないですか。これぐらいあれば大丈夫だなみたいな。で、別に贅沢とかをしたいっていうよりは、ただ本当企業から搾取されたくないっていうのがあるだけなんで。左翼だなと思。そうなんですよ。でも本当に今はFIREに近いというか。あ、もうその通りすね。
すご。投資はされたりしてるんですか?投資は結構がっつりやってますね。そうなんだ。じゃあもう運用で生きていける感じ。そうなんですよ。要は日頃使う金よりも、おそらく増える資産の方が多いだろうみたいな感じ。でも、そういう方ってこれからいっぱい増えると思いますけどね。
普通の人でも本当に。そう、1回動画でその年収5000万大学生みたいにバーンってやって。そう、そう、そう。すごくないですか?学生でですよね。でも全然多分できますよね。多分あれなんですよ。
僕いい動画を作りたいとかってのが本当になくて、ただ本数をもういっぱい出せば。3万再生とかでも1万円ぐらいもらえるじゃないですか。で、年間その程度の動画でも5000本出せば5000万円。だからそういう時納金なんすよね、結構。はあ。もう本当にだからお金を拾うためだけの毎日の生活として、起きてる時間はなるべく1秒でも長く録画ボタンを押せたらいい。すげえわ。ちょっと見習うべきす、これ。
そのマックス1番忙しかった時期ってどのぐらい出してたんですか?動画。
平日は毎日1本、休みの日は2本。それが電車チャンネルで、それと別に喋るスーツ背広チャンネルは毎日1本みたいな感じだったから。であと旅行チャンネルもやってたんですよ。で、それも出せれば極力毎日だけど、実際には3日に1本みたいな感じで、多分週20本ぐらい動画出。うわ、やば。
確かに編集はカットだけのチャンネルもあると思うんですけど、どういう組織体制だったんです?おっしゃる通りでも全部1人でやってたんですよ。やばいすね。すご。そんな難しくなくて、ただ撮った動画をそのまま並べて書き出してアップロードするみたいな。ほぼ編集なし。なしですね。
当時のそのお金拾いの時代は楽しかったですか?やっぱ楽しかったすね。楽しかった。すごいな。で、毎日自分の財産がいくら増えたかっていうのを記録してたんですよ。で、何にいくら使ったかも全部記録してて。
へえ。で、1回留年してましたよね。
僕2回してます。留年はそうなんですよ。普通に1年は留年するつもりだったんです。卒論が大変だから。で、それはそういう計画だったんですよ。で、もう1年は単位の計算をミスって、足りなかったから留年ですみたいな。あ、そうなんだと思って。でも普通に残り2単位だけ取って卒業しました。
でも別にそれはあんまり深刻なことだとは思わなかったんですよね。別に学費半年分、国立大学そんなすごい高いわけではないんで。別にそれ払えばいいし、その期間また大学生ブランドでちょっと売れるから、正直学費回収できるじゃないですか。留年しましたって言うだけでも多分学費も回収できると思いますし。だから多分そもそもあんま計算を真面目にやってなかったんですよね。本当に足りるかな、どうかなみたいな。だから留年っていうのは、あ、まあ、そうですかみたいな。
でも就活されずに卒業されるっていう感じ。
そうですね。1回だけ丸の内ですごい、とある企業の人から話しかけられて、なんだったらうちに来てくれたらお世話しますからみたいに言われたことあったんですよ、1回。で、そういうの本当にあるんだと思って。でも正直多分会社入っても活躍できなかったろうなっていう感じはしますね。
言えたらですけど、何系の企業なんですか?
何系なのかな?言ったら多分丸の内でそれって言うと答え出ちゃうと思うんですけど、三菱グループのどこかみたいな感じでしたね。あ、そうだったんですよ。
卒業されてからは起業されるんですか?
一応在学中からやってたんですけど、要は税金対策で法人にした方が安いからって、それはあるじゃないですか。でもその程度ですね、やってた。
で、その後一応会社組織として案件とかを受けて増収をしていこうってことになってですね。で、それで会社組織がどんどん大きくなったっていう時期もありました。
観光誘致でしたっけ?
そうです。その時はもっと観光業の自治体とかの予算をうちにいただくような会社にしようっていう発想が結構強かったんで、そういう名前にしたんですよね。
それはやってるんですか?実際に。やってます。やってます。今も自治体さんとか海外の政府とかの仕事とかもあるんですよ。意外とちゃんとやってるんですよ。
マックスどのぐらい売上たんすか?
いくらぐらいだったのかな?多分官報とかに載ってると思うんすけど、2、3億ぐらいだと思います。でもそんぐらいYouTubeで多分そんぐらいの人は普通にいると思うんですけどね。
トップ層だとそうですよね。めっちゃ上の方だったら。そう、そう。
ごめんなさい。マックス何人いらっしゃったんでした?社員さん。28人いたはずです。うわ、すげえ。
多分ちょっと多いですよね。でも結局全部僕が頑張って働かないと会社の売上は立たないみたいな感じだったんで、それは持続できないというかね。僕が極端な話、おかしくなったら終わりみたいな感じなんで。そうそう。だから今はどっちかっていうとそうじゃない会社を作り直すっていう感じですね。ちょっと軌道に乗ってきてますね。
要はそのAIでスーツを再現してみるとか、あと他のチャンネルとかですね、色々作って、僕が一生懸命働かなくても儲かるような会社にすればいいみたいな。
それで言うと、おかしくなっちゃったというのが正しいかわかんないですけど。そう、やりましょう。ちょ、嬉しそうですか。ちょっと前、出荷騒動みたいな、騒動でないんですけど、ReHacQとか見始めたりとか、あれ何があったんすかね?
あれはすごい端的に言うと、ちょっと説明が難しいんですけど、演技ですねって言えば演技なんです。演技なんかい。
あと社員の皆さんとかにもね、うちの会社がおかしくなると、こういう風な感じになりますよみたいなのを当事者意識を持っていただく機会にもなるじゃないですかみたいなとか。そうなんだ。やっぱり1回自分の会社がガチでおかしくなったらどうおかしくなるのかっていうのもやってみないと分からないところもあるしっていうのもあってですね。
あそこで言ってることは全部嘘ではないんですけれども、僕が本当に考えていることを、ReHacQに出演してですね、どうでもいいじゃないですか、生きてようが死んでようが関係ないすよみたいな言って、机の上で寝っ転がってみたいなね、やったりしましたけども。で、それは別に全く嘘言ってるわけではないんですけど、あの時も別に日常的にああしていたわけではないです。ただやっぱりその時に僕がXにね、生きてても死んでもどうでもいいですみたいなことをずっと夜中とかに書いてたりとかしてて、スーツさんどうなったってなってるところで、ReHacQからちょうど出演いかがですかみたいな話があって、やりましょうっていうことですね。
それは番組として面白くないじゃないですか。結局ちょっと騒いでるけど普通でしたら、難しいこと言って、もうどうでもいいよみたいになっちゃうと思うんで。そこやっぱり特に動画の冒頭って大事じゃないですか。だからそれはちゃんとやんなきゃいけないなと思って、机の上で寝っ転がるところから始めるとかがいいんじゃないかなと思ってですね。
YouTuberすね。YouTuberすね、やっぱ。そうで、別に嘘言ってるわけでもないんですけどね。要は端的に言えば、やばいやつにならないとやばいやつの演技はできないみたいな。ああ。
だからちょっとReHacQのカメラ回る前に、今から変なことやると思うんですけど、危ないこととか本当しないようにしますんでよろしくお願いしますみたいな挨拶をした後に、始まる前ずっとReHacQの会社さんのオフィスで、床でゴロゴロ寝てたんですよ、僕。で、通りがかるじゃないですか、社員の皆さんとかが。で、もう本当すいませんみたいなこと言いながら。で、それを10分ぐらいやって、そうするとやっぱり本当におかしくなってくるじゃないですか、頭も。そうなんですね。
やっぱり、例えばそこの道とかで10分ぐらい寝っ転がってると、1回ね、やってみるとやっぱ頭おかしくなりますよ。そうなんですね。え、ちょっとトマさんこの後やってもらって。いや、1回ぐらいやってみた方がいいと思います、本当そういうの。確かに1回ぐらいやってみたいかもしれないですね。そう。で、そうすると、こんな感じなんだとか、自分が異常行動をしてると世の中の人はこういう風に振る舞うんだみたいなのとか、結構やっぱそれ新鮮じゃないですか?体験として。
実際そのああいう風な変化を遂げて会社おかしくなるんですか?
いや、もちろんちょっと言えない話もあると思うんですけど、色々なご連絡などもいただいたりはしましたし、スーツさん大丈夫ですか?みたいなとか、また大丈夫になったら、体調が治ったら、本当は体調が悪いわけではないかもしれないけど、とはいえそこでスーツさん頭またまともに戻ったら取引しましょうとはちょっとならないんで、体調がまた良くなられたら取引、よかったらまたみたいな。結構皆さん本当親切にしていただいて。へえ。で、もちろん取引とかも減りましたけれども。それはそうじゃないですか。ちゃんと影響は食らってるんですね。
影響はありました。ただ正直YouTube自体は結構それで売上も立ったりとかして、短期的には問題なかったのと、あと今はなんだかんだ落ち着いて、その時も落ち着いてはいたけど、対外的にも今落ち着いてやってるんで、今後はそういうことは多分やらないですね。
で、10年、このまま大人しくやってれば多分また信用も、あ、そういう時代もあったよねみたいになると思うんで、大人しく自分からは余計なことは言わずに同じような仕事を淡々とやっていくみたいな。それを今後の10年にしようかなと思ってます。
で実際、卒業してから今って何年目ぐらいですか?卒業したのが2022年。え、4年目ぐらいですかね。その4年間は主に会社、YouTube。そうです。そうです。など。でも旅行とかもガンガン行きながらってことですかね。
はい。行きながらできるんで全然。他の社員の皆さんにやってもらうことが多いので、全然それで旅行行きながらできましたね。
旅行はマックスどんぐらいの頻度で行くんですか?1番すごい時は、やっぱ何ヶ月連続で行くみたいなこともありましたしね。2ヶ月、3ヶ月ずっと行って、そこで撮影を毎日続けるみたいなこともあるし。結構バラバラなんですけど、最近はでも月に何回だろう?3、4回ぐらいしか行ってないかもしれないです。そうなんですか。あら、そうなんだ。
っていうのはやっぱり、自分で行って、自分の足で稼いでくるみたいなのも別にやってもいいんですけど、もう自分の必要なものは手に入れちゃったので、そこまで別にやんなくてもいいかなっていうのがあって。で、社員の皆さんにそれより稼いできてもらう方が、彼らが自分でお金を稼ぐノウハウも身につくじゃないですか。
で、結局スーツさんのお手伝いだけずっとやってると、僕が死んだりとかしたら彼らももう食っていけなくなっちゃうと思うんで。だから自分たちで食っていける感覚を社員の皆さんに掴んでもらいながら、彼らの売上も増えるような会社にすれば、自分は働かなくてもいいかなみたいな。ああ。でも多分世の中のビジネスってそんな感じすよね。
え、じゃ、最近って何してるんですか?
そうですね。何やってるかな?例えば出版社の方から声かけていただいて、本出しませんかみたいな話をいただいて、じゃあちょっとやってみますかとか、あともうそれこそトマホークさんから連絡いただいたから、じゃあちょっとやらせていただけますかと。ありがとうございます。今はですね、周りの皆さんと仲良くするみたいな感覚を掴むみたいな。
ちょっと、降りてきて。そう、そうなんですよ。僕の人生の目標、一応2つあって、1つは生存を達成することなんですけど。生存を達。それはまあ多分できたからって感じなんですよ。もう1個は、長生きしたいなと思ってて。結構時間に僕興味があるんですよね。で、色々な種類の時間を経験したいなと思ってるんですけど。
っていう中で長生きすると多くの時間を見る機会とかあるじゃないですか。なので長生きするためには、周りの方々とのコミュニケーションとかを取って良い関係性を持つことが健康にいいですよみたいな、社会的役割を持つと大事ですみたいな、っていう風なことがハーバード大学とかからですね、言ってるらしいので、その健康維持習慣の1つですね。
ああ。最近やってるのは運動と、他の人に会ったりとかお話を伺ったりすることと、あと食事管理。食事アスリートみたいな。
あと戻っちゃうんですけど、その恋愛に興味なさそうな感じは感じ取ってて、でご結婚されたじゃないですか。2年前、3年前とかですかね。そうですね。2022年に結婚したんですけど、発表したのは2023年か。ああ、じゃ4年前で結婚された。じゃあ卒業と同じぐらいなんですかね。一応僕が大学生だった時に結婚したんだと思います。じゃ、学生結婚をされてて。一応、留年しまくってるから。そうですね。
それは恋愛には興味あったんですか?昔から。
いや、むしろ多分あんまりこう言うと妻に失礼なんですけど、興味がなかったからさっさと結婚すりゃいいと思ってたんですよ。失礼すね。いやいや、別に最近のSNSとかでも見るんですけど、もっといい相手がいるんじゃないかみたいなのあるじゃないですか。
でも別にそんな違いはないって言ったらあれなんですけど、ただ妻とやっぱり日頃家にいて色々話したりするので、お互いの価値観はすごい近いなと思うんですけど、そうすると他の人と妻とはちょっと違うなって感じはありますよね。お互いのことが分かりますし。
だからどういう女性と結婚するかは別にどうでもいいんだけど、その後どうやって一緒に安定して過ごしていくかみたいな、そっちに関心があるかもしれないですね。
要は人間って時間が経つと変わっていくじゃないですか。だから例えば22歳の時とかに結婚した人が42歳になると多分別人になってると思うんですよ。だから22歳の時に誰と結婚するかよりも、その後の20年間とか、あるいは50年間をどう過ごしていくかの方が結果の差が大きくなる気がするんですよね、僕は。ああ。だからあんまり誰と結婚するかっていうのはそんなに深くは考えない。そうそうそう。こう言われた妻はあれかもしれないですけど、でもお互いにいい関係を作れるように努力してるんで。
あとちょっと話変わっちゃうんですけど、普通免許取ったみたいな話ありましたよね。一瞬で返納したみたいな。はい。いや、そうなんですよ。自動車免許を取ってそれをすぐ返納して、もうすごい叩かれて。え、叩かれたんですか?いや、めちゃめちゃ叩かれたんですよ、当時。
てか、今でも多分僕のアンチコメントみたいなの色々あるじゃないですか。するサイトとかで、多分僕のやつに書いてあるの半分ぐらいは、あいつは免許を取って返納して、それはもう本当にあるまじきことだみたいな。え、そうなんだ。え、なんでダメなんですか?
それはですね。ちなみにお2人ってご出身は車がなくても生活できるところですか?うちはでも田舎なんで。田舎。そうですか。じゃあ多分言われればそうかなって感じる部分もあるんじゃないかと思うんですけど、要は車の免許を取ったのにすぐ返納っていうのは、多分車社会のところだと人権そのものを獲得したのをすぐに捨ててるような感じになるんじゃないかなと僕は思うんですけど、免許があることで大人として1人前というか、あって当然だよねみたいなのありません?
でもそう思っちゃいそうだけど、別に返納しても困る人いますかね?
多分彼らの人生そのものが否定されるような感覚になるからじゃないかと僕は思ってるんですけど、運転免許は自分自身の権利であって、自分自身の存在できる根源みたいに感じる人は結構僕多いんじゃないかと思うんですけど、それをポイってするのは、まるで神社の神棚をゴミ箱にポイっと捨てるようなものみたいな感覚が彼らにはあるんじゃないかなと思うんですけど、今はそれが分かるんですよね、割と。で、当時わかんなかったんですよ、それが。だからすぐ返納してしまったんですけど、今考えたらやんない方が得だったなって思います。いや、それはそう。
でも当時はその返納した方がお金になるみたいな思考ですか?
そもそも運転は絶対やりたくなかったんですよ。また。そうなんですよ。日常生活で運転だけはやっぱちょっと飛躍的にリスクがでかい、人間の命に直接関わることだから、できればやりたくないなと思ってたんですよ。で、とはいえ車の免許を取るっていうことはやってみたかったんですよね。
で、それによって車っていうのがどういう風にして、この社会の基礎的なものなんで、その文明は知りたかったんですよ。だからそれを理解するために一通りのことを経験したんですけど、もう取ったらその後は使い道ないから。で、なんなら返納するとタクシーとか10%引きとかになったりとかってあったんですよ、その時。そうなんです。だからそうすると返納したら元も取れるし。
今それね、僕のせいなのかわかんないですけど、年齢制限つくところ増えたんですけど、でも60歳になったらね、またタクシー10%引きとかで乗れますから。めっちゃ長期で見てる。そうですね。そういうことだったんですね。
どっちかって言うと、取った後使わないんだったら返納するでもう1回ネタ作れるっていう発想はありましたね。そういうことですよね。そしたら実際それで多分その動画50万回ぐらい再生されてたんで、やっぱもらえるじゃないですか、お金。そうね。
今後どうやって生きていくかみたいなのは気になる。あんまり考えがないんですけど。
もう本当そのためにここに来てるまであります。なんかおじいちゃんみたいなこと言ってませんか?
いや、本当そうなんですよ。最近喫茶店とかによく行くんですけど、そうするとやっぱおじいちゃんたちがよく平日の真っ昼間とかに体の話をしてるんですよ。やっぱ肝臓がこうだよねとか、食べ物はオリーブオイルがいいらしいよみたいにおじいちゃんたちが言ってて、僕はそれを聞いてすごい、うわそうだなみたいな、自分の世界の話をおじいちゃんたちがしてるように感じるんですよ。で、よく年取ると健康の話しかしなくなるよみたいに言うじゃないですか。それなんですよ、本当。
40年ぐらい早くないですか?そう。でも本当感覚は高齢者すね。年だって変わんないすよね、僕ら。28とか。28です。で、僕ら2個とか1個上とかなんで。だから長期的な目標立てにくそうじゃないですか?
ないですね。まあ、でもそれはもう本当80歳ぐらいまで生きてみるみたいな感じですかね。
生きてみる、生きてみたということで、今後はその健康オタクみたいな感じになっていくんですかね。そうですね。多分そうなると思います。健康オタクですよね。
ムキムキになろうとかはないですか?筋肉量を増やした方がいいらしいんです、やっぱね。へえ。だから結構僕は運動はめちゃめちゃやってますね、最近は。もう週4回ぐらいかな、やってますね、色々。結構やってるんですよ。タンパク質もめっちゃ食べたりとかね。トレーニーみたいな。そうそうそう。
健康のための食事ってどんな感じなんですか?気になるです。
まずは筋肉量を増やすことが大事かなと思って。タンパク質を僕だったら1日100gとか取ってですね。やべ、すげえ。ちゃんとトレーニーの考え方。え、例えばささみみたいなの食うんですか?とかですね。あとはプロテインとかも飲むことありますし、それからあと魚とか、サバとか、イワシとか、タンパク質もあるけどDHAみたいなね。
ちょっとせっかくなんで色々お話すると、常温で液体の油の方が動脈硬化とかに効くんすよ。へえ。だから肉とかの油はあんまり食べないし、加工肉も食べないんですけど、サバとか、イワシとかそういうものは結構食べるようにしてて、それでタンパク質と脂質を取るみたいな。あとはナッツとかオリーブオイルとかで油を取るみたいな。
一言で言うと時間マニアかもしんないですね、僕は。時間マニアです。そのための健康みたいな。そのために今まで生きてきたかもしれない。要はその時間を企業から搾取されないとか、寿命を伸ばすとかっていうのも全部そうですね。
で、最後にこのチャンネル、視聴者層が20代30代みたいな学生とか若者みたいな感じなんですけど、そこに何でもいいんでメッセージをもらうみたいなのがありまして、最後一言お願いできたりしますか?
僕将来のことばっかり考えて生きてきたんですけど、目先のことに囚われると良くないみたいに言うじゃないですか。でも意外と人間の脳ってよくできてるなと思って、目先のことだけやっててもちゃんと人生が前に進むようなシステムもあると思うんですよ。だから目先のことをやるのもいいんじゃないですかっていうことを、最後バランスを取って。こんだけ時間の話して。
多分30代ぐらいになるとそれに満足してくるところあると思いますね。20代の時はエネルギーがあったりとか、多分人間の発展的にも20代ぐらいの頃は色々動いて学習するフェーズみたいな。30代とかになると多分それを落ち着かせていくフェーズみたいな、多分人間の脳がそうなるようになってんじゃないかと思うんですけど、20代の時にやりたいことは20代のうちに全部終わらした方がいいと思いますね。おお。それもいいかもしれないです。
いや、今日は楽しかったです。ありがとうございました。
この町の空にせ こんな時代のそばにも いなくとなりお
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