柳沢正史が語る睡眠の謎:生き物はなぜ眠り、眠らないと何が起きるのか

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概要

睡眠中の生き物は外からの刺激に鈍くなり、外敵に襲われる危険も高まる。それでも、神経系を持つあらゆる生き物は眠る。この動画では、覚醒を保つ脳内物質オレキシンを発見した睡眠学者・柳沢正史氏(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構〔WPI-IIIS〕機構長)が、睡眠の起源と役割、睡眠不足の害、広く信じられている誤解、オレキシン発見の経緯、人工冬眠研究、睡眠障害について語っている。柳沢氏の立場ははっきりしている。「なぜ眠るのか」は今も解けていない謎だが、睡眠を削れば脳と体に大きな害が出ることはすでに分かっている。そして睡眠で最も大事なのは質より量だ、というものである。

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睡眠は脳より先に「発明」された

柳沢氏は、「人はなぜ眠るか」は睡眠学の立場から見れば「永遠の謎」とも言える難問だと述べる。人に限らず、調べた限りすべての動物が眠るという事実が、そもそも謎だからだ。

より正確に言えば、眠るのは「神経系を持つ生き物」である。2000年前後から研究が進み、脊椎動物をさかのぼって魚も眠ることが分かった。さらに、昆虫、線虫、イカやタコといった、体の構造がまったく異なる無脊椎動物も眠ることが報告された。昆虫やイカ、タコは小さいながら立派な脳を持ち、複雑な行動をする。ただし柳沢氏によれば、彼らの脳と私たちの脳には相同性がない。脳は進化の中で明らかに複数回発明されている。それでもどちらも眠るとなると、睡眠の起源はどこにあるのかという疑問が出てくる。

柳沢氏の記憶では2017年ごろ、クラゲも眠るという論文が出た。クラゲには神経細胞が体中にあり、傘を動かして泳ぎ、触手で刺して餌をとる。しかし、中枢神経系と呼べるものはない。そのクラゲにも睡眠と呼べる行動がある。ここから柳沢氏は、睡眠は脳よりも先に発明されたと言えると述べる。ただし、危険を冒してまで神経系を持つすべての生き物がなぜ眠る必要があるのかは、よく分かっていないという。

レム睡眠とノンレム睡眠

哺乳動物に限ると、睡眠は大きくレム睡眠とノンレム睡眠に分かれる。柳沢氏はレム睡眠を、ある意味で「ちぐはぐな睡眠」と表現する。レム睡眠中は、ストーリーのある夢や感情を伴う夢など、鮮明な夢を見る。だからといって眠りが浅いわけではない。強い刺激を与えないと起きないという意味では、深い睡眠である。また、レム睡眠中は全身の筋肉が完全に脱力する「レム脱力」が起き、運動出力はほぼゼロになる。例外は呼吸に関わる筋肉と目の筋肉だけだ。レム(Rapid Eye Movement)という名前は、夢の情景に合わせて動くと考えられている、まぶたの下での眼球運動に由来する。一方で自律神経系の出力は活発になり、呼吸や心拍が不規則になる。こうした組み合わせが「ちぐはぐ」と言われる理由である。

ノンレム睡眠は、名前のとおりレムではない睡眠で、いわゆるすやすや眠っている状態だと柳沢氏は説明する。ぼんやりした夢は見るが、はっきりした夢はあまり見ない。脳の活動性が落ちているわけではなく、「オフライン状態のメンテナンス作業」をしていて、外から見ると静かに眠っているように見える。呼吸や心拍は非常に規則的になる。ノンレム睡眠には浅い段階、中間の段階、非常に深い段階がある。

番組のナレーションは、両方の睡眠で記憶の整理が行われていると考えられていると補足する。ノンレム睡眠では直近の記憶を長期記憶に移し、レム睡眠ではスポーツや楽器のような言葉にしにくい技能の定着に関わるとされる。ただし、どちらの睡眠がどの記憶をどう処理しているのか、詳しい仕組みはまだ分かっていない。

記憶の定着と、夢はなぜ見るのか

学んだことを長く記憶に残すうえで睡眠が欠かせないことは確かだと、柳沢氏は言う。寝る前にしっかり勉強して一晩きちんと眠ると、その記憶が定着する。睡眠学的には一夜漬けはまったく勧められない。短い睡眠ではなく夜にしっかり眠ることが、記憶を長く定着させるうえで非常に大事であり、「受験生はよく眠ることが大事」だと強調した。

夢について柳沢氏は、睡眠中に起きている日中の出来事や覚えたこと、印象に残った情景の一種の「リプレイ」の一部が、夢として意識される現象だと説明する。なぜそうなるのかはまだ分かっていない。ただ、睡眠中のリプレイが記憶の整理や定着に必要であることは分かっているという。さらに、レム睡眠中の感情を伴う鮮明な夢には、ストレス耐性をつける役割があると多くの心理学者が唱えている。現実に起こりうるストレスフルな状況を嫌な夢の中で「予行演習」することで、ストレスへの耐性がつき、感情的に動じにくくなるのではないかという学説である。

タコの皮膚、ペンギンの数秒の眠り、半球睡眠

動物に夢の内容を尋ねることはできないため、動物が夢を見ているとは断定できない。ただしナレーションによれば、睡眠中の眼球運動など人間と共通する反応から、多くの動物も夢を見ている可能性が高いと考えられている。

柳沢氏が例に挙げたのはタコである。タコにも「静かな睡眠(クワイエットスリープ)」と「アクティブな睡眠」の2種類があることが最近報告された。これをレム・ノンレムと呼ぶのが適切かは分からないという。アクティブな睡眠の間、体は動かず眠ったままなのに、皮膚の色がぶわっと変化する現象が観察されている。夢のようなことが起こり、その情景に合わせてカモフラージュしているという解釈が成り立つ。ただし、タコにどんな夢を見ているかは聞けないので、厳密には分からないと柳沢氏は留保をつけた。

ほかにも柳沢氏は、ある種のペンギンが1回4〜5秒ほどのごく短い睡眠を1日に数千回繰り返し、合計で8時間、10時間、あるいはそれ以上眠っている例を挙げた。イルカやクジラの類いは大脳の左半球と右半球を別々に眠らせることができるため、外からはほぼ24時間起きて泳ぎ続けているように見える。動物は環境に合わせて多様な眠り方を獲得してきた。それでも、なぜ眠らなければならないのかは謎のままである。

睡眠の二大謎——「機能」と「眠気の正体」

柳沢氏は、睡眠には大きな謎が二つあると整理する。一つは、神経系を持つすべての生き物がなぜ眠らなければならないのかという、睡眠の根源的な機能である。これにはまだ明快な答えがない。

もう一つは、これと関連する「眠気の実態」である。人はずっと起きていることはできない。起きている時間が長くなるほど睡眠へのプレッシャーが溜まり、自覚的にも眠くなる。それを解消するには眠るしかなく、睡眠中にプレッシャーは徐々に解消されていく。当たり前に聞こえるが、この「眠気」が脳の中で具体的にどういう状態なのかは、まだほとんど何も分かっていないと柳沢氏は言う。

睡眠不足で脳と体に何が起きるか

一方で、睡眠を失ったときに何が起こるかは分かり始めている。柳沢氏によれば、一晩の睡眠不足でも脳のパフォーマンスは大きく落ちる。一晩徹夜した状態の脳のパフォーマンスは、純アルコール20gを1ポーションとして3〜4ポーション飲んだ後と同程度だという。これはワインならボトル1本、生ビールならほぼ2リットル近く、日本酒なら3〜4合にあたり、完全に酔っ払った状態に近い。

徹夜をしなくても、1日6時間睡眠を2週間ほど続けると、徹夜と同じくらいまでパフォーマンスが下がる。1日4時間睡眠なら5〜6日で徹夜と同じになり、2週間続けると三晩寝ていないのと同じくらいまで下がる。柳沢氏が「怖い」と言うのは、そのときの自覚的な眠気が、せいぜい一晩徹夜した程度にしか上がらないことだ。慢性的な睡眠不足に、自覚的な眠気はついてこない。慣れてしまうとも言える。

ここでいうパフォーマンスには、仕事や情報処理の速さ、見落としやミスの少なさだけでなく、感情の制御も含まれる。くよくよしたり、イライラしたり、怒りっぽくなったりする。さらに柳沢氏が重く見るのが、一歩下がって大所高所から物事を見る力や、自分の行動を客観的に評価するメタ認知、創造性が損なわれることである。

体への影響も大きい。柳沢氏は、最悪の場合うつ病に至るメンタルの不調、肥満・高血圧・糖尿病・高脂血症といったメタボリック症候群、そこから脳卒中や心筋梗塞などの循環器疾患に至るリスクの上昇を挙げた。免疫系も弱り、感染症にかかりやすくなる。ワクチンを打っても抗体価が上がりにくいという報告もある。長い目で見ると、ある種のがんのリスクも上がる。将来の認知症リスクも上がるという「はっきりとした結果」が出ているという。しかも、こうした病気になると睡眠が悪くなることも分かっているため、悪循環に陥りやすい。

睡眠負債は返せるが、貯金はできない

蓄積した睡眠不足は「睡眠負債」とも呼ばれる。柳沢氏によれば、ある程度の負債は返すことができる。平日に寝不足で、土日に長く眠って少し返すというパターンを続けている人は多い。ただし2日ではおそらく足りず、溜まった負債を返しきるには最低でも3〜4日かかるとされている。

柳沢氏は、いわゆる「寝だめ」は睡眠を貯金しているのではなく、溜まった借金を返している状態だと説明する。完全に睡眠が充足した状態では、人はそれ以上眠れない。だから、睡眠を貯金することは厳密にはできない。

必要な睡眠時間は遺伝で決まり、4晩の実験で分かる

睡眠の質を考える前に、自分に必要な睡眠時間を知るべきだと番組は位置づける。柳沢氏によれば、必要十分な睡眠時間には標準偏差でプラスマイナス1時間ほどの個人差がある。年齢による差も大きく、20歳前後の平均は8時間半近いのに対し、70歳では6時間半以下になり、2時間ほどの差がある。

同じ年齢の中での個人差は、遺伝性(ヘリタビリティ)が非常に高いことが分かっている。柳沢氏は、睡眠時間のヘリタビリティは身長のヘリタビリティより高いと述べた。ごくまれに、必要な睡眠時間が極端に短い人たちがいる。これがショートスリーパーである。柳沢氏は、彼らは生まれつきの体質であり、訓練してショートスリーパーになることはできないと強調した。

自分に必要な睡眠時間を知る方法として、柳沢氏は4晩続けて眠れるだけ眠ってみることを勧める。日本人の多くは普段から睡眠負債を抱えているため、1晩目はとても長く眠る。2晩目は負債を一部返したので短くなり、3晩目はさらに短くなる。4晩目あたりで落ち着いて変わらなくなる。この3晩目、4晩目以降の睡眠時間が、その人にとって必要十分な睡眠時間だという。連休や夏休みに、できれば4晩、最低でも3晩この環境を確保できるなら、ぜひ試してほしいと柳沢氏は話した。

「質で補う」は通用しない——ゴールデンタイム説と「横になるだけで休まる」説

柳沢氏は「睡眠の質で一番大事なのは量」だとよく言うそうだ。まず十分な睡眠時間を確保し、そのうえで質を上げる。日本人、特に若い世代は押しなべて睡眠不足だが、眠っている間の質はむしろ良く、深い睡眠も多くとれている。柳沢氏によれば、これは脳が悲鳴を上げている状態で、短い睡眠の中でできるだけ深く眠ろうとフィードバックがかかり、最も深いノンレム睡眠が増えることが分かっている。だから質を上げたければ、量を確保するしかない。

柳沢氏は、いわゆる「睡眠のゴールデンタイム」を「ほぼ嘘」だと言う。かつては夜10時から午前2時がゴールデンタイムと言われ、最近は「寝始めの3時間が大事」とよく言われる。確かに、寝始めて最初の3時間ほどの間に、最も深いノンレム睡眠(徐波睡眠、N3)が現れる。そこで記憶の整理や長期記憶への移動といったメンテナンスが起こり、成長ホルモンも分泌される。成長ホルモンは子どもの体を大きくするだけでなく、大人にとっても骨・筋肉・皮膚の細胞のメンテナンスに重要だ。ここまでは事実だと柳沢氏は認める。しかし、この10〜20年ほどの睡眠学で、夜の後半に増えるレム睡眠や、後半の浅いノンレム睡眠もすべて大事だと分かってきた。結論として、ゴールデンタイムはなく、一晩の睡眠全部が大事だという。

もう一つ柳沢氏が否定するのが、「眠れないときも横になって目をつぶっていればだいぶ休まる」という助言である。眠らない限り、睡眠負債は絶対に解消されない。さらに、この助言は場合によっては不眠症の入り口になる。1〜2回なら構わないが、毎晩のように眠れないままベッドで悶々とすることを繰り返すと、心理学でいう条件付けによって「自分のベッドは眠れない場所だ」と体が覚えてしまう。これが本格的な不眠症の入り口になるため、柳沢氏はこの助言を誤りだと考えている。

寝室環境、体内時計、入眠儀式

量を確保したうえでの質の高め方として、柳沢氏はまず寝室環境について「暗くて静かで朝まで適温」と表現する。眠っている間は原則として真っ暗で静かにし、夏も冬もエアコンを切らない。

体内時計を整えることも非常に大事だという。理想は休日も含めて毎晩ほぼ同じ時刻に寝て、同じ時刻に起きる規則的な睡眠である。朝起きたらカーテンを開けて明るい光を目に入れ、朝食をとる。逆に夜8〜9時ごろから深夜にかけては明るい光を避け、薄暗いと感じるくらいの環境で過ごすのが理想だ。柳沢氏は、日本の住宅は夜の照明が世界的に見ても明るすぎると指摘した。

眠る直前については、入眠儀式(ベッドタイムルーティン)が「すごく大事」だと言う。毎晩似た行動パターンをとると、体がそれを「眠る時間だ」と覚え、実際に眠くなる。何がよいかは人によって違い、誰にでも効く魔法のような処方はない。自分がリラックスできる一連のことを行えばよい。

スマホの害は光より「インタラクティブさ」、寝酒は最悪

スマートフォンの光が有害だとよく言われるが、柳沢氏はこれにはあまり根拠がないと言う。今のスマホやタブレットは夕暮れ以降や暗い場所では自動的に暗くなり、色も黄色っぽくなってブルーライトを抑える。だから「ブルーライトが悪いからベッドでスマホを見るな」には科学的根拠がないという。

柳沢氏が問題視するのは、ゲーム、SNSのチャットや「いいね」、ショート動画のようなインタラクティブなコンテンツである。ショート動画は操作を要求し続け、AIが興味を引くコンテンツを次々に出してくるので、次に何が出てくるのかとワクワクする。これを続けるといつまでも眠くならず、入眠が先送りされ、気づけば1時間、下手をすると2時間たっている。睡眠が削られるかなり主要な原因になるという。柳沢氏自身も、ショート動画を見始めていつの間にか30分たっていた失敗があると認めた。

寝酒については、睡眠にとって「実は最悪」だと言う。アルコールには直接の催眠作用があるので寝つくことはでき、そこにだまされてしまう。しかしアルコールが入った睡眠は、深い睡眠が減り、不安定になり、中途覚醒も増えて、質が極めて悪い。毎晩1杯飲まないと眠れない人は医者に行ってほしいと柳沢氏は言う。今は有効で安全、しかも癖にならない新しいタイプの処方睡眠薬があり、それを飲んで眠るほうが、酒で眠るより頭にも体にもずっと良いという。

オレキシンの発見——食欲の物質だと思われた

その新しい睡眠薬の一つが、オレキシン受容体拮抗薬である。オレキシンは脳内で覚醒を維持する物質で、これを発見したのが柳沢氏である。

柳沢氏によれば、発見は1995〜96年ごろにさかのぼる。脳には神経細胞間の情報伝達を担う「鍵穴分子」(受容体)が多数あり、そのうち対応する「鍵分子」が分かっていないもの(オーファン受容体)がたくさん見つかっていた。未知の鍵を見つければ新しい生物学を始められるだろうと考えて探す中で見つかったのが、オレキシンだった。

ただし、その時点で分かっていたのは、新しい物質が脳にあるということだけだった。オレキシンを作る神経細胞は、脳の奥深くの視床下部の、食欲に関わると知られていた部位にのみ存在した。オレキシンをネズミの脳に注射すると直後にたくさん食べるようになり、絶食させて空腹にすると脳内のオレキシン産生量が上がった。そこで柳沢氏らは、食欲を制御する脳内物質かもしれないと考え、1998年の最初の論文ではそう報告した。医学的にも食欲の制御は重要な課題で、とてもエキサイティングだったという。

次に柳沢氏らは、オレキシンを作れないマウスを作成した。食欲を促す物質なら、それを失ったマウスは食べる量が減って痩せるはずである。ところが、食事量も体重も死亡率も通常のマウスとほとんど変わらなかった。柳沢氏は「せっかく新しい脳内物質見つけたのに、あってもなくても一緒かよ」と困ったと振り返る。

行動停止発作の正体はナルコレプシーだった

そこで、夜行性のマウスの夜間の行動を赤外線カメラで撮影した。すると、盛んに動いていたマウスが突然ぱたっと動かなくなり、時には横に倒れ、30秒から1分ほどでまた起き上がって動き出す。こうした「行動停止発作」のような現象が頻繁に見られた。柳沢氏らは最初、けいれんを伴わないタイプのてんかんではないかと考えた。

脳波を測ってみると、てんかんに特徴的な異常はなく、倒れると同時に覚醒から突然睡眠に移っていることが分かった。ナレーションの説明では、通常レム睡眠はノンレム睡眠を経て訪れるが、このマウスではその順序が崩れ、レム睡眠に伴う脱力で倒れ込んでいた。柳沢氏は、これが人の中枢性過眠症の一つであるナルコレプシーとまったく同じ症状だと気づいたという。

さらに、ノンレム睡眠にも異常があった。柳沢氏によれば、マウスでも正常な入眠では、材料があれば巣を作り、中で丸くなって毛づくろいをするなど準備してから眠る。いきなりぱたっと倒れて眠ることはない。ところがこのマウスは、いきなり倒れてノンレム睡眠に入ってしまう。レムの発作もノンレムの発作も起こる。つまり正しく覚醒を維持できない状態であり、まさに人のナルコレプシーだった。こうして、狙ったわけではなく、オレキシンが欠けるとナルコレプシーになることを発見した。逆に言えば、オレキシンは脳を正しく覚醒状態に保つために必須の物質であることが分かった。その後の研究で、オレキシンは脳内の覚醒系の「親玉」のような物質だと分かっていった。柳沢氏は、まさにブルーオーシャンだという感触を得たという。

同じころ、スタンフォード大学のエマニュエル・ミニョー氏のグループが、まったく独立に逆方向からたどり着いていた。彼らは遺伝性のナルコレプシーを持つ犬の家系を長年維持しており、原因遺伝子を探した結果、それがオレキシン受容体の一つだと突き止めた。柳沢氏らはオレキシン遺伝子から入り、マウスでそれを壊すとナルコレプシーになった。ミニョー氏らはナルコレプシーという病気から入り、原因遺伝子がオレキシン受容体だと見つけた。二つの種で、リガンドと受容体の異常が同じ病気につながることが同時に発見され、とても興奮したと柳沢氏は振り返る。

拮抗薬から作動薬へ——25年前は取り合われなかった構想

オレキシンの働きを抑えれば眠りを導けるはずだという発想から、新しいタイプの睡眠薬が開発された。柳沢氏によれば、日本では最初のものが約10年前に臨床で使えるようになった。安全で癖にならず、「卒業できる睡眠薬」だという。

さらに柳沢氏は、今ニュースでも注目されているのがオレキシン作動薬だと話す。オレキシン受容体に結合してオレキシンの代わりになる薬が、いよいよ使えるようになってきているという。実は柳沢氏は、オレキシンが欠けるとナルコレプシーになると分かった直後、作動薬を作ればナルコレプシーの特効薬になると理論的に明らかだったため、製薬企業に働きかけていた。しかし25年ほど前の当時、どの製薬企業もまともに取り合わなかった。ナルコレプシーは比較的まれな病気だと思われていたからだ。柳沢氏は、1000人に1人ほどで起こるので決してまれではないが、高血圧や糖尿病ほど頻度の高い疾患でもない、と説明している。

受賞と、アメリカから日本の研究拠点へ

柳沢氏は2023年に生命科学ブレイクスルー賞を受賞した。1件あたり300万ドルほどと世界で最も賞金額が高いことで知られ、ハリウッドのセレブリティが来てレッドカーペットで授賞式が行われる、華やかな賞だという。また、論文が多く引用され波及効果の大きい研究者に贈られるクラリベイト引用栄誉賞も受けた。ブレイクスルー賞の受賞者からかなりの数のノーベル賞受賞者が出ているのは事実で、登竜門的な賞をもらえたのは名誉だと述べる。それ以上に柳沢氏が強調したのは、睡眠が社会的に非常に重要な分野であるにもかかわらず、これまで本当にメジャーな学術賞が出たことがなかった点だ。ミニョー氏とは常に共同受賞しており、睡眠学がメジャーな賞を受けたこと自体が素晴らしいという。

経歴について柳沢氏は、31歳(1991年)で渡米したと語る。いわゆる留学ではなく、テキサス大学サウスウェスタン・メディカルセンターに、ラボのヘッドであるPI(プリンシパル・インベスティゲーター)としてリクルートされ、初めて自分の独立したラボを持った。ナレーションによれば、アメリカでオレキシンを発見した柳沢氏は、日本へ戻ることをほとんど考えていなかった。転機は2010年に国の大型基礎研究支援プログラムに採択され、筑波大学に研究室を開設したことだった。

その後、世界トップレベルの研究拠点を作る国の事業に応募し、「アメリカのデパートメントを日本の中に作る」という構想を打ち出した。これが評価されて採択され、睡眠研究に特化したWPI-IIISを立ち上げた。現在は20以上の独立したラボがあり、大学院生まで含めて350人近い体制で運営されている。最大の特徴はすべてのラボが何らかの形で睡眠の基礎研究をしていることで、睡眠の基礎研究に特化した研究所としては完全に世界最大の規模であり、レベルでも世界の最先端の一翼を担っていると自負している、と柳沢氏は語った。

人工冬眠はもはやSFではない

柳沢氏は「人工冬眠はもはやSFではない」と言う。ナレーションによれば、2020年、WPI-IIISの桜井氏の研究チームは、脳内のごく少数の神経細胞「Qニューロン」に注目した。柳沢氏の説明では、本来冬眠しないマウスで、視床下部の前方にあるこのごく少数の神経細胞を特異的に刺激すると、マウスがいきなり冬眠のような状態になる。体温が室温とほぼ同じまで下がり、動かなくなって冷たくなり、一見死んだように見える。しかしそこから回復すると、まったく健康なまま元に戻る。桜井氏らはマウスでも、より大きなラットでも成功しており、現在はマーモセットなどの霊長類で同じことが起こるかを確かめようとしている。

ナレーションは、人間にもQニューロンと同じ種類の神経細胞があることが分かっているため、人間にも冬眠する能力が残されているのかもしれないと述べる。柳沢氏によれば、哺乳類の系統樹を見ると、冬眠する種はさまざまな枝にぱらぱらと少しずついて、霊長類にもマダガスカルかどこかに冬眠する猿がいる。ここから、冬眠の潜在能力は哺乳類の根っこにあり、それを使うかどうかが種によって違うという考え方ができるという。

人間で実現した場合、遠い将来には宇宙旅行や、何十年も眠って未来に行くといったSF的な応用の可能性もある。しかし柳沢氏が何より期待するのは救命救急医療の変化である。重い病気や事故の際にその場で冬眠状態にできれば、病気の進行を遅らせ、適切な治療ができる場所へ搬送するまでの間、いわば時間を止めておける。救命救急に大変な変化を起こせる可能性があるとして注目しているという。

不眠症——主観の病と認知行動療法

番組は代表的な睡眠障害として、不眠症と睡眠時無呼吸症候群を取り上げる。柳沢氏によれば、不眠症は非常に頻度の高い疾患である。国民の4〜5人に1人、高齢者では3人に1人が多かれ少なかれ不眠を訴え、眠い、元気が出ないといった昼間の障害が慢性的に続けば不眠症と診断される。

柳沢氏は、不眠症は基本的に人間にしかない病気だろうと言う。人間以外の動物が眠れないという悩みを抱えることはおそらくない。なぜ眠れなくなるのかが難しいのは、不眠症が根本的に主観的な病気だからだ。患者本人が眠れないと感じることと、客観的に眠れていないことはしばしば乖離する。脳波を測ると健やかに眠れている間も、本人は眠れていなかったと感じていることが非常によくある。

世界的に見て不眠症に最も効果がある治療は、睡眠薬ではなく認知行動療法だと柳沢氏は言う。不眠症の患者によくあるのは、眠れないから早く寝なければと夜10時ごろからベッドに入り、眠れずに不安が高じて、さらに眠れなくなる悪循環である。認知行動療法では逆に、遅寝早起きでベッドにいる時間を縮めてもらう。多くの患者は「眠れないと言っているのに、眠るなとはどういうことか」と面食らう。昼間は眠くて仕方がないと訴えるが、やがてベッドにいる間は少なくともぐっすり眠れるようになり、それが糸口となって睡眠への不安が取れ、眠れるようになっていく。柳沢氏は、これだけではないがそういう考え方だと説明した。治療には通常何か月もかかる大変なものだが、うまくいけば何年も効果が続き、基本的に完治するとも言われているという。

睡眠時無呼吸症候群——自覚なく命を縮める病

柳沢氏は、不眠症よりたちが悪いのが睡眠時無呼吸症候群だと言う。不眠症の患者は困って医者に行くが、無呼吸には自覚症状のない患者がたくさんいる。柳沢氏が挙げた数字では、日本国内で睡眠時無呼吸を持つ人は2200万人、そのうち治療が必要な中等症以上だけで潜在的に940万人とされる。「半端ない」数で、国民の1割ほどが要治療の無呼吸を抱え、中年以降の男性では3人に1人ほどとも言われるという。

1時間に30回以上、つまり2分に1回以上息が止まると重症と判断される。柳沢氏によれば、重症の無呼吸を治療せずに放置すると、その後10数年の間に4割ほどが、脳卒中、心筋梗塞、大動脈解離、睡眠中の不整脈による突然死といった心血管イベントで亡くなるという疫学調査がある。亡くならなくても、脳卒中で後遺症が残る人も多い。それなのに9割以上が治療を受けていないのが現状だという。

治療に至らない理由として、柳沢氏は「たかがいびき」と思われていることを挙げる。ベッドパートナーがいなければ、いびきすら指摘されない。大きないびきをかく人のほとんどは、多かれ少なかれ無呼吸があると考えたほうがいい。夜中に2〜3回以上トイレに起きる夜間頻尿も、しばしば出る自覚症状で、そういう人はまず無呼吸を疑ってほしいという。高齢になるまでは男性の頻度が圧倒的に高い。また、太った中年男性の病気というイメージは当たっておらず、特にアジア人では、痩せていても上顎や下顎が小さい骨格の人に多い。舌の行き場がなくなり、仰向けで寝たときに舌が後ろに落ちて気道が塞がるからだ。柳沢氏は、下手をすると不眠症以上に頻度が高いのに、患者が医者に行かない病気だと述べた。

柳沢氏自身の眠り方——コアタイム、スヌーズは1回、15秒呼吸

柳沢氏自身は、0時から7時を「睡眠コアタイム」と決め、土日も含めてこの時間はできるだけ睡眠以外に使わないようにしている。守れない日もあるという。

アラームのスヌーズを5回、10回とかけ続けるのは「本当にやめてほしい」と言う。スヌーズを繰り返す間の眠りはとても浅く、時間の無駄だからだ。本当に起きなければならない時刻の10分ほど前に1回鳴らし、スヌーズは1回まで、アラームは計2回にとどめることを勧める。1回だけのスヌーズには効果があるという報告があり、一度浅い睡眠に移ってからぎりぎりまで眠ると、次のアラームでよりスムーズに起きられるという論文も出ているという。

柳沢氏にも、ストレスや心配事、やるべきことが溜まって眠れない夜はたまにある。そういうときは半分あきらめている、と言いながら、心がけているのが深呼吸である。本人が「15秒呼吸」と呼ぶ方法で、7秒ほどかけて鼻からゆっくり大きく吸い、8秒ほどかけて吐く。1往復15秒で、4回繰り返すとちょうど1分になる。自分の心拍を数えながら行うと、いつの間にか寝落ちできると勧めている。

日本人の睡眠不足、子どもの海馬、そして「神様からのギフト」

柳沢氏によれば、さまざまな調査で、日本人は世界一睡眠不足の国民だと繰り返し示されている。ナレーションは、国際比較で日本人の平均睡眠時間はヨーロッパよりおよそ1時間短く、睡眠時間が全体に短いアジアの中でも日本の短さは際立っていると述べる。柳沢氏はその理由を、日本人が睡眠を軽視し、生活の中で睡眠に優先順位を置いていないことだと簡潔に語った。

特に深刻だと柳沢氏が言うのが子どもの睡眠不足である。日本の中高生で医学的に十分な睡眠時間を確保できている子は、おそらく1割以下だという。睡眠不足だと勉強もだめになるというデータは「ごまんとある」。例として挙げたのが東北大学の論文で、さまざまな年齢の子ども300人ほどの脳をMRIで撮影し、記憶に重要な海馬の体積を測った。結論は単純で、寝不足気味の子は海馬が小さく、よく眠っている子は海馬が大きかった。柳沢氏は、子どもの頃の寝不足が一生のハンデになっている可能性があると懸念を示した。

最後に、人類にとって睡眠とは何かを問われた柳沢氏は、「神様からのギフト」だと答えた。多くの哺乳動物の中で、人間だけがまとめて夜に深く続けて眠る能力を持つという。一部の学説では、人間は頭が良くなって夜の安全な環境を確保できるようになったことでぐっすり眠れるようになり、そのためにさらに頭が良くなった、つまり深く続けて眠る能力と高度な頭脳が共進化したとされる。人間に特有の眠り方なのだから大切にしてほしい、夜の睡眠を軽く考えないでほしい、というのが柳沢氏のメッセージである。人はなぜ眠るのかという問いには、今も答えが出ていない。