勝間和代が語る「小さな労力で大きな成果」の半生:宿題を後回しにした子ども時代から勝間塾まで
トマホークTomahawk経済評論家の勝間和代は、自分は「働くのがあんまり好きじゃない」と前置きし、なるべく小さな労力でたくさんの成果を出す方法を何十年も研究してきたと自己紹介した。聞き手の若い二人から「生産性の鬼」と紹介された勝間が、中学受験、公認会計士試験、外資系金融、マッキンゼー、オンラインサロン「勝間塾」の運営までを振り返る。各段階で何を選び、何に向いていないと気づいたのかを、勝間自身の言葉に沿って整理する。
勝間は冒頭で、このチャンネルの視聴者層は自分を直接知らないだろうと笑った。若い人と話すと必ず「ファンなんです、母が」と言われるそうで、3人いる娘のうち末の娘が聞き手とほぼ同じ年齢だという。
宿題は9月1日に、授業は後で友達に聞く
子どもの頃から効率重視だったのかと問われ、勝間は宿題の例を挙げた。宿題は翌朝の提出前に、夏休みの宿題は9月1日に入ってからやっていたという。その時期なら友達に見せてもらったり教えてもらったりでき、年の離れた姉や兄も手伝ってくれるので、その方が早いという理屈である。授業も半分ほどは聞かずに遊び、後でできる子に教わる方が要点がまとまっていて、自分で調べる手間も省けると考えていた。
聞き手が「それでは身につかないのでは」と疑問を示すと、勝間は、長い時間やったからといって身につくわけではないと答えた。受験勉強を見ていても、みんな長時間インプットしすぎだとずっと思っているという。1日10時間の受験勉強は「とんでもない」とも語った。
自習しない中学受験と、御三家を含む4校合格
中学受験では四谷大塚に通った。公立小学校では普通に鬼ごっこをして遊び、日曜日がテストなので土曜日だけ勉強する生活を4年生から5年生の半ばまで続けた。さすがに間に合わないと思い、5年生で塾の教室に入れてもらい、最後は土曜日の教室にも通って授業できっちり勉強するようになると、当然ながら成績が上がっていったという。それでも自習はせず、教室で習った内容だけでテストに臨んだ。自分で自習するより先生に教わる方がはるかに凝縮されているし、テスト前に自力で一夜漬けしてもどうせ忘れる、というのが勝間の考えである。
中学受験をした背景には家庭環境がある。勝間は4人きょうだいの末っ子で、上の3人は8歳、10歳、11歳年上だった。親は小さな会社を経営しており、姉たちが半ば「妹育て」のようにいろいろなことを教えてくれた。教師が3人いるような環境で「より良く生きる方法」を教わり続けたことで、抜け道を探す発想が育ったと勝間は振り返る。きょうだいからは、中学受験をしておいた方が楽で人生得だと言われていた。
結果として勝間は受けた学校にすべて合格した。慶應中等部、桜蔭、女子学院、滑り止めの東邦大付属東邦の4校である。その年は2月1日が日曜日だったため、キリスト教系の女子学院の試験日がずれ、御三家のうち2校を受けられた。周囲からは「桜蔭に行けば慶應は必ず入れるが、中等部に行くと慶應にしか入れない」と桜蔭を勧められた。しかし慶應に通っていた姉が「慶應はすごく楽しい」と親に頼み込み、慶應に進んだ。
高価なパソコンとゲームに打ち込んだ中高時代
中学に入ってからは、始まったばかりのパソコンに夢中になった。親に1年間「買って」と言い続け、根負けした親に、当時軽自動車ほどの値段、60万円前後のパソコンを買ってもらった。絵を描かせる、文字を点滅させる、機械語を手入力してインベーダーゲームを作るといった程度のことしかできなかったが、自分でゲームを作って遊んでいたという。
ゲーム全般にも熱中した。高校の修学旅行にはゲーム機を持ち込み、カセットやACアダプターを同級生に分担して運んでもらい、旅館のテレビにつないでみんなで遊んだ。勝間は普通に全クリアできたが、当時の一般的な女子高校生は最初の面すらクリアできないと知って衝撃を受けたという。トランプなどの細かい遊びもたくさんしており、「ゲームに全振りしていた」と語る。
大学2年で公認会計士に合格した勉強法
大学は理工系も考えた。しかし慶應の理工学部は学内でそれほど上位ではなかったため、東工大あたりを目指して駿台で少し受験勉強をした。ただ1年も続けず、友達がみんな慶應に行くので慶應でいいかと決めた。その代わりに公認会計士を取ると決めた。理系が得意なので、難関資格の中で最も理系寄りの会計士を選んだという。会計士試験は7科目のうち簿記と原価計算の2科目がバリバリの数字だった。
学部は商学部を選んだ。当時は経済学部の方が偏差値が高く、成績上は経済学部にも進めた。しかし経済学部出身の姉が、お見合いで「慶應経済」というだけで相手に引かれ、断られ続けた。苦労した親から「経済学部に行くなら学費を出さない」と言われたという。加えて、会計士試験を受けるつもりなら商学部の授業がそのまま試験に直結する、という計算もあった。勝間は、言われてみれば親もハック思考だったと笑う。
勉強を始めたのは高校卒業直後の春休みで、合格までの勉強期間は通算1年4か月ほどだった。ここでも「ハック」があった。姉の人脈を通じて、大学在学中に現役合格した先輩たちに勉強法を聞いたところ、まず「専門学校の言うことを鵜呑みにするな」と言われた。鵜呑みにして受かるなら全員受かっているはずだ、という理屈である。次に「徹底的に簿記だけ勉強しろ」と言われ、最初の半年ほどは簿記しかやらなかった。簿記ができれば原価計算も自然にできるようになるという。簿記3級は独学でも受かるが、基礎がぐらつくと後で困るので3級から学校に通えと助言され、3級、2級と学校で学び、会計士コースとは別に1級のコースも取った。
本来は大学3年で受けるコースだったが、練習のつもりで2年のときに予備試験を受けて合格し、そのまま本試験も受けた。その年は原価計算が非常に難しく、問題文だけで1ページ半ほどあった。勝間は国語が得意で、それは「勉強しない人は暗記もしないので、ロジックに強い」からだと説明する。国語もロジックで解けるという。長い文章と数字を読み解いて出した最後の答えが合っており、そこまで正解できた受験者はほとんどいなかったはずだと勝間は見ている。結果は簿記と原価計算がほぼ満点、残り5科目は半分程度の出来で、当時最年少クラスでの合格になった。
長時間勉強したわけではない。友達に誘われて専門学校でアルバイトをし、資料運びや先生の板書を手伝ううちに、授業内容をそのまま覚えられたという。奨学生扱いでバイト代は出なかったが、35万円ほどの学費がまるまる戻ってきた。勝間はそれを親に言わずに受け取り、そのお金でパソコンを買った。大学ではもちろんシミュレーションゲーム研究会に入った。ゲームやスポーツの方が座学より頭の回転が良くなるという説も「らしい」として紹介した。人間の頭が良くなったのは体を動かすからだ、という話である。
学生結婚と、会計士に向いていないという気づき
勝間は大学3年から働き始め、4年のときには結婚し、在学中に子どもも生まれた。当時の会計士合格者は年間400人ほどで求人が多く、事務所の側から勧誘が来て、手を挙げればどこにでも入れたため就職活動はしていない。相手は友達の友達として紹介された東大生だった。
ただ、会計士の仕事は半年ほどしかしていない。4年の12月に外資系の監査法人に入り直したが、すぐに「これは向いていない」と感じた。会計士の仕事は注意力が必要で細かいが、自分はそうではないという。実際、顧客の帳簿のプリントアウトを網棚に置いたまま電車で寝てしまい、なくしたこともあった。そこで同じ会社の中にあるコンサルティング部門へ移らせてもらった。
そのコンサルティング部門は約1年でなくなった。独立するコンサルティング会社(現在のアクセンチュア)に移るか、監査法人に戻るかの二択を迫られた。勝間は面接にも行ったが、非常に大変そうな会社だと怖くなってやめた。会計士の3次試験を受けるには監査経験が足りなかったこともあり、監査法人に戻った。戻れた理由は数学とコンピューターが得意だったことで、プログラミングを使う監査の要員として、スワップやオプションといったデリバティブの監査を担当した。小さい頃から算数だけは得意で、そろばんの暗算も速く、5年生で区の大会に選ばれて3位に入ったこともあったという。
25歳で外資系銀行のディーラーに、そして挫折
デリバティブを監査しているうちに、勝間は「これは自分でやった方がいい」と思うようになった。監査法人の金融部門は、外資系金融機関の給料が倍ほど高いため、ヘッドハンターの草刈り場になっていた。電話をかけてきたヘッドハンターに「デリバティブのディーラーならやりたい」と気軽に答えたところ、本当にその話を持ってきた。こうして25歳で、第二新卒としてケミカルバンク(現在のJPモルガン)のデリバティブディーラーになった。
後に人事担当者に採用理由を尋ねると、会計士は珍しくなかったが、IT部門で取ったオンラインシステムエンジニアの資格が珍しかったと言われた。当時の合格率は会計士が約10%、その資格が約3%だったという。
ところがここで大きな挫折があった。ポートフォリオを組む長期のトレードでは利益を出せたが、国債や先物を売買する短期のトレードがまったくできず、毎月のようにストップロスに達した。最後には「これ以上ディールはさせられない」と言われた。約3年在籍したが、2年で人生計画が破綻したと勝間は語る。
失敗の理由として勝間が後に知ったと話すのが、人差し指と薬指の長さの比率(フィンガーレシオ)である。勝間の説明では、薬指が長い人は胎内で男性ホルモンを多く浴びた人で、リスクやパニックの場面で力を発揮するためディーラーに向く。人差し指が長い人は女性ホルモンを多く受けた人で、言葉で人の気持ちを知る職業に向くという。勝間自身は人差し指が長く、パニックになると慌ててしまうタイプだった。喋らない仕事では自分の能力は半分から3分の1になってしまうので、職業選択を完全に間違えた、と振り返った。
マッキンゼーでの7年と「洗脳」からの目覚め
勝間は喋る仕事であるコンサルティングに戻ろうとした。当初は古巣のアンダーセンを考え、部長は受け入れに前向きだったが、勝間を嫌う社長が反対した。揉めている間にマッキンゼーを受けたら合格したので、28歳でそちらに移った。本人は、自分が生意気だっただけだと言う。社内では「分析は的確だが、最後にクライアントを怒らせるコンサルタント」として有名だった、と誰かがXに書いていたのを読んで大笑いしたそうだ。怒らせたつもりはなく普通に議論になるだけだが、気に入ってくれる顧客からはリピートを受け、コンサルタントとしては順調だったという。
一番の不満は遊べなくなったことだった。研修後に後輩から教えを請われ、「営業時間外ならいい」と何気なく答えたところ、マッキンゼーに営業時間という概念はないとひどく怒られた。1日16時間ほど働き、家には寝に帰るだけ、会社で寝ることもあった。育児は当時の夫が、家事は同居してもらった勝間の母が担っていた。
7年ほど在籍した理由を問われると、勝間は「思考停止」「洗脳」と答え、ただし当時の話だと断りを入れた。マッキンゼー以外は会社ではない、アップ・オア・アウトで去った者はなっていない、と吹き込まれ、辞めたら人生が終わるように感じていたという。給料は高く、仕事はどんどん任され、やりがいもあった。年収は毎年15%ほど上がり、最後の年は2200万円ほどだった。
その間に離婚し、34歳で再婚した。新しい夫に「それは洗脳だよ」と言われ、ようやく目が覚めた。決定的だったのは3回目の昇進審査である。ハイテク部門にいた勝間の昇進を、仕事ぶりを知らない他部門の人たちが議論していた。全員の同意がないと上がれない仕組みで、この先もさらに2回同じ議論が待っている。そう考えて「付き合っていられない」と思ったという。
JPモルガン証券のアナリスト、大学院、そして独立
ちょうどそのとき、またエージェントから電話がかかってきた。JPモルガンが香港でマッキンゼーのコンサルタントをアナリストとして採用したところ優秀だったため、東京でも同じことをするという話だった。候補は2人しかおらず、ほぼ一本釣りだった。勝間は以前の在籍経験から、福利厚生や仕組みがしっかりした安心できる会社だと知っており、転職を決めた。ディーラーではなく、今回は証券会社の調査部門で、たとえばソフトバンクやドワンゴの株が割高か割安かを分析する仕事である。
在職中には、子どもが生まれて行けなかった大学院に通った。職場に近い日本橋に早稲田のファイナンス研究科ができたため、修士に2年、その後博士課程に3年在籍した。
博士課程に進む際に会社を辞めた。当時は年収の3分の2ほどがストックオプションとして会社に自動で積み立てられ、手元に来るのは3分の1程度だった。3年経った頃、米国法人から日本法人に移行するにあたり、勝間の推測では税務上の都合で、積立金が一気に返ってきた。その額は家族で3年暮らせるほどだったため、「3年くらい働かなくていいのでは」と考えて退職したという。
社会人向けの塾として始めた勝間塾
退職後、友人に会社を一緒にやろうと誘われ、アナリストしかできないからと投資顧問を始めた。大学院で学びながらファンドの調査業務を受託していたが、1年ほどで金融危機が起き、受託先がいなくなった。一緒に会社をやっていた上念司がかつて学習塾を経営していたことから、「塾をやればいいのでは」という発想で社会人向けの塾に転換した。
これが10数年続く勝間塾である。当時は「オンラインサロン」という言葉もなく、課金、メール配信、ウェブ配信のシステムをすべて一から手作りした。内容は、今で言うウェルビーイング、つまりより良い人生を送るための話である。月1回2時間の月例会の最近のテーマは「人生は99%が人付き合い」、週ごとのメールのテーマは「生活の質を上げるお金の使い方」だった。こうした話を山のように浴びると5年ほどで人は変わる、と勝間は言う。当時の自己啓発系の塾は30万〜50万円が当たり前だったが、勝間塾は月5000円という価格で始め、その値段を10数年続けている。集客については、当時すでに本を多く書いてベストセラーもあり、知名度があったと説明した。
本は、会社を辞めて調査業務の受託をしていた頃、空いた時間に以前から出版社に頼まれていた内容を書き始めたものだ。3冊目あたりから一気に売れ、最も売れたのは『お金は銀行に預けるな』だという。累計はきちんと計算したことはないが、700万〜800万部ほどだろうと勝間は見積もる。YouTubeは4〜5年前に始め、最初の2〜3年は毎日投稿したが、最近は停滞気味だという。聞き手は、サムネイルも凝らずに一発撮りで話す勝間のスタイルを紹介した。
プロ雀士の資格と、再び「向いていない」と気づいた経験
勝間は麻雀のプロ資格も持っている。ゲーム好きとして以前から麻雀はしていたが、ゴルフ仲間との麻雀で一人だけ極端に強い人がいた。聞くとプロと勉強会をしているというので連れて行ってもらった。勝間の説明では、それが現在のMリーグの前身だった。24人で打つとぶっちぎりの最下位で、麻雀は運ではなく技術だと知った。メンバーに教わり、麻雀の学校にも通ってプロ試験に合格し、Dリーグに入った。
しかし、捨ててはいけない牌を捨てる、倒してはいけないところで倒すといった単純ミスを繰り返し、そのたびに大きく減点された。おっちょこちょいが治らない限りこれは消えない。喋っても動いてもいけない環境も苦手で、会計士を諦めたときと同じように「プロ雀士は向いていない」と判断したという。それでも小さな大会で一度だけ優勝した経験はある。
『勝間家電』:テクノロジーを使わなければ生産性はない
近著『勝間家電』について、勝間は、家電だけの本ではなく技術を使ってどう生産性を上げるかの本だと説明した。世の中の歴史はテクノロジーで動いてきており、ChatGPTもYouTubeもそうであるように、技術を使わないところに生産性はない。それを分かりやすくまとめる名前として「家電」を使ったという。
例として掃除機を挙げた。聞き手はダイソンを「かっこいい」と評したが、勝間は掃除機はきれいにするために買うものだと言う。自分はツインバードのコード式を使っており、その理由を次のように説明した。コード式は吸引の電力が大きく、ダイソンの最上位機種なら同程度だが、バッテリー式は次第に性能が落ちる。コード式は故障しない限り性能が下がらない。そのうえ値段は5倍違う。お金を出すときはこうしたことをすべて考えるべきで、ブランドはいらないという。
テクノロジーへの支出は大きい。Amazonの購入履歴を集計するアドインで2〜3年前に計算したところ、フェラーリが買えるほどの額で、その後もおそらく増えている。キャッシュフローに余裕が出たJPモルガン時代から何でも買うようになったが、以前から買っていたとも言う。一方で服は買わず、エアークローゼットのレンタルを使い、化粧品も1種類ずつしか持たない。浮いたお金はすべて家電などのテクノロジーに回す。服はトレンド寄りを指定すればそういう服が届くので、おしゃれも「外注」だと語った。
住まい:一戸建てと賃貸を選ぶ理由
住まいは都内の賃貸の一戸建てと、千葉に建てた一戸建ての2拠点である。マンションと一戸建ての両方に住んだうえで、一戸建てが最高だという。エレベーターは待ち時間や開け閉めが何の価値も生まない、最も非生産的な設備だからだ。防犯はセコムで十分で、数軒が集まった一戸建てなので互いの目もあるという。
買うか借りるかについては、ライフスタイルが固まっていない人は借りた方がいいという立場を取る。勝間自身、かつて家を買っていたが、転職時に収入を下げられないことが大きなボトルネックになった。買うとファイナンスの自由度が下がると懲りて、やめたという。
空いた時間は全力で遊ぶ
生産性を上げて空いた時間は何をしているのか、とよく聞かれるそうで、勝間は「遊んでいるに決まっている」と答えた。今年は累計1か月半ほど海外に行った。直前にはニュージーランドのミルフォード・トラックを歩いた。知床の山奥のような入り江の奥にあり、行くだけで4時間ほどかかる。そこから55kmを3泊4日で歩き切らないと出られない道で、1日20km前後を歩いた。非効率に見えるのではと聞かれると、世界一美しいと言われる風景で、実際美しかったと答えた。
ゴルフは年に100回ほど回る。スコアは90前後だが、女子の競技レベルには80前後が必要だという。そこまで目指さなくてもいいのでは、という問いには「せっかくやるならつまらない」と返した。
若い世代へ:「的確な適当」と2割の余裕
最後に、20〜30代の視聴者へのメッセージを求められた。勝間は、日本人には「真面目であれ」「ちゃんとしよう」が埋め込まれているので、一度それを外した方がいいと語った。「適当」には、ちゃらんぽらんという意味と、的確という意味の2種類がある。目指すべきは「的確な適当」だという。そのためには、お金の使い方も時間の使い方も仕事の割り振りも、常に2割の余裕を残したうえで適当に対処することを勧めたいと締めくくった。
トマホークと、ずっと効率悪い人生だ、イマシカです。はい。ということで今回はもう、生産性の鬼とおっしゃる方に来ていただきまして。楽しみっすね。では自己紹介お願いいたします。
はい、こんにちは。勝間和代です。生産性の鬼と紹介されましたけど、とにかくね、働くのがあんまり好きじゃないんですよ。なので、なるべくちっちゃな労力でたくさんの成果を出すということをですね、延々と繰り返してきて、その何十年か研究してます。今それを本とかですね、あるいは勝間塾というオンラインサロンとか、いろんな雑誌とかの連載で行ってますので、そういうのを見てください。
で、このチャンネル見てる人たちね、多分ね、私のこと直接知らないと思うのよ。大体ね、このステージたちと話をすると全員言われる一言があるんです。ファンなんです、母がっていう。あと家に勝間さんの本たくさん置いてありました。母がとかね。もうね、このね、20代、30代の前半の子と話しちゃうと「母が」と私は呼んでるんですけど、なので是非ですね、皆さんにも直接本を手に取ってもらえると嬉しいなと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。そりゃそうなんです。だって皆さん年齢聞いたら、私3人娘がいるんですけど、3番目の娘とほぼ同じ年なんで、それはそうだよなっていう。それこそ僕、母が勝間さんの本持ってました。そうです。そうです。そうです。まさにその話してるんですよ。はい。
ということでこのチャンネルは人生を起きするというチャンネルなんですけども、昔から結構生産性の鬼感はあったんですか?はい。そうなんですよ。例えばですね、皆さん学校の宿題っていつやったかとか、夏休みの宿題っていつやりました?えっと、当日のその日の夜までにとか。宿題はそうですね。でもそれだと自力で全部やんなきゃいけないじゃないですか?はい。
私は宿題はなるべく翌日の朝の提出前とか、夏休みの宿題は9月1日に入ってからやってたんですよ。え、終わるんですね。そうすると友達に見せてもらったり教えてもらえるし、9月になるとうちの姉や兄が教えて、手伝ってくれたり、友達に見せてもらったりできるんで、その方が早いじゃないですか。はい。そうですね。確かに。
だから学校の授業とかも、半分ぐらい聞かずに遊んでて授業中は。で、後でできる子に教えてもらうと、それがまとまってるし、分きち引かなくてもいいじゃないですか。はい。はい。はい。
いや、なんか分かるんですけど、身につかなくないですか?ちょっと勝間さんの学歴より僕全然低いんであれなんですけど、身につかなくないですか?それだと。確かに。え、だってそれこそ長い時間物事したからって身につくわけじゃないじゃないですか。ごもっともですね。だから私、みんなの受験勉強とかを色々見てても、やっぱりみんな長時間インプットしすぎだとずっと思ってるんです。確かに長時間やってるとやった気になっちゃう自分はいますね。そうですよ。
じゃ、受験勉強とかも1日10時間とか。とんでもない。ええ、めっちゃ声出ちゃった。え、中学受験をされて。中学受験ですけど、私普通に公立の小学校でみんなと普通に鬼ごっことかして遊んで、私四谷大塚にしたので、日曜日がテスト日なので土曜日は勉強するんですよ。はい。ああ、はいはいはい。
で、それがずっと4年生と5年生の半ばぐらい続いて、さすがにそろそろ間に合わないなと思って、5年生に今度科目教室っての入れてもらって、科目を勉強するようになったんですよ。はいはいはい。で、最後は土曜教室も入れてもらったんで、科目をきっちり勉強するようになったら、当たり前ですけどだんだん成績上がってくんですよ。へえ。自習はしないので、その科目の教室の中で勉強した内容でぶっつけでテストを受けていくんです。へえ。対応できるもんなんですか?それで。
だって私が自習するよりも先生が教えてくれた方が全然効率いいじゃないですか?はいはいはい。いつも思うんですけど、テスト勉強を自力でやって一夜漬けしたらどうせ忘れますよ、そんなの。うーん。あの、その通りですね。何も反論できない。確かに。
え、中学受験した理由ってあります?いや、なんか、私4人兄弟の末っ子なんですよ。で、上の3人が8歳、10歳、11歳上なので、割とそのノウハウを教えたかったんです、昔から。よりよく生きる方法みたいな。だから教師が3人いるようなところで育ったんで、なんとなくそういう抜け道みたいなことがずっと発想として生まれ続けたんだと思います。へえ。
親御さんはちなみにどういったことやられてるんですか?父は要はちっちゃな会社を経営してたので。あ、そう。それで姉たちがもう半分、子育てじゃないけど妹育てみたいな感じで、とにかくいろんなことを教えてくれたんで。それいいすね。なんかハック思考が身につくって。そうです。そうです。なんかひたすらハックの教えです。
やっぱその上の子たちは、中学受験しといた方がやっぱ人生得だよみたいな感じだったんです。やっぱり楽だからって話でした。私慶應の付属に入っちゃったんで、その後も受験1回でピーって行っちゃうので。はい。ああ。
あ、中学って慶應だけですか受けたの?いや、私実は全部受かってるんですよ。ああ、そうなんですか。桜蔭とか。え、桜蔭蹴ってですか?当時は中等部の方が人気があったんですよ。あ、慶應の。慶應。ただ桜蔭に行けば慶應は絶対入れるって言われて。中等部行ったら慶應しか入れないから桜蔭行けばって言われたんですけど、うちの姉が慶應ですごい慶應楽しいから、慶應にしてってうちの親に頼んで。
でも他にもいっぱい受けてたんですか?あと2月1日が日曜日だったので当時日程がずれたんですよ。キリスト教系なんで。で、2月は女子学院だったの。女子学院も受かって。え、御三家のうち2つ受かってると。で、その前に東邦大付属東邦を滑り止めで、すいません、東邦大付属東邦受けて、それを受かって、4個ですね。ええ。
で、中学入られて、そっからは勉強せずになんとなく上がっていこうとするかな。もちろん当時パソコンが始まったんですよ。はいはいはい。なので、親に1年間パソコン買ってって言い続けて、親が言われるの嫌になって。当時軽自動車ぐらいしたんですよ、パソコン自体買うのに。え、100万円?100万はしないけど、60万とかそれぐらい。あ、そうなんだ。で、それを一式買ってもらって、ずっとそのプログラムをして遊んでました。
何作ってたんですか?プログラム。いや、だから当時も本当円を描かせるとか文字がピコピコするとか、あと機械語って言うんですけれども、手で入力してインベーダーゲームを作るとか、そんなのしかないんですよ。大したことできないです。いや、ゲーム作られたんですね。でも。ゲームを作ってました自分で。
ええ。学部ってどっちなんですか?大学。学部はですね、私は理工行こうと思ったんですけど、慶應の理工ってそんなに上じゃないんですよ。学部の中で。はいはいはい。で、だったら東工大とか行こうかなと思って、ちょっとだけ駿台に行って受験勉強したんですけど。あ、そうなんですね。で、1年もしなかったんですね。で、それで友達たちがみんな慶應行くんで、慶應でいいかなみたいな。ああ、はいはいはい。
で、その代わりに会計士取ろうと決めたんですね。せっかく理系は得意なので、そういう難関資格系の中で会計士が1番理系っぽいんですよ。ああ、そうなんですか。簿記とか原価計算とか7科目あるんですけど、うち2科目がバリバリ数字なんです。はい。はい。はい。
だから私ね、大学2年生の時に受かってるんですけど、その7科目中、簿記と原価がほぼ満点なんですよ。すげえ。でも残りの5科目は1科目なんか半分ぐらい出してるんですよ。え、しかもこれ当時最年少みたいな感じですよね。
そう。だから本当は大学3年生の時に受けるコースに通ってたんですけど、専門学校の。大学2年生の時にちょっと練習してた方がいいかなと思って。で、予備試験みたいなのを受けると大学生も受けられたんですね。本当はその一般教養が終わんないと受けらんないんですけど。でその予備試験を受けて、それが受かったんでそのまま受けたら、たまたまその年が原価計算がすっごい難しかったんですよ。はいはいはい。
なんか問題文が1ページ半ぐらいあって、問題読むだけで疲れちゃう。原価計算で。で、私割とその国語も強いんですね。あ、はいはいはい。どうしてですか?勉強しないからですよ。勉強しない人は暗記もしないんでロジックは強いんですよ。そうなんですか。ええ、本よく読んでた?本よく読んでました。なんか国語もね、ロジックで全部解けるので。ロジックなんですね。ロジックです。国語も。結構理系的に。
そう、理系的に。だからそれで長い文章と数字をぐるっとまとめて答えを書いてた時、1番最後の答え私合ってたんですよ。途中も多分全部あってるんですよ。で、1番最後の答え合ってた人、その時受けた人の中で本当私ぐらいしかいなかったんですよ。ええ。だから多分私それだけで良かったんだと思います。
ええ、いつから勉強し始めてたんですか?会計士って。えっと、高校3年生の、だから大学1年に移行する春休みから。だから高校3年卒業直後ですね。ええ、すごいですね。なんかみんな遊んでる時期じゃないですか?だから1年半ぐらいですかね。勉強したのトータルで結局1年4ヶ月か。
それって結構長時間勉強とかしてないんですか?私例によってあんまり勉強しないので、しょうがないんでね、友達に誘われて専門学校でバイトしてたんですよ。うん。で、どういうバイトかって言うと、資料を運んで先生の黒板の消しをしなきゃいけないですよ。はいはいはい。嫌が応でも授業聞くじゃないですか。あ、それそのまま覚えちゃうみたいな。効率厨ですね。
で、その時に専門学校の金が35万ぐらいしたと思うんですけど、それを奨学生って扱いでバイト代はくれないんですけど、そのお金まるまる返してくれたんですよ。へえ。で、当然パクりましたよ。私はそれ親に言わないで。そう、受かって35万もらっちゃって。そう。それでその35万でパソコン買って。当時のパソコンが買えたんですよ、35万あったら。はい。はい。はい。
中高時代はじゃあ結構主にパソコンをしてたって。主にパソコンですね。あとゲームをもちゃもちゃしてました。はいはいはい。だからスーファミとか私普通に修学旅行持ってったんですけど、高校の修学旅行で、あれ全部自分で持ってくと多いからカセットとかACアダプターとかみんなで分散して持っててもらって、で旅館のテレビに繋いでみんなでずっとスーファミやってて。
で、衝撃だったのが、私別に普通に全クリアできるんですよ。そしたら世の中の一般の女子高校生、当時の40年前の女子高校生っていうのは1-1すらクリアできないって知らなかったんですよ。へえ。結構すごいですね。なんか遊びに全振りしてるっていうか。今でもそうなんですけど。で、トランプとかもすごいちっちゃい頃たくさんやってたので、ゲームは全振りしてたんです。
はい。それを大学に入った瞬間に会計士の勉強。いや、大学もシミュレーションゲーム研究会に入るに決まってるじゃないですか。あ、それやりながら会計士の勉強してて、1年半で受かった。そう、そうなんですよ。え、早すぎませんか?なんか。
だからいつも思うんですけど、人間ってなんで頭が良くなったかって言うと、体を動かすからだったらしいんですよね。へえ。体を動かすのでむちゃむちゃ脳使うんですよ。なので、ゲームしたりスポーツした方が、座学で勉強するよりも頭の回転って良くなるらしいんです。へえ。
で、大学、ごめんなさい、学部どちらでしたっけ?学部商学部です。商学部で。経済学部でも良かったんですけど、経済学部の方が当時偏差値が高かったんですけど、今は知らないですけど、私の姉が経済学部出身で、見合いに断られまくったんですよ。ああ。偏差値が高すぎて。え。見合いをする時に慶應経済っていうだけで向こうが引いて見合いをしてくれなかったんですね。あ、そんなすごかったんですか。そういう時代です。
いや、確かに慶應経済の女の子来たらちょっと。それあなた学歴。そう。で、苦労したので、うちの親が経済学部に行ったら学費出さないから経済学部以外に行けって言われて。え、それはあれですか?学内で選べるんです?成績できれば。成績は良かったんですか?成績は良かったです。え、すごい。経済学部も別に行けたけど。行けたけど、行かずに商学部。
商学部だから。全然偏差値で選んでない感じがあります。そう。でどうせ公認会計士試験受けると思ってたんで、だったら商学部の授業は直結するんですよ。あ、はいはいはい。授業でやってるものも全部そのまま試験に使えるから、その方がいいんじゃないっていう。はい。へえ。だから親御さんも結構ハック思考の。そうです。親もハック思考です。めちゃめちゃ、言われてみると多分そうです。
そっから会計士としても働かれるんですか?3年から働きました。2年の時は働かないですよ。あ、3年から働ける。でもこれもハックがあって、なんで私2年の時良かったかって言うと、これもね、先輩から習ったんですよ。はい。姉が経済学部だったので、同級生や後輩や先輩に会計士に現役で2次試験に受かった人が何人かいるんです。で、姉にお願いしてその現役で受かった人たちに勉強法を聞きに行ったんです。
そしたらまず専門学校の言ってることを鵜呑みにしちゃだめって言われたんです。だって専門学校のこと鵜呑みにして受かるんだったら全員受かってるでしょって話で。なるほどと。じゃどうしたらいいですかって聞いたら、徹底的に簿記だけ勉強しなさいって言われて。だから私最初の半年ぐらい簿記しかやってないんですよ。へえ。で、簿記ができれば原価計算も当然できるんですよ。
はいはいはい。途中でやっぱ簿記何級とかをこう取り。あ、受けました。3級、2級、1級。あ、1級まで取ったんですね。取りました。あ、半年で1級取った。1級です。ちょっとわかんない。なんか早すぎてちょっとついていけないですけど。それもだから色々アドバイスされて、3級は独学でも受かるんですけど、3級から専門学校行けって言われたんです。へえ。そこで基礎がグラグラしちゃうと後で困るからって言われて、だから3級2級も全部学校行って、1級を、だから会計士のコース以外に1級のコースを取ったんですよ。
え、ご結婚も学生時代ですか?あ、そうです。えっと、4年の時です。え、すごいすね。スピード感が。そうなんですよ。その時会計士として働かれてて。もう働いてて、別に就職も決まってるし。あ、そっか。就活しなくていい。そう、もう就職先決まってたので。大3で就活したってことですか?向こうから勧誘がしてきたんですよ、当時。今は知らないですけど。
あ、そうなんです。今は1000人ぐらい受かるんですけど、1000人かもうちょっと。当時ね400人しか受からなかったんですよ、年間に。だから求人も多くて、手をあげればどこでも入れたんですよ。はいはいはい。え、お子さんも学生時代じゃないですか?あ、そうです。スピード感すごい。すごいすね。
お相手はどういう方だったんですか?友達の友達に紹介されて付き合ってたんですよね。で、それこそね、東大だったんですよ。おお。で、顔も良かったんで、やっぱね、イケメンで学歴が高くて、なんかほっとくるんです。
公認会計士は何年ぐらい働かれるんです?半年ぐらいしかしてないんですよ。あ、そうなんですか。そうなんです。いい質問ですね。子供が出来たんでしばらく辞めて、4年生の12月に入り直して会計事務所に。でその時には日系から外資系に移ったんですね。外資系の会計事務所。
4年生の12月から新卒の4月までは会計士やったんですけど、絶対私これ向いてないわと思って。あ、そうなんですね。その間にちょっと会社の方に行って、すいません、隣のコンサルティング部署に移らせてくださいと行って移らせてもらったんですよ。へえ。
それどんな点が合わないと思ったんですか?ものすごくですね、注意力が必要で細かい仕事なんです、会計士って。はい。あるように見えます?私に。やっぱ真面目な仕事なんですかね。真面目で。私ね、帳簿なくしちゃったんですよ、1回。人様の帳簿のプリントアウトなくしちゃったんですよ。へえ。結構やばくないです?やばいすよ。相当やばいです。なんか会社に持って帰るつもりで網棚に置いて寝ちゃって、降りる時に。
でそっからコンサルに移るんですか?だから同じ会社の中にコンサルティンググループがあるので。はあ。え、そっちは何年ぐらい働かれたんですか?そっちはですね、なんと1年で潰れちゃうんです。その会社が、というかその部署が。ITバブル崩壊で。移って1年しかなかったんです。
で、別のコンサルティング会社、いわゆる今のアクセンチュアです。アクセンチュアに移るのか、あるいは監査法人に戻るのかと2択を迫られて。で、まだ私が会計士試験もう1個次の受けなきゃいけなくて。3次試験っていうのを。あ、そうなんです。2次試験の後で3次試験というのがあるんですよ。
で、その3次試験を受けるのにちょっとまだ監査経験が足りなかったので、そちらも一応面接行ったんですけど、なんかすっげえ大変そうな会社だなと思ってちょっとビビってやめちゃったんですね。で、それで監査法人の方に戻るんですけど、私が戻れたのはただ1つの理由、私が数学が得意だったからです。へえ。コンピューターとか数学が得意で、むちゃむちゃコンピュータープログラミングとかをして監査しなきゃいけないんですよ。はい。で、その人員として雇われて。
で、そこで今で言うデリバティブって分かりますかね?名前は。金融派生商品って言われる、スワップ取引とかオプション取引とか、そういうのの監査をやってたんですよ。はあ。数学力があるのはどこで分かったんですか?なんででしょう?私ちっちゃい頃から数学、算数だけは得意だったんですよ。
なんかそろばん塾の進級とか異常に早いんですね。小学校5、6年生の応用計算の部っていうのね、選手に選ばれて、私5年生だったけど普通に3等とか入賞したんですよ。ええ、すごい。暗算は遅いんですけど、文章題解くのは得意なんで。
それやっぱその会社の人も見抜いてくれてみたいな。やっぱりそのコンサルティング部署がコンピューターもやる部署だったんで、当然コンピューターのプログラミングの研修とか私受けてますから、当然コンピューター得意でしょっていうのが向こうもあったんです。ああ、なるほど。
だからそこに2年ぐらいいたんですけど、そこでスワップとかデリバティブとかオプションの勉強してるうちに、これ私やった方が分かるんじゃねと。あ、自分でした方がいい。監査なんかしてる暇じゃないと。で、その金融の部署ってむちゃむちゃヘッドハンティングかかるんですよ。どうしてかっていうと、監査法人で給料安いんです。そうなんです。
外資系の金融機関って給料倍ぐらいするんですよ、監査法人に対して。いや、監査法人としては普通なんですよ。外資系の金融機関の給料が高いんで。はい。なのですごく草刈り場みたいになってるんですね。で、そこでヘッドハンターから電話がかかってきて、なんかやりたいことあるって言うから、デリバティブのディーラーだったらやりたいかなって、すげえ適当に答えて。そうしたら本当にその口持ってきたんですよ。へえ。
で、面接受けたら採用されて、25歳で第2新卒でデリバティブのディーラーになるんです。ええ。それどちらの会社ですか?えっと、今のJPモルガンです。当時はケミカルバンクという会社だったんですけど、合併を繰り返して。はいはいはい。
ところがですね、そこでですね、面白くて、すごい挫折があるんです。あ、そうなんですね。私ね、長期トレードはできたんですけど、短期トレードが全くできなかったんです。あ、違うんですね。やっぱり。全然才能が違って、ポートフォリオ組んでお金を儲けるのはできたんですけど、短期トレードで国債買ったり先物を買ったりするのが本当下手だったんですよ。毎月毎月ストップロスまで行っちゃうんですよ。要するにもう損出しまくって。あ、そうなんですか。でもこれ以上ディールできませんと。はあ。
外資系の銀行ってことですね。そこ。外資系の銀行です。だから、このチャンネル的にはやっぱり就職するのめっちゃ難しいみたいな。難しいと思います。あ、そうですよね。だからなんで私のことを面接呼んでくれたのって当時の人事の人に聞いたら、会計士は珍しくなかったんですって。
ただ珍しかったのは、私がITコンサルティングの部署にいたから、今で言うネットワークシステムエンジニア、当時でオンラインシステムエンジニアという資格持ってたんですよ。へえ。で、会計士試験の合格率が当時10%ぐらいだったんですけど、同システムエンジニアの合格率は3%ぐらいだったんですよ。だからすごく難関資格ってのが分かってたんで興味持ったみたいです。へえ。人生濃すぎてすごいっすね。まだ25歳なんだってちょっと思ってて。年した。マジか。
そこ何年ぐらい働くんですか?3年ぐらいいました。はいはいはい。だからまず2年間で破綻するんですよ。私の人生計画が。全く向いてないそのディーリングに。はい。で、これはですね、後々なんで失敗したか分かったんですけど、フィンガーレシオって話知ってます?いや、わかんない。
えっと、人差し指と薬指の長さの比、お2人見てみてください。はい。どっちが長いんですか?僕薬指です。僕人差し指の方。え?あ、そうなん?で、これ人によって違うんですよ。で、ディーラー向き、ディーラー向きじゃないです。ええ。そんな違うんすか?そんな違います。
薬指が長い人というのが、お母さんのお腹に入ってる頃に男性ホルモンを比較的たくさん浴びてる人なんです。人差し指が長い人っていうのは、どちらかとそのエストロゲンとか別の女性ホルモンをたくさん受けた人なんですよ。え、こういう人は何に向いてたりするんですか?言葉を使って人の気持ちを知るみたいな職業はむちゃむちゃ向いてます。人差し指の方が。で、ディーラーというのは基本的に薬指が長い人がものすごく向いた職業で、人差し指が長い人にとっては論外みたいな職業の1つなんですよ。
私確か人差し指の方が長いです。へえ。だからそのなんかパニックに陥るとかリスクがあった時により力を発揮するタイプと、私みたいにわーってなっちゃう人がいて、私わあなんですよ。はい。で、逆に人差し指長い人は、こういうコミュニケーションでなんかベラベラ喋るみたいなのが得意なんですよ。だから私は職業選択を完全に間違えたんですよ。その時に。
今まで結構間違えたことになるんですか?まあね、コンサルタントはベラベラ喋る仕事なんで、まあまあオッケーです。はい。じゃ結構喋る業界に行くんですかね。で、喋る業界にだからまた戻るわけですよね。コンサルティングに戻るんですよ、私。あ、コンサルに戻って。だから喋らないところは私の能力はもう半減とか1/3減になっちゃうんですよ。そうなんです。
で、その戻ったのがマッキンゼー。マッキンゼーです。すごいですね。いや、私はアンダーセンに戻ろうと思ったんですけれど、アンダーセンに戻ろうと思ったらですね、私のことを大嫌いな社長がいて、戻さないって言ったらしいね。私の部長は戻したいって言ったんだけど、社長が反対して、でそのすったもんだしてて。はい。で、そのすったもんだして戻れないなと思ってマッキンゼー受けたら受かっちゃったんで、あ、そっち行くからいいですみたいな。
え、なんかやらかしたんですか?私が生意気だっただけです。どう聞いても問題じゃないですか。何話をどう整えても。なんかマッキンゼー内の私の評判を誰かがXに書いてて大笑いしたんですけど、分析はすごく的確だし提言はいいんだけど、最後にクライアント怒らせるコンサルタントとして有名みたいなね。余計な評判だっていう。実際に怒らせても。怒らしたつもりはないんですけど、普通にこう議論になっちゃうわけですよ。なるほど。でもなんか気に入ってくれる人は気に入ってくれるんで、そのままリピート受注を受けながらコンサルタントとしては普通にうまくいってたんです。はい。
マッキンゼーって何歳ぐらいですかね?マッキンゼーだから、えっと28ですね。はあ。濃いっすね。まだ28。本当だよね。そん時もなんかやっぱり生産性重視で遊んだりとかしてたんですか?マッキンゼー行ったら遊べなくなっちゃったんです。それが1番不満で。
だからね、1番私がよく覚えてるのが、新入社員の研修の後で、なんかこのことを教えてくれって言った時に、私が何気なく営業時間外だったらいいですよって言ったらすげえ怒られたんですよ。へえ。マッキンゼーに営業時間なんて概念はないみたいな。あ、ずっと働くって。え、でもあれですよね、育児もされながらですもんね。そうですよ。
え、すごいっすね。確かに。だから結局私の母親にうちに来てもらって、育児は私の夫がやり、家事は私の母がやりみたいな感じでした。え、旦那さんよりじゃあ勤務時間長いってことですか?ほとんど家にいないんですよ。あ、もう会社に住んでるみたいな。そうです。そうです。すごいですね。何時間労働ぐらいなんですか?なんかこれ1日16時間労働ぐらいですよ。本当。すげえ。
で寝るだけみたいな。寝るだけに帰るだけ。もう会社で寝てましたもん。下手したら。私がまな板でご飯作ってた時の超有名ですから。そうなんですよ。確かにそこの時間ないのが今の効率にもちょっと繋がってるかもしれないです。はいはいはい。
え、そこ何年働かれるんですか?7年ぐらいいたんですよ。結構いたんです。長すぎたんです。なんか大変っていう割にはめっちゃ頑張ってません?めっちゃ頑張ってましたよ。なんで頑張れたとかあるんですか?なんなんでしょう?思考停止ですね。だから結局もう洗脳ですね。ごめんなさい。マッキンゼーの方。今はちょっとわかんないですけど、当時の話。
マッキンゼー以外は会社じゃないみたいな教え方をされるんですよ。あ、すごいすね。で、マッキンゼーって要するにアップ・オア・アウトだから、アウトしたやつはもう全然なっちゃいないみたいなことをずっと吹き込まれるので。はい。もう辞めると人生が終わりみたいな感じで。ああ。
で、再婚するんですよ、私。34で。あ、そうなんです。あ、じゃ、一応離婚する。一応離婚して。やっぱそんなとこで家庭生活うまくいくわけないじゃないですか。何がどう考えたって。普通に考えてくださいよ。で、再婚して新しい旦那にそれ洗脳だよって言われてやっと目が覚めたんですよ。
はい。え、それ何歳で目覚めたんです?だから34で、結婚して多分すぐですよ。34半とか5とか。すごいですよ。そんな洗脳されるもんなんですか。されますよ、人間簡単に。7年間も。だって給料高いし、どんどん仕事させてくれるし、やりがいあるし。
はい。でもやっぱだんだん給料もめっちゃ上がっていくんですか?すごい上がります。上がるって言ってもマッキンゼーだから限界はあるんですけど、毎年15%とか上がってくんですよ。ええ。ちょっと気になりますね。最高の年収とか聞いてもいいんですか?大してないです。本当最後やめた年が年収2200万とかそれぐらいです。え、すごいすね。サラリーマンで。サラリーマンで。けど16時間労働。そう、その通りですが。
新卒が600万で、私みたいに中途採用が1200万で、そっからずっと上がってくんですけど。へえ。で、役職も上がっていったんですか?役職も2回上がりましたけど、で、その3回目の選考がちょうど行われてるとこで、私を上げるか上げないかって話になって。あ、そうなんだ。で、そういうので議論をしてる時に、その議論を聞くうちに、だんだんなんか目が覚めてきたんですよ。へえ。
どんな議論が行われてたんですか?私はハイテクセクターにいたんですけれど、ハイテクセクターじゃない人たちが、私を上げるか上げないか議論してるみたいな。ちょっと待って、私の仕事ぶり何も知らないじゃんと。ああ、なるほど。でもほら、そういう仲間内の均一な団体だから、仲間全員の同意がないと上げてくんないんですよ。ああ。ここで上げてもらっても、この後さらにもう2回この議論が行われるわけでしょうと。うん。いや、私もこれ付き合ってらんないわと、その会議の話で目が覚めまして。はい。へえ。
で、そしたらちょうどまた例によって、うまいタイミングでね、エージェントが電話かけてくるんですよ。バレてるじゃないですか。エージェント。それまでも年中かかってきたんですよ。で、そうしたら最後にまた例によって外銀行きませんかっていう。ああ。JPモルガンが香港でマッキンゼーのコンサルタントを雇ってアナリストにしたらすごく優秀だったと。で、東京でも同じことをやるという司令が東京に降りてきて、でね、2人しか候補が挙がらなかったんですよ。はい。
で、それでどっちの順番でかけたのか知らないけど、私にかかってきて、ほぼ1本釣りだったんで、あ、じゃあいいかなぐらいの。あ、戻るんですか?じゃあ。あ、だから違う。たまたま一緒の会社だったんですよ。で、私はそのJPモルガン・チェースがすごいいい会社だって知ってたんで、福利厚生もしっかりしてるし、仕組みもしっかりしてるし、不正なとこがないっていうか、その安心感もあって戻ったんです。あ、戻ったんです。
え、それ職種は?職種は違いますよ。だからそれまで私はディーラー部門にいたのが、今度証券会社の調査部門になったんです。調査部門。そう。どういう仕事をやるんですか?調査部門っていうの。例えば株をですね、引き受けて、例えばどこの株が今割高か割安かとか、ソフトバンクはどうですかとか、ドワンゴはどうですかとか、そういうことやるんです。へえ。
で、私だからJPモルガン行ってる間に大学院行ったんですよ。え、無理じゃないですか?行ってましたよ、普通に。なんか追加コンテンツが入りすぎてすごいっすね。入りすぎじゃない?大学院行きたかったんで。子供が生まれちゃってごちゃごちゃして行けなかったんで。ああ。
で、それで大学院にちょうどファイナンス研究科ってのができまして、早稲田に。で場所が日本橋だったんですね。で、職場に近かったんで、ここだったらいけるかなと思って、ファイナンス研究科に2年間通って、その後3年間博士課程も行ったんですけども、で博士課程行く時に会社辞めちゃったんです。あ、どうしてですか?
え、だって、まずJPモルガンに勤めてる時って何がすごいかって、給料のね、手取りよりも倍ぐらいをね、全部勝手に会社にプールされちゃうんですよ。え。ストックオプションという形で。はあ。え、どういうことですか?だから、年収いくらって決まってんだけど、手元に来るのは1/3ぐらいで、2/3は勝手に会社に積み立てられてるんですね。で、その積み立てられてね、3年間経ちましたと。
そうしたらですね、アメリカの法人だったんです、それまでが。それを日本の法人に移管するにあたって、多分何かの税務上の都合だと思うんですけど、積み立て全部返してくれたんですよ。おお。一気に。急にバンって入って。急にバンてお金もらって。そうすると、え、私これ3年間ぐらい働かなくていいんじゃないと思って。ま、確かに。で、とりあえず辞めようと。
いくら入ったんですか?だから普通に家族、うちの子供3人と私が3年間暮らせるぐらいの金額です。すごいすね。ありますね。いいな。で、学業に専念みたいな。学業に専念。で、なんか友達が会社やんないって話をしたので、何やりたいって聞かれたんで、私それこそアナリストしかできませんから、投資顧問って言って。はいはいはい。でそのアナリストとして色々受託しながら、いろんなファンドとかの調査業務をやって。
1年ぐらいそうやって暮らしてたんですよ。大学院行って勉強して、そのファンドの受託でアナリストをしてたら、何が起こったかというと言職起きちゃって。ああ、はいはいはい。私の受託先がいなくなっちゃったんですよ。で、とりあえずそのアナリスト業務以外のことをやんなきゃいけないと。
で、それで一緒にやってた上念さんって人知ってます?知らないかな?経済評論家で、なんか割と右側がかってる人なんですけど。当時は評論家でもなんでもなくって、一緒に会社やってたんですけどね。で、その上念さんって人が塾を経営してたんですよ、昔。あ、学習塾です。学習塾。はい。なので学習塾やればいいんじゃないってすごい発想で。へえ。社会人向けの学習塾を。で、それで社会人向けの学習塾に転換するんです。事業を。急にですね。
社会人向けの学習塾っていうのは、それビジネスを教えるとかですか?いや、今勝間塾と言うんですけれども、もう10何年かやってるんですけど、普通にいわゆる今でいうオンラインサロンです。ああ。やっぱ当時オンラインサロンって言葉もなかったので、システムを全部1から手作りして。え、すごい。課金システムとかメール配信システムとか、ウェブの配信システムとか。
それなんか大学受験用の塾とかではなくて。社会人が、要するに今で言うウェルビーイングです。より良い人生を送るための、いろんなコンテンツを話す塾という。だからこないだ月例会と言いまして、2時間の講義を月に1回行うんですけど、そん時の今月のテーマというのが、人生は99%が人付き合いみたいな話です。はいはいはい。で今週のメールの方のテーマというのが、生活の質を上げるお金の使い方みたいな。うん。でそういうのを山のように浴びると、5年ぐらい経つと人間変わるんですよ。へえ。
あ、入ってみたくなっちゃった。嬉しい。しかもオンラインだから。当時ってオフラインの塾ってそういうのめちゃめちゃ高かったんですよ。はい。30万、50万当たり前の時代に価格破壊で月5000円で提供したんです。ええ。あ、安い。30万、50万が当たり前の時代。自己啓発がそうでしたよ、昔は。ああ、なるほど。で、その5000円でずっと10何年続けてるんですよ。ええ。
え、当時ってそのつさんとかああいう時代ですか?もっと前です。さんのですよ。え、だいぶ先駆けてる。今流行ってるホーランドビレッジ、川村さんのオンラインサロンも、あれはなんか私友達なんですけど、川村さんと雑談してる時に、全く覚えてないんですけど、私がオンラインサロンでも始めたらとかって言ったらしいんですよ。あ。覚えてないです。あんなでかくなった。
当時って集客とかはどうしてたんですか?私当時から本はたくさん書いてて、ベストセラーが多かったんで、そもそも知ってるんですよ、私のこと。いつ書いてたんですか?出てこない情報がいっぱいありすぎて、その時系列が分かんない。時間なかった気がする。そう、そう。16時間働いてんのに。どこで書いてある?
いや、だから会社辞めていろんな受託で調査してるけど、それだけじゃ時間余るから、その隙間に。元々本書かないかって言われてた内容が結構あったので、出版社から。それをちまちま書いてたら、3冊目ぐらいからぶわーっと売れ出したんです。で、1番売れたのが『お金は銀行に預けるな』って本で、もう10万ぐらい売れたんですけど。あ、なんか聞いたことあります。あれは著者私なんですよ。あ、そうなんですか。知らないでしょ。いや、初めて知りました。そう。
え、累計ってどれぐらい売れてるんですか?本全部で。700、800万部ぐらいだと思いますけどね。やば、すご。ちゃんと計算したことはないんですが。YouTubeっていつから始めたんですか?YouTubeは4、5年前から始めて、でも毎日やってたのは本当最初の2、3年で、最近ちょっと停滞気味です。すごいす。あの一発撮りスタイル、ちょっと勝間さんのYouTube見ていただきたいんですが、もうサムネとかも設定なしで。壁に向かって喋るみたいな感じですもん。すごいすね。
話前後するかもしれないですけど、麻雀。あ、プロ麻雀の資格持ってるんですよ、私。それどうしてなんですか?麻雀は、ゲーム好きだから当然麻雀をしてるんですよね。中高時代から社会人もずっとしてたんですけど、プロレベルでは全くなかったんですよ。で、ゴルフ仲間と麻雀した時に、1人だけすっごい強い子がいて、なんでそんなにあなた強いんですかって聞いたら、プロの人たちと一緒に勉強会やってるって言うんで、私も連れて行ってくださいと言って連れてってもらったのが、今のMリーグの前身なんですよ。ええ。ああ、分かります。プロリーグの。でそこで24人で麻雀してたらぶっちぎりビリだったんです、私。おお。はいはい。
で、そこで、あ、麻雀っていうのは運じゃなくて技術なんだということが分かって、そこで死ぬほどそのメンバーに教えてもらって、最後麻雀の学校まで通ってプロ試験受けて、で、プロ試験ようやく受かって、あのDリーグっていうの入ったんですけど、あの、何が問題かと言うと、私おっちょこちょいだからチョンボするんですよ。
ほう、ほう、ほう、ほう。
捨てちゃいけないもの捨てるとか、倒しちゃいけないので倒すとか、いわゆるチョンボです。
うん。うん。腕じゃなくて。
で、単純ミスをすると点がガッて引かれるんですね。そう、私のおっちょこちょいが治らない限り一生勝てないんですよ。その試合で。
はい。はい。はい。
で、2回連続したりして、で、私これやっぱりその会計士諦めたのと一緒で、いや、プロ雀士向いてねえわと思って。
はいはいはい。
喋っちゃいけないし、動いちゃいけないし。
はい。ああ、そういうのがちょっと苦手。
苦手で。一応ちっちゃな試合で1回だけ優勝したことがあって、あの、それで30枚もらったんで、ま、それがオッケーと。
で、ま、その最近その『勝間家電』という本をこう出されて。
はい。あの、技術をどうやって使って生産性を上げるかって話をずっと書いてるんですよ。
はい。はい。はい。はい。はい。
だからあの、世の中の歴史ってテクノロジーで動いてきてるんですよね。だからChatGPTにしてもそうですし、このYouTubeもそうなんですけれども、もう技術を使わないとこに生産性はないんですよ。
うん。
で、それをキュッと集めて分かりやすい名前が家電だったので、家電という名前をつけてますけど、
ああ、
別に家電ということだけを書いたわけじゃないです。
あ、そうなんですか。あ、そう、そう、そう。
例えば掃除機1つ取ったって、皆さんダイソン大好きなんですけど、私なんでダイソン買うのと思うんですよ。
いや、かっこいいんすよね。
響きがさ。掃除機は何のために買うんですか? ま、綺麗になるためですよね。
綺麗になります。ダイソン。
ま、あの、PR案件欲しいんでちょっとあんま言えないですけど。そうすね。な、何とも言えないところですね。
だから私は旧式のツインバードを買ってんですよ。
うん。ほいほいほいほ。
そう、あの、コード式の方がはるかに電力が大きいし、仕事効率が。もちろんダイソンの1番高いの買えば同じぐらいなんですけど、あの人は電池だからだんだん下がってくるんですよ。仕事効率が。コード式は一生下がんないです。故障しない限り。
うん。うん。うん。
で、値段が5倍違うんだから、どう考えたってツインバードでしょうと。だからよくみんな勘違いしてるのは、あの、お金を出す時にですね、ってこと全部考えた方がいいです。
ああ。ブランドとかだったらいらない。
ブランドいらないいらない。
いや、ブランド大好きなんすよ。でも私、あの、天然皮革ものはまず買わないですもん。
はいはいはい。
合成皮革の方が軽くて性能いいから。なるほどなるほど。
それとか皮革すらいらない。クアデックスでいいじゃんっていう。
家電にもうものすごい投資されてるみたいな。で、もうなんか数千万ぐらい。
はい。そう、1回ですね。あの、Amazonの領収書を全部集計してくれるソフトって知ってます?
いや、わかんないです。
アドインがあって、2、3年前でフェラーリぐらいだったんですよ。だからその後でまだ多分増えてると思います。
フェラーリ2台とかなってるという。それいつから投資し始めたんですか?
ま、それこそJPモルガンとか行き出してから、ちょっとキャッシュフローに余裕が出てきてから、だんだん何でも買ってます。
ああ。はい。
でもその昔からも結構買ってたと思います。私ね、服買わないんですよ。
はい。はい。はい。
エアークローゼットって言ってレンタルなんです。
あ、そう。本にも書かれてたやつです。
そう。なんかびっくりするぐらい少ないんですよ、人が来ると。化粧品もね、1種類ずつしかないんですよ。
へえ。
で、その余ったお金は全部家電とかそういうテクノロジーに投資するんですよ。
え、じゃ、おしゃれとかあんま興味ない感じですか?
だって別にいいじゃないですか。エアークローゼットってなんか、私があのトレンドってところにマークすると、なんかトレンドっぽい服がやってくるんですよ。
おしゃれも外注という。
外注。どういう物件で住んでるのかって気になるんですけど。
えっと、私は2軒に分けて住んでいて、メインは、あの、どっちも同じぐらいかな、都内の一戸建ての賃貸に住んでます。で、千葉に建ててる一戸建てがあります。
はいはいはい。一戸建てがいいとかあったりする?
散々マンションと一戸建て両方住んだんですけども、やっぱり一戸建て最高です。
はう。僕も今戸建てに住んでるんですよね。
だってエレベーター使わなくていいじゃないですか。あのエレベーターほど非生産的な部分はないですよ。
そうなんですか。
待ち時間、待ち時間と開けて閉めてって。
ま、確かに確かに。
何の価値も生まないですよ、私たちに。
僕1回一軒家に住みたいって言ったら、その防犯が。
セコムでいいんですよ。セコム様で全然十分ですよ。
そうっすよね。
多分うちは、あの、6軒集まってる戸建てなので、お互いの目があるので。
ああ、なるほど。やっぱり賃貸がいいとかあります?
あの、要するに買うのがいいのか借りるのがいいのかって散々議論があるんですけれども、私はライフスタイルが固まってない人は借りた方がいいと思ってます。
ああ、はいはいはい。
で、あと買うと何が起こるかと言うと、ファイナンスに対する自由度が下がるんですよ。
うん。
私買ってたんです、昔。
うん。
で、転職する時に収入を下げらんないって、ものすごいボトルネックだったの覚えてんですよ。
ああ。
で、それでもう懲りてやめちゃったんです。
へえ。生産性上げられて、空いた時間は何してるんですか?
よく聞かれるんですよ。遊んでるに決まってるじゃないですか。
え、何して遊んでるんですか?
だから今年に累計で1ヶ月半海外行きました。
あ、え、あ、そうなんですね。
えと、先週までね、1週間半ぐらいね、ミルフォード・トラックってのを歩いてきまして、あの、知床の山奥みたいなとこです。ニュージーランドで、あの、入江の奥にあって、行くだけでも4時間ぐらいかかって、そっから55kmですね。3泊4日で歩き切らないとどこにも出らんないんですよ。
え、
で、リュックとか10kgぐらいの、ずっと毎日20kmと15km、20km歩いて。
逆に効率悪そうなんですけど、なんでそれやられてるんですか?
あの、世界一美しいって言われてんです。その風景が。実際美しかったです。
あとゴルフを年に100回ぐらいしてます、私ね。
ええ。すごい。え、じゃ、結構ゴルフの腕前も上がっていって。
ゴルフですね。90前後では回れるんですけど、これをね、80前後で回らないと女子の競技レベルとしては無理なんですよ。
それ何目指してんですか? そ、別にそんな目指さなくてもいい。どこに向かってる。
でもつまんないじゃないですか。せっかくやるんだったら。
そういうこと。
じゃ、最後にその、ま、このチャンネル20〜30代の若者とか学生が多くてですね。ま、そこの層に対してなんか何でもいいので一言もらえたりします?
だからね、みんなね、なんかね、真面目であるとかちゃんとしようっていうのが日本人って埋め込まれちゃってんですよ。1回外した方がいいですよ。
あの、適当っていうのは2種類の言葉があって、ちゃらんぽらんっていう意味と、もう1つ、適当に意味を持たせた的確って意味があると思うんですよ。だから私は的確な適当を目指した方がいいとずっと思ってるので。
はいはいはいはい。
それをだから余裕を常に2割残さなきゃいけないです。お金の使い方も時間の使い方も仕事の割り振りも、全部2割の余裕を残した上で適当に対処するってことをお勧めしたいと思います。
今日はありがとうございます。
ありがとうございました。
この町の空にせ こんな時代のそばに もいなくて そ
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