無計画で巡ったシチリアとナポリ、そしてカプリ島の「青の洞窟」

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概要

この動画は、エジプト、ギリシャ、ブルガリアを経てイタリアに入った旅行者による旅の記録である。話者がシチリアを選んだのは「飛行機が安かったから」で、滞在期間も見たいものも決めていない。イタリアについて知っているのは「グラッツェ」や「愛してる」くらいの言葉とサッカーくらいだと本人は言う。目的として挙げたのは、ほぼ「飯がうまそう」という一点だった。旅はシチリア島カターニャから始まり、バスと船でナポリへ渡り、最後にカプリ島の青の洞窟を訪ねる。全体を通して語られるのは、料理への高い評価と人の親切さ、ナポリの治安への警戒、そして期待とは違った青の洞窟の感想である。

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シチリア到着と、イタリア人の親切さ

シチリア島に着いた話者は、まず蒸し暑さに驚き、東南アジアにいるようだと話す。ホテルへ向かうバスの停留所が見つからず、地元の人に聞いてもイタリア語が分からない。夜9時半だったが、治安はそれほど悪くないだろうと判断し、ホテルまで約1時間歩いた。

道中で話者が強調するのは人の親切さである。道を聞くと「こっちだよ」と教えてくれる人が多く、エジプト、ギリシャ、ブルガリアと比べてイタリアの人がいちばん親切に感じたという。街の建物についても、ブルガリアの魅力を全部集めてもこの一帯にはかなわないと述べている。

2:28

最初の夕食――ムール貝のパスタとエビ

最初に入ったレストランは賑わっていて、天井一面が傘で飾られていた。注文したのは、マカロニ型のパスタにムール貝、イカ、ベーコンが入った一皿である。話者は「カプリチョーザの5倍、サイゼリヤの3倍うまい」と表現した。一方で、ムール貝には砂が大量に入っていた。話者はこれをイタリアの愛嬌のように受け止めている。

続いてタルタルソース付きの大きなエビを食べた。値段は高いが払う価値はあり、塩加減は日本でも食べたことのない水準だと何度も繰り返している。到着から3〜4時間の時点で、すでに大満足だという評価である。

ホテルは夜12時半になっても外がうるさく眠れなかったが、バスルームは綺麗だった。トイレの張り紙には、水道管が300年前のものなので触らないでほしいという趣旨の注意があったと話者は読み取り、日本なら徳川綱吉の頃ではないかと推測している。

5:43

カターニャの街歩き――ジェラート、大聖堂、魚市場

翌朝、話者は街並みを見て「やっとヨーロッパに来た」と感じたと語る。ギリシャやブルガリアが偽物のヨーロッパに思えるほどだったという。

人気だというジェラート店で、店のナンバー2メニューのキャラメルピーナッツを食べた。気持ちの問題かもしれないと前置きしつつ、甘みに深みがあり、日本でも食べたことのないおいしさだと評価する。ただしすぐに溶けるので、コーンはおすすめしないと付け加えた。

ホテル近くのカターニャ大聖堂では、天井画を見上げて、首がさぞ疲れただろうと描き手を想像している。魚市場には海産物が一通り揃い、臭みがないことから朝獲れだろうと話者は推測する。ここで生牡蠣を食べ、広島産の牡蠣に似ているかもしれないと感想を述べた。新鮮だからノロウイルスにはかからないだろうと話す。水道水も飲んでみたが、翌日下痢になるかどうかで判断したいという。エジプトでは約3週間下痢が続いたが、ギリシャとブルガリアでは水道水を飲んでも大丈夫だったので、イタリアも大丈夫だろうという見立てである。

市場では、そのまま食べるという硬い果実(話者はココナッツと呼ぶ)も試した。味はほとんどなく、食べる価値はないという評価だった。

通信については、日本ではあまり見なくなったボーダフォンが海外ではよく目につくと話す。話者はボーダフォンでSIMカードを買った。内容は20ユーロで100GB使い放題、電話番号付き、ただしSMSは使えず、EU圏内では10GBまで使えるというものだった。街に象の像が多い理由は分からないままだった。

10:25

トラットリアでの昼食――「この1か月でいちばんうまい」

昼食には、1922年創業でちょうど100周年だというトラットリアに入った。話者はトラットリアを大衆食堂のような意味だと説明している。イタリア産ビール(4.6%)は麦の感じが強いと感想を述べた。

ガーリックとオリーブオイルだけのシンプルなスパゲッティは、日本と比べてイタリアの勝ちだという。麺がもちもちしている点を挙げる。一方で、味そのものは料理研究家リュウジのレシピとあまり変わらないとも述べ、値段を考えると日本との比較は微妙だという含みも残している。続く料理は「牛タンを食べている感じ」で、ここはこの1か月の旅でいちばんうまく、しかも11.5ユーロだった。前日のレストランの4分の1ほどの価格で、満足度は前日より高かった。普通のレストランよりトラットリアのほうが安くてうまいのではないか、というのが話者の結論である。

翌日も別のトラットリアへ行き、店主おすすめのサーモンスパゲッティと馬肉のミートボールを頼んだ。馬肉のミートボールについては、日本でこの値段で出せたら天下が取れる、全人類に食べてほしいとまで言う。対照的にスパゲッティは味が濃すぎて、それほどおいしくなかったという。ピスタチオとクリームを使ったらしいデザートも食べた。アイスでも生クリームでもジェラートでもなく正体は分からないが、ミスタードーナツのエンゼルクリームのような味でとてもうまかったと話す。

15:02

バスと船でナポリへ

シチリアに飽きたという理由で、話者はナポリへの移動を決める。ナポリに何があるかは分かっていない。バスは9時間の行程で、座席の広さは4列シートと3列シートの中間くらい、なかなか快適だという。シチリア島に橋がないことに驚き、バスごと船で渡った。乗船時間が10分程度だったことから、「橋を作れよ」という感想を漏らしている。

ナポリ到着時、バスの乗客から、ナポリはシチリアより少し危険なので強盗やスリに気をつけるよう言われたという。

16:20

最安のホステルと、ナポリ駅周辺の治安

ナポリでは最安だったホステルに泊まった。話者によれば、この一帯は移民が多く治安が悪いとされる地域だった。入口に鍵はあるが、ホームレスが居座っていて怖かったと話す。部屋は臭く、Googleマップでは「9番の囚人部屋」と書かれていたという。30人ほどが泊まるのにトイレは1つしかなく、便座もない。低評価の理由がよく分かったと話者は言う。同室の男性が2時間ほど騒ぎ続けたことにも不満を述べている。

治安については、話者の体験と見方として繰り返し語られる。駅周辺では薬物関係の誘いや金銭の要求を受けた。話者はそれを黒人の多さと結びつけて語っているが、「言いたくないけど」と前置きし、経験上の印象だという形で述べている。夜11時の中央駅周辺は雰囲気が良くなかった。この旅で初めて本格的に警戒した、夜11時以降は特に気をつけている、と話している。

17:44

ナポリのピザ――「ランティカ・ピッツェリア」と1738年創業の店

ナポリでの最大の目的はピザだった。最初に行ったのは、話者の説明では創業145年で東京・横浜・福岡にも出店している「ランティカ・ピッツェリア」の本店である。ピザは2種類しかない。開店前から行列ができており、話者の整理番号は14番だった。

マルゲリータはかなり大きく、生地は薄めだが普通のピザくらいの厚さだという。話者は自分のお腹の容量では食べきるのが難しいと感じ、持ち帰りもありだと勧めている。チーズや生地もいいが、特にトマトが甘くておいしい。これまで食べてきたピザは何だったのかと思うほどで、強くすすめると話す。

夕方には、話者の説明では1738年創業で現存する最古級のピザ屋に入った。開店直後でも客は少なく、話者は人気がないのかと首をかしげている。マルゲリータは4.5ユーロで、具材はほぼなく素材と調理法の勝負だという。ここもうまく、このレベルを日本で出せば天下を取れると話す。それでも、昼の店のほうがうまかったという評価だった。理由はうまく説明できないとしている。日本ではマルゲリータにタバスコをたくさんかけるが、ここではトマトの甘みや旨味を消してしまいそうなのでいらない、とも述べた。実際、どの店にもタバスコは置いていなかったという。

19:36

ナポリの街と博物館

ナポリでは、洗濯物が路地に干された典型的な光景も見た。ただ、聞いた話では、それは観光客向けの展示物だという。話者は、ヨーロッパに来た当初は路地でも感動していたが、今は街並みに何も感じなくなってきたと率直に語る。大聖堂の豪華さには、シチリアで見たものとは比べものにならないと驚いた。一方で、路上に犬のふんが多いことも「イタリアあるある」として挙げている。

国立考古学博物館については、あまり興味はなかったが行ってみたという。大理石の巨大な像の細かさに感心し、行く価値はあると評価した。ただし、主要な展示物は世界中を巡回していて、今は日本に行っているものもあると聞いた。見たいものがあるなら、今どこにあるかを事前に調べたほうがいいと助言している。

カプアーナ門は大理石が美しいものの、落書きとゴミが多く、改装中で中には入れなかった。ヌオーヴォ城と卵城も見たが、どちらも閉館時間を過ぎていた。海辺では、日焼け止めを塗らずに日光浴をする人々を見て、ヨーロッパの人は日焼けを健康的だと考えるらしいと話している。

27:06

カプリ島へ――閉まっていた青の洞窟

翌日、話者はフェリーでカプリ島へ渡った。話者の説明では、ここの青の洞窟は日本の沖縄にもあるものの「元祖」だという。洞窟へ行くには、船で向かう方法と陸路で近くまで行く方法がある。船は1時間ほど海上で待たされて酔いやすいと聞き、酔い止めを持っていなかったので陸路を選んだ。

ところがこの日は強風で閉鎖されていた。この時期は80〜90%の確率で入れるらしいが、その残りを引いてしまったと話者は嘆く。何も調べずに来たことも認めている。島のホテルは1泊1万5000円以上するため、野宿を決めた。2時間ほど歩いたが撮るものがなく、青の洞窟以外に何もない町なのだろうと話者は推測する。

洞窟の入口では何人かが泳いで中に入っていた。話者も泳いで入ったが、これは非公式な方法で、あまりすすめないという。入口が非常に狭く、岩に足をぶつけやすいからだ。実際に話者は足をぱっくり切り、血が止まらなくなった。海水で消毒したつもりでいたところ、通りがかったイタリア人が手当て用のものをくれた。話者はこれにも親切さを感じている。

その夜は足の痛みでほとんど観光せず、3ユーロの赤ワインとつまみを買って一人で飲んだ。ワインはおいしかったという。ピザの上にパスタが乗った一品も見つけ、イタリアを代表するものを全部混ぜたようだと面白がっている。寝床は謎のステージの下の空間で、猫もいて快適そうだと話した。翌朝6時に目覚めると、虫が気になるので安いテントが欲しいと語る。歩きすぎて足の皮が割れているうえ、切り傷も痛いと話した。

32:56

再挑戦した青の洞窟の評価

翌朝8時20分、話者は再び洞窟へ向かった。その日入れるかどうかは朝9時に発表されるらしく、陸路組が最初に入れるだろうと話者は見ている。実際には9時前から勝手に泳いで入る人もいた。やがてボートが来て、4人ずつ乗り込み、14ユーロを払って中に入った。入口は頭がぎりぎりで、水はとても綺麗だった。

ただ、話者の感想は辛い。正直たいしたことはなく、星2つくらいだという。日本からわざわざこれを目当てにイタリアへ来るのは間違いで、イタリアに来たついでに寄るくらいの気持ちでいいと述べる。その日の体調や光の差し方で綺麗さは変わるはずなので何とも言えない、とも留保している。実際、前日の夕方に泳いで入ったときのほうが綺麗だったという。

最後に話者は、9時前に勝手に泳いで入った人たちが帰ってきたときの笑顔のほうが素晴らしかった、と冗談めかして語る。そのうえで、絶対にやってはいけない、やるなら自己責任で、と念を押した。綺麗な島だが、もう一生カプリ島に来ることはないだろうと言い残し、話者は船でナポリへ戻った。