国語辞典マニアが明かす「私しか知らない国語辞典の秘密」:国語辞典ナイトの5つの発表

YouTubeで開く ↗
概要

ゆる言語学ラジオの堀元見が聞き手となり、国語辞典に詳しい5人が「私しか知らない国語辞典の秘密」という共通テーマで発表した。発表者は、三省堂国語辞典(三国)の編者である飯間浩明、手紙の文例集が付いた国語辞典を集めている西村、校閲の仕事で品詞表示を気にしている稲川、見坊行徳、そして水野太貴の5人である。堀元は各発表に容赦なくツッコミを入れ、最後に最も刺さった発表を1つ選んだ。辞書の編集方針から品詞認定の違い、語釈の抜け、辞書の並び順の偶然まで、話題は多岐にわたった。

19分で読めます

飯間浩明:辞書は詳しくない方がいいこともある

最初の発表者である飯間は、自分しか知らないことといえば辞書を編集するなかで気づいたことだと前置きした。そのうえで、辞書は詳しい方がよいと考える人が多いが、必ずしもそうとは言えず、詳しくない方が望ましいこと、詳しくてはいけないことさえある、という主張を掲げた。発表タイトルは「圧縮・統合・項目削除」である。

まず飯間は、辞書の説明がどれほど長くなりうるかを「いたちごっこ」で示した。三国の説明は「解決したと思ったらまたすぐ同じような問題が起こるということを繰り返す」と短い。一方、新明解国語辞典の第8版は、子どもが互いの手の甲をつまんで重ねていく遊びに由来するという説明から始まり、利害の対立する立場の者同士の関係へと続く長い語釈になっている。しかも第4版の説明はさらに長く、文字が小さくて読み上げるのをやめたほどだった。終盤には「当局の試みがなんら根本的な解決にはなっていないために」といった記述まであり、堀元は「文句言ってません?」と反応した。飯間は、熟読すれば味わいがあるとしつつも、いたちごっこの意味を知りたいだけの人には心が折れる長さだと評し、自分ならばっさり切ると述べた。

圧縮:実際に語釈を切った例

飯間は、三国第8版の編集で実際に語釈を短くした例を見せた。「石膏」は第7版で、堆積岩や粘土層の中にできる白い結晶で、建築・彫刻材料やギプスにする、と説明されていた。第8版の原稿段階では、ある執筆者が「水を含んだ硫酸の鉱物」「海水などの蒸発や熱水の冷却によってできる」と書き足したが、飯間は「熱水」とは何かと引っかかった。辞書はみんなが理解できなければならないからである。そこで「海などが蒸発した後にできる白い結晶。彫刻材料、ギプスなどにする」と大幅に削った。この削除は飯間自身が行ったが、以降の例を自分だけで削ったかどうかは明言しないとした。

「タウリン」はかつて、魚介類に多く含まれるアミノ酸で、血圧を下げる、解毒、血中コレステロールを下げるなどの作用がある、と書かれていた。これを「魚介類に多く含まれる物質」と効能を書かない形にし、ドリンク剤に関する記述を加えた。執筆時のメモによれば、国の研究機関のホームページでは効能が「俗に」言われるものとして扱われていたため、わざわざ辞書に書く必要はないと判断したという。

「花言葉」も短くなった。例は「バラの花の花言葉は恋愛・無邪気など」から「バラは恋愛など」に変わった。理由は、近くにある「話し言葉」の項目を大幅に書き足したため、行数のしわ寄せが来たからである。話し言葉と花言葉のどちらが大事かと考え、話し言葉を取ったと飯間は説明した。ただ、削った結果かえって引き締まり、伝わりやすくなったという。

「かすむ」では、原稿段階で「他にもっと印象の強いものがあるため目立たなくなる」という語義を加え、「素敵な夜景もヒロインの前ではかすんで」という例文を付けていた。堀元は例文がおしゃれで腹が立つと反応し、飯間も、第1・第2の語義に比べてこの例だけが妙に具体的で長いと認めた。最終的にはもっと簡潔な例文に差し替えられた。飯間は、詳しくないことでむしろ良くなった例として挙げた。

統合:語義を分けなくてもいい

2つ目の「統合」は、語義を細かく分けなくてもよいという話である。「口金」は旧版で、瓶の口の金具、バッグの口金、デコレーションケーキのクリームを絞り出す口金の3つに分かれていた。現行版ではこれを「入れ物などの口の金具」とまとめ、例文として瓶・バッグ・クリームの口金に加え、電球の口金も示した。堀元はこれを見て、作っている人は頭がいいと感心した。

「軽快」は、重さが少なくて速い様子、身軽で素早い様子、軽い感じで気持ちがいい様子、気軽でさっぱりしている様子の4つに分かれていたが、違いが分かりにくい。そこで体などが軽くて素早く動ける意味に統合し、そのなかに「軽快車」(俗に言うママチャリ)を入れ、別に「軽快なリズム」の用法を示した。

「プレゼンテーション」は1992年に項目が立った際、第1義が自分の考えを分かりやすく目に見える形で示すこと、第2義が広告代理店が広告主に計画を示すこと、となっていた。飯間は、90年代にはプレゼンをするのが広告業界の人くらいだったのだろうと推測する。その後、誰もがプレゼンと言うようになったため語義を分ける必要がなくなった。ただし広告代理店は例文として残っている。

「シンクロ」「シンクロナイズ」は、重なり合うこと、シンクロナイズドスイミング(現在はアーティスティックスイミング)、クラッチを1回踏むだけでギアチェンジできる自動車の変速機の方式、映画の画面と音響を一致させること、写真のフラッシュとシャッターを一致させることなど、多くの語義が並んでいた。これを全部まとめた。原稿メモによれば、映画や写真の語義は1960年代の初版から載っていたが、今日ではどんな分野でも同期させる意味で「シンクロ」と言うので、専門用語として分ける必要がなくなったという。堀元は分量が3分の1から4分の1になったと驚いた。

項目削除:MD、井戸塀、ジュラ紀

3つ目の「項目削除」は、項目そのものをなくすことである。「MD」は削除したところ批判が来たと飯間は明かした。堀元は、デート用にプレイリストを作った青春の思い出をどうしてくれるという苦情を想像して笑いを取った。ほかに、今ではおじさんしか使わないような古い俗語も、古風というよりもう使われていないのではないかというやり取りを経て削られた。

「井戸塀」は、政治活動に財産を使い果たし、後に井戸と塀しか残らないという意味である。堀元は初めて聞いたと言った。1986年の新聞ですでに「昔は井戸塀政治家というのがいたけれど」と書かれていたことから、削除と判断した。

「ジュラ紀」は、原稿段階ではむしろ長く書いていた。しかしデボン紀やシルル紀など、ほかの「〜紀」をすべて小型の国語辞典に入れるわけにはいかない。ジュラシック・パークとの関連で載ったのだろうが、ジュラ紀だけを特別扱いするのはおかしいとして削除した。

飯間によれば、三国(第8版)では全部で1100項目が削除された。それ以外にも記述を詳しくなくした箇所が多いことはあまり知られておらず、その結果分かりやすくなったところも多いと信じている、と述べて発表を締めくくった。

西村:手紙文例つき国語辞典の「エモい」文例

2人目の西村は、国語辞典のことはあまり詳しくないと謙遜しつつ、集めている「手紙文例つき国語辞典」を紹介した。前半が国語辞典、後半に付録として手紙の文例集が付いた辞典である。西村によれば、昔は気軽な通信手段が手紙か電話くらいしかなかったため、どんな些細なことでも手紙に書いて送っていた。その文例が面白いという。

たとえば、特に用件がなくても相手に語りかけたいときの手紙として、女性が友人に「ヘアスタイルを変えた」ことを伝える文例がある。長い髪を切ったら気持ちまで軽くなったと書き、最後は「明日からはまた当分ケチって暮らす私です」で終わる。堀元は「この人好きかも」と反応した。「弟から姉へ」の文例は、姉に買ってもらった九官鳥がはっきり「こんにちは」と喋ったこと、インコと競争で30分喋り続けたことを伝えるもので、誰が使うのかと会場は笑った。

恋愛の手紙と身の上相談

西村が特に面白いとしたのはラブレターの文例である。書き方のポイントとして、素直で明快に、脅迫的な文言にならない範囲で強く訴える、下手な自己宣伝をしない、誤字・当て字を書かない、といった注意が並ぶ。そのうえで、「一人で悩み続けることが限界になりました」という書き出しや、「賽は投げられた」を持ち出す文例があり、堀元は「重いな」「ルビコン川渡る決意じゃねえか」とツッコんだ。

「あなたが必要です」という文例は、北海道に転勤になった男性が女性に宛てたもので、東京はもう初夏の気温でも北の果てはこれから本格的な春だと書き、恋人に会いたい気持ちが湧くと卑猥な歌声の渦巻く酒場に行く、と続く。堀元は北海道がついでにディスられていると笑った。旅先から出す文例では、行く先々の土地にあなたの幻が見える、幻ではなく現身のあなたにお会いしたい、と書かれており、少し怖いと評された。

「愛を確かめる」文例では、女性が家庭の事情で勤めを辞めて郷里に帰ったのであって、僕たちの愛情に変わりはないと今でも信じている、家の人に僕たちのことを話してくれたでしょうか、と問う。堀元たちは脈がないのではと突っ込んだ。「嫉妬」の文例は、新宿の歩行者天国で相手が別の男性と歩いていたのを見た、自分を誘うこともなく彼と遠ざかっていった、という内容で、会場から「諦めろ」の声が上がった。「縁談が気になる」文例は、今年の稲作が平年作を上回り生産者米価もまずまずの線で決まった、という書き出しから始まり、2度も手紙を出したのに返事が来ないと続く。

相談の手紙も収録されている。結婚の意思がなかった相手の女性が妊娠を知らせてきた、結婚しなければならないのか、という相談には、きちんとした回答が付いている。夫を交通事故で亡くし2人の子供を育ててきた女性が、夫の親友Kさんと親しくなり、Kさんは妻と別れてでも結婚したいと言っている、という相談もある。自分の店を開いた女性が10歳年下の従業員と「深間」の仲になり、結婚してくれなければ自殺するとまで言われたという相談では、「深間」という聞き慣れない語に会場が反応した。

拒絶、問い合わせ、信用照会

拒絶の手紙の文例もある。思いがけないお手紙を頂戴して驚いた、大変ご無礼とは存じましたがお手紙は火中させていただいた、という文面に、堀元は今なら痛いLINEのスクショを取って炎上させるようなものだと重ね、昔も今も燃やすことに変わりはないと笑った。別の文例では、友人である女性に「他の女性に目もくれず、しっかり抱いていただきたい」と書いており、言い回しが話題になった。人妻と承知で手紙を書いてきた相手に対し、その手紙を夫に見せた、夫は怒りもせず適当に返事を書けと言った、という文例もあった。

問い合わせの手紙には、子犬をもらう約束をしたが、母犬の飼い主に牛肉を贈る慣習があると聞いたが本当か、という文例があり、隣には「小生は親類からもらったので特にお礼はしなかったが、牛肉を贈る慣習はあるそうです」という返事の文例が並んでいる。堀元は、「小生」が食べログのレビュー以外でまともに使われているのを初めて見たと言った。

信用を問い合わせる手紙では、酒井某という人物が土地を買って宅地造成をしたいと申し込んできたという。返事の文例は、その人物は本市の当該番地に居住しておらず、その番地には明治時代から寺がある、と伝えるもので、会場は詐欺師ではないか、地面師と同じだと沸いた。最後の人物評価の文例は、同人を脱退した人物が復帰したいと言ってきたが、脱退時の不遜な態度が悪印象として残っている、というもので、知らない言葉が出てきて辞書を引いたが載っていない、というオチで西村の発表は終わった。

稲川:辞書だけが認める独自の品詞

3人目の稲川は、「瀕死」の品詞を当てさせるクイズから始めた。ほとんどの辞書は名詞としているが、明鏡国語辞典は形容動詞でもあるとしている。吉川英治に「瀕死な」という例があり、活用もそろっているからだという。稲川は、このように特定の辞書だけが認定している独自の品詞を紹介するとした。

三国は形容動詞の認定に積極的だという。「鋭角」は三国だけが「ダ」、つまり形容動詞としている。「冷暗」もほとんどの辞書は名詞だが、三国は「冷暗な場所」のような形容動詞を認める。「音痴」も同様に、三国だけが形容動詞とする。稲川はこれを「形容動詞に甘い辞書」と評した。

稲川がこうした点に注目するのは校閲の仕事のためである。原稿に、名詞のはずの語が「〜な」の形で使われていると、そう言えるのかと迷う。いろいろな辞書を引き、三国に書いてあれば通してよいと判断できる。堀元は、著者が「瀕死な状態」と書いてきたときに、三国さえ引けば大丈夫だということかとまとめた。

サ変動詞と副詞の認定

次はサ変動詞、つまり「する」が付くかどうかである。明鏡はある語に「する」を認めており、稲川は安心材料になると言う。「仁王立ち」も、ほとんどの辞書は名詞としているが「仁王立ちする」を認める辞書がある。「模擬する」について堀元は、普通の作文では容認できないが論文なら「〜を模擬した実験」と言えると反応した。稲川は、理系ではと書いてもいいのかもしれないが、少なくともサ変の形があることを示しているのが良いと評価した。

ほかにも、新明解は「細胞分裂」に「する」を付けているが、ほかの辞書は名詞だけである。三国は「アサーション」に「する」を認め、旺文社国語辞典(稲川によれば、いい匂いがすることで有名な辞書)は「既決」に「する」を付けている。副詞では、三国が「猛烈」の副詞的な用法を記し、新明解は「危機一髪」について副詞的にも用いられると書いている。稲川は、辞書にこうした用法が認定されているとうれしいと語った。

逆のパターン:岩波の「名な」と自動詞・他動詞の対立

逆に、ほかの辞書が形容動詞とする語を名詞扱いする辞書もある。「愚か」はほとんどの辞書で形容動詞だが、岩波国語辞典だけは「名な」という独自の表示をしている。岩波の凡例によれば、「名な」は連体修飾に「な」の形も使うものであり、形容動詞とは区別される。稲川は、この凡例の品詞に関する部分をぜひ読んでほしいと勧めた。形容動詞と認める基準の一つは、「〜に」の形が「なる」「する」の類と結合して結果を表すだけでなく、動詞に対して副詞と同様の連用修飾の働きをすることである。たとえば「有能な男」とは言えるが、「有能になる」「有能にする」は言えても「有能に歩く」とは言わない。このように用法が限定的なものは形容動詞とはしない、という厳しい基準である。形容動詞を積極的に認める三国とは正反対だと稲川は指摘した。

自動詞・他動詞の扱いでも両辞書は対立している。岩波は「歩く」「立つ」を自動詞とし、「山を越える」「空を飛ぶ」の「越える」「飛ぶ」もすべて自動詞だと言い切る。凡例によれば、動作の影響が他に全く及ばないわけではないが表現の重点はそこになく、この「を」は動作の起点や経過点を示すからだという。堀元は、空を飛んでも空に影響を与えていないという理屈かとまとめた。

一方の三国は、「を」を取れば他動詞とする立場である。文法書の中には移動を表す動詞を自動詞に含めるものが多いと認めたうえで、道などを表す要素が直接必要である点で共通しており、「北に歩く」の「北に」とは明らかに違うので他動詞とする、と説明している。堀元は、空がなければ飛べないだろうという理屈だと解釈した。ところが稲川によれば、三国でも「場所を移る」「〜を流れる」は自動詞になっており、先の理屈と合わない。稲川自身は理由を知らず、問題提起で発表を終えた。

これを受けて飯間は、見落としだと即答した。第8版で自動詞と他動詞の基準を決め、それに基づいてすべての動詞を洗い直したが、まだ至らないところがあったという。堀元は、イベントでミスが見つかることもあるのかと面白がった。

見坊行徳:「秘密」の語釈に欠けている意味

4人目の見坊も、タイトルは「国語辞典の秘密」だった。まずクイズとして、ある学習英和辞典(エースクラウン)の宣伝文を示した。2009年の初版刊行以来、高校・中学での採用推薦9年連続1位で、「人気の□□は初学者に優しいこと」。堀元は「理由」「わけ」と答え、見坊が事前にGoogleのGeminiに尋ねたときも同じ答えだった。見坊が「秘密」ではどうかと聞くと、堀元は違和感がないと答えた。つまり「秘密」には理由やわけの意味がある、というのが見坊の論点である。

国立国語研究所のコーパス(BCCWJ)でも、「人気の秘密は充実したコンテンツ群にあり」「カールが成功の秘密」、石原慎太郎が70歳近くても若く見える「最大の秘密」といった例が見つかる。いずれも理由やわけに置き換えられる。

ところが三国の「秘密」には、隠して知らせないこと、公開しないこと、といった語義しかない。新明解も、隠して人に知らせたり見せたりしないこと、という説明で、人気の秘密や成功の秘密に当たる語義はない。広辞苑は「成功の秘密」という例を載せているが、語釈は隠して人に知らせないこと・その内容であり、そもそも宣伝に使う人気の秘密は隠していないので噛み合わない。岩波も「この店の味の秘密はどこにあるか」という例を持ちながら語釈は同じ問題を抱える。大辞林は「人に知らせない秘法・秘術」という語義を持ち、これが理由の意味に近いと見坊は言うが、例文を見るとその意味を念頭に置いているかは疑わしい。見坊はここで「秘密の語義」と掛けた決め台詞で締めた。

実は先に気づいていた人と、語義を加えた辞書

見坊はさらに、自分しか知らないと言ったのは嘘だと明かした。意味論の大家である国広先生が1997年の著書『理想の国語辞典』で、すでにこの点を指摘していたからである。同書は、秘密の語義を最も詳しく整理しているのは大辞林だとしたうえで、ある動物が寒さに耐える力の「秘密」という実例を引き、その「秘密」は「人に知られていない理由」という意味であり、既存の語義のどれにも当たらないと喝破していた。見坊が、それなのになぜ三国はまだ直っていないのかと言外に問うと、飯間は学生時代に読んだが忘れていたと答え、会場は笑った。

もう一つの「小さな嘘」として、見坊は小学館の新選国語辞典を紹介した。1994年版では通り一遍の語釈だったが、国広の本が出た後の2002年版では語義③として「人に知られていない理由」が加わっていた。堀元は、この辞書の編者は本の内容を忘れなかったのだろうと評価した。見坊は、秘密のような基本語でもこうしたことがあるので、皆さんも国語辞典の秘密を探してみてほしいと結んだ。

水野太貴:隣り合う語の運命にエモがる

最後の水野は、新明解を通読した経験から、過去の国語辞典ナイトでも扱われていないであろう切り口として、「隣り合った語の運命にエモがろう」を提案した。辞書は語が一列に並んでいるので、隣り合う単語に妄想の余地があるという。有名なのはテレビ番組「トリビアの泉」で紹介された、「大当たり」の後に「大穴」が来る例である。水野が新明解で推すのは、「オストリッチ」の後に「押すな押すな」が来る並びだった。

水野によれば、実際の言語感覚では語はまとまりを持って存在している。会社ならプリンタや出社、タクシーなら国道や渋滞といった具合である。辞書は五十音順という人間の都合でそれを無理やり並べたものだ。水野はこれを、全国民が1か所に集められ主催者の順番で並ばされるデスゲームにたとえ、前後が同じ中学の知り合いだったらすごい偶然だと感じるのと同じだと説明した。堀元は裁判員の抽選でよかったのではとツッコんだ。英語の辞書ならオストリッチと押すな押すなは隣り合わないし、五十音順自体も歴史的な産物で、昔はいろは順の辞書もあった。辞書によって収録語が違えば隣り合う語も変わる。現代の五十音順の辞書を前後に注目して読むのは楽しい遊びだというのが水野の提案である。

見つかった組み合わせ

水野はまず、簡単に見つかる例として「終業」の後に「就業」が来る並びを挙げ、同じページに週給、宗教、終局も並ぶことから、ブラック企業感があると言った。ただ、このような同音語は漢字の読みが重なるので見つけやすい。語源が全く違う語同士の方が芸術点が高いという。

恋の予感を感じるものとしては「打ち上げ花火」と「打ち明け話」。大人の恋愛としては、「おっぱい」の後に「おっぱじめる」が来て、近くに夫婦や「お勤め」もある並びを紹介した。新明解の関係者に伝えたところ、素晴らしい読解だと言われたという。「がっぷり」の後に「カップリング」、「カップル」の後に「合併」が来る例もある。「けが」と「げか」は、後ろの語の語釈に前の語が出てくる組み合わせで、互いを意識し合っていると水野は妄想した。

意味が正反対の語が背中合わせになる例として「サイレン」と「サイレント」がある。英語話者には全く違う音なので気づけない組み合わせであり、さらにsilentはlistenの並べ替えでもあると水野は付け加えた。ほかに、外来語と漢語の組み合わせとして「コントロール」と「混沌」を挙げた。やや自信なさげに出したのが「ゴジラ」と「腰弱」で、水野によればこれは三国では見つからない組み合わせだという。

意味の連関や時間の流れを感じる例もある。「親睦」と「シンポジウム」について堀元は、シンポジウムの後に親睦会があるのだから逆の順番ならよかったと言い、新明解でどうにかしてほしいと冗談を言った。「差し許す」を含む並びでは、許すには「罪を許す(forgive)」と「やりたいことをさせる(allow)」の区別があるが、日本語では同じ「許す」になるからこそ出会えた、と水野は述べた。最後は挿絵つきの「シイラ」と「シーラカンス」で、水野が近縁種を示唆していると言うと、堀元は日本語と外国語が偶然並んでいるだけだと訂正した。水野によれば、広辞苑でもこの2語は挿絵つきで並んでいたはずだという。

堀元が選んだ発表

5人の発表を聞いた堀元は、すべて面白かったとしたうえで、最も刺さった発表に西村の手紙文例を選んだ。わけの分からない手紙の文例やちょっとエッチなものが好きで、圧倒的に自分の好みを突いてきたこと、九官鳥の文例のように面白いものを選び出したチョイスを理由に挙げ、この辞典が欲しくなったと語った。

入手方法について西村は、古本屋でたまに見かけると答えた。国語辞典と一体になっていない手紙文例の本も多く出ており、現代のものより昭和のものの方が面白いだろうという。堀元は、紹介されたルビコン川の文例の後に、西村が触れなかった「あなた以外の女性は僕にとって不必要な存在です」という文例まで並んでいることを指摘し、面白い箇所が多すぎると評した。西村は、変化球すぎてあまり良くなかったかと思っていたと述べ、選ばれたことに礼を言った。